機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

83 / 84
83.アルゴス

既に対空機銃と迎撃ミサイル、高射砲によって激しい対空網が敷かれている。

その間を、高い機動性と速度で縫うようにレギナントは飛び回る。

 

「セラ、滑走路北端。誘導路付近を撮影して」

「了解」

 

レギナントのカメラが向きを変える。

滑走路の北端、誘導路の分岐、待機線の配置がミネルバへ送られる。

基地の警報灯が赤く回り、白い壁面を断続的に照らしていた。

 

「そこから格納庫までのルートを追って」

「追跡。送信」

 

その間も対空射撃は止むことはない。

しかし、危なげなく寧ろあざ笑うかのようにセラは飛び続けている。

 

『だめです! 速すぎます!』

『照準が追いつきません!』

『MS部隊、出撃準備急げ!』

 

基地の兵士たちはレギナントの動きに翻弄され続ける。

「いいわ。最後に格納庫の数を確認」

 

「中型格納庫3、推定容量MS48機」

「48機!?」

「思ったより大きいわね」

 

アーサーの狼狽に、タリアもやや言葉を重くする。

 

格納庫からMSが1機現れた。

セラは躊躇うことなくビームスプレーガンを発射する。

出てきたばかりのウィンダムは、避ける間もなく炎上した。

 

『まずい! 後続が出撃不能!』

『消火班急げ! 進路を確保しろ!』

 

格納庫が1つ使用不能になったことで、基地内は混乱し始めていた。

レギナントはその隙に次の区画へと移る。

 

「あとは……研究施設に見える区画はない?」

「検索」

 

上昇しながら基地を見回す。

レギナントの視界が、滑走路奥の白い施設群を捉えた。

すると、基地からやや離れた場所に、岩山で隠れるような施設があった。

低い格納区画が規則的に並び、その周囲に細い塔が複数立っている。

 

「研究所関連と思われる施設を確認」

 

艦橋の空気が、わずかに止まった。

 

「撮影して。全景と格納区画を」

「撮影。送信」

 

画像がミネルバへ流れ込む。

低い格納区画。細い塔群。規則的に並ぶ施設の輪郭。

 

「Lシリーズ格納施設、神経位相接続塔、蜂巣格納庫。私がいた研究所の設備と一致します」

 

「あなたがいた、研究所……」

 

タリアの声が低くなる。

アーサーが画面とセラの通信表示を見比べた。

 

「つまり、それは……どういうことですか」

 

答えは返らなかった。

 

『敵MS。ウィンダム3機。こちらに接近中』

 

タリアはすぐに視線を切り替えた。

 

「セラ、離脱」

「了解」

 

先鋒のウィンダムがビームを照射する。

だが、その先にいたレギナントは、次の瞬間にはもういなかった。

 

『速い!?』

『も、もうあんなところに!?』

 

敵の通信が、混乱したまま断続的に入る。

白い機体は海面スレスレの低空飛行で既に水平線の彼方へと消えていく。

波に不自然な航跡を残して。

 

「レギナント、離脱軌道へ。追撃を振り切りました」

 

メイリンの声に、ようやく息が戻る。

 

「セラ、機体状態」

「問題なし」

 

タリアは追撃を完全に振り切った事を確認し、それから送られてきた画像へ視線を戻した。

 

Lシリーズ格納施設。

神経位相接続塔。

蜂巣格納庫。

 

名称の意味を、ミネルバはまだ知らない。

だが、それでも分かったことはある。

やはりウェーク島の基地は、ただの基地ではない。

 

*****

 

格納庫に、警告灯の残光がまだ残っていた。

 

レギナントは誘導灯に従い、ゆっくりと着艦姿勢へ移る。

白い機体が固定アームに抱え込まれ、重い金属音とともに停止した瞬間、整備員たちの間から詰めていた息が漏れた。

 

「レギナント、帰投。機体固定、完了」

 

セラはコクピットから出て、タラップを降りる。

整備班たちの間から歓声が上がった。

 

「ちっさいの! おつかれさん!」

「すごかったぞ!」

「俺、絶対墜ちたと思ったぜ!」

 

まだ、その評価軸はうまく掴めない。

けれど、歓声に敵意がないことだけは分かる。

 

セラは少し足早に格納庫を出る。

 

「セラ!」

「よく頑張ったな、セラ」

 

通路ではシンとアスランが出迎えていた。

 

「帰投しました」

「お前はいつもそんな反応だよな」

 

変わらないセラの言葉に、シンは少し呆れた顔をする。

隣のアスランも穏やかな顔をしているが、似たようなものだった。

 

「セラ!」

 

奥からメイリンが走ってきた。

さっきまで艦橋にいたはずだが、一時的に席を外して来たのだろう。

それだけ、急いで来たのだと分かる。

 

「メイリン」

「お帰り!」

 

安心したような顔をするメイリン。

セラは彼女の顔をじっと見つめる。

 

「帰投しました」

「……うん」

「被弾もありません」

「……うん?」

「無理はしてません」

「……」

 

ほんの僅かだけ、セラは口を閉じた。

 

「任務は、成功ですか」

「……うーん」

 

確かに、無事に帰投した。

被弾もない。

振り返ってみれば、危なげなく終えてきたと言えるかもしれない。

 

でも、何か引っかかる。

 

あんな急加速で墜ち続け、警告音を全て無視して、少しでも対応が遅れれば地面に激突していたかもしれない。

それに、あの対空網だ。

考えてみれば、基地一つ分の集中砲火をセラ一人で避け続けていたわけで、気が気ではなかった。

 

そう言おうとしたのだが、メイリンはセラの顔を見る。

 

いつもの、感情の見えない無表情。

口元に笑みもない表情。

 

でも、いつも見てきたから分かる。

 

これは、褒められるのを期待している。

 

何故そう見えるのかは分からないが、きっとそうだ。

そう考えると、簡単に失敗とは言いづらい。

 

「……うん。まあまあ、かな?」

「まあまあ」

「うん。まあまあ。次も頑張って」

「まあまあ」

 

返事は、いつもの「はい」ではなかった。

傷つけてしまったかもしれないと、メイリンは心の中で謝るのだった。

 

*****

 

艦長室のモニターには、ウェーク島基地の解析画像が並んでいた。

 

滑走路北端と誘導路。

中型の格納庫。

対空砲座や迎撃ミサイルの配置位置。

他にも、管制塔、通信施設、燃料貯蔵区画、MSの出撃経路。

 

短い滞空時間で得た情報としては、十分すぎる量だった。

 

アーサーは何度目か分からないため息をつく。

 

「想像以上の大手柄ですね」

「そうね。こちらの指示以上に、色々なものを写してくれている」

 

タリアは解析画面を切り替える。

そこには、格納庫前で撃破されたウィンダムと、塞がれた出撃路の映像も残っていた。

 

敵の追撃を遅らせながら、必要な情報を拾っている。

偶然ではない。

セラが意図してそう動いたのか、単なる偶然なのか、あるいはその両方なのかは分からない。

だが結果だけを見れば、ウェーク島基地はすでに相当な部分を晒していた。

 

少なくとも、表面上は。

 

「でも、やっぱり気になるのは……」

 

アーサーが言葉を止める。

 

タリアは黙って、別の画像を拡大した。

 

低い格納区画。

細い塔群。

規則的に並ぶ施設の輪郭。

通常の基地設備とは少し違う、妙に整いすぎた区画。

 

セラが言っていた施設だ。

 

Lシリーズ格納施設や神経位相接続塔と言っていた。

 

名称の意味を、タリアたちはまだ正確には知らない。

だが、セラが研究所にいたものと一致するとも言っていた。

それだけで、この画像の重みは変わる。

 

「これは重要機密ね。本来なら、直接本国に届けなければならない情報よ」

「はい。通常回線には乗せられません。暗号化して、厳重に処理します」

「お願い」

 

処理。

簡単な言葉だが、意味するものは重い。

 

秘匿通信に、暗号化した偵察データを乗せる。

宛先はザフト本国。正確には、デュランダル議長直通の報告経路。

 

まだミネルバが独断で攻撃を決める段階ではない。

相手は地球連合軍基地に見える。

だが、その奥にはロゴス系企業、そしてそれ以外の何かがある。

 

現場判断で踏み込めば、軍事行動だけでは済まない。

だからこそ、持ち帰った証拠に価値がある。

 

「議長からの指示を待ちましょう」

「では、アークエンジェル追跡任務に戻る、ということで」

「表向きはね」

 

タリアは短く答えた。

 

アーサーは端末を抱え直す。

その表情には、まだ戸惑いが残っていた。

 

「セラは、あれが何なのか分かっているんでしょうか」

「分かっている部分と、説明できる部分は違うわ」

「……難しいですね」

「ええ」

 

タリアはもう一度、白い施設群の画像を見る。

そこには、セラがかつていた場所の輪郭がある。

そして今、彼女はそれをミネルバへ持ち帰った。

 

画面の外では、もう陽が暮れていた。

艦長室の窓の向こうに、月が浮かんでいる。

眼下には、月明かりを受けた雲が白く照らされていた。

 

美しい夜だった。

 

その美しさとは別のところで、暗号化された報告書が、静かに送信準備へ入っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。