相棒の
「
ややあって、ゆらりと向き直るは、愚鈍な呪怪の
「さて……と、ようやくフリータイムと来たもんだ。此処からはよォ、遠慮なくド派手に行かせてもらうぜ?」
不敵に歯を見せる
負けるはずがないのだ!
「来いよ……〈ネメアズ・レオ〉!」
頭上に掲げ伸ばす豪腕!
突き上げた
その中に出現せしは、荒々しい〈獅子〉の獣頭!
それを掴み取ると、クリスは
当然だ!
変貌する姿!
隆々たる筋肉を鎧とした獅子頭の蛮勇!
「アイツの邪魔はさせねぇ。さぁ、来いよ?
素性不明の粗暴漢・クリス──その正体は、ギリシア神話最大の英傑〈ヘラクレス〉であった!
「確かに
予想外の展開に、魔女は困惑を持て余していた。
まさかの領主同伴に。
「不服か?」
皮肉めいた
「この上なく頼もしい
空に乗り風を
メディアによる飛行魔術である。
船頭とばかりに最前列に陣取る魔女は不安定な足場を無き物として確固と立ち、ひたすらに両腕を踊らせている。
どうやら呪文持続を発揮する魔術的所作のようだ。
「というよりも、大丈夫なの? 領主様直々に〈ギリシア勇軍〉を離れた単独行動なんて? 他国に知れたら、それこそ付け入る
「知られなければいい」
「簡単に言ってくれますこと」
「それに、同じ〈ギリシア神話英雄〉を
「イアソンも御愁傷様」
とはいえ、転位魔法でギリシアから強制召喚したのはメディア自身だ。実際、転位直後に混乱していた彼の顔と言ったら……後で猛抗議に遇う事を憂慮すれば
何故ならば、彼は〝神話時代に恋い焦がれて結ばれた夫〟にして〝彼女を捨てた最低野郎〟なのだから。
彼女の気性は激しい──恋火にしても復讐にしても。
神話時代には、報復に新婦と子供達を殺してやった。
双方の怨恨が晴れたワケでもないが、ゼウス勅命によって〈ギリシア勇軍〉へと組み込まれてからは大義の前に圧し殺している。
そんな中でも些細な
これで、ますます彼は彼女を意識するだろう。
「にしても……
これにはペルセウスも申し訳なさを
「相変わらずアイツはフラフラだ。数日置きにしか帰って来ない」
「あの
同乗者は、この
「で、どうかしら? アンドリュー大先生? 初めてとなる〈魔法〉の乗り心地は?」
肩越しの視線に茶化す魔女。
「……生きた心地がせんよ」憮然とした返答。馴れねば立つ事など出来ないから座してはいるが、それでも未体験への不信と恐怖感から四つん這いの姿勢で
「何? それ?」
「世界的に有名な奇譚童話『アラジンと魔法のランプ』さ。知らんのか? 魔法の
アンドリューは波打つ赤布を軽く押してみた。
(改めて触感に確かめれば、実に不思議なものだな。不確か
と、知識吸収欲を軽く邪魔立てて魔女が忠告した。
「それはそうと、今回は
「荒れる?」
「ピラミッド内部に立ち入った
「エジプト神に? 〈
「そもそも王墓は彼等の庇護下にある聖域──私達のような〈異教徒〉がズケズケと足を踏み入れるのは非礼にして無礼千万だからよ。そうでなくても露骨な敵対関係……掌中に捕らえれば握り潰そうとするのは当然でしょ」
「
「
「ふむ?
「そ。だけど、今回は違う。アタシに……」と、意味深な
「成程な。しかし、自信はあるのだろうよ?」
「あら、嬉しいわ。信頼してくれて?」
「フン……でなければ、
「ま……ね」
「たいした自信だ」
「私、
「……ふん」
相変わらず
それが彼女の
両者の関係を不和と感じたか、ペルセウスが緩和の
「アンドリュー・アルターナ、誓って貴公への危害は
「あら、失礼ね?
「おっと、失言だったか?」
「……ちょっと
「って、オイ! メディア?」「うおぉ?」
魔女の
改めて見るに玄室と同等の面積が広がる。
心理的憔悴が癒えたワケではないが、ヴァレリアは謎への解析を再開した。
無論、イムリスは従う。
会話は生まれない。
クリスを救うべく
「クソ!」
いま、この瞬間にも──
さりとも諦めるしかない。
悔しいが……苦しいが……
と、作業の手を休めてイムリスが進言した。
「ヴァレリア、少し休憩にしませんか?」
「ああ? ンな暇あるか!」
「率直に言います。現状の
「ふざけんな! クリスが……アイツが犠牲になったんだぞ! それを無駄にしない
「
「何!」
「そんな冷静さを欠いた状態で〈謎〉が解き明かせると?
「…………」
「それに、そんな
「……」
「少しインターバルとしましょう。
「……分かったよ」
湯煎に温まる缶コーヒー。
それを
「それにしても、よくここまで綺麗に残っていたものです」
軽い疲労感を
壁に描かれた鮮やかな図象は前鋭芸術にも映る彩を呼吸し、さりとも歴史遺産という事実が重鎮な風格を暗に誇示していた。
「隠し部屋だからさ。人の手が入る事も無ければ、外界との空気流動も少ないから
「成程」と、
「壁画を観察する事自体は総て終わっちゃいる。書かれているのは総じて〈ネフェルティティ〉に関してだ。出生や半生、それに人物像や相関図───どちらにせよ、
「ネフェルティティに関してだけ?」
「ああ」
「他には? ツタンカーメンや、それこそ〈
「無いな」
「妙な話ですね。此処は〈ツタンカーメンの王墓〉だというのに、そのツタンカーメンよりもネフェルティティに関する記述情報の方が多いとは?」
ややあってヴァレリアは低い声音で紡ぎ出した。
「……どうやらアタシ達は、根本から〝とんでもない勘違い〟をしていたのかもしれないな」
「勘違い?」
「
「つまり、もうひとつの仮説〈義父アイの墓〉と?」
「いいや……ネフェルティティだ」
「何ですって?」
「ツタンカーメンの
「だとすれば、宰相アイの墓跡説は? どう説明します?」
「カモフラ」
「成程」
「下手すりゃ〝ツタンカーメンの共同埋葬〟ですらカモフラかもしれない。大々的に矢面に構える
「国王
「
「ですが、何故そこまで? 正直、意図が解りません」
「そこはアタシも解らない……が」悪癖の熟考が始まる。「もしかしたら〈
「と、言うと?」
「アタシが以前示した仮説を覚えているか?」
「
「ネフェルティティの隠し子説」
「ああ、アレですか」
「仮に〈
「母性愛……ですか」
「もしかしたら……だがな。しかし、それを実行しようにも国民や宰相が許しちゃくれない。おまけに自分の方が先に逝く事を見越せば、後世のツタンカーメン──というよりは、実の愛娘であるアンケセナーメンへと密葬を委ねても不自然ではない」
「
「おそらく」
「ですが、肝心の〈
「……
何と無しに部屋の奥を眺めた。
石壁だ。
何の変哲も無い石壁だ。
そう、そこには何も無い……壁画さえも。
ただ何と無しに眺めた。
意図も無い。
頑強な無機質は真っ向から受け止め無視を決め込む──
無自覚にも……。
そして〈羽根〉は喜ぶ。
王墓侵入直後、アンドリュー・アルターナが最初に見つけたのは山盛りとなった
「何だコレは?」
現場に不釣り合いなゴミ。
ともすれば、
「
パーティーは同行したギリシア勇者二人と、王墓
後方に命令待機と従えた雑兵は相変わらず無機質無感情で精神的な機微は欠落している。直立不動に待機する様は、そのまま美術品彫像にしか見えなかった。
その飾り物を
「ミイラ男だと言ったな? では
「違うわね。
「では?」
「おそらく、ヴァレリア・アルターナ」
「何だと! アイツが? たかだか
「けれど、コレが有るという事は〝ヴァレリア・アルターナが勝利した〟という裏付け……つまり〝先へと駒を進めた〟という事よね」
「ならば、先を急がねば! こんなところで、まごついている場合ではない!」
「あら? どうして? それならそれで善くなくて? 目的は果たされる……
「ダメだ! 相手は〈
「……ふぅん?」
潜み働く観察眼。
言葉の端に
(
過熱したアンドリューは自身の失言に気づいていないようだが、メディアにしてみれば充分過ぎる収穫であった。
それまで〝親子絶縁による確執〟と〝才による嫉妬〟が事の根だと思っていたが、どうやら、そう単純ではないらしい。
(何を隠しているのかしらね? アンドリュー・アルターナ?)
観察の
それを機に魔女は四方への探知を止めた。
「さて、と……進展を望むなら、この奥よね」
「ああ、この〈ツタンカーメンの王墓〉は北側に玄室を据えてあるだけだ。他に主要な別室は無い」
「それじゃ、さっさと行っちゃいましょうか」
楽観ぶりを装う先導が
倒れ崩れた瞬間に黒い
前方──
当たっていれば洒落にならない。
「痛たたたた……何?」
見れば背後待機の
問題の凶器は玉砕に
破片に紛れた
ミイラ男!
その頭部だ!
物的証拠に予感を覚え、
厳粛な室内を汚す部位残骸の数々。
霊気
これもまた間違いなく〈ミイラ男〉の再死体だ!
それも複数の!
無遠慮に散乱する古布が自己主張を唱えている!
「これは?」
状況把握の
部屋の中央──不敬にも〈
「……やはり
「よぅ? 遅かったな?」
不敵に茶化しめいて
ヘラクレスであった。
狭い下り階段であった。
奈落への
先頭をヴァレリアが導き、イムリスが後続に従う。
黙々淡々と地下へと歩を進める。
会話は無い。
「それにしても、よく見つけましたね」重い沈黙に堪えかねたか、イムリスの方から
「……まぁな」
無関心な返答。
ともすれば、まるで聞き流しているかのような淡白さにヴァレリアは答える。
正直、面白くはない。
この隠し階段を見つけたのは
でなければ、変哲もない石壁などに惹かれはしない。
角石に刻まれしは〈冥界神オシリス〉──
無論、イムリスには見えていない。
(あの〈隠し扉〉といい〈碑文〉といい……
それを確信できるからこそ面白くはない。
ゾッとさえする。
掌中で踊らされているかのような錯覚に……。
(とはいえ、
(……上等だよ)
噛み締める負けん気。
(柩と邂逅したら、いの一番に
心の内に誓った。
やがて抜ける。
ようやくにして広がったのは、玄室以上に広くも荒涼とした石室。ただし、きらびやかな飾り気は無い。灰色の空間が歓待に受け入れた。
「これが目的の部屋……だな」
「では、此処に〈
「ああ。予想ドンピシャだ」
軽い段差に築かれた粗雑な祭壇には、
「これが〈
「だろうさ。
物怖じもせず憮然と近寄るヴァレリア。
イムリスも後追いに続く。
短いアイコンタクトに意思疏通を交えると、
が、中身を確認するなりヴァレリアは当惑に染まる。
「……どういう事だ?」
開けてみれば、
本来、
代わりとばかりに埋葬されていたのは、長柄の錫杖だけ──あの〈