機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
満月の光に照らされて、2つの白い影が重なった。
フリーダムのビームサーベルが振り下ろされる。
レギナントの右手が開いた。
刃と指先がぶつかる。
白い指の縁が赤く灯り、金属が焼ける音が通信越しに走った。弾かれたサーベルが月明かりを散らし、フリーダムの腕がわずかに外へ流れる。
そこへ、レギナントが入った。
白いスカート装甲が海面をかすめ、フリーダムの右脇へ滑り込む。ヒートクローの指先が胸元へ伸びる。
フリーダムは後ろへ跳ばない。
機体を捻り、弾かれた右腕をそのまま回転へ変えた。左手のサーベルが下から跳ね上がり、レギナントの肩を狙う。
セラは退かない。
レギナントの上体だけが沈み、白いスカートが横へ流れる。サーベルは肩装甲をかすめ、白い表面を赤く焼いた。
焼けた跡を残したまま、レギナントの左手が伸びる。
今度はフリーダムの胸元ではない。退いた先へ、爪が追いつく。
『くっ……!』
フリーダムが膝を畳む。
白い機体が月下で沈み、爪は胸元をかすめて空を切った。だが、沈んだフリーダムの腰から、レール砲が開く。
至近距離で火が噴いた。
レギナントの脇腹を弾丸がかすめ、スカート装甲の縁が砕ける。白い破片が海面へ散り、月明かりの上を跳ねた。
「セラ!」
シンの声が飛ぶ。
返事はない。
レギナントは砕けた装甲を引きずったまま、さらに前へ出た。フリーダムが距離を取るより早く、白い腕がもう一度伸びる。
キラは機体を横へ倒し、翼で海面の風を叩いた。
水煙が跳ね上がる。
2つの白い影が、煙の中へ消えた。
次の瞬間、光の中からフリーダムが飛び出す。
サーベルがまっすぐ走った。
レギナントはその正面にいない。
白いスカートが水煙の下を滑り、剣筋の外側からフリーダムの懐へ潜る。ヒートクローが開き、赤い指先が白い装甲へ迫った。
フリーダムの盾が割り込む。
赤く焼けた爪が盾の表面を引っかき、火花が散った。キラは盾ごと機体をひねり、空いたサーベルをレギナントの腕へ振る。
セラは腕を引かない。
刃が腕部装甲を焼く。
それでも、レギナントの指は止まらない。
フリーダムが身を逃がす。
逃げた先で、ドラグーンの細い光が行く手を遮った。キラは盾を傾けて光を散らし、その火花の向こうからライフルを向ける。
撃つより早く、レギナントが沈んだ。
ビームは白いスカートの上を抜け、背後の水煙を裂く。
その下から、レギナントの腕が伸びる。フリーダムの足元をかすめ、赤い爪が装甲の端を焼いた。
白い機体が跳ねる。
フリーダムの翼が開き、月明かりを弾いた。
レギナントも止まらない。
海面すれすれを滑り、跳ねたフリーダムの下へもう一度潜る。サーベルが振り下ろされるたびに白いスカートが流れ、爪が伸びるたびにフリーダムの盾と翼が火花を散らした。
斬る。
潜る。
弾く。
掴みかける。
かわす。
2つの白い影が、月下の海で何度も重なった。
『すごい……』
誰の声だったのか、すぐには分からなかった。
シンだけではない。ミネルバのブリッジも、アークエンジェルのブリッジも、数秒だけその戦いに目を奪われていた。
警報は鳴っている。
砲火も止まっていない。
それでも、白い2機の近接戦は、戦場の中心を一瞬だけ奪っていた。
タリアは最初に我に返った。
「トリスタン、アークエンジェルの機関部を狙いなさい」
「…………ハッ! ト、トリスタン、目標アークエンジェル機関部!」
遅れてアーサーが復唱する。声がわずかに上ずっていたことを、本人も気づいていない。
「パルジファル、連続発射。相手の足を止めるわよ」
「パルジファル連続発射! 目標、アークエンジェル!」
ミネルバの主砲が火を噴き、続けてミサイル群が夜空へ放たれた。狙いは撃沈ではない。白い艦の機関を止め、逃走経路を塞ぐための射撃だった。アークエンジェルも黙ってはいない。艦体を傾け、回避運動へ入りながら対空火器を開く。ミサイルの一部が撃ち落とされ、残った弾頭が海面へ突き刺さって水柱を上げた。
ミネルバは水柱の間を縫うように前へ出る。
アークエンジェルは逃げる。
その2隻の上空で、フリーダムとレギナントはなお互いの装甲を削り続けていた。
*****
「カガリ、もうやめろ!」
セイバーがストライクルージュの前に出た。
アスランはビームライフルを向けない。だが、進路は塞ぐ。ルージュがミネルバへ向かえば、その前に必ずセイバーがいる位置取りだった。
カガリの声は、通信越しにも揺れていた。
『……アスラン』
「下がれ。ここはもう、お前が声を張れば止まる場所じゃない」
『何故だ……! なぜ戦争を続ける! オーブも、ザフトも……!』
カガリの視界には、傾いた空母と、そこへ寄っていく護衛艦が映っていた。火災を止めようと走る兵、発進できずに甲板で待機するムラサメ、海面に落ちた機体の救助信号。そのすべてが、彼女には自分の国の傷に見えた。
アスランは歯を食いしばる。
その問いに、綺麗な答えなどなかった。
「始めた人間だけが戦っているわけじゃない。命令が出れば、兵は従う。従わなければ、別の誰かが死ぬ。だから戦場は止まらないんだ」
『そんなのは理由にならない!』
「理由じゃない。現実だ!」
言ってから、アスランは自分の声が強すぎたことに気づいた。
カガリは黙る。ルージュの機体が、月光の中でわずかに揺れた。彼女は国を代表していた。オーブの理念を、誰よりも信じていた。だが、今そのオーブ軍は彼女の声で止まらない。セイラン家に握られた国は、彼女が守ろうとした理想とは違う形で動いている。
アスランはそれを知っているつもりだった。
だが、彼は知らない。今のオーブにカガリの戻る場所がないことを。戻れば歓迎されるのではなく、セイラン家に捕らえられ、名だけを使われる可能性の方が高いことを。
そしてカガリ自身も、それを恐れていた。
認めたくなかった。自分が守ろうとした国が、自分の声を聞かないものへ変わってしまったことを。
『私は……どうすればいい』
その声は、戦場のどの通信よりも小さかった。
アスランは一瞬だけ言葉を失い、それでも絞り出す。
「オーブに戻れ。お前が戻らなければ、何も始まらない」
『戻って……それで、何ができるんだ』
返せなかった。
答えを探すより早く、2機の間を高出力のビームが裂いた。セイバーとルージュが左右に散る。生き残っていた空母の1隻が、姿勢を崩しながらも発進作業を続けていた。甲板上からムラサメが次々に飛び立ち、遅れてM1アストレイが空母後方の護衛艦から射出される。すべてが万全ではない。だが、十分な数だった。
「くそっ、まだ上げてくるのか!」
『アスラン!』
「下がれ、カガリ! このままここにいたら巻き込まれる!」
アスランはルージュを押し戻すように前へ出る。迫るムラサメ隊を迎撃するためには、ここを離れるしかない。ミネルバの直掩は薄く、ルナマリアとレイはすでに別方向を押さえている。セイバーが戻らなければ、空いた空域からアークエンジェルとミネルバの間へ敵機が滑り込む。
カガリはまだ答えない。
アスランは一度だけルージュを見た。それから、迫る敵影へ機体を向けた。
*****
フリーダムとレギナントの近接戦は、さらに激しさを増していた。
フリーダムのサーベルがレギナントの腕を焼く。
だが、深くは入らない。
ラデンカガミ装甲で覆われた表面で光は散り、熱は流れ、切断に必要な一瞬が奪われる。
開いた指先がフリーダムの肩へ伸びる。
フリーダムが身をひねる。
赤い爪は肩をつかみ損ね、装甲の端だけを引っかいた。白い肩に焼けた傷が残り、火花が散る。
『くっ……!』
フリーダムは距離を取ろうとする。
その先にドラグーンの光が落ちた。横へ逃げれば、別の光が行く手を遮る。フリーダムは盾でそれを散らし、火花の向こうからライフルを向けた。
レギナントが沈む。
ビームは白いスカート装甲の上を抜け、背後の水煙を裂いた。
その下から、レギナントの腕が伸びる。フリーダムの足元をかすめ、赤い爪が装甲の端を焼いた。
白い機体が跳ねる。
翼が開き、月明かりを弾いた。
レギナントも止まらない。
海面すれすれを滑り、跳ねたフリーダムの下へもう一度潜る。サーベルが振り下ろされるたびに白いスカートが流れ、爪が伸びるたびにフリーダムの盾と翼が火花を散らした。
メイリンの声が回線に入る。
『ソードシルエット、まもなく射出位置です!』
「分かってる! けど、近すぎる!」
インパルスは追っている。
だが、入れない。
白い2機は近すぎた。サーベルが走り、爪が伸び、盾が火花を散らす。その隙間へ割り込めば、インパルスごと巻き込まれる。
ルナマリアはルージュと敵増援を警戒しながら、通信に耳を澄ませていた。
「……ルナ」
「セラ?」
セラの声は、いつもより少しだけ低かった。
「今から無理をします」
ルナマリアの喉が詰まる。
「セラ、待って――」
言い終える前に、レギナントの動きが変わった。
フリーダムのサーベルが振り下ろされる。
レギナントは横へ逃げない。腕を差し出し、刃を装甲で受けた。
白い腕が赤く焼ける。
だが、その奥からヒートクローが伸びた。
キラは機体を引く。
引いた先に、ドラグーンの光が落ちる。
盾で散らす。
散らした火花の向こうから、レギナント本体が迫っていた。
赤い爪が盾の縁を噛んだ。
白い盾の表面が歪み、熱で装甲がめくれる。
フリーダムが盾を切り離した。
焼けた盾が月下へ流れ、海面へ落ちる前に、左手が腰のサーベルへ伸びる。
2本目の光が抜かれた。
右のサーベルが爪を弾き、左のサーベルがレギナントの肩へ走る。
白い装甲が焼ける。
しかしセラは退かない。
焼けた肩の奥から、もう片方のヒートクローが伸びた。
フリーダムが流れを押し戻す。
2本の刃と、2つの爪が月下で噛み合う。
火花が散り、海面に赤い光が跳ねた。
右の刃で爪を弾き、左の刃で腕を払う。レギナントの白い腕に焼け跡が増え、スカート装甲の端が裂けていく。
それでも、レギナントは下がらない。
サーベルが肩を焼く。
爪が腰の装甲をかすめる。
もう一方のサーベルが腕を裂く。
反対の爪が、フリーダムの胸元を狙う。
キラはセラの爪をかわし続けた。
かわすたびに、白い装甲のどこかが赤く焼ける。
腕、肩、翼の根元、関節の縁。
落ちてはいない。
だが、フリーダムの白に、赤い傷が増えていく。
『くそっ……!』
フリーダムの2本のサーベルが交差する。
レギナントの両腕が弾かれ、白い機体が一瞬だけ開いた。
キラはそこを逃さない。
右のサーベルがレギナントの腕を押さえ、左のサーベルが肩へ落ちる。
セラは避けなかった。
刃が肩を焼く。
警告が増える。
そのまま、レギナントの右手が伸びた。
赤い爪が、右手のサーベルの柄にぶつかる。
光が揺れた。
キラが腕を引くより早く、もう片方の爪が来た。
サーベルの柄が弾かれる。
月明かりの中で、光を失った柄が宙を舞った。
『しまっ――』
フリーダムの右手が伸びる。
拾いに行けば隙になる。だが、拾わなければ片方の刃を失う。
白い指が、宙を舞う柄へ届く。
セラは、それを見ていた。
レギナントの体が沈む。
白いスカートが海面を裂き、フリーダムの翼の下へ滑り込んだ。
正面にいたはずの白い女王が消える。
キラがサーベルをつかむ。
その瞬間、フリーダムのセンサーが背後で赤く染まった。
満月の光が、海面に細く揺れる。
その揺らぎの中で、フリーダムの背後に、白蜘蛛が音もなく忍び寄っていた。