ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第11話 左手はそえるだけ

右手には、使い慣れた金属バット。

 

それを握りしめて、静かに構えをとる。

 

余計な力は必要ない。リラックスして、いつもどおりやればいい。

 

バットというのは、全身の回転運動を直線運動に変換するための道具だ。

 

だから渾身の力を乗せるのは、インパクトの瞬間だけでいい。

 

その瞬間は、どんな感情もいらない。

 

狙い澄ました冷静さとともに、一瞬で全身のスイッチを切り換えるだけ。

 

時間の止まったような静寂を破るように、僕はバットをほぼ水平に鋭く振るった。

 

……左手は、そえるだけ。

 

快音とともに白球はまっすぐに放たれ、低い軌道で地面を噛んだ。

 

「だぁっ!?」

 

身体の真正面めがけてバウンドしてきたボールを追いきれず、圭一が突きだしたグラブは空を掴んでいた。

 

顔面に当たる直前でのけぞり、直撃は避けたもののそのまま仰向けに地面に落ちた。

 

……う~ん、反射神経がいいのか悪いのか。

 

「あははは、大丈夫? ほら、次いくよ~」

 

ボールを左手に、バットを右手に。

 

いわゆるノックの体勢をつくって立ち上がる間だけ待つことにする。

 

「……って悟史、これはなんなんだよ!」

 

慌てて立ち上がりながら文句を言う圭一。

 

「あはは、そう言われても困るよ。雛見沢ファイターズに体験入団したいって言ったのは圭一じゃない」

 

と言いながらもう一球打った。

 

「ぉわっと!」

 

ライナーの当たりを、横っとびに捕球して地面に転がる。

 

うん、アウトはとれるけど……まったく受け身らしい受け身をとってないから、あれじゃ怪我するなぁ。

 

「あはは、圭一、もうちょっと早くどこに飛ぶか見極めれば普通に追いつけるよ?」

 

「この、初心者相手に無茶を……じゃなくて、悟史!」

 

ボールを横に転がしながら立ち上がって文句を続ける。

 

「その妙なハイテンションはなんだよ、原作設定とか悟史ファンへの配慮とか大丈夫なのかよ!」

 

「あははは、圭一が何を言ってるかわからないな」

 

妙なことをわめき出す圭一に、もう一球放つ。

 

「どひー!」

 

速いゴロをトンネルして、そのまま前方に突っ伏す。

 

「あはは、ノックはここまでにしようか」

 

「あぅあぅ、圭一、大丈夫ですかー?」

 

ぱたぱたと羽入ちゃんが心配そうに駆け寄っていく。そういえば今日の彼女は麦わら帽子をかぶっている。雛見沢では気にする人はいないけど……やっぱり、興宮では人目が気になるんだろうか。

 

「ダメだ、もう限界だ……すまねぇ羽入、約束、守れそうにねぇ……」

 

「圭一! 圭一! シューをご馳走してくれる約束なのです、目を開けてください、圭一!」

 

「なぁ、そこにいるのか……? 羽入、俺のことは……忘れて、幸せに、なれよ……」

 

「ダメです、圭一! あぅあぅ、圭一がいなかったら、僕はちっとも幸せじゃありませんのですー!」

 

「が……、ま……」

 

「あぅあぅあぅ、けいいちーっ!」

 

なにやら二人で楽しそうに最後に君に伝えたいことごっこをはじめたので、僕もベンチに戻って休むことにする。なんというか、圭一はクラスのみんなに対するより、梨花ちゃんや羽入ちゃんと話すときのほうがずっとリラックスしてみえる。一緒に暮らしているんだから、無理もないけど。

 

「はは、確かに初心者みたいですけど、なかなか元気でいいじゃないですか。ずいぶんな勉強家だと聞いていたので、イメージが違いますねぇ」

 

ベンチで腕組みしながら練習の様子を見守っていた監督が笑う。

 

「そうですね。多分、圭一も……変わろうとしてるんだと思います」

 

なにがあったのかは結局聞いていないけど、圭一もまた、僕と同じようにつらい立場に置かれていた。限界がきたのでもなく、自分の意志でそれを変えたわけでもないけれど、とにかく結果としてその境遇から解放されて雛見沢にやってきた。

 

圭一は戸惑いながらも、すこしでも自分を変えようと努力しているんだと思う。

 

今度こそ自分で歩いて、これが自分の意志で選んだ未来なんだと胸を張るために。

 

僕が野球チームに入っていると知って、今度見学にいってもいいかなんて言い出したのはきっとそのためだ。

 

……そう思うと、年下の圭一に教えられること、驚かされることの多さと大きさを強く実感してしまう。

 

あの夜までの僕は結局のところ、自分の不幸を嘆いて、見かねた誰かが助けてくれるのを指をくわえて待っていただけだ。そんなことをしていても、自分から変えようとしなければ何も変わらない。

 

「……そうですか。悟史くんも、なんだか変わったように思えますよ」

 

監督は僕の言葉をどう受け取ったのかそう言って微笑んだ。

 

「その後、身体の調子はどうですか?」

 

ちょっと前まで調子を崩しがちだった僕を心配して、監督がそう聞いてくる。

 

「はい、いまは調子いいです。……沙都子も、わりと元気に過ごしてます」

 

僕以上に身体を壊しやすいのが沙都子だった。沙都子は2年前、事故で両親を失って入院して以来たびたび具合を悪くしてしまうようになった。

 

でも学校を休めばあの叔母さんと同じ家に残らなければならず、身体も心も安まらないので多少熱があっても身体がだるくても学校に出かける。だから余計に長引いてしまってたよりは診療所でもらう薬だけ。

 

叔母さんはそんな沙都子を仮病だと言って責め立てるけど、監督が言うには心の病から実際に体調不良になってしまうのは珍しいことではなくて、沙都子の場合は今の家庭環境に馴染めないストレスから身体の抵抗力が弱くなっているらしい。

 

……実際、僕自身の実感としても、そういうことはあるのだろうと思っている。

 

魅音が部活を作ってくれてからは、沙都子もすこしだけ元気を取り戻しているけど小康状態なのも間違いない。

 

「……二人ともあまり無理をしないで、調子が悪くなったらいつでも診療所へ来てください。お薬は用意しておきますのでね」

 

「すいません、監督……」

 

仮病呼ばわりしている叔母さんや叔父さんがそうそう薬代を出してくれるわけもないので僕たちの薬の代金はいつも監督が立て替えてくれている。もうかなりの額になってしまっていると思うけど、なかなか返せるあてもないのが心苦しかった。

 

「いえいえ。患者さんの元気な笑顔が一番の報酬です。……なかなかそれだけでは生活できないのが残念なところですが」

 

監督は医者として、大人として、とても立派な人だと思う。

 

「沙都子ちゃんが私のメイドさんだったら、それだけでもう、毎日三食ご飯3杯はいけるんですけどねぇ~☆」

 

……たぶん。

 

幸せそうに想像の世界(妄想、ではないと信じたいけど)に浸っている監督の邪魔をしないように離れて素振りでもしようかと思ったところへ、声をかけられた。

 

「はろろ~ん、悟史くん。精がでますねぇ!」

 

ひらひらと手を振りながら、缶ジュースが入った袋を手に現れたのは魅音だった。

 

「あ、魅音……ここに来るなんて、珍しいね?」

 

「実家についでがあったから、単なる気まぐれです。はいこれ差し入れ。皆でどーぞ」

 

「うん、ありがとう……うわ」

 

押しつけられた袋は、結構重かった。普通の女の子が片手で軽々持てるような重さじゃないと思うんだけど……魅音だとあんまり驚かないなぁ。

 

「……なにかいま、すっごく失礼なオーラを感じたんですけど」

 

「えっ、どうしてわかるのさ?」

 

「えい☆」

 

思わず尋ねたら、頭蓋骨の中で脳がひっくりかえりそうな重いチョップをお見舞いされてしまった。

 

「悟史くんはもうすこし、デリカシーとか諸々を学ぶことをお勧めしますよー」

 

「むぅ……よくわからないけど、気をつけるよ」

 

僕の反応にけらけらと笑った魅音は、ひょいとあさってのほうを向いた。

 

「あれ、羽入と……圭ちゃん? なんでここに?」

 

脈絡もなくこの場にいる魅音が言う台詞じゃないと思うけど……。

 

「圭一が体験入団に来たんだよ。羽入ちゃんはついてきただけ」

 

「ふぅん……」

 

仲睦まじくコントを展開する二人を、しげしげと見つめる。……教室でもそれなりに見かける光景だけど、圭一があそこまでノリ良く付き合っているのは珍しいからかな?

 

普段なら羽入ちゃんの相方は梨花ちゃんだし。

 

「そういえば、梨花ちゃんは?」

 

気がついたら魅音は普通にこちらに向き直っていた。

 

「うん、裏山じゃないかな。沙都子が遊びに行くって言ってたから」

 

「……ははん、さてはトラップの拡張工事か。ますますあの山が堅牢になるねぇ」

 

にやりと笑いながら、面白がるように言った。

 

「あはは、あんまりやり過ぎないように言っておくよ」

 

「そうしてください。あんまり難攻不落じゃ、敵さんがかわいそうになっちゃうから」

 

そう言って自信満々の笑みを浮かべる魅音に、すこし驚いた。

 

「……魅音は、沙都子の味方になってくれるんだね」

 

自分が沙都子の山を攻める立場ではなく、それを守る立場で言ってくれた魅音の言葉が、とても嬉しかった。

 

「へ?……きゃふ☆」

 

だからなにげなく撫でたら、魅音が真っ赤になって硬直する。

 

よっぽど油断していたのか、いつもよりも挙動不審に目を泳がせている。

 

「……どうしたの?」

 

「な、ななな、なんでもないですぅ! 私ゃ、忙しいので帰りますね!」

 

ばたばたと両手を振って、慌てた様子で駆け出していく。

 

「?」

 

なんだかよくわからない反応だった。

 

う~ん……結構長い付き合いなのに、たまに魅音のことがわからない。

 

「いいのですよ、圭一。こうしてもう一度会えただけで、僕は満足なのです……」

 

「……羽入、ダメだ。俺に近づくな」

 

「さぁ、僕を食べてください、……大好きな圭一に食べられるなら、本望です!」

 

「ばかやろう……、そんなこと、できるかよっ!」

 

……誰も止めないものだから、圭一と羽入ちゃんのコントは純愛リビングデッド編に突入しているらしい。そろそろ止めないと、取り返しのつかない方向にいってしまいそうだ。

 

「二人とも、そろそろ練習終わりだよ?」

 

そう割って入ったら、二人は冷や汗を拭いながら、

 

「あぅ、助かりました悟史。危ないところだったのです……」

 

「まったくだ、あのままだったら一万年と二千年後編まで駆け抜けていたぜ……」

 

「むぅ……自分たちで止める努力をしようよ」

 

ある意味、僕のまわりには魅音以上にわけのわからない人材が豊富なのだった。

 

それから練習の後かたづけとグラウンド整備をすませると解散となった。

 

自転車を押しながら商店街を歩いている途中で、ふと足を止めてしまう。

 

玩具屋のショーウィンドーに飾られた、大きなくまのぬいぐるみ。一緒に買い物に来ると沙都子がよく眺めているものだ。

 

「悟史……きっとよく似合うぜ!」

 

不自然なくらい爽やかにサムズアップしてみせる圭一。

 

「いや、着ないから」

 

即座に否定。

 

「悟史が酷いのです、一秒で僕の想像の翼を撃ち落としたのです!」

 

「羽入、お前はいま泣いていい!」

 

失意の涙に暮れる羽入ちゃんをしっかと抱きしめる圭一だった。

 

……むぅ。古手神社周辺には、命ある限りコントをしてしまう風土病でもあるのかな。

 

「これは……沙都子が欲しがってるんだ」

 

「あぅ、そういえば沙都子は6月生まれなのです!」

 

立ち直った羽入ちゃんがすぐに思い出してくれる。

 

「悟史がアルバイトを始めたとは聞きましたが……そのためなのですね」

 

隠していても仕方ないので、頷くことにする。

 

沙都子はいつも、このぬいぐるみを黙って眺めるだけだった。欲しいなんて言い出したりはしないけど、僕にはわかってしまう。

 

「……沙都子は、誕生日にいい思い出なんかないんだ」

 

2年前は入院中で、その最たるものだったけど……去年だって、いつだって、沙都子にとって家庭は暖かい場所じゃなくて、誕生日は喜びの日ではなかった。

 

「だからせめて、今年だけは……沙都子が笑顔で思い出せるような、優しい日にしてあげたいんだ。このぬいぐるみを見るたびに思い出して笑えるような、そんな日に」

 

それが僕の思いついたたったひとつ、沙都子への贈り物。

 

「……これで最後みたいなこと、言うなよ」

 

「えっ?」

 

圭一の言葉に、思わず顔を上げていた。

 

「今年だけじゃない、来年も再来年もその先も……ずっと沙都子が笑えるような未来のほうが、断然いいだろ?」

 

そう言ってにやりとする圭一の顔を見て、僕はようやく理解した。

 

最悪の過去とどん底の現在から、何の疑問もなく最高の未来図を指し示す。

 

一番険しく困難な道を、自らの意志で選び取る。

 

それが多分、圭一の本質なんだ。

 

圭一自身さえ気づいていないだろうその才能の名を、僕は知っている。

 

『希望』。

 

僕の冷え切った気持ちにさえ火をつける、それはまさに最後の希望だった。

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