「……というわけです」
語り終わって見てみれば、悟史くんは呆然とした表情を隠そうともしなかった。
それはそうだろう。
幼馴染みキャラだと思っていた相手が、双子とはいっても一年も前から別人だった。
しかも、育った村には怪しげな寄生虫だかウィルスだかを研究している国の秘密組織がいて、過去数年間の怪事件の裏で暗躍している。
その上、その秘密組織のトップとおぼしき人物は悟史くんたち兄妹の保護者となっている人格温良なメイドさん。
ここまで荒唐無稽な事実を一気に明かされて、平然としていられるような人間がいたら、そっちのほうが疑わしい。
というか、聞かされたのが私だったら絶対信じない。
「むぅ……」
悟史くんは腕組みをしながらゴミ山をぐるぐる歩き回り、いま聞いた話を頭の中でまとめている様子だった。
これは、ひとつの賭けだ。
もちろん悟史くんが信じてくれなくても沙都子や鷹野さんへの口止めはするつもりだけど、頼りのレナが入院して自由に動けない状況下、私には協力者が必要だ。
沙都子ほどではないにしても、悟史くんだって一緒に暮らしていて感謝も信頼もあるだろう鷹野さんを疑えというのは正直心苦しいものがある。
でも逆に言えば、鷹野さんの懐にいる悟史くんが味方になってくれるなら、ある程度彼女の動向を監視できるというメリットもある。
本当はレナや圭ちゃんを頼りたいんだけど……。
ある程度のところまで知っている圭ちゃんは、レナを守れなかったことを相当気にしているらしくレナにべったりでいまひとつこちらの思うような動きをしてくれない。
お見舞いで隙をみて渡しているレナへの連絡も何度かメモを渡したのにレナは受け取っていないという合図を送ってきているからこちらは困惑するばかりだ。
「……魅音、じゃなくて、ええと詩音、かな?」
呼びかけられ、はっとして顔を上げると悟史くんがこちらへと向き直っていた。
考えがまとまったのだろうか。
「……はい。人目のあるところではいままでどおり魅音でいいですから」
「わかった」
悟史くんはまだ真贋つきかねるという顔で頷いた。
それから言いづらそうな様子で、
「悪いけど今の話……僕は、信じられないかな……」
……ある程度覚悟をしていたとはいえ、ショックだ。
でも、仕方ない。
無理に信じろとはいえないし、ろくな証拠もないから。
「だって、話がうますぎるじゃないか」
「そうですよね、こんな突拍子もない……うま?」
どういう意味だろう。
私の話のどこに、おいしい要素があったというのか。
「神の創りし芸術、ツインキャノンがこの世に二つもあるなんて夢みたいな話……大艦巨砲主義者の僕をうまいこと引っかけようって魂胆がみえみえじゃないか!?」
悟史くんは、漢泣きで変態カミングアウトした。
……圭ちゃんの悪影響だと信じたい。
もうすっかり門を開けちゃって手遅れっぽいけど。
「……で、でも果てない夢を見るのは若さの特権だから、信じてみるよ詩音!」
こちらがスタンガンを構えたのを見ると即座にそれまでの意見を翻した。なんて変わり身の早さ……チッ。
「それじゃ、前に梨花ちゃんが言ってた『消えてしまった誰か』っていうのは魅音のことだったのか……」
独り言のように呟いてから、首を傾げる。
「……でも、鷹野さんや監督が自衛隊の人っていうのは、ちょっと信じにくいかな」
私だって、鷹野さんのことは部活仲間として大事に思っている。あんな情報が出てこなければ、疑いたくはない。
「あ、けど診療所がなにか秘密の研究をしてるっていうのは案外ありえるかもしれないね。あそこ、地下があるし」
「はい?」
悟史くんはなんでもないことのようにさらりと言った。
「……な、なんて言いました、今?」
「診療所の地下、僕は入ったことがあるんだ。会議室だけだったけど、まだ奥になにかありそうだったよ」
「はいぃぃぃぃぃ!?」
なんでそんな場所に悟史くんが入り込んでいるのか、さっぱりわからない。
「ど、どういうことです!?」
「詳しいことは省かせてもらうけど、監督に呼ばれて地下に行ったんだ。入り口は隠してあった。なんでこんな場所が必要なんだろうって不思議には思ったんだけどね」
……こっちが呆然とする番だった。
それが本当なら、間抜けすぎる。
国防大丈夫? ねえ大丈夫?
……でも、その敵の間抜けさのおかげで遅まきながら疑惑に証拠がひとつ追加されてしまったわけだ。
「……とにかく魅音、じゃなかった詩音の言うことが本当なら、失踪した魅音や診療所に入院しているレナ、それに今年の祟りで詩音の身が危ないかもしれないんだね」
慎重な問いかけに頷く。
「なら、真偽は問題じゃないな。僕も協力するよ」
悟史くんは毅然とした態度で言い切った。
「ほ、本当に?」
すこし信じられないくらいに嬉しい言葉だった。
「僕の望む未来を引き寄せるために、僕が力を尽くすのは当然だろ……?」
ふっと目を閉じて、顔を上げながら見開く。
「この北条悟史には夢があるッ!」
なにやら爽やかな雰囲気で宣言する。
「高校に進んだら、人数が足りなかったりして廃部寸前の野球部に入って、幼馴染みキャラを甲子園に連れて行くという、青春ラブコメの王道を目指す黄金の夢が……!」
いやいや別に廃部寸前でなくても……。
「地区予選決勝の当日にね、エースだった圭一が交通事故で死んでしまうんだよ。『やり遂げた顔してるだろ……。死んでるんだよ、それ』この台詞は言いたいね!」
あのー、その台詞を言いたいばかりに私の圭ちゃんを殺すのはやめて欲しいんですが。
「もちろん僕は亡き圭一の想いを背負ってエースに……」
「……仮に圭ちゃんと悟史くんが野球部に入ったら、野球そっちのけでアホなコントと変態的行為ばかりしている姿しか思い浮かばないんですけど」
冷静なツッコミをいれたら、悟史くんは熱く拳を握り締めた体勢のままぴたりと口を噤む。
しばしの沈黙があって、
「……そういう方向性もアリかな。僕には下ネタとか似合わないけど、あえてギャップ狙いで。タイトルは『鹿骨』か『泣くよひぐらし』あたりが……」
「お願いだからそっちには行かないでください……」
あれ、私、泣いてる……?
あまりにも鮮明に、そっち方面で突っ走ってる二人の姿が想像できちゃったから、なのかな……?
「そうだね。せっかくの幼馴染みキャラに、下校のときに『一緒に帰って、噂とかされると恥ずかしいし……』なんて情け容赦なく断られそうな高校生活はツライよね……」
なぜか遠い目をして瞼を震わせる繊細な横顔。
「……と、ともかく、そんな薔薇色の未来を諦めるなんて僕にはできない。協力させてほしい」
盛大に逸れていた話がようやく元の地点に着地した。
シリアス慣れしていない人との会話はこれだから疲れる。
「ありがとうございます……!」
お礼を言ったら悟史くんは微笑んで、
「あはは、気にしないで。女の子に悩みを打ち明けられて協力しないなんてフラグクラッシュな選択肢、魂に賭けて選べるわけがないさ!」
なんか言ってるのは華麗に聞き流して、
「それで、なにかアイディアはないですか?」
どうせ協力して貰えるのなら、悟史くんにはレナと私たちには思いつかなかったような新しい着眼点を期待したい。
「むぅ……そうだね。僕なら、もっと仲間を増やすかな」
「仲間を……ですか」
確かに、それは考えなかったわけではない。
人数を増やせば同時にできることは増えるし、多くの情報を共有できる。
でも逆に、秘密を共有する者が増えれば増えるほど露見しやすくなるし、巻き込んだ人を危険に晒すことにもなる。
だからレナと私の話し合いでは、仲間を増やすということには消極的だった。
「例えば、クラウド……じゃなかった、大石さんに相談するのはどうかな。刑事さんだし、連続怪死事件を捜査してるから、情報交換もしやすいと思うよ」
「それは……そうかもしれないですね」
正直、私は大石にあまりいい印象を持っていない。
悟史くんたちと(悪い仲間として)付き合うようになってからは不思議と温和な顔も見せるようになったが、大石の園崎への敵愾心や猜疑心は根強いはずだ。
四年目の直後、入院中にそれを向けられていた当事者としては、味方にしたいとは思いにくい。
それに……、
「警察内部にも、診療所の関係者が入っている可能性があるんです。大石がその当人でないとしても、すこし慎重になるべきだと思います」
「そうか……なら、鷹野さんや監督、富竹さんをこっちに引き込むのもやめておいたほうがいいね」
「ええ。情報が揃わないうちに敵じゃないと決め打つのはちょっと危険だと思います」
頷いて、悟史くんはまたすこし考え込む。
「……となると、沙都子もまだ厳しいか。じゃあ……羽入ちゃんと梨花ちゃんはどうかな?」
古手姉妹の名前があがるのも、当然といえば当然だ。
三年目の事件で両親を失った当事者だし、仲間であるレナや圭ちゃんと同居しているから秘密保持にも都合がいい。
「それは私たちも考えましたけど……羽入が一応、診療所の研究に協力しているらしいから保留してました」
羽入の協力条件に、研究に関する守秘義務が入っていてもおかしくはない。というか、普通入っているだろう。
真面目な羽入がそこを曲げてくれるか、曲げてくれたとしてすぐに顔に出るあの子がそのことを診療所に悟られずにいられるかというと……正直、難しい気がする。
「シュークリーム……いや、エンジェルモートのチケットとかで、こっちに寝返ってくれないかな!?」
「ない……とも言い切れないのが哀しいところですけど」
真面目かと思えばころっと寝返るのも羽入らしい。
逆に、鷹野さんあたりに甘い物で篭絡されてしまいそうな予感もひしひしとあったりなかったり。
「あと、梨花ちゃんは是非引き込んでおくべきだと思う」
「というと……?」
アホの子ではあるけど、空気は読めるし判断力は高いから秘密をぺらぺら喋ったりはしないだろう。
そういう意味では安心できるけど、逆に梨花ちゃんが味方についた場合のメリットがそれほど思い浮かばない。
戦力としては数えにくいし、研究に協力してる立場ではないから診療所を内偵できるわけでもない。
ああ……もしも梨花ちゃんが羽入の立場にいれば、診療所内部の情報をもたらしてくれたかもしれないけど。
「……詩音が言いたいことはわかるよ。でも、梨花ちゃんはきっと、僕たちが思う以上のことを知ってるよ」
悟史くんは、自信たっぷりにそう言った。
「はい?」
「……去年、四年目の祟りのすぐ後。野球で勝ってバーベキューしたときのこと、覚えてるかな」
言われて記憶を探り、すぐに思いあたる。
「あのとき、梨花ちゃんと話したんだ。梨花ちゃんは、僕たちには見えないものが見えていた。あの嵐の夜に魅音が消えて、詩音に入れ替わっていることを知っていた」
「……それは」
確かに早い。
私の背中を見てその結論に至った可能性があるとは思っていたけど、そこからあの夜に魅音が消えたという結論に至るのが……早すぎる。
「梨花ちゃんは、本当なら魅音じゃなくて僕が消えるはずだったって……そう言った。もしも去年、あの夜に圭一がいなければ、僕は叔母さんたちをこの手で殺して……」
消えて、いた。
「その予言を、圭一に話してあったらしい。たぶん……、四年目の事件が始まる前に、ね」
予言を聞いて、圭ちゃんは悟史くんが消えてしまうことをよしとせずに行動を起こしたのだろう。
だとすれば、梨花ちゃんの予言も馬鹿に出来ない。
現実に北条の叔母に手を下したであろうお姉が失踪している以上、圭ちゃんの介入がなければ予言どおりに悟史くんが殺人者となり、私たちの前から消えていたのだろう。
同じ夜、レナの不可解な暴走を止めたのも古手姉妹だ。
梨花ちゃんは予言どおりに悟史くんを消さないため、その代わりとして消えるかもしれないレナを止めるために行動していたことになる。
それでいてお姉を止められなかったのは……あの夜以前に私とお姉が入れ替わっていたから、か……?
「その考えが正しいとすれば……梨花ちゃんに話をもちかけてみる価値はありそうですね」
「うん。僕もそう思うよ」
なんてこと。
こんな死角に、それほどに強力なジョーカーが潜んでいたとは思わなかった。
そして今日、悟史くんに話さなければ……私たちはずっとその切り札を見落としていたのかもしれない。
「……というわけで幼女を拉致ってみたよ!」
悟史くんが晴れやかな笑顔で犯罪をカミングアウトする。
「なによこれ……」
不機嫌そうな梨花ちゃんは、サイズの全く合わない拷問台に無理矢理縛り付けてあった。
ここは園崎家名物、地下祭具殿。
頭首代行を代行中の私でもめったに足を踏み入れない秘密の部屋だったりする。
買い物の当番で商店街に来ていた梨花ちゃんを悟史くんが連れ去ってきてこうなっているわけだけど……、
「どうやって連れてきたんです?」
「園崎家には秘蔵の『胸の大きくなる薬』があって頭首の威厳を保つために魅音もそれを服用しているらしいよって教えたら、盗み出すから侵入を手伝いなさいって……」
……なんという期待を裏切らないアホの子。
「それで、その秘伝の薬はどこにあるのよう!」
まだ信じてるッ!?
こんなのを味方に引き入れて本当に大丈夫なんだろうかと一抹の不安が胸をよぎるけど、それはきっと正しい。
「梨花ちゃん、落ち着いてよ」
悟史くんは未成年者略取の実行犯だとは思えないくらいに優しく微笑んで梨花ちゃんをなだめにかかる。
「貧乳はステータスで、希少価値なんだよ?」
ええと……それはどういう説得で?
「だったら悟史、私と魅音のどっちか一人だけ手揉みしていいよって言われたらどっちを選ぶのよ!?」
「そんなの、考えるまでもなく魅音に決まってるだろ!?だって、大艦巨砲主義だもの!」
噛み付くような勢いで問う梨花ちゃんに対して、瞳に炎を宿しながら吠える悟史くん。
「本音が出たわね……男は所詮、砲戦マニアなのよ!」
「圭一はどっちもイケちゃうんだよ! 飛行甲板への熱い想いをぶちまけられて思わずひいちゃったこともある!」
……悟史くん、何があなたをそこまで……。
「ほ、ほんとに……?」
あと梨花ちゃんも、そこで『きゅん☆』とか乙女ちっくに星を飛ばすのはなにか間違ってると思うんだけど。
「そうよ圭一……航空戦力の運用が勝利の鍵よ……☆」
「悔しいな……巨砲には男の夢と浪漫が詰まってるのに、これも時代の流れだっていうのか……?」
も、もう二人が何を言ってるのかわかりません……。
私は咳払いをして、無理矢理その場へ割り込んだ。
「梨花ちゃん……手荒な真似をしてごめんね。どうしても聞きたいことがあったから、来てもらったの」
低い声でそう告げると、梨花ちゃんは真顔になって私の目を真正面から見返してくる。
「……いいわ、詩音。でもその前にひとつ、答えて」
すぅっと目を細めた。
歳に似合わない深い叡智を覗かせる、黒洞の瞳。
私をさらりと本名で呼んだことと併せて、気圧されそうになる自分を叱咤しながら頷いてみせた。
「……なんで、縛るの?」
愚問だ。
「なんとなく」
せっかく拷問台があるんだからちょっと使ってみたいな、と思っただけで、深い意味があるわけもない。
「それは、明らかに病気だよ」
「拷問狂はこれだから困るわ」
なにか痛ましそうな二人の視線がちょっと気持ちいいけど……深くは考えないことにする。
「それで、聞きたいのは何かしら?」
呆れたように目を閉じて先を促す梨花ちゃんは大人びた表情をしていて、どう見ても私たちより3つも年下の女の子には見えなかった。
「祟りと診療所について。去年の綿流しの夜に消えたお姉の行方。今年の綿流しがどうなるかの予言……ですかね、とりあえず」
断片的な聞き方になってしまったが、怪訝そうにすることもなく梨花ちゃんは目を開けてわずかに睫を震わせる。
「……なるほどね。さすが園崎、よく調べたものね」
再び目を伏せると、
「どこから話したものかしらね……。あなたたちが信じられるかどうかはわからないけど、雛見沢症候群から話せばいいかしら」
そう切り出した梨花ちゃんの話は、驚くべきものだった。
雛見沢症候群という風土病を研究するためにこの村に建てられた入江機関、その存在を隠蔽するために暗躍する特殊部隊“山狗”、指揮権を与えられた鷹野さんのこと、監督がお飾りの所長であり、富竹さんが機関の監査役であること……その裏にいるのが、秘密結社“東京”。
頭がくらくらしそうだった。
私が葛西やレナの手を借りて一年がかりで知った真実を、梨花ちゃんは最初から全部知っていた……!
私の表情に気づいたのだろう、梨花ちゃんは薄く意地の悪い笑みを浮かべてみせる。
「……あなたの苦労は無駄じゃないわ、詩音。その調べたという事実がなければ、私が今と同じことを語ったとして……あなたは信じられた?」
言われてすぐに思い至る。
悔しいが、……そういうことになる。
あらかじめ掴んだ事実の積み重ねがなければ、そして梨花ちゃんの話がそれを裏付けるように符号しなければ……、私は彼女の語る真実を戯言と聞き流していただろう。
「“信じる”というのは、とても難しいこと……そして、信じたものを“疑う”のも、同じくらい難しいのよ」
たとえば沙都子に同じ話をしても、悩ませるだけだ。
信頼している鷹野さんや監督を疑えといわれて、あの子はきっと悩むだろう。疑えと言っているのは私たち、やはり信頼を置いている仲間なのだから。
「あなたたちは長い時間をかけて“真実”の一端に辿り着いた。だからこそ私も、あなたたちを信じられる……」
突拍子も無い事実が真実であると知っている。
それを信じてもらうことがいかに困難かを理解できる。
そこに至った私たちだからこそ、仲間の言い分をただ盲信するのではなく、その事実を揺るぎようの無い“真実”として分かち合うことができる。
「それが、きっと……最後の錠前を開くための鍵だった」
築かれた信頼を重ね合わせて……、
真実が、私たちの前に開かれてゆく。
<雑談>
じわじわ更新、まったり進展。できるときに更新。あ、それと、
「ひぐらしのなく頃に~【奉納乱舞】夢閉し編(圭詩)」を短編シリーズとして投稿しました。こっちの神楽舞と比べてだいぶ短いですが、是非お付き合いください。
https://syosetu.org/novel/421583/