機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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87.勝利の残響

戦いが終わったミネルバの艦内には、歓声と静寂が同時にあった。

 

格納庫では整備員たちが戻ってきた機体を迎え、補給区画では誰かが肩を叩き合っていた。艦橋にも、任務達成の安堵が広がっている。アークエンジェル撃沈推定。フリーダム撃破。長くミネルバの前に立ちはだかっていた敵に、ようやく終止符を打ったのだ。

 

タリアも、アーサーも、言葉には出さないまま小さく息をついていた。

メイリンも同じだった。緊張で固まっていた指が、ようやく端末から離れる。帰投するMSの信号を確認しながら、胸の奥で何度も思った。

 

おめでとう。

ありがとう。

 

シンにも、アスランにも、セラにも、ルナマリアにも、レイにも。

皆にそう言いたかった。

 

けれど、戻ってきたパイロットたちの顔は、歓声とは少し違っていた。

 

*****

 

談話室の隅で、シンはぼんやりと窓の外を見ていた。

 

海の向こうに、夕日が沈みかけている。赤い光が水面に伸び、艦内の窓にも淡く映っていた。戦闘の煙はもう見えない。それでも、シンの目にはまだ黒い海が残っている。

 

ステラの仇を討った。

何度もミネルバの前に立ちはだかったフリーダムを倒した。

あの白い翼を落とせば、もっと胸が晴れると思っていた。

 

けれど、残ったのは妙な重さだけだった。

怒りが消えたわけではない。悲しみが終わったわけでもない。ただ、行き場を失った熱だけが、胸の奥で冷えずに残っている。

 

「任務達成、おめでとうございます」

 

声をかけられ、シンは顔を上げた。

 

ユアンが立っていた。

以前のような、根拠のない勢いはない。背筋を伸ばし、少し緊張した顔で、けれど真っ直ぐにこちらを見ている。

 

「ああ、ありがとう」

 

シンの返事は、自分でも驚くほど薄かった。

ユアンは少し首を傾げる。

 

「……らしくないですね」

「そうかもな。今日は、少し疲れた」

 

その時、別の足音が近づいてきた。

 

「何、燃え尽きてるのよ」

 

ルナマリアだった。

ユアンは反射的に背筋を伸ばす。

 

「先日は、お世話になりました」

「はいはい。じゃあ、そのついでにコーヒー2つお願い」

「了解しました」

 

ユアンが少しぎこちなく頷き、給茶機の方へ向かう。

ルナマリアはシンの隣に腰を下ろした。

 

「で、どうしたのよ。あっ、『……別に』とは言わせないからね」

「……言わせろよ。頭ん中、まとまってないんだよ」

 

先を取られたシンは、恨めしそうにルナマリアを見た。

彼女は何も言わず、ただ待っている。

 

沈黙のあと、シンはようやく口を開いた。

 

「俺、ずっと戦争が憎かったんだ。父さんと母さんと、マユを奪った戦争が。何もできなかった自分が嫌で、理想だけ言って何も守れなかった国も嫌いでさ」

「うん」

「で、フリーダムと戦ってる時に、あのパイロットに言われた。何度も繰り返し戦争を起こしてばかりだって。頭に来て言い返したんだ。その下で震えてる人たちのことなんか、見てもいないくせにって」

「……うん」

「でも、それってさ」

 

シンは夕日の方へ目を戻した。

 

「俺たちにも言えるんだよな」

 

ルナマリアはすぐには答えなかった。

シンも答えを求めていたわけではない。

 

自分たちも、結局は戦争を始めた誰かの上で動いているだけなのかもしれない。

戦場でどれだけ勝っても、始めた連中が止める気にならなければ、戦争は終わらないのかもしれない。

 

そう思うと、勝ったはずの胸の中が、急に空っぽになった。

 

「けど」

 

背後から声がした。

 

コーヒーを持ったユアンだった。

両手にカップを持ったまま、彼は少し迷って、それでも続ける。

 

「俺たちは……軍人です。兵士です。戦うためだけに、戦ってるわけじゃないと思います」

 

シンとルナマリアが振り返る。

 

「俺は、それを忘れて、勝手に前へ出ました。だから今は、そう思います。そこにいる人たちを、仲間を、守るべき場所を守るために戦うんだって」

 

言い終えると、ユアンの顔が少し赤くなった。

言いすぎたと思ったのか、カップをテーブルに置く手がわずかに硬い。

 

シンはしばらく彼を見ていた。

 

それから、小さく笑った。

 

「まずいな。俺、そんなことも忘れてたのか」

「わたしも、ちょっと刺さったかも」

 

ルナマリアも笑う。

 

「ありがとうな。おかげで少し、頭ん中すっきりした」

「そうねぇ。これはメイリンにも言っておかないと。すごい成長ぶりだって」

「そんな、俺はまだ、ここにいる皆から学んでいる立場です。これからもよろしくお願いします」

 

ユアンは深く頭を下げた。

それから、緊張した顔のまま談話室を出ていく。扉が閉じる直前、その耳が少し赤いのが見えた。

 

シンはカップを手に取り、息を吐く。

 

「……あいつ、本当に変わったな」

「あんたもね」

「そうかよ」

「そうよ」

 

ルナマリアはコーヒーを一口飲み、窓の外を見た。

夕日はまだ沈みきっていない。

 

勝利の残響は、艦のあちこちに残っている。

けれど、その音はもう、歓声だけではなかった。

 

*****

 

同じ頃、アスランは格納庫の端でセイバーを見上げていた。

 

装甲の損傷は浅い。

だが、操縦桿を握っていた手だけが、まだ重かった。

 

カガリに向けて銃口を向けた。

前に出ればミネルバから撃たれるからと。自分も撃つと告げた。その判断は間違っていなかったはずだ。

 

それでも、最後に聞いた「頼む、行かせてくれ」という声が、耳から離れない。

 

それに気になることはもう一つ。

キラのことだ。

 

フリーダムは落ちた。

爆炎の中に消え、その後の信号は途絶えたままだ。

生きているのか、海の底に沈んだのか、それすら分からない。

 

おれは守ったのか。

それとも奪ったのか。

 

カガリを止めた自分の手が、今はキラへ伸びる道まで塞いだように思えた。

アスランには、まだ答えが出せなかった。

 

「アスラン」

「セラ」

 

アスランが振り向くとセラが目を向けている。

 

「悲しそうに見えます」

「…いや、そんなことはない」

 

アスランから何かを感じ取ったのか、セラは素直にそれを口にした。

アスランはやや気まずそうにはぐらかす。

それでもセラの視線は変わらない。いつまでも刺さり続ける視線に耐え切れず、アスランも応えるしかなかった。

 

「俺もまだまだ未熟だったということだ。軍人としても俺個人としても」

 

言葉に出すと、案外スッキリ自分の中に入り込む。

そう。自分がまだ未熟だということだ。責任と感情の整理をつけられていない。

これまでシンに厳しく当たっていたが、自分も人のことは言えないなと自嘲する。

 

「アスランは十分に指揮を執ってると評価します」

 

そんなアスランの考えを知ってか知らずか、セラは即答する。

 

「アスランは、シンが孤立しないようによく見てます。MSの特性も理解しています。ルナやレイの指示も的確です」

「だが、こんなに心が揺れてしまっていては、まだまだって実感するよ。軍人としても、俺個人としても」

「それは甘えというものです」

 

背後から、別の声がした。

 

レイだった。

ザクの整備区画からこちらへ歩いてくる。表情はいつも通り静かだったが、声は少しだけ硬い。

 

「あなたは指揮官です。迷うなとは言いません。だが、迷いを理由に判断を曇らせるなら、それは甘えです」

 

アスランは言い返すことなく次の言葉を待つ。

 

「俺は議長の命令に従い、ミネルバの任務を果たすためにここにいる。あなたにも、あなたの立場があるはずです」

「ハッキリ言うんだな。結局、俺は今も揺れてる。戦うことの理由に」

「理由がなければ、戦えませんか」

 

レイの問いは鋭かった。

 

「……分からない」

「ミネルバを守るためではないのですか」

 

セラが、アスランに問いかけた。

 

「それは……もちろん、それはある。」

「そうですか」

 

セラは短く頷いた。

そういうとセラは今度はレイを見た。

 

「レイは」

「……もちろん、ミネルバを守るのも戦う理由だ」

「はい」

 

二人を交互に見たあと、目を伏せる。

 

「私もミネルバを守ってます」

 

なんとなく二人はセラの言おうとしてることが分かった気がした。

どんな理由があっても、この艦を守るために戦うのは変わりないのだと。

 

アスランは苦笑しかけて、すぐに表情を戻した。

答えが出たわけではない。

カガリの声も、キラの消息も、胸の奥に残ったままだ。

 

それでも、次に出る時、自分が何を守らなければならないのか。

少なくとも、その一点だけは見失えない。

 

レイは何も言わず、セラを見る。

セラもまた、淡々とレイを見返していた。

 

格納庫の奥で、整備灯だけが静かに明滅していた。

 

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