輪廻の呪后   作:凰太郎

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〜序幕〜
いにしえの詩


 

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 紀元前一三三〇年、古代エジプト──。

 

 月夜を呼吸する大砂漠が殺伐然たる夜闇にセピアの叙情を染め被せる。

 荘厳に(そび)える金字塔(ピラミッド)は威圧的なシルエットを浮かび上がらせ、それこそ〈魔神〉の毒牙を彷彿させる畏怖を()いた。

 魔の情景を戦場とし、砂塗(すなまみ)れの異形兵士達が潰し合う。

 自軍兵士は〈竜牙戦士(スパルトイ)〉──竜の牙より魔術生成された無感情戦士である。彫像を連想させる筋肉美は真鍮白ながらも蜜蝋の湿感を帯び、精悍にして端正な顔立ちは一律にして同じ物であった。個性は無い。

 対する敵軍兵士は乾燥保存死体〈ミイラ男〉──包帯巻かれの()からびた肉体は打撃に(もろ)くも、痛覚欠落の特徴から限界を無視した怪力を奮わせる。愚鈍にしてグロテスクな巨躯(きょく)の怪物であった。

 ともあれ、双方とも高度知性や感情機微は欠落している。

 ただ黙々と命令をこなすだけの簡易雑兵だ。

 共に〈超自然存在(スーパーナチュラル)〉ではあるが……。

 異形の黒集(くろだか)りが交じり乱れる戦況は混乱を極めていたが、皮肉にも手足が散ろうと血飛沫(ちしぶき)が飛ぶ事は無い。

 そんな虚無的な魔景に身を置きながらも、しかし、彼の気高き戦意は()がれる事が無かった!

 ギリシア神話きっての英雄〝ペルセウス〟には!

 精悍な青い瞳は眼前に浮遊する人影を(にら)()えたまま……。

 女であった。

 しなやかな小麦肌は裸身同然の露出を唄い、要所々々のきらびやかな黄金装飾が高貴な身分を(たた)えている。

 肩口(かたぐち)に切り揃えた紫掛かった黒髪。相手を見下す瞳は(つぶ)らに映るも、無垢な純心と冷酷な達観が等しく(はら)まれているかの(ごと)く……。

 右手にした錫杖には巨眼意匠を刻んだ大きな金盤を先端に据えていた。

 奇怪な印象が拭えぬのは、その全身に(まと)われた包帯──(いな)彼女(・・)の特性を考慮すれば呪力(じゅりょく)制御の経帷子(きょうかたびら)であろう──が、太古の呪念を発散しているせいか。艶かしい肢体を(さら)しながらも胸部や美脚といった箇所には包帯が巻かれていた。経年にくすんだ白は緩やかにほどけた解放から素地の色香を誘惑する。

 もっとも特異な印象を与えるのは、顔すらも同様に封じられている点である。素顔には値踏みめいた眼差(まなざ)しだけが外界を覗いていた。さりとも、その下に忍ぶ素顔が美しいであろうとは想像がつく──忌むべき敵ながらも。

 彼女こそ、まさに〝破滅の美〟そのもの。

 勇者は敵意を噛み締め、その名を(くち)にした。

「……〈呪后(じゅごう)〉よ」

「…………」

 物言わぬ女王(ファラオ)が醒めた瞳のみで返す。

 まるで路傍(ろぼう)の蟻でも眺めるかの(ごと)く……。

 この者の真名(レン)は判らぬ。

 が、便宜的に〈呪后(じゅごう)〉と呼ばれていた。

今宵(こよい)こそ決着をつける!」

 雄渾(ゆうこん)高々に跳ぶペルセウス!

 超人的な跳躍を可能としたのは〈伝令神ヘルメス〉から授けられた聖具〈金翼靴タラリア〉の(ちから)

 その眼中に映るは〈呪后(じゅごう)〉のみ!

 はたして届いた!

「もらう!」

 神剣が金色(こんじき)()ぐ!

 咄嗟(とっさ)に錫杖を身構える呪后(じゅごう)

 その対応に勇者は攻撃成功を確信する!

 望む結果!

 かつては頑健な真鍮鱗(しんちゅうりん)にて覆われた蛇妖〈メデューサ〉の首さえも斬り落とした刃だ!

 その切れ味は無二(むに)

「……ッ!」

 刹那(せつな)、違和感を覚えたか──呪后(じゅごう)は空いていた左掌を差し出す仕草に切り替えた!

 鈍くも(ほの)かな発光が息吹くと、両者の間に〝光の象形眼〟が盾と張られる!

「何だと!」

 弾かれた!

 慣性の後退に滞空するペルセウス!

 ()くして再び開かれる間合い。

「チィ……魔術師めが!」

「…………」

 反目は対極的な視線に交わされる。

 眩いほどに熱く(たぎ)る戦意と、冷淡な蔑視(べっし)にも思える観察と……。

 

 

 太古に()ける真実は現史実常識から掛け離れたものであった。

 確かに人類による古代文明は確立していた。

 遥か神話の時代を経て〈神〉や〈悪魔〉と呼ばれる高次元存在は絶対不可侵の聖域魔域へと()(こも)った。

 しかしながら、その神意(・・)は代行者へと託され、威光を懸けた超常戦(ちょうじょうせん)が繰り広げられていたのである。

 それを()すは〈神話英雄〉と呼ばれる超越者達であった。

 そして、(ある)いは〈怪物〉と……。

 

 

 

 

 エジプト禁忌の女王(ファラオ)呪后(じゅごう)〉と、ギリシア神話英雄・ペルセウスが死線を(つむ)ぎ続ける最中──。

「ようやくだ……ようやくエジプト王権は、我が意のままとなる」

 仮面の魔導師は口角(こうかく)()()げた。

 口元(くちもと)だけが露出した漆黒の仮面は〝山犬(ジャッカル)〟のようでもあり〝(ワニ)〟のようでもあった。

 既存の動物ではないやも知れぬが……。

 名を〝スメンクカーラー〟という。

 第十八王朝の(ファラオ)〝アクエンアテン〟直属たる神官であり、同時に懐刀的存在──。

 その魔術手腕のみならず知恵袋としても頼りにされ、時として〈共同統治者〉として表舞台に出て来る事すらもあった。

 絶大な信頼からアクエンアテン死後には次期女王(ファラオ)の座に就いた王妃〝ネフェルティティ〟からも同様に重宝されたが、素性詳細の知れぬ謎の人物ではある。

「王族埋葬を(うた)って、このピラミッドを建造させたが……生憎(あいにく)、そなた達の王墓などではないぞ? アクエンアテンにネフェルティティよ……フッフッフッ」

 紅玉石(ルビー)を削り出した獣の瞳が野心の露呈にユラユラと燃える。

 外界の騒乱とは無縁とばかりにピラミッド内部は鎮まり返っていた。

 石廊を蒼い霊気が流動し、寂寥(せきりょう)(とどこお)る石室へと流れ着く──俗に〈王の間〉と呼ばれる神聖な玄室である。

 そこに瞑想儀式の胡座(あぐら)に浸り続ける。

 深く吐いた息に体内の不純物たる気を乗せると、スメンクカーラーは頭上仰ぎに神気を深く吸った。

 吸い込むのは深呼吸ではない。

 大宇宙に茫洋(ぼうよう)と漂う超常エナジーだ。

「ピラミッドパワー……()がエジプトのみが辿り着いた究極の神化理論…………」

 この位置の真上は、そのままピラミッド頂点に重なっている。

(われ)を〈肉体(アク)〉として、現世に再生せよ……ジャジャ・エム・アンク!」

 呼び込む。

 ひたすら瞑想に集中して呼び込む。

 (いにしえ)(カー)を……。

 それは呪言(じゅごん)か……それとも願望か……。

 ()の者は同化を望み続ける……。

 

 

 

 現代では石段に築かれた威風を(さら)すピラミッドだが、古代エジプト文明期には全面を撫でらかな平面にて構成されていた。その形状も俗世に誤認されている四角錐(しかくすい)ではない。厳密には各面接合部である縁が細く折れた形状なので八角錐(はっかくすい)である。大理石による平面構成は通常ならば生命力みなぎる日照を白輝に照り返すも、現在は涼やかな月光を(たしな)んでいた。

 時として織り交ぜられる閃光の(またた)きは呪后(じゅごう)と勇者が交える反発。

呪后(じゅごう)よ! おとなしく我等(われら)〈ギリシア勇軍〉に(くだ)れ! オリンポス神の庇護(ひご)(もと)、エジプトの(たみ)達の安寧(あんねい)は約束しよう!」

「…………」

 煌めく切っ先を紙一重の推移に()わし、冷ややかな眼差(まなざ)しは無言に返した。

 

 ──侵略者風情が何を言うか。

 

「だが、貴様は……呪后(じゅごう)、貴様は! 存在してはならぬ存在(・・・・・・・・・・)なのだ!」

 詰める間合いに金光の軌跡!

 裂かれる寸前に光彩分裂と掻き消える呪后(じゅごう)

 捜せば、すぐさま右上空に出現した!

 転移魔術である!

「チィ! 詠唱すら無く……厄介な! 呪われし魂(・・・・・)という者は!」

「…………」

 ()()ける敵意を眺めながらも、彼女は達観に醒めていた。

 

 ──ああ、そうだ。(われ)は〈呪い〉と誕生せし者……だから、何だと言う?

 

 ──両親から〝忌避の子〟と()まわれ、姉妹にも存在を知られず、世に存在(・・)隠匿(いんとく)されし魂……だから、何だ?

 

 ──(われ)が求めるは、ただひとつ……。

 

呪后(じゅごう)ぅぅぅーーーーっ!」

 一刀両断(いっとうりょうだん)の気迫に飛翔が迫る!

 

 ──アマい。

 

 両者の距離は回避を開くに充分。

 だから、呪后(じゅごう)は静かに宙を後退に滑り──「?」──影が覆った。

 背後から月明かりが(さえぎ)られた。

 振り向けば退路を絶つ巨漢の姿。

 雄獅子の毛皮を鎧と(まと)った隆々たる筋骨は、二メートル弱はあろうという体躯に月光を背負う。

 獅子頭を兜としていたせいで〈獣人〉にも錯覚してしまうところだが、絞まり無く開いた獣口(じゅうこう)からは人間の口元(くちもと)が覗いていた。

 ()かは判る。

 あの〝ペルセウス〟とかいうヤツ共々、幾度か交えた相手だ。

 名は、確か──。

「よぉ〈呪后(じゅごう)〉!」

 粗暴(そぼう)が加虐心に歯を見せる。

 次の瞬間、両拳固めの肉槌が華奢な女体を殴り落とした!

「フンッ!」

 矢のような落下!

 背後から虚を突いた奇襲に魔術防御を展開出来なかった!

 

 ──小賢(こざか)しい。

 

 撃墜の事後を見下ろす獣頭勇者に、ペルセウスが並び寄る。

「ヘラクレス!」

「よぉ、じいさん(・・・・)。手間取ってるな?」

 フランクな社交辞令は、多少の優越感を帯びていた。

 その光景を仰向け落下に視認し、ようやく呪后(じゅごう)は思い当たる。

 

 ──ああ、確か〝ヘラクレス〟とか言ったな。

 

 ──あの〝ペルセウス〟と並ぶ〈ギリシア英雄〉にして、血筋的には()にも当たるという存在。

 

 ──別段、興味は無い。

 

 そして地平と広がる砂漠は爆噴(ばくふん)津浪(つなみ)に彼女を歓待した。

 四肢は千切れ飛ぶ。

 

 

 

 

 人知超越の戦乱を奏でるギザの砂漠を西に据え、茫洋たるナイル川を両断に挟んだ東地域は平穏が寝息を立てていた。

 無論、首都メンフィスも、そうである。

 さりながら対岸の遠景と視認できる位置に構えた白亜の宮殿では、その天変地異を(うれ)う少女の姿が在った。

「嗚呼、きっとまた〈呪后(じゅごう)〉は猛り狂っているのですね」

 例えようも無い複雑な感情に(さいな)まされる。

 彼女の背後に控える侍女が代弁とばかりに思いを紡いだ。

「ギリシア──()いてはローマや諸々の諸外国軍勢が侵攻して来る(たび)に、あの〈闇の女王(ファラオ)〉は(みずか)ら前線へと(おもむ)き、猛威に(しりぞ)け続けてきました。この上無く頼もしい守人(もりびと)であり、本当にとてつもなく恐ろしい脅威です」

「そうね。そして、哀しい孤独」

 彼女の目には、そう映る。

「哀しい?」

「ええ、とても……」

「あの〈闇の女王(ファラオ)〉に人間的感情などございませんとも。あの覗ける瞳に見られるだけで背筋から凍りつきます。桁外れの呪力(じゅりょく)は絶対的な忠誠を無言に()い、爪先(ほど)も逆らえば、どのように殺される(・・・・)かも分かったものではございません。皆、(くち)にこそ出しませんが、常々(つねづね)恐々としているのです。私達も(たみ)達も……」

「ええ、判っています。彼女が〝忌避されるべき呪われし存在〟という事は……」

 しかし、それでも〈呪后(じゅごう)〉に対する想いは(ぬぐ)えなかった。

 かつて、偶然にも正視に据えた事がある。

 その際に見つめた〈呪后(じゅごう)〉の瞳には一切(いっさい)の曇りが無かった。悪心を感受させる淀みが無かった。

 かと言って、善や慈愛も感じない。

 例えるなら〝無垢〟のような……。

 以来、彼女は何故か〈呪后(じゅごう)〉に憐憫(れんびん)を抱くようになっていた。

「そもそも王権は貴女様(・・・)にこそ〝継承権〟があるのです。それを何処からか現れ、そのまま君臨した……実力行使にて」

「その結果、こうして捕虜(ほりょ)(まが)いの軟禁生活……か。ごめんなさいね? 付き合わせる形になってしまって?」

「い……いえ、そ……そんな(おそ)れ多い……」

「けれど──」心に秘めた(しこり)を穏やかに吐露する。「──〈呪后(じゅごう)〉は、私を殺さなかった(・・・・・・)

「え?」

「王権を完全に掌握したいのならば、私を始め血族総てを根絶やしにするべき──なのに、こうして生かし続けている。軟禁環境とはいえ……ね」

「恩情がある……と申されますか? あの者に?」

 (あるじ)は柔和な苦笑のままに答えない。

冷茶(カルカデ)が飲みたいわ……煎れてくれる?」

「は……はい」

 (いささ)か困惑を置いて侍女は下がった。

 ハイビスカスの亜種〝ローゼル〟を煮出した冷茶である。煎れるに少々手間と時間は掛かるであろう。

 (わず)かな(すき)の静けさに、主人はテラスへと歩み出る。

 仰ぎ眺める星空は澄み渡り、穏やかな呼吸に(またた)いていた。

 茫漠の彼方で繰り広げられている戦乱とは無縁であるかのように……。

 ナイルの流れに隔離された別世界のように……。

「〈呪后(じゅごう)〉……貴女(あなた)は何故戦うのですか? 自国の(たみ)からも(おそ)れ嫌われてまで……この世界(・・)を敵に回してまで…………」

 新月は暗雲のベールに恥じらい隠れ、その向こう側にて黒き月と化ける。

 月?

 黄色く淀んだ単眼を据えたアレ(・・)が?

 喜悦のままに地表の混戦を見下ろすアレ(・・)が?

 雲間が拓けば、それは紛れもない白月であった。

「いま……のは?」

 幻であろうか。

 さりながら、底知れぬ邪悪(・・)を感じた。

 得体知れない不安が拭えない。

 だからこそ、直感は確固と訴えるのだ……現実(・・)と。

 仮に、それが現在(・・)の事象でなくとも……。

「幻視……遥か未来……」

 彼女〝アンケセンパーテン〟は噛み締めるかのように(つぶや)いた。

 先代女王(ファラオ)・ネフェルティティの第三子女にして、エジプト安寧に貢献する運命の娘であった。

 

 

 

 

「ジャジャ・エム・アンク……ジャジャ・エム・アンク……ジャジャ・エム・アンク……ジャジャ・エム・アンク……ジャジャ・エム──」

 一心不乱(いっしんふらん)に唱え続けるスメンクカーラー。

 と、次第に強くなる霊気の潮流を感受した。

「感じる……感じるぞ! この石室内を飛び回っている強力(きょうりょく)な波動! 間違いない! これこそ〈ジャジャ・エム・アンクの(カー)〉! なれば、宿すのみ! ()肉体(アク)を差し出して受肉させるのみ!」

 狂ったかのように名を連呼した!

 確信に酔いしれるまま呼び続けた!

「ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム──」

 嗚呼、いまこそ……いまこそ、ひとつ(・・・)となれるのだ!

 第四王朝に伝説と語り継がれた大魔術師と!

 森羅万象を意のままに操れた超自然存在と!

 それぞ、まさに〈神〉の領域!

 自身の魔術など稚技と霞むであろう!

 狂喜に染まる狂気が、(さら)に語気を強める!

「ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アンク! ジャジャ・エム・アーーーーンクッ!」

 極まりし!

 呼応の大落雷が金字塔(きんじとう)(つらぬ)いた!

 落雷だと?

 この砂嵐が暴れる天候に?

 雷雲など無いというのに? 

 (いな)、違う!

 これは純然たるエネルギーの集束!

 登頂を避雷針として怒号吼える巨光の鎚が叩き落ちる!

 (ほとばし)る光蛇は外壁を滑り落ちて砂漠へと逃げ潜った!

 起点たる瞑想は天からの(ムチ)()ちに苦痛の痙攣(けいれん)を刻むも、はたしてそれは心地好い。

 (おの)が超進化を(うなが)す約束手形なればこそ!

「さあ、甦れ……神話の大魔術師〈ジャジャ・エム・アンク〉よーーーーっ!」

 

 

 

 眼下を警戒する二大英雄。

「……気を抜くなよ、ヘラクレス」

「生きてるってか? あの直撃で?」

「ヤツは〈呪后(・・)〉だ。そう簡単には仕留められん」

 ヘラクレスにしてみれば正直面白くない警告ではある。

 血筋とはいえ共に〈ギリシア英雄〉としての自尊に誇る者達だ。

 内心、牽制(けんせい)は有る──(こと)にヘラクレスの豪胆な性格では。

「ハッ! 言っておくが、俺の怪力は人外の域だ──この装身具として(さば)いた〈ネメアの獅子〉を絞め殺す(ほど)にな。そのパワーを女の身で叩き込まれたら全身砕骨に即死だろうよ」

 わざと仰々しく(おの)が武勇を誇示してやった。

 彼が制覇した〈十二の難事〉はギリシア神話史上最大の試練と名高い。

 どうだ思い知ったか──そう慢心するもペルセウスは乗ってこない。

 あくまでも沈着な観察を砂の海原へ投げ続けるだけ。

 愚直な短絡者といえど、さすがに(いぶか)しんだ。

 自然と目線を追い、黙視に鎮まる。

「……あるんだよ」

 ややあって、ペルセウスは静かな抑揚に紡ぎだした。

「あ? 何がだ?」

「過去の交戦──数十年前、ヤツを袈裟懸けに斬り捨てた……()(ぷた)つにな」

「何だって?」

死んだ(・・・)んだよ……確かにな。しかし、こうして生きていた(・・・・・)

「不死身……か?」

「解らん。だが、これ(・・)現実(・・)だ。だからこそ、油断はならん。今度は、首をはねる瞬間まで」

 重い沈黙に投げられる視線を、黄色(おうしょく)のビロードが吸い込む。

 静寂──。

 沈黙──。

 はたして今回こそ〈呪后(じゅごう)〉を討つ事が叶ったか──ペルセウスがそう思った瞬間、大気が呪詛(じゅそ)に激しく揺れた!

 世界が振動に大きく(うめ)いた!

「な……何だ? これは、まさか〈呪后(じゅごう)〉が?」

「ペルセウス! あれを見てみろ!」

 ヘラクレスの指示を追う!

 その光景に、さしもの勇者達でさえ言葉を失った!

 ピラミッドが輝いているではないか!

 石材建築の墓標が!

 全高約一五〇メートルもの巨影が青白い発光に包まれる様は、まさに圧巻と呼ぶしかない!

呪后(じゅごう)か!」

「解らん! だが、油断するなよ! ヘラクレス! これは只事(ただごと)ではないぞ!」

 両雄は武器を身構えた滞空に警戒を張り詰める!

 正体不明の発光は地表の陽たる眩さと月光の(ごと)き沈静を緩やかに呼吸していた。

 ペルセウスは感じる──光が鎮まるタイミングに合わせて一帯(いったい)()が吸収されていっている事を!

 それは〈霊気〉とも呼ぶべきものであろうか。

 肌寒い流動が背後から追い抜いていく。

 やがて、登頂に人影が現れた。

 黒き獣の仮面師だ。

 寛容に両腕を広げる姿は自身の慢心を実力の裏打ちと捉えている証か。

 いや、それはいい。

 だがしかし、あの全身を(つつ)む光は──このピラミッドと同調(シンクロ)しているかのような蛍光の呼吸は──そういう事(・・・・・)なのだろう!

「コイツが要因(・・)……か」

 察するペルセウス。

 その呟きを拾えなかったのか、ヘラクレスは挑発的な威圧に()い掛けた。

「おい、誰だオマエ? 奇妙な仮面なんざ着けやがって!」

()せ、ヘラクレス!」

 ペルセウスが制止するも一瞥(いちべつ)だけで無視を決め込む。

大方(おおかた)、エジプト軍勢の魔術師辺りだろうがよ? 今頃ヒョコヒョコ出て来ても遅ぇんだよ! オマエが臆病風に()(こも)っている間に、頼りの綱だった一騎当千〈呪后(じゅごう)〉は御陀仏だ!」

()せと言っている! ヘラクレス!」

 思慮が狭隘(きょうあい)過ぎる。

 相手の不穏さを嗅ぎ取れぬというのか?

 この得体の知れぬ不気味さを?

 それこそ〈呪后(じゅごう)〉に比毛を取らぬ()を……。

「クックックッ……」ややあって、仮面師は肩を揺らした。「そうか……呪后(じゅごう)死んだ(・・・)か」

「おうよ! このヘラクレス様の手に掛かりゃあ、一溜(ひとたま)まりも()ぇ!」

 ペルセウスが感じる違和感!

 何故だ?

 ()を笑っている?

 自分達の女王(ファラオ)が倒されたというのに?

「まぁ、いい。所詮(しょせん)は、()が儀式の時間稼ぎ……存分に役立ってくれた」

「ッ!」

 本性を見極めた!

 卒爾(そつじ)、ペルセウスの臨戦意思に火が()く!

 コイツ(・・・)排斥悪(・・・)だ!

 狡猾なる策謀者だ!

 あの〈呪后(じゅごう)〉すらも私欲達成に利用していたのであろう!

 忠臣を装いながらも!

「キサマ、何者だ! 目的(・・)は何だ!」

 ペルセウスの気迫に、対極的な静けさで答える。

「……(ちから)

「何?」

「絶大なる(ちから)を手に入れ、このエジプトを……いや、全世界を支配する。それこそが〈()〉たる(われ)の使命」

(おご)るか! 人の身で在りながら(みずか)らを〈()〉などと!」

「神なんだよ……勇者ペルセウス! (すで)に儀式を終えた()が身は!」

「儀式……だと?」

「貴様には……いや、貴様達(・・・)には分かると思ったがな。主神〈ゼウス〉を父としたが(ゆえ)に、その身に〈神〉の血を授かった貴様達には……な」

「同視に据えるな! 邪心の欺瞞(ぎまん)(ごと)きが!」

 吼えながらも、ペルセウスは()れた……仕掛ける(・・・・)瞬間(タイミング)を。

(相当な自信……手の内は解らんが、それだけの裏打ちを確信しているのだろう。迂闊(うかつ)には飛び込めんな)

 懸念(けねん)が警戒心と化して張り詰める──と、彼の脇から力強(ちからづよ)く跳ぶ黒影!

「御託はいいってんだ!」

「ヘラクレス?」

 驚く隙も有らばこそ、蛮勇は敵の間合いへと飛び込んでいた!

「ォラアッ!」

 渾身に振り下ろされる棍棒!

 仮面頭を西瓜(スイカ)と叩き潰す!

「ヘッ……ウダウダとくっちゃべって(・・・・・・・)いるからだ! 戦場をナメてんじゃねえぞ!」

 優越めいて歯を見せる喜悦。

 確実に殺した!

 肉塊(にくかい)の圧を手応(てごた)えた!

 が、その余韻を噛み締めた直後──「なっ?」──獲物の体が砂柱と崩れ消えた!

「バ……馬鹿な? 確かに!」

「確かに……何だ?」

 ゾッと慄然した!

 背後からの(ささや)きに!

 深淵からのような重暗い声音に!

「クッ!」

 振り返り様の棍棒一凪(ひとな)ぎ!

 固まるほど愚かではない!

 隙を与えてやるような狭心者ではない!

 俺は〈勇者〉だ!

 野太い棍が仮面頭を潰し飛ばす!

 しかし、またも砂塊と崩れ散る!

「クソ! 魔術師が!」

「此処だ……此処にいるぞ?」

「ッ!」

 右方向の宙に浮いていた!

 いや、違う!

「此処だ」

 背後!

「何処を見ている?」

 左側での浮遊!

 気付けば前後左右から仮面師に包囲されていた!

「クソッタレ!」

「「「「ハハハハハハ……アハハハハハハ……」」」」

 嘲笑のハーモニー!

 戦慄が狭まって来る!

 絶体絶命の瞬間!

「ハァァァーーーーッ!」

 飛び込んで来たペルセウスが振るう黄金の一閃!

 攻撃対象とされた一体(いったい)は、咄嗟(とっさ)の跳躍に距離を開いた!

 滞空の着地と同時に分身が消えていく……。

「何故、看破できた? 勇者ペルセウス?」

()が黄金盾は〈女神アテナ〉より授けられし聖なる盾! 鏡面と写し出すに〈魔力〉の(たぐい)は通じん!」

「なるほど……な。かつて〈蛇妖メデューサ〉の〝見た者を石化する魔力〟を無効とした鏡盾(きょうじゅん)──幻惑術程度は無効化するに容易いか」

 納得と同時に、スメンクカーラーは思い当たる。

 この〈ペルセウス〉と〈ヘラクレス〉の性質差を……。

(確かにヘラクレスが消化した〈十二の難事〉は、ギリシア神話最大の試練として名高い。しかし、相手の多くは強靭な身体能力に依存した敵──つまりは〝ストロングスタイル〟であった。対して、ペルセウスは違う。先の〈蛇妖メデューサ〉を始めとして、その姉妹たる〈ゴルゴン〉(ある)いは〈大海獣クラーケン〉〈妖婆グライアイ三姉妹〉と、実に〈妖魔〉と呼ぶに相応(ふさわ)しい怪物達を相手取ってきた。同じ〈勇者〉といえど、その性質は全然異なる)

 ともすれば、彼に〈ギリシア勇軍司令官〉が任されたのは、至極、利に叶った人選だ。

 名声的には〈ヘラクレス〉の方が勝っているというのに……。

(いささ)か厄介な相手だな、貴様は」

「邪心の下僕(しもべ)よ! 貴様の野望は実現前に(つい)える!」

「どうかな?」

 不敵を返した仮面魔術師は、クンッと二指(にし)を天へ突き刺した!

 低く鳴動する大気!

 突如として暴風が荒れ狂い、地表の砂を巻き込み育つ!

 砂嵐!

 それも大規模な砂の竜舞である!

 根本(ねもと)で潰しあう無感情な雑兵達も、敵味方問わずの無差別に吸い上げられた!

 重い風圧は文字通り五体を粉砕し、(にえ)とばかりに人形を()(さば)く!

 一瞬にして両軍共々、壊滅に散らされた!

 生き残ったのは、一騎当千たる存在のみ!

「グゥ!」

 (かろ)うじて滞空を踏み堪えるペルセウスであったが、如何(いか)に〈金翼靴タラリア〉といえど、どこまで抗えるかは定かにない!

 防御硬直の中で盗み見れば、ヘラクレスはピラミッド登頂で平伏にしがみついていた。

 彼の屈強な肉体を(もっ)てしても、それだけで精一杯なのだろう。

 忌々しい術師の方は、(あたか)も流水を浴びるかのような涼やかさに浮かんでいる。

「ハハハハハハハ……アハハハハハハ!」

「クッ……何を笑っている! 自軍まで巻き添えにしながら、貴様は何を笑っていられる!」

「自軍?」向けられた指摘に、冷淡な蔑視(べっし)が返す。「フッ、関係無い」

「何?」

(われ)にとって、エジプトは野望実行の起点に過ぎぬ。戦局の勝利を得られるならば、何を躊躇(ちゅうちょ)する必要がある? 兵など所詮(しょせん)消耗品(・・・)──足りなくなれば、制圧地より補填すればいいだけの事」

「愛国心は……祖国への大義は無いのか!」

「無いな」

「貴様は()(ため)に戦禍を広げようと!」

「言ったはずだが? (おのれ)を〈神〉として、全世界を支配する──と」

 ドス黒い。

 唾棄(だき)すべきドス黒さだ。

 ペルセウスとて〈戦争〉を美化する気は無い。

 どう飾り立てようが、それは侵略行為に他ならない。

 しかし、だからこそ崇高な大義(・・)は必要となる。

 正当化のみの問題ではない。

 それ(・・)は同時に、無意識的な自戒と課せられるからだ。

 異様な虐殺環境に()いて、ともすれば倒錯に溺れて殺戮者へと(おちい)らん異常に()いて、人間性の想起(そうき)と機能するからだ。

 その誇りこそは、寸での局面で歯止めとなるからだ。

 が、この魔術師には、それ(・・)すらも無い。

 有るのは私利私欲(エゴイズム)だけだ。

呪后(じゅごう)以下だな……貴様は!」

「あんな〈呪い(・・)〉と一緒にするな」

 右掌を(かざ)し向ける魔術師!

「フンッ!」

 水平に生じる落雷!

「グアァァァーーーーッ!」

 ペルセウスの全身を毒牙が駆け巡る!

 暴風の枷に身動きを封じられた現状では、回避も試みれぬままに直撃を浴びるしかなかった!

「先刻、私が何者か()いていたな……」

「グゥゥゥウ!」

()が名は、魔術師スメンクカーラー……そして現在(いま)こそは、伝説の超常(ちょうじょう)存在〈ジャジャ・エム・アンク〉(なり)

「ハァ……ハァ……」

「ほう? さすがに〈神話勇者〉だな……しぶとい」

 (こら)え抜いた無様さを優越に眺め、仮面の魔術師は(あざけ)る。

「き……貴様に一太刀(ひとたち)も浴びせぬままに……ッ!」

「満身創痍のクセに、よくもほざける。いや、此処は『さすがは勇者』と感嘆してやるべきか? あのダメージながらも、この暴風下で滞空しているのだから……。仮に、オリンポス神の庇護を授かっているとしても……な」

 邪笑を歪めた。

「では、これならどうだ?」

 大仰な仕草で振り狂わせる左腕!

 呼応に立ち込める霊気!

 暗く淀んだ滞留は不可視ながらも黒い濃度を感受させた!

 その違和は体感としてペルセウスを困惑させる!

「こ……これは?」

 ガシリと右腕を捕まれた!

「な……何!」

 驚愕に見れば、淡い人型を刻む灰色の気体!

 死霊であった!

 黄金剣を構えた腕が万力(まんりき)の捕縛に封じられる!

 (いな)、右腕だけでは収まらぬ!

 左腕に! 右脚に! 左脚に! 腰に! 肩に!

 次々と死霊が(たか)り固める!

「ぅおおおーーーーっ?」

 戦慄!

 ()しもの勇者も背筋を凍らせる冥界の(くさび)

「クックックッ……動けまい? ()してや、この砂嵐の中だ。加えて、先のダメージを負った疲労(ひろう)では……な」

 死霊達が(ちから)を込め始める!

 ペルセウスの五体を引き千切らんと!

「グアァァァーーーーッ!」

 筋肉に食い込む実態無き爪!

 四肢がミシミシと軋みを上げ始めた!

「散れ! 勇者よ! 肉の花と赤を咲かせよ!」

 ペルセウスが抵抗とする(りき)みも限界を迎えたか──そう思えた瞬間(とき)

()きやがれぇぇぇーーーーッ!」

 突如として下方から迫る怒号!

 察知したスメンクカーラーは後退滑りに回避する!

 ピラミッド登頂からの奇襲特攻であった!

「チィ……ヘラクレスか」

 邪魔立てに処刑術が()けた。

 幻影と霧散する死霊達。

「おい、大丈夫か! じいさん!」

「ハァ……ハァ……済まない」

呪后(じゅごう)を葬ったと思ったら……トンでもねぇ毒蛇が隠れていやがったな」

「ああ。そして、決して看過してはならぬ()だ!」

「で、どうするよ?」

「裁くさ……それが〈勇者〉の本分だ!」

「ヘッ……違いねぇ」

 再び並び立つ両雄!

 互いに武器を構えて邪悪を睨み据える!

「ギリシア二大(にだい)英雄か。同時に相手取るのは厄介だが……葬れれば得られる戦果は大きい」

「ハッ! 俺達二人(ふたり)を相手にして勝てる気(・・・・)でいるのか? たいした自信だな?」

勝つ(・・)のさ。何故なら、(われ)こそは〈ジャジャ・エム・アンク〉だ」

 牽制の緊迫を砂塵の吹雪が(はや)す。

 触発を(はら)む反目。

 ()れる。

 その時、均衡をブチ壊す爆噴が生じた!

 天へと(つな)がらんと伸びる砂の柱!

 それは巨大な右腕と形を()し、暴れ狂う砂嵐を拳に貫き散らした!

 比喩ではない!

 文字通り、砂の巨腕(・・・・)であった!

「こ……これは? まさか?」

 凶を予感するペルセウス!

「……呪后(じゅごう)!」

 確信を(いだ)くスメンクカーラー!

 敵味方が垣根を越えて不安を共有した!

 ややあって、今度は左腕(・・)が隆起に(そび)える!

 高々と掲げられた掌上を舞台に立つ女影!

 それこそは、まさしく彼等が畏れる(あや)し!

 流れる肢体は怪我ひとつ負っていない!

 四肢が千切れ弾けた痕跡すら無い!

 怪力無双のヘラクレスが渾身に叩き落としたというのに!

 醒めた眼差(まなざ)しは戦況を一望に流し、そして、標的へと注視を定めた。

 (すなわ)ち、仮面魔術師に!

 

 ──此処に来て、ようやく尻尾(・・)を出したか……スメンクカーラーよ。

 

 闇深い瞳が映す意思に、スメンクカーラーは歯噛みを(にら)み返した。

「チィ、()が最大の誤算〈呪后(じゅごう)〉──突如として表舞台に現れ、強大無比な呪力(じゅりょく)で王権を強奪せし者!」

 頬を伝う焦燥。

 一番(いちばん)相手取りたくない相手であった。

 だからこそ、ギリシア勇者に始末を負わせたというのに!

 

 ──喜ばしい。

 

 ──実に喜ばしい。

 

 ──この者の野心は判っていた。

 

 ──この者の本性は見透かしていた。

 

 ──これで遠慮なく貴様を屠れる(・・・)

 

 ──謀反者よ。

 

「退けるか……ここまで来て! 歴代(ファラオ)に忠臣と尽くしてきたのも、確実に発言力(はつげんりょく)掌握(しょうあく)する(ため)! 行く行くは(おのれ)(ファラオ)と君臨する(ため)! 総ては、この瞬間の為(・・・・・・)だ!」

 

 ──王位に就くべきは、貴様(・・)ではない。

 

 ──玉座に就くべきは、貴様(・・)ではない。

 

「侮るな! 呪后(じゅごう)よ! 現在の(われ)は、もはや〝スメンクカーラー〟に(あら)ず! (われ)こそは〈ジャジャ・エム・アンク〉(なり)!」

 覚悟を定めた仮面術師は最大級の魔術を行使した!

 内在する総てを注いで!

「天よ嘆け! 地を(えぐ)れ! 川よ枯れよ! ()が障害を燃やし尽くせ!」

 吼える邪念に解放する呪力(じゅりょく)

 その物々しい鬼気は、勇者達にも違和感を(いだ)かせるものであった。

 怨敵への激しい呪怨にも見え……。

 憐れな窮鼠(きゅうそ)足掻(あが)きにも見え……。

「どうしたってんだ? アイツ、さっきまでと違うぞ?」

「……脅えている(・・・・・)

「何?」

「脅えているんだよ……〈呪后(じゅごう)〉に!」

 足りぬ(・・・)

 これだけでは足りぬ(・・・・・・・・・)

 呼び込め!

 呼び込め呼び込め呼び込め!

 可能な限り森羅万象を!

 それほどの敵(・・・・・・)だ!

 それほどの驚異(・・・・・・・)だ!

 眼前の〈勇者〉など比べるに値せぬほどに!

 呼応にピラミッドが発光を帯び始めた!

 大宇宙のエネルギーを集束供給せんと!

大流星雨(ハガル・マタル)!」

 (ほむら)と解放された呪力(じゅりょく)が赤光と柱立ち、天空に深淵(しんえん)虚穴(きょけつ)を開いた!

 (あぎと)から姿を現したのは、とてつもなく巨大な岩石!

 灼熱を帯びた巨岩!

 隕石であった!

 ゆっくりと降下して来る神の巨拳であった!

 狂気の制裁を前に、神話の勇者も血の気が引く!

「じょ……冗談じゃねえぞ! あんなモンが落下してきたら!」

「この地ごと……総てを葬ろうと言うのか! 呪后(じゅごう)一人(ひとり)(ため)に!」

「ハハハハハハハハ! アハハハハハハハハ!」

 狂気が高笑う!

 勝利の確約に!

 天空から迫り来る鉄槌(てっつい)

 その圧迫を涼しく仰ぎ、呪后(じゅごう)は思考を巡らせる。

 

 ──ジャジャ・エム・アンク。

 

 ──エジプト第四王朝に語り継がれる伝説の大魔術師。

 

 ──その呪力(ちから)、天を降らすと()う。

 

 ──その呪力(ちから)大河(ナイル)を割ると()う。

 

 ──だから、何だ?

 

 ──(われ)こそは〈呪后(じゅごう)(なり)

 

 錫杖を頭上にて円舞させると、その軌跡は光の魔方陣と虚空に刻まれる!

 単眼を核とした異様の円陣と!

 見開かれた瞳孔へと右掌を()(かざ)す!

 それを門として潜る禁忌の呪力(じゅりょく)は数十倍ものエネルギーに増幅され、遥か高空で同型の光彩陣と描かれた!

 巨大だ!

 迫り来る脅威と同等に!

 夜空に据えられた単眼魔方陣は呪力(じゅりょく)障壁と化し、天界と下界を二分(にぶん)(さえぎ)った!

「何……だと?」

 驚愕に固まるスメンクカーラー!

 (しん)(がた)い!

 とてもではないが(しん)(がた)顛末(てんまつ)であった!

 呪后(じゅごう)呪力顕現(じゅりょくけんげん)たる光眼は、接触のままに降下天体を呑み込んでいくではないか!

 メリメリと別空間へと流されていく隕石!

 果たして行き着くは虚無の胃袋か!

 巨眼の加護下に在る世界は、そのまま何事にも侵されはしない!

 (あたか)も不可侵結界の(ごと)く……。

「嘘……だ……嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ! 嘘だーーーーっ!」

 仮面術師が現実拒否を叫ぶも、それが何になろう?

 (くつがえ)りはしない。

 この〈呪后(じゅごう)〉は……呪われし〈闇の女王(ファラオ)〉は、()の〈ジャジャ・エム・アンク〉すらも凌駕する超常(ちょうじょう)であった!

 ()くして、一世(いっせい)一代(いちだい)の造反劇は水泡に()す。

 圧倒的な底値差、そして呪力(じゅりょく)減少の疲弊は、スメンクカーラーに有無を言わさぬ絶望を観念させた。

 

 ──さあ、それでは処罰を授けようか……謀反者よ。

 

 冷ややかな宣告を向ける眼差(まなざ)し。

 と──「……フ……フフフフフ……アハハハハハハッ!」──突然に笑いだす仮面!

「何だ? さては発狂したか?」

 狂乱染みた様を見て、ヘラクレスは短絡に憶測した。

 が、ペルセウスは違和感を感じる!

 確信は無い……が、何故か胸中に予感(・・)が警鐘を奏でていた!

「何を笑っている? スメンクカーラーめ!」

 ゆらりと虚脱に体勢を立て直すと、仮面魔術師は怨敵へ笑んだ。

「クックックッ……認めよう、呪后(じゅごう)。貴様はエジプト魔術史上最大の魔性だ。(さなが)ら〈女神イシス〉の降臨の(ごと)く……」

「…………」

「だが! 今回の敗因は、()が転生術が不完全だったが(ゆえ)よ! 術が完全なれば……そして、()肉体(アク)と〈ジャジャ・エム・アンク〉の(カー)に馴染む時間があれば、貴様とて下せたはずなのだ!」

「…………」

「フッ……とはいえ、今生(こんじょう)()けを認めよう……そう、今生は(・・・)!」

「!」

 呪后(じゅごう)は……そして、ペルセウスは悟った!

 一転に覗かせた鬼気!

 それは最期の覚悟を源泉とした報復の牙!

(われ)は必ずや甦る! 後世にて〈ジャジャ・エム・アンク〉として完成(・・)する! それまでの泡沫(うたかた)を平和と()かるがいい! アハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハ!」

 自身の内から光を解き放つスメンクカーラー!

 禍々しい白は膨張に育ち、緊迫した戦慄を()いた!

 内在する全呪力(じゅりょく)を──生命力を──宿した〈ジャジャ・エム・アンク〉の(カー)すらも──その総てを還元したエネルギー暴発であった!

「アハハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハ!」

「あのヤロウ、自爆する気か!」

「総てを道連れにしようというのか! エジプトを……罪無き(たみ)までも!」

 戦慄に呑まれながらも、両勇者に()(すべ)は無い!

 自分達は、あくまでも〈勇者〉──人知超越せし者ではあれど〈神〉ではないのだ!

 対して、呪后(じゅごう)眼差(まなざ)しは臆する様子も無く……。

 

 ──(われ)を史実から消すか、(おのれ)ごと。

 

 眼前に単眼魔方陣を刻み生んだ。

 

 ──()かろう。付き合ってやる。

 

 (かざ)す右掌。

 

 ──だが、それだけ(・・・・)だ。

 

 腕をゆるりと頭上へ運ぶと、不可視の掌握に連動して魔方陣が運ばれる。

 

 ──……やらぬ(・・・)

 

 ──我が世界までは(・・・・・・・)

 

 込める(・・・)

 (おのれ)に潜在させていた呪力(じゅりょく)を!

 喰らう単眼陣が瞬時に拡張した!

 戦場一帯(いったい)を覆う(ほど)に!

「アハハハハハハ! さあ、共に()こうぞ……異能者(・・・)共!」

 正気を欠いた暴走が(はじ)ける!

 白の怒濤(どとう)が広がり、総てを飽食に呑む!

「退くぞ! ヘラクレス!」

「ダメだ! 間に合わねぇ!」

「ぅおおおーーーーっ?」

「クソッタレがーーーーーっ!」

 

 ──(われ)は不滅(なり)

 

 ──(われ)那由多(なゆた)(なり)

 

 ──(われ)は……呪后(じゅごう)(なり)

 

 生まれる白夜が万象を染め尽くした。

 死者の谷一帯(いったい)の存在を……。

 単眼の魔方陣は破滅の光を包み囲い、歴史の闇と隔離する。

 残されしは巨大な墓標と砂の海原……。

 世は何事も無いままに……。

 ティーポットに浮かぶローゼルの花弁が微震に揺れ騒いだ。

 ただ、それだけの事である。

「……呪后(じゅごう)?」

 

 

 

 ()少年王(ファラオ)〝ツタンカーメン〟が栄華を誇るのは、この魔戦より数年後の事であった。

 晴れて正妃と嫁いだアンケセンパーテンは〝アンケセナーメン〟と(レン)を改め、相思相愛に幸福を(あゆ)んだとされる。

 

 

 そして、超常(ちょうじょう)たる存在は、黒歴史として隠蔽(いんぺい)された……。

 人知れぬ歴史の仇花と……。

 

 

 少なくとも西暦一九九九年七の月までは……。

 

 

 

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