朝帰りした圭一は疲労困憊といった有様で、思わず衛生兵を呼んでしまうような憔悴ぶりだった。
とりあえず回復はしたからひと安心だが、そのまま登校は無理そうだったのでしばらく休んでから来るようにと申しつけて羽入と二人、学校へ向かう。
「……なんだか梨花と二人で登校も久しぶりなのです」
「そうね……」
羽入の横顔が寂しそうなのも無理はない。
去年、私が圭一を連れてくるまでは姉妹二人での登校風景が当たり前だったのだろう。
でも、去年からは圭一が、前原屋敷に移ってからはレナが加わって、二人だけで登校することはほとんどなかった。
私自身も沙都子と二人での登校が当たり前だったのに何故か二人分の空白が寒々しく感じてしまうのは……圭一とレナのいる暖かさに、慣れすぎてしまったということか。
「魅音も来ないのです……あぅあぅ」
いつもの待ち合わせ場所で詩音が来るのをしばらく待ってみたが、予想どおりと言うべきか、詩音が姿を現すことはなかった。
圭一があそこまでグロッキーになるのだから、宴会か何かは知らないが一緒にいたと思われる詩音が現れないのは驚くに値しない。
「……ま、向こうもダウンしてるんでしょ。いきましょ」
そう言って羽入を促し、そのまま学校へ向かった。
「おはようございますわ!」
「おはよう、二人とも」
すこし遅めに教室に入った私たちをいつもの席で待っていたのは、北条兄妹だった。
「あれ、圭一と魅音は?」
「かくかくしかじかなのです」
「そっか、園崎家で何があったんだろうね……」
……いまのでわかる悟史も凄いと思うんだけど。
ま、そこはツッコんじゃいけないところよね。
「そういえば悟史、昨日の宿題でわからないところがあるので教えてほしいのですよ」
「うん、いいよ。どこ?」
授業が始まると、圭一に教わるつもりで残しておいた問題を羽入が悟史に聞きにいったので、私は隣の沙都子に話しかけることにした。
「沙都子、日曜の件では鷹野に叱られなかったの?」
「はい?……って、またあの話ですの」
じとりと不機嫌そうな視線を向けてくる。
それはそうだろう、自らあの裏山へトラップにかかりにきた間抜けな青年とおしゃべりしていたら、いつの間にか服を全部盗まれて裸で帰るはめになった、なんて。
沙都子にしてみれば末代までの恥だ。
「み、三四さんは……別に怒りはしませんでしたわ。ただ何故だか失意体前屈で、『賭け麻雀禁止にしなきゃ……』とかブツブツ言ってましたけど」
「……法律では禁止されてるんだけどね、一応」
まぁ沙都子の話を聞く限り、どう考えてもそのアホな青年は山狗の構成員のようなので指揮官の鷹野が責任を感じるのも当然といえば当然だ。
むしろ、自分の養女を身ぐるみ剥がされたんだから処罰のひとつくらいしてやってほしいものだが。
……などと、平和な思考を巡らせてしまった自分が、ふと可笑しくなる。
いまはもう昭和58年の6月。
五年目の崇りが起きるであろう綿流しのお祭りまでわずか十日ほどしかないのだ。
そしてこの世界の崇りが私の知っているとおりに推移するならば、鷹野と山狗こそが女王感染者たる古手羽入を殺害するはずの……、明確な私たちの『敵』。
でも私にはもはや鷹野を敵だとは思えないし、こうして間抜けなエピソードを聞けば山狗だってずいぶん怪しい。
詩音たちと協力して崇りに対する備えはしているものの、圭一が一年間かかって作り上げた雛見沢の平和過ぎる空気にだいぶあいつらも毒されてるんじゃないかとさえ思う。
「とにかく、あの方には今度会ったらきっちりお灸を据えてさしあげますわ。それまで生きていればいいけれど」
「生きていればって、お弁当になにか仕掛けたの?」
いくつかの世界でたまに圭一にお弁当トラップが炸裂していたのを思い出して聞いてみる。
「あのお弁当は自分で食べるために作ったものですもの、何も仕掛けてませんわ。あの方、ずいぶんとみじめな食生活を送っているようでしたから」
「みじめって?」
「朝はお塩を舐めて、昼は抜き、晩御飯はパンの耳……と仰ってましたわね」
「……それは食生活とは言わないと思う」
なんというか……緩やかに衰弱死している過程?
沙都子はまったくだと言わんばかりに溜息をつき、
「ですから心配なんですのよ。わたくしがとどめをさす前に餓死してるんじゃないかって」
特殊部隊に賄い飯はないだろうしね……はッ!?
「さ、沙都子、あなたまさか……」
恐ろしい予感に戦慄する私だった。
「?」
「そ……その雲雀の13番とやらに、惚れちゃったりしてないでしょうねっ!?」
勢い込んでそう尋ねたら、沙都子はまるで電流が走ったように身を震わせ、手にしていた鉛筆が机の上を転がる。
「な……!?」
わななく沙都子の表情は、これまでに見たことがないほどのものだった。ちょっと立ち絵として皆様にお見せできないような顔になってるわよ沙都子!?
「ななななにを根拠に、そんなド失礼なことを言いますの梨花は!? あと雲雀の13番ってコードネームのような覚え方はさすがにどうかと思いますわよ!?」
だってコードネームだもん。
……じゃなくて!
「だって沙都子、ダメ男がタイプじゃない!」
「だめんずっ!?」
私の指摘がよほど衝撃だったのか、頭を抱えて涙目になる沙都子である。
そう、そうなのだ。
私の旅してきた百年分の経験の中で、レナや魅音はともかく沙都子は年齢的なものもあってか誰かに対して恋愛感情を抱く姿はあまり見たことがない。
比較的記憶に新しいのはいくつか前の世界で圭一を兄のように慕っていたときにそれに近い感情が垣間見えていたと思うのだけれど、そのきっかけがアレだ。
台所がぼーぼーでうーうーな事件。
圭一のダメさが露呈したときに食いついた……ということはつまり!
「そう、沙都子は……生活能力のないダメ男をお世話してあげたくなる、『尽くす女』タイプだったのよ……!」
せっかくキバヤシノリでそう言ったのに、沙都子は心の底から胡散臭そうな目でわたしを見る。
……なによ、やめてよ。なんか目覚めそうになるから。
「その理屈でいくと、わたくしの好みのタイプには叔父様も入ってしまうような気がするんですけれど……」
むむ……言われてみれば、そうなるか。
「でもほら、※ただしイケメンに限る、ってのもあるし」
「梨花、すこしは時代考証を考えて喋ってくださいまし」
なによう、その呆れたけどいつものことだから軽く流す、と言いたげな顔は。
「だいいち、ダメ男好きだなんて、あの圭一さんを好きな梨花に言われたくないですわね」
「私は、圭一のダメなとこにきゅんとなんかしないもん。お世話なんかしないもん、むしろお世話させるもん」
胸を張って宣言したら、沙都子は机に突っ伏した。
「梨花のほうがダメなことを失念していましたわ……」
「迂闊ね。……で、どうなのよ。その雲雀の13番はいい男なの? 思わずお世話してあげたくなっちゃった?」
真剣なまなざしで問う私に、沙都子は困ったように視線をさまよわせて歯切れの悪い答えを返す。
「……容姿がどうかということでしたら、それは……十人並み、いえ、中の上くらい……? いえ、でも背の高さや体つきの逞しさはプラスポイントな気も……ああああ」
体つきがどうとか言ったあたりで、見る間に沙都子の顔は真っ赤に染まっていった。
そういえば、二人して水に落ちたあと、服が乾くまでお話してたって言ってたけど……沙都子はあの妖怪マント(ビニールシート)があるとして、雲雀13は?
「まさか全裸っ!? まっぱ!? フルオープンッ!?」
「ななな、し、下着は履いてましたわよ、一応っ!」
「なにぃ……ぱんつ一丁だと……それはそれで……!」
じゅるり。思わずその光景を夢想する私である。
私がその場にいたら間違いなく『サービスサービスゥ!』とか叫びつつ最後の一枚を脱がしにかかるに違いない。
「時折、衝動的に梨花の親友をやめたくなるのはどうしてでございましょう……?」
なんで遠い人を見るような目をするのよ沙都子。
いろいろとやばいから、『お宝鑑定団!』って連呼したいのをぐっとこらえた梨花ちゃまの類まれなる自制心を褒め讃えるとこでしょ、親友的に考えて。
「ともあれ、そのご立派な大胸筋だか大腿筋だかにグッと来ちゃったわけね沙都子は……」
「筋肉に萌える趣味はありませんわよ!?」
本人はなにやら否定しているが、思い浮かべて赤くなるくらいだから異性として意識してしまったのは間違いない。
おのれ、私の純な沙都子をよくも……!
雲雀13め、見つけたら即座に乱闘だ。乱闘パーティだ。
「梨花さん、沙都子さん!」
はっと気がついたら、背後に知恵が立っていた。
めっと目で威嚇しながら、
「授業中にお肉の話に夢中になってはいけませんよ?」
わお。
知恵が言うとカレーの具にしか聞こえない、ふしぎ!
「とにかく、この話は 終了↑ ですわ!」
「そうはいかないわ、 再開↓ よ!」
ずっと俺のターン!とばかりに力強く話を再開しようとしたところで、知恵にスプーンを突きつけられる。
「言うこと聞けない子は、お耳にカレーを流し込みます」
思わず寒気がした。
知恵の目は『可哀想だけど、明日にはカレールーに浮かぶ運命なのね』とでも言いたげに乾いていた。
「ごめんなさい知恵先生」
平謝りするしかなかった。
鷹野のかわりに知恵にかっさばかれて美味しいモツカレーになる結末なんてごめんだった。
……くそう。沙都子を悪の道から引き戻したかったのに。
「どうみても梨花が煽ったせいで意識してしまったように見えるのですが……」
いつの間にか席に戻っていた羽入がぼそりと核心を突いた発言をするが、賢明な私はその痛恨のミスには気づかなかったふりをするのであった。
そうこうしているうちに午前の授業は終わり、お昼休みも半ばになった頃。
詩音がなにやら魂の抜けたような顔で登校してきた。
「はろ……ろぉん……」
な、なんて力のないはろろ~ん。
「ど、どうしたのですか魅音?」
「なんだか、お顔の色がすぐれませんわよ?」
羽入と沙都子が心配そうに声をかけると、エクトプラズムを口からふわふわと吐きながら色のない瞳で二人を見る。
「あのさぁ……時間戻す方法、知ってる……?」
二人は薄気味悪そうに首を横に振った。
残念だが、知ってる私も戻してはあげられない。
「そうだよね……取り返しなんてつかないよね……あはは……こんにゃくぅ……ぶるぶるじゃ……」
虚空を見つめて意味のわからないことをぶつぶつ言うのはやめてください詩音さん。怖いから。とても怖いから。
うーむ、あの気丈というか、むしろ攻撃力が過剰な詩音がここまで弱っているとは、園崎家でなにがあったというのだろうか……知りたいような知るのが怖いような。
「うあああ……、生まれてきてごめんなさい……ッ!」
ようやく自分の席についても泣きそうな顔で机に突っ伏す詩音を見ていると……その場にいなくてよかったなあ私と思ってしまうのだけれど。
「ちょ、魅音さん……なにが」
「沙都子、そっとしておいてあげなさい」
声をかけようとする沙都子を引き止めて首を振る。
慈愛溢れる私は「こんにゃく臭、もうしないよね……?」とか言いつつ自分の髪やら身体やらを嗅いでいる詩音を、放置してあげることにした。自分の優しさが怖いわ。
「あぅあぅ……魅音がすっかりポンコツなのです」
羽入も恐ろしげな様子でそれ以上の追及をやめたらしい。
が、たったひとり。
悟史は勇気に満ち溢れた様子で、詩音に歩み寄った。
「あぅ!? 室内なのに黄金色の風が……!?」
なんという溢れる爽やかさ!
まさか……悟史が!
あのキャラ改変が進んでしまって末期にしか思えなかったサニーの中に眠る本物の北条悟史が、詩音のピンチをみかねてこの世界に帰ってきたというの……!?
「大丈夫だよ」
そっと詩音の頭を撫でる。
「なにがあったって、圭一も僕たちも……詩、魅音を嫌いになったりするもんか。取り返しのつかないことなんて、ないんだよ……! バインバイ~ン♪」
なんか最後で大変なものがぽろっと出てる気もするけど、陽だまりのような笑顔だけはまさに悟史だった。
「悟史くん……っ!」
余計なものは聞こえなかったことにして感動のまなざしを向ける詩音の健気さに私までもくらっと来た。
「そうだよねっ……私、もう迷ったりしない! 圭ちゃんを信じる……大切なのは、何があったかじゃないよね!」
「え……な、何があったかもできれば知りたいんだけど」
「これからが重要なんだ……うん! 私、圭ちゃんのために何ができるか、考えてみる……!」
あ、あぁあ……。
詩音の瞳が、これまでになくキラキラ輝いてるッ!?
「ありがとう、悟史くん……!」
純粋な感謝『だけ』がこめられた輝く瞳で見つめられて、爽やか悟史のほんわか笑顔が……ぐにゃあ……と歪む。
悟史の背中に『いい人』の文字が透けて見える。
さらにその上に、『ど~でも』の文字もうっすらと……!
「にーにー……、やってしまいましたわね」
沙都子が処置なしとばかりに首を振った。
「あぅあぅ……悟史の最後の希望、魅音フラグが……今、HBの鉛筆をベキッ!とヘシ折るように砕け散ったのを感じますです。オヤシロさま、無情過ぎますのです……」
お前が言うな。
正確には今折れたのは詩音フラグで、本物の魅音フラグのほうは無事なはず……と言ってあげたいんだけど、何故かそっちもどこかで折れてしまったような気がする。
あれ……、なんか目からへんな汁出てきた……。
あくまでも爽やかに「元気になってよかったよ!」などと笑顔を残して詩音のもとを去り、自分の席に戻る悟史の背中がどんよりと陰を背負っていた。
『ばかな……っ! なんで……! どうして……っ! 悟詩フラグがこうもあっさりと……!? ありえない……! こんなこと……っ!』
あ、新ジャンル『悟ラレ』。
強く生きてね悟史。きっとこの作者のことだから、予想の斜め上なカップリングを悟史にも用意してくれるわ。
そう、きっと……、
「知恵とのカレーなるウェディングに100ペリカね」
「ずるいのです! では僕はみゆきに100ペリカです」
「甘いですわ……。わたくしは監督に200ペリカ!」
なっ!?
沙都子、恐ろしい子……!
自分の兄に入江フラグを立てることも躊躇しないなんて、なんて……ロマンチックなの!?(どきどき)
「にーにーのメイド化は全て、そのための伏線だったんですのよ……てっちゃんの名にかけて!」
「何故そこで鉄平が!?」
と、羽入と二人で恐怖に打ち震えていたら鐘が鳴った。
「それでは午後の授業に入りますよ~!」
黄金のオーラ(あえてカレースメルとは言わない)をその身にまとわりつかせ、昼食後はいつだってハイテンションな知恵が教室に入ってくる。
「あら委員長、身体の調子はよくなったんですか? あの薬用激辛カレーレシピ、効いたんですね!?」
なにそれこわい。
「あっははは、おかげさまです☆」
薬用カレーとやらを実際に食べてきたのかどうかは知らないが、詩音は絶好調のようだった。
『絶望した! 吹っ切れた詩音の笑顔に絶望した!』
「あら悟史くん、思考が漏れてますよ。絶望するなら、休み時間のうちにしてらっしゃい!」
生徒が思わず吊ってしまいそうな暗い顔をしてるときに、笑顔でさらっと流してしまえる知恵はもしかしたら偉大な教育者なのかもしれない。
「では委員長、号令を!」
「はいっ! みんな、きりーつ!」
そして放課後になっても、圭一は登校してこなかった。
朝のあの様子からすれば夕方まで起き上がれなくても不思議ではないから、さほど驚くことでもないけど。
「ごめん、悪いんだけど今日はお祭りの準備の関係でレナのお見舞いにいけないんだ。私のぶんまで行ってもらっていいかな?」
溌溂としつつもレナに悪いなという気持ちを覗かせる詩音はこの一年で本当にレナと親友になったんだな、と感慨を覚える私だ。
前の世界のように沙都子をお世話しようと詩音がこっちの分校に通っている世界もあるにはあった。
だが、詩音はどうも根本的にレナを苦手としている部分があるようで、二人が魅音抜きで心から仲良くしている世界なんて見たことがなかった。
一年間という積み重ねた時間や、秘密を共有してきたことが二人の絆を強く確かなものにしてくれたのだろう。
「ふむ、いいわよ。沙都子、一緒にいかない?」
「おっけーですわ! わたくしも先週行ったきりですからレナさんにお会いしたいと思ってましたもの!」
ぐっとサムズアップしてくれる沙都子だった。
「僕はお努めにいきますので沙都子、梨花をしっかり監視してほしいのです」
境内の掃除に向かう羽入がド失礼なことを言う。
「ほほほ、おまかせですわー!」
そういうわけでそれぞれの目的地に向かう私たちだが、
「悟史はどうするのですか?……あぅ!」
なにげなく尋ねた羽入が、がくぶると身をすくませる。
そこには煤けた背中の悟史が木枯らしをまとわりつかせながら、あさっての方向に歩き出す姿があった。
「冬の日本海ってやつを、見にいきたい気分なんだ……」
でも悟史の行く手にはもうすぐ海開きを待つばかり、初夏の太陽眩しい海水浴場しかなかったりするわけだけど。
「だったらいいよ! 海沿いの街でうらぶれつつ人形劇を披露して、ラーメンセットを要求してやるよ!」
そう言ってまだ見ぬ夏へと走り出した悟史の背中に、さんさんと日差しが降り注いでいた。
「……やれやれですわね」
見送った沙都子がため息ひとつ。
「沙都子、いいの?」
「にーにーでしたら大丈夫ですわ。2~3時間もすれば、『夏にはじける鷹野さんのヴォルテッカを見るまでは死ねないって気づいたよ!』とか言いながら帰ってきますわ」
その予測は的確だと思うけど、最愛の兄がすっかり変わってしまったことはどうでもいいのだろうか……。
「人は変わってゆくものですわ、梨花。それを嘆いて立ち止まっている時間なんて、わたくしにはありませんもの。わたくしも、変わらなくては……!」
おぉお、いま沙都子がいいこと言った!
「そうよね、沙都子……わたしも変わるわ! それって、成長するっていうことだものね!」
「そうですわよ、梨花!」
希望に満ち溢れて意気投合する私たちではあったが、
「あぅ……すくなくとも梨花や悟史の変わりようは、成長というよりも堕落だと思うのですが……」
あぁあ、羽入がいま余計なこと言った!?
その羽入とも別れて、私たちは診療所を訪れた。
「きゃ!……なにか、あわただしいですわね?」
「そうね。なにかあったのかしら」
診療所の駐車場から勢いよく飛び出してきた山狗のワゴン車に危うくぶつかりかけた私たちは首をかしげる。
診療所の建物の裏側にある職員駐車場のほうがやけに騒がしい様子なのは、ここからでもよくわかった。
エンジン音にひかれるようにそちらをのぞきこんだ私たちの上にぬっと影がさし、慌てて見上げれば作業服姿の男が立っていた。
山狗……!
「村の子かい? 悪いけど、危ないから向こうへ……」
女王感染者でない自分が首をつっこむのはヤバい、なんて背筋が寒くなった私だけど、沙都子がその山狗の顔を見た途端、素っ頓狂な声をあげる。
「あら、十三さん!?」
「げえっ、HOJO!?」
なに、こいつがッ!?
む~……赤坂ほどではないが、顔はまあマシな方ね。
「……レディと再会して『げえっ』とは、相変わらず礼儀のなっていない方ですわね。先日のお礼は、後日たっぷりとさせていただきますわ……」
静かに燃える沙都子の笑みを向けられて、雲雀の13番は薄ら寒そうなひきつり笑いを返した。
「い、いやHOJO、あの件は本当に悪かった。今度負け分を取り返したら上下一式買ってやるから、水に流せ!」
「取り返したら……って、まさか」
わなわなと信じられないようなものを見る沙都子に、
「うむ、また負けた」
腕組みしつつ胸を反らして負け犬宣言をする。
「ダメ人間がいる……というかこの村、ひょっとしてダメ人間しかいないのかしら……?」
「ぬ、この生意気そうなチビはなんだHOJO。あれか、お前の友達だとかいうバイオレンスな椅子投げ娘か?」
うわ、こいつムカつく!?
沙都子も私のことをどんなふうに話してるのよ!
「この古手梨花のはかなげな佇まいを見て、バイオレンスとか言っちゃうあんたの美的感覚には失望したわ……」
ふっとか鼻で笑ってやったら、
「はかなげ!?……こいつ、椅子だけかと思ったら墓まで投げるのかよ! すぐに通報しろHOJOォオ!」
誰が墓投げ娘やねん。
んなパワフルやないっちゅーねん。
「どこへいってもアホな連中に囲まれる自分の境遇について少々疑問が沸いてきましたけど、十三さん。お仕事はよろしいんですの?」
「そうだよ仕事だよ! 見も知らぬ村の子たちよ、こっちは車の出入りが激しいから近付いちゃダメだぞ!」
いまさら見も知らぬで通すつもりかい。
なんというか、強引かつ尊大な性格なのはよくわかった。
鉄平ほど粗暴でないし愛嬌はある気もするから、ある意味では安心もしたけど……でもやっぱムカつく。
「よくわかりませんけど、お忙しそうですから今日のところは見逃してさしあげます……そのかわりさきほどの件はしっかり記憶しておきますわよ!」
空気の読める沙都子は仕事を邪魔してはいけないと思ったのだろう、捨て台詞がわりにそう告げると私の手を引っ張ってその場を後にしようとする。
「おう! また美味い弁当を持ってこいよHOJO!」
こいつ、小学生相手に飯たかる気まんまんだッ!?
「……本当に、しょうがないお方ですこと!」
沙都子も、そこは赤くなってずんずん歩く速度を上げるところじゃないでしょ!? このツンデレ!
やばい、フラグ立ってる……。
あんな原作でちらっと出ただけのチョイ役に……しかも独自解釈しまくったほとんどオリキャラなんぞに私の沙都子を奪われるなんて……絶対に妨害してやるッ!
というようなことを、病室のレナに話してみた。
「り、梨ぃ花ぁあ~!?」
「はぅ~☆ 耳まで真っ赤になった沙都子ちゃん、通常の三倍くらいかぁいいよぅ~☆」
顔を赤くして抗議する沙都子を抱きしめ、ぎゅむぎゅむと頬ずりするレナである。退院が近いとあって、レナも調子を戻してきているらしかった。
「そのかぁいい沙都子を、あんなゴリラ13にはやれないわよねレナ!? いっそ前原家にお持ち帰りましょ!?」
そう、ライバルが余計に増えるとしても圭一のハーレムに押し込んでしまうほうがまだマシだ。そしたら私も存分に沙都子を愛でられるし!
「悪魔の誘惑はやめてくださいましっ!? あと、いくらなんでもごりらさーてぃーんはひどすぎますわ!?」
本人の意思は聞いてない。
「う~ん……レナはね、沙都子ちゃんが決めればいいことだと思うかな。かな」
「えぇええ!? どうしちゃったのよレナ、物でも人でもかぁいいとなったら有無を言わさずお持ち帰り、犯罪者の多い雛見沢界隈でも一目置かれる危険生物が!?」
「そ、そんなふうに思われてたんだね……」
レナは私の叫びにちょっと傷ついた笑顔を見せる。
それはいまさらショックを受けるとこじゃないでしょ。
でもレナはすぐに立ち直ったようで、あくまでも優しく、静かに微笑みながら続けた。
「レナはレナの居場所に沙都子ちゃんが来てくれるなら、いまより幸せだと思うけど……沙都子ちゃんはどうかな。居場所って、自分が決めることだと思うから」
そういえば……ずいぶん前から、レナはゴミ山でいろいろ拾ってくることをしなくなった。
思えばあれは、幸せじゃないレナの居場所をかぁいいものたちで埋めるための、哀しい代償行為だったのだろう。
人から見捨てられ、行き場のないガラクタたちにレナ自身の姿を見つけて……放っておけなかっただけ。
それをしなくなったのは、きっと……圭一や私たちと前原屋敷で暮らすいまの生活、いまの居場所が、レナにとって十分に幸せなものだったという証拠なのだ。
「わたくしは……にーにーがいて、三四さんがいてくれる今の生活をとても素敵な居場所だと思ってますわ。梨花の提案も魅力的ですけど、これ以上は甘えられませんわ」
沙都子がそう言ってレナに微笑み返す。
「これからのわたくしに必要なのはきっと、これ以上甘えられる場所じゃない。自分の居場所をもっともっと素敵なものに変えていく努力……だと思いますわ」
「うん、レナもそ……」
「ストップぅう! いい話の流れに持っていって肝心の話を誤魔化そうとしても無駄無駄無駄よ!」
横から割り込むと、機を逃した沙都子はあからさまに顔を背けて舌打ちした。
相変わらず沙都子は油断も隙もないわね。
「いま肝心なのは、沙都子のフラグをどうやって叩き折るかなのよ! レナ、お願いだから力を貸して!」
「はぅ……梨花ちゃん。ひとの恋路を邪魔すると、怒ったレナにきっと*されちゃうよ?」
「怖ッ!? この姉、いま怖いこと言ったわよ!?」
「だーかーらー、恋路ではございませんのよー!?」
「あははは、沙都子ちゃん照れてる~! かぁいい~☆」
なにこの会話の流れ。
いまや雛見沢における、その道の第一人者である私がこう言うのもなんだけど……、ループって怖くね?
レナのお見舞いと商店街での買い物を終えると、沙都子と手を振って別れる。
「ゴリにデート誘われてもついていっちゃダメよ~!」
「だからゴリでもデートでもございませんわっ!?」
ぬぬぬ、強情な沙都子め。
なんだかんだいって『殿方にお洋服を見立てていただく』とかいうシチュエーションが満更でもないと見える。
なんとかしてヤツの沙都子への接触を阻止するか、最悪の場合でも当日は妨害計画を立てなければ……。
鍵は圭一だ、圭一ならなんか打ち破れるに違いない!
などと考えながら家路を急ぐ。
「ん……赤坂、来てるのかしら?」
この間完成したばかりの赤坂☆ハウスに灯かりがついているのを見て首を傾げるが、この件で温泉男は役に立つまい。
そのまま華麗にスルーして愛しの我が家に辿り着き、玄関を開けるなりただいまを言う暇すらなく、
「あぅあぅあぅあぅ、梨花ぁああぁあ~!」
「ぐふッ!?」
泣きじゃくる我が姉にロケットタックルを食らった。
後頭部に衝撃、1769のダメージ。
梨花は泣きそうだ!
「あぅ、あぅあぅ、圭一が、圭一が……!」
「ギギギ……け、圭一がどうしたのよ。例によってお風呂でダークブルームーンごっこしようぜとでも言われた?」
だったら私も混ぜろよ。
「ち、違うのです! 圭一が、圭一がいないのです!」
は?……いない?
すこしぽかーんとしてしまう。
圭一は今日、結局学校に来なかった。
ならば、家で寝こけた上、そろそろおなかをすかせている頃合だとばかり思っていたのに……いない?
「あぅ、なんだか嫌な予感がして、ほうぼうに電話をかけたのですが……あぅう、どこにもお邪魔していないと」
そう、そこは羽入に同感だった。
さっきまでは極めて平和な思考をしていたのに、いないと聞いてそんなものは一瞬で吹き飛んだ。
嫌な……とても嫌な、予感。
脳裏でフラッシュバックするいくつかの光景が、わけもなくつながる。
慌ただしく動き回っていた山狗たち。
結局、診療所で姿を見せなかった鷹野。
圭一のいない前原屋敷。
まさかとは思うが……圭一が、発症した?
山狗が重度発症者を確保するのは不自然ではない。
よりにもよってこの時期、昭和58年6月の綿流しを目前に控えた今の季節だからこそ……その想像は、あまりにもリアルに私の頭の中身を危機感で埋め尽くしていく。
ぐるぐるぐると掻き回される脳内。
圭一が突然の失踪。
最悪、発症して診療所の地下。
レナはまだ入院中。
診療所にいるから、人質同然。
魅音も去年から行方不明。
これも診療所の地下にいる可能性が高い。
悟史、沙都子、鷹野と同居。
やっぱり人質にされかねない危険もある。
いま動ける戦力は……私と羽入、それに詩音?
…………あれ? これ、詰んでね?
<雑談>
梨花視点からすると詰んでますが、
読んでくださる皆様からすれば、
まだまだ勝負はこれからですよね。
気がついたら八割くらい女の子同士で
喋ってる話になってたのでこんなタイトル。