極秘裏に呼び出された御当主様の住む屋敷の中を、僕は執事長の葉山さんの案内の元に進んでいった。
時刻は深夜。本来ならば子供である僕は既に眠っている時間であるが、御当主様の為であるならばこの程度の苦労は苦労ではないと自分に活を入れた。
そうして、眠りについている御当主様__真夜様がお眠りになられている寝床にたどり着くと、僕は葉山さんの監視下の元に自身のCADを引き抜く。
カチリ、と音を立てぬよう静かにそれを自分の額に当てると、ペルソナを発動しないように引き金を引き、【死を想え】(メメント・モリ)を発動して僕自身が生来持つ魔法を発動させた。
【幻夢境】(ドリームランド)。他者の夢に干渉する、系統外魔法に属する精神干渉魔法である。
僕のこの魔法は、初めはどのような魔法であるか気付かずに無意識的に発動してしまったことでその存在が露呈してしまった。魔法師としては恥ずべきことであるが、その結果御当主様の心の安寧を守る役割を持てたのだから悪い結果ではなかったと今は感じている。
真夜様は昔、誘拐されたことで酷い目に合われた。そのせいで子供を望めなくなってしまったのだと、葉山さんから悲しそうな顔で告げられた。
そして、魔法によってその記憶を消した後も尚、その時の【記録】が悪夢になって苦しんでおられるのだとこの役目を得た際に教えられた。
許せなかった。皆は彼女を恐ろしいと言うのだけども、僕にとって御当主様はとても優しい方で、小さな僕の事をとても可愛がってくださった方だったからだ。そんな人がそんな酷い目にあって、今尚苦しんているなんてそれを告げられるまで想像もしていなかったからである。それ故に、家族にもこの秘密の役目を引き受けたのであった。
本当ならば、子供が魔法を使うことはあまりよろしくない事であるそうだけども、四葉、及びその分家の一部の者は子供の頃から自身の魔法に向き合い、研鑽を積み重ねていく。僕もその一人であっただけだ。
深く、深く、夢の中に沈んでいく。そうして潜っていくと、暗く欠けているものの彼女が受けた凄惨な記録が悪夢として形を成し、子供の姿の真夜様を襲おうとするのを目にした。
『この……!!真夜様から離れろ!!』
目の前に現れた青色のカードを握り潰す。砕けちったそれは形を変えて、僕のペルソナ__愚者【ファントム】に変化した。ペルソナ能力を得る前までは、魔法を使って悪夢を追い払う位しか出来なかった。だが今は違う。
この力は僕の心から、集合的無意識の中に潜む神や悪魔、英雄や怪異の力を引き出して扱う降霊術。このような誰かの夢の中では、死をトリガーにして引きずり出す必要もなく自由に彼らを取り扱う事ができた。
『ファントム!!【マハエイハ】!!』
真夜様を取り囲む悪夢は自らを守る為にその姿を変え、影の怪物へと変化していく。無意識下に抑制された、自らが認めたくない自分の側面__彼女がひどく傷つけられた事で記憶を消されても尚残る古傷として存在するシャドウ__その名を、トラウマと観測した。
『……分かっている。君を倒した所で現実は変わらないことも。また君が真夜様の夢の中にあらわれることも。僕はそれでも何度でも君を倒すよ。この人が苦しむ夜を少しでも減らす為に……行くぞファントム!!』
後ろに立つ小さな姿の真夜様を背に、自分を奮い立たせる。孤独な戦いになるのは百も承知だ。他人の夢の中になんて僕以外誰も来れないのだから。
人の夢の中で傷ついた場合、現実の自分の肉体も引っ張られるように傷ついてしまう。きっと、死んだらそれでおしまいだろう。幸いにも今までは死ぬ前になんとか魔法を解いて離脱してこれたがずっとそうできるとも限らない。死ぬかもしれないというその事実はとても恐ろしい。
でも、もっと恐ろしいことはこんな理不尽な悪夢に彼女が何十年も立っても尚苦しみ続けていることである。
だから、僕は戦うのだ。かつて、真夜様を攫われた時の爺様達はその犯人である大漢という国に対して戦い、何人もの犠牲を出して一国を滅ぼすという形で報復を行ったという。そうまでした理由は、真夜様が当時の御当主様の娘であったからという理由だけでは決してない。
四葉という一族として、家族として真夜様を皆が愛していたからだ。表立ってそういう顔を見せることは少ないけれど、真夜様自身はそんな目にあっても尚子供である僕に対して頭をなでてくれて、優しく出来る素敵な人なのだ。
そんな人が、僕が生まれるより何十年も前から苦しみ続けているなんて、あんまりだろうと理不尽に対して怒っているからだ!!僕が戦う理由なんて、それだけで十分だった。
『ペルソナチェンジ!!力を貸してくれ、【ジャックランタン】!!』
今までの戦いの中でこのシャドウ、【トラウマ】の弱点がなんなのかよく分かっていた。コイツは影で出来た怪物であり、その黒い体は粘着質の油のようにどろどろしていて__光や炎に対してとても弱いのだ。
あの実験の後、更に集合的無意識の中に潜り、新たな自分の側面として確立させたペルソナである魔術師【ジャックランタン】は、かぼちゃ頭に炎が灯るランタンを持った幽鬼として知られている存在だ。コイツは【ファントム】とはまた別の力を使えるペルソナである。見た目の通り__炎を放つ魔法を使えるのだ。、
『燃やし尽くせ!!【アギ】!!』
ランタンをふりまわし、ジャックランタンが火の玉を放つ。その直撃を受けた【トラウマ】は態勢を崩し、無防備な状態を晒した。
『さらに、【ラクンダ】』
ペルソナ能力で扱える魔法は、現代魔法の常識を覆す物ばかりである。この【ラクンダ】もその一つであり時間制限付きだが対象の強度、つまり防御力という概念を低下させる事ができる魔法であった。
物質世界であればこれで対象のエイドスの強度を下げることであらゆる魔法を掛けやすくするなど無法な事も可能な魔法であったが、ここは夢の中の世界。物理法則が正しく効く訳もなく、何よりトラウマという実体を持たない存在には現代魔法の通りが非常に悪い。それ故に素直に防御力を低下させる魔法として機能させる。
【トラウマ】が態勢を立て直し、こちらへと襲い掛かってくる。咄嗟にその攻撃を交わして、距離を取りながら次の攻撃の準備に移る。今夜も、泥沼の戦いになりそうだと感じながら、悪夢を払う為に【ジャックランタン】のランタンに装填させた火炎魔法を発射させた。
夢を見ていた。最近は、あまり見なくなった自分にとっては記録に過ぎないはずの悪夢。しかし、記録に過ぎないはずなのにその悪夢を目の前にすると恐怖に縛られた小娘のように身動きが取れなくなる自分が居た。
そんな悪夢も、時が過ぎれば掠れていき、今では見る頻度も昔に比べて少なくなっていた。それでも、その夢を見る夜は変わらず私は恐怖に怯える小娘に戻ってしまうのだ。
きっとこの夢は死ぬまで見続けるのだろうと世を呪いながら私は生き続けていた。しかし、そんな悪夢に2年ほど前から変化が訪れた。
怯え震える小さな私をかばう、小さな少年が現れるようになったのだ。最初は、ただ私の事を庇おうとしていた彼は、悪夢の怪物に傷つけられてすぐに何処かに消えてしまっていた。初めは都合の良い夢を見ようとしていたのだと、自分を自嘲していた。
だが、その少年は悪夢を見るたびに何度も何度も現れるようになったのだ。徐々に力を増していくその少年は悪夢の怪物に戦いを挑み、敗れては消え、敗れては消えを繰り返していくうちに段々と強くなっていった。そうして敗北を繰り返していくうちに__少年は、なんと悪夢の怪物を追い払ってしまった。しかし、追い払ってしまっても健在であると言うかのように再び悪夢は繰り返された。その度に、少年は自分が傷つくのも構わず悪夢の怪物を追い払っていたのだ。
もう辞めて。私のためにあなたが傷つく必要なんて無いわ!!そう言いたかったが、悪夢の中で私はただ泣き続ける事しか出来なかった。自分自身の無力さに、嫌気が指す。しかし夢の中から目を覚ますと、そのことをすっかりと忘れてしまう。ボヤケたあの少年の事も、悪夢といっしょに思い出さないようにと記憶に蓋をしてしまっていたのだ。
だが、信じられないことが起こった。とうとうその少年は、黒い仮面の異形とかぼちゃ頭の幽霊を従えて、悪夢の怪物を倒してしまったのであった。
あまりのことに何が起こったのか分からず、泣き続ける小さな私に少年は『大丈夫ですよ。悪夢は終わったんです』とそう告げて頭を撫でてくれた。
ありがとうと、そう伝えたくて言おうとした所で、目が覚める感覚がした__
「……目が、覚めたわ。まだ、お礼も言えてなかったのに……」
四葉家現当主、四葉真夜は起床した。「夜の女王」などと言う異名を持つ存在とは思えぬほどに、彼女の趣向は少女趣味であり、パーソナルスペース内では人形を抱いて寝る可愛げを持っていた。
お気に入りの抱きぬいぐるみを寝床に置いて、彼女は立ち上がると、鈴を鳴らして執事長の葉山を呼んだ。
「おはようございます。ご調子はいかがでしょうか」
「……そうね。私、不思議な夢を見たのよ。初めはいつもの悪夢を見る日だと思っていたわ。でも、今日は違った。小さなナイト様がね、仮面の異形と小さなかぼちゃの幽霊を引き連れてあの時の震えて泣いていた私を救ってくれる夢を見たの……何故だが心がすっと、軽くなった気分よ」
「そうで、ございますか……」
「御免なさい、変なことを言ったわね。着替えと朝食を用意してくれるよう言ってちょうだい」
「かしこまりました。それでは、失礼します」
葉山が去った後、真夜はポツリとこう言った。
「……ありがとう。私の小さなナイト様。貴方は確かに私の心を救ってくれたわ」
現実は変わらない。あの日、一度真夜が死んだと言えるような目にあった事も、それによって怒り狂った父や一族達が命を投げ捨てて報復を行った事も変わらない。だが、それでもこうして救われた事に、真夜は深く深く感謝した。
きっと、またあの悪夢を見る事もまたあるだろう。それでも、今の真夜は大丈夫だろうと未来に希望を持てるようになった。
それは確かな前進であった。魔法師の世界に現れた【ペルソナ使い】が行った最初の行動は、とても小さな形の救いであった。
それは、この残酷な世界を変えようと足掻く事となる、椎葉阿頼耶の最初の戦いの勝利であった。