機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~   作:割戸三葉

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97.ミネルバ隊

バンパイア中隊が、宙域の中で編隊を割った。

 

12機のうち8機が、インパルスとセイバーの前に広がる。

残る4機は、アスピダへ向かうルナマリア機とレイ機の後方へ滑り込んだ。

 

緑の光が伸びる。

有線ドラグーンの射線が、幾何学模様のように交差した。

進路を塞ぎ、回避先を潰し、踏み込もうとする機体を外側へ押し返す。

先の戦闘で、ミネルバ隊を何度も止めた網だった。

 

「シン、正面から突っ込みすぎるな!」

「分かってます! でも、あれを残したままじゃ!」

 

インパルスが加速する。

シンが狙ったのは、バンパイア本体ではなく、その周囲を泳ぐ有線ドラグーンだった。

 

ビームライフルの照準が合う。

トリガーを引く。

 

だが、ドラグーンは撃たれる直前で沈んだ。

光は空を裂き、標的だった端末は細い軌跡を描いて本体の後ろへ戻る。

 

「逃げるな!」

 

シンが追う。

その瞬間、横から別のドラグーンが射線を差し込んだ。

警告音が鳴る。

インパルスは機体をひねって避けたが、追撃の角度を失った。

 

「シン、深追いするな!」

「だから、分かってますよ!」

 

答えた声に、苛立ちが混じる。

分かっている。

それでも、目の前で逃げるドラグーンを放置すれば、また誰かの進路が塞がれる。

その隙を、アスランのセイバーが突いた。

 

「本体に入る!」

 

赤い機体が変形を解き、ビームサーベルを展開する。

シンを釣るように下がったバンパイアの本体へ、一気に斬り込んだ。

 

しかし、敵の反応は速い。

2機が横から滑り込み、セイバーの進路へ緑の線を重ねた。

本体を守るだけでなく、アスランが次に進もうとした空間まで潰してくる。

 

「読まれている……!」

 

アスランは斬撃を途中で止め、機体を沈ませた。

緑の光がセイバーの上をかすめる。

もう一歩踏み込んでいれば、胴を抜かれていた。

 

「アスランさん、そっちに行きます!」

「来るな、間を切られる!」

 

言い終わるより早く、インパルスとセイバーの間を複数の射線が走った。

シンは進路を塞がれ、アスランも戻れない。

ドラグーンを餌にシンを引き出し、本体を狙うアスランを別の機体で止める。

それを繰り返しながら、敵は二人の距離を少しずつ引き離していた。

 

「面倒な動きしやがって……!」

「怒るな。怒れば、さらに引っ張られる」

「そう何度も言わなくたって!」

 

分かっているから、余計に腹が立つ。

敵が何をしているか見えている。

見えているのに、崩せない。

 

緑の線がセイバーの周囲を縫う。

アスランは射線を受け流しながら、敵本体へ入る機会を探した。

だが、1本避ければ次が来る。

前に出れば、ドラグーンが距離を開ける。

追えば、別の本体がシンを狙う。

 

シンの声が飛ぶ。

 

「アスランさん、少しだけ前へ!」

「何をする気だ」

「俺が釣ります。そっちを止めに来た本体を撃つ!」

「……無理をするなよ」

「今さらですよ!」

 

インパルスがドラグーンへ突っ込む。

バンパイアの注意が、シンへ傾いた。

同時に、セイバーが本体へ斬り込む姿勢を見せる。

 

敵はアスランを止めに動いた。

2機がセイバーの進路へ寄り、緑の線を重ねる。

 

その瞬間、インパルスが軌道を変えた。

 

シンが狙ったのは、ドラグーンではない。

アスランを止めようとしたバンパイア本体だった。

 

「そこだ!」

 

ビームが走り、1機の肩部装甲を貫いた。

敵機の姿勢が崩れる。

撃墜には届かないが、確かに損傷は入った。

 

「入った!」

「喜ぶな、来るぞ!」

 

アスランの声と同時に、ドラグーンが一斉にインパルスへ向いた。

緑の線が、シンの周囲を囲む。

 

セイバーが反転した。

ビーム砲が火を噴き、インパルスを狙っていたドラグーンの1基を撃ち抜く。

破片が散り、緑の線が1本消えた。

 

「助かりました!」

「次も同じ手は使えない!」

 

アスランの言葉通り、バンパイアはすぐに動きを変えた。

 

今度は、ドラグーンをセイバーの前へ置く。

本体を守るためではなく、セイバーを前へ誘い出すための配置だった。

アスランが追えば、シンとの距離が開く。

シンが寄れば、その隙を本体が撃つ。

 

「今度は俺か」

「対応早すぎるだろ、こいつら!」

 

シンが吐き捨てる。

一度通じた手が、次の瞬間には危うくなる。

敵は数で押すだけではなかった。

シンが前へ出る癖も、アスランが援護に回るタイミングも見ている。

 

「崩せないなら、引きつける」

「でも!」

「ルナマリアとレイが動いている。俺たちは、ここで8機を離さない」

 

その言葉に、シンは唇を噛んだ。

落としたい。

今ここで、少しでも敵を減らしたい。

セラを出させないためにも、自分たちだけで片づけたい。

 

けれど、焦れば敵の網に飲まれる。

 

「……了解!」

 

インパルスがビームライフルを構え直す。

撃墜を急がない。

敵の注意をこちらへ縫い止めるために、シンは再び緑の光の中へ飛び込んだ。

 

*****

 

ルナマリアとレイは、自分たちの後方に回り込んだ4機を確認していた。

 

「来た。こっちに1小隊」

「予定通りだ」

「予定通りって、簡単に言ってくれるわね!」

 

ルナマリアは舌打ちしたいのをこらえながら、機体を外側へ向ける。

背後の4機は、すでに追撃の姿勢に入っていた。

 

ガナーザクのオルトロスは、アスピダ周辺の通常MSにとって厄介な武装だった。

遠距離から撃たれれば、隊形を保ったまま艦へ攻撃することが難しくなる。

敵がこちらを優先したのは、腹立たしいほど妥当だった。

 

「私を脅威と判断したってこと?」

「そうだ」

「褒められてる気がしないんだけど」

「褒めてはいない」

「そこは嘘でも褒めなさいよ!」

 

言いながら、ルナマリアは加速した。

戦域の外へ逃げるように機体を振る。

その動きに、4機のバンパイアが食いついた。

 

速い。

 

距離が開かない。

背後から緑の線が伸び、ルナマリアの進路を削る。

オルトロスを構えようとすれば、その瞬間に囲まれる。

 

「レイ、まだ?」

「もう少し引け」

「これ以上は、ちょっと嫌なんだけど!」

「嫌でも頼む」

「……そういう言い方、ずるいわよ!」

 

ルナマリアはさらに機体を流した。

追撃してくるバンパイアが、わずかに隊形を伸ばす。

その背後に、レイのザクが入った。

 

「今だ」

 

レイの声は短い。

 

ミサイルが一斉に放たれた。

残弾を惜しまない射撃だった。

弾頭は背後から広がり、バンパイアたちの退避先を塞ぐ。

 

「外したら怒るって言ったからね!」

「外していない」

 

爆発が連鎖する。

 

1機が推進部を吹き飛ばされ、機体を制御できなくなる。

もう1機は胴体側面に被弾し、ドラグーンの線を途切れさせた。

残る2機も爆風と破片を浴び、動きが鈍る。

 

「2機、機動低下。残り2機も損傷を確認」

「……ほんと、淡々とやるわね」

「淡々としていた方が当たる」

 

レイのザクは、空になったミサイルポッドを背負ったまま加速した。

弾を吐き出したポッドは、今は巨大な推進器として働いている。

重さを失った機体が、鋭く軌道を変えた。

 

「アスピダ周辺へ戻る」

「こっちも狙撃位置に入る!」

 

ルナマリアは機体を反転させた。

遠くに、アスピダを囲む敵影が見える。

 

残る敵はダガーL5機とウィンダム1機。

そのウィンダムが、アスピダへ砲口を向けた。

 

「させない!」

 

オルトロスが火を噴いた。

長距離から放たれた砲撃が、ウィンダムの胴を正確に貫く。

敵機は回避する間もなく爆散した。

 

「命中!」

「隊長機だったようだ。ダガーLの動きが乱れた」

「なら、今!」

 

レイのザクファントムがアスピダ周辺へなだれ込む。

動きの鈍ったダガーLへ一気に接近し、ビームトマホークを振り下ろした。

機体が両断される。

続けてビームガトリングが近くの敵機を捉え、装甲を撃ち抜いた。

 

残ったダガーLは散り散りに離れていく。

アスピダへの攻撃を続ける余裕を失ったのだ。

 

「逃げるわよ!」

「深追いはしない」

「分かってる。シンたちの方が先!」

 

ルナマリアは通信を開いた。

 

「アスピダ周辺の敵は撤退! すぐそっちに向かう!」

 

レイも機体を返す。

二機は、シンとアスランが戦う宙域へ進路を取った。

 

*****

 

シンとアスランの戦いは続いていた。

 

損傷を与えた機体はある。

ドラグーンも1基落とした。

それでも、8機のバンパイアは編隊を崩さない。

 

最初にあった戸惑いは、もう消えていた。

焦って倒しに行けば、敵に距離を操られる。

二人は役割を切り替えていた。

撃破よりも、拘束。

突破よりも、足止め。

 

インパルスが前へ出る。

敵の注意がシンへ向く。

その瞬間、セイバーが横から入り、銃口を逸らす。

 

セイバーが踏み込む。

ドラグーンがアスランを囲もうとする。

そこへインパルスの射撃が入り、敵の配置をずらす。

 

言葉は少なくなっていった。

 

「右!」

「見えてる!」

「下がれ!」

「まだ行けます!」

「シン!」

「分かってる!」

 

短い声だけで、互いの意図は伝わる。

シンが避ける場所を、アスランが先に空ける。

アスランを狙う射線を、シンが強引に逸らす。

緑の網に絡め取られないよう、二機は互いの隙間を埋めて飛んだ。

 

その時、敵の動きが一瞬だけ鈍った。

 

ルナマリアの通信が飛び込む。

 

『アスピダ周辺の敵は撤退! すぐそっちに向かう!』

 

その声が敵に聞こえたはずはない。

それでも、8機のバンパイアはほぼ同時に距離を取った。

散っていた機体が編隊を組み直し、緑の線を引きながら後退していく。

 

「逃げるのかよ!」

「追うな、シン!」

「でも、まだ落とせてない!」

「アスピダは守れた。ルナマリアとレイも戻る。ここで追えば、また誘われる」

「……っ」

 

シンはビームライフルを構えたまま、機体を止めた。

トリガーにかけた指が、動きそうになる。

だが、撃たなかった。

 

バンパイア8機は、戦闘可能な状態を保ったまま宙域を離脱していった。

 

「……逃がした」

「違う。今は守ったんだ」

 

アスランの声は静かだった。

けれど、そこには苦さがあった。

 

「ただ、1機も落とせなかった」

 

シンは何も返さなかった。

その言葉は、通信の中に重く残った。

 

*****

 

ミネルバ艦橋に、短い安堵が流れた。

 

「敵バンパイア、戦域を離脱」

「アスピダ周辺の通常MSも撤退。アスピダ、航行可能です」

 

メイリンが報告する。

声はまだ硬い。

それでも、アスピダ航行可能の一言だけは、わずかに柔らかくなった。

 

アーサーが大きく息を吐く。

 

「何とか……間に合いましたね」

「まだよ。アスピダの損傷確認を急がせて。護衛配置も維持します」

「は、はい!」

 

タリアは正面モニターから目を離さない。

敵は退いた。

だが、あの機体群がどこへ向かったのか、まだ分からない。

 

通信が開いた。

 

『こちらアスピダ。ミネルバ、救援に感謝する。貴艦の到着がなければ、持ちこたえられなかった』

 

アスピダ艦長の声には疲労が滲んでいた。

それでも、礼の言葉は艦長として整えられている。

 

「こちらミネルバ。無事で何よりです。応急修理が済むまで、こちらで周辺警戒を引き受けます。損傷状況を共有してください」

『了解した。……本当に、助かった』

「お互い様です」

 

短い返答だった。

だが、艦橋の空気は少しだけ緩んだ。

 

メイリンは、胸の奥で詰まっていた息を静かに吐いた。

レギナントの表示は、第二戦闘配備のまま止まっている。

出撃命令は、最後まで出されなかった。

 

セラが出なくて済んだ。

 

そう思った瞬間、指先の震えが少しだけ収まる。

けれど、安堵は長く続かなかった。

 

別回線から、アスランの声が入る。

 

『艦長、報告します。バンパイアは撤退しました。ただし、こちらは1機も撃墜できていません』

「損傷は与えたのね」

『はい。少なくとも数機には。ただ、戦闘不能には届きませんでした。8機とも編隊を保って離脱しています』

「追撃しなかった理由は」

『誘導の可能性が高かったためです。アスピダの防衛を優先しました』

「妥当な判断ね」

 

タリアはそう言った。

責める響きはない。

しかし、艦橋にいた誰もが、アスランの報告の重さを理解していた。

 

シンの声が割り込む。

 

『次は落とします』

『シン、今は事実を見ろ』

 

アスランが低く返す。

 

『アスピダは守れた。セラも出さずに済んだ。でも、バンパイア中隊は健在だ』

『分かってますよ……!』

『分かっているなら、次に備えろ。悔しさで追えば、また分断される』

『……了解』

 

シンの返答には、まだ熱が残っていた。

それでも、追撃を求める声ではなかった。

 

タリアはメインモニターを見た。

アスピダの航行表示は安定しつつある。

ミネルバ隊も帰投可能。

救援としての目的は達成していた。

 

「各機、帰投しなさい。整備班には損傷確認を急がせます。アスピダの護衛は継続」

『了解』

 

通信が切れる。

メイリンはモニター上のレギナント待機表示を見た。

出撃命令は、最後まで出なかった。

 

そのことに安堵した直後、別の通信表示が点滅した。

格納庫からだった。

 

「……今度は何?」

 

メイリンが小さく呟く。

タリアが視線を向ける。

 

「どうしたの」

「格納庫控室からです。内容は……いえ、緊急ではなさそうです」

 

メイリンは少しだけ困った顔をした。

戦闘後の修羅場は、まだ別の形で続いていた。

 

*****

 

格納庫の控室に、帰投したシンたちが入ってきた。

 

戦闘後の空気はまだ体から抜けていない。

ヘルメットを抱えたままのシンは、真っ先に奥の方を見た。

そこにセラがいると聞いていたからだ。

 

「セラ、大丈夫か」

 

声をかけた瞬間、シンは固まった。

 

控室の中央には、ヴィーノとヨウランがセラに接続補助ユニット4号を着せようとしていた。

しかし、全く着せれてない。二人の頭には布が巻かれているせいだ。

病衣が足元に落ち、セラは上半身がはだけた状態だった。

 

「……何してるんだ?」

 

シンが呟いた。

 

次の瞬間、背後から鈍い音がした。

 

「いっ……!」

 

シンの頭に、ルナマリアの拳が落ちた。

 

「なんであんたが見てんのよ!」

「俺、何もしてないだろ!」

「見たでしょ!」

「見えただけだ!」

 

叫び返すシンを押しのけて、ルナマリアが前へ出る。

その目が、ヴィーノとヨウランに向いた。

 

「なにやってるのよ!」

 

怒鳴り声が、格納庫中に響いた。

 

ヴィーノとヨウランは、布を巻いたままその場で正座した。

早かった。

戦場の回避機動より、よほど迷いがない。

 

「違うんだ、ルナマリアさん!」

「違わないように見えるんだけど!?」

「小判ちゃん4号を着せようとしてただけなんだって!」

「小判ちゃんって何よ!」

「接続補助ユニット4号のことです」

 

セラが淡々と答える。

 

「説明しなくていいから、セラは黙ってて!」

 

ルナマリアの怒りでいつもと声色が違う。セラは素直に口を閉じた。

 

ヨウランが必死に続ける。

 

「セラが一人で着ようとしてたんだよ。でもこれ、少し体を締め付ける仕様だろ」

「病み上がりで手元もまだ覚束ないしさ」

「だから医療班呼べばいいでしょ!」

「呼ぼうとしたんだよ!」

「でも、セラが作業継続を要求して」

「その要求をそのまま通すな!」

 

ヴィーノとヨウランは同時に頭を下げた。

 

「すみませんでした!」「すみませんでした!」

 

ルナマリアは大きく息を吐いた。

怒鳴り足りない顔ではあったが、事情は分かったらしい。

 

「……もういい。とにかく、セラは病衣をちゃんと着て」

 

セラは言われた通り、病衣の前を直した。

ルナマリアはそれを確認してから、もう一度ヴィーノたちを見る。

 

「二人とも、その布、取っていいわよ」

「いいのか?」

「見えないまま動かれる方が危ないでしょ」

 

ヴィーノとヨウランは、恐る恐る頭の布を取った。

その瞬間、二人の視線が接続補助ユニット4号に落ちた。

薄い素材が、照明を受けて淡く透けて見えていた。

 

「……あ」

 

ヴィーノが小さく声を漏らす。

その声に、ルナマリアの眉が跳ねた。

彼女は二人の手元から布を奪い取る。

 

照明にかざした瞬間、布の向こう側がうっすら見えた。

 

「これ透けてるじゃないの!」

 

ルナマリアの拳が、もう一度落ちた。

 

騒ぎの中で、セラは接続補助ユニット4号を見下ろした。

指先で薄い素材をつまみ、照明の方へ少しだけ引き上げる。

角度を変え、光の抜け方を確かめるように目を細めた。

 

「小判ちゃん4号の方も、遮蔽率に問題がありました」

「今さら冷静に分析しない!」

 

ルナマリアが振り返る。

シンは頭を押さえながら、半分呆れたように息を吐いた。

 

アスランは、戦闘後とは別の疲労を感じていた。

レイは静かに言う。

 

「改修項目が増えたな」

「そこじゃないでしょ!」

 

ルナマリアの声が、もう一度控室に響いた。

 

戦闘は終わった。

セラは出撃しなかった。

だが、ミネルバの格納庫は、しばらく静かになりそうになかった。

 

 

 




ネタ切れのため、数日間、お休みさせていただきます。
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