輪廻の呪后   作:凰太郎

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呪后再生 Chapter.4

 

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 多勢のデッドもどきに取り囲まれ、ペルセウスとヘラクレスの奮闘は続く!

 敵ではない。

 余りにも愚鈍。

 余りにも脆い。

 到底〈神話英雄〉の相手にはならない。

 が、未(いま)だ終わりは見えない。

 タフネス値だ。

 四肢を斬り落とそうが、頭部を殴り砕こうが、活動を停止する事は無かった。

 先兵の頭数はガラクタと化そうと減少せず、醜怪な人海が潮流と囲い呑んだ。

 プロセス故(ゆえ)である。

 内在する〈霊(カー)〉にこそ根源が据えられているからこそ肉体破損に影響を受けないのであろう。

 便宜的な器(・・・・・)に過ぎない。

 敵ではない。

 疲労にも及ばない。

 が、終わりは見えない。

 面倒な足止めだ。

 それを観察視に覚ればこそメディアも決意を定める。

 この男を……眼前に対峙する仮面呪術師を相手取れるのは、自分しかいない(・・・・・・・)と!

「大風斬魔法(カテギダクフィオス)!」

 呪文に暴風を呼ぶ!

 魔力(まりょく)による不可視(ふかし)力場(りきば)へと封じ込められた風は滞留に荒れ狂い、それ(・・)はそのまま塊と化して仮面呪術師へと迫った!

 身(み)の丈(たけ)を超える風塊(ふうかい)!

 至近した間合(まあい)で解放すれば、獲物はとてつもない風圧に呑まれた挙句(あげく)鎌鼬(かまいたち)効果も発揮して五体バラバラだ!

 はたして射程!

 しかし!

 「ウソ……でしょ?」

 弾(はじ)かれた!

 否(いな)、拡散された!

 スメンクカーラーの……ジャジャ(・・・・)・エム(・・)・アンク(・・・)の醒(さ)めた眼力(がんりき)によって!

(さっきまでとは……別人(・・)!)

 明確な戦慄を抱(いだ)いたのは、この〈魔女〉の人生にしても初めての事である。

 ほぼ万能(・・・・)とある魔法の手腕は自他共に認める高位技能だ。

 それに裏打ちされているからこそ、彼女の横柄とも映る自信は揺るぎない……が、ここに来て崩された!

「……脆弱な呪文だな」

 余裕に満ちた嘲(あざけ)り。

 出し惜しみした覚えは無い。

 彼女が習得した攻撃呪文でも上級部類には入る。

 それが無効化された……稚技(ちぎ)とばかりに!

 これを慄然とせずにいられようか!

「……お返しだ」

 静かに向けられる人差し指──その直後、水平竜巻が牙を剥(む)く!

 呟(つぶや)き数言(すうこと)での発現!

「マズイ! 風壁呪文(フルトゥーナアスピダ)!」

 咄嗟の防御対応に風圧の壁を生む!

 上昇気流による分厚い層が透明防壁として遮(さえぎ)った!

 同質元素の異なる方向性(ベクトルせい)によって拡散する算段であった……が!

「死なない? アウッ!」

 貫通して来た不可視の突きを浴び、魔女は後方へと弾き飛ばされた!

 とはいえ、その威力(いりょく)と勢いを拡散に削(そ)げたのは幸(さいわ)いか……そうでもなければ妖艶な腹部は風穴と喰われていただろう。

 だがしかし、それでも軽く正拳突きの如(ごと)き衝撃ではある!

 肉弾戦に非順応な彼女にしてみれば、到底洒落(シャレ)にならない強打ダメージだ!

 「メディア!」「メディアさん!」

 傍(かたわ)らまで吹っ飛ばされた魔女へと、アルターナ親娘(おやこ)が心配を注ぐ……が、反応は無い。

 ぐったりと疲労慢性に眠るかの如(ごと)く意識を果てさせていた。

 夏夜の寝苦しさのように肢体をくねらせ、艶(あで)やかな赤髪から零(こぼ)れた後(おく)れ毛(げ)は美貌(びぼう)に色香を染める。脂汗(あぶらあせ)塗(まみ)れに喘(あえ)ぐ苦悶が殊更(ことさら)に煽情(せんじょう)を助長した。

 然(さ)れど、それさえも封殺に呑み潰すのは戦慄!

 彼女さえも容易く下せる(・・・・・・・・・・・)という脅威!

(あのメディアすらも? どうすればいい……こんなバケモノ(・・・・)を相手に!)

 改めて己(おのれ)の所業を悔いるアンドリュー。

 与(くみ)するべきではなかった!

 加担するべきではなかったのだ!

 よもや、これほどの魔性と覚(さと)れたならば!

「エレン・アルターナ……アンドリュー・アルターナ……」

「ハッ!」「ひっ?」

 重暗い抑揚が親娘(おやこ)に威圧の硬直を課し、その意識を強制に傾けさせる!

 ゆらりと佇(たたず)む長身は発散するドス黒さに静かなる怒気を孕(はら)ませていた。

「よくも我(わ)が意に背(そむ)いたものよ……どうやら、つくづくオマエ達〝アルターナの血〟とは相性が悪い」

「ま……待て! 悲願は叶ったはずだ! もう私達親子に執着する意味は無い! そうだろう?」

「……ああ、そうだな」

「ならば!」

「面白くはない」

「何?」

「そう、面白くはない……この私が散々煮え湯を飲まされたのだからな……そう、このスメンクカーラー(・・・・・・・・)が!」

「ま……待て! グアッ?」

「父さん!」

 再び心臓を掴まれた(・・・・)!

 ゆるりと翳(かざ)された呪掌(じゅしょう)によって!

「お願い! イムリス! もうやめて!」

 少女の清廉が愁訴(しゅうそ)に陰る。

 どうする事も叶わない。

 どうしていいかも分からない。

 だから、ひたすらに訴えるしかなかった。

 悲嘆の涙に濡れながら……。

 さりとも、呪怨は鎮まらぬ。

「案ずるな……次はオマエだ」

「イム……リス?」

「不幸なエレン・アルターナ……長く仕えてきた温情だ。今度こそ父や姉と仲良く暮らせばいい……冥界(あのよ)でな」

「させるかぁぁぁああ!」

 突如、背後から剛腕の奇襲!

 ヘラクレスだ!

 叩きつける根棒は不快に重い砕骨音を捕らえ、仮面呪術師の脇腹をえぐり折る!

 不自然に曲がる体幹!

 先程(さきほど)の猛威が嘘であったかのように、肉体は手応(てごた)えも無く崩れ落ちる……。

 と、獅頭の蛮勇は不敵に口角(こうかく)を上げた。

「そう何度も同じ手(・・・)を食うかよ」

 振り向く勢いに凪ぐ根棒!

 背後に出現する(・・・・・・・)という確信があればこそ!

 だが──「いない?」──拍子抜けを帯びた違和感。

 これまでの対戦では幻像を囮として死角から奇襲返しを仕掛けて来るのが常(つね)であった。

 だからこそ(・・・・・)仕掛けた!

 そのパターンを逆手に取るべく!

 にも拘(かか)わらず、今回はその流れ(・・・・)に無い。

(まさか殺(や)ったってのか? さっきの一撃(いちげき)で? いや、だが……有り得ねぇ! 手応え(・・・)が無さ過ぎる!)

 困惑に巡る黙考。

 時間として数秒のラグ──相手(・・)にしてみれば充分な虚(きょ)であった!

「ヘラクレス! 後ろだ!」

「何っ? グアッ!」

 ペルセウスの警告に振り向いた途端(とたん)、野太い触手が槍と突いてきた!

 咄嗟(とっさ)のガードに致命傷は避(さ)けるも、その代償に前腕は貫(つらぬ)かれる!

「クックックッ……残念だったな? せっかくの浅知恵を台無しにして失礼した」

 眼前で肉塊(ガラクタ)が嘲(あざけ)る。

 潰された脇腹からほぼ直角に横折れと化し、そこからは件の触手……否(いな)、腸がはみ出していた!

 奇怪な事に、それ(・・)は別な寄生生物のようにうねり踊っているではないか!

 あまりに醜怪!

 あまりにもグロテスク!

 そうした重篤な異形にあって、当の仮面呪術師には爪先程(つめさきほど)も苦痛の色が窺(うかが)えない!

 あくまで平常!

 あくまでも平然!

「クッ……このバケモノ(・・・・)が!」

 負傷箇所から滴(したた)る赤き熱が苦痛の脂汗を誘発する。

 或(ある)いは慄然が呼ぶ冷汗か……。

 体勢故(ゆえ)に下方気味に覗(のぞ)き込んでいた仮面は、加虐の満足に悦を臭わす。

 然(さ)もあらん。

 散々辛酸(しんさん)を舐めさせられた〈神話英雄〉を赤子同然に手玉と出来たのだから。

「……燃える血(ハラーラダッム)」

 重暗い声音に呟かれた呪言は腸槍の血液を種油として豪炎を生んだ!

 貫通に捕縛した贄(にえ)を焼き尽くさんと!

「ガアアアァァァァァ?」

 火柱と育つ!

 燃芯とばかりに呑み込む!

「ウアアァァァーーッ!」

「ほう? 覇気にて保(も)ち堪(こら)えるか……さすがに〈神話英雄〉──いや、オマエならでは(・・・・・・・)の力業(ちからわざ)か……クックックッ」

 ややあって鎮まる刑罰──触手は在るべき箇所へと引き戻り、歪(いびつ)を刻んだ体はゴキュンと大きな軋みを奏でて本来の起立を再構成する。

 これで総て元通り(・・・)だ。

 拷問具を引き抜かれた頑健は立場(たちば)一転(いってん)に膝崩(ひざくず)れと沈んだ!

「不死身相手とは言え〈九頭竜(ヒドラ)〉のようには行くまい?」

「クアッ! ハァ……ハァ……」

「フン……様(ザマ)無(な)いな、ヘラクレス? 所詮(しょせん)、貴様は暴力依存の〈蛮勇〉に過ぎんという事だ。我(われ)〝ジャジャ・エム・アンク〟とは格が釣り合わん」

 満身創痍(まんしんそうい)の獅子兜へと悪意の輝掌(きしょう)がゆるりと翳(かざ)される。

「させん!」

 金色(こんじき)の斬撃!

 勇者ペルセウスの一閃(いっせん)!

 花弁のような軽さに魔掌(ましょう)が撥(は)ね飛んだ!

「……ペルセウスか」

 見れば屍兵(しへい)は肉片と散乱するのみ。

 さすがに部位レベルの細切れ(・・・)では、もはや雑用にすら使えまい。

「ふむ? 多少時間を掛け過ぎたか?」

「貴様の悪行、好き勝手にはさせんぞ! スメンクカーラー!」

 刃と向けられる覇気は鋭くも気高い。

 が、それさえも涼しく流すと、切断された己(おの)が手首を一顧(いっこ)に眺め……生やした!

 新たな手首を!

 何事も無かったかのように!

 そして、邪視は冷徹に滑る──因縁の仇敵へと!

「……ジャジャ(・・・・)・エム(・・)・アンク(・・・)と呼んでもらおうか」

 

 

 

 

「何まごついてやがんだ! ギリシア勇軍は!」

 頭上に大きく映し出された戦局へと見入り、ヴァレリアは憤慨を毒突いた。

 呪后(じゅごう)によるサービス(・・・・)だ。

 オマエの妹の安否を見せてやろう……と。

 そうして赤の中空へと投影されし現状は、到底安全(・・)とは言(い)い難(がた)い逆境であった!

 

 ──スメンクカーラーのヤツ、どうやら〈ジャジャ・エム・アンク〉の憑霊(ひょうれい)に成功したようだな。

 

「何だと?」

 

 ──だが、オマエの妹は無事だ。

 

 ──そう、主体(・・)となる贄(にえ)は無事……。

 

 ──その代用品がアレ(・・)か。

 

 ──安く見積もられたものだな、我(われ)も……クックックッ。

 

「何が可笑(おか)しい」

 

 ──あの憑霊(ひょうれい)は不完全だ。

 

「何?」

 

 ──我(われ)の代用が、欺様(かよう)な有象無象の献上に補えるはずもあるまい?

 

 ──我(われ)は〈女王(ファラオ)〉也(なり)。

 

 ──魂(バー)の価値が根本より違う。

 

「……不完全で、あれほどのバケモンなのかよ」

 

 ──いいや。

 

 ──あの程度(・・・・)だ。

 

 ──到底、我(われ)の敵ではあるまい。

 

 ──もっとも〈完全体〉でも同じ(・・)だがな。

 

「ハッ! たいした自信だな? ええ? 此処(・・)から出れねぇ亡霊様がよ!」

 

 ──出れる(・・・)としたら?

 

「な……に?」

 

 ──そう、出れる(・・・)のだ。

 

 ──あと一手(いって)で。

 

 ──神々の封印は瓦解した。

 

 ──残すは〈肉体(アク)〉のみ。

 

 ──それさえ補(おぎな)えれば出られる(・・・・)のだ。

 

(コイツ……それ(・・)が狙いだったか!)

 

 妙だとは思った。

 現状の顛末を見せてやろう──そう申し出た時には。

 何故、このタイミングで現実の展開を見せたのか?

 何故、このタイミングでエレンの状況を見せつけたのか?

 器(アク)だ。

 ヴァレリアを焦躁に駆らせて、その身を差し出させる算段であったのだろう。

 妹を見捨てられない心情を見透かした上で……。

 だが……その通りだ。

 悔しくも癪(しゃく)だが……。

 

 ──さて、どうする?

 

 ──我(われ)ならば、アレ(・・)を下せるぞ?

 

 ──造作も無い。

 

 ──オマエの妹とやらも救えよう。

 

 ──フフフフフ……。

 

(クソッタレ!)

 

 ヴァレリアにとって唯一(ゆいいつ)にして最大のアキレス腱──妹(エレン)。

 それを〈アヌビス神の天秤〉と賭けるのは、己(おのれ)自身の存在であった。

 

 

 

 

 紀元前の再戦とばかりに神話英雄(ペルセウス)と仮面呪術師(スメンクカーラー)は交える!

 大広間とはいえ室内──飛翔靴(タラリア)の真価は発揮出来まいと高を括ったが、そうではなかった。

 確かに〝飛翔〟には遠い超跳躍のレベルではあったが、足場(・・)には事欠かさぬ。

 天井や壁は着地を刻むに申し分なく、そこを起点として力強(ちからづよ)い瞬発力(しゅんぱつりょく)を生む!

 鋭角的な一撃離脱(いちげきりだつ)は休む間すら与えず連続に宙を穿(うが)ち、乱れ撃ちの如(ごと)く仮面呪術師を強襲し続けた!

 四方八方から飛び交う金色(こんじき)の光矢(こうや)!

「チィ……煩(わずら)わしいぞ! 英雄(・・)風情めが!」

 滑る浮遊に避(か)わし続ける!

 それを為(な)せるのも〈ジャジャ・エム・アンク〉なればこそであろうか。

 身体能力も動体視力も格段に向上していた。

 おそらく〈スメンクカーラー(・・・・・・・・)〉であれば捌(さば)ききれなかったであろう……それほどの猛攻だ。

 然(さ)れど、そもそもが肉体派でなない。

 限界はある。

 避け切れぬとなれば一過(いっか)の覚悟と真っ向から腹を貫かれるも、瞬時に霧散して間合離脱に再生した。

 さりながら直後には、またもや特攻の乱射だ。

 キリが無い。

(ペルセウスめ……そのため(・・・・)か)

 術発現に要する集中の隙が生まれぬ。

 いや、生まさぬ(・・・・)!

(魔女の呪文は到達までの間(・)があった……ヘラクレスには虚(きょ)が隙(・)を生んだ…………それ(・・)が無い! コイツ(・・・)には!)

 人外(じんがい)たる高次存在と化した現状では呪文詠唱は些末(さまつ)だ。

 さりとも、最低限の集中は必要とする!

 精神を平静に鎮める時間は要する!

 仮に数秒でも!

(意識を逸らさせぬ……それを最重視と据えるからこそ、らしからぬ『下手な鉄砲』へと終始する! 小賢(こざか)しい!)

 時として簡易的な攻撃呪術を応戦に織り交ぜるも、ペルセウスは盾に弾(はじ)く!

(鏡面の如(ごと)き盾が光撃(こうげき)を弾(はじ)くか。だが、それだけ(・・・・)ではあるまい。おそらくは強度面でも並大抵を凌駕する……という事か)

 そうでもなければ、あの蛇頭女怪〈メデューサ〉を屠(ほふ)れるとは思えぬ。

 視線合わせた者を問答無用に石像へと変えたギリシア神話史上最悪の女怪を!

 その鱗、真鍮(しんちゅう)也(なり)!

 その皮膚、青銅也(なり)!

 単なる魔力(まりょく)依存の〈怪物〉ではない。

 物理的戦闘に於いても脅威たる〈怪物〉なのだ!

 ともすれば、石化視線は鏡面反射で退(しりぞ)けたとしても、同時に鋭爪の物理攻撃は強度(・・)で退(しりぞ)けたに違いない。

(さすがに〈戦女神(アテナ)〉より授けられし神盾(しんじゅん)よ……厄介な)

 場当たり的な即興呪術で下(くだ)せはしまい。

 況(ま)してや駆使するは、ギリシア神話最大の勇者ペルセウスだ。

 まさに『鬼に金棒』を地で行く厄介さであった。

 かといって、大掛かりな呪術は集中を封じられている。

 負の堂々巡りが続く。

(賢(さか)しい)

 腹立たしさを咬む。

 と、滞空回避の渦中で、視界の隅(すみ)に糸口(いとぐち)を捉(とら)えた。

 この超常交戦を恐々と仰ぎ眺める傍観者を……。

(エレン・アルターナ……)

 眼下の少女から感受する不確定な可能性(・・・)。

 攻撃は避わし続ける。

 然(さ)れど思索は重ねる。

(こうなったからには、もはや何の価値も無い小娘だ。確かに清楚可憐な存在感を一際(ひときわ)彩るが、所詮(しょせん)は〝路傍の白百合〟にしか過ぎぬ……実用的な価値など無い。況(ま)してや〝戦(いくさ)〟に於(お)いて……)

 だが、引っ掛かった(・・・・・・)。

 何か(・・)が引っ掛かった(・・・・・・)。

 真髄(しんずい)からドス黒くうねる思考には……。

(勇者(・・)……か)

 不確かながらも燻(くすぶ)る起死回生……その可能性を感受すればこそ口角(こうかく)は画策に吊り上がる!

 仮面呪術師の流動が止まる。

 僅かな精神集中へと没すればこそ……。

「腹を決めたか! スメンクカーラー!」

 好機の訪れを確信する勇者!

 おそらくは回避のジリ貧に限界を感じた……或(ある)いは最早(もはや)回避運動そのものに費やす体力(たいりょく)も尽きたのやもしれぬ。

 いずれにせよ回避は諦めた(・・・・)!

 それを代償に反撃を選択した(・・・・・・・)!

 なれば雌雄を決する瞬間(とき)!

 呪術が先か!

 貫(つらぬ)くが先か!

 跳躍を重ね背後へと回った!

 死角からの攻撃ならば勝率は上がる!

 渾身の跳躍が足場の壁面を蹴り退ける!

「貴様との因縁、これで終わりだ!」

 繰り出す剣!

 刺突は星の瞬きとばかりにまばゆく!

「……オマエ(・・・)がな」

 動ぜずにゆるりと向き直る仮面呪術師。

 どうやら呪術発動は終えたようだが構わぬ!

 如何(いか)なる術かは知らぬが構わぬ!

 射抜くのみ!

 だが!

「何?」

 刹那の急転にペルセウスの瞳孔は驚愕と萎(しぼ)まった!

 黄金の貫通に飛沫(しぶき)が散る!

 赤き血潮が花と咲く!

 しかし、それ(・・)は仮面呪術師のものではない!

 それは……それは……それは!

「な……何故、彼女(・・)が?」

「ぁ……ぁ……」

 命の喘ぎを紡ぎ、エレン・アルターナは混乱に翻弄(ほんろう)された。

 先刻まで宙を眺めていた。

 そして、次の瞬間には熱さが内臓を貪(むさぼ)っていた。

 勇者の剣に貫(つらぬ)かれて!

 何(・)が起こったのか分からない。

 誰にも……。

 ペルセウスにも……。

 エレンにも……。

 唯一(ゆいいつ)、仮面呪術師以外は!

「どう……して……」

「…………」

「勇者様……どう……して……」

 目と鼻の先には儚く潤む憐憫(れんびん)。

 芳(かぐわ)せる吐息は血の臭いでしかなかった。

「……すまない」

 事後の致し方無さに剣を引き抜けば、支えを失った白花は滑(すべ)り落ちる。

「姉……さん…………」

 地に赤が広がる。

 すかさず取り乱した父親が駆け寄ったが、何を叫んでいるかも聞き取る気は無い。

 続けざまに向けられる憎悪の罵倒も、どうでもいい。

 虚脱が支配した。

 滞空に佇(たたず)み、虚(むな)しさを持て余していた。

「……転位呪術というワケか」

 ようやく絞り出した一声(いっせい)。

 それは独り言にない。

 背後の策謀者へと向けたものであった。

「如何(いか)にも」と、陰湿な沈着に仮面は嘲笑を噛み殺す。

 思惑通り、相当に堪(こた)えているのは明白だ。

 何故ならば〈勇者〉とは偽善の自尊者──この顛末は最大級の禁忌(タブー)にして〈罪〉である。

「もはや〈呪后(じゅごう)〉を再生する必要は無いからな……用済みだ。だが、それならばそれなりの役には立ってもらう(・・・・・・・・・・・・・・)」

「……身代わりとしてか」

「時間稼ぎ(・・・・)だよ」

「キサマはァァァーーーーッ!」

 振り向きざまに叩き込む一閃(いっせん)!

 一転(いってん)した憤怒(ふんぬ)の暴発!

 勇者ペルセウスの逆鱗(げきりん)であった!

 穢無(けがれな)き乙女を涙に踏みにじる事は!

「終わっている(・・・・・・)」

「何? グアッ!」

 突如として下方より噴出する巨拳!

 噴火の大岩直撃とばかりに凄まじい衝撃が叩きつける!

「ガッ……ハッ!」

 血反吐(ちヘド)!

 呪術師の障壁とばかりに顕現(けんげん)した巨腕は、そのまま勇者を天井へと殴り埋めた。

 

 

 

「そんな……嘘だ……こんな……こんなのは……エレン……エレェェェーーン!」

 ヴァレリアの絶叫は胎動する赤に呑まれるだけであった。

 非情は無力(むりょく)を醒めて眺める。

 謀らずも事は好転した。

 忌避の女王(ファラオ)が望むままに……。

 

 ──案ずるな。

 

 ──まだ生きておる。

 

 ──魂(バー)は揺らぎに在る。

 

「生きて……いる?」

 

 ──もっとも風前の灯火。

 

 ──果てるは数秒(じかん)の問題。

 

 ──フフフ……。

 

「…………」

 

 ──さて、どうする(・・・・)?

 

「……条件を呑む」

 

 ──聞こえぬな。

 

 ──声が小さい。

 

「条件を呑む! 条件を呑んでやる! だから……だから!」

 

 ──……。

 

「アタシのエレンを守れ(・・・・・・・・・・)ーーーーッ!」

 

 ──髪を切れ。

 

「な……に?」

 

 ──髪を切れ。

 

 言われて氷解した。

 

(そういう……事か? 古代エジプトに於(お)いて〝髪〟は〝霊力(れいりょく)の源(みなもと)〟とも捉えられていた。そして、アタシとエレンの〝差(・)〟は……)

 

 シンプルである。

 実にシンプルである。

 あまりの馬鹿々々しさに吹いてしまうほど……。

 

(だが、それ(・・)が明暗を分けた(・・・・・・))

 

 愛用のジャックナイフを取り出すと、ヴァレリアは掴み束ねた長髪を乱雑に切り落とす。

 母親譲りの艶やかさは些末(さまつ)なゴミと足元に砕けた。

 子供(ガキ)の時分から伸ばしていた唯一(ゆいいつ)の女性意識(アイデンティティ)──迷いは無い。

 妹を……エレンを救えるならば、安い担保だ──そう、己(おのれ)へと言い聞かせて。

 もっとも憤(いきどお)りは荒れたぎる。

 これ(・・)は単なる霊的儀式ではない。

 服従の儀(・・・・)だ。

 コイツ(・・・)は、いまほくそ笑んでいる(・・・・・・・・)。

 牙は折った(・・・・・)……と。

 構わない。

 エレンを救う為(ため)だ。

 だが、いい気になるなよ。

 牙(・)は折れちゃいない(・・・・・・・)。

 忍ばすだけ(・・・・・)だ。

 アタシの〈魂(キバ)〉は……。

 

 ──そう、それで善い。

 

 ──我(われ)は〈呪后(じゅこう)〉也(なり)。

 

 ──万事(ばんじ)是(これ)、我(わ)が意に削(そ)ぐわぬ事など無し。

 

 赤い闇は高揚に胎動(たいどう)した!

 ヴァレリアの周囲に在る赤の情景は、そのまま〈呪后(じゅごう)〉自身であった!

 そして、なだれ込む!

 怒涛(どとう)と! 崩壊と!

 彼女の内(なか)へと!

「な……何! うわぁぁぁああーーーーっ!」

 膨大なる意思の荒海は、小さき意思を岩礁の欠片と呑み潰した。

 

 

 

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