機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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77.恋恋慕

営倉の端末に、格納庫の映像が映っていた。

発進警告灯が赤く回っている。整備員たちが走り、固定アームが外れ、奥にいた大きな機体がゆっくりと動き出す。

 

レギナント。

 

他のMSより、一回りも二回りも大きい。白いスカートみたいな装甲を揺らしながら、カタパルトへ向かっていく。

あの子が乗っている。

俺より年下で、小さくて、どう見ても戦場に出るようには見えなかった女の子。港で、俺が勝手に見下して、馬鹿にして、最後には謝るしかなかった相手。

その子が、今から戦場へ出ていく。

 

画面が切り替わった。

夜の海だった。満月の光が水面に伸びている。その向こうで、火線がいくつも交差していた。ザフトのMSとオーブのMSが入り乱れ、低空を飛ぶムラサメの影が、月明かりの下を横切っていく。

端末の表示には、ガナーザクウォーリアの機体番号が出ていた。

 

お姉さんの機体だ。

 

髪の色に合わせているのか、機体の色は赤だった。お姉さんのザクはミネルバの甲板近くにいて、遠くの敵MSへ長距離砲を向けている。

砲口が光った。

一直線に伸びたビームが、空を舞うムラサメを貫いた。翼が砕け、機体は姿勢を失って海へ落ちていく。

 

「やった!」

 

思わず声が出た。

やっぱりミネルバはすごい。お姉さんもすごい。敵が来ても、次々に落としていく。俺が勝手に乗り込んだこの艦は、俺が思っていたよりずっと遠い場所で戦っている。

その時、画面の端にレギナントが映った。

大きな機体が、海面近くを滑っていく。スカート装甲が月明かりを受けて、その周りに小さな光が散った。

 

ドラグーンだ。

 

いくつもの端末がレギナントから離れ、敵の周りへ広がっていく。俺は端末へ顔を近づけた。

 

「あれ……?」

 

ドラグーンからビームが走る。

当たっていない。

敵のMSは、そんなに動いていない。なのに、光はその少し手前や横を抜けていく。動いた機体も同じだった。ドラグーンが反応して撃つのに、やっぱり当たらない。敵は慌てて進路を変え、そこへ別の火線が走った。

次の瞬間、そのMSはインパルスに斬られていた。

別の機体もそうだった。ドラグーンの光を避ける。逃げる。そこへザクの砲撃が入る。セイバーが回り込む。インパルスが追いつく。

落としているのは、ミネルバ隊だった。

 

「あの子、射撃はまだまだなんだな」

 

ドラグーンなんて、普通のMSには扱えない兵器だ。あれだけ数があって、あれだけ敵を囲んでいるのに、まともに当たっていない。やっぱり14歳の子供だ。機体はすごくても、本人はまだ訓練中なんだろう。

でも、それでもあの子は戦場に出ている。

少なくとも、俺みたいに勝手な嫉妬で命令を破って、部隊に迷惑をかけたわけじゃない。小さいとか、子供だとか、そんな言葉で相手を見下していたのは俺だ。

 

「……部隊のみんなに謝らないとな」

 

ラルフたちにも。エルザ隊長にも。お姉さんにも。ミネルバの人たちにも。

そう考えた時だった。

端末の画面が、いきなり白く染まった。

 

「うわっ!」

 

反射的に顔を引いた。画面の向こうで、空から無数の光が降ってくる。

そこにいたのは、レギナントじゃない。

青い翼を持ったMS。全身の砲口を開き、空から戦場を撃ち抜いている機体。

 

「フリーダム……」

 

名前だけは知っていた。

アークエンジェルのMS。ザフトでもオーブでも連合でもないような顔をして戦場に現れて、どちらの攻撃も止める機体。

その砲撃が、夜の海を白く焼いた。

ザフトのMSも、オーブのMSも、次々に動きを止める。腕を飛ばされた機体、翼を失った機体、海面へ落ちる機体。撃墜されたのか、武装だけを壊されたのか、端末越しでは分からない。

ただ、戦場が一撃で止まったのは分かった。

 

艦が大きく揺れた。

営倉の壁が低く鳴り、俺は思わず寝台の縁を掴む。

 

『ミネルバ浮上。目標、アークエンジェル。各員、戦闘配備』

 

艦内スピーカーから命令が響いた。

心臓が早くなる。閉じ込められているだけなのに、体が勝手に緊張した。今、ミネルバが戦場の中心へ向かっている。俺は何もできず、ただ端末を見ているだけだった。

画面にインパルスが映った。

その横に、レギナントもいる。

2機がフリーダムへ向かっていく。インパルスが正面から斬りかかり、レギナントがその後ろから追う。ドラグーンが周囲に散り、細い光を走らせる。

レギナントは、インパルスについていくのがやっとだった。

インパルスが前へ出る。レギナントは少し遅れて位置を変える。フリーダムが動けば、またその後ろを追う。大きな機体だから仕方ない。あの子には、シンの動きについていくだけで精一杯なんだ。

そう思った次の瞬間、フリーダムがレギナントへ向かった。

 

「あ、あぶな……!」

 

サーベルの光が迫る。

レギナントが消えた。

そう見えた。

右へ逃げたと思った。違う。上へ跳ねた。違う。次の瞬間には、海面近くへ落ちるように沈んでいた。そのまま横へ折れ、さらに斜めへ加速する。機体の大きさに似合わない、あり得ない動きだった。

 

「何だよ、今の……」

 

端末に近づく。

加速したと思ったら急上昇。上がったと思ったら、すぐに急旋回。旋回中にさらに加速して、今度は水面ぎりぎりまで降りる。

こんなの、追いつけるわけがない。

 

「すげぇ……」

 

声が漏れた。

だが、フリーダムは追っていた。

 

「嘘だろ……」

 

レギナントの異常な動きに、フリーダムが食いついてくる。距離が開いたと思ったら詰まる。逃げたと思った方向へ、もうサーベルの光が届いている。

あんな機動、見たことがない。

なのに、そのレギナントに追いついてくるフリーダムも、同じくらいおかしかった。

 

しばらくして、艦内に別の放送が響いた。

 

『タンホイザー照射準備』

 

艦が旋回しているのが分かる。床がかすかに傾き、壁の奥で低い振動が続く。俺は端末から目を離しかけて、すぐに戻した。

画面の中で、インパルスがフリーダムへ斬りかかる。けれど次の瞬間、背中を斬られ、機体が大きく揺れた。

 

「シン……!」

 

叫んでも届かない。

フリーダムはそのままレギナントへ向かう。

 

「あぶない!」

 

今度は大声が出た。

レギナントはまた飛び回る。さっきより速い。さっきより無茶な動きだった。それでもフリーダムは近づいてくる。サーベルの光が、レギナントの装甲に届こうとした。

そこで、動きが変わった。

 

「え……?」

 

何が起きたのか、分からなかった。

逃げていたはずのレギナントが、フリーダムと向き合っている。ビームサーベルに対して、銃を向けたわけじゃない。剣を抜いたわけでもない。

手だ。

レギナントの両手が、赤く光っていた。

赤い手がサーベルを弾く。腕を焼かれながらも引かない。フリーダムの懐へ入り、爪のような指先を伸ばす。フリーダムはそれをかわし、防ぎ、回り込む。レギナントも沈み、跳ね、背後へ抜けようとする。

まるで、2匹の獣が取っ組み合っているようだった。

いや、獣というより、もっと嫌なものだ。

逃げても追ってくる。振り払っても近づいてくる。掴まれたら終わりだと、画面越しでも分かる。

2つの機体が月明かりの下で何度も重なり、離れ、また食いつく。サーベルの光と赤い爪がぶつかり、火花が海面へ散った。

 

「こんな戦いを……」

 

本当に、あの子が。

港で見た時、あの子は小さかった。感情も薄くて、言われたことをそのまま返すような少女だった。俺が何を言っても、怒りもしなかった。ただ見ていた。

その子が今、フリーダムと取っ組み合っている。

 

「見てなさい。この子の戦い」

 

お姉さんの声が、頭の中に蘇った。

あの時は、少し腹が立った。俺を子供扱いして、あの子のすごさを見せつけようとしているのだと思った。

半分は、きっとそうだったのだろう。

でも、今なら分かる。

見なければ、分からない。

言葉で聞いても、記録で読んでも、たぶん分からない。小さいとか、子供だとか、そんな物差しを持ったままでは、絶対に分からない。

今の俺では、あの場所に届かない。

いや、もしかしたら一生届かないかもしれない。

拳を握った。

悔しいのに、目を逸らせなかった。

 

やがて、画面の中の戦いが遠くなり始めた。ミネルバが進んでいる。お姉さんのザクも、艦と一緒に位置を変えている。カメラはアークエンジェルの方を追い、フリーダムとレギナントの姿は画面の端へ押しやられていく。

それでも、俺は見ていた。

小さくなった2つの影の周りで、ドラグーンが動く。

 

「ド、ドラグーンが……」

 

レギナントの端末が、フリーダムだけではなく、レギナント自身も囲んでいくように見えた。

遠すぎて、細かい動きは分からない。けれど、その配置だけは分かった。

嫌な予感がした。

 

「……嘘だろ、おい」

 

画面の奥で、光が膨れた。

ドラグーンの射撃だった。

フリーダムを撃っている。だが、その中心にはレギナントもいた。

 

「嘘だろ!?」

 

端末に手をついた。

カメラはすでにアークエンジェル方面へ向き始めている。ミネルバは高速で進み、ザクの視点も艦の移動に引かれていく。レギナントとフリーダムは、もう画面の中心にはいない。遠い海の上で、光と煙が重なっているだけだ。

それでも、分かった。

あの子は、自分ごと撃たせた。

 

「何してんだよ……!」

 

声は営倉の壁にぶつかって消えた。

誰も答えない。

端末の中では、アークエンジェルが遠ざかり、ミネルバの砲火が夜を裂いている。時々、カメラの端に後方の海が映る。白い煙。月明かり。水柱。そこにレギナントがいるのかどうか、もう俺には分からない。

分からないのに、目を離せなかった。

 

さっきまで、射撃が下手なのだと思っていた。

インパルスについていくのがやっとなのだと思っていた。

小さい子供が、すごい機体に乗せてもらっているだけなのだと思っていた。

たぶん、違った。

何が違うのかは、分からない。

ドラグーンが何をしていたのかも、レギナントがどうやってフリーダムと渡り合っていたのかも、どうして自分ごと撃たせる判断ができるのかも、何ひとつ分からない。

ただ、分かったことがある。

俺は、あの子を見下せる場所になどいなかった。

最初から。

ずっと。

端末を握る指が震えた。

 

「……ごめん」

 

誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

あの子へか。

部隊のみんなへか。

それとも、何も分かっていなかった俺自身へか。

 

画面の中で、ミネルバはまだ戦っている。

アークエンジェルを追い、砲火を交わし、夜明け前の海を進んでいる。

レギナントは映らない。

それでも俺は、端末を閉じられなかった。

 

 

 

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