先日のベルベット・ルームでの出来事を話して、フィレモンの従者から現在の方法ではペルソナの強化は望めないと告げられた事を研究所に報告すると僕は一旦日常生活に戻された。傍から見ても頑張り過ぎていると思われていたようであり、第四研究所の研究者達や四葉の戦闘員の皆さんからも今まで観測したデータを元に研究は自分たちが進めておくから君は一度普段の生活に戻りなさいと言われる始末であった。
勉強や単位に関しては魔法師の名家向けのプログラムが有る為、それを終えれば実家の家業を手伝う為と言えば問題なく学校は休める。だが、学校とは勉強だけでなく他人と関わる事で社会性を学ぶ場でもある。休み続けることはどんな事情があれど褒められたことではないというのは分かっているつもりだ。
そんな訳で、僕は久しぶりにランドセルを背負って小学校に通っている。習う授業は先回りして既に何度も自宅で復習した内容である為、現状では勉強に遅れるということはない。普段から行っている第四研究所の論文やら研究資料を読む為には当然だがそれなり以上の学力を身に着けなければ読み解く事も出来ないので当然であるし、魔法を扱う為にも必須である。
なので小学5年生のカリキュラムで習う内容は正直復習としても自分にとって授業は退屈であった。体育やら実践して行う理科の授業等に関しては真面目に受けているが、座学に関しては本当に暇としか言いようが無いのだ。
仕方がないので、真面目に授業を受けるふりをして手早く課題を終わらせて、組みかけだった自作の魔法の魔法式を組む内職をして授業中の時間を過ごしていたりする。ペルソナ能力は強力だが、そればっかりにかまけて魔法の習熟をおざなりにしていては四葉の分家として片手落ちというものであろう。
組んでいる魔法は本来第四研で研究資料を漁るきっかけとして求めていた攻撃性のある精神干渉魔法である。歴代の四葉の魔法師が使っていたそれらの中から自分に適正のある相性の良い魔法は見つからなかったが……幸いにもペルソナの研究の副産物が役に立った。
魔法とは「事象に付随する情報体(エイドス)」を改変することが出来る技術だ。これにより魔法は物理法則に関係なく事象を改変することが出来る。
例えば、二酸化炭素をドライアイスに変化させようとした場合、科学で作り出す場合専用の装置で高圧を掛けて二酸化炭素を一気に噴射し、気化熱で一気に冷やすという工程が必要になるが、魔法で作る場合は二酸化炭素がドライアイスに変化する様を観測し、その情報体の変化を魔法式に組み込めば、原理的には空気中にある二酸化炭素を原料にドライアイスに作り変える事が可能になる。情報体の変化が、物体に影響を及ぼすのだ。
だが、逆に言えばこの情報体の観測が不可能なものは、魔法として成立させることができない。あくまで事象に付随する情報体の変化を再現する事で魔法というものは成立するからだ。魔法というものは原則として事象の再現は出来ても、事象そのものを作り出すことは出来ないのである。
その為元となる物理現象の変化の情報体の観測と記録が、魔法を作る為には欠かせない。更に言うなら現実の物理現象に添った形の情報体の改変の方が、消費や負荷が軽くなる為科学の知識が魔法師には必須となる訳である。
しかし、ペルソナが使っているスキルや魔法となると話が変わってくる。便宜上、ペルソナの使用する魔法も魔法と呼んでいるが、実態としては全くの別物だ。
ペルソナが使用している魔法は、エイドスを解する魔法では不可能な事象そのものを作り出す形で実現していると解析の結果判明したのだ。
その原理はまだ解析されきっていないが……現代魔法とは別の原理と、サイオンに近いものの別のエネルギーである【ナニカ】で使っている術であるとまでは第四研究所の研究者の皆さんが解析してくれた。使用すれば使用するほど、精神的な疲れが溜まってくるあたりおそらく精神力の類と思うが、具体的に何を消費しているのか詳細は解析できていない。魔法も魔法で解明されきっていない部分が多々ある代物ではあるので、使用するリスクとして考えると大差ない代物だろう。
しかし、進展も一つある。それによって引き起こされた物理現象の方に関しては問題なく情報体の解析に成功したのであった。研究者曰く、高品質の機材を導入したと言われているが……普通の機材で読み込むことが出来なかったのに、ある日急に解析に成功したと言われたのでそれについてはだいぶ怪しい。
多分だが、『彼』が情報体の解析に関わったんだろうと思っている。学校で出会ったらお礼を言っておかないといけないな。
そういう訳で、今作っている魔法はそうして解析できた事象から作り出そうとしている現代魔法によるペルソナの魔法の再現品だ。エイドスとサイオンを使って、ペルソナが使う魔法と同等の現象を起こしてみようという試みである。
(ええっと、照準はこの変数を使って……威力の調整は……後から変更出来るようにオプション化……いや駄目だ。なるべくシンプルな構成にして威力はある程度固定化しておかないと事故る気しかしない。初めての試みなんだから、後々改良すべき点は残しておいても良いだろう。まずは完成する事を目指して作らなきゃ)
今作っている魔法は愚者【ファントム】が得意とする呪怨属性の攻撃魔法である【エイハ】だ。見た目としては赤黒い光を放ち、対象を破壊する魔法だが、事象を研究施設の解析装置に掛けてみると驚くべき事に精神干渉系の魔法に近い仕組みで物質に干渉しているという事が判明した。
しかし通常の精神干渉系の魔法とは異なり、対象の精神に働きかけるのでは無く、殺意や怨念などの負の精神エネルギーを直接対象を傷つける破壊エネルギーに変換して放っているのである。
まるで怨霊や怪異の所業であるが、そもそもペルソナはそういった存在を操る力。なんらおかしい事ではない。
「……くん、阿頼耶くん!!」
「……はい?」
「もう、何度も呼んでるのになんで返事してくれないの!!もう授業終わったから伝えてるのに……」
「あっ、ご、ごめん司波さん!!作業に集中しててついうっかり……」
「もう、せっかく久しぶりに学校に戻ってきたと思ったら……阿頼耶くんの変に集中して周りが見えなくなる悪癖は相変わらずですか」
授業用の個人端末にキーボードで魔法式を撃ち込んでいた僕を見かねて、不満そうな顔をした青みがかった黒い髪に青色の瞳の女の子がそういった。
彼女の名前は司波深雪。クラスの席順が名前順である為、長いこと隣の席にいるそれなりに仲の良いクラスメイトである。どことなく、御当主様に似た顔立ちをしているがある意味それは当然と言えよう。
彼女の母親は御当主様の姉である深夜様なのだから。彼女と僕は四葉の遠い親戚同士である。
「しかしそんなに集中して、何をしてるんですか?内職も程々にしたほうが良いですよ?」
「いや、ちょっと魔法の起動式を組んでて……作り始めたら止まらなくなっちゃってました」
「……相変わらず、阿頼耶くんは阿頼耶くんで安心しました」
「それってどういう意味かな?」
「頭は良いのに色々迂闊でおバカって事ですっ!!もう……長い事休んでたから心配してたのに」
呆れた様子で、司波さんはため息をついた。この様子だと自分が学校から離れていたこの三ヶ月間、第四研究所での実験に協力していた事に関しては知らされてないのだろう。あそこの悪名は四葉関連の魔法師で知らぬ者は居ないと言っていい程悪い為、知っていたらこの程度の反応では済まされないだろう。幽霊扱いされても文句は言えん。
「ごめんね司波さん。僕も久しぶりの学校だから気が抜けてたよ。次の授業から気をつけるね」
「そうしてください。後、放課後にお話がしたいですが……」
「いいね。僕もこの三ヶ月間、色々新しい事を学んできたから話のネタは沢山作ってきたよ。また放課後に、いつもの場所で話そうか」
「っ、はいっ!!そうしましょう!!」
司波さんはそれまでの不満そうな雰囲気から一変して、楽しそうに笑顔を溢した。
僕らはお互い、自分たちの家の事情を知っている身である。その為普通のクラスメイトには隠している魔法についてもなんの遠慮もなく話し合える。その為放課後に二人で魔法についての勉強会を開く事があるのだ。
人間、物事に対してある程度意見を言い合える関係性になる為にはその物事に対して一定の水準の知識をお互いに有していなければお互いに楽しむ事は厳しい物だ。特に魔法は日本だと『一定の年齢になるまで習得を推奨しない』と言うのが一般的な常識なので、自分たちと同い年で魔法について話し合える相手など居るはずもない。その点司波さんとなら四葉関係者同士、その点に関しては遠慮無く話し合えるのだ。
彼女自身、非常に優秀な才能を持つ魔法師であるので話し合うとお互いに刺激になって魔法についての学習が捗るのだ。とても得難い学友関係であると思う。
(……『彼』とも今日のうちに話せたら良いけどなぁ。見つかるといいけど)
今も司波さんを影から守る守護者である彼に、そう思いを馳せながら一旦司波さんと別れ、教室から離れた。
異常。椎葉阿頼耶という少年はその一言に尽きる。
自身の魔法を制御する為、自らの額に銃口を突きつけて引き金を引き一瞬だけとはいえ死ぬ事を受け入れる精神性。
集合的無意識という、いわば人類の精神の世界そのものを観測して壊れること無く、あまつさえその世界の主人ともいえる上位情報存在と接触して帰ってきた規格外の情報処理能力。
それでいて何より、現代魔法を用いて古式、古代どころか神話の時代の降霊術の言ってもいい代物に行き着いた事。あの【ペルソナ】と名付けられた力は、そうとしか評価しようのない規格外の力であった。現代魔法の原則を無視し、何らかの力を使用する事で『事象を直接引き起こしている』と分かったときは思わず頭を抱えそうになった。現代魔法は、超能力を元に作られた『技術』だ。だがアレはそうではない。文字通り神降ろしの術なのだ。
集合的無意識とは、そもそもユング心理学によって提唱された理論だ。人類が歴史や文化を通して共有している、生まれながらに持つ無意識の領域とされている。世界中の神話や昔話に似た元型が登場するのは、この集合的無意識があるためだとされてきた。
暴論だが逆説的に言えば、この集合的無意識に干渉できる存在は、人類史に刻まれた神や悪魔、英雄や怪異など、そう言った存在すら呼び出せる。事実、椎葉阿頼耶はその身に幻想を宿しているのだからそれは事実だったのだろう。そのような存在を人の体に宿して何故制御出来ているのか自分には全く分からないが……
そのどれもが自分の眼には異質に写っている。だが、一番不可思議な事は自分への態度である。
彼は四葉分家の魔法師でありながら、彼は自分の事を出来損ないと言う事も無く、そう思っている侮蔑の感情も一切感じ取れないのだ。
四葉の魔法師として生まれ育ちながら、四葉の魔法師としての価値観以外の強い信念のような何かを彼は持っている。信じられないことだが、そうとしか言いようがない。
それら全てが異常なのが、自分から見た椎葉 阿頼耶であった。
「おーい、たっちゃん!!」
「阿頼耶、たっちゃんはやめろ」
「いやぁ、自分にとっては司波さんっていうと妹さんの感覚が強くてさ。だからって達也って呼び捨てにするのはなんか違う気がして……」
「それで、何か話か?放課後の勉強会を見張るなという話なら聞かんが」
「いや?それに関しては、むしろいつもお疲れ様って言いたい位だけど。それよりも、この前のことでお礼言いたくてさ。助かったよ、あれはたっちゃんが見てくれたんだろ?」
「さぁ……なんのことかな?」
「ま、そういうことにしておく。勝手に借りにしとくから、なんかあったら言ってくれよ。それじゃ、また今度」
「……また今度な、阿頼耶」
異常な筈なのに、俺は何故かそいつを嫌う事ができなかった。事情を知るはずでありながら四葉の出来損ないである筈の俺を、真っ直ぐと見てくれる。それだけの事だ。それだけのはずなのに。
(考えれば危険な存在だとすぐに分かるのに、なんで阿頼耶の事をそう思えないんだろうな。俺は……)
欠けた心は、なにも答えてはくれなかった。
※お知らせ
設定を見直していた所、矛盾が生じる部分が発見された為、CADの名称を変更します。
旧 シルバー・コマンダー → 新 タウラス・コマンダー