それは閉ざした心の自己主張にも思える。
さりとも、ネフェルティティは愛情を
例え〈
例え〈禁忌〉であろうとも。
そして、例え〈魔性〉であろうとも……。
それが母親の
父王・アクエンアテンは新生児を〈
理由は神託に依るものである。
懐刀と従え続けた仮面呪術師は忠告した。
「絶対なるアテン神は告げました──
「理由は?」
「
「宿していると言うか? 生まれながらにして?」
「はい。それも尋常なレベルではございません。やがては天地を裂き、大きな戦禍を顕現させましょう」
「混沌の種と申すか?
「畏れながら……」
「ふむ……」
「それに、
「む……ぅ」
「御決断されるべきかと……」
「
「何なりと」
「
「…………
盲信対象の神託と聞けばこそアクエンアテンは処刑の決意も
建前さえ確立できれば……。
世が未曾有の混沌へと陥る事を危惧したのもあるが、それ以上に
さりながら〈
母妃・ネフェルティティの必死な
だがしかし、代償として過酷な強制条件は課せられる。
それは『世に
知られてはならぬ。
母が呼ぶ時には「
決して知られてはならぬ。
再生も叶わない。
現世のみの抹消だ。
もうひとつの絶対条件は〈封呪〉である。
全身を巻き包んだ
超絶無比な
生まれながらに宿した〈
元来〈アテン神〉のみを崇拝対象とした
とりわけ〈冥界神オシリス〉の力は不可欠……。
巌としたポリシーを曲げて
だからこそ、放棄失念もしてはいない──抹殺を!
いましばらくは
世間の目が……そして、母親の愛情が、弛緩の油断に萎えるまで……。
数年後──。
忌避児が物心を帯びてきた、とある夜半──。
皆が寝静まった頃合いを見計らって殺意が行動を起こした。
月光の白に疾走する黒装束の者達。
アクエンアテンの息が掛かった暗躍集団〈
後世には〈狂信集団〉と推移劣化する組織であるが、そもそもの原点は異なる。
設立本分は〈アクエンアテン専属の暗殺秘密部隊〉であった。
この隠し牙が在ればこそ、アクエンアテンの強行政策は短期間にて盤石と漕ぎ出せたのだ。
政敵は殺す。
そして、今宵の使命は、ただひとつ……。
母・ネフェルティティの穏やかな母性にたゆとい、幼女は寝かしつけられた。
その安らかな寝顔を慈しむに、母性はやるせない想いを噛む。
(どうして、
毎夜去来する残酷さであった。
やがて夫から夜伽をせがまれていた事を思い出し、ネフェルティティは寝室を後にする。
せめて夢の中では幸福に在りなさい……その想いを額に口付けて。
青の静寂──。
ややあって、入れ代わりに不穏の影が姿を浮かび上がらせた。
いつからかは判らない。
首尾上々とばかりに寝室へと潜入した暗躍の徒党は、遂行の確信を共有に
窓からは夜風が月明りを誘い込み、スラリと抜き出した小刀が冷たい非情と反射した。
数歩先にはヴェールの柔かさに囲われた寝台が安らかな気配を息している。
したり。
潜入さえ
そして、惨殺は
翌朝、宮廷は未曾有の混乱に染め上げられた。
血相を変えた宰相が連絡網の確立に声を荒げ、雑多な急務を強いられた侍女達が右往左往に奔走する。
そして、寝室の惨状を目の当たりとしたネフェルティティは、絶望の
壁や床には鮮血の押し花が大輪を咲かせ、無垢に在った寝台はベールに及ぶまで赤に
驚愕の
「嗚呼……私が離れなければ……
猟奇的
返り血など
一方、茫然自失とする妻の
(やはり
苦渋咬む険しさは、はたして
「さっさと
証拠隠蔽を怒声に乗せ、返す
暗殺が叶わないと覚ったアクエンアテンは、最低限の保身として代替策を実行した。
幽閉である。
霊的聖地〈死者の谷〉へと宮廷を造らせた。
実態は〈結界〉だ。
死者の埋葬と再生祈願を兼ね備えた墓標乱立地は、殊更〈冥界神オシリス〉の御膝元とも呼べた。
ここに
それは後だ。
さりながら、遺棄に餓死させるワケにもいかない。
情ではない。
なので、最低限の自立が
自然体で
虚しくも孤独な月日が────。
忌まれし子供も成長した。
相変わらず
虚無を夜風に乗せんと中庭へ
黄色い単眼を据えた黒い月を……。
風の
明らかに何者かが潜んでいた。
初めての事だ。
この宮廷に、自分以外に〝動〟を示す物など在りはしなかった。
警戒視を注ぐも、取り立てて
が、その正体が明らかになると敵意の輝きは不必要と鎮まった。
葉屑まみれに這い出て来たのは、邪気無き幼女であった。
緑の潜水から解放されると、閉塞感に止めていた息を「ぷはぁ」と大きく吐く。
状況確認とばかりに辺りを探れば、真っ先に目の前にいる異質に気付いた。
「あれれ?」
「…………」
目と目が合う。
愛らしい好奇心と、醒めた
──コイツは……ああ、そうか……知っている。
──本殿での情報は遠隔に
──確か〝アンケセンパーテン〟とかいうヤツだ。
──つまりは、私の〈妹〉という事か。
──
──所詮は〈血の
──興味は無い。
「あなた、だあれ?」
「…………」
「ここ、どこ?」
「……………………」
──何を言っているのだ? コイツは?
──
──夢遊病か?
──……まぁ、いい。
スゥと腕を上げると、細指は
──
──
──血の
──次は無い。
まだ夜風に慰められたくもあったが、思いがけず興は削がれた。
ついて来た。
幼い珍入者は、そのままついて来た。
わざわざ
別段、歓待する義理も愛想に迎える器量も無いので無視する。
暗い石廊をヒタヒタと舐める裸の足音。
黙々と進む冷めた
そして、トテテテテと付き纏う
「ここ、あなたの
腰から覗き込む好奇心。
歩幅に引き離す。
トテテテと追いつく。
「ほかのひとはいないの?」
無視する。
少しばかり歩幅を開いた。
追いつく。
「ひとりなの?」
開く。
追いつく。
「さびしくないの?」
無視する。
と、幼女は「明暗浮かんだり」とばかりに晴れやかな笑顔で宣誓した。
「じゃあ、わたしが〝おともだち〟になってあげる! それなら、さびしくないもの!」
──……
──というか、コイツどこまでついて来る気だ?
──まさか私の寝室まで来るつもりではあるまいな?
心を読もうにも意外な難敵であった。
取り留めの無い思考が雑多に交錯している。
しかも、全て
加えて言えば、
取捨選択は不可能である。
彼女にしてみれば、初めての遭遇。
「おとうさんとおかあさんは?」
ピクリと止まる。
判らないが……腹立たしい憤怒が鎌首を
当の幼女はキョトンとした顔で見つめるだけ──自覚などあるはずもなし!
逆鱗に触れたという
冷めた
──消え去りたいか……小娘!
ゆらりと
幼き瞳は、まだ
相変わらず無垢な好奇心を視線に注いで来るだけ……。
が──「すごーい! なにこれ?」──次の瞬間には自分から掴み覗いていた!
──クッ? 馬鹿かキサマは! 放せ! 危ない!
先刻までの殺気は何処へやらで
完全に
「ねえねえ? じゅじゅつ? コレ、じゅじゅつ?」
──放せ! 馬鹿者! 暴発してしまうだろうが!
貪欲な好奇心は鎮まらない。
そして、学んだ──
飯は食わせてやった。
寝床も譲ってやった。
散々
だから、寝かしつけた。
──不可解な生き物だ。
話し相手を努める気も無いので無視に徹していたが、幼女は御構いなしに
──警戒心も何も無いのか。
──この
寝息を奏でる未成熟を冷ややかに見下す。
──脆い。
──脆弱過ぎる。
──絶つに容易い。
コイツが死ねば、さぞやアクエンアテンは絶望するであろう。
想像しただけで溜飲が下がる。
その顛末をほくそ笑めばこそ、悪意は手を伸ばした。
だが……。
「おともだち……むにゃむにゃ……」
無垢なる結界呪文が制する。
──大方、
──そして、勝手に
──好奇心が強過ぎだ……
そして、寝顔を撫でていた。
きっと今頃、王族は上へ下への大騒ぎだ。
それだけでも愉快としようか。
──興の褒美だ……見逃してやろう。
──明朝には届けてやる。
──転移呪術を
撫でる
愛でる
──……
──
──汚れ果てた
頬を優しく
中庭──仰ぐ星空に虚無感を投げれば、久しく月は白かった。
どういうワケか、幼女は頻繁に訪れるようになった。
おそらく独自の
それも〈
それも
いったい王室は何をしているのか?
……なるほど。
千里眼と他心通を
無言の戒めを
ジャジャ馬にも
仕方なしとばかりに
自身の
その強大
毒を
何よりも、そうした
いざとなれば、
遠隔処置ながらも容易い。
ともあれアンケセンパーテンは、来れば勝手に
放っておく。
カルカデを
それでも御構いなしに喋り続ける……感情豊かに。
興奮したと思えば自問自答に納得し、そうかと思えばシュンと
飽きない。
内容に
寝息を確認したところで〈転移呪術〉で
こうした流れが
帰せば寂しくもあったが、それも
どうせ明日には来る。
……
何故?
やがて、時は流れ、彼女──アンケセンパーテン──も成人した。
孤立の監獄にて風の噂ですら無いが、会いに来なくなった事実が物語っている。
かといって恨みなど無い。
もともと
だが……この心境に吹く荒涼は何であろうか?
知らない……。