機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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82.白い墜星

マーシャル諸島西、高度27,000m。

 

ミネルバは現在、ウェーク島に向けて高度を上げていた。

艦内はすでに第2戦闘配備に移行している。

 

格納庫内は喧騒に満ちていた。

インパルス、セイバー、そしてレギナントの周囲で、整備班たちが機体の最終確認を進めている。固定具が外され、端末の表示が切り替わり、作業員の声が金属の床を渡っていく。

 

今回の作戦は、レギナント単体による高高度からの降下。

そして、基地上空の強行偵察だ。

 

基地に攻撃を仕掛けるわけではない。

だが、それは戦闘にならない保証にはならない。

そんな緊張感が、格納庫の空気を硬くしていた。

 

レギナントのコクピット。

 

セラは普段通り、その中で出撃待機していた。

出撃前の緊張はない。

まるで家で宿題をこなす普通の少女のように、淡々としていた。

 

そこへ、ヴィーノが顔を出す。

 

「セラ、出撃準備できてるか?」

「はい」

「そうか。じゃあ、もう一つだけ確認したいから降りてきてくれ」

 

セラはコクピットから出る。

足場へ降りると、ヨウランが待っていた。

 

「セラ、新装備の最終確認をするぞ」

「はい」

 

ヴィーノが端末を切り替える。

 

「設置式電磁パルス発生装置。搭載数は8基。射出位置はスカート装甲内側の兵装ラック。使用条件は地表または構造物への設置」

 

ヨウランが、そこで妙に得意げな顔をした。

 

「そして愛称は、電気ネズミ君だ」

 

セラは数秒、ヨウランを見た。

 

「電気ネズミ君」

「そこは覚えなくていい……」

 

ヴィーノが苦笑する。

 

「これは空中じゃ使えない。地面か壁に打ち込んで、そこに置いてくる装備だ。しかも味方識別なんて気の利いたものはない」

「味方識別なし」

「そうだ。敵にも味方にも効く。近すぎればレギナント自身にも影響がある。ドラグーンにも、通信にもな」

「乱戦での使用は不適切」

「そういうこと」

 

ヴィーノは端末を閉じかけ、念を押すように言った。

 

「今日の任務は偵察だ。使うために持っていくんじゃない。必要になった時の保険だ」

「保険」

「そう。だから、基本は使わない」

「了解しました」

 

「何の話してるんだ」

 

3人が振り返ると、シンとアスランが歩いてきていた。

二人も今は待機命令を受けている。

 

「新装備の説明中」

「新装備?」

 

シンが興味深げに、レギナントのスカート内側へ顔を向ける。

 

「おっと、覗き込み禁止だぞ。スケベ」

「なんでだよ!」

「女王様のスカートを覗こうなんてスケベだろう」

「スケベ」

「いや、そこは覚えなくていいから……」

 

シンがセラを見て、顔をしかめる。

 

ヴィーノが笑いをこらえながら言う。

 

「まあ、今はまだ企業秘密だ。データも十分に取れてないからな」

 

アスランは少し考えてから、レギナントのスカート装甲を見る。

 

「設置型か」

「簡単に当てないでくださいよ、アスランさん」

 

残念そうな顔をするヨウランに、アスランは少しだけ気まずそうに口を閉じた。

 

シンはその横で、レギナントを見上げていた。

軽口を挟む余裕はあっても、表情は硬い。

 

「本当にセラだけを行かせるんですか」

「ああ。レギナントの機動力なら、難しいことじゃない」

 

アスランが答える。

 

「偵察だったら、インパルスかセイバーで援護に出た方が」

「今回は逃げ切れることが最優先だ。俺たちが出れば、それこそ戦闘になるかもしれない」

 

シンはまだ言い足りない顔をした。

だが、言葉を飲み込む。

分かっていないわけではない。

分かっているから、余計に苛立っている。

 

セラは二人を見ていた。

 

「シンは待機」

「ああ、分かってる」

「アスランも待機」

「ああ」

「レギナントが先行します」

 

その言い方があまりにも作業的で、シンは眉を寄せた。

 

「ちゃんと帰ってこいよ」

 

セラは瞬きをした。

 

「帰投します」

「そうじゃなくて……いや、それでいい。とにかく、無理はするな」

 

アスランも続ける。

 

「撮影が終わったらすぐに離脱だ。敵を倒す必要はない」

「敵を倒す必要はない」

「ああ。情報を持ち帰ることが任務だ」

「情報を持ち帰る」

「そして、お前も戻る」

 

セラは少しだけ黙った。

 

「私も戻る」

「そうだ」

 

アスランは頷いた。

 

「それで、任務完了だ」

 

セラは短く頷く。

 

「了解しました」

 

その時、艦内に出撃命令が下った。

 

『レギナント、出撃シークエンスに入ってください』

 

メイリンの声だ。

心なしか、声が硬い。

 

シンがもう一度、セラを見る。

 

「セラ、気をつけろよ」

「はい」

 

セラはレギナントへ戻る。

アスランとシンの視線を背に、コクピットへ乗り込んだ。

 

「レギナント、発進シークエンス開始」

 

ハッチが閉じる。

通信が開いた。

 

『レギナント、進路クリア。出撃してください。……帰ってきて』

 

管制席のメイリンは、不安そうにレギナントを見送っていた。

 

「出撃します」

 

白い機体が、カタパルトへ滑り出す。

 

これは、戦うための出撃ではない。

 

帰ってくるための出撃だ。

 

*****

 

「高度30,000m。降下開始ポイントに到達」

 

メイリンの声が、艦橋に響いた。

 

セラの眼前には、群青の空が広がっていた。

地上の喧騒など届くことのない、無音の世界。

下を向けば、水平線の彼方まで青一色の海と、季節特有の入道雲が見える。

その真下に、ウェーク島があった。

作戦の目標地点。

 

「セラ、降下開始を許可します」

 

タリアが告げる。

 

「降下開始」

 

セラの声は変わらなかった。

 

次の瞬間、レギナントが機首を下げる。

 

白い機体が、空を落ちる。

滑るのではない。

降りるのでもない。

まっすぐ、地表へ突き刺さるように高度を失いながら加速していく。

 

艦橋の高度表示が、音を立てるような勢いで減り始めた。

 

「速い……」

 

アーサーが思わず呟く。

シンは画面を睨んだまま、拳を握っていた。

アスランも黙っている。表情は動かない。けれど、視線は速度表示から離れなかった。

 

警告音が鳴る。

 

『降下率、危険域』

『降下角、規定値超過』

 

「警告、出ています!」

 

メイリンの声が硬くなった。

 

「セラ、問題ない?」

 

タリアが問う。

 

「継続可能。許容範囲内」

 

返答は静かだった。

その静けさだけが、艦橋の焦りから浮いている。

 

「許容範囲って……本当にかよ」

 

シンが低く言った。

 

画面の中で、白い機体は止まらない。

27,000……25,000……22,000……。

雲へ向かって落ちていく。高度表示が削られていく。数字が減るたびに、艦橋の空気まで下へ引きずられていくようだった。

 

「機体反応は乱れていない。まだ制御はできている」

 

アスランが言う。

 

「だからって、見てて平気なわけないだろ」

 

シンは画面から目を離さない。

怒っているというより、今にも飛び出しそうな自分を押さえている顔だった。

 

「高度20,000m」

 

メイリンが読み上げた。

声の最後が、わずかに揺れる。

 

雲が近づく。

レギナントの機体表面に、薄い光の筋が走る。空気を裂き、熱を抱え、白い影がさらに加速していく。

 

新しい警告が、管制画面に重なった。

 

『外装表面温度、上昇』

『熱負荷、規定値接近』

 

「表面温度、上がっています」

 

メイリンの指が端末の上で一瞬止まった。

すぐに動かす。

止まっている場合ではない。

 

「セラ、温度警告が出てる。無理はしないで」

 

「問題ありません。許容範囲内」

 

また同じ返答だった。

 

「それしか言わないのかよ……」

 

シンの声に焦りが混じる。

タリアは画面を見つめたまま、声を落とした。

 

「セラ、任務は偵察よ。機体を失ってまで続ける必要はない」

「はい」

 

メイリンが小さく息を吸った。

安心したかった。

けれど、レギナントはまだ落ち続けている。

少しでも気を抜けば制御を失い、水面に叩きつけられる。

 

ここでウェーク島の基地が、ようやく反応した。

対空レーダーの照射波が跳ね上がり、通信帯域が一斉にざわつく。警戒信号。識別照会。迎撃準備。

基地全体が、白い落下物を敵として認識し始める。

 

「敵基地、警報発令を確認」

「予定通りよ」

 

タリアは言う。

 

予定通り。

その言葉は正しい。

だが、正しいだけでは艦橋の緊張は薄れない。

 

「高度10,000m」

 

メイリンの読み上げが、少し早くなる。

 

『対地接近警報』

『回避上昇を推奨』

 

赤い文字がコクピットの端に並ぶ。

セラは視線だけを動かした。

 

「警告、不要」

 

表示が縮小される。

 

「不要って……」

 

メイリンの声が漏れた。

通信に乗せるつもりはなかったのだろう。

 

レギナントは雲を突き破った。

 

白い機体の前に、海が広がる。

滑走路が伸びる。格納庫群が形を持つ。基地の照明が点となり、線となり、急速に大きくなる。

 

「これ、警報だけ見れば墜落コースですよ」

 

アーサーの声が上ずった。

冗談にしようとしたのかもしれない。

けれど、誰も笑わなかった。

 

「警報だけならね」

 

タリアは返す。

その声は落ち着いていた。

落ち着かせていた。

 

シンが一歩、モニターへ近づく。

 

「本当に止まれるんだよな」

 

アスランは答えない。

その横顔も硬く、高度計を見続けている。

 

「高度5,000m」

 

警告音が重なった。

 

『対地接近警報』

『降下率、危険域』

 

同時に、地上では基地の対空砲座が旋回を始める。

照準が白い機体を追う。まだ追いついていない。だが、追いつこうとしている。

地表が近い。

数字以上に近く見える。

 

メイリンは唇を噛んだ。

あと数秒で目標高度。だが、その数秒を通り過ぎれば地面に激突する。

 

「高度1,000m」

 

警告音が、一段高く鳴った。

 

『対地接近警報』

上昇せよ(プルアップ)! 上昇せよ(プルアップ)!』

 

「セラ!」

 

メイリンの声が、報告ではなく名前になった。

次の瞬間、レギナントの落下が止まった。

 

「撮影高度、到達」

 

真下へ続く未来などなかったように、白い機体の軌道が水平へと曲がる。

そしてそのまま、平然と基地上空を旋回し始めた。

 

艦橋のモニター上で、速度ベクトルが折れた。

 

「止まった……」

 

アーサーが呟く。

 

「いえ、水平飛行に移っています」

 

メイリンが疲れ切った声で返す。

レギナントの動きを見て、理解するまでに、一瞬だけ時間が必要だった。

 

シンは息を吐くことも忘れていた。

アスランの手が、知らず端末の縁を強く握っている。

 

「今の、普通なら機体がバラバラになりますよ」

 

アーサーの声は、今度こそ冗談ではなかった。

 

「普通ならね」

 

タリアは短く返す。

 

だが、その手が椅子の肘掛けを強く握っていることに、アーサーだけが気づいた。

 

レギナントは何事もなかったように、基地の外周へ沿って流れていく。

白い機体は砕けることなく、落下の勢いをそのまま基地の空へ滑らせた。

 

ただ、落ちる速さのまま、次の任務へ移っていた。

 

「撮影開始」

 

 

 

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