機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
営倉の端末に、格納庫の映像が映っていた。
発進警告灯が赤く回っている。整備員たちが走り、固定アームが外れ、奥にいた大きな機体がゆっくりと動き出す。
レギナント。
他のMSより、一回りも二回りも大きい。白いスカートみたいな装甲を揺らしながら、カタパルトへ向かっていく。
あの子が乗っている。
俺より年下で、小さくて、どう見ても戦場に出るようには見えなかった女の子。港で、俺が勝手に見下して、馬鹿にして、最後には謝るしかなかった相手。
その子が、今から戦場へ出ていく。
画面が切り替わった。
夜の海だった。満月の光が水面に伸びている。その向こうで、火線がいくつも交差していた。ザフトのMSとオーブのMSが入り乱れ、低空を飛ぶムラサメの影が、月明かりの下を横切っていく。
端末の表示には、ガナーザクウォーリアの機体番号が出ていた。
お姉さんの機体だ。
髪の色に合わせているのか、機体の色は赤だった。お姉さんのザクはミネルバの甲板近くにいて、遠くの敵MSへ長距離砲を向けている。
砲口が光った。
一直線に伸びたビームが、空を舞うムラサメを貫いた。翼が砕け、機体は姿勢を失って海へ落ちていく。
「やった!」
思わず声が出た。
やっぱりミネルバはすごい。お姉さんもすごい。敵が来ても、次々に落としていく。俺が勝手に乗り込んだこの艦は、俺が思っていたよりずっと遠い場所で戦っている。
その時、画面の端にレギナントが映った。
大きな機体が、海面近くを滑っていく。スカート装甲が月明かりを受けて、その周りに小さな光が散った。
ドラグーンだ。
いくつもの端末がレギナントから離れ、敵の周りへ広がっていく。俺は端末へ顔を近づけた。
「あれ……?」
ドラグーンからビームが走る。
当たっていない。
敵のMSは、そんなに動いていない。なのに、光はその少し手前や横を抜けていく。動いた機体も同じだった。ドラグーンが反応して撃つのに、やっぱり当たらない。敵は慌てて進路を変え、そこへ別の火線が走った。
次の瞬間、そのMSはインパルスに斬られていた。
別の機体もそうだった。ドラグーンの光を避ける。逃げる。そこへザクの砲撃が入る。セイバーが回り込む。インパルスが追いつく。
落としているのは、ミネルバ隊だった。
「あの子、射撃はまだまだなんだな」
ドラグーンなんて、普通のMSには扱えない兵器だ。あれだけ数があって、あれだけ敵を囲んでいるのに、まともに当たっていない。やっぱり14歳の子供だ。機体はすごくても、本人はまだ訓練中なんだろう。
でも、それでもあの子は戦場に出ている。
少なくとも、俺みたいに勝手な嫉妬で命令を破って、部隊に迷惑をかけたわけじゃない。小さいとか、子供だとか、そんな言葉で相手を見下していたのは俺だ。
「……部隊のみんなに謝らないとな」
ラルフたちにも。エルザ隊長にも。お姉さんにも。ミネルバの人たちにも。
そう考えた時だった。
端末の画面が、いきなり白く染まった。
「うわっ!」
反射的に顔を引いた。画面の向こうで、空から無数の光が降ってくる。
そこにいたのは、レギナントじゃない。
青い翼を持ったMS。全身の砲口を開き、空から戦場を撃ち抜いている機体。
「フリーダム……」
名前だけは知っていた。
アークエンジェルのMS。ザフトでもオーブでも連合でもないような顔をして戦場に現れて、どちらの攻撃も止める機体。
その砲撃が、夜の海を白く焼いた。
ザフトのMSも、オーブのMSも、次々に動きを止める。腕を飛ばされた機体、翼を失った機体、海面へ落ちる機体。撃墜されたのか、武装だけを壊されたのか、端末越しでは分からない。
ただ、戦場が一撃で止まったのは分かった。
艦が大きく揺れた。
営倉の壁が低く鳴り、俺は思わず寝台の縁を掴む。
『ミネルバ浮上。目標、アークエンジェル。各員、戦闘配備』
艦内スピーカーから命令が響いた。
心臓が早くなる。閉じ込められているだけなのに、体が勝手に緊張した。今、ミネルバが戦場の中心へ向かっている。俺は何もできず、ただ端末を見ているだけだった。
画面にインパルスが映った。
その横に、レギナントもいる。
2機がフリーダムへ向かっていく。インパルスが正面から斬りかかり、レギナントがその後ろから追う。ドラグーンが周囲に散り、細い光を走らせる。
レギナントは、インパルスについていくのがやっとだった。
インパルスが前へ出る。レギナントは少し遅れて位置を変える。フリーダムが動けば、またその後ろを追う。大きな機体だから仕方ない。あの子には、シンの動きについていくだけで精一杯なんだ。
そう思った次の瞬間、フリーダムがレギナントへ向かった。
「あ、あぶな……!」
サーベルの光が迫る。
レギナントが消えた。
そう見えた。
右へ逃げたと思った。違う。上へ跳ねた。違う。次の瞬間には、海面近くへ落ちるように沈んでいた。そのまま横へ折れ、さらに斜めへ加速する。機体の大きさに似合わない、あり得ない動きだった。
「何だよ、今の……」
端末に近づく。
加速したと思ったら急上昇。上がったと思ったら、すぐに急旋回。旋回中にさらに加速して、今度は水面ぎりぎりまで降りる。
こんなの、追いつけるわけがない。
「すげぇ……」
声が漏れた。
だが、フリーダムは追っていた。
「嘘だろ……」
レギナントの異常な動きに、フリーダムが食いついてくる。距離が開いたと思ったら詰まる。逃げたと思った方向へ、もうサーベルの光が届いている。
あんな機動、見たことがない。
なのに、そのレギナントに追いついてくるフリーダムも、同じくらいおかしかった。
しばらくして、艦内に別の放送が響いた。
『タンホイザー照射準備』
艦が旋回しているのが分かる。床がかすかに傾き、壁の奥で低い振動が続く。俺は端末から目を離しかけて、すぐに戻した。
画面の中で、インパルスがフリーダムへ斬りかかる。けれど次の瞬間、背中を斬られ、機体が大きく揺れた。
「シン……!」
叫んでも届かない。
フリーダムはそのままレギナントへ向かう。
「あぶない!」
今度は大声が出た。
レギナントはまた飛び回る。さっきより速い。さっきより無茶な動きだった。それでもフリーダムは近づいてくる。サーベルの光が、レギナントの装甲に届こうとした。
そこで、動きが変わった。
「え……?」
何が起きたのか、分からなかった。
逃げていたはずのレギナントが、フリーダムと向き合っている。ビームサーベルに対して、銃を向けたわけじゃない。剣を抜いたわけでもない。
手だ。
レギナントの両手が、赤く光っていた。
赤い手がサーベルを弾く。腕を焼かれながらも引かない。フリーダムの懐へ入り、爪のような指先を伸ばす。フリーダムはそれをかわし、防ぎ、回り込む。レギナントも沈み、跳ね、背後へ抜けようとする。
まるで、2匹の獣が取っ組み合っているようだった。
いや、獣というより、もっと嫌なものだ。
逃げても追ってくる。振り払っても近づいてくる。掴まれたら終わりだと、画面越しでも分かる。
2つの機体が月明かりの下で何度も重なり、離れ、また食いつく。サーベルの光と赤い爪がぶつかり、火花が海面へ散った。
「こんな戦いを……」
本当に、あの子が。
港で見た時、あの子は小さかった。感情も薄くて、言われたことをそのまま返すような少女だった。俺が何を言っても、怒りもしなかった。ただ見ていた。
その子が今、フリーダムと取っ組み合っている。
「見てなさい。この子の戦い」
お姉さんの声が、頭の中に蘇った。
あの時は、少し腹が立った。俺を子供扱いして、あの子のすごさを見せつけようとしているのだと思った。
半分は、きっとそうだったのだろう。
でも、今なら分かる。
見なければ、分からない。
言葉で聞いても、記録で読んでも、たぶん分からない。小さいとか、子供だとか、そんな物差しを持ったままでは、絶対に分からない。
今の俺では、あの場所に届かない。
いや、もしかしたら一生届かないかもしれない。
拳を握った。
悔しいのに、目を逸らせなかった。
やがて、画面の中の戦いが遠くなり始めた。ミネルバが進んでいる。お姉さんのザクも、艦と一緒に位置を変えている。カメラはアークエンジェルの方を追い、フリーダムとレギナントの姿は画面の端へ押しやられていく。
それでも、俺は見ていた。
小さくなった2つの影の周りで、ドラグーンが動く。
「ド、ドラグーンが……」
レギナントの端末が、フリーダムだけではなく、レギナント自身も囲んでいくように見えた。
遠すぎて、細かい動きは分からない。けれど、その配置だけは分かった。
嫌な予感がした。
「……嘘だろ、おい」
画面の奥で、光が膨れた。
ドラグーンの射撃だった。
フリーダムを撃っている。だが、その中心にはレギナントもいた。
「嘘だろ!?」
端末に手をついた。
カメラはすでにアークエンジェル方面へ向き始めている。ミネルバは高速で進み、ザクの視点も艦の移動に引かれていく。レギナントとフリーダムは、もう画面の中心にはいない。遠い海の上で、光と煙が重なっているだけだ。
それでも、分かった。
あの子は、自分ごと撃たせた。
「何してんだよ……!」
声は営倉の壁にぶつかって消えた。
誰も答えない。
端末の中では、アークエンジェルが遠ざかり、ミネルバの砲火が夜を裂いている。時々、カメラの端に後方の海が映る。白い煙。月明かり。水柱。そこにレギナントがいるのかどうか、もう俺には分からない。
分からないのに、目を離せなかった。
さっきまで、射撃が下手なのだと思っていた。
インパルスについていくのがやっとなのだと思っていた。
小さい子供が、すごい機体に乗せてもらっているだけなのだと思っていた。
たぶん、違った。
何が違うのかは、分からない。
ドラグーンが何をしていたのかも、レギナントがどうやってフリーダムと渡り合っていたのかも、どうして自分ごと撃たせる判断ができるのかも、何ひとつ分からない。
ただ、分かったことがある。
俺は、あの子を見下せる場所になどいなかった。
最初から。
ずっと。
端末を握る指が震えた。
「……ごめん」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。
あの子へか。
部隊のみんなへか。
それとも、何も分かっていなかった俺自身へか。
画面の中で、ミネルバはまだ戦っている。
アークエンジェルを追い、砲火を交わし、夜明け前の海を進んでいる。
レギナントは映らない。
それでも俺は、端末を閉じられなかった。