ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第100話 すごいよ!魅音さん

……園崎の人間じゃ、ない?

 

湧き上がった疑問、それをいま考えるべきことではないと頭の中に無理矢理にしまいこむ。

 

 

さらに二人、背後の林から私めがけて飛び出してくる。

 

身を沈めて反転し、伸ばしてきた手をとってひねると同時に軸足を軽くすくいあげた。

 

「なっ……!」

 

空中で回転した男は、不意を打たれたもう一人に激突してもろともに倒れ落ちる。

 

側面に気配。

 

「ハッ!」

 

一瞬も止まらず、腰にタックルをかけようとした男の顔面に、流れるような動作で膝を叩きつける。

 

「ぶ……!」

 

片手で男の帽子を上に払い、返す手で髪をつかむと、同時に膝を肩に押し付けた。

 

「ぐぅぅぅ……!」

 

髪を上から掴まれると人は容易に身動きができない。

 

そして肩にかけた私の体重で、男の膝ががくんと落ちた。

 

髪ごと上体を引きずるようにして地面に倒し、立ち上がりざまにその顔面、鼻の下をめがけて靴の硬いつま先を激突させる。

 

「ギッ……!」

 

同時に上半身は、左から襲い掛かってきた男の両腕を円の動きでさばき、勢い余って半回転するそいつの動きに合わせて背後に回りながら、つかんだ手首をくるりと裏返してなんの容赦もなく即座に折った。

 

「げぇ……ッ!?」

 

呻く男の背中を蹴り飛ばす反動で包囲から外れようとする私に、今度は左右からの同時攻撃が襲い掛かる。

 

「!」

 

直線的な動きで迫る一人の喉めがけて裏拳を放つが、腕のガードで受け止められた。

 

「あっ……!」

 

呻いたときには遅い。残りの一人が蹴りを放とうとした私の足を両手で抱え、ガードした男も私の上半身を羽交い絞めにしようと背後へ回り込む。

 

たちまち両脇から抱え上げられ、体が宙に浮こうとする。

 

「やられるかあッ!」

 

この危機に……私は、吠えた。

 

残りの足で地面を蹴り、下半身を押さえようとする男の首に巻きつけるや、体重を乗せて体をひねった。

 

「が……!」

 

足を使った不完全な投げでは、そいつをよろめかせるのがせいぜいだ。でも、それで充分。

 

両腕を自由になるぎりぎりの角度から振るって、背後の男の顔面に両手の指を叩きつける。

 

「なぁッ……!」

 

その指の動きが目を探っていると気づいて男が慌てた。

 

目に指を突き入れられるのは、どんなに訓練された人間であろうが本能的に恐怖するものだ。

 

力の緩んだ隙に、手を離して後頭部を鼻面に叩きつける。

 

「グ!」

 

衝撃で離れた瞬間、まだ私の体に絡みついていた男の手を両手でつかみ、指を二本、でたらめな方向に曲げて砕く。

 

「ぎゃああああッ!?」

 

悲鳴を上げる男の腕をそのまま抱え込み、投げ飛ばす。

 

素早く身体を反転させて、よろめいた状態から立ち直ってきたもう一人の股間へと鋭く蹴りを走らせ、撃ち抜いた。

 

「う、げ……!」

 

悶絶しながら膝をつく。

 

「なにっ……!?」

 

背後の声に振り向くとさっき投げ飛ばしたほうの男が暴れる叔母を押さえていた二人組に激突し、そのはずみで拘束を解かれた叔母が喚きながらふらつく。

 

「ひぁあぁッ!?」

 

叔母が足を踏み外した瞬間、私も男たちも一瞬硬直する。

 

「しまっ……!」

 

双方にとって、完全に予想外の出来事。

 

「……クッ」

 

鈍い衝撃音と水音を確認して、舌打ちするしかなかった。

 

足から落ちるような体勢ではなかった。

 

あの高さでは助からないだろう。

 

計画は修正する必要がある。

 

男たちの硬直が解ける前に素早く位置取りをして、木を背後に置く。男たちは六人だが、最低二人は戦闘不能。

 

彼らが素早くこの場を撤退するにはぎりぎりの人数だ。

 

「鳳9は下で生死確認。引きあげるのは無理だ、まだ息があれば水を呑ませて殺せ。10と12はそいつらを回収。俺と8は園崎のお嬢ちゃんを確保だ」

 

指示を飛ばしながら男たちの後ろから現れたのは、彫りの深い顔立ちと鋭い目つきが印象的な中年男。

 

レシーバーらしきものをつけていること以上に、身に纏う雰囲気と立ち居振る舞いで直感的にわかる。

 

こいつが指揮官だ。

 

そして、……おそらくこの男たちの中では最も腕が立つ。

 

頬を濡らす雨のカーテンを圧してなお、ひりつくような剣呑な空気がこの男の登場と同時にその場に立ち込めた。

 

私も……一瞬、気圧されてしまっていた。

 

男たちが指示に従って包囲を解くと同時、一人が油断なく前に出てくる。

 

「小娘がッ!」

 

跳ねるように間合いを詰め、突き出した膝はフェイント、とわかっているのに反応してガードを下げてしまった。

 

ゴッ、と音を立てて世界が揺れる。

 

「……!」

 

頭蓋を横から殴られたのだと気づいたときにはなすすべもなく体が沈んでいた。

 

一瞬で意識と身体の制御を取り戻し、目の前に迫った指揮官らしき男の蹴りを地面に転がることでやりすごす。

 

「ハッ!」

 

追い打ちとばかり、踏み込みざまの蹴りが脇腹に叩きこまれて内臓がひっくり返るような衝撃を受けた。

 

「……ぁ、ぐ……!」

 

身体を折り曲げたものの、無策ではこのまま畳み掛けられるのは必至。脚を振り回して、相手の軸足を刈ろうとしたがこれは距離をとって避けられた。

 

なんとか痛みをこらえて転がり、木の根を手がかりに立ち上がろうとしたところへ、背中に蹴りが入った。

 

みしり、と背骨が軋む音を聞きながら前へよろめく勢いを利用して距離をとった。

 

「は、あ……!」

 

こめかみ、わき腹、背中。

 

神経に突き刺さる痛みとわきあがってくる吐き気をこらえながら、どうにか小径を駆け出した。

 

「逃がすな! 鳳3、鳳4、そっちに行ったぞ!」

 

この場所でやり合うのはまずい。

 

沙都子が、叔母のように巻き込まれる可能性が高い。

 

そして、あの男相手に沙都子を気遣いながら戦うだけの技量は私にもない。背後から追ってくるのは二人、今の指示を聞く限り前方にも二人以上。

 

おそらく相手の手駒は十人以上、かなり本格的な集団だ。

 

園崎以外に、この雛見沢にこれだけの人数で動ける組織があろうとは意外でならない。

 

北条家前で前に二人が飛び出してくるが、私は走る速度を緩めずに飛び込んだ。

 

一人の懐に激突し、抱きすくめられる前にそのまま体を当てながら足をとって地面へと押し倒す。

 

「ぐがッ!」

 

胸を強く押す反動で身体を押し出し、立ち上がると同時にもう一人へ蹴りを放つ。

 

「ぬっ……!」

 

見え見えのハイキックとはいえ、素早い反応でガードしたところを見ると多少は腕が立つようだ。

 

私は蹴り足を引き戻しざま軸足を回転させて一歩間合いを詰めると、瞬時に腹へと狙いを変えた突き蹴りを放つ。

 

「が……!」

 

ずどん、という音とともに蹴りが突き刺さり、男は腹を押さえながらよろめく。だが、そこに私も油断があった。

 

男は素早く私の足首を掴み、ひねりあげる。

 

「!」

 

即座に軸足で地面を蹴って、空中で身体を回転させる。

 

「な!?」

 

不様に地面へ転がりはしたものの、回転の方向を合わせて男の手を逃れたので、足をやられるのは避けられた。

 

両足を折り畳みながら両手で身体を押し上げ、跳ねるように立ち上がる。

 

「オラァ!」

 

「!?」

 

頭で反応するよりも速く、両腕を交差させて顔の前にかざしていた。

 

背後から追いついてきた指揮官が、立ち上がる瞬間の無防備をついて蹴りを放ってきたのだと、インパクトの瞬間に気づく。

 

「……っ!」

 

頭部への直撃こそ避けられたものの、でたらめな威力の回し蹴りを浴びて私の軽い体は吹き飛ぶしかなかった。

 

「グッ!」

 

だん、と背中から北条家の壁に激突したのは幸運だった。

 

地面に倒れずに済んだのがひとつ。

 

「……まずいな」

 

家の中で、誰かが動く気配を感じて指揮官が顔を歪める。

 

そう、これがもうひとつ。

 

いまの音はさすがに北条鉄平の注意を引くだろう。

 

停電の様子を見に行った叔母がいつまで経っても戻らず、苛立っているところに家の壁を叩く音だ。

 

あの単純至極な思考回路しかもたないチンピラが、相手もわからず怒鳴り散らすために家の外に出てこないはずがない。

 

鉄平に対応するべく指揮官が一瞬の思考を巡らせたいまが好機、とばかりに林の中へと駆け込む。

 

「……甘ぇな!」

 

背後からの小さな声に、思わず足を止める。

 

飛び込んだ先、林の中でさらに二人が待ちかまえていた。

 

すでにバックアップを回していたか……!

 

飛びかかられる前に木を盾にして奥へ逃げようとしたが、それを許すほどに相手の布陣も緩くはなかった。

 

指揮官と残り三人も背後から追いついてきて私を囲む。

 

「ここまでだ」

 

まさに絶体絶命。

 

私はどうにか木を背にしたものの、完全に包囲された。

 

「園崎のお嬢さんよ、諦めちゃどうだ?」

 

嘲りの口調とともに指揮官が踏み込んでくる。

 

六人という数そのものは問題ではない。

 

この状態で同時に襲いかかれるのは、多くて二人。

 

でも。

 

ほかの五人のうち二人を相手にするのと、こいつを含んだ二人を相手にするのとでは雲泥の差だ。

 

一対一ならば勝ちの目もある。

 

逆に言えば……この男相手には、一対一以外では勝てる気がまるでしない。さきほどの蹴りの重さは、いまだに両の手首にかすかな痺れが残るほどだった。

 

達人……というほどではない。

 

だが、完全に実戦、それも命の遣り取りを想定して修練を積んだものだけが身につけた、隙の無い一撃だった。

 

「動くな!」

 

側面の男の一人が、銃を向けてくる。

 

自動拳銃……それ自体は私にとって珍しいものではない。

 

極道の家に生まれた私にとっては、それが本物であることを認識するのは容易い。

 

いまこの場で、それが現実的な脅威ではないことも。

 

「……よせよせ。この嬢ちゃんは頭がいいや」

 

指揮官が苦笑しながら手を振った。

 

いくらこの雨音と強風でも、林道の入り口や周囲に警察が張っているであろうこの状況で銃声はまずいだろう。

 

撃てない銃を向けたところで、脅しにもならない。

 

むしろ私にとっての脅威は……目の前の、この男。

 

「言っても無駄かもしれんが……、投降しろ」

 

歯を剥き出すようにして笑いながらそいつが言った瞬間、私は右にステップを踏んでいた。

 

「っ!?」

 

手近にいた男の銃を構えたままの手をつかんで強く引く。

 

反射的にその動きに抵抗しようとした逆向きの力を利用して腕を巻き込みながら背後へまわりこみ、指揮官と私の間に盾として滑り込ませる。

 

「……チ!」

 

私が動いた瞬間に踏み込み押さえようとしていた指揮官がさすがに動きを止めた。

 

「いまさら足掻いてどうなる……、空気を読みやがれ!」

 

そう、状況的にはほとんど詰んでいる。

 

この盾を突き飛ばしても、ほかの連中はともかく指揮官の動きを封じることはできない。

 

そして睨み合いが続けば、盾を保持するために動きの止まった私をほかの三人が押さえにかかるだろう。

 

どうみても絶望的な状況で、雨に濡れた私の頬には……、

 

「……くっくっく」

 

確かな笑みが浮かんでいた。

 

このぎりぎりの状況下で、私が感じているのは“楽しい”という感覚だった。

 

それとともに沸き立つ確信がある。

 

「“空気を読む”? ……言うことが三下らしいねぇ」

 

私にも“鬼”の血は流れているらしい、ということ。

 

万能の姉を羨み、立場に縛られる自分を呪っていた、ついこの間までの私には辿り着けなかった境地。

 

とびきり残忍に笑えている自分を認識する。

 

「私にとっちゃ、空気なんてものは……」

 

そう、今だけは……、

 

 

「勝手に“変わる”もんさッ!」

 

 

間違いなく、園崎魅音を“やれている”。

 

皮肉なものだ。

 

魅音でいなければいけないときにはなりきれず、その名を捨てた瞬間から魅音になれたなんて。

 

「ぐぎゃあッ!?」

 

盾にしていた男の腕を、折った。

 

「あっははははは! 罰ゲームだッ!」

 

私は笑った。

 

暴風豪雨を圧して、林の中に響き渡る哄笑。

 

「……狂人が!」

 

そう、狂っている。

 

この窮地にあっては狂気の沙汰、その先にある死中にこそ活路を求めるしかない。

 

鬼たる私の行動は、迅速だった。

 

苦痛にあえぐ男を、包囲のうち二人の動きを封じる方向へと突き飛ばし、自身は指揮官へと直進する!

 

……単純な話だ。

 

包囲されている側が先に動けば、その瞬間だけは一対一にすることができる!

 

「やるな……!」

 

すぐさまそれに対応できるだけ、こいつは優秀だ。

 

鋭い回し打ちを一閃、間合いに飛び込もうとするこちらの動きを止めて、腰だめに引いた拳を電光石火の速さで打ち出してくる。

 

「破ッッ!」

 

単純な正拳突きというものを、舐めてはいけない。

 

鋭い腰の回転、確実な体重移動、鍛え上げられた拳、その全てが組み合わさった本物の正拳突きの速度と威力はまさに一撃必倒を誇る。

 

しっかりと体重を乗せて地面を噛んだ足は生半可な蹴りで払うことも不可能、膂力と重心を集中させた重い拳を捌くのは、その道の達人でも難しい。

 

砲弾のごときその一撃は、まっすぐに私へと突き刺さる。

 

「ッ!?」

 

やられていた。

 

そう、普段の私なら間違いなく死んでいた。

 

私は拳が振りぬかれる直前に指揮官の膝を足場に、顔面を狙ったその鉄拳を両手で包み込むようにして受け止め……インパクトの瞬間に、跳んだ。

 

人を殺しかねないその一撃の威力を全て、私の身体を後方へと吹き飛ばす勢いに変換したのだ。

 

自分の全身のバネと、拳によるベクトルを一致させる。

 

それによって浮き上がった私の軽い身体は、数メートルの距離を泳ぎ、さらに地面を転がる。

 

半身をひねって身体を蹴り起こし、立ち上がったときには完全に包囲網を外れて林の奥へと踏み込んでいた。

 

「……味な真似を……!」

 

悔しそうに、しかしどこか嬉しげに指揮官が呟くその声を聞きながらこちらも笑みを浮かべつつ、背を向けた。

 

「逃がすな!」

 

当然、行く手にもバックアップの待ち伏せがあるのは承知の上だ。包囲は二重三重にしてはじめて万全となる。

 

だがそれも、

 

「うわっ!?」

 

「なに……!」

 

私があらかじめこの付近に仕掛けてあった罠の前には無駄なあがきに過ぎない。

 

私だけがこの林の中を抜ける正しいルートを知っている。

 

そしてこれらの仕掛けは、沙都子が普段から仕掛けていたものと紛れて、警察にとっては不審な代物にはならない。

 

私は、用意していたルートでその場を離れる。

 

全速力で。

 

……叔母は予定外に死んだ。

 

叔父の方は気がかりだが、運が良ければスクーターで勝手に事故を起こしてくれるかもしれない。運否天賦に任せるのは癪だが、引き際を間違えることこそ暗愚の極み。

 

沙都子は……あの場に残してきてしまったが、大丈夫だ。

 

私は姉を、いや、詩音を信じている。

 

あの場に沙都子が一人でいたのはまったくの予想外だが、そう長時間放置しているはずがない。

 

一時は沙都子に撒かれたのだとしてもすぐに追いついて、あの子を守ってくれるはずだという信頼がある。

 

ずぶ濡れのまま、泥を跳ね上げて私は駆けた。

 

綿密な計算のもとに作り上げた逃走ルートを、正確に辿りながら考えるのは、あの男たちの素性だった。

 

園崎ではない。

 

だが、連中の顔には見覚えがある。

 

雛見沢の住人ではないが、ごく近いところで接触している人間なのは間違いない。園崎の構成員や人脈には該当しないものの、おそらく興宮の人間だろう。

 

そして……、

 

「祟りを起こしていたのは、あいつら……か!」

 

連続怪死事件と噂されながらも、それぞれが不自然な形で解決してきた“オヤシロさまの祟り”。陰でその糸を引き収めてもいたのがあの連中なのだろう。

 

当初、叔母を確保しようとしていたことから考えればその結論に至るのは容易だった。

 

だとすれば、私には安易に雛見沢に戻ることのできない、別の理由ができてしまったわけだ。

 

連中はどうみても組織的に動いており、集団戦闘の訓練を受けていた。格闘者としての個々のレベルはあの指揮官を除けばそう高くはないが、集団ならその必要はない。

 

あるレベル以上の人間が統制された動きをすることで個人の修練による武力よりも効率的に戦果を上げる。

 

それは……軍隊の思考だ。

 

今回は私の存在自体がやつらにとっても奇襲だったから、どうにか逃げ切れた。

 

だが、私の存在を知った上で充分な準備と装備を持ち出してくれば勝ち目は薄いだろう。

 

そして彼らには私を害する動機がある。

 

祟りを起こしているのが自分たちだと知られたくなかったのは明白、私の前に姿を見せたのは私を“鬼隠し”にするという腹づもりがあってのことに違いない。

 

 

“消され”たくなければ……自ら、“消える”しかない。




<雑談>

魅音さんvs山狗。
単独行動に加えて戦闘の連続なので、好みでない方には申し訳ないです。
スルースルー超スルー。

神楽舞完結後、次に読みたい作品は?

  • 神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
  • ひぐらし短編集
  • ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)
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