シャワーヘッドから水滴が滴り落ちる音が風呂場に響く。
6月12日。この日をご存知だろうか。
そう、小鳥遊六花の誕生日である。
1年の時はまだ契約を結んでおらず、
2年の時は修学旅行だった。
高校生活最後の六花の誕生日。
ここは何か、一生ものの思い出になるような大きなことをしたい。
...という考えだけはあるのだが、肝心の具体的なアイデアが何一つ思いつかない。
「うああああああー!!!」
頭を抱えて唸る。
「勇太!?まさか奴らがもうすぐそこまで!!」
風呂場のドアを勢いよく開け放ち、モデルガンを持って現れた六花。
「邪王心眼、発動!」
そう言って眼帯を外した六花と目が合った。
そして六花の邪王心眼は俺の身体をまじまじと見つめ、視線は下の方へ向かい...
「っておい!!」
俺は慌てて下を隠す。
「だ、大丈夫、何も見てない」
六花はそう言いながら手を目に当てて見ていないふりをしているが、ばっちり指の隙間からこちらを見ている。
「嘘つけ」
「け、契約者の状態を確認するのも邪王心眼の務め、だから確認しても問題はないはず...」
「早く出て行け!!」
俺は風呂桶を掴み、六花めがけて投げつけた。
「あうっ」
六花が逃げ帰るのを確認し、扉を閉める。
あいつも、そういうことに興味を持ったりするんだな...
考えていて恥ずかしくなってきたので思考を中断、本題に戻る。
ずばり、六花の誕生日に何をすべきか、だ。
◆◆◆
というわけで、相談相手第一号は放課後に教室で暇そうにしていた丹生谷だ。
「誕生日ねえ...別に特別なことなんてしなくても、富樫くんが一緒に居てくれるだけで幸せだと思うわよ?」
そんな呑気なことを言ってくる丹生谷。
「それはそうかもしれないけど、それだとせっかくの誕生日なのに特別感が無いだろ?」
「なんか面白そうな話してるね」
そう言って机の下からにゅっと現れたのは、恋愛マスターこと巫部風鈴だった。
「話は聞かせてもらったよ。
とりあえず、富樫くんの携帯プリーズ」
そう言って巫部さんが手を出してくる。
「なんかデジャヴだな...悪いけど、今回は俺からちゃんと話したいからそんな荒療治は必要ないんだ」
俺が首を横に振ると、巫部さんが詰め寄ってくる。
「で、2人はどこまでいったの?」
「なっ!?どこまでって、その、どこまでって!?」
「大体その反応でわかったよ、進んでてもキスまで、それも触れ合うだけのピュアっピュアなキスでしょ?」
俺の反応だけでそこまでの情報を...巫部さん、恐るべし。
「じゃあ富樫くんは、六花ちゃんとどこまで関係を進めたいの?」
「関係を進めたいとか、そういうんじゃない。
いや、進めたくないわけじゃないけど今回でここまで行きたいとかそういうのは無いんだ。
そういうのは、六花の準備が整うまで待ってやりたい。
ただ、六花に喜んで欲しい。それだけだよ」
なんだかカッコつけたような台詞だが、それが掛け値なしの本音だ。
あまり打算のようなことはしたくない。
あくまで心からただ祝いたいだけなのだ。
「成長したね、富樫くん」
「まぁ、あれから1年近く経ってるからな」
「なら、私から富樫くんに言うことは何も無いかな。
富樫くん以上に、六花ちゃんを喜ばせる方法に詳しい人なんて居ないんだから」
一理ある、のかもしれない。
六花を喜ばせる方法は、俺に思い付かなければ他の誰にも思いつかないのだ。
「責任重大だな」
「そりゃそうだよ、六花ちゃんとの契約は、そんなに軽いものじゃないでしょ?
...それに、女の子は好きな人に責任を取って欲しいものなの。
好きにさせたんだから幸せにして欲しい、ってね」
ふぅ、と息を吐いて立ち上がる。
「ありがとう丹生谷、巫部さん。俺がどうすれば良いか、もう少し考えてみる」
「頑張ってね、富樫くん」
「私達にできることがあれば何でも言ってくれて良いわよ」
手を振る2人に見送られ、教室を出る直前。
「...丹生谷、やっぱお前、生徒会長の器だと思うぞ」
そう言い残し、俺は教室を出た。
俺の頭の中にはおぼろげに浮かんでいたものの、諸々の理由から断念していたアイデア。
それを、形にするためのピースを集めに。
◆◆◆
「六花、俺は夕飯の片付けをするから、下の郵便受けに何か入ってないか確認してきてくれ」
「心得た」
返事をして玄関から出ていく六花を見送り、俺は覚悟を決める。
6/11 21:00
作戦開始だ。
俺が計画の確認をしていると、六花がドアを勢いよく開けて駆け込んできた。
俺は携帯をパタンと閉じ、六花の方を見る。
「ゆ、勇太!これ!」
そう言って見せてくるのは黒い封筒。
中には招待状が入っている。
『邪王心眼に通達 コード000
迎えを用意した。
子の刻、ポイントγにて待つ』
「なぜこのコードを知っている?
まさか組織の者か?罠か、それとも...」
深刻そうにぶつぶつ何かを言っている六花だが、その瞳の奥のワクワクを隠しきれていない。
「しょうがない、行ってみるか?」
俺がそう言うと六花が物凄いスピードで俺の手を掴んだ。
ちょ、近い近い。
「良いの!?」
「今日は樟葉も友達の家に止まるって言うし、少しくらい良いだろ」
「そうと決まれば戦闘準備を行う。勇太も、装備の手入れを怠るな」
そう言うと六花は小走りで部屋に引っ込んでいった。
「蛇が出るか、鬼が出るか...くくく...」
ドア越しに嬉しそうな声が聞こえてくる。
俺もやった甲斐があったというものだ。
俺は携帯を取り出し、『フェーズ2へ移行』とメールを送るのだった。
◆◆◆
6/11 22:00
六花の部屋から轟音が聞こえた。
「なんだ!?六花!大丈夫か!?」
「平気。問題ない」
本当かよ...と思ったが、5分後に六花が部屋から出てきた。
「おお...」
思わず感嘆の溜息が漏れてしまう。
その姿の六花を見るのは久々だった。
紫と黒を基調としたドレス。
もう6月ともなると少し蒸し暑いので、半袖の夏仕様のようだ。
右手にはしっかりと俺がプレゼントした折り畳み傘が握られている。
胸元と腰に大きなリボンが付いており、よく似合っている。
しかし中々豪勢な雰囲気を纏っており、中世のダンスパーティにでも行くのだろうか、といった感じだ。
「...なに」
「いや別に、似合ってるな、と」
俺が言葉少なに褒めると六花はふいと視線を逸らし、髪をいじりながら小さな声で言った。
「そ、そう ...勇太も、かっこいい」
俺はダークフレイムマスターの衣装を少し手直ししたものだ。
こちらも半袖に改造している。
鎖がジャラジャラと音を立てるので結構面倒くさい。
かっこいいと言われて悪い気はしないが、かなり恥ずかしいのでもう2度としたくない。
「それじゃあ行くとするか」
俺が右手を左目に当ててそう言うと、六花がノリノリで俺の横に並び立ち、ポーズを取る。
「決戦の時は来た。待っていろ、この邪王心眼が貴様らの計画、破壊してみせる!」
いや、計画を破壊されると困るのだが。
◆◆◆
6/11 23:55
「ゆ、勇太、これ...」
カタカタと震える六花。
無理もない。
ポイントγとは、城である。
俺たちは意気揚々と家を出てすぐのところに停まっている凸守の使用人が運転する車でポイントγまで運ばれた。
凸守家の別荘らしく特別に貸してもらったのだが、もうわけわからないくらいデカい。
こんなの日本のどこに建てるスペースがあったんだ、と思うほどのサイズ感。
U◯Jにある、ハリ◯タのホ◯ワーツ城と言えば伝わるだろうか。
とにかく規格外の大きさをしており、凸守家の底知れなさに畏怖を抱かざるを得ない。
下手にしばいたりするのはもうやめよう。
城の裏には大きな湖があり、バルコニーからの景色はさぞ絶景なのだろう。
「な、なかなか敵の根城は強大なようだな」
声が震えてるぞ、邪王心眼。
「よし、行くぞ六花」
俺は六花の手を握り、入口へと歩き出した。
黒服の人が2人がかりで扉を開けてくれる。
俺たちは道なりに進み、大広間へと出た。
そしてそこに待っていたのはーーー
ーー誰も待ってなどいなかった。
ここには、俺と六花しかいない。
当然だ。招待状も城も、俺が用意したものなのだから。
俺は六花から手を離し、六花と中央で向かい合うような形に立つ。
「勇太、離れるのは危険。どこから奇襲が来るかわからない」
そう言う六花に、俺は言い切ってやる。
「いいや、奇襲なんてない」
俺は天高く腕を掲げ、パチンと指を鳴らした。
バサ、という音と共に白い結晶が俺たちの頭上を、いや、大広間の天井全体を埋め尽くす。
それらの結晶はふわりと宙に浮かび、風に舞いながらその身にかかる重力によってゆっくりと俺たちの元へと落ちてくる。
「これ...は...」
何が起こったかわからないといった様子の六花に、俺は教えてやる。
「これが、俺からお前へのプレゼントだよ、六花」
「プレ...?」
まだ理解が及んでいないようなので、付け加える。
「六花、誕生日おめでとう」
俺のその言葉と同時に、日付が変わったことを示す鐘の音が鳴り響いた。
「十花さんに聞いたんだ。六花って名前の由来。雪の結晶が由来なんだってな。
だから、雪を降らせたんだ」
「そんなことは不可能、だって今は...」
そう、6月だ。
普通ならあり得ない。
「ゲルゾニアンサスは炎を操るのではなく、熱を操る。つまり...「熱を下げることで、逆に凍りつかせることもできる...?」
俺の説明を横取りして納得する六花。
もちろん出鱈目だ。
これは人工雪というやつで、本物の雪じゃない。温度を操る力なんて俺にはない。
でも、その嘘を信じさせてやることはできる。
不可能を可能にする男、それが、六花の憧れたダークフレイムマスターなのだから。
「すごい...勇太、すごい!きれい!」
「あぁ、綺麗だな」
言いながら、俺は六花に近づいて跪く。
俺は、やってみたいことがあったのだ。
「勇太...?」
「俺と、踊ってくれませんか?」
そう言って手を差し出す。
「...私、踊りなんて知らない...」
そう言いながら遠慮がちに手を伸ばしてくる六花に、俺は笑いかけて無理やり手を取った。
「大丈夫、俺もだよ」
俺たちのステップはきっと、とても歪で、雑で。
そもそもダンスパーティなんかは音楽が流れていてそれに合わせて踊るものだ。
しかし、今ここには俺たちしかいない。
音楽をかける方法なんてわからない。
でも、俺たちの脳内世界にはきっと同じ音楽が流れている。
俺と六花の拙い足音だけが大広間に響く。
必死にリードしようと動く俺を見て、六花が堪えきれないように噴き出して笑った。
「な、なんだよ、初めてだって言っただろ」
「勇太、今度は私がリードする」
そう言って手を握り直す六花。
「こういうのは男がするもんじゃないのか?」
「邪王心眼は最強」
自信満々に決まり文句を言いながら眼帯に手をかける六花に、俺は嘆息した。
「...はいはい」
「爆ぜろリアル、弾けろシナプス。
バニッシュメント・ディス・ワールド!」
六花が眼帯を外し、世界が暗転する。
闇が一面に広がる世界。
上には星空が広がっており、白雪が舞い散っている。
足元は湖に張った薄氷のように、俺たちを反射していた。
六花が俺の手を引き、踊りを再開する。
不思議とさっきより上手く踊れている気がした。
「おっと」
転びそうになった六花の背中に手を回し、抱き寄せる。
結局俺たちは、六花が俺の手を引いて、俺がそんな六花を支える。
このやり方が合っているのだろう。
「ゆうた」
「なんだ?」
「...すき」
「俺もだよ」
「ちゃんと言って」
「...好きだよ、六花」
うぅ〜、と頭を抱えて恥ずかしそうにしゃがみ込む六花。
何がしたいんだ。
そして俺は、ファイナルフェーズに入る。
六花の前にしゃがみ、視線を合わせて「六花」と名前を呼ぶと、首をこてんと倒していつもの調子で、
「なに」
と聞いてくる。
「プレゼント」
そう言って薔薇の花飾りを頭につけてやる。
「おぉ〜、ローズアーティファクト、魔力の上昇を感じる」
「薔薇の本数と意味、知ってるか?」
俺が問うと、六花が自信満々に答える。
「『あなたしかいない』...嬉しい」
「違うな、間違っているぞ、六花」
俺は声を低くし、訂正してやる。
「それは、一本の薔薇の意味だろ?」
どういう意味かわからない、という顔をする六花。
それも当然だ。
ついついカッコつけた遠回しな演出ばかりしてしまっている。
俺も、中二病からは逃げられないのだろう。
元より、この中二病を手放すつもりはもう無いのだが。
再び手を上に掲げ、指を弾く。
白が舞っていた大広間を、次は紅が埋め尽くした。
「俺が用意した薔薇は1001本。意味は『永遠』だ」
「ゆうた...」
「邪王心眼、この俺と、永遠の時を過ごす覚悟はあるか?」
俺が問いかけると、六花は瞳を涙で満たしながら大きく頷き、飛び込んできた。
「ゆうた、ゆうたぁ!!」
抱きついてくる六花の衝撃に身体を揺らされながらも倒れ込むのを堪える。
「私、何をしてあげたら良い...
私、いつも勇太に迷惑かけてばかりで...
全然返せてない...」
六花は自己評価が低いな。
俺は六花に大切なものをたくさん貰っているのに。
「何もしなくて良い、俺が好きでやってるだけだから」
「私、友達とか少なくて...人見知りだし...家事も勉強もできないし...」
そんなこと、今更だ。
それでも好きになってしまったのだからもうどうしようもない。
「そんな六花を、俺は好きになったんだよ。
俺のために何かしたいなら、俺から離れないでいてくれ、それだけでいい」
「ゆうたぁ...」
俺の胸の中で、六花は泣き続けた。
俺はその間ずっと、六花の頭を撫でていた。
◆◆◆
「勇太、これからどうする?」
「今日はここに泊まれることになってるから、朝になってから帰ろうか」
「やった!勇太、探索に向かう。着いてきて!」
目を輝かせ、俺の袖を引っ張る六花。
「はいはい」
こうして、高校生活最後の六花の誕生日は終わった。
でも、きっと俺は何度もこうやって六花の誕生日を祝うのだろう。
キラキラと輝くこの瞳を見たいが為に、何度だって。
◆◆◆
ポイントγ舞台裏にて。
人工雪と薔薇。
2つの仕掛けの実行犯は丹生谷と凸守だった。
「はぁ、なんでこんなこと私が...」
「文句言わずにやるデース!マスターの生誕祭、結社の一員として命を賭して祝うのは当然デース!」
「誰が命まで賭けるって言ったのよ、手伝ってあげるだけよ」
『丹生谷、今から薔薇を1001本、用意できるか?』
「ほんと、無茶するんだから...
アンタはこれで良いの?大好きなマスターを面と向かって祝わずにこんな裏方なんて」
そう問われ、凸守の脳裏に勇太の言葉が思い出される。
『凸守、前にクリスマスパーティで使ったような広い場所、借りれないか?
頼む、六花のために色んなことをしてやりたいんだけど、俺の力なんてちっぽけすぎてさ。
お前らに、頭を下げることしかできないんだ。
この礼は、必ずするから』
「愚問デスねニセサマー。
サーヴァントはマスターの幸せを第一に考えるものデース。
ゲルゾニアンサスが1人で決戦に挑むことが最善であると、マスターの日頃の様子から判断するのは当然。
ならばサーヴァントとして身を引くのは当然で...っ!」
言い終わる前に、凸守の言葉は途切れた。
そして、言葉の代わりに雫が溢れた。
「ったく、なんで寂しいなら寂しいって正直に言えないのよ、アンタたちは。
ほんと主従揃って不器用なんだから」
丹生谷が凸守の頭を胸に抱き入れ、頭を撫でる。
「うるさい、デース...」
「明日の朝、小鳥遊さんが起きたら私たちからもお祝いをしましょうか」
凸守がこくりと頷いたのを確認し、丹生谷は腕を解いた。
そして、キッチンへと向かう。
「明日起きた時、小鳥遊さんが飛び上がって喜ぶようなケーキ、作ってやるんだから」
つづく?