機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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75.四更の白蜘蛛

満月の光に照らされて、2つの白い影が重なった。

 

フリーダムのビームサーベルが振り下ろされる。

レギナントの右手が開いた。

 

刃と指先がぶつかる。

白い指の縁が赤く灯り、金属が焼ける音が通信越しに走った。弾かれたサーベルが月明かりを散らし、フリーダムの腕がわずかに外へ流れる。

 

そこへ、レギナントが入った。

 

白いスカート装甲が海面をかすめ、フリーダムの右脇へ滑り込む。ヒートクローの指先が胸元へ伸びる。

フリーダムは後ろへ跳ばない。

機体を捻り、弾かれた右腕をそのまま回転へ変えた。左手のサーベルが下から跳ね上がり、レギナントの肩を狙う。

 

セラは退かない。

レギナントの上体だけが沈み、白いスカートが横へ流れる。サーベルは肩装甲をかすめ、白い表面を赤く焼いた。

 

焼けた跡を残したまま、レギナントの左手が伸びる。

今度はフリーダムの胸元ではない。退いた先へ、爪が追いつく。

 

『くっ……!』

 

フリーダムが膝を畳む。

白い機体が月下で沈み、爪は胸元をかすめて空を切った。だが、沈んだフリーダムの腰から、レール砲が開く。

 

至近距離で火が噴いた。

 

レギナントの脇腹を弾丸がかすめ、スカート装甲の縁が砕ける。白い破片が海面へ散り、月明かりの上を跳ねた。

 

「セラ!」

 

シンの声が飛ぶ。

返事はない。

 

レギナントは砕けた装甲を引きずったまま、さらに前へ出た。フリーダムが距離を取るより早く、白い腕がもう一度伸びる。

キラは機体を横へ倒し、翼で海面の風を叩いた。

水煙が跳ね上がる。

 

2つの白い影が、煙の中へ消えた。

 

次の瞬間、光の中からフリーダムが飛び出す。

サーベルがまっすぐ走った。

 

レギナントはその正面にいない。

白いスカートが水煙の下を滑り、剣筋の外側からフリーダムの懐へ潜る。ヒートクローが開き、赤い指先が白い装甲へ迫った。

 

フリーダムの盾が割り込む。

赤く焼けた爪が盾の表面を引っかき、火花が散った。キラは盾ごと機体をひねり、空いたサーベルをレギナントの腕へ振る。

 

セラは腕を引かない。

刃が腕部装甲を焼く。

それでも、レギナントの指は止まらない。

 

フリーダムが身を逃がす。

逃げた先で、ドラグーンの細い光が行く手を遮った。キラは盾を傾けて光を散らし、その火花の向こうからライフルを向ける。

 

撃つより早く、レギナントが沈んだ。

 

ビームは白いスカートの上を抜け、背後の水煙を裂く。

その下から、レギナントの腕が伸びる。フリーダムの足元をかすめ、赤い爪が装甲の端を焼いた。

 

白い機体が跳ねる。

フリーダムの翼が開き、月明かりを弾いた。

 

レギナントも止まらない。

海面すれすれを滑り、跳ねたフリーダムの下へもう一度潜る。サーベルが振り下ろされるたびに白いスカートが流れ、爪が伸びるたびにフリーダムの盾と翼が火花を散らした。

 

斬る。

潜る。

弾く。

掴みかける。

かわす。

 

2つの白い影が、月下の海で何度も重なった。

 

『すごい……』

 

誰の声だったのか、すぐには分からなかった。

シンだけではない。ミネルバのブリッジも、アークエンジェルのブリッジも、数秒だけその戦いに目を奪われていた。

 

警報は鳴っている。

砲火も止まっていない。

それでも、白い2機の近接戦は、戦場の中心を一瞬だけ奪っていた。

 

タリアは最初に我に返った。

 

「トリスタン、アークエンジェルの機関部を狙いなさい」

「…………ハッ! ト、トリスタン、目標アークエンジェル機関部!」

 

遅れてアーサーが復唱する。声がわずかに上ずっていたことを、本人も気づいていない。

 

「パルジファル、連続発射。相手の足を止めるわよ」

「パルジファル連続発射! 目標、アークエンジェル!」

 

ミネルバの主砲が火を噴き、続けてミサイル群が夜空へ放たれた。狙いは撃沈ではない。白い艦の機関を止め、逃走経路を塞ぐための射撃だった。アークエンジェルも黙ってはいない。艦体を傾け、回避運動へ入りながら対空火器を開く。ミサイルの一部が撃ち落とされ、残った弾頭が海面へ突き刺さって水柱を上げた。

ミネルバは水柱の間を縫うように前へ出る。

アークエンジェルは逃げる。

その2隻の上空で、フリーダムとレギナントはなお互いの装甲を削り続けていた。

 

*****

 

「カガリ、もうやめろ!」

 

セイバーがストライクルージュの前に出た。

アスランはビームライフルを向けない。だが、進路は塞ぐ。ルージュがミネルバへ向かえば、その前に必ずセイバーがいる位置取りだった。

カガリの声は、通信越しにも揺れていた。

 

『……アスラン』

 

「下がれ。ここはもう、お前が声を張れば止まる場所じゃない」

 

『何故だ……! なぜ戦争を続ける! オーブも、ザフトも……!』

 

カガリの視界には、傾いた空母と、そこへ寄っていく護衛艦が映っていた。火災を止めようと走る兵、発進できずに甲板で待機するムラサメ、海面に落ちた機体の救助信号。そのすべてが、彼女には自分の国の傷に見えた。

アスランは歯を食いしばる。

その問いに、綺麗な答えなどなかった。

 

「始めた人間だけが戦っているわけじゃない。命令が出れば、兵は従う。従わなければ、別の誰かが死ぬ。だから戦場は止まらないんだ」

 

『そんなのは理由にならない!』

 

「理由じゃない。現実だ!」

 

言ってから、アスランは自分の声が強すぎたことに気づいた。

カガリは黙る。ルージュの機体が、月光の中でわずかに揺れた。彼女は国を代表していた。オーブの理念を、誰よりも信じていた。だが、今そのオーブ軍は彼女の声で止まらない。セイラン家に握られた国は、彼女が守ろうとした理想とは違う形で動いている。

アスランはそれを知っているつもりだった。

だが、彼は知らない。今のオーブにカガリの戻る場所がないことを。戻れば歓迎されるのではなく、セイラン家に捕らえられ、名だけを使われる可能性の方が高いことを。

そしてカガリ自身も、それを恐れていた。

認めたくなかった。自分が守ろうとした国が、自分の声を聞かないものへ変わってしまったことを。

 

『私は……どうすればいい』

 

その声は、戦場のどの通信よりも小さかった。

アスランは一瞬だけ言葉を失い、それでも絞り出す。

 

「オーブに戻れ。お前が戻らなければ、何も始まらない」

 

『戻って……それで、何ができるんだ』

 

返せなかった。

答えを探すより早く、2機の間を高出力のビームが裂いた。セイバーとルージュが左右に散る。生き残っていた空母の1隻が、姿勢を崩しながらも発進作業を続けていた。甲板上からムラサメが次々に飛び立ち、遅れてM1アストレイが空母後方の護衛艦から射出される。すべてが万全ではない。だが、十分な数だった。

 

「くそっ、まだ上げてくるのか!」

 

『アスラン!』

 

「下がれ、カガリ! このままここにいたら巻き込まれる!」

 

アスランはルージュを押し戻すように前へ出る。迫るムラサメ隊を迎撃するためには、ここを離れるしかない。ミネルバの直掩は薄く、ルナマリアとレイはすでに別方向を押さえている。セイバーが戻らなければ、空いた空域からアークエンジェルとミネルバの間へ敵機が滑り込む。

カガリはまだ答えない。

アスランは一度だけルージュを見た。それから、迫る敵影へ機体を向けた。

 

*****

 

フリーダムとレギナントの近接戦は、さらに激しさを増していた。

 

フリーダムのサーベルがレギナントの腕を焼く。

だが、深くは入らない。

ラデンカガミ装甲で覆われた表面で光は散り、熱は流れ、切断に必要な一瞬が奪われる。

開いた指先がフリーダムの肩へ伸びる。

 

フリーダムが身をひねる。

赤い爪は肩をつかみ損ね、装甲の端だけを引っかいた。白い肩に焼けた傷が残り、火花が散る。

 

『くっ……!』

 

フリーダムは距離を取ろうとする。

その先にドラグーンの光が落ちた。横へ逃げれば、別の光が行く手を遮る。フリーダムは盾でそれを散らし、火花の向こうからライフルを向けた。

 

レギナントが沈む。

ビームは白いスカート装甲の上を抜け、背後の水煙を裂いた。

その下から、レギナントの腕が伸びる。フリーダムの足元をかすめ、赤い爪が装甲の端を焼いた。

 

白い機体が跳ねる。

翼が開き、月明かりを弾いた。

 

レギナントも止まらない。

海面すれすれを滑り、跳ねたフリーダムの下へもう一度潜る。サーベルが振り下ろされるたびに白いスカートが流れ、爪が伸びるたびにフリーダムの盾と翼が火花を散らした。

メイリンの声が回線に入る。

 

『ソードシルエット、まもなく射出位置です!』

「分かってる! けど、近すぎる!」

 

インパルスは追っている。

だが、入れない。

白い2機は近すぎた。サーベルが走り、爪が伸び、盾が火花を散らす。その隙間へ割り込めば、インパルスごと巻き込まれる。

 

ルナマリアはルージュと敵増援を警戒しながら、通信に耳を澄ませていた。

 

「……ルナ」

「セラ?」

 

セラの声は、いつもより少しだけ低かった。

 

「今から無理をします」

 

ルナマリアの喉が詰まる。

 

「セラ、待って――」

 

言い終える前に、レギナントの動きが変わった。

 

フリーダムのサーベルが振り下ろされる。

レギナントは横へ逃げない。腕を差し出し、刃を装甲で受けた。

白い腕が赤く焼ける。

だが、その奥からヒートクローが伸びた。

 

キラは機体を引く。

引いた先に、ドラグーンの光が落ちる。

盾で散らす。

散らした火花の向こうから、レギナント本体が迫っていた。

 

赤い爪が盾の縁を噛んだ。

白い盾の表面が歪み、熱で装甲がめくれる。

 

フリーダムが盾を切り離した。

 

焼けた盾が月下へ流れ、海面へ落ちる前に、左手が腰のサーベルへ伸びる。

2本目の光が抜かれた。

 

右のサーベルが爪を弾き、左のサーベルがレギナントの肩へ走る。

白い装甲が焼ける。

しかしセラは退かない。

焼けた肩の奥から、もう片方のヒートクローが伸びた。

 

フリーダムが流れを押し戻す。

2本の刃と、2つの爪が月下で噛み合う。

火花が散り、海面に赤い光が跳ねた。

 

右の刃で爪を弾き、左の刃で腕を払う。レギナントの白い腕に焼け跡が増え、スカート装甲の端が裂けていく。

それでも、レギナントは下がらない。

 

サーベルが肩を焼く。

爪が腰の装甲をかすめる。

もう一方のサーベルが腕を裂く。

反対の爪が、フリーダムの胸元を狙う。

 

キラはセラの爪をかわし続けた。

かわすたびに、白い装甲のどこかが赤く焼ける。

腕、肩、翼の根元、関節の縁。

落ちてはいない。

だが、フリーダムの白に、赤い傷が増えていく。

 

『くそっ……!』

 

フリーダムの2本のサーベルが交差する。

レギナントの両腕が弾かれ、白い機体が一瞬だけ開いた。

 

キラはそこを逃さない。

右のサーベルがレギナントの腕を押さえ、左のサーベルが肩へ落ちる。

 

セラは避けなかった。

 

刃が肩を焼く。

警告が増える。

そのまま、レギナントの右手が伸びた。

 

赤い爪が、右手のサーベルの柄にぶつかる。

光が揺れた。

 

キラが腕を引くより早く、もう片方の爪が来た。

サーベルの柄が弾かれる。

 

月明かりの中で、光を失った柄が宙を舞った。

 

『しまっ――』

 

フリーダムの右手が伸びる。

拾いに行けば隙になる。だが、拾わなければ片方の刃を失う。

白い指が、宙を舞う柄へ届く。

 

セラは、それを見ていた。

 

レギナントの体が沈む。

白いスカートが海面を裂き、フリーダムの翼の下へ滑り込んだ。

正面にいたはずの白い女王が消える。

 

キラがサーベルをつかむ。

その瞬間、フリーダムのセンサーが背後で赤く染まった。

 

満月の光が、海面に細く揺れる。

その揺らぎの中で、フリーダムの背後に、白蜘蛛が音もなく忍び寄っていた。

 

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