機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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94.新たな船出へ

大型のコロニー群が、宇宙の闇の中に連なっていた。

 

複数の居住区画と軍用区画、補給施設、整備ドックが組み合わされた人工の都市。

その周囲では、管制灯が規則正しく点滅している。

作戦を終えた艦隊を迎え入れ、そして送り出すための光の道のようだった。

 

月面作戦に参加したミネルバ、ナスカ級アスピダ、ティホス。

そして、ローラシア級6隻。

それぞれの艦は、コロニー群の各ドック、あるいは停泊宙域へと入り、補給と応急整備を受けていた。

 

だが、それも長くは続かない。

作戦群としてまとまっていた艦隊は、ここで任務を終える。

共同で動いていた艦は、それぞれの母港、防衛拠点、補給拠点へと戻っていく。

 

ミネルバも例外ではなかった。

補給と応急修理が終われば、また次の航路へ出る。

 

コロニーの管制灯が、規則正しく宇宙空間を照らしている。

その光の中を、1隻、また1隻と、友軍艦が離れていく。

航路を変える艦影は静かだった。

戦闘を終えた艦たちが、名残惜しげに散っていくようにも見えた。

 

月面作戦は成功した。

 

敵月面基地に大きな打撃を与え、当面の脅威を取り除くことには成功している。

だが、それで全てが終わったわけではない。

放置すれば、いずれ基地は復旧する。

その前に、作戦は次の段階へ進む。

今度は、打撃ではなく占拠。

施設を押さえ、再利用を阻み、月面における敵の足場を完全に奪う。

 

ただし、それはミネルバの役割ではなかった。

また別の艦が集まり、別の艦隊が編成され、次の作戦を担うことになる。

 

ミネルバは、ここで一度、月面から離れる。

 

タリアは、軍用区画の指令室を出たところで、ふと足を止めた。

 

少し前まで、そこでは各艦長との作戦終了の挨拶が行われていた。

作戦結果の一次評価。

損害状況の共有。

今後の航路確認。

形式的なやり取りではあったが、交わされた言葉の中には、確かな安堵と感謝があった。

 

『ミネルバ隊の働きは大きかった』

『白い機体が、何度も援護に駆け付けてくれた』

『あの機体がいなければ、所属部隊の危機を救えなかったかもしれない』

 

各艦の上級幹部たちは、口々にそう言った。

 

タリアは、その一つ一つに艦長として応じた。

礼を返し、各艦の支援に感謝し、次の任務での再会を願う。

声も、表情も乱さなかった。

 

作戦を終えた艦長として、必要な態度だった。

 

同時に、セラという小さな英雄にも、確かに感謝していた。

 

作戦報告上、彼女の働きは大きい。

味方部隊を救い、敵特殊機を退け、作戦崩壊の危機を救った一人。

撃破数だけで見れば、突出しているわけではない。

未確認を含めても、全体の平均を大きく上回るような数字ではなかった。

 

だが、数字には載らない戦果がある。

 

どの位置に現れ、どの瞬間に敵を止め、どの味方を逃がしたのか。

それは、単純な撃破数では測れない。

白い機体が戦場に割り込んだことで、助かった命があった。

継続できた攻撃があった。

崩れずに済んだ前線があった。

 

それは、タリアも理解している。

 

だからこそ、胸の奥に沈んだ重さも消えなかった。

 

所属不明機群の指揮機と思われる機体、ネメシスとの交戦。

その中で、レギナントは一時的に捕獲状態となった。

その時の機体状態。

帰投後のセラの容態。

医務室の所見。

メイリンからの報告。

ミネルバ隊の反応。

 

その後のことは、すでにタリアのもとへ届いていた。

 

同じ説明を、もう聞く必要はない。

問題は、それを聞いた上で、艦長としてどう扱うかだった。

 

「艦長。本作戦は、本当にお疲れ様でした!」

 

背後から声がした。

 

タリアは振り返らずに答える。

 

「あなたもね、アーサー」

 

アーサーが、端末を抱えて立っていた。

作戦後の処理に追われていたはずだが、ようやく一段落したのか、疲労の中にも少しだけ明るさが戻っている。

 

「それにしても、すごい高評価でしたね。ミネルバ隊も、レギナントも!」

「そうね」

 

タリアは、離れていく艦影を見つめたまま言った。

 

「あの子も今の声を聞けば、少しは前向きになるのかしら」

「セラですか?」

「ええ」

 

短く答えてから、タリアは現実へ戻る。

 

「それで、ミネルバの状況は?」

「応急修理、補給ともにおおむね完了しています。各機体の格納と固定も、数時間後には完了予定です」

「出港準備は?」

「可能です。管制側への手続きも、航路さえ決まればすぐに!」

 

アーサーの報告を聞き、タリアは次の出港が近いことを悟った。

 

「レギナントは?」

「固定状態のままです」

 

アーサーの声が少しだけ沈む。

 

「整備班からは、現状では出撃可能と判断できない、と」

「そう」

 

タリアの返事は短かった。

 

レギナント。

問題の大きさで言えば、セラだけではない。

あの機体もまた、ミネルバにとって大きすぎる問題だった。

 

鹵獲品。

それも、通常のMSとは比較にならないほどブラックボックス化された特殊機。

装甲、制御機構、駆動系。

その全てが、まだ分からない。

 

今のところ、制御機構や駆動系に致命的な問題は起きていない。

だが、それは安全を意味しない。

単に、問題が表面化していないだけかもしれない。

 

特に装甲は大きな問題だった。

 

これまで、セラの操縦技術とレギナントの機動性によって、機体は大きな損傷を避けてきた。

それでも、フリーダムとの戦闘。

そして今回のネメシスとの戦闘。

その二つで受けた傷は、決して小さくない。

 

見た目だけなら、表面の焼損や亀裂で済んでいるように見える。

だが、その装甲が機体性能にどこまで関わっているのか、ミネルバの整備班には判断できない。

 

傷が浅いのか。

深いのか。

出撃に耐えるのか。

特殊制御に影響するのか。

 

分からない。

 

それが、一番危険だった。

 

「本国からの命令は何かある?」

「いえ、現在、喫緊の指令は下りていません」

 

アーサーは端末を操作しながら答えた。

 

「補給と損傷確認のため、しばらく待機は認められています。ただ……本国といえば」

 

そこで、彼は何かを思い出したように顔を上げた。

 

「本国経由で、技術部から連絡が来ています」

「連絡?」

「はい。以前マイウス市へ回していた、レギナントの解析結果が出たそうです」

 

タリアは視線を動かした。

 

「続けて」

「装甲素材の解析が完了。オーブ技術と既存技術の応用による、鏡面化した特殊合金と推定されています」

「特殊合金」

「はい。さらに、クインティリス市の設備に依頼し、同系統と思われる金属精製の再現に成功。少量であれば精製可能とのことです」

「実機への修理は?」

「本国技術部の見解では、形成と組み込みにはディセンベル市の工廠設備が必要だろう、と」

 

タリアは端末に表示された報告を見た。

 

完全な再現ではない。

少量。

実用化には程遠い。

それでも、今のミネルバにとっては十分すぎる情報だった。

 

「タイミングがいいわね、アーサー」

「ははは……」

 

アーサーは誤魔化すように笑った。

 

「いえ、その、ちょうど艦長へ報告しようと思っていたところで……」

「そういうことはもっと早く報告しなさい。艦のためにも、あの子のためにも。それに、私のためにも」

「はい! 申し訳ありません!」

 

アーサーが頭を下げる。

 

タリアはそれを深く咎めなかった。

何にせよ、問題が解決する糸口が見つかったのは事実だった。

 

レギナントの装甲を調べられる可能性。

修復できる可能性。

そして、ミネルバだけでなく、プラントにとっても有益な情報となる可能性。

 

未知の装甲材を扱えるなら、その価値はレギナント一機に留まらない。

ザフトのMS開発、装甲技術、特殊素材研究。

あらゆる方向に波及する可能性がある。

 

だが、タリアが最初に考えたのは、技術的利益ではなかった。

 

セラを今すぐ出撃させない理由ができる。

 

本人がどう望もうと。

ミネルバ隊がどう感じようと。

メイリンがどれほど苦しもうと。

レギナントが出撃可能な状態でなければ、出せない。

 

それは、艦長として命じられる現実だった。

 

タリアは端末に目を落とす。

 

セラの容態は安定している。

だが、それは一時的なものに過ぎない。

レギナントの制御機構には、人の命を動力に変えるシステムが組み込まれている。

それを代償に得た機体性能。

 

メイリンの話では、セラは自らを消耗品と言い、それを承知で乗り込んでいたという。

 

タリアにしてみれば、その選択は軍としても、人としても容認できない。

軍隊は時に、人の単位を変える。

個人ではなく部隊として数え、命令の中で損耗を見積もる。

そうしなければ成立しない局面があることも、タリアは知っている。

 

だが、それを加味したとしても。

 

少女が自分を消耗品として扱うことを、艦長がそのまま認めていいはずがない。

 

メイリンが止めたいと思うのは当然だった。

シンやルナマリアが反発する気持ちも分かる。

アスランとレイも、気持ちは揺れているはずだった。

助けられた事実と、次も頼るかもしれない現実。

その間で、誰も簡単には答えを出せない。

 

そして、セラだけが復帰を望んでいる。

 

「本当に困ったものね」

「あの子のことですね?」

 

アーサーが言った。

 

「ええ」

 

タリアは端末を閉じる。

 

「レギナントは間違いなく、ミネルバの大きな戦力よ。でもだからといって、あの子を消耗品扱いする気はないわ」

「もちろんです! しかし……」

 

アーサーはそこで言葉を切った。

それ以上は言えなかった。

 

レギナントが必要になる戦場は、必ずある。

昨日のような敵がまた現れれば、なおさらだ。

ネメシス。

バンパイア。

そして、それらを指揮するNo.2。

 

通常の戦力だけでは、対処しきれない相手がいる。

 

その現実を知っているからこそ、誰も「二度と出すな」と言い切れない。

 

「問題はセラ自身の行動と価値観にもある」

 

タリアは静かに言った。

 

「なぜそこまで自己犠牲が過ぎるのか。なぜ、そんなに復帰を望むのか。そこを知らなければ、改善の糸口は見えないでしょうね」

「セラ本人に、確認しますか?」

「いずれはね。ただし、医師の許可が出てからよ。今は休ませる」

 

タリアは歩き出した。

アーサーも端末を抱え、隣に並ぶ。

 

「とはいえ、この問題はいったん棚上げ。今は次の目的地よ」

「はい。目的地は、やはり?」

「ええ。ディセンベル市ね」

 

その答えに、アーサーは頷いた。

 

「航路申請を出します。本国への報告は、レギナントの損傷評価と装甲材調査、ならびにミネルバの補修を目的とする形でよろしいでしょうか?」

「それでいいわ。加えて、得られた情報は本国技術部へ優先共有。レギナントの修理だけで終わらせるには惜しい情報よ」

「了解しました!」

 

軍用区画の出口が近づく。

外部連絡通路の先に、ミネルバへ戻る連絡ブリッジが伸びていた。

 

その先に、ミネルバがいる。

 

艦体は巨大な影となって、ドックの灯りの中に横たわっていた。

戦闘を終えたばかりの艦。

装甲の一部には応急修理の痕が残り、艦腹の補給接続部にはまだ作業灯が点っている。

 

それでも、ミネルバは静かに出港の時を待っていた。

 

タリアは足を止め、しばらくその艦を見上げる。

 

月面作戦は終わった。

艦隊は解かれ、友軍艦はそれぞれの場所へ戻っていく。

だが、ミネルバには次の問題が残されている。

 

レギナントを直せるのか。

セラを出撃させるべきなのか。

あの白い機体と少女に、これ以上何を背負わせるのか。

 

答えはまだ出ていない。

 

けれど、次に向かう場所は決まった。

 

「艦長」

アーサーが言う。

「ディセンベル市への航路、設定に入ります」

「お願い」

 

タリアは頷いた。

 

目の前には、山のようにそびえ立つミネルバ。

全ての準備を終えつつあるその艦は、静かに新しい航路を待っている。

 

答えを出すために。

あるいは、答えを出すだけの材料を得るために。

 

ミネルバは、また出港する。

 

 

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