機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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08.手錠の少女

少女が目を覚ましてから、数日が経った。

 

医務室での生活は静かだった。

治療を受け、経過観察を受ける。

必要な検査を受け、与えられた食事を摂る。

 

それだけの日々。

 

L-31にとって、それは特に疑問を抱くものではなかった。

自分は捕虜であり、拘束対象であり、監視下に置かれている。

その状態を異常とは判断しない。

 

だから、病室の扉が開いた時も、L-31はただ視線を向けただけだった。

 

入ってきたのは、武装した警備兵が二名。

その後ろに、アーサーの姿がある。

 

警備兵たちは病室へ入ると、左右へ展開した。

敵意は見えない。

だが、警戒は明らかだった。

 

L-31は、その動きを静かに観察する。

 

「識別番号、L-31……だったかな」

 

アーサーが呼びかけた。

 

「はい」

 

返答は即座だった。

 

アーサーは一瞬だけ言葉を選ぶように間を置き、それから続ける。

 

「艦長が、君との面会を希望している。事情聴取だ。これより艦長室へ同行してもらう」

「了解しました」

 

L-31は小さく頷いた。

 

拒否もない。

質問もない。

当然の命令を受けたかのような反応だった。

 

その様子に、警備兵の一人がわずかに眉をひそめる。

 

この少女は、つい数日前まで敵だった。

しかも、ミネルバ隊の主力4機を相手に、所属不明艦を逃がし切った異常なパイロットだ。

 

だが、目の前にいるのは、どう見ても年端もいかない少女だった。

 

アーサーが警備兵に合図を送る。

 

警備兵が前に出た。

 

小さな金属音が鳴る。

L-31の両手首に、手錠が掛けられた。

 

その瞬間も、彼女の表情は変わらない。

 

視線だけを落とし、自分の手首を数秒確認する。

 

「拘束を確認しました」

 

まるで作業報告だった。

 

アーサーは、思わず額を押さえたくなった。

この少女と話していると、どうにも調子が狂う。

 

「……行くぞ」

「了解しました」

 

L-31は、指示された通りにベッドを降りた。

 

警備兵が前後を固める。

中央には、手錠を掛けられた小さな少女。

そして、その横を歩くアーサー。

 

奇妙な行列だった。

 

廊下は静かだった。

通りかかる乗員たちは、誰もが一瞬だけ視線を向け、すぐに目を逸らす。

命令で接触は制限されている。

だが、見てしまったものをなかったことにはできない。

 

白いMSのパイロット。

ラクス・クラインに似た少女。

識別番号、L-31。

 

それだけで、艦内の空気は薄く張り詰めていた。

 

艦長室へ続く区画に差しかかった時だった。

 

向こう側から歩いてきた数人が、足を止めた。

 

シン。

ルナマリア。

レイ。

メイリン。

そして、アスラン。

 

偶然にしては、出来すぎた鉢合わせだった。

 

最初に動いたのは、シンだった。

 

「……ちょっと、副長」

 

その視線は、L-31の手首に向けられている。

 

「その子をどこへ連れて行くんですか?」

 

アーサーは足を止めた。

 

「艦長命令だ。事情聴取を行う」

 

それだけで、説明としては十分のはずだった。

 

だが、シンは引かなかった。

 

「だったら、俺たちも――」

「駄目だ」

 

アーサーは即座に却下した。

 

その声に、ルナマリアがわずかに肩を震わせる。

 

「でも……」

「許可されていない。これは命令だ」

 

いつになく、アーサーの態度は頑なだった。

 

それも当然だった。

今のL-31は、艦内最高レベルの機密対象だ。

誰にも、自由な接触は認められていない。

 

それでも、シンは唇を噛む。

 

「俺たちだって関係者でしょう。実際に戦ったのは、俺たちなんだから」

「その理屈が通用する案件じゃない」

 

アーサーの声は硬かった。

 

シンの視線が、もう一度L-31へ向く。

 

L-31もまた、シンを見ていた。

 

ほんの一瞬。

その視線が、シンの顔で止まる。

 

インパルスのパイロット。

交戦対象。

自機に損傷を与えた相手。

 

それ以上の反応はない。

 

怒りも、恐怖も、戸惑いもない。

ただ情報を照合しただけのような目だった。

 

その無反応が、シンにはかえって引っかかった。

 

「……手錠まで必要なんですか」

 

声が低くなる。

 

アーサーは答えに詰まりかけた。

だが、その前に艦長室の扉が開いた。

 

全員の視線が、そちらへ向く。

 

現れたのはタリアだった。

 

鋭い視線が、廊下に集まった面々を一度に見渡す。

そして、小さく息を吐いた。

 

「騒がしいわね」

 

それだけで、空気が張り詰めた。

 

シンも言葉を飲み込む。

ルナマリアも、メイリンも動けない。

レイだけが、表情を変えずに状況を見ていた。

 

タリアはもう一度、一同を見渡す。

最後に、アスランへ視線を止めた。

 

「アスラン。あなたは入りなさい」

 

廊下の空気が、一瞬止まった。

 

シンが思わず口を開く。

 

「なんでアスランだけ――」

 

言いかけて、そこで言葉が詰まった。

 

分かっている。

アスランは、ただのパイロットではない。

ミネルバ隊の一員であると同時に、議長直属の特務隊員でもある。

こういう機密に触れる資格が、シンたちとは違う。

 

理屈では分かる。

 

だが、納得できるかは別だった。

 

「シン」

 

アスランが短く呼ぶ。

 

責める声ではなかった。

けれど、今は退けという意味は伝わった。

 

シンは何も言えず、拳を握る。

 

メイリンは、L-31を見ていた。

病室で目を覚ました時と同じ顔。

同じ静けさ。

同じ、何も分からない瞳。

 

手錠を掛けられても。

警備兵に囲まれても。

誰かが言い争っていても。

 

L-31は、何も乱れない。

 

それが、メイリンにはひどく苦しく見えた。

 

「……入室を許可したのはアスランだけよ」

 

タリアの声が落ちる。

 

「他の者は持ち場へ戻りなさい。これは命令です」

 

それ以上、誰も反論できなかった。

 

アーサーが警備兵へ目配せする。

L-31は、促されるまま歩き出した。

 

艦長室の扉へ向かう小さな背中を、シンは黙って見送る。

 

敵だった。

確かに、敵だった。

 

それなのに。

 

手錠を掛けられ、警備兵に囲まれて歩くその姿は、どう見てもただの子供だった。

 

扉が閉まる直前、L-31がわずかに振り向いた。

 

その視線が、シンたちを一度だけなぞる。

 

何かを求める目ではない。

助けを呼ぶ目でもない。

 

ただ、そこにいる者たちを確認しただけ。

 

そして、扉は静かに閉じた。

 

廊下に残されたシンは、握った拳を解けなかった。

 

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