興宮小学校グラウンドでの練習試合を終えると、私と悟史くんは今日の目的地、興宮警察署に向かった。
「行こう、詩音」
「……ええ」
と、いまにも自首しそうな雰囲気を醸し出している私たちではあるけど、なんかやらかしたというわけではない。
……やらかしたかどうかでいえば梨花ちゃんを誘拐したり監禁したりしてると思うけど、そんなことでいちいち自首していたらきりがない。
我が部活メンバーは、それぞれがなにがしかの法にふれる日常を送っているのだから……自慢じゃないけど!
ともかくその悟史くんが拉致した梨花ちゃんからは、驚くべき情報の数々がもたらされた。
とりわけ重要だったのは、どこまでが敵でどこまでが味方かという情報。
梨花ちゃんの予言の力が本来示していた五年目の崇りにおいて、敵として立ち塞がるのは鷹野さんと山狗。
富竹さんは綿流しの夜に雛見沢症候群を発症して自ら喉を掻き毟って死に、裏側で起きている事態を把握していない監督は戸惑うばかり。
そのまま放置すれば監督も、秘密結社“東京”からの責任追及をおそれてのことなのか、睡眠薬を飲んで自殺してしまうという話だ。
つまり、敵にとって捨て駒となるであろう富竹さんと監督は交渉しだいで味方にできるということ。
本人によれば最悪の未来を回避するために去年圭ちゃんを雛見沢に呼び込んだことでだいぶ未来は変わってしまっているというが、それでも十分。
この情報があるとないとでは、これからの展開に雲泥の差がある。
監督はお飾りとはいっても入江機関の責任者という立場にあり、富竹さんは監査役だというから上層部とつながりがあるのだろう。
それはどういうことかといえば、証拠さえ押さえられれば鷹野さんと山狗の行動を未然に止めることができる可能性がでてきたことになるのだ。
崇りの本番、綿流しのお祭りまで残り二週間となった今、この事実は相当に大きい。
そして、もうひとつ彼女が示唆したのは、正しい情報を与えさえすれば大石は味方になってくれる、ということ。
大石は一年目の崇りの犠牲者、ダムの現場監督さんと親交があり、彼を始末したのが園崎の差し金だと思い込んでいるからこそ敵となる。
連続怪死事件を執拗に追うのは、園崎への猜疑心から来ているということだ。
なるほど、言われてみればダム戦争当時は大石は切れ者としてうるさがられてはいても、適当に折り合いをつけて園崎とあえて敵対しようとはしていなかった。
その事なかれ主義を捨てて、警察内部でも疎まれるほどに強引な捜査を繰り返すようになったのはダムの現場監督のバラバラ殺人事件以降の話だ。
ならば、園崎がこれまでの事件に関与しているという誤解さえ解くことができれば……心強い味方になってくれるかもしれない。
奴等は国の組織だからこそ警察に介入されることを嫌っている。大石の力で適切な場所に適切な人員を配置できれば奴等の動きを封じ込めることはたやすいはずだ。
「すいません、雛見沢の北条悟史といいます。大石刑事をお願いします」
悟史くんが窓口でそう告げて、内線で大石を呼び出してもらう。
本当は予言した張本人であり奴等と関わりの深い古手家の人間として梨花ちゃんにも来てもらいたかったんだけど、……あのいんちき幼女め。
戯けたことに『働きたくないでござる! 絶対に働きたくないでござる!』などとぬかして今日の同行を断った。
なんでも圭ちゃんや羽入と一緒にお見舞いに行ってレナのベッドにルパンダイブをするという予定があるらしい。
『あんたなら大石のお腹とレナのお胸、どっちをもふりたい?……つまりはそーゆーことよ』
そりゃ選べるなら私だってレナをもふりたいよ!
大石のビールっ腹なんか、どんな大金積まれたってもふりたくないっての!
「んっふっふ、そんなつれないことを言わずに、ご自由にもふってくださって構いませんよぅ~?」
はっと気がついたら呼び出されてきたらしい大石が目の前に立っていた。とりあえず激しく遠慮したい。
「ま、どーぞこちらへ。自販機のでよろしければ、アイスコーヒーなんかいかがですか?」
ちょっと離れた休憩コーナーを軽い調子で示すが、
「いえ、今日はすこし真面目なお話ですんで……」
小声でそう言ったら、大石はすこし驚いた顔をする。
「おや……そうでしたか。こりゃ~失敬失敬」
こめかみをとんとんと指で叩きながら、
「それだったらもっと目立たない格好で来て欲しかったんですがねぇ~。ま、それはそれで眼福ですんで、よしとしましょうか」
野球の試合帰りなので、悟史くんはユニフォーム姿のままだし、私はメイド服のままだ。
……そ、そりゃ目立つよね。
なんで気づかないんだ私。
メイド服がぴったりフィットしすぎて、警察署内では奇異な服装であることにさえ気づかないなんて……!
雛見沢に蔓延する別の風土病に冒されてる……!?
監督か圭ちゃんあたりが感染源だよ絶対……ううう。
「ここならいいですかねえ?」
大石が私たちを連れてきたのは、取調べ室でこそないが無味乾燥な会議机とパイプ椅子があるだけの、小さな会議室のような場所だった。
捜査課の応接スペースとかだったら場所の変更をお願いするつもりでいたが、これなら話の内容が漏れ聞こえる心配はしなくていいだろう。
「ささ、楽にしてください。なに、こうして自ら出頭してくれたんですから悪いようにはしませんよ」
「いやいやいや、自首しにきたんじゃないです!」
慌ててそう言ったら、大石は肩をすくめて笑った。
「もちろん冗談です。……よりにもよってこの時期に園崎家の頭首代行であるあなたがお話があると仰る以上、あの事件についてでしょうなあ」
そう、……それは当然だ。
部活に飛び入り参加したり、個人的に会っているとはいっても、大石の立場からすれば園崎の代表者である私は重要参考人、いや、容疑者のひとりなのだ。
「有り体に言えばそうです。私たちもずっとあの事件の背後を調べてきましたが……ようやくある程度のところまでは掴めました」
「……ほう?」
パイプ椅子の背もたれに沈めていた身体を前傾させ、机に身を乗り出す大石。
どうやら梨花ちゃんの言ったとおり、この時期になれば大石は多少怪しい話でも食いついてくるようだ。
「私自身、園崎家がどこまで関わっているのか量りかねていましたが……実際のところ園崎家の関与はほぼゼロだったというのが結論です」
「ほっほぅ~……それはまた大胆な結論じゃないですか。この私に、それを信じろと?」
ぎらりと圧力をこめた目を私に向けるが、事実は事実なのだからここで退く理由はない。
「信じるかどうかは、私たちの話を聞いてからご自身で判断してくださいな。まず第一の事件」
ぐっと息を呑む大石だが、
「建設大臣のお孫さんの誘拐事件です」
私の言葉に、調子を狂わされた様子で苦笑する。
「……あらら。そこからですか?」
「誰も死んでいないから連続怪死事件には数えられていないだけで、関係性は十二分以上にあります。事件の詳細については……語るまでもないでしょうね」
大きく頷いた。
当然だろう。
あの事件は大石自身が解決に導いたのだから、そこを説明する意味はない。
「結論だけ言いますと、あの事件の誘拐犯たちは園崎とは無関係で、連中はその後の事件の裏側で暗躍してるってことですね」
「なっはっは……にわかには信じがたいですねぇ」
園崎黒幕説を頑なに信じる大石にしてみれば、こんな結論は馬鹿にされているようなものだろう。
「じゃあ逆にお聞きしましょう。5年前におじさまが対峙した連中の目的は何だと思ってます?」
「……なんだって、そんなもん決まってるでしょう。建設大臣を脅迫して、ダム建設を中止させることだ」
「そこです。なんで決まってるっていえるんです?」
「はぁあ? こっちが聞きたいよ、ほかにどんな目的があったって……、あぁ、そういうことですか」
さすがに大石も聡い。
こっちの言いたいことをわかってくれたらしい。
「私が、『園崎だから』連中の目的はそれに違いないと決め付けている……と?」
頷いてみせる。
「連中が雛見沢に孫を連れ込んだ、ってこと以外には園崎の差し金だと勘繰る要素はない。先入観って怖いですね、おじさま?」
「ふん、いいでしょう。だったら園崎さんは、連中の目的はなんだと?」
一応の譲歩を見せながら問う。
「それはもちろん、ダム建設の阻止でしょうね」
涼しい顔でそう言ったら案の定、大石は呆れ顔になった。
「って、あんたねぇ……」
「結果から逆算すれば、誘拐事件がダム建設を中止させるためのアクションだったことは明白です。でも、連中が園崎ではないとしたら……?」
言われて顎をさすった大石は、片眉を上げた。
「……雛見沢がダムの底に沈んで困る人間が、別にいる可能性を考えなければいけない……と?」
「そういうことです。私たちが揃って煙に巻かれていたのは結局、そこなんです」
間抜けな話だ。
園崎は身内のやったことだと思い込んでそれをブラフとして利用し、警察はそのブラフにまんまと引っかかって敵を園崎だと思い込む。
結局は裏で動いていた山狗の一人勝ちだった、と。
「第二の事件、ダム現場で起きたバラバラ殺人事件。あの監督さんとは私もご縁がありましたからね、おじさまが園崎を疑いたくなるのも無理はないです」
事件の直前、あの監督と取っ組み合いの喧嘩を演じたのは何を隠そうこの私だ。あの拳骨は痛かったなぁ~。
あ、逃げる途中で入れ替わったから警察のお世話になったのはお姉のほうだけどね♪
「……おやっさんの事件も、背後関係はないと?」
「今となっちゃ詳しいことは調べようもないですが、少なくとも園崎が関わってればもっとうまくやってるでしょうね。多分、あの主犯を消したのが……」
「……誘拐犯と同じ連中だと言いたいわけですか」
結局そういうことだろう。
「事件そのものは奴等にとっても予定外の出来事だったんでしょう。だから一手遅れて、主犯の男を消すのが精一杯だった、と」
園崎が主犯の男を消すとすれば、その理由は彼に園崎の息がかかっていてその名を出されないため……しかないのだが、それはレナの指摘どおり片手落ちだ。
「彼に園崎の手が入っていれば、監督さんのご遺体が出るわけはないんです」
ダムの基礎にコンクリ詰めで埋めてしまうなり、園崎家に運んで例の井戸に投げこむなり、死体を隠す方法はいくらでもあったのだ。
死体の存在こそが、園崎の関与を否定している。
「…………言われてみれば、そうでしょうな」
小さく舌打ちした大石は胸ポケットから取り出した煙草をくわえて、火をつけた。
「……失礼しますよ」
大石にとってあの被害者は友人だったのだろう。
彼にとって愉快な話でないのは当然のことだった。
「ええ。……お察しします」
口には出さないが、あの監督さんは敵ながら、筋の通った人だったと思っている。
裏では懐柔工作も仕掛けたが、誰かがやらなければいけないからと、頑として園崎のカネは受け取らなかった。
私たちは揃って頑固爺と呼んでいたが、彼が殺されたと聞いて、ざまあみろとはどうしても思えなかった。
婆っちゃやお母さんも同じ思いなのだろう、毎年彼の命日にはお墓参りを欠かしていない。
「第三の事件、北条夫妻の転落事故……正直、これは園崎も連中も関係ない話だと思ってます」
「そうですかね。言っちゃあなんですが、その事件が一番園崎がやりそうだと思ってますがね」
この事件で死んだ沙都子の父親はダム賛成派のまとめ役だったし、婆っちゃの意向もあって園崎家が彼の死を歓迎したのは紛れもない事実だ。
「前の事件と同じですよ。園崎なり奴等なり、組織が動いたなら結果が不確実過ぎるんです」
これは圭ちゃんも指摘していた。
北条の死体が川からあがった時点でおかしいのだ。
言葉は悪いが、万が一にも助かる可能性があるような殺し方をするほど……園崎は甘くない。
「確かに展望台で夫の死体が見つかってれば、もっと確実でしょうがね。それだけじゃ説得力がないなあ!」
紫煙を吐きながら凄む大石だが、それがはったりだというのは私の目にも明らかだった。
「……あの事件の犯人は多分、大石さんが思っているとおりですよ。証拠はありませんし、本人も覚えちゃいないでしょうけどね」
そう、大石が疑っているのは沙都子のはずだ。
沙都子と園崎のつながりを証明できれば彼にとっては最良の結果だったのだろうが……皮肉にも、その後の園崎や村人たちの沙都子に対する仕打ちがそれを裏切っている。
つまり、結局のところ……雛見沢症候群の影響で錯乱した沙都子が起こした突発的な、哀しい事件。
「……だとすりゃ、そこを追及するのは酷ですなあ」
二重の意味で責任能力のない当時の沙都子を犯人として糾弾してみても、彼の復讐には何の益もない。
それがわかっているのだろう、大石はその苦い事実を腹におさめてくれるつもりのようだった。
「そして奴等が動いたのは第四の事件。古手夫妻を襲った三年目のオヤシロさまの崇りです」
「……それこそ動機が知りたいもんですな。あの事件こそは園崎だとしても動機が薄すぎる」
それはそうだ。
すでに終わったダム戦争の折に、神主が消極的だったからなんて理由で、同じ御三家の身内を殺すだろうか?
「動機は、最初の事件と同じです」
「最初ってのは……誘拐事件ってことですか? だったらダム建設の中止ってことになりますが、ダムは……」
「そう。計画は無期限凍結されてますね」
わけがわからないという顔をする。
そう……そこで最初の誘拐事件ではっきりしていなかった部分が、ようやく明確になるのだ。
「園崎はダム建設計画を阻止することが目的だった。でも奴等は……三年目の崇りを起こすのと『同じ動機で』ダム建設計画を阻止しなければならなかった」
「……!」
大石が目を見開く。
絡まっていた事件の結び目が解きほぐされていく。
「その目的のために、羽入と梨花ちゃんの両親が邪魔だった。いえ、邪魔になったから『消した』……!」
灰皿に吸いさしを押し付けて、拳を握り締める。
「第一の事件、第二の事件……それらが綿流しの日に起きたことを利用して、オヤシロさまの崇りになぞらえて神主夫妻を始末した……と?」
「そうです。彼らの本当の目的は……」
……と、そこで大石はにやりと唇を歪めた。
「雛見沢に特有の風土病、雛見沢症候群の研究を継続すること、というわけですか」
「……は?」
今度はこっちが驚いて呆然としてしまう番だった。
雛見沢症候群?
警察の捜査がそこまで辿り着いていたというのか?
だとしたら、大石は最初っから……、
「なっはっは、いや申し訳ない。私自身も半信半疑だったんですがねえ……園崎さんも同じことを仰るなら、こりゃいよいよ本当かなあ」
いきなり相好を崩し、おなかを抱えて笑う。
なんだかわからないがこの親父、半ばわかっていて私をからかいやがったということか……?
「園崎さんもご存知ですよね、東京から来た赤坂さん……ま、そちらさんもご承知のとおり、警視庁の刑事さんなんですがね」
もちろん知っている。
雛見沢に移住するといって、別荘地に家を建てているから村でもそろそろ名前が通り始めている。
そして彼は、五年前の誘拐事件で大石とともに誘拐犯たちのアジトに踏み込み、建設大臣の孫を救出した張本人でもあった。
園崎の情報網が、彼の正体を掴んでいないわけがない。
「その赤坂さんに捜査協力を依頼されましてね……。連続怪死事件の背後で暗躍している入江機関、別名入江診療所について調べたい……と」
「なっ……!?」
要するに、梨花ちゃんのときと同じだったのだ。
大石にとってはとても信じ難い情報を赤坂という男がもたらし、そうとは知らずに同じ内容を持ち込んだ私の存在が結果的にその裏づけになってしまった。
「公安が、入江機関を……?」
「お話がホントならそういうこともあるんでしょうな……詳しいところまでは知りませんが、国のどこから入江機関にカネが流れているかによっては」
なるほど、不正な予算流用の捜査ならば公安が踏み込んでくるのはあり得る話……ということになるのか。
「赤坂さんは誘拐事件のときに犯人の一人に撃たれてますから、個人的な遺恨もあるんでしょうな。どうやら私も、腹をくくる必要がありそうだ」
大石の言葉の意味は明確だった。
これまで園崎を黒幕と決め付けて独断専行も著しいほどの捜査を続けてきた彼が、入江機関を新たな黒幕と決め打つということ。
「……私ゃね、おやっさんに誓ってるんです。この事件の真実を、必ず暴いてみせると」
軽く瞑目してから、大石は笑ってみせた。
「あんたらがそれに協力してくれるってんなら、願ってもない話です。なんでも言ってください、力を貸しますよ」
あれだけ園崎を敵視していた大石がこうもあっさりと協力宣言をしてくれるとは……風は、私たちに向いている!
「……で、何やってんですかサニーは」
「え?……ひぇ!?」
大石の視線を追えば、私の隣の席に座っていたはずの悟史くんがいつの間にか床に正座して数センチの距離から私をまじまじと見つめていた。
私を、というか……主に私の胸を。
「いや、その……なんか僕、空気になっちゃったからさ、愛しのツインキャノンの優美なフォルムをあらゆる角度から目に焼き付けておこうと思ってね」
気まずそうに目をそらす。
……そういえば、全然会話に参加してなかったっけ。
「んっふっふ、相変わらずの大艦巨砲主義っぷりには感服しますねぇ……若さの特権ってやつですか」
「僕は浪漫派だからね!」
びっと親指を立てる悟史くんの爽やかさには、正直ついていけないものがあった。
まあ、とりあえず……、
「メイドさんブチマケ☆クラッシュ!」
パイプ椅子で殴打しておくくらいは許されるだろう。
「ちょ、やめ、詩ぉ、うわ、クラウド! これって、傷害の現行犯じゃ……!?」
「んっふっふ、煙が目にしみますなぁ……」
煙草を灰皿の上でもみ消しつつ見てみぬふりをする大石。
「……おやっさん。ようやく辿り着きましたよ。真実ってやつの、その入り口にね」
彼のしんみりとした呟きは、軽やかに響く打撃音にかき消されるのだった。
「うぁ、待っ、嫌ぁッ、脳みそ出ちゃうぅぅッ☆」
悟史くんに話したのは、正解だった。
鷹野さんと一緒に暮らしているので信じてくれるかどうか不安もあったが、思った以上に冷静に話を聞いてくれたし私が詩音だとすぐに受け容れてくれた。
そして彼の持っていた手がかりから梨花ちゃんを引き入れることが出来て、足りなかった多くのピースが埋まった。
園崎の私にとっては敵に近い立ち位置だった大石も協力を表明してくれたし、近いうちに富竹さんや監督との接触にも立ち合ってもらう予定になっている。
そして頼りのレナも、今週末には退院できそうだという話だから……あとは羽入さえこちらに引き込めば、沙都子以外の戦力は全部揃えられるはずだ。
間違いない。
このままいけば……私たちは、負けない。
五年目の崇りを叩き潰して、お姉をあの診療所の地下から取り戻せる……!
幸せな未来を夢想して、私は朝から機嫌が良かった。
綿流しのお祭りの準備が本格化してきて、町会の役員に復帰した私も忙しくはなっていたが、そんなことも気にならないくらいだ。
あとちょっと、この山場さえ乗り越えればお姉に会える。
それを思えば、多少の苦労など物の数ではない。
「詩音、ちょっとお前の家に寄っていってもいいか?」
だからいつもどおりの放課後、レナのお見舞いを済ませた診療所からの帰り道で圭ちゃんがそんなことを言い出しても気安く頷いた。
「いいですよ。何かお話でも?」
「ああ、大事な話があるんだ」
圭ちゃんはいつもの不敵な笑みを浮かべてそう言ったが、私にはなんの話なのか見当もつかなかった。
「大事な……?」
不思議には思ったけど、もちろん異存はない。
一緒に暮らしてる梨花ちゃんや羽入、レナとは違ってそうそう二人きりになれない私としては、圭ちゃんが家に来てくれるなら大歓迎だ。
……あ、いや、ヘンなことは期待してないよっ!?
『え~、ホントにぃ~?』
そ、そりゃあちょっとは……その、苦労に見合ってるくらいのいい雰囲気になったら嬉しいかな……とかは思ってるかもしれないけど……。
『今日って婆っちゃ、興宮のほうに泊まりだよね……あの広い家で、二人っきりだヌェ~?』
う……、うぅぅぅ、うるさい!
脳内お姉、いまは黙ってて!
圭ちゃんのことを諦めようかどうか悩んでる身とはいえ、たまには私にだって、ラブラブなイベントがあってもいいじゃないですかっ!?
らぶらぶな……甘々な……そ、そんなことまで!?
「詩音、なんか目がぐるぐるしてるけど……上がってもいいのかー?」
圭ちゃんに声をかけられて気づいてみれば、いつの間にか園崎本家の玄関前に立っていた。
「……も、もも、もちろんですよっ! どうぞどうぞっ、ずずっと☆奥まで!」
「いや、別に奥じゃなくてもいいんだけど……」
圭ちゃんを招き入れつつも、頭の中にかかったピンク色の霧がなかなか晴れてくれない。
「そ、その先の客間で待っててくださいっ! 私は、麦茶を入れてきたりシャワーを浴びてきたり着替えをしてきたりお布団敷いてこないといけないので!」
「な、なんかえらく時間かかりそうだな……というかなんで布団を……おーい、詩音っ!?」
面と向かい合っているのも恥ずかしくなってその場を駆け去った私は、イエス・ノー枕のイエスを上にして並べてるあたりでふと我に返った。
「そういえば、大事な話があるって言ってたっけ」
折り入ってなんの話だろう?
『レナが退院したら詩音も一緒に暮らそうぜ!』とかだとちょっと困るけどそれはそれで嬉しいかも……。
そういえば、麦茶を持っていってからずいぶん圭ちゃんを待たせちゃってるなあと思い出してどきどきしながら客間に向かう。
圭ちゃんは客間の机の前であぐらを組んで辛抱強く待っていてくれた。
「え、ええと、お待たせしました……」
「おう……、ってなんで湯上りメイドさん!?」
振り向きかけて私を目にしたところで、ガビーンという書き文字が空中に見えそうなくらいのオーバーアクションで驚く圭ちゃんだった。
「なんでって……シャワー浴びてきたからですよ」
普通にエチケットだと思うけど……。
「あ、ああ、そうか。そうだよな。最近すっかり夏らしくなってきて暑いもんな、メイドだって汗流すよな!」
圭ちゃん、なんで自分はだらだら脂汗流してるんだろ?
あ、でも……。
圭ちゃんの汗の匂いなら、いい……かも……☆
「なんでうっとり流し目になるんだー!?」
「いえ、なんでもないです。それで……改まってお話ってなんですか……?」
やっぱり前原家へのお誘い!?
それともそれとも……まさか、婚約してくれとか!
こん☆やく……!?
そんなことになったら私……!
「今夜はこんにゃく☆パーティですよ!?」
「なんでっ!?」
おおっと☆いけない、声に出てしまった……。
クールになれ、クールになれ園崎詩音。
「こんにゃくは……、こんにゃくはらめえ……」
以前の沙都子とのトラップ勝負で獲得したトラウマを刺激したのだろうか、ぶつぶつと暗い面持ちでこんにゃくパーティを拒絶する圭ちゃんがなんか可愛い。
……いやいや、可愛いとかじゃなくって。
「ご、ごめん☆なさい。いまのは忘れてください」
「……そ、そうだな。あと、無駄に☆飛ばすなよな」
気を取り直すように、ひとつ咳払い。
それから圭ちゃんは腰を浮かせてすこし離れると、畳の上できっちりと正座して両手をついた。
そして意を決したように深々と頭を下げる。
「頼む、詩音……!」
なに、何この重い空気!
ま、まさか……いきなり結婚してほしいとか!?
どーしよお姉!
どーしよレナ!
私、私……そんなこと言われたら、断れないよ!?
「何も聞かずに……俺の頼みをひとつ聞いてくれ!」
圭ちゃんは顔をあげて、真剣なまなざしで私を見た。
目から入って後頭部へ綺麗に突き抜ける、まるで貫通弾のような熱い視線を向けられて……直撃を受けた脳髄はもうとろける寸前だった。
「は、はふん……☆」
背筋を伸ばして座っていることさえも難しくて、どうにか畳に片手をついて体重を支えるけど、いまにも力が抜けて倒れてしまいそう。
それでも詩音は頑張った。
ほめてよお姉~!
上気した頬を残った片手で隠しつつ、どうにか喉の奥から返事を搾り出した。
「……え、ええ……圭ちゃんの頼みなら、なん☆でも」
「なんでもっ!?」
どうしてそこで唖然としてるんだろ、圭ちゃんは……?
『あのね、詩音』
お姉~、だからいまは黙っててくださいってば……。
私の人生における重要なとこなんです!
『……言いたかないけど、空気読めてないよ~?』
ほへ?
まさか脳内お姉に空気読めてないと言われるとは、意外なこともあったものだと思いつつ圭ちゃんを見る。
「じゃあ、我が侭を言わせてもらうぜ」
圭ちゃんは、すこし躊躇いながらも口を開いた。
「 」
これ以上ないくらいに真剣な声音で圭ちゃんが私に告げたその内容に……、私は、度肝を抜かれた。
なにを考えているんだろう、この人は……?
「……できるか?」
そりゃ、できるかできないかで言ったら……できる。
できるけど、どうして……いや、なにも聞かずにっていうのが条件だっけ。
うん。
私は、頷くしかなかった。
「……よかった。サンキュ、詩音」
安堵した顔で、圭ちゃんはそう言った。
「そのかわり……」
でも、その顔はすぐに蒼白になると。
私には、わかっている。
「くけけ、けけけけけけッ! やっぱり圭ちゃん、今夜はこんにゃく☆パーティだぁああああああ!」
「だからなんでぇえええッ!?」
本当、呆れてしまうくらいに、
私の大好きな圭ちゃんは、無茶苦茶な人だった。
「今この瞬間は、お前の方が無茶苦茶だっ!?」