調査は難航していた。
原因は情報不足と、雛見沢の閉鎖性にある。
観光客でさえめったに訪れない雛見沢という土地には、調査の手を入れにくい。
見たことのない異邦人は、それだけで村人の注意を引く。
ということはつまり、見えない敵の注意をも引いてしまうことになるのだ。
「……今回も、収穫なしだよ」
衛さんはいつもどおり、疲れた顔で帰ってきた。
「うん……、おつかれさま」
何度目かになる現地調査も、入り込むのは興宮までが精一杯だった。目立った成果をあげていない地味な捜査であるだけに、衛さんが動けるのも他の捜査の合間でしかない。
当然、他の捜査員の力を借りるのも難しかった。
そして衛さん自身は四年前に雛見沢に入り込み、顔が割れているだけに、迂闊に雛見沢内部へは飛び込めない。
「やっぱり、私が変装していこうか?」
脱がせた背広をハンガーに通しながら尋ねるけど、衛さんは首を横に振った
「いや……万が一正体が割れたときには君のほうがよほど危ないからね。こればかりは、仕方ないさ」
わかっている。
本来、これは数年単位で粘り強くあたるべき捜査だ。
公安部のもつ情報網と権限をもってしても、半年やそこらで有力な手がかりが出てくるほうがおかしいのだ。
「……ごめん」
「いいってば。気にしない気にしない」
何年も戻れないという覚悟は最初からある。
ただ、気がかりは“五年目の祟り”だ。
四年目が表向き不完全な形で終わったとはいえ、奴等の目的が祟りの演出だというのなら……五年目も何かが起きることは想像に難くない。
そのとき犠牲になるのは、嫌な想像になるが……これまでの被害者を見る限り、北条家や古手家から出てしまう可能性は捨てきれない。
できるなら、あと半年。
次の綿流しまでに、何らかの成果をあげておきたいという思いが、私たちの焦りの根本にある。
「美雪は、いい子にしてたかい?」
「えっ、うん、まあ……ね?」
歯切れの悪い私の返事に、軽く眉をひそめる。
私は誤魔化し笑いを浮かべて、
「園でね、男の子と喧嘩して……こっぴどく泣かせちゃったらしいんだ。相手の子のお母さんもいい人でさ、笑って許してくれたんだけどね」
「またかい……」
はぁ、とわざとらしくため息をつく衛さん。
「元気が良すぎるのも考えものだよ。誰かさんにどんどん似てくる気がする……」
「あー、失礼な! 美雪ちゃんの芯の強さは、生まれつきだと思うけど~?」
ぶーぶーと抗議してやったら、衛さんは苦笑を浮かべた。
「そうかもしれない。でも影響がないとはいえないだろ」
う……、そりゃまあ、最初に会った頃より自己主張の強い子になったなあとは思うけど。
園にいってる間を除けば、美雪ちゃんはほとんど四六時中私と一緒にいるんだから多少人格形成に影響を及ぼすのは目をつぶってほしい。
「はは、そんな顔しなくてもいいよ。君には感謝してる。なにしろすっかり『ママ』らしいからね」
今度はこっちが苦笑する番だった。
最初はおねーちゃんおねーちゃんと懐いていた美雪ちゃんだけど、いまは私のことを『ママ』と呼んでいる。
きっかけは、秋にあった園の親子運動会だ。
衛さんが急な仕事で参加できなくなったから、応援だけというわけにもいかなくなって父兄として参加することになった私は……うん、まあ、お察しください。
で、お友達に『みゆきちゃんのママすごいね!』『かっこいいね!』なんて羨ましがられたものだから美雪ちゃんもお調子に乗ったというかご自慢になってしまって。
応援席に帰るなり、『ママ~!』と呼ばれて抱きつかれたときは目が点になったものだ。
それ以来、すっかり私はママ扱いされている。
しょっちゅう『ママはいつパパとけっこんするの!?』と急き立てられてるのは衛さんには秘密だ。
美雪ちゃんのことだから、衛さんにも同じことを言ってる可能性は否定できないけど。
ちなみにあれ以来、美雪ちゃんを園に迎えにいくとほかのお母さんたちにも『奥さん』と呼ばれて主婦扱いで井戸端会議に参加させられるのは、中学生として複雑だ。
スタミナありそうなご主人で羨ましいわぁって何だよぅ!
純情可憐な乙女にドぎつい話聞かせるんじゃないよぅ!?
「お風呂は沸いてるかい?」
というのんきな声が、私を現実に引き戻した。
「あ、うん。ご飯用意してるから、ごゆっくり~」
「ありがたい、外での食事は味気なくてね。君の手料理が恋しくなっていたところだ」
ほっとしたような顔で言うものだから肩をすくめた。
「へいへい、褒めてもなんもでないよ~?」
当初の予定では利用し利用されるだけのドライな関係だったのが、こうしてすっかり家族ごっこになってしまったあたり、子供というのは偉大だなぁと実感するしかない。
……ま、もしも雛見沢に帰れる見込みがなさそうだったらこのまま美雪ちゃんのママにおさまるのもいいかな、とは思わなくもないけど。
……い、いや、他意はないよ!?
そりゃあ悟史のことは詩音に譲るつもりですっぱり諦めてきたけど、ほら、年の差ってもんがあるしさ!
「……誰に言い訳してんだか、もう」
こつんと自分で自分を小突いて料理に戻る。
まわりにだいぶ流されているのかもしれないな、と思う。
当初、ご近所に対して衛さんの口実は『親戚の子を預かることになった』というものだった。
ぼろがでてもいけないからあまりはっきりしたことは言わない方針でいたら、奥様たちの気ままな想像で変な方向に尾鰭がついていき、なにやら複雑な設定ができあがった。
まさに『あるぇ~?』な後付設定。
その設定によれば私は雪絵さんの妹であり、不慮の死を遂げた姉にかわって、憧れの人であった衛さんの再婚相手となるべく、高校卒業後すぐに押し掛けてきたらしい。
雪絵さんのことを忘れられない衛さんは私の中に彼女の面影を見ながらも受け容れられず、亡き妻の実家への義理があるから追い返すわけにもいかず苦悩しているそうな。
……いやぁ、ドラマチックなストーリーだよね!?
自分の噂じゃなけりゃ、続きが気になる気になる。
まぁ父子家庭にいつの間にか女の子が住み着いて、学校にいくわけでもなく主婦してるという状況が不自然だから、いろいろ想像が広がるんだろうけど。
でもたまに奥様方に『つらくても、負けちゃ駄目よ!』『頑張って、想いはきっと届くから!』とか生暖かい目で応援されるに至っては……どーしろって言うのさ。
だからおじさん、中学生なんだってば(言えないけど)!
そうそう、衛さんは最初の頃、私にどうにかして学校にいかないかと勧めてきた。
こちとら目下義務教育中の身なわけで、法の番人たる彼がそう言いたくなる気持ちはわからなくもないけど、丁重にお断りさせていただいた。
当然本名が出せるわけはないから、わざわざ偽名や偽造書類を用意しなけりゃいけないし、他人との接触が多くなればなるほど相手が私に辿り着く可能性は高くなるのだ。
そんなわけでこの半年、齢十四にしてすっかり専業主婦の生活が板についてしまった私である。
衛さんにとっても、公安の仕事は午前様どころか泊まりになってしまうことも珍しくないので、小さな美雪ちゃんの面倒を四六時中見てくれる私の存在は都合がいい。
もちつもたれつというべきか、それともギブアンドテイクというべきか、私たちの奇妙な生活はそれなりの紆余曲折を交えつつもおおむね平穏に続いていた。
そんな生活が一変するきっかけになったのは、思わぬ方向から捜査が進展したことにあった。
「アルファベットプロジェクト……?」
無関係の事件の捜査資料に浮かびあがってきた名前。
「うん。その計画の中に見つけたんだ、雛見沢に関係する名前をね。通称『入江機関』。雛見沢の風土病を研究しているらしい」
「入江……、監督の診療所!?」
防衛庁の秘密プロジェクトのひとつに、まさか入江診療所の名前があるなどとは全くの予想外だった。
「詳しいことはこれから詰めていく段階だけど、去年から雛見沢を調べていることは室長も承知だからね。はやめに足がかりを作るように言われたよ」
それはつまり、いよいよ雛見沢に足を踏み入れる覚悟を決めたということだった。
「となると……冬の雛見沢は陸の孤島だからね、車が必要になるなあ」
「バスでは駄目かな? 以前はそれで行ったんだけど」
情報の塊である車をなるべくなら使いたくないのは衛さんも私と同意見のようだ。
「残念。バスは何年も前に廃線になってるよ……そうだ、園崎が別荘分譲地の売り出しをやってるから……」
いささか季節はずれではあるが分譲地の視察を申し込み、園崎不動産を通じて村の人間に迎えの車を手配してもらうことにした。
「ゆき、みたい! いきたいいきたいいきたい!」
父親が雪深い場所に出かけると聞いて美雪ちゃんが我が儘を言い出したりもしたけど、あいにく前日から熱を出してしまったのであえなく撃沈。
「うぅぅぅ、ゆき、みたいよぅ……」
「だーめ。ママとお留守番」
自分の名前が美雪なのに一度も雪を見たことがないと嘆く様子は可愛いんだけど、さすがに外出は無理だ。
「子供連れのほうが警戒されないかと思ったけど、これはしかたないな……美雪、ママの言うことをきちんと聞いていい子で待ってるんだよ。お土産は何がいい?」
「ゆきだるま……」
あはは、そりゃ無理だ。
「悪いけど、美雪のことを頼むよ」
「はいはい、心配しないで。そっちこそ、向こうで詩音や部活メンバーに会ったらよろしく言っといてよ」
「……よろしく言っちゃっていいのかい?」
変な顔をする衛さんにこっちは可笑しくなる。
どこまでいっても真面目な人だ。
「あっはは、冗談! 気をつけていってらっしゃい!」
「ああ。……いってきます」
「向こうで連絡してよ。美雪ちゃん、寂しがるからさ」
「そうだね、わかった」
そんな会話をしてカメラの入ったバッグを片手に出かけた衛さんは単身雛見沢へと向かった。
その日は約束どおり雛見沢から電話を入れてくれて、深夜になってから帰宅した。
「……多少の収穫はあったよ」
驚くべき偶然だが、雛見沢まで衛さんを乗せてくれたのは診療所の鷹野さんで、圭ちゃんも街への買い出しだとかで同乗していたという。
「はて、鷹野さんって興宮に住んでたと思うんだけど……引っ越したのかな?」
「そうじゃないかな。ずいぶん親しそうだったよ」
雛見沢にはもう圭ちゃんの家が建っていて、ご両親はまだこっちにいるらしく、そのかわりになぜだかレナが一緒に暮らしていたと聞かされて驚いた。
「え、レナが……? どうしたんだろ、お父さんとか家になにかあったのかな」
「詳しい話は聞けなかったけど……ああ、ほかに二人ほど一緒に住んでるって言ってたかな」
二人というのは当然、圭ちゃんを居候させていた古手姉妹ということになるのだろう。
みんなの近況を知る手段がないのはじれったい限りだ。
帰りの道すがら分校や診療所の写真も撮ってきた衛さんは腕組みをして呻く。
「四年前にも思ったけど、情報収集が難しいな」
繰り返しになってしまうが、雛見沢には山村独特の閉鎖性がある。ベースとなる私の情報があっても、余所者の立場で聞けることは限られてしまうのだ。
こればかりは、正直どうしようもない。
「……実は帰りの列車の中で考えたんだ。いっそのこと、本当に雛見沢に家を建ててしまおうかって」
「はあ!?」
意味がわからない。
「君にも常々雛見沢のことは聞いていたし、東京から村に引っ越した前原くんの意見も聞いた。雛見沢には、子供にとって必要な環境があるんじゃないかと思ったよ」
不便な山奥の村だけど、だからこそ皆の連帯は強い。
年々他人との関係が希薄になっていく都会で育つよりも、年上の子供たちが下級生たちの面倒をみる雛見沢で暮らすほうが豊かな心を育てるのではないか……と。
都会人の発想としてはわからなくもないし、私にとっての雛見沢が素晴らしい故郷であることに異存はない。
でも、いまの便利な生活を捨てて、東京からあんな山奥に引っ越すことがどんなに大変かわかってるんだろうか。
「仕事はどうすんのさ、警視庁公安部のくせに」
当たり前のことを言ったら、衛さんは笑ってみせた。
「向こうにいっても仕事はあるさ!」
無駄に爽やかだった。
「そ、そりゃあるけどさぁ……」
公安のエリートがなにをとち狂っちゃってるんだろう、というのが私の正直な感想だった。
そんな表情に気がついたのか、
「はは……正直言えば、何年か前まではこの仕事を選んだことを後悔していたんだ。正義のためとはいえ、捜査捜査で妻の死に目にもあえなかったわけだからね」
そう言ってすこし寂しげな目をする。
「巨悪と戦いたい、一人でも多くの人をこの世の理不尽から守りたい、そう夢見て突っ走ってきたけど……一番大事な家族でさえ守れないのが現実だった」
握りしめた拳に力がこもる。
「この場所で戦う人間も、もちろん必要だ。でも最後まで僕の身を案じてくれた雪絵に償うためにも……二度と同じ後悔はしたくないと思ってる」
……雪絵さんの死は、彼の生き方に暗い影を落とした。
その事実に負けないように気を張って生きているのは知っていたつもりだったけど……やっぱり、失意の涙の味というのは忘れられないものなのだ。
だから彼が選ぶのは、残された美雪ちゃんにとっての最善の選択肢。かけがえのないものを二度と犠牲にしないために、すぐそばで見守っていける道を選ぼうというのだ。
「そっか……、うん。そうかもね」
衛さん自身がそう決めてしまったのなら、私にはどうこう言えるわけがない。そもそもそんな権利はない。
「……もちろん今の仕事をやめるのは、今すぐというわけにはいかないけどね。このまま家を建てるつもりで、話を進めてみよう」
その家は、閉鎖的な雛見沢に分け入っていく近道であり、新しい未来への第一歩というわけだ。
捜査のためと一挙両得というのがらしくない気もするけど雛見沢出身者としては住人が増えるのは嬉しいところだ。
「だから……その、君も雛見沢に一緒に来てもらえないかと思っているんだが、……どうかな?」
「私が、雛見沢に?」
思わず目を丸くしてしまう。
ますますなにを言ってるんだ、この人は。
私はその雛見沢から、命からがら逃げてきて東京に潜伏中の人間だというのに。
「最後の大仕事として、雛見沢の裏側で暗躍している何者かは必ず叩き潰す。祟りさえなくなってしまえば君も大手を振って雛見沢に戻れるんだろう?」
「へ?……う~ん、そりゃまぁ、そうだけど」
よく考えてみると、当初の予定だった叔母を消し、叔父を殺すという目的は果たせていない。
乱闘に巻き込まれたとはいえ叔母は事故死だし、叔父も結局死ななかったらしいので、残る問題はあの連中に狙われているという一点のみだ。
祟りの背後で暗躍するあいつらさえいなければ、今の私が雛見沢に戻ることにはなんの支障もない。
……ああ、つまり逆にこちらから乗り込んで連中を叩く、という意味か。園崎の力を振るうために、私が必要だと。
ま、そーいうことなら……、
「美雪にとっても、もう君はかけがえのない家族だし……私自身、君を守っていきたいと思ってる」
「……はい?」
なにか、意味合いの違うことを言われたような。
「もちろん、何年か先で構わない。美雪の、本当の母親になってあげてくれないか?」
……。
…………。
「はいぃぃぃぃ!?」
なにを言ってるんでしょうかこの人は。
これって、ええっと、アレだよね?
……いま、私、プロポーズされてますか!?
なんでまたひとまわり以上も年下の、しかもまだ中学生にそんなことを……、あぅあぅあぅあぅ(羽入化)
「あ……、ははは。突然過ぎたかな」
がくがくと首を縦に振ってみせる。
おじさん、不意打ちにもほどがあると思うよ!?
「でも、真剣にお願いしてるつもりだ」
「う……、うん……」
ままままさか、赤坂○リコン説がこんな意外な形で再浮上するなんて……原作だとほとんど接点ないのにッ!?
赤魅なんてカップリング、おじさん聞いたことないよ!?
……ま、まぁ、思い返してみれば、ここ半年ほどはおままごとのようなものとはいえ夫婦みたいに過ごしてきたわけだし、思い当たる節もいくつか……ないわけでも……。
たとえば夏。
『……え、私も行っていいの?』
『もちろん、一緒に来てくれると助かる。子供には楽しい思い出も大切だと思うからね』
美雪ちゃんにせがまれた衛さんに誘われて海にいった。
『えへへ……どっかな?』
『あ、いや……うん、よく似合っていると思う』
急に水着を用意できなくて雪絵さんのおさがりのワンピースを着た私に対して、妙に衛さんの視線が突き刺さっていた気がしないでもない。
『……君たち、私の妻に何か用かな?』
浜辺でナンパされそうになったところを助けに入ってくれたときは、こっちも柄にもなくうっとりしちゃったし。
『あんまり無茶をしないでくれ……ふたりとも』
美雪ちゃんが間違って沖合にでちゃったときに私の責任だと思って必死に泳いでどうにか連れ戻したら、やたら心配してた様子で二人まとめて抱きしめてくれたっけ。
たとえば秋。
『久々に休みがとれたんだ。たまには家族でのんびりするのも悪くないだろう?』
温泉へ家族旅行に連れていってくれたこともあった。
私の背中のことも話してあったから、小さな家族風呂を貸し切りで使えるところをちゃんと手配してきてくれたのがなんだか嬉しかった。
『いや~、いいお湯だったよ~』
『……そ、それならよかった。私も入ってこようかな』
湯上がりに浴衣を着て、美雪ちゃんと手をつないで部屋に帰ったらやっぱり視線が熱かったうえに、すぐに目をそらして気まずそうにごまかしていたような。
『本当にすまない。……これ、本当は今夜渡そうと思ってたんだが、受け取ってくれないか』
翌日は急な仕事が入って、衛さんだけ一足先に帰ることになっちゃったけど、謝りたおしながら贈り物を渡された。
お詫びの品かと思ったけど、あとで考えてみたらその日は私の誕生日だったことに気がついた。
たとえば冬、クリスマス。
『今日は、絶対に仕事を終わらせて帰ってくるから!』
そう言い張って出掛けたけど、期待はしてなかった。
むくれる美雪ちゃんがとうとう寝てしまった頃になって、電話がかかってきた。
『ごめん……約束を守れなくて。美雪にも、すまないと』
いいからお仕事頑張って、と答えてやったらなにやら声を詰まらせていたっけ。
『なにやってんだか、もう!』
『ま、参ったなあ……よかった、これは潰れてなかった。メリークリスマス。……遅れてごめん』
日付の変わる頃になってベランダから侵入しようとして、私の仕掛けたトラップに引っかかった間抜けなサンタには笑ったけど、花束を貰ったのは初めてだった。
『昔、雪絵との初めてのクリスマスも大遅刻してね。全然怒ってなかったけど、機嫌をとろうと花束を買ったんだ』
美雪ちゃんの寝てる横で二人でシャンパンを開けながら、懐かしそうな笑顔で思い出話を語ってたなぁ……。
……あ、あるぇ~?
思い返せば半年かそこらの間に、わりといろいろイベントこなしたり、フラグ立ってたりしてるの、もしかして!?
おじさん、ひょっとして空気読めてませんか?
アプローチされてるのに思いっきりスルーしてました!?
『うわ……お姉ぇ、もしかしてマジで言ってます? だとしたら、乙女的にかなりヤバいんじゃないかと……』
さ、さすがにこれは、脳内詩音の言うとおりだ。
深ぁ~く反省する私である。
「その……えと、でも。私ってばまだ子供だよ!?」
「もちろん、親御さんにはちゃんとお話するつもりだよ。当然、許しが得られるまで何年でも待つつもりだ」
「なんていうかほら、おじさんくさいし!?」
「ははは、気さくな子だとは思うけどね。美雪と一緒の君を見れば、とても優しくて情の深い女の子だとわかるよ」
「せ、背中に鬼なんかしょっちゃってるし!?」
「故郷を守る役目と覚悟を形にしているんだから、それは決して恥じるものじゃない。きっと綺麗な背中だと思う」
「こ、こう見えても極道の娘だし!?」
「出自に関係なく君自身は素晴らしい人間だ。君を育てた人たちも、きっと尊敬できる人間だと信じている」
「ゆ、雪絵さんは……どう、思うかな……?」
「彼女のことは決して忘れない。でも雪絵はきっと、美雪や私が幸せになることを望んでくれていると思う。美雪にとってはもちろん、……私の幸せにも、君が必要だ」
だ、駄目だ……。
衛さんの強固な意志は、私の言葉では覆せない。
人当たりがよくて物腰も柔らかいけど、思いのほか頑固でこうと決めたら決して譲らない性格なのは、ここ半年一緒に暮らしてよくわかっている。
それに彼は真面目で思慮深い。
きっと、こうして話を持ち出す前に何度も何度も自問自答して自分の揺るがない意志を確認しているのだろう。
そして結論を出した。
この先の自分と美雪ちゃんにとって、私が必要だと。
だから私は、こう答えるしかなかった。
「……すこし、考えさせて。ちゃんと答えるから」
「ああ、もちろん」
頷きながら微笑む。
その笑顔は、じんと心に焼き付く強さがあった。
まさかこんな展開……考えもしなかったなぁ。
……で、翌月のこと。
「それじゃ、美雪のことはよろしく」
「う……うん、その、いってらっしゃい。えと、これ」
興宮に向かう衛さんに紙袋を手渡す。
「こっちの大きなほうは大石に渡して。こっちの小さなほうは衛さんの分だから、新幹線の中ででもどうぞ」
今日は大石に会ってある程度のところまで事情を話して、内密に捜査協力を乞うらしい。
これから本格的に雛見沢との行き来が多くなるのだろう。
「ああ、お弁当かな。ありがとう魅音、いってきます」
「……うん」
衛さんが笑顔で出て行った玄関のドアを見つめたまま私はしばらく立ち尽くしていた。
大石にと託した袋の中には、チョコレートが3つ。
手間賃として大石本人に1つ。
残りのふたつは、悟史と圭ちゃんに届けてもらうようにと手紙を入れておいた。
口実は、前の来訪で衛さんが圭ちゃんにお世話になったことへの御礼で悟史のぶんはついでになってるけど、事実はまったくの逆だった。
自分の中でけじめをつけるために贈りたかった、悟史への最初で最後のバレンタインチョコ。
圭ちゃんあてのは、古手姉妹やレナからチョコをたっぷり貰うであろうハーレム野郎への嫌がらせとしてちょっぴりスパイスを利かせておいてやった。
そして、最後のひとつ。
小さなほうの袋には、私の返事と、本命チョコ。
……はてさて、どんな顔して帰ってくるんだろうね。
まあ、それよりも問題なのは。
どんな顔して迎えたらいいのか、なんだけどさ。
<雑談>
というわけで、前原圭一は二度死ぬことになりました。
チョコの送り主を魅音とは知らずに赤坂の妻だと思い、
「彼、再婚してたんですねぇ……いや羨ましい羨ましい」
とか言いながら雛見沢分校に届けた大石さんですが、
まさか悟史に犯行を疑われてるとは思ってないでしょうね。