ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第114話 嫁の可愛さは異常。 

「……ということらしい」

 

大石からの情報で、いまの雛見沢がどうなっているのかはだいたい把握できた。

 

「ふぅん……ちょっと驚いたね」

 

四年目の祟りが結局は不完全な形に終わったことで、村人たちの間では三年続いた怪死事件も偶然だったのではないかと祟りを否定する空気が流れ出しているらしい。

 

これは村の閉塞的過ぎる空気を打破したがっていた御三家としては喜ぶべき兆候だろう。

 

「沙都子のことは、いいニュースかな」

 

そして祟りに巻き込まれる形で入院を余儀なくされていた沙都子は、どうやら圭ちゃんが婆っちゃと町会を説き伏せ村が受け容れを表明することで無事退院。

 

……雛見沢メイド祭りとかいう、監督の喜びそうなお祭りが今年の秋に計画されているってのは謎だけど。

 

「どんなお祭りだろうね。楽しみだな」

 

「……いやぁ、きっとろくでもないと思うけど」

 

ともかく沙都子復帰後は、部活メンバーもますます元気に暴れまわっているらしいので、すこし安心できた。

 

驚いたのは、どうやら診療所の鷹野さんが沙都子や悟史の生活を助けるべく一緒に暮らし始めたのだそうで、その縁で部活にも加わっているのだとか。

 

「鷹野氏か。確かに優しそうな女性だったな、うん」

 

雪の雛見沢にいったときのことを思い出してかうんうんと頷く衛さんだけど、私としては困惑するしかない。

 

「むむ……美人は美人でも、ヘンなオカルト趣味で有名な奇人変人だったんだけどなぁ……?」

 

そう言ったら真面目な顔で、

 

「魅音……妬いてくれるのは嬉しいけど、知人を悪く言うのは感心しないな」

 

「妬いてヌェー!?」

 

仕方ないので懇切丁寧にじっくりと、鷹野三四という女性がどれだけはた迷惑でたちの悪い趣味を持った変態であるかを説明してやった。

 

「あの人自身は悪い人じゃないと思うけどさ。付き合い方を知らないと、あの妙ちきりんなスクラップノートに惑わされて、学校爆破くらいはやりかねないね!」

 

「いやそれは無い」

 

いや実際そんなことした人がいるわけではないんだけど、ホントやりかねないんだってば!?

 

「……まあ君の言いたいことはわかったよ」

 

ほんとにわかってくれたんだろーかこの人は……。

 

「大石氏も、彼女について穏やかになったと表現していたからね。なにか心境の変化でもあったんだろう」

 

「う~ん……」

 

沙都子のために北条家で暮らし始めた、なんてのは心境の変化では片付けられない気がするんだけどなぁ……。

 

「ああ、それから……診療所についてなんだが、どうやら地下施設があるらしい」

 

「え!?……建設費用が大きかったからそうじゃないかとは思ってたけど、そこまで調べるなんてやるじゃん大石」

 

ダム戦争でなにかと邪魔だったり、オヤシロさまの祟りを執拗に追いかけるようになったりと、気に食わないヤツだったけど、有能ではあったみたいだ。

 

「いや、入江所長自ら大石氏を招いてくれたらしい。地下の会議室で男の浪漫について熱い談義を交わしたとか」

 

「ぶフォッ!?」

 

思わず呑んでいたお茶を噴きそうになった。

 

噴いたけど。

 

「……魅音」

 

半眼で私を見る衛さんの顔をタオルで拭いてあげる。

 

「ごめんごめん。……仮にも防衛庁の研究施設だってのに機密保持とかどうなってるんだろうね」

 

「それは確かに思わなくもないが……男というのはとかく浪漫という言葉に弱いからね。浪漫なら仕方ない」

 

いやぁ……監督が言うところの浪漫ってたぶん、メイドがどうとかこうとかって話だと思うんだけどね。

 

悟史はともかく、圭ちゃんとか富竹さんは仲間に加わっているような気がするなぁ……なんとなく。

 

「……やっぱり衛さんの場合、年の差とか幼な妻とか温泉とか三つ編みとかに浪漫を感じちゃったりするわけ?」

 

試しに聞いてみたら、

 

「君が何を言いたいのかよくわからないけど、どれも普通の男ならそれなりに浪漫を感じる言葉なんじゃないか?」

 

毅然と真顔で紳士にそう返されてしまった。

 

まったく興味が無いって言われたら、それはそれで心配になっちゃうような気もするけど……。

 

「とにかく、お金の出どころが防衛庁ってのが気になる。あれだけの規模のダム計画を中止させてまで、雛見沢で何を研究しようとしてるのかが……ね」

 

ただの風土病研究なら、財布は厚生省になる気がする。

 

「……確かに、気になるな」

 

私にとっては故郷であり、衛さんにとっても新天地となるであろう土地に防衛庁が研究所を建てているのだから気にならないほうがおかしい。

 

「防衛庁にも引き続き探りを入れておくよ。例の国粋派の大物が亡くなった件で脇が甘くなってる連中も多いから、うまく誘導すれば内部情報が手に入るはずだ」

 

派閥を主導していた人間が充分な準備期間を経ずに死亡したという状況、その派閥と利権の規模が大きければ大きいほど、混乱も激しくなるだろう。

 

「それ、作戦立案させてくれないかな。そーゆーのは園崎の得意分野なんだよねぇ……くっくっく!」

 

今後のために誰につくべきか、裏切るのは誰か、どう立ち回ればどこから利益が生み出せるか……そういう駆け引きが渦巻く中では、自然に情報が乱れ飛ぶことになる。

 

切り札としての情報はかえって高値がつくこともあるが、誰かを失脚させるためにリークされる情報、裏切った人間が信用を得るために流す情報もある。

 

それらの情報をふるいにかけ、一定の流れを作り出し的確な揺さぶりをかけさえすれば望む情報をこちらの網の中に追い込むことはそれほど難しいことではない。

 

遠い昔から情報戦を武器に雛見沢を守り、勢力を拡大してきた園崎の頭首となるべく仕込まれた私にとっては、それは見慣れたゲームの盤上に過ぎなかった。

 

 

 

 

「まったく末恐ろしいと言うべきか……我ながら凄い子を嫁さんに選んだな、と思ったよ」

 

衛さんが帰宅しての第一声がそれだったから、作戦の結果はだいたい想像がついた。

 

「ってことは……うまくいったわけだ」

 

ニヤリとする私に、肩をすくめる。

 

「見事にね。とりあえず、お風呂とご飯をいただいてから詳しく話すよ」

 

「えー? せっかくの収穫なんだから、もったいぶらずに話してよ。今回は私が功労者じゃーん?」

 

不満に口をとがらせたのだけど、さすがに疲れているのがわかっているからそれ以上文句は言えない。

 

ご飯の後かたづけが済んでから、お茶をいれて催促する。

 

「ああ、ありがとう。……入江診療所、通称入江機関が研究しているのは情報どおり雛見沢に古くから蔓延している風土病、彼らは雛見沢症候群と呼んでいる」

 

「なーんか、そのまんまな名前だね」

 

率直な感想に衛さんは笑ったけど、すぐに真面目な表情に戻る。それだけ事態は深刻、ということだろうか。

 

「その病気に関する資料は手に入らなかったが、機関職員の防疫対策などからみて感染力は強そうだ。雛見沢の住人はほぼ全員、……私も感染しているかもしれないな」

 

ということはつまり、私も当然感染しているわけか。

 

「んー、でも村の人たちは普通に生活してるよ?」

 

「おそらく、普通に生活している分には目に見えるような症状が出ないだけじゃないかな。それから、入江氏と鷹野氏については、プロフィールも掴めたよ」

 

それによれば監督は精神外科の研究に没頭する中で、認可されていない手術をしたとかで事実上追放されたようなところを自衛隊に拾われたらしい。

 

入江機関設立にあたって脳に関する実績を買われ、二佐待遇で所長として就任したとか。

 

「まさか監督が軍医さんとはねぇ……全然らしくないね」

 

「確かに五年前手当を受けたときはごく普通の誠実そうな人に見えたな……鷹野氏も医官だよ」

 

鷹野さんは三佐待遇、防衛医大卒ってことになってるけどそのへんには不審な形跡があるので、監督と同じでどこかから引き抜かれたんじゃないかと調査中らしい。

 

「彼女も研究の中心的人物のようだ。いまのご時世、女医なんてそう多くはない。名前を変えているとしても、すぐに特定できると思う」

 

引き抜かれるということは、それだけ優秀だということ。

 

どうしたってその実績は目立つことになるから、調査する側にすれば都合がいいわけだ。

 

「それに今回わかったのは、入江機関には山狗と呼ばれる防諜部隊がバックアップについているらしいことだ」

 

それですぐにあの連中を思い出す。

 

なるほど、彼らの動きは軍隊のそれに近かった。

 

入江機関がただの診療所を装うには、なんらかの組織的なバックアップが必要にはなると思っていたが……、

 

「……でも、そいつらが何で祟りなんか起こすわけ?」

 

それが素朴な疑問だった。

 

病気の研究と、オヤシロさまの祟り。

 

その二つの事実が、うまくつながらない。

 

「そこを君に考えてもらおうと思ったんだが……」

 

衛さんも困った顔をする。

 

「……病気の内容が知りたいなあ。発症したら死んじゃうようなものなら、兵器としての研究っていう可能性も出てくるし……人体実験?とか考えちゃうね。どうしても」

 

「そこは同感だな。引き続き、研究内容についての資料を集めてみるしかないかな」

 

笑い事ではない。私はもちろん衛さんも感染しているかもしれないのだから、病気の内容を知りたいのは当然だ。

 

「また興宮に行ってみるよ。不動産屋との話もあるし、大石氏にお願いして雛見沢周辺の過去の不審な事件を洗ってみるつもりだ」

 

なるほど。監督の専門が精神外科だということを考えれば発症者が犯罪のような異常行動をとる可能性もあるだろうし、人体実験の痕跡も出てくるかもしれない。

 

「気をつけてね。少なくとも自衛隊の防諜部隊って連中が関わってることはわかったんだから」

 

「ああ、注意するよ。五年前の連中が山狗なら、そう簡単には負けないと思うけどね」

 

「油断しなーい。奴等、銃も持ってたんだからさ」

 

いくら衛さんの空手が達人級で、修羅場を潜り抜けてきた経験があるとはいっても、やっぱり心配なものは心配だ。

 

「はは、わかってる。……ちゃんと魅音と美雪のところに戻ってくるよ」

 

「ふぇ……」

 

笑いながらふわふわ撫でられて、なんだか顔が熱くなる。

 

色よい返事をしてからというもの、衛さんは普通に触れてくるようになった。それはまあ嬉しくないわけじゃないけど、……その、恥ずかしかったりもする。

 

具体的にどう恥ずかしい思いをしたかは聞かないで。

 

『えぇえ~!? そこが重要なんですよお姉!』

 

おじさんさ、傾きかけてはいても健全サイトの看板だけは守っていくべきだと思うんだよね……。

 

『そ、そうですか……お姉もいつの間にか大人に……!』

 

いやいやそうは言ってないけど!?

 

ほら、小中学生だったら若さ故のあやまちってことで流せるというか微笑ましい程度で済むことも大人が絡むと条例とかいろいろまずいじゃん!?

 

『昭和58年には関係ないですけどね。すくなくとも東京にはなかったはずですよ、り○んぐゲームによれば』

 

うは、微妙にマイナーなような……。

 

脳内詩音の戯言は聞き流しておくことにする。

 

「ママは美雪のほんとのママになってくれるそうだよ!」

 

とかいう衛さんの浮かれ気味な発言の確信がどこから来たかについても、是非華麗にスルーしておきたいところだ。

 

「ほんと!? ママ、パパとけっこんするのっ!?」

 

「あはは……そ、そのうちね~」

 

せっかく言葉を濁しているのに衛さんは満面の笑顔で美雪ちゃんを撫でながら、

 

「大丈夫だよ、美雪。パパはママをもう絶対離さないって決めたから!」

 

「わーっ! パパ、ねつあいせんげんーっ!」

 

幼稚園児が妙な言葉覚えるんじゃありません。

 

あと衛さん、そのにぱ~☆な笑顔は誰かを思い出すから、できればやめてほしいです……。

 

 

 

 

「ただいま、魅音。……う~ん」

 

それから興宮で表と裏の用事を済ませて来た衛さんは帰ってくるなり私をまじまじと見て意味不明な笑顔をみせる。

 

「……なにさ?」

 

「いや、今回、大石氏とエンジェルモートに寄ったんだ。そこで、君の双子の妹さんに会う機会があってね……」

 

とてもいやな予感がした。

 

「……まさか詩音、バイト中だったんじゃ」

 

「うん、とても可愛い衣装だったよ☆」

 

ウィンク。真面目なくせに、こういうときだけお茶目さんだったりするのだ、この人は。

 

私としてはのたうちまわるしかない。

 

「うぁああああああああ…………!」

 

双子の姉妹がいることの弊害のひとつがこれだ。

 

自分がしなくとも、全く同じ姿かたちの人間が恥ずかしいコスチュームに身を包んでいれば、それだけで死ぬほど恥ずかしいのだから困る。

 

「ははは、まぁいじめるのはこれくらいにしておこうか」

 

「爽やかな笑顔でドSな大人って嫌いだぁ……」

 

涙目の私を愛おしそうに撫でるのだから困ったもんだ。

 

衛さんはエンジェルモートでの乱闘騒ぎの一件を事細かに語ってくれた。

 

「……ってことは詩音のヤツ、圭ちゃんといい仲に?」

 

これは正直言って意外な情報だった。

 

まぁ詩音のピンチに割って入ったことそのものは、出会いの場面もそうだったんだから驚くに値しない。

 

相手が一人だったとはいえ、圭ちゃんが直接対決を選んだっていうのはすこし予想外ではあるけど。

 

「いや、まだまだ未熟ではあったけどね。受身からの立ち直りの早さや、決めの一撃への体重の乗せ方はそれなりに訓練していると感じたよ」

 

さすが実戦派の衛さんは見るところが違う。

 

試合形式なら小手先の攻防の技術も必要だが、ノールールの喧嘩ではダメージを受けた場合のリカバリーや、相手の無防備を誘って最大の一撃を入れるほうが重要だ。

 

要するに圭ちゃんは“喧嘩慣れ”していたという印象。

 

なんとなく、わかる。

 

あいつはこの一年を無為に過ごしてはいない。

 

詩音を、仲間たちを守るために“変わろう”としている。

 

「ふぅん、ただの口先男かと思ってたら努力もしてるってわけだ。こりゃ~今度会うときが楽しみだね」

 

「む。……前原くんに今度出会ったら、初弾から手加減をやめてしまいそうな予感が走ったよ」

 

な、なに怖いこと言ってんのー!?

 

「べ、別にそういう意味で楽しみなわけじゃないって!」

 

「他意はないんだ。……ただ、高確率で立つフラグは叩き潰しておくべきかな、と」

 

圭魅フラグのことかーっ!?

 

ひぐらし最強キャラが言っていい台詞じゃないよ!

 

「今回は珍しく立ってないんだから、殺さないでよ!?」

 

詩音やレナのフラグを粉砕したら、私にどんなとばっちりが来るかわからないので必死にもなる。

 

「ははは、もちろん冗談さ!」

 

……ほ、ほんとドSだこの人。

 

「慌てる魅音が可愛くてつい、ね。……本題に入ろう」

 

「あぅう……」

 

言われて赤面するしかないようなことをさらりと言い逃げするあたり、大人というのは本当にずるいのである。

 

……単に私が、羽入に次ぐいじられ属性の持ち主だからという可能性もないわけではない。

 

「大石氏からは、興味深い話が聞けたよ」

 

まずは、過去の連続怪死事件についての警察側の見解。

 

園崎にも警察内部の情報を得るルートはあるので、多くは私の知っている内容と重なっていたが、大石個人が調べた内容も含まれていた。

 

「なるほど……こうやって見ていけば確かに、園崎の仕業に見えるところもあるね」

 

大石がそこにこだわるのも無理はない。

 

「でも、園崎は関わってない……と」

 

「確証はないよ。私が知らないだけってこともあるもん。でも……“山狗”がいるとなれば話は別だね」

 

誘拐事件でも、公安の調べによれば犬飼大臣の孫は誘拐犯たちが“本家”がどうのと言っていたと証言している。

 

腹の立つことに、連中は園崎に罪を被せる気満々でいた、ということになるわけだ。

 

また、孫が腹痛を装ったときに彼らと顔見知りらしき医者が診察に訪れたという証言もある。

 

「あの日、人家がないはずの地区から入江氏がやってくるのを私と大石氏も確認している。間違いなく……彼らは、入江機関の山狗だったと考えていいだろう」

 

捜査資料は部外秘らしいが、衛さんの言葉の濁し方でこの誘拐劇が非常に緻密な作戦行動であることは想像がつく。

 

個々の戦闘能力はともかく工作・諜報能力についてはある程度以上の水準を有していると思ってよさそうだ。

 

「私に言わせりゃ脇が甘いところもいくらかあるけどね。こいつらなら、神主夫妻の暗殺は簡単だったと思う」

 

神主さんの変死は、まさに私の目の前で起こった。

 

あのときの監督の狼狽っぷりが演技だってのは信じがたいけど、飲んでいたビールになんらかの薬を混ぜるのは監督でなくても容易だっただろう。

 

そして、連中の本拠地は雛見沢唯一の医療機関だ。

 

運び込まれた神主さんにどんな細工をしようが、適当にこじつけた診断結果を警察に報告しようが思いのまま。

 

診療所から足取りを追えなくなった羽入たちのお母さんも要するに地下施設に引っ張り込めば済むのだから、こんなに楽な完全犯罪もないだろう。

 

「医者が敵にまわる……というのは、恐ろしいな」

 

そう、五年前の事件で重傷を負った衛さんだって、彼らがそのつもりなら容易に“容態急変”で始末されていた。

 

「ただ、やっぱりわからないのは連中の目的だね」

 

誘拐事件は、研究継続のために必要なアクションだったとまだ理解できる。でもその後の“祟り”は?

 

「わっかんないな……こーゆーのはレナあたりが得意だと思うんだけど」

 

園崎の教えは結局のところ“利”に裏打ちされている。

 

誰かが利益を得るような行動ならば読みやすいが、いまのところ山狗が祟りを起こして得をする理由が不明だ。

 

レナみたいな直感タイプのほうが、脈絡のない山狗の行動から真実をすくい上げるのには向いていると思う。

 

「ほかにも面白いことがわかったんだ」

 

大石の情報網から得られた話と、衛さんが不動産屋の叔父さんから聞いた噂話を総合すると浮かび上がる事実。

 

園崎家が、近年にないくらい大規模な財産の処分を進めているらしい。内訳を聞けば、これまで開発を打診されながらも断っていた土地が含まれているようだ。

 

「はぁん……、これはわかるよ。詩音の仕業だ」

 

「君の妹さんが?」

 

「うん。たぶんね、園崎の力をフルに使って“私”を捜してくれてるんだと思う。祟りの裏側にも、とっくに探りを入れてるんじゃないかな」

 

私の言い草があまりにも確信めいていたからだろう、半信半疑という顔をする衛さんに微笑んでみせる。

 

「簡単だよ。私は魅音で、詩音でもある……片割れが突然消えれば、私だって絶対同じことをするはずだから」

 

「なるほど」

 

そう言われて納得顔になる。

 

「詩音なら……うん、情報収集の指揮をとっているのは、葛西さんじゃないかな」

 

「園崎組の幹部だったね。どこまで辿り着いているかな」

 

「う~ん……詩音と葛西さんだけなら、大石に察知されるほどの派手な資金投下は躊躇う気がする。この思い切りの良さはレナか圭ちゃんの入れ知恵がありそうだから……」

 

詩音は多少の差異はあっても私と似たような思考の枠組みを持っているし、葛西さんはその道のベテランだからこそ無茶な動きを避けるはずだ。

 

となれば短期間で情報戦に決着をつけようとするこの動きには、大胆不敵な素人が関わっているのが自明の理。

 

「さすがは部活メンバー、というわけか」

 

衛さんの愉快そうな笑みが印象的だった。

 

 

 

 

四月のある日のこと。

 

私は久しぶりに興宮に足を踏み入れていた。

 

「……なるほど。お嬢さんもお人が悪い」

 

図書館のこどもコーナーで遊ぶ美雪ちゃんにソファから手を振りながら私が話す相手は、背中合わせで休憩コーナーのテーブルに腰を下ろした葛西さんだ。

 

「くっくっく……、敵を騙すにはまず味方からって言いますし。詩音にゃ悪いけど、名乗り出るのはもうすこし先になっちゃいますんで」

 

「詩音さんたちに嘘をつくのは気が進みませんが、事情はわかりました。彼らの基盤が防衛庁にあるらしい、というところまでは我々もたどりつけたのですがね」

 

「お、さすがだね。そこまでいければ上出来です」

 

葛西さんの話によれば、やはり詩音にレナが協力しているらしい。詩音たちは詩音たちで、山狗が興宮で小此木造園という会社を偽装していることを突きとめていた。

 

「ああ、なるほど……そういや、本家で何度かその会社、使ったことがあるような気がしますね」

 

それであの指揮官にちょっと見覚えがあったのか……。

 

ほかにもいくつか情報交換をしておこうと思ったところへ図書館にまったく似つかわしくない格好をしたうちの組員が、大急ぎで葛西さんのもとへやって来る。

 

お互いに素早く他人のふりをした。

 

いまの私は化粧もばっちり、髪型も衛さん好みの三つ編みにしていて、なによりも美雪ちゃんを連れている。

 

幼稚園の子供を連れた女性を、一年前に失踪した中学生の女の子と同一人物だと思うわけがない、というわけだ。

 

実際、最初に話しかけたら葛西さんも絶句していた。

 

「総支配人、姐さんから連絡です」

 

「どうした」

 

「すぐに雛見沢まで車を出すように、と。なんでも、古手神社に村の皆さんが集まって、お花見をするんだとか……総支配人を運転手にご指名です」

 

ああ、ちょうど雛見沢は桜の咲く頃だったか。

 

「……わかった。すぐに行く」

 

「へい!」

 

組員が立ち去ってから、

 

「……お聞きのとおりです。申し訳ない」

 

「いやいや、お母さんの呼び出しじゃしょうがないです。こちらこそ申し訳ないです」

 

苦笑するしかない。

 

「たぶんあのノリだと赤坂もお花見会場にお呼ばれしてるかもしれないんで、向こうで会ったら迎えにいくので抜け出すように、って伝えてください」

 

もちろんお花見に合流はできないけど、遠目からでも古手神社をひと目見ておきたい気持ちもあった。

 

「……承知しました。それでは、失礼します」

 

葛西さんはそう言って席を外した。

 

私はしばらく美雪ちゃんと遊んだり、絵本を読んであげたりして時間を潰した。

 

「……さて美雪ちゃん、そろそろパパお迎えにいこうか」

 

「え~、かえっちゃうの? もっとあそぶ~!」

 

はじめての場所というだけで、小さな子には楽しいものらしい。ちょっぴりむくれる美雪ちゃんが可愛い。

 

「あははは、でもパパ、ひとりで寂しがってるよー?」

 

「……う~、そっか。そうだね」

 

衛さん……娘に寂しがり屋さんだと思われてるよ……。

 

「パパね、ママがいないとげんきないの!」

 

「……そ、そお?」

 

「うんっ☆」

 

それはちょっぴり嬉しいような意外なような。

 

「ママがね、ひとりでおかいものいっちゃうとパパげんきないの。ママはやくかえってくるといいね~って」

 

衛さんは仕事が忙しくてあんまり美雪ちゃんと遊んであげられないから、たまたま家にいられるときは親子水入らずにしてあげようと思って、一人で買い物に出たりする。

 

私が喫茶店で時間を潰している間に、父と娘がそんな会話を交わしていたとは……。

 

私は美雪ちゃんの手を引いて図書館を出ると、タクシーを拾うため興宮駅前に向かった。

 

「いくよ、美雪ちゃん。雛見沢にパパをお迎えにっ!」

 

「ひなみぃ~!」

 

おー☆とばかりに拳を突き上げる姿はなんだか梨花ちゃんを思い出させた。さすがにここまで幼くはないけど……。

 

タクシーをつかまえて乗り込み、雛見沢の古手神社まで、と行き先を指定する。

 

「お客さん、観光ですか?」

 

運転手にそう聞かれるのも無理はない。

 

自慢ではないが、雛見沢にはろくな観光スポットがない。

 

村の人間ではないのに雛見沢に行きたがるのは……そう、せいぜい園崎家に用がある人間くらいだろう。

 

「今度引っ越す予定でして……主人と待ち合わせです」

 

いいところの奥様らしく、上品に笑ってみせたりして。

 

「へぇえ……そりゃまたあ」

 

当然、雛見沢にわざわざ住もうという人間は観光しようという人間よりさらに少ないわけだ。

 

たった一年たらずとはいえ、久しぶりの雛見沢はちっとも変わっていなかった。

 

やがて神社の前で車は停まり、運転手にクラクションを鳴らしてもらう。

 

「わ~……ママ、おはな~!」

 

美雪ちゃんの声に促され車の窓から見上げると、古手神社の境内の桜が一部だけ見える。

 

境内まで上がればもっと凄いのはわかってるけど、さすがにそれでは家族や知り合いにバレるだろう。

 

「……あ」

 

石段の上に小さな姿。

 

あれは……羽入だろうか。

 

その姿を見て、すこし心があたたかくなる。

 

まるで古手神社とオヤシロさまに『おかえりなさい』って言われてるみたいな……不思議な気分。

 

と、その隣に衛さんが現れる。

 

「あ、パパだ! ママぁ、パパだよ~!」

 

嬉しそうな美雪ちゃんに引っ張られるように車を降りて、衛さんに手を振った。

 

羽入の目があるからすこし緊張した。

 

遠目だから、たぶんバレやしないだろうけど……。

 

衛さんは羽入と短く言葉を交わすと、石段をおりてくる。

 

「パパ~、おかえり~!」

 

「ははは……、お迎えごくろうさま」

 

美雪ちゃんにたかいたかいをしながら笑う衛さんの隣で、もう一度羽入のほうを見上げて……小さく手を振る。

 

それに気づいたのか、羽入も手を振り返してくれた。

 

……もうすぐ、帰るからね。

 

この平和な雛見沢に根付いてしまった忌まわしい“祟り”を祓うために……きっと、私は帰ってくる。

 

 

最後の舞台に、間に合うように……。

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