エジプト領地支配権を掌握した〈ギリシア勇軍〉が首都カイロの
とはいえ、エジプト特有の建築様式ではない。
ギリシア様式たる〈パルテノン神殿〉だ。
多々在るイスラム教祈祷聖堂〈モスク〉を改修再利用する案も無くはなかったが、さすがに見送られた。
宗教的な道徳概念に
そうした聖域は〈崇拝神〉の絶対的庇護下に在るからだ。
軽視に手を着けようものなら〈
そうしたリスクから新規建築する案に落ち着く。
「忌々しいものだな」
墨空に君臨する
この異常世界の発端となった魔気〈ダークエーテル〉は永続的に空を染め上げ、陽光も
決して明けぬ常闇が構築する世界──それが〈
「天界への帰路は断たれ、こうしてエジプトの統治を担う……か。ゼウスからの
「
背後からの声に振り返れば、
卓上の
艶やかな赤と波打つ長髪に、色白く細身の肢体。薄布木地のシックなドレスは要所に装飾具の金を
「……何だ、メディアか」
「御挨拶ね?
「ああ、解っているさ……感謝しているよ、オマエの転移魔法にはな」
自嘲めいた謝辞を挨拶として正面へと相席するペルセウス。
紀元前に於けるスメンクカーラーの暴走からペルセウスとヘラクレスを救いだしたのは、彼女〝メディア〟であった。
ギリシア神話に語られる高位魔女だ。
叔母に当たる〝キルケ〟もまた高位魔女であるのだから血筋としてはサラブレッドと呼べる。
彼女の転移魔法により両勇者は総てを
絶体絶命の
「今月増産分の雑兵〈
「助かる。こればかりは魔術生産だからな……本国の魔術師陣営に頼るしかない」
「このエジプトにも魔術師団を
「いや、可能な限りはギリシア防衛に回したい。現状に
ペルセウスは淡い
「で? ギリシアの様子は?」
「進展無し。大怪物〈テュポン〉率いる魔獣勢と、神話時代より復活した〈
「
同じ〈ギリシア神話英雄〉の苦労を偲んで思わず
と、再び精悍は一転に引き締まった。
「やはり俺が戻った方が良くないか?」
「そうなれば、このエジプトの
「それは承知しているが……」
「……
「……ああ」
暗い抑揚のペルセウス。
思い出すに苦い。
かつて紀元前に消滅した脅威──。
スメンクカーラーが暴走させた
が、
その
「オリンポスの神々──いや〈大神ゼウス〉は〈
「ま、帰り道への切符を担保にされた使役とも言えるけどねー?」
楽観的に砕けた態度へ軽く皮肉を乗せて、メディアはシフォンケーキを摘まんだ。
この女の
四角四面な性分たる自分では、到底、
(それにしても……だ)胸中を巡る黙想は再び面持ちを引き締める。(本国ギリシアと同等の戦力をエジプトに割く──それほど危険視しているという事か……
そして、その使命を負わされた。
正直、肩の荷は重い。
「ところで、ヘラクレスは?」
「さて……な。アイツは根っからの
「ふぅん? 相変わらず手の掛かる孫だこと」
あまりにも正論な指摘をされたペルセウスは、ばつ悪く首を振るしかなかった。
石廊に反響する発砲音も
遠慮無く銃弾をブチ込むも、ヴァレリアとクリスの抵抗は呪怪に対して意味を
分厚い包帯が鎧と機能したか……
ただひたすらに無駄弾の浪費だ。
立ち回りを考慮して室内へと誘い込んだが、旗色は芳しくない。
「チィ……だったら!」
「ヴァレリア? 待て!」
予期せぬ愚策に面食らうクリス!
その動揺も見えぬかのように美影は迷い無く間合いへ飛び込んだ!
「喰らいやがれ!」
振り下ろされる刃!
即興的な剣は生理的忌避を刻む頭部を脳天からカチ割った!
が──「……ォォォオオオ」──効かない!
衝撃に詰まる瞬間こそ止まったが、そのまま何事も無かったかのように活動を継続する。
「クソッタレ! 頭部破壊でくたばる分、まだデッドの方が楽かよ」
歯噛みに巡らせた。
判っていた特性ではあるが……。
(再生死体という点では、どちらも同じだ。しかし、両怪物には決定的な相違点がある。ひとつは〝単獣〟か〝群獣〟かという点。デッドの厄介な性質は
分析の
奇襲同然の一撃を、まんまと喰らってしまう!
「カハッ!」
詰まる息に
怪力を特性とする怪物だけあってアバラ数本は逝った──刹那にそう判断したものの不思議な事に
何故か?
「グゥ!」
「クリス!」
痛撃が叩きつける瞬間にはヴァレリアを庇うべく間へと割って入っていた!
逞しい筋骨は華奢な肢体の
しかし、吹っ飛びながらもクリスは次の瞬間に備えた!
宙で体勢を回転させると、ヴァレリアを慣性の内側へと運ぶ!
二人諸共、石壁に叩きつけられる……が、ヴァレリアのダメージは少ない。せいぜい軽い打撲と擦り傷程度だ。肉の盾──本格的な痛打は総て男が引き受ける。
「痛てて……この跳ね馬! ちったぁ考えろ! 効くワケねぇだろ!」
「知ってる!」
「あぁん?」
「無駄弾を消費しまくるよりはマシだ! 弾丸補填はバカにならねぇんだぞ! この
「だからって、オマエが突っ込むな! そういうのは
「アタシは借りを作らねぇ主義だ!」
「もっと〈女〉を大事にしろってんだよ! 怪我したら、どうする!」
「うっ……」
「……いいか?
思わず
「……いつか大怪我すんぞ」
「あ?」
「アタシみたいな跳ねっ返りを
「上等だよ」と、不敵な笑みで男が立ち上がる。「オマエは俺が守る」
予想外にフェミニストぶりを誇示しやがる。
ただの女好きのクセに……。
だが
だから、ばつ悪く
そうするしか……知らない。
「……ォォォオオオ」
耳障りな呻きが現実へと強制帰還させる。
「ヘッ、てっきり愚鈍かと思っていたが……間合いでの対応力は、かなり機敏じゃねえかよ?」
「もうひとつ厄介な特徴があるぜ?」
「何だ? ヴァレリア?」
「コイツには、人間同等の〝知能〟が──
重い
ズシャリと……。
間合いが迫る。
細糸と張り詰めた緊迫は
(何考えているか読めねぇな……)
ヴァレリアの観察分析が走る。
こちらを見据えていないはずは無いのだ。
さりながら過剰な乾燥を刻む
(仕掛けるしかねぇだろうよ)
滑らせる目が状況を脳へ教え込む。
(室内幅は一〇メートル弱──ギリ立ち回れているが、バケモンとの攻防を立ち回るに狭い事には変わりない。
始末しなければ追われる……どこまでも。
例え、王墓の外へ逃げ仰せたとしても!
例え、街中であっても!
コイツは粘着質に執念深い。
そういう〈
視線は
曇り無き勇敢は迫る脅威を警戒に
と、勝手知ったるコイツの嗜好からヴァレリアは妙策を閃いた。
「クリス! オマエ、酒持ってるよな!」
「あぁ? 何だ? こんな時に!」
「
「何だァ?」
「
正直、何の意味があるのか解らない。
解らない……が、凛然とした美貌は確固たる意思を秘めていた。
充分だ。
ならば
「ほらよ」と、ベルトホルダーの携帯酒瓶を投げ渡す。
五〇〇ミリリットルのウィスキー──多少は心細くはあるものの、まずは充分だ。無い物ねだりを言える状況でもない。
「左右」
「分かった」
ヴァレリアの
そして、迷いなく敵へと駆け詰めた!
同時に!
広角に!
「……ォォォオオ」
応戦対象の選択に
右の男か?
左の女か?
なまじい〝知能〟が裏目に出た。
捕食本能依存のデッドならば生じなかったであろう。ヤツラは〝最後の視認対象〟に場当たりで喰らいつくだけだ。
クリスからのハンドガン射撃!
これで確定した!
「……ォォォオオ」
男を狙って体を
その隙をヴァレリアは駆け抜ける!
そして、そのまま壁を足場と蹴り跳ね、中空からの奇襲へと転じた!
ヤツの意識はクリスへと傾いている!
隙だらけだ!
先の脳天目掛けて叩きつける酒瓶!
冷却の
「……ォォォオオオ」
呻きに揺らぐ巨体。
ダメージではない。
不覚の奇襲に混乱しただけだ。
が、ヴァレリアにしてみれば計算通り。
着地の片膝から立ち上がると、悠々と仕上げに振り向いた。
「ゴクローサン……歴史の長旅は疲れたろう?」
「……ォォォオオオ」
片手構えのハンドガン。
狙いは頭部──先の斬撃痕。
「
発砲!
内部からの引火は異形を
「ォォォオオオオオオォォォ…………」
躍り朽ちる断末魔が
どちらでもいい。
特に罪悪感も
キナ臭さが拡散して鼻腔を曇らせた。
燃え崩れた
「乾燥死体だけあって、よく燃える……か。簡単過ぎて盲点だったな。ま、これだけ包帯グルグル巻いてりゃ、そりゃそうか」
「包帯じゃねぇよ」
「あん?」
「いや、
「
「ああ」と、関心薄い回答を置いてヴァレリアは
「何だって、そんな酔狂な?」
「一般的には誤認されているが、そもそも〈ミイラ〉と〈ミイラ男〉は似て異なる。ミイラの場合は埋葬死体の保存目的だから〝包帯〟だが〈ミイラ男〉の場合は〈罰〉であり〈呪い〉だ」
「罰?」
「何らかの理由──
「だから〝グルグル〟か?」
「ああ。だが、さっきも言った通り
「怪物個体そのものが〝呪念の封印〟ってワケか」
「解釈としては、その通りだ。この〈ミイラ男〉って怪物は存在自体が〈呪い〉であり、また、その〝入れ物〟なのさ」
「けどよ? 何だって〈怪物〉に新生させる? そこまで
「理由は
「何で?」
「古代エジプト人にとって〈死者の国〉は〝絶対的な畏怖〟であると同時に〝神の
「もうひとつは?」
「文字通り〈怪物〉と堕ちる事さ。が、この辺は解釈が分かれる」
「と、言うと?」
「まず〝神罰〟とする説──次に〝呪怨によって
「最後のが気になるな? 誰だよ?」
「知るかよ。おそらくケース・バイ・ケースだろ」
「ふ~ん? にしても〈発掘調査隊〉のヤツラも大変だな?」
「何が?」
「いや、毎回毎回、何処の王墓にも
「
「ああ、そうか……そうだったな。こりゃまた羨ましい特典で」
とは言いつつも感慨を帯びない皮肉にクリスは肩を
その一方で、ヴァレリアは胸中に涌いた不自然さを咬むのである。
「……だが、確かに妙だな」
「あ? 何がだ?」
「根本的な疑問になるが……何故
「そりゃ〈王家の墓〉だからだろう?」
「そうじゃねぇ。そもそも〈ミイラ男〉が活動している事自体が不自然なんだよ」
「そうか?
「いいか? この〈ミイラ男〉ってのは〈デッド〉とは違う。さっきも説明したが、同じ再生死体とは言っても
「つまり〈ダークエーテル〉の干渉で受動的に再生したワケじゃない……って?」
「起因としては、この異常世界の
「なるほどねぇ? で、誰だ?」
「……知るかよ」
疲労感に蝕まれていなければ、このカボチャ頭をブッ飛ばしていたところだ。
さりながら、ヴァレリアは晴れぬ黙考に浸るのであった。
それは熟考すればするほど不自然な法則である。
(何故〈ミイラ男〉は
不自然だ。
無言の回答とばかりに、
人知れずに……。