機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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89.迫る侵略者

熱源反応は、やがて機影として輪郭を持った。

 

月面側から上がってくる光点。

その数は一つではない。

いくつもの機影が、防衛線の外縁に沿って広がっていく。

 

「敵MS群、確認。ダガーL、ウィンダムを含む混成部隊」

「月面側から支援火力反応」

「敵艦艇、後方に複数」

 

メイリンの報告が、次々と艦橋に流れる。

 

タリアはモニターに映る配置図を見る。

敵の前衛は、月面付近の防衛線に沿って横へ広がっている。

真正面から受け止める構えではない。

こちらの前進角度を読み、側面からの十字砲火を浴びせる気だ。

 

「前衛3中隊、予定通り展開。ミネルバ隊は先行」

「了解」

 

通信が開かれる。

 

「全機、敵防衛線に接触する。突出しすぎるな。前衛は隊列を維持、後衛は交代位置を空けておけ」

「了解」

「了解しました」

「ミネルバ隊、前へ」

 

シンはインパルスの推力を上げた。

 

「インパルス、行きます!」

 

インパルスが、友軍前衛のやや先へ出る。

敵のダガーLが、その動きを止めようとライフルを向けた。

 

だが、照準が重なるより早く、シンが先に撃った。

 

「遅い!」

 

インパルスのビームライフルが、ダガーLを撃ち抜く。

動きを止めた敵機を、友軍のザクウォーリアが追撃した。

 

『前衛、押されている』

『左へ回れ』

『ミネルバの機体を止めろ』

 

敵の通信が入り乱れる。

だがシンは止まらない。

 

彼の役割は撃墜数を増やすことではない。

味方が防衛線を突破するまでの道を作ることだ。

 

「右から来るぞ」

 

アスランの声が入る。

 

ウィンダムが、インパルスの側面を狙っていた。

シンが正面の敵に意識を向けている、その隙を突くつもりだった。

 

セイバーが、インパルスとウィンダムの間へ割り込む。

ウィンダムの照準が、インパルスからセイバーへ引き寄せられた。

 

放たれたビームは、セイバーの横を逸れていく。

 

その隙を、アスランは逃さなかった。

反撃の一射が、ウィンダムのライフルを撃ち落とす。

 

「シン、前だけ見るな」

「分かってます!」

 

そのさらに上方で、レギナントが敵前衛へ飛び込んだ。

 

大きな機体だった。

だが、遅くはない。

 

敵のウィンダムがレギナントを狙う。

照準が重なる。

その瞬間には、もうレギナントは別の場所へ移っていた。

 

追おうとしたダガーLが、味方の射線に重なる。

撃とうとしたウィンダムが、味方を巻き込む位置に入る。

レギナントは、敵の攻撃を避けているだけではなかった。

敵が撃ちにくい場所へ、次々と戦場をずらしていた。

 

「レギナント、敵射線を確認。妨害します」

 

セラの声は平坦だった。

 

ドラグーンが散った。

レギナントの周囲ではない。

敵前衛の間。

射線の交点。

後退しようとする敵小隊の通り道。

 

赤い線が、敵の動ける場所を切り分ける。

退こうとしたダガーLが、その線に進路を塞がれた。

前へ出ようとしたウィンダムは、別の射線に押し返される。

 

動きが止まった。

 

そこへ、友軍前衛の射撃が重なる。

 

「よし、押せ!」

「穴が開いたぞ!」

「第2小隊、前進!」

 

友軍機が前へ出る。

敵の防衛線が、わずかに歪んだ。

 

*****

 

後衛側で、その歪みを見ていたアグネスは、操縦桿を握る手に力を込めた。

 

「ほら、やっぱり空いたじゃない」

 

前方では、友軍前衛3中隊が敵と接触している。

ミネルバ隊が先行し、敵の射線を崩している。

そして、その隙間に、まだ誰も入っていない。

 

アグネスには、そう見えた。

 

「隊長、まだ前進指示は出ていません」

「見れば分かるわ。でも、あそこを放っておく理由もないでしょう」

「前衛の交代位置です。指示を待った方が」

「待っている間に、敵が埋めるわ」

 

アグネス機が、わずかに前へ出る。

 

僚機の1機が反応した。

 

「隊長」

「命令違反じゃないわ。穴埋めよ」

「まだ命令は」

「前衛が動いてる。後衛は穴を埋める。作戦通りでしょう」

 

言い切ると同時に、アグネスのザクファントムが加速した。

 

「アグネス隊、前へ出るわ。遅れないで」

「了解。隊長に続きます」

「周囲を固めます」

「右側、こちらで見ます」

 

3機の僚機が、すぐに追従する。

止めるには遅かった。

だが、置いていくことはしない。

 

アグネス隊が後衛の線を離れたことは、すぐにミネルバ艦橋にも表示された。

 

「後衛の1小隊、前進しています」

「どこの隊」

「アグネス・ギーベンラート隊です」

「突出気味ね」

 

タリアは眉を動かした。

 

「呼び戻しますか」

「待って。前衛の穴は」

「塞がっています。敵の回り込みも、今のところありません」

「なら、戻せとは言わない。周囲に合わせさせなさい」

「了解」

 

タリアは短く息を吐く。

 

「勢いだけで前に出られると困るわね」

「しかし、戦線は広がっています」

「だから今は使う。後で叱るかは、生きて戻ってからよ」

 

通信が飛ぶ。

 

「アグネス隊、前進を確認。前衛左翼寄りの穴を埋めなさい。単独で深追いはしないこと」

「了解。こちらアグネス隊、前衛左翼を支えます」

 

アグネスの返答は、妙に明るかった。

 

「ほら、認められたじゃない」

「追認です、隊長」

「同じことよ」

 

白いザクファントムが、敵の側面へ入る。

 

ダガーLが、前進してきたアグネス隊を迎撃しようとした。

アグネスは先に両肩のビームガトリングを撃つ。

弾幕が、敵の足を止めた。

 

ダガーLが守りに入る。

その瞬間、アグネスが踏み込んだ。

 

「そこ!」

 

大型ビームアックスが、ダガーLを盾ごと切り裂く。

爆炎の向こうで、アグネス機が次の敵へ向く。

 

「次!」

 

僚機が左右から射撃を重ねる。

アグネスが開いた隙間に、3機が続いた。

 

白いザクファントムは、確かに目立った。

そして、それに見合うだけの動きもしていた。

 

だが、その突撃が成立したのは、アグネス隊だけの力ではない。

 

ウィンダムが、アグネス機の側面を狙う。

アグネスは前の敵に意識を向けていた。

そのまま撃たれれば、回避が遅れる。

 

その射線へ、白い影が滑り込んだ。

 

レギナントだった。

 

ウィンダムの照準が、白い大型機に吸い寄せられる。

だが、レギナントは撃たれる位置には留まらない。

敵が引き金を引くより早く、その巨体は射線の外へ抜けていた。

 

撃てない。

追えない。

 

その遅れを、ドラグーンが突く。

 

赤い線が、ウィンダムの退路を塞いだ。

逃げ場を失った敵機に、アグネス隊の僚機が射撃を重ねる。

姿勢を崩したウィンダムへ、アグネスが迫った。

 

「もらった!」

 

大型ビームアックスが、ウィンダムを切り裂く。

爆炎が広がる中、アグネスは機体を大きく振り抜いた。

 

「隊長、あの白い大型機が射線を潰しています」

「分かってるわよ。利用できるものは利用するだけよ」

 

口ではそう言う。

だが、声には不機嫌さが混じっていた。

 

レギナントが近くにいる。

それだけで、アグネスの意識の端が引っ張られる。

 

白い大型機は、戦場の中を異常な速さで渡っていた。

敵の射線が重なる場所へ入り、次の瞬間には別の場所へ抜ける。

ドラグーンが戦場の各所に点を打ち、その点を結ぶように赤い軌跡が走る。

 

敵小隊の連携が、少しずつほどけていく。

後退する機体は進路を変えられ、突出した機体は孤立する。

ザフトの前衛は、そのずれを逃さず刈り取っていく。

 

アグネス隊の前にも、敵が流れてきた。

 

ダガーLが後退しようとする。

だが、背後に赤い線が走る。

戻れないと判断した敵機は、正面のアグネスへ銃口を向けた。

 

「正面から来るなら、分かりやすいわ!」

 

アグネスはビームガトリングを撃ちながら踏み込んだ。

僚機が左右から射撃を重ね、敵の回避先を消す。

動きを止めたダガーLへ、大型ビームアックスの一撃が落ちた。

 

敵機が爆ぜた。

 

「隊長、撃破確認」

「当然よ」

 

アグネスは笑った。

だが、その視線は、爆炎の向こうを横切るレギナントを追ってしまう。

 

「何なのよ、あの動き」

「味方です」

「それは分かってるわ」

「なら、ありがたいと思うべきかと」

「……ありがたいかどうかは別よ」

 

アグネスは、さらに前へ出ようとした。

 

その先で、月面側の砲台がアグネス機を狙っていた。

アグネスは敵前衛に気を取られ、その射線に気づくのが遅れる。

 

進路の先に、赤い線が走った。

 

進むな、という意味ではない。

そこを通れば撃たれるという警告だった。

 

「……っ」

 

アグネス機が軌道を変える。

直後、月面側からの支援ビームが、今しがた進もうとしていた空間を貫いた。

 

僚機の1機が息を呑む。

 

「隊長」

「見えてたわよ」

「了解。そういうことにしておきます」

「含みのある返事をしない」

 

アグネスはそう言いながらも、進路を修正した。

レギナントが作った線を、気に入らないと思いながら利用する。

 

その矛盾に、本人は気づかない。

あるいは、気づかないことにしていた。

 

*****

 

戦線は、ザフト側に傾き始めていた。

 

インパルスが正面を崩し、セイバーが側面を抑える。

レギナントが敵の連携を切り、アグネス隊が開いた隙間へ突き込む。

前衛3中隊も、それに合わせて少しずつ防衛線を押し込んでいた。

 

敵の損耗率が上がっていく。

 

「敵前衛、後退を開始」

「後列から増援。穴埋めに入ります」

「友軍前衛にも損傷機あり。第2中隊、第3小隊が後退要請」

 

タリアは表示を確認する。

 

「許可。損傷機は無理をさせないで。後衛と交代」

「了解」

「後衛2小隊、前へ。損傷機の回収も急がせて」

 

同じザクウォーリア、同じザクファントム。

機種が揃っているからこそ、交代は早かった。

損傷した前衛機が下がり、後衛の機体がその穴へ入る。

撃破されるまで踏みとどまる必要はない。

戦線そのものを維持することが、艦隊戦では優先された。

 

敵も同じだった。

削られた前衛の後ろから、新しい機体が上がってくる。

倒しても、穴が埋まる。

崩しても、次の列が出てくる。

 

「しつこいな」

 

シンは舌打ちした。

 

前に出れば、敵は下がる。

下がった敵の後ろから、別の機体が射線を作る。

その繰り返しが、インパルスの進路を狭めていた。

 

「シン、右に寄りすぎるな」

「分かってます。でも、ここを抜けば」

「その前に側面を取られる」

 

アスランの警告と同時に、敵のウィンダム2機が右側へ回り込んだ。

敵は、正面の機体でシンを止め、右側の2機でインパルスを撃つつもりだった。

 

シンは反応した。

だが、正面にも敵がいる。

右を向けば、前を抜けない。

前へ出れば、右から撃たれる。

 

その一瞬を、ルナマリアの砲撃が埋めた。

 

赤いビームが、インパルスの右側を抜ける。

回り込もうとしたウィンダムが、前へ出られなくなった。

もう1機も射線を外され、シンを狙う角度を失う。

 

「ルナ」

「見えてるわよ!」

 

ガナーザクウォーリアが、後詰めの位置から砲身を構えていた。

 

「シン、右はこっちで抑える。あんたは前」

「助かる!」

 

インパルスが前へ出る。

ルナマリアの砲撃が、敵の穴埋め部隊を押し止めた。

 

一射で撃墜する必要はない。

敵がシンを狙う前に、射線を潰せばいい。

シンが進むための空白を作ればいい。

 

ルナマリアは次の照準へ移った。

 

「次、左から2機」

「片方を見る」

「お願い」

 

レイのザクファントムが、静かに別角度へ射撃を入れる。

さらにルナマリアの砲撃が、その反対側を塞いだ。

敵の2機は、同時に前へ出られなくなる。

 

シンはその間を抜けた。

 

「よし!」

 

インパルスのビームサーベルが、敵前衛の一機を切り裂く。

そこへ友軍ザクが続き、防衛線の一部がさらに押し下げられた。

 

ルナマリアは小さく息を吐く。

 

前に出て目立つわけではない。

敵を薙ぎ払うわけでもない。

それでも、後ろにいる意味はある。

 

今、シンの進路を開けたのは自分だ。

 

「ルナマリア、いい援護だ」

「どうも。後ろにいる分は働きます」

 

アスランの声に、ルナマリアは短く返した。

 

そのやり取りを、少し離れた位置でアグネスが聞いていた。

 

「……後ろでも、ちゃんと見てるじゃない」

「ルナマリア機ですか」

「別に。見えただけよ」

 

アグネスはすぐに視線を逸らした。

 

「隊長、正面から敵2機」

「分かってるわ。行くわよ」

 

アグネスのザクが再び前へ出る。

 

敵2機が、アグネスを止めようと同時にライフルを向けた。

アグネスは突っ込もうとして、半拍だけ待つ。

 

赤い線が、敵の後ろではなく、左右に走った。

逃がさない線ではない。

広がらせない線だった。

 

敵2機の動きが狭まる。

同時に撃つはずだった照準が、互いの機体を避けるためにわずかにずれた。

 

「今!」

 

アグネス機が加速する。

片方の射線を肩で抜け、もう片方へ大型ビームアックスを叩き込んだ。

僚機がすぐに追従し、残った1機の足を止める。

 

「隊長、次」

「分かってる!」

 

アグネスは反転し、2機目へ斬り込んだ。

 

レギナントの支援を待ったわけではない。

ただ、そこにある線を使っただけだ。

 

少なくとも、アグネスはそういうことにした。

 

*****

 

戦場は、さらにザフト優勢に傾いていく。

 

敵前衛の損耗は増えている。

月面側からの支援火力も、レギナントとセイバーの動きによって十分に効果を発揮できていない。

だが、防衛線そのものはまだ崩れていなかった。

 

後列が上がる。

損傷機が下がる。

別の機体が穴を埋める。

 

敵もまた、ここを簡単に失うつもりはない。

 

「敵防衛線、後退しながら再編」

「こちら前衛、交代完了。損傷機4機が後方へ」

「撃墜判定、敵側増加。ですが、後列からの補充が続いています」

 

タリアは頷いた。

 

「押してはいるけど、防衛線は完全には割れてないわね」

「さらに前へ出ますか」

「焦らないの。敵の後列を引き出してからでいい」

 

その時だった。

 

レギナントのコクピットで、セラがわずかに顔を上げた。

 

モニターには何も映されていない。

熱源はない。

機影もない。

セラが感じた異質な気配。

 

よく知っている。

知ってはいけないはずのもの。

 

その時、メイリンの指が止まった。

 

「デブリ帯方向から、新たな反応」

「数は」

「12……いえ、13。12の小型反応と、大型反応1」

「敵増援?」

「識別不能。ダガーLやウィンダムとは違います」

 

艦橋の空気が、わずかに冷えた。

 

「距離は」

「高速接近中。敵陣後列と合流する進路です」

「映像、出せる?」

「ノイズが多いですが出します」

 

メインモニターの片隅に、粗い映像が映る。

 

デブリの影から、薄い機影が現れていた。

人型というより、平たい魚影に近い。

その尾部から、細い線のようなものが伸びている。

 

そして、そのさらに奥。

 

黒い影があった。

 

低く、広く、重い。

肩から背にかけて広がった外殻が、周囲の星明かりを呑み込んでいる。

装甲の表面に、遠くのビーム光が赤く滑った。

 

「大型反応、さらに加速」

 

アスランの声が入る。

 

「セラ、下がれ。敵の反応が妙だ」

「……」

 

返答が、わずかに遅れた。

 

「セラ?」

「ネメシスの接近を確認」

 

レギナントの機動が止まる。

 

メイリンは、その停止をただの待機とは見られなかった。

白い大型機体が、初めて判断を止めたように見えた。

 

次の瞬間、セラの声が静かに響いた。

 

「No.2を確認。撤退を勧告」

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