機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
少女が目を覚ましてから、数日が経った。
医務室での生活は静かだった。
治療を受け、経過観察を受ける。
必要な検査を受け、与えられた食事を摂る。
それだけの日々。
L-31にとって、それは特に疑問を抱くものではなかった。
自分は捕虜であり、拘束対象であり、監視下に置かれている。
その状態を異常とは判断しない。
だから、病室の扉が開いた時も、L-31はただ視線を向けただけだった。
入ってきたのは、武装した警備兵が二名。
その後ろに、アーサーの姿がある。
警備兵たちは病室へ入ると、左右へ展開した。
敵意は見えない。
だが、警戒は明らかだった。
L-31は、その動きを静かに観察する。
「識別番号、L-31……だったかな」
アーサーが呼びかけた。
「はい」
返答は即座だった。
アーサーは一瞬だけ言葉を選ぶように間を置き、それから続ける。
「艦長が、君との面会を希望している。事情聴取だ。これより艦長室へ同行してもらう」
「了解しました」
L-31は小さく頷いた。
拒否もない。
質問もない。
当然の命令を受けたかのような反応だった。
その様子に、警備兵の一人がわずかに眉をひそめる。
この少女は、つい数日前まで敵だった。
しかも、ミネルバ隊の主力4機を相手に、所属不明艦を逃がし切った異常なパイロットだ。
だが、目の前にいるのは、どう見ても年端もいかない少女だった。
アーサーが警備兵に合図を送る。
警備兵が前に出た。
小さな金属音が鳴る。
L-31の両手首に、手錠が掛けられた。
その瞬間も、彼女の表情は変わらない。
視線だけを落とし、自分の手首を数秒確認する。
「拘束を確認しました」
まるで作業報告だった。
アーサーは、思わず額を押さえたくなった。
この少女と話していると、どうにも調子が狂う。
「……行くぞ」
「了解しました」
L-31は、指示された通りにベッドを降りた。
警備兵が前後を固める。
中央には、手錠を掛けられた小さな少女。
そして、その横を歩くアーサー。
奇妙な行列だった。
廊下は静かだった。
通りかかる乗員たちは、誰もが一瞬だけ視線を向け、すぐに目を逸らす。
命令で接触は制限されている。
だが、見てしまったものをなかったことにはできない。
白いMSのパイロット。
ラクス・クラインに似た少女。
識別番号、L-31。
それだけで、艦内の空気は薄く張り詰めていた。
艦長室へ続く区画に差しかかった時だった。
向こう側から歩いてきた数人が、足を止めた。
シン。
ルナマリア。
レイ。
メイリン。
そして、アスラン。
偶然にしては、出来すぎた鉢合わせだった。
最初に動いたのは、シンだった。
「……ちょっと、副長」
その視線は、L-31の手首に向けられている。
「その子をどこへ連れて行くんですか?」
アーサーは足を止めた。
「艦長命令だ。事情聴取を行う」
それだけで、説明としては十分のはずだった。
だが、シンは引かなかった。
「だったら、俺たちも――」
「駄目だ」
アーサーは即座に却下した。
その声に、ルナマリアがわずかに肩を震わせる。
「でも……」
「許可されていない。これは命令だ」
いつになく、アーサーの態度は頑なだった。
それも当然だった。
今のL-31は、艦内最高レベルの機密対象だ。
誰にも、自由な接触は認められていない。
それでも、シンは唇を噛む。
「俺たちだって関係者でしょう。実際に戦ったのは、俺たちなんだから」
「その理屈が通用する案件じゃない」
アーサーの声は硬かった。
シンの視線が、もう一度L-31へ向く。
L-31もまた、シンを見ていた。
ほんの一瞬。
その視線が、シンの顔で止まる。
インパルスのパイロット。
交戦対象。
自機に損傷を与えた相手。
それ以上の反応はない。
怒りも、恐怖も、戸惑いもない。
ただ情報を照合しただけのような目だった。
その無反応が、シンにはかえって引っかかった。
「……手錠まで必要なんですか」
声が低くなる。
アーサーは答えに詰まりかけた。
だが、その前に艦長室の扉が開いた。
全員の視線が、そちらへ向く。
現れたのはタリアだった。
鋭い視線が、廊下に集まった面々を一度に見渡す。
そして、小さく息を吐いた。
「騒がしいわね」
それだけで、空気が張り詰めた。
シンも言葉を飲み込む。
ルナマリアも、メイリンも動けない。
レイだけが、表情を変えずに状況を見ていた。
タリアはもう一度、一同を見渡す。
最後に、アスランへ視線を止めた。
「アスラン。あなたは入りなさい」
廊下の空気が、一瞬止まった。
シンが思わず口を開く。
「なんでアスランだけ――」
言いかけて、そこで言葉が詰まった。
分かっている。
アスランは、ただのパイロットではない。
ミネルバ隊の一員であると同時に、議長直属の特務隊員でもある。
こういう機密に触れる資格が、シンたちとは違う。
理屈では分かる。
だが、納得できるかは別だった。
「シン」
アスランが短く呼ぶ。
責める声ではなかった。
けれど、今は退けという意味は伝わった。
シンは何も言えず、拳を握る。
メイリンは、L-31を見ていた。
病室で目を覚ました時と同じ顔。
同じ静けさ。
同じ、何も分からない瞳。
手錠を掛けられても。
警備兵に囲まれても。
誰かが言い争っていても。
L-31は、何も乱れない。
それが、メイリンにはひどく苦しく見えた。
「……入室を許可したのはアスランだけよ」
タリアの声が落ちる。
「他の者は持ち場へ戻りなさい。これは命令です」
それ以上、誰も反論できなかった。
アーサーが警備兵へ目配せする。
L-31は、促されるまま歩き出した。
艦長室の扉へ向かう小さな背中を、シンは黙って見送る。
敵だった。
確かに、敵だった。
それなのに。
手錠を掛けられ、警備兵に囲まれて歩くその姿は、どう見てもただの子供だった。
扉が閉まる直前、L-31がわずかに振り向いた。
その視線が、シンたちを一度だけなぞる。
何かを求める目ではない。
助けを呼ぶ目でもない。
ただ、そこにいる者たちを確認しただけ。
そして、扉は静かに閉じた。
廊下に残されたシンは、握った拳を解けなかった。