機動戦士ガンダムSEED DESTINY ~空白の少女~ 作:割戸三葉
ディセンベル市第8区。
重化学工業の発展したそのコロニーには、ザフトの軍施設がいくつも置かれていた。
外壁に沿って並ぶ大型搬入口。軍用輸送艇の発着区画。無人搬送機の通る専用レール。
市街区と同じ名を持ちながら、第8区の空気は明らかに違っていた。
ミネルバは、その第8区にある軍用ドックへ入渠していた。
艦体が固定される。
接舷用の橋が展開され、重いロック音が艦内へも伝わった。
タリアが下艦すると、基地副司令官が数名の士官を伴って出迎えた。
「ようこそ、第8区工廠へ。長旅、お疲れさまでした」
「出迎えに感謝します。レギナントの搬入は」
「すでに工廠側へ回しています。主任技師が確認中です」
副司令官の視線が、タリアの後ろへ動いた。
アーサーの隣に立つセラを見て、ほんのわずかに表情が固まる。
それは副司令官だけではなかった。
通路脇にいた兵たちが、足を止めかける。
薄い桃色の髪と、その顔立ち。
ラクス・クラインを知る者なら、見間違いでは済ませられない相貌だった。
「おい、あれ……」
「まさか」
「持ち場に戻れ」
副司令官が横にいた士官へ目配せする。
士官はすぐに動いた。
「ここは見学通路ではない。作業区画を空けろ」
「はっ」
兵たちは慌てて姿勢を正し、散っていく。
タリアはその様子を横目で見ただけだった。
ここはミネルバではない。
それを、最初の数十歩で理解するには十分だった。
「メイリン、ルナマリア」
「はい」
「後でセラを迎えに来て。工廠格納庫へ向かうことになるわ」
「了解です」
「任せてください」
メイリンはセラを見た。
セラは周囲の視線に気づいているのか、いないのか。
表情を変えず、タリアの指示を待っていた。
「セラ、あなたは一緒に来なさい」
「了解しました」
タリアはアーサーとセラを伴い、基地司令室へ向かった。
*****
軍司令室は、ミネルバの艦橋よりも広かった。
壁面にはディセンベル市第8区の工廠配置図が映し出されている。
ドック、装甲加工棟、試験区画、推進系検査場。
そのほとんどが、軍用識別色で塗り分けられていた。
司令官はタリアたちを迎え入れ、形式的な挨拶を交わした。
だが、セラを見た瞬間だけは、軍人としての表情が崩れた。
「……報告では聞いていたが」
言葉がそこで止まる。
本当に、ラクス・クラインにそっくりだった。
髪の色も、顔立ちも。
ただ、その瞳の静けさだけが、まるで違っている。
司令官は咳払いをした。
「失礼した。事情は承知している」
「お気遣いなく。今回、彼女にはレギナントの仕様説明を担当させます」
「パイロット本人が説明を?」
「この機体に関しては、彼女以上に実運用を知る者がいません」
司令官は一瞬だけセラを見た。
セラは何も言わない。
その沈黙に、司令官はまた少し困った顔をした。
その時、部屋の隅から妙に明るい声がした。
「それは結構。実に結構だ」
振り向くと、バイザーをかけた男が立っていた。
年齢は五十代半ば。
痩せた顔に、整えられていない髪。
白衣の上には工廠用の作業ベストを羽織っている。
見た目だけなら、軍施設の技術主任というより、どこかの怪しい研究者だった。
「ネロ・ザラキエル。第8区工廠の技術主任です」
副司令官が紹介する。
ネロは軽く片手を上げた。
「主任のネロだ。君がレギナントのパイロットか」
「はい。セラ・フェイドです」
「L-31、でもある?」
「はい」
「ふむ。素直だな。非常に助かる」
メイリンやルナマリアがいれば、そこで眉を寄せていただろう。
だが、今この場にいるのはタリアとアーサーだけだった。
アーサーはすでに、少し落ち着かない顔をしている。
司令官が話を戻す。
「クインティリスからの要求仕様に沿った装甲板は、こちらで成形を進めている。取り付け作業を含め、期間はおよそ5日間を見込んでいる」
「5日ですか」
「最短だ。レギナントの規格が通常MSと違いすぎる。無理に詰めれば、装甲側にも機体側にも歪みが出る」
ネロが端末を操作し、レギナントの投影図を表示する。
白い機体が立体映像として浮かび上がった。
「全高、約26.5メートル。通常MSより大きい。しかも見た目より軽い」
「基準全備重量は約89トンです」
セラが答える。
「素体重量は約45トン。ドラグーン端末8基で約16トン。ビームスプレーガンが約8トン。スカート型装甲と推進剤で約20トン」
「おお、早い。いいね。質問しがいがある」
ネロは嬉しそうに端末を拡大する。
「では、彼女はお預かりする。後ほど格納庫まで彼女を迎えに来てもらえるかい?」
「既に手配済みです」
アーサーの返答に彼は大きく頷き、セラを連れて部屋を出ていった。
「この機体は単純に速いだけではないな。驚くべき旋回性能ではないか。直線速度より曲がり方がおかしい。戦闘ログを見たが、普通なら搭乗者が潰れる」
「慣性循環機構と生体位相制御により、急停止、急偏向が可能です」
「その説明を平然とするのが怖いんだが……まあいい。武装は」
扉の向こうからでも熱を帯びた声が入ってきた。
アーサーが小声でタリアに寄る。
「艦長、あの方……大丈夫なんでしょうか」
「技術主任としては優秀なのでしょう」
タリアも、それ以上の評価は保留した。
「装甲板の取り付けは請け負う。白鏡層の再施工は手間だが、こちらの設備なら対応できる」
「感謝します」
タリアが礼を言う。
司令官は頷き、さらに言葉を続けた。
「それと、もう一つ。今回の装甲板についてだ」
「はい」
「非常に優れた素材だと聞いている。量産の見通しが立てば、MSだけでなく艦艇への応用も検討したい」
タリアは少しだけ間を置いた。
この技術がザフトにもたらす価値は、考えるまでもない。
レギナントだけに閉じておけるものではなかった。
「私は反対しません。正式な判断は上層部の管轄になりますが、技術共有自体は有益でしょう」
「助かるよ」
司令官は満足そうに頷いた。
しかし、その見通しが、未来で形になることはなかった。
それを、この場にいる者たちは、まだその結末を知らなかった。
*****
基地工廠格納庫には、すでにミネルバのMSが運び込まれていた。
インパルス、セイバー、ザクウォーリア、ザクファントム。
そして、格納庫の奥にはレギナントが固定されている。
白い大型MSは、ザフトの工廠設備の中でも異物のように見えた。
ネロはレギナントを見上げ、しばらく黙っていた。
「……ふむ。実物は図面よりずっと面倒そうだ」
「感想として適切です」
セラが答える。
ネロは吹き出した。
「君、面白いな」
「面白さは運用評価項目に含まれません」
「含めてもいいと思うぞ」
その頃、メイリンとルナマリアがセラを迎えに来ていた。
二人とも、セラの姿が工廠内で目立つことを気にしている。
「やっぱり、一度ミネルバに戻った方がよくないですか」
「変装というか、せめて顔を隠せるものがあればいいんですけど」
ルナマリアが周囲を見回しながら言う。
工廠内の作業員たちは職務に戻っているが、それでも視線は時々こちらへ流れてくる。
ネロが「ああ」と声を上げた。
「そういうことなら、ある」
「あるんですか?」
「私物だが、予備を改造すれば使える。少し待て」
そう言うと、ネロは一度奥の部屋へ引っ込んだ。
数分後、手にバイザーを持って戻ってくる。
「即席だ。度は入っていない。医療用の普及型を調整した」
「……これを、セラに?」
メイリンの声が沈む。
ルナマリアも同じ顔をした。
「可愛さの欠片もないじゃない」
「実用品に何を求めている」
「求めますよ!」
「せめて色とか、形とか、もう少し何かあるでしょ!」
ネロは首を傾げた。
「軽い。顔を隠せる。ヘルメットもそのまま被れる。装着が早い。工廠内の保護具としても通用する」
「理屈では正しいですけど!」
「では、問題ないな」
「問題はあります!」
メイリンとルナマリアが同時に言った。
セラはバイザーを受け取る。
「装着します」
「セラ、ちょっと待って。ほんとにそれでいいの?」
「はい。秘匿性、装着性、作業適性が高いです」
「そういう話じゃなくて……」
「気に入りました」
メイリンが言葉を失う。
ルナマリアは額に手を当てた。
「なんでそこは即答なのよ」
セラはバイザーを装着した。
薄い桃色の髪にバイザー。
確かに顔の印象は大きく変わる。
ラクス・クラインに似た顔立ちは隠れ、代わりにどこか、赤いMSの搭乗者が見えた気がした。
「視界良好。固定状態、問題ありません」
その時、近くで作業していたヴィーノとヨウランが振り向いた。
「お、セラ。なんか強そうじゃん」
「秘密兵器感あるな」
「秘密兵器感」
セラが反復する。
「待って、変なこと言わないで」
ルナマリアがすぐに止める。
だが、遅かった。
ヴィーノが余計なことを続ける。
「こういうのはさ、ポーズも大事なんだよ」
「ポーズ?」
「そうそう。2本だけ指先をピンと伸ばして、ビシッと軍礼を決める、とかさ」
「おい、ヴィーノ。それ俺たちが怒られるやつだぞ」
「もう遅いって」
セラは言われた通り、背筋を伸ばしながら、額の横で2本だけ指先をピンと伸ばした。
沈黙が落ちた。
「……何してるの、セラ」
「外見印象の確認です」
「誰の影響?」
「ヴィーノとヨウランです」
「余計なこと教えないで!」
ルナマリアの声が格納庫に響いた。
ヴィーノとヨウランは、そろって視線を逸らす。
メイリンは困ったように笑った。
本当に困っている。
けれど、少しだけ安心もしていた。
セラが誰かの真似をする。
目的はずれていて、結果も妙だった。
それでも、以前ならなかった変化だった。
*****
レギナントの装甲取り外し作業が始まった。
クレーンが白い外装を支え、工廠員たちが接続部を確認していく。
セラはネロの隣に立ち、端末に表示される項目を見ながら説明を続けていた。
バイザーのおかげで、周囲の視線は先ほどより少ない。
「単座式コクピット。神経接続補助機構、身体状態監視、生体位相同期系を備えています」
「動力はなんだ?」
「高密度蓄電セルです。このシステムはレギナントの基幹部のため、非常時は搭乗者自身の生体電流を神経接続を通して使用します」
「なんだそれは。搭乗者自身を発電機としているのか。とんでもなく怪しげな機構だな」
「通常駆動、基本推進、火器使用は機体側で成立します」
ネロは端末に記録を残していく。
時々、投影図と実機を見比べた。
「特殊制御系は別口か」
「はい」
「慣性循環、ドラグーン精密管制、急偏向。このあたりだな」
「概ね一致します」
「概ね、ね。便利な言葉だ」
ネロは楽しそうだった。
セラは淡々としている。
メイリンとルナマリアは少し離れた場所で、そのやり取りを聞いていた。
「ネロさん、質問多いですね」
「技術者って、みんなああなの?」
「ヴィーノとヨウランも変なところに食いつくし、そういうものなのかも」
「一緒にしたら、さすがに怒られそう」
ルナマリアはそう言いながらも、レギナントを見上げた。
白い装甲が少しずつ外されていく。
普段見えている優美な外形の下から、接続フレームや補助配線が姿を見せていた。
ネロが背部を指す。
「ドラグーン端末は8基。基部はこの背部ユニットに集中している」
「はい」
「ここをやられると痛いな」
「機動性能、ドラグーン制御、空間制圧能力が低下します」
「弱点を素直に言うんだな」
「今後の機体研究には必要な情報と判断しました」
「実に助かる。怖いくらいにな」
ネロは笑った。
その笑い方は軽かったが、言葉には重さがあった。
やがて、胸部から肩にかけての白い装甲が外された。
レギナントの姿が、少し変わる。
白い女王のようだった機体から、装飾が剥がれていく。
セラの説明が、そこで途切れた。
「次は腕部ヒートクローの接続系です。両手指先および腕部機構に……」
言葉が止まる。
ネロは端末を見たまま、説明の区切りだと思ったのか、別の作業員に声をかけた。
「腕部の固定を先に確認しろ。白鏡層を傷つけるなよ」
「うぃっす」
工廠員たちが動く。
セラだけが、その場に立ったままだった。
メイリンは気づいた。
「セラ?」
セラはすぐには答えなかった。
バイザーの奥の目が、外装を外されたレギナントを見ている。
白い装甲の下にあるフレーム。
露出した接続部。
ケーブルと固定具。
それは、今のレギナントでありながら、どこか違って見えた。
かつて研究所で見た、大型実験機の姿に近づいていく。
白い装甲をまとう前の、名前を持つ前の機械。
メイリンが一歩近づく。
「セラ、大丈夫?」
セラはゆっくりとバイザーを外した。
露わになった目元が、わずかに濡れているように見えた。
泣いている、と言い切れるほどではない。
けれど、いつもの乾いた瞳とは違っていた。
「……セラ」
ルナマリアも声を落とす。
セラは瞬きをした。
その一度で、目元の揺れはほとんど分からなくなる。
「何でもありません」
セラはもう一度バイザーをかけ、その表情を隠す。
「説明を継続します」
メイリンは、何も言えなかった。
バイザーは確かに便利だった。
顔を隠し、視線を遮り、周囲からセラを守ってくれる。
けれど今は、その奥で何が起きているのかまで、隠してしまっていた。
何で今まで顔を隠す方法を思いつかなかっただろう・・・
書き溜めストックが完全に切れてしまったので、しばらくお休みさせていただきます…。