北側に配置されているのは〈王の間〉しかない。
そうともなれば、次なる探索対象は必然的に
だからこそ、ヴァレリア
元々が全員〈エジプト神信仰者〉ではない。
ともすれば畏敬に義理立てる必要も無かった。
「こりゃまた豪勢な事で……さすがは〈玄室〉ってトコか」
内装のきらびやかさに
これまでと変わらぬ石材建築とはいえ、所々に黄金装飾が
「あれ?」
「何だ? クリス?」
「いや、同じ〈玄室〉とはいえ、この間の〈アンケセナーメンの王墓〉とは雲泥差じゃねえか? アッチは、もっとこう……質素というか……殺風景というか……あからさまに違う気が……」
「そこが〈王位〉との絶対的な差だよ。何だかんだ言っても〝ツタンカーメン〟は〈
「そんなモンかねぇ?」
「そんなモンだ」
時として
「さて、んじゃ始めるか」
一転に気持ちを引き締めた。
見据える眼前──部屋中央には石柩が鎮座する。
言うまでもなく〈ツタンカーメンの柩〉だ。
もっとも中身は、とうに運び出されているだろう。
「とりあえずコレか?」と、クリスが石柩を開けた。
入庫構造。
中には、もう
開ける。
予想通り
「とりあえず目ぼしい物も無いな? きれいさっぱり持ち出されていやがる」
「だろうさ。そこには期待してねぇよ」と、ヴァレリアは無関心に辺りを物色しだした。
東側に
「宝物庫……かねぇ?」
気負わずに入ると、そのままフラフラと内部探索。
とはいえ、コチラも
在るのは御馴染みの無愛想を彩った石壁と、冷涼を帯びる閑寂だけだ。
「エレンの話じゃ、あの
入室数分で自己納得。
と、西側を探っていたイムリスが声を張った。
「ヴァレリア! こちらを!」
迅速に駆けつける。
「どうした?」
「隠し扉のようです」
「……へぇ?」
石壁の一部が引戸構造になっていた。
迷いもせずに開ければ、そこには少しばかり下段に構えた部屋が広がる。
「
確信をすればこそ、ヴァレリアは物怖じもせずに室内へと足を踏み入れた。
そのまま臆する事も無く中央へと進み、堂々と室内を展望する。
「当然ながら室内は
所狭しと宝物が置かれていた事は想像に難くないが、それらが無ければただ薄汚れただけの石部屋に過ぎない。
「この部屋で
何か
乾いた壁面に手を当てて歩き、触感に凹凸を捉えようとする。積もる砂埃が視認の邪魔ならば吹き払う。
そうした根気のいる作業を
角石のひとつである。
「何だ?」
違和感に呼ばれるままの注視。
特に触感が訴えたワケではないが、
念入りに砂を払えば、はたして、そこには刻まれていた。
積年の風化に薄くはなっていたが、確かに碑文を刻み示していた。
しかし、この小ささでは調査隊が見落としても無理からぬ。能動的意識に探して、やっと……だ。
「……ビンゴ」
内ポケットの〈羽根〉が輝きを帯びていた事を、ヴァレリア・アルターナが知る
ヴァレリアによって集合を掛けられた
「やはりあったぜ。
「ホントか!」
「ああ。コイツを見てみろ」と、発見した壁面を親指差しに解析を教示し始める。「此処に刻まれた碑文によると──」
「ちょっ……ちょっと待って下さい、ヴァレリア?
「……え?」奇妙な返しに面喰らう。「何処って、
「ありませんが?」
「ハ……ハハハ……オマエでも冗談を言うんだな? イムリス?」
「いいえ、冗談ではありませんが?」
(どういう事だ? 碑文は確かに刻まれている……なのに、
連鎖的に〈
(……
そうとしか考えられない!
この
(
おぞましい忌避感が生まれる!
手放したいほどの衝動に襲われる!
そして、不可解な疑念が芽生える!
あの時、本当に
本当に
もしも……もしも、
粘りつくような黒い
「ま、オマエが
「クリス?」
「オマエが導き、俺はついていく──いつも、そうだろ?」
「……けど」
「
「…………」
「だろ?」
楽観に見せる白い歯。
とことん無責任だ。
だけど、
今回だけではない。
これまでも……。
「まったく……この脳筋」
考えなしの馬鹿──。
救いようのない粗野粗暴──。
いつでも不意に支えてくれる相棒────。
いつしか
「で?
「あ……ああ」気持ち
「
「ああ。それも尋常もないレベルでな。そうともなれば、エレンの件も納得に足る」
「しかし、あの〈王家の呪い〉ですら
レトロな都市伝説を引き合いに出され、うら若き考古学者は苦笑を
「確かに、あの有名な〈王家の呪い〉はガセだ。諸説あるが、
「でしたら……」
ヴァレリアの抑揚が
「だが、ガセが立証されたのは〈王家の呪い〉だ。つまり〈呪い〉そのものの実在否定にはならない」
「それは……確かに、そうですが」
「続ける。で、この〈
「という事は、アクエンアテン王権の直後に?」
「いいや。どうやら、その後……つまりネフェルティティ王権直後らしい」
「ツタンカーメン王権とネフェルティティ王権の間に……ですか。でしたら、相当に短い」
「だな。だから、歴史に埋もれる」
確信を得た満足感が
と、寄り道には飽きたとばかりにクリスが
「それはいいとしてよぉ? 肝心の〝
「……此処」
「は?」
「この〈ツタンカーメンの王墓〉だ。此処の何処かに〈
「どうして言える?」
「書いてある」
「碑文に?」
「ああ。どうやらネフェルティティの遺言……そして、妻であるアンケセナーメンの意向らしい」
「母親と愛妻の? 何で?」
「さぁ? そこまでは刻まれていない。少なくとも世代を越えた二大王妃──それも強き縁者──の意向から、ツタンカーメンも呑むしかなかったようだな。ついでに言えば、周囲は反対意見に染まっていた──エジプト史上最大の忌避対象なんだから当然だが。それを押し切る形で内密に葬られたらしい。つまりは〝密葬〟だ」
流れを聞いていたイムリスは「ふむ?」と
「ヴァレリア? もしかして、それが〈隠し部屋〉に刻まれていたというのは……」
「……かもな。もしかしたら〝
しかし、そうだとしても腑に落ちない要素がある。
だから、今度はヴァレリアが「ふむ?」と黙考を刻んだ。
悪癖の思索が巡る。
そして、結論が弾き出された。
「……まだ在るな」
「何がです?」
「この王墓の何処かに
「はぁ? また隠し部屋ってか? 」
「
「部屋の数自体がカモフラージュってか?」
「ああ」
「しかし、ヴァレリア? 根拠は?」
「肝心の
「何らかの事情で〈ミイラ〉として保存できなかったのでは? 遺体の損傷過多や損失など……そうした遺体無き埋葬も見つかっています」
「確かに在るには在る。それに、さっきも言ったが……そもそも〝再生を望まれぬ忌避対象〟だ。
「でしたら……」
「けれど、それなら何故〝密葬の真実〟が碑文に刻まれている?
「成程」
「ともかく壁を中心として、もっと念入りに──」
今後の指針を指揮していたヴァレリアであったが、
気配だ!
気配を感じた!
鈍重な気配を!
そして、
「……ォォォオオ!」
重く軋む警告の声!
哀願にも呪詛にも聞こえる苦悶!
近い!
声音の鮮明さが物語る!
即座に臨戦体勢に身構えるヴァレリア達!
「まさか?」
嫌な予感と共に、声の出所へと駆け戻った!
玄室だ!
〈王の間〉だ!
索敵を要する事も無かった!
居たのだ!
すぐ
「冗談じゃねえぞ」
その正体を見極めるなり、クリスが皆の心境を代弁した!
ミイラ男である!
いつの間にやら玄室に出現していたのだ!
北側の石壁を背に!
「コイツ何処から? 神出鬼没が特性の
予期せぬ遭遇に戦慄を咬むヴァレリア!
(異常過ぎる! この王墓へ潜入してから
さすがのヴァレリアも、こんな事象は初めてであった!
(やっぱり呼んでいるのか?
密かに
「クリス! 酒を!」
「分かってる!」
抗戦の作戦指示を受け、南側の
が──「嘘……だろ?」──クリスとヴァレリアは、改めて見据えた敵の姿に戦慄を
この間、
不埒な墓荒しを
「冗談じゃねぇぞ!
忌々しく歯噛みするヴァレリア!
確かに〝燃やす〟という有効策は得たものの、それだけで排斥できるほど楽な相手ではない!
「酒なら有るぞ!
クリスが
「ヴァレリア! アレを!」
警鐘に注視を戻す!
ほんの
「コ……コイツ等? 何処から!」
焦燥を咬むヴァレリア!
「……ォォォオオ」「……ゥァァアア」「……フォゴォォオオ」
呪怪は唸りに語らない。
重い
頬を汗が伝い、渇きを生唾が
下手な
有効策を探して目を滑らせる。
「
確信の無い直感が安全策を掴んだ!
はたして、
「……ゥァァアア」
障害物越しに威嚇を唸るも、呪怪達は襲撃行動を起こさない。
いや、
(コイツ等の鈍重さからして石棺は乗り越えて来ねぇ……いや、と言うよりは、死して
「……ォォォオオ」
(なまじい
怪物共の視線は矢面のヴァレリアへと注がれていた。
チームリーダーと認識したか。
(どちらにせよ乗り越えられないとなれば当然回り込みだ。厄介なのは単体じゃなく複数って点。仮に回り込んで応戦するにしても、左右に分かれられては挟み撃ちの図式になっちまう。相手は〈怪物〉……人間
(まるで強固なバリケードだな……背後の壁すら
と、
(……
可能性が見えた!
「背後だ! コイツら、背後の
「背後? じゃあ、立体映像みたいに〝壁の向こう側〟が在るってか?」
「ああ、おそらく!」
「ですが、ヴァレリア! コレを、どうするのです!」
「クッ!」
現実的な難関を前に
(確かに……例の『酒浴びせ』にしても、はたして劣勢必至の乱戦状況がさせてくれるかどうか)
黙考を巡らせる中、共に
「おい、ヴァレリア……確かに在るんだな? あの壁の向こう側が?」
「……ああ、ソイツは間違いないはずだ」
「だったら話は早い!」
「オラァ!」
慣性を加味したソバット!
着地の間も刻まずに、背後の
「……ォォォオオ」「……ゥァァアア」
標的をクリスへと推移した!
「クリス! いま援護する!」
「構うな! 先に行け!」
戸惑う相棒に
鈍重な
それは無謀であり勇気でもあった。
「まごまごすんな! さっさと行け!」
「馬鹿野郎! 死ぬ気か!」
「死なねぇ! 俺を誰だと思ってる!」
「無茶過ぎる!」
「妹を救いてぇんだろ!」
止まる思考!
突きつけられる選択肢は、ヴァレリアに酷な決断を
こうしている間にも
「だけど、アタシは……アタシは……」
脳裏から離れない──「おねえたん」「おねえたん」と付きまとう無垢が──泣き虫が──離れなかった。
「アタシは……」
残酷な天秤である。
だから、豪快な明るさが歯を見せる。
彼女の動揺を見透かしたかのように……。
「心配なんざ百年早ぇよ……俺を
「……何でだよ」
「ああ?」
応じる間にも
「何でだよ! 何でアタシなんかに、そこまでする! まだ
「そんなの決まってンだろ」
ラリアートで転倒させた!
「
向けられる真顔には毒気も茶化しも
正視の
柄ではない。共に。
「また後で会おうぜ……じゃじゃ馬」
「ああ、そうだな……
そして、ヴァレリアは駆け出した!
氷殻に綴じ込めた想いを呑み込み!
もう後戻りは出来ない!
もはや、そんな域ではない!
決断したからには!
「イムリス! 続け!」
「え? あ、は……はい!」
動揺を染めるイムリスを意気に先導し、ヴァレリアは〈ツタンカーメンの棺〉へと飛び乗った!
陽動を
「……ォォォオオ」
だが、そこまでだ!
眼前にいる獲物に対して手を出そうとするも、特定の範囲には指一本として踏み込めずに
(やっぱりな! エジプト神の支配下に在る〈ミイラ男〉は
「……ォォォオオオオオ!」
忌々しそうに悶える呪怨!
「余所見してんじゃねえ!」
後頭部を派手にハンマーアームがブン殴った!
信頼に任せたまま構わず次の手筈を実行するヴァレリア!
「跳べ! イムリス!」
「跳ぶ?」
そして、乱闘でガラ空きとなった背後を跳んだ!
神聖なる〈
「テアアァァァーーーーッ!」
困惑のままに続くイムリス!
そして、
重厚な石壁を
やはり石壁は無かった。
どうやら立体映像のように
そこに在ったのは、先の〈王の間〉と同等ぐらいはある隠し部屋……それだけだ。
直後、外界の喧騒は静寂に掻き消される。
重々しい振動を帯びて……。
「ヴァレリア! クリスは?」
「……」
「ヴァレリア?」
「悪い……いまは見んな」
伏せた美貌が絞り出す。
長髪は背に震えていた。
おそらく壁の向こうは遮断されたに違いない。
先へと進むしか……。
鮮やかに描かれた壁画は黙して語らない。
歴史のヴェールが紐解かれるのを待っていた。