エレン・アルターナが見る幻夢は、日々鮮烈になっていった。
素足に伝わる石廊の冷たさ。
足裏が離れれば血は
壁掛けの松明は踊る炎に石壁を暖色に染め照らし、流るる視界は
交錯する景色は不自然な体感を植え付けながらも、さりとも自然体な認識に受け入れさせた。
はたして、
わからない。
ともかく歴史に積み重なる角石達は無機質な畏敬を注ぎ、永遠の闇に据えられた街影は無関心な傍観に送り出す。
黙々と
何処へ?
何をしに?
確信めいた予見と共に……。
やがて、止まった。
眼前に現れたのは、はたして誰であろうか?
見覚えの無い男。
狭心
道端の雑草。
感受する心象に軽く混乱を覚えはするものの、
興味は無い。
関心があるとすれば、
路傍の小石とはいえ、邪魔ならば排除するだけ。
だから〈念〉を送り込んだ。
狭間にうつろう
そして、
足下に散乱する血肉の
黄金の彫像──古代エジプト神話に
その朝、エレンの日常は一転に馴染み無い喧騒と遭遇する事となる。
イムリスと共に〈エジプト考古学博物館〉へ向かう
「ねえ、イムリス? 今日は心無しか〈
「そうですね。おそらく、
「何かしら?
「さあ?」
余計なトラブルには
好奇心は猫を殺す。
が、どうにも喧騒は無視を封殺してくるようだ。
進む方向に連れて賑わいは活性化する。
起立に警戒する
やがて遠目にも判るほどの
路地裏の
結界と
その前に
エレンの鼓動が早鐘と打ち始めた。
(
そう、今朝の悪夢だ。
「此処が現場でしょう。そして、通常ではない
「〈ギリシア勇軍〉が?」
呑み込めない
視線を追えば、なるほど、ひっそりと眠る店頭付近には簡素な鎧装束や呪具装飾を
右往左往の現場検証に
ある者は些細な違和感も見逃すまいと路面壁面を念入りに漁り、またある者は情報の精査に険しい顔を
そんな中で、ふと強い存在感へ意識が傾いた。
金色の鎧だ。
神々しいまでの光沢は、軒先から仁王立ちに店の
彼女の位置からは後ろ姿しか
彼が〈領主〉であろうか?
確か〝ペルセウス〟という──見た事は無いが。
「では、被害者はエジプト考古学とは無縁なのだな? これだけの発掘品を扱っていながら?」
部下からの報告を背中に受け、ペルセウスの
肩越しに注がれた部下は、明言無く要求された情報を献上した。
「名前は〝クチェビー〟──スラム出身ですね。一応は〝骨董商〟の肩書でやってますが、本性はしがない盗賊……窃盗や墓荒しで金目の小物をちょろまかしては、裏ルートで売り
「他には?」
「
「
「ありません。あくまでも
「ふむ……」
軽い
(因果性は薄いな。たかが
王族
軍門に
ともあれ、そうした場所から発掘された未知対象ともなれば、強力な呪具性質を備えていても不自然ではない。
(しかし、メディアが、
「此処最近は同様の事件が多発していると聞くが、何件目だ?」
「今回で七件目ですね。ですが、因果性は何とも……」
「
「はぁ、ですが……」
(不自然過ぎる)
募る不安を苛立ち紛いに部下へと預け捨て、ペルセウスは黙考の
(やはり背後に
だとすれば厄介な事態である。
ある意味〈エジプト神〉と事を構えるよりも……。
と、背後から呼び掛けてきた豪胆に黙想が遮られた。
「よぉ、爺さん」
振り向けば、予感通りだ。
獅子兜を被った巨漢が慢心依存の楽観に歯を見せていた。
「ヘラクレス、いままで何処へ行っていた?」
「野暮だな? コレのトコだよ」と、立てる小指。
「オマエは!」
「ま、俺にも俺で
「ただの殺人事件なら、わざわざ出向きなどしない。
「あの〈魔女〉が?」
そう、魔女は感知していた──この事件の根底で泡を息吹く黒を!
「……何だ?
「解らん」
「あ?」
「だがしかし、
「まさか?」ヘラクレスの直感は、ペルセウスの
脳裏に甦るのは、
殺しても死なぬ女──。
滅びを知らぬ魂──。
そして、最強最悪の
「今後の対応を話したい。場を変えよう」
「ああ」
祖父勇者の提案に乗る。
と、その流れの
襟足を逆撫でされるかのようなゾゾゾッとした不快が、背後から射して来る!
(チィ? 何だ?)
振り向けば、数メートル先の路地裏
注ぐ観察視の数秒──。
「どうした?」
「……いや」
ペルセウスの呼び掛けに
喧騒に染まる雑踏にて惹き付けた蛍灯は、不釣り合いに清廉な
妹を送り届けた後は
が、今日は違う。
たいしてスピードも上げない程度に走り、そして、遠くへは
立ち昇る紫煙を眺めれば、自然に
「……出て来いよ?」
おざなりな呼び掛けは、さりながら
それを察すればこそ看破された事実を覚ったか、潜む気配が姿を現した。
店影やゴミ箱の陰からゾロゾロと……。
三人である。
中肉中背なヤツに、大柄なヤツ、そして
黒尽くめの襲撃者達であった。
「今日一日、ずっと付けてたよなぁ? 付かず離れずの距離をキープしながら観察して……」
そう、
「
紫煙眺めの横目で挙動を探るも反応は無い。
ただ、ジリジリと包囲網を広げてはいた。
ヴァレリアを囲う形で。
交戦意思はあるという裏打ちだ。
「オマエら、何者だ? 目的は?」
「……羽根」
「あ?」
ようやくにして紡ぎだす暗い抑揚。
同時にヴァレリアは察するのである──コイツが
正直、意外ではある。
ひ弱な印象のせいか貫禄めいた威圧は感じない。
「……〈マァトの羽根〉をよこせ」
「ソイツァ〈黄金の羽根〉の事か?」
「……そうだ」
「なるほどねぇ?
深く吐く一服。
巡らせる。
(単なる物取りでもなきゃ場当たりでもねぇ……明確に目的意識を持っているってワケだ。つまりは〝理念〟を掲げた徒党……いや、
酌み探る。
(少なくとも〈古代エジプト信仰〉に肩入れしている連中ってのは間違いねぇな。でなけりゃ、
組み立てる。
(固執は〈黄金羽根〉……その動機は〈古代エジプト信仰〉
ヴァレリアはアウトサイドを根に生きる人間だ。
裏社会特有の黒い噂は、雑多に
蛇の道は──というヤツか。
そうした情報から取捨選択を
(チッ!
別段怖くはないが、ひたすらに面倒臭い。
吸い殻を踏み消しに
ひとつだけ釈然としない点があった。
どうしても解せない疑問が。
「オイ、どうしてアタシが〝
「…………」
「ダンマリかい?」
「……渡せ」
「ヤダね。まだ〈アンムト〉にでも喰わせた方がマシだ」
冥府怪獣の名を
それが皮切りとなった!
崇拝対象である〈古代エジプト神話〉を持ち出されて
最初から
体勢を低く落とした刺客三人が駆け迫る!
正面! 右! 左後方!
同時に、ヴァレリアはライディングスーツの胸開きへと手を忍ばせ、内ポケットから愛用の得物を取り出した!
放漫な谷間を滑り、妖しい色気を霧と抜け、鋭利な冷酷が目を覚ます!
ジャックナイフ!
ガキの頃から護身用だ!
その扱いは手練の域!
正面からリーダー格の手刀突きを浅い後方跳躍に
刹那の見極め!
ヴァレリアは半身
擦れ違い様に相手の
「ぐあっ?」
そして、時間差で左後方から繰り出される駄目押しの
が、予想通り!
その場での円心動作へと呑み込むと、そのまま首筋へとジャックナイフの柄尻を叩き込んでやった!
「カハッ!」
詰まる息のまま、つんのり滑る!
地面に転がり落ちた黒猿は、ヒクヒクと
その無様さをヴァレリアは悠たる
「クリーンヒットだったみてぇだな?
「クッ!」
歯噛みに再び間合いを開く残り者。
「テメェらのフォーメーションから攻撃法は察しが着いていたからな。加えて言えば、各自の間合いも順番を確信するヒントにはなった」
「ヴァレリア・アルターナ……たかが泥棒猫だと思っていたが、とんだ食わせ者だったか」
(コイツ? 名前を?)
ますます疑念が強まる。
いったい、
ヴァレリアを軸と据えて、ジリジリと刺客達が陣形を推移させ始めた。
とはいえ、ヴァレリアにしてみれば、三連波状よりは難易度が下がった。
(後は、どちらから
先刻の攻撃パターンを参考に警戒対象を定める。
(とりあえず〈リーダー格〉だな。先の連携もヤツに続けて組み立てていた。それに
眼前の刺客と正視を牽制しあう。
黒ずくめに潜む瞳は殺意の解放に焦れていた。
対するヴァレリアに浮かぶは自信を
黒く渇いた風が凪ぎ去る……。
張り詰めた空気が動いた!
「ケェェェーーーーッ!」
突撃の奇声に泡食らう!
予想が裏切られた!
背後!
手負いの奇襲が
「何っ?」
とはいえ意識を別方向へ向けていたのは、完全に
「クソッタレが!」
が、奇襲者の動きが止まった!
ガシリと!
背後から頭を
そう、頭を! 脳天を!
同じ
「オイ」ドスの聞いた声音に、獲物は恐々と視線だけを動かした。「テメェら、
「クリス!」
「よぉ、ヴァレリア? ナイスタイミングだったみてぇだな?」
フランクな社交辞令を返すも、剛腕はギリギリと
「さて……どうするよ? おとなしくブチのめされるか? それとも抵抗を続けてブチのめされるか? どちらにせよブチのめすがな!」
「グァァアアアッ!」
拷問であった!
常人離れした腕力が
仲間の悲鳴を耳にリーダー格が引き際を悟った。
「クッ! 退くぞ!」
指示を吐き捨てるなり、腰のホルダーから引き抜いたナイフをクリスへと向かって
「おっと!」
バランスを欠いた
「ガッ? テメェ!」
逞しい腕が条件反射にガードする!
充分。
間合いから離脱に跳ぶ黒い影!
そして、
一転した閑寂だけが大気と同化に居残った……。
慌ただしい疲労感を緩和すべく、
いや、いま少しは脳内整理の時間が欲しい。
オートバイへと腰預けに
くゆる不定形を思考の筆跡と眺める。
軌跡を追えば、またも黄色い巨眼と見つめ合った。
「にしても……ヤツら何者だ?」
「邪教徒集団〈
「邪教徒集団って事は……古代エジプト絡みか?」
「ああ。ヤツラの根底にして念頭は徹底して『エジプト神への心酔』だ……それ以外に無い。利潤や金じゃねぇ。だからこそ、より
「どうして?」
「何故なら、