海辺の街、シーベル。
俺はそこで、冒険者ギルドの職員をやっている。業務内容は……まぁ、色々ある。
今日の俺の仕事は依頼受注の受付だ。緑と白の二色で整えられた職員制服を正し、席に座る。
冒険者ギルドの営業開始時間までもう少し。
周辺の魔法道具の調子や、引き出しに入っている用紙を大雑把に確認していると、時間が来た。
「おらっ! どけっ! 俺が先だ!」
「てめぇこそどきやがれ!」
正面の扉が開けられ、冒険者が8人ほど雪崩れ込んで来て、依頼用紙が貼ってある掲示板へ殺到していくのを眺めながら、小さくため息をつく。
冒険者ギルドの主な仕事の一つ、依頼の仲介。
冒険者向けに宛てられた依頼の詳細を専用の用紙に記載し、ギルドロビーにある掲示板に貼る。
それを冒険者が手に取って、受付で受注確認を行い、この支部で誰がどの依頼をしているか、俺達が管理をする。
もちろん、依頼の受注は早い者勝ち。大抵、美味しい報酬を逃したくない冒険者がこうやって押しかけてきがちだ。常時営業している首都アストブルスの冒険者ギルド本部でもなければ、始業と同時に突っ込んでくるのは珍しいことではない。
ギルドとしても、それを見越してどこの支部へ行っても掲示板周りは意図的に物を少なくしているし、そこに関しては本部だって例外じゃない。
流石にギルド内で暴力沙汰ないし流血沙汰になったらギルド側からペナルティを出すし、その前例が非常に重いため、冒険者側でも過剰な行為はタブーとなっている。
しかし、それなりに大変なことに変わりはなく、依頼用紙だってギルドの特別性で偽装防止も兼ねて大分頑丈だ。昔はよく破かれていて大変だったらしい。
「へっへー、おはようございます! 受付さん、よろしく!」
しばらくすると、さっぱりとした見た目に反して、最も素早く目的の用紙を勝ち取った茶髪の男性の剣士がニカッと笑いながら、カウンターに依頼用紙を叩きつける。
嬉しい気持ちは分かるがもっとゆっくりやってくれ。それと、大事なモノが足りん。
「冒険者カードはお持ちですか」
冒険者カードとは、名前と冒険者ランクが表示されている、冒険者の身分を証明する文字通りのカード。魔法道具に分類される。
特殊な魔法鉱石でできていて、カードに登録した本人以外が持っていると数分もしないうちに真っ黒になって使い物にならなくなる。本人が持てば元に戻る。
仕組みはよく分からないが、かなりの万能な魔法道具だ。これが無くても依頼を受けることは可能だが、苦労するからやりたくないし、そもそもこれができた要因は負担を減らすためだ。
これがあるだけで、本人確認が非常に楽なんだよね。
無いとどうなるか?
ギルドの方で、依頼を受けた人の性別やら特徴やら、確認しなければならない。
しかも、確認したところで依頼をすぐに受注できる訳じゃなく、依頼主にも受けた人物の特徴等を報告、危険そうでないなら本人もそこに同行させ、それから依頼主の判断を――
……想像するだけで面倒臭すぎる。たかだか依頼を受けるだけでこの手間は全員に損だ。
幸いにも俺はまだそんな目に遭っていない。でも、ギルドから教えられたってことは昔がそうだったり、前例があったってことなんだよな……ああ、怖い怖い。
「あっ、ごめんごめん」
彼の懐からカードが出てきてほっとした俺は、それと依頼用紙をカウンターに並べる。
アルバ、ランクC冒険者か。
冒険者ランクは、特例を除いて、基本的にはランクDからランクAまでのランクがある。
基準としては、ギルドの依頼を完了したことによる実績によって、ランクアップするらしい。
ただ、俺を含む一般的な人達には、『一定以上の実績を得た後、ギルドでカードの更新をするとランクアップする』ぐらいの認識しかない。
俺もギルド職員の一人だが、ギルドカードの登録・更新の担当をするには十分な魔法の素質が必要なせいで、そういう知識は殆どないし、どれぐらいの実績でランクアップっていうのは噂あれこれあるが、具体的なことは全く出てこない。冒険者ギルドの機密なのだろう。
だが、そんな俺らから見ても、このランクは指標としては十分あてになるのは事実だ。
Cは下から2番目に見えるが、決して見劣りするものではない。
Dは本物のひよっ子から手慣れた冒険者まで、色々居るが、実績がないことは全員共通している。
CはDの連中とは違って、いくつもの依頼を完遂させた実績を必ず持っているため、信頼度が全然違う。BとかAになるともう相当だ。
Aなんて俺はこの支部で働いててまだ一度も見たことない。本部働きだと見られるんだろうな。
それで、そうなると当然ながらランクC以上限定依頼とかも依頼者側の指定によって存在する。
時々、これはランクD冒険者いじめとか言われてしまうこともあるが、そう言っている人達も依頼者の立場になればぐうの音も出ないだろう。
話が逸れてしまったが、簡単に言えば、アルバさんは十分に信頼できる冒険者ってことだ。
「アルバ様ですね。『B級魔素水晶10個の納品』……はい、確かに」
さて、『魔素』という、人にも魔物にも欠かせない要素がこの世界にはあって、それが結晶化したのが魔素水晶だ。
魔物が発生するような場所なら色々なところに生えているが、もちろん質もばらつきが激しい。これも冒険者ランクと同様に、例外を除いてD級からA級までに分けられている。
等級の最低はD級で本当にクズ欠片だ、一応、需要はある。C級はそこそこ使える程度、魔法道具の燃料として使うなら主にこれ。B級は最も一般的な品質で、魔法道具の核はこれを使っているとか。
確実にA級だった魔素水晶は一度だけ見たことがあるが、何に使うかは俺には想像もつかない代物だった。天然物なのに繊細な加工をした宝石のような美しさがあった。
……それはそれとして、依頼主はシーベルの魔法道具店の店主。商品に使う魔素水晶をうっかり趣味に使ってしまったらしく、自業自得とはいえ、相当に慌てていた。
依頼期限もしっかりと記載しており、2日後まで。そのためか、納品物の割に報酬額は割高で、かなり美味しい依頼になっている。
受け取った依頼用紙に彼の名前を記載し、現在の日付と時間を書き、冒険者ギルド特製の魔法道具の印鑑を押す。これも偽装防止に貢献している印らしい。凄いね、魔法道具。
ちなみに、冒険者へ写しを渡すために、依頼用紙に記入した色々を丸々別の紙に写す専用の魔法道具もある。今使っている。本当に凄いね、魔法道具……
ともかく、これでこの依頼はアルバという冒険者が担当することになり、依頼が完了するまで、彼が責任を負うことになった。
依頼用紙を写した紙をアルバさんに渡すと、彼は冒険者カードをしまいながら何か言いたげに頬をかいていた。
「他にご用件でもありますか」
「あー、依頼の物、既に持ってるんですけど……もう納品しちゃっても問題ありませんか?」
まぁ、納品なのだからこういう状況もないことはない。
ちゃんとした物が出てくるのであれば、こちらとしても原本が【完了済】の引き出しへと一直線に進むため、非常にありがたい。早々に物が欲しい依頼主の店主も助かることだろう。
「もちろん、何も問題ありません。このまま担当の者に書類を渡しますので、アルバ様も納品窓口へどうぞ」
「ありがとうございます! 受注直後に納品なんて初めてやるんで、ちょっと不安だったんですよね」
気持ちはわかるよ、と思いながら俺は席を立って、依頼受注の窓口から少し遠めの納品の窓口に座っていた同僚に依頼用紙の原本を渡す。
カウンター越しに一緒に来ていたアルバさんが依頼用紙の写しと一緒に道具袋をどんっ、とカウンターに置くと、中から魔素水晶を次々取り出した。
明らかに袋の大きさ以上の量だが、あの袋も魔法道具だ。ああいう収納は俺もよく世話になっている。もちろん仕組みはよく分からない。
同僚は、アルバさんが出した魔素水晶を眺め、品質を確認していく。
間違いなくB級相応であろう魔素水晶が綺麗に並べられていく様は見ていたかったが、元の席に戻る。
納品窓口、色々見られるから職員の中では結構人気なんだよね。無知やうっかりが致命傷になる場所だから難易度は高いんだけど。
元の席に座り直し、次の人は長い金髪の魔導師っぽい女性、杖持ってるし、衣装もそれっぽいしたぶん合ってる。よくあの争奪戦勝てたな。
彼女は用紙と冒険者カードをカウンターに置き、軽くこちらを睨んでくる。
「さっさとやってよね」
「少々お待ちください」
態度こそ良くないが、これぐらいはかわいいもんだ。荒い奴は遥かに荒い。
名前はレシア、冒険者ランクB。
……かなりのやり手だ。依頼用紙を勝ち取ったのも頷ける。
しかし、この依頼は冒険者ランクC以上限定なため、もしかしたらアルバさん以外の奴は、ランクDで取れなかった可能性もあるかもしれない。
「レシア様ですね。『シーベル海岸調査、及び行方不明者捜索』……確認しました。よろしくお願い致します、レシア様」
これの依頼主は、実はここ。シーベル支部の冒険者ギルド。
最近、近場の海岸に湧く魔物の素材を取りに行って、戻ってきていないランクD冒険者が一人居る。
本来、あそこは危険な魔物も少なく、俺みたいな一般人でもたまに探索しにいったりすることがあるぐらいだ。
冒険者が受けていた依頼の内容的に、日帰りかと思ったのだが、3日経っても音沙汰がないため、本日から依頼を出すことに。
本来ならうちの方でなんとかしたいところだが、哀しいかな、うちの支部は充実しているとことは違い、戦闘要員の席は全くの空席である。
リスクも考えると俺らが行くわけにもいかず、報酬に色をつけてランク制限をかけて冒険者任せにした。ランクBの冒険者が手に取ってくれてかなり安心してる。
「ふんっ」
俺から写しの依頼用紙を受け取った彼女は、冒険者カードを速やかにしまって足早に建物を出ていく。態度はよくはないが、実力は本物だろうし、良い報告を期待しよう。
レシアさんの依頼用紙の原本を【進行中】の引き出しに入れ、次の……と思っていたが、残りの6人の冒険者共はもうギルドを去っていた。
あの2つ以外そんなパッとしないのは事実だけども、まだ5枚ぐらいは依頼用紙貼ってあるんだからなんか受けてくれよ、とは思っているが、冒険者達だって依頼を選ぶ権利はある。
受注をするまでは依頼をこなさなければいけない責任は彼らにはないし、冒険者ギルドへ仲介してくる依頼者にもそれについては口酸っぱく言っている。
冒険者側に責任を押し付けた結果トラブルになった前例がいっぱいあった。資料の厚みがガチだったねあれは。
だから、ギルド職員はそういうことを業務中に口にしてはいけない。
「はぁー、駆け込みしてくるだけあって贅沢な連中だぜ、がめつすぎんだろ。まだ依頼あるのによぉ……何か受けたっていいじゃん」
だったはずなんだけど、隣の依頼登録窓口の担当をしていた同僚が堂々と言った。台無しである。
こいつはロイ。俺の同期で、時々……いや、結構……いいや、大分口が悪い女性。
長い赤髪で顔は整っていて、何がとは言わないが、出るとこは出ている。見た目が良いため、見た目だけの人気は高い。見た目だけ。
俺の人気? さぁ。
「仕事中ですよ、ロイさん」
「別にいいだろ、アタシら職員以外に誰もいないんだし」
「アルバ様が納品中ですが」
「ちょっと遠いし聞こえないって」
まだ納品中のアルバさんを横目に見てたら苦笑してた。聞こえてるじゃねえか。知ってたけど。
一応、あの人も駆け込み組だからな? お前さっきの普通に悪口だからな?
今はここに居ないけど、うちの依頼受けてくれたレシアさんにもめちゃくちゃ失礼だからな?
うちの同僚がすみません、と言わんばかりの表情で軽いお辞儀をアルバさんに向ける。
「ノルンだってよぉ、『依頼あるんだし来たんならなんか受けとけよ』って思っただろ」
「黙秘します」
「図星だろー?」
確かに帰った奴らには思ってたけど、口にしちゃダメなんだって。
アルバさんまた苦笑してるって。
「アルバ様、申し訳ありません。残念美人な同僚が失礼な発言を」
「あ、あはは……」
「喧嘩売ってんのかノルン」
「シーベル支部では周知の事実でしょう」
残念美人は俺が言い出したものでもないし、常連からはいつも言われていて、業務時間外だろうが特に怒る様子もない以上、こいつは全く気にしてない。気にするわけがない。
そんなこんなで、アルバさんがロイの残念美人っぷりを味わいながら納品を終えて、納品窓口から依頼報酬を受け取る。
彼は満面の笑みでそれを受け取った後、ギルドを出て――
「……」
……行かずにまだまだ依頼が貼ってある掲示板の方に顔を向けた。
そして、そこに近づき依頼用紙を1つ手に取って、俺の方へ向かってきた。
「せっかくだし、受注しとくよ!」
おい!ロイ!アルバさんに気使わせてんじゃねーか!
「アルバ様、本当にうちの同僚がすみません……」
「大丈夫ですよノルンさん! ロイさんに言われて気にしてる訳じゃないので!」
「……だといいのですが」
申し訳なさそうに俺が依頼用紙に記入している際、ロイは満足そうに笑ってた。
お前はちょっとでもいいから、申し訳なさそうな顔をして反省しろ。
俺は依頼用紙の原本を【進行中】の引き出しに入れ、二度目のため息をついた。