私、竜宮レナは考える。
振り上げられた刃は、『何』を断つべきなのかと。
三四さんは私という殺人鬼を目の前にして、最初に絶望、そして次に顔を上げたときには、その瞳に覚悟の色を宿してみせた。
覚悟は、破滅を待つ狂気とはなにもかもが違う。
私は彼女の背景にあるもの、高野一二三という名の研究者を知り、彼女が今名乗っている三四という名前にこめられた意味を直感した。
はるか昔からこの地に伝えられ、オヤシロ様の伝説とともに息づいてきた謎の奇病、雛見沢症候群。
それを名づけ、研究という形でその謎に分け入った偉大な開拓者が、高野一二三という人物だ。
人に取り憑く鬼でもなく、傲慢な神の崇りでもなく、それを病に過ぎないと仮定して挑んだその行為。
人間の知恵をもって怪奇に彩られた伝説に切り込んだ勇気と努力は、真に讃えられるべきだと思う。
しかし彼は、認められることなくこの世を去った。
地道な研究の成果が三を数えてなお、深い歴史の闇に隠された秘密の奥底を解き明かすことはできなかった。
だから、いまこの村に入江機関が存在する。
『三』を正しく受け継ぎ、新たに四という地平を拓くためにいるのが、監督や三四さんたちなのだ。
その精神をそのまま形にしたのが、その三四という偽名なのではないかと、薄々読めていた。
自分を闇から救い出してくれた高野一二三の名と研究は、彼女の中で何者をも侵すことのできない信仰、聖域にすら至っているのではないかと危惧した。
でも、……その危惧は思い過ごしだと確信する。
あのとき、三四さんが絶望を乗り越えるために、自らを奮い立たせるために、かざしたのは『覚悟』だった。
死者の栄光を追い求めるのは、狂気。
狂気を振りかざす者に、人の世の理は通じない。
行き着く先にあるのが自分と全ての破滅であっても、躊躇うことなくその引き金は引かれるだろう。
それは弱者の正義であり、得られるものはほんのわずかな自己満足という名の安っぽい餌だけだ。
かつて狂気の淵から生還した私には、それが理解できる。
彼女が見せたものが狂気の光だったなら、私という殺人鬼はあの場で彼女を殺さなくてはいけなかった。
その狂気は絶対に、雛見沢全部を巻き込んで、全てを破滅へ誘うとわかっているから、この手の中の『狂気』をもって打ち砕かなければいけなかった。
でも……、違うのだ。
三四さんが望むものは、もはや死者の栄光ではない。
彼女の前に突きつけられたいくつもの分岐点、数え切れない選択肢のひとつひとつ、それらを正しい方向に進み続けた先に今の彼女がある。
薄氷を踏むような旅路の末に彼女が見せたのは覚悟。
未来をもたない死者のためではなく、誰かの未来を守るために自らの全身全霊をもって立ち向かう意志。
それは過去を、死者をおざなりにすることじゃない。
死者の遺志を正しく継ぎ、未来へと受け渡すための戦い。
その結果が仮に彼女の死だったとしても、私はそれを自己犠牲などとは呼びたくない。
彼女が示した誇り高い意志は、彼女が守りたかった誰かがきっと受け継いでくれると信じられるから。
犠牲でもなく、破滅でもなく、引き継がれる精神。
ならば、彼女はここで死すべき人ではない。
断つべきものは別にある。
私、竜宮レナは考える。
この身を強靱な刃と変えて、私が今、断つべきなのは。
繰り返される悲劇の輪廻。
破滅へと誘う狂気の鎖。
絶望を叫ぶ惰弱の闇。
弾丸はすでに放たれた、刃もいまここに舞い降りた。
不破の壁を貫き、無明の闇を断つときが来た。
準備は万端、覚悟も完了。
覚悟とは……、唯一絶対の不屈だ。
「……ふっ」
2階の高さから降り立ちながら、私の全身の筋肉はその加重を柔軟に受け流し、私の五感は降り注ぐガラスの破片が私の身体をかすめもしないことをはっきりと知覚する。
良好だ。
入院中も傷の痛みをこらえて、深夜の病室の闇の中で身体を鍛え続けていた甲斐があった。
その頭の傷にも、もう痛みはなかった。
当然だ。
私の傷は、数日前には完治していると知っていた。
三四さんが、私をいざというときの人質にするために退院を先延ばしにしているだけだと気づいていた。
痛み止めのおかげで感覚が鈍っているのをいいことに治りきっていると気づかせないようにしていた。
……でも、私にその程度の嘘は通じない。
私を本気で騙したいなら、同じ嘘つきでも圭一くんくらいのとんでもない、爽快な嘘つきが必要だ。
背後で不穏な気配。
「すぐに逃げてもいいんだけど、ちょっぴり暴れていったほうがいいかな。……かな?」
くすくす、と笑みをこぼして振り返る。
視線の先には、慌てた様子で診療所の裏口から飛び出してきた作業着姿の男の人が三人。
……すこし失望。
非常時だというのに、この人数しかとっさに対応できないなんて、底が知れるというものだ。
圭一くんの監視や羽入ちゃんの護衛に人数を割いているといっても、せめてこの倍は出てきてほしかった。
「う、動くな!」
不思議な言葉をかけられて、小首を傾げてしまう。
おかしなことを言う。
「……レナはもう退院しちゃったから、診療所の人の指示はきけないよ?」
「チッ……!」
舌打ちすると同時、三人は銃のようなものを構えた。
でも、銃ではありえない。
まだ日が沈んだばかりの時間だ、人里にある診療所の裏でそうそう銃が使えるわけはないだろう。
「?」
よく見ると、セットされた矢のようなものにワイヤーがつながっている。その用途は、ちょっと考えればわかった。
なるほど、電極を飛ばしてあのワイヤーを通じて電気を流し、相手を気絶させる道具か。
詩ぃちゃんのスタンガンの飛び道具版といったところ。
電圧によっては即死もするだろうけど……、
「それ、当たんないと意味ないと思うな。思うな!」
軽くステップを踏みながら笑いかけると、二人が間合いをはかりながら引き金を引いてきた。
「制圧する!」
一本は狙いの甘い誘導。
私をその軌跡と壁の間に追い込むための一手。
次の一本が本命だ。
壁に邪魔されてそれ以上身動きできない私を仕留めるためにおなかのあたりを狙って繰り出されている。
「あははは!」
でも、一瞬早く駆け出していた私のブーツの靴底は、二歩目でアスファルトの感触に別れを告げる。
「な、なにいっ!?」
三歩目と四歩目を踏んだのは、診療所の壁。
地面にいるはずの私を狙った一撃が、垂直な壁を駆ける私をとらえきれるわけがなかった。
四歩目で踏み切り、握った鉈を振り回す遠心力で身体を回転させながら三人の頭上を抜ける。
「ぐがッ!?」
通り過ぎざまに鉈の峰でひとりの肩を一撃、身体ごとなぎ倒しつつ、残った片手でスカートをふわりと押さえながら地面に舞い降りる。
膝で自分の体重を吸収、ついでに低い軌道で振り回した鉈で別の一人の膝を真正面から叩き壊す。
「ぎゃあッ!」
それからくるりと向き直り、優雅に身体を回してスカートの裾をつまんでみせる。
「レナのダンスに付き合ってくれてありがと☆」
言い終わると同時、最後の一人が震えながらこちらに電極を射出するけど、発射音が聞こえたときにはもう私は彼の胸元へ飛び込んでいた。
「速……!」
「はぅ☆」
至近距離で跳ね上がった肘が顎を真下から撃ち抜き、仰向けにのけぞったところへ裏拳で追い打ち。
拳の先で、下顎が砕ける感触があった。
「が、ふぁ……」
倒れ伏して、泡を吹きながら気絶する。
「ごめんね、痛かったかな。でも、殺人鬼相手にそんなので済めばラッキーだよね。ラッキーだよね☆」
勝利を祝してウマウマと踊っていたら、最初に殴り倒したひとりが地面にうずくまったまま、肩を押さえながら呻き声をあげた。
「な、……なんなんだ、テメェ……、どんなバケモノだってんだよ……!?」
大の男が上げるにはちょっとだけ情けない、泣き出しそうな声だった。でも不様だとは言わない、肩の骨に最低でも亀裂は入ってるだろうから、むしろ頑張ってる。
また小首を傾げてみせる。
「知ってるんじゃないかな。……かな?」
彼らはよく知っているはずだ。
私たちはこの一年、雛見沢を暴れまわった。
それに三四さんだっているのだから、私たちの正体はとっくに知っているはずだった。
これでもまだ私たちが何者なのか知らないというのなら、いくらなんでも油断が過ぎるというものだ。
「竜宮レナ。圭一くんのレナ。雛見沢分校の誇る一騎当千の部活メンバー。……これでもわからないかな?」
にこりと笑みを向けながら、駐車場に転がっていた石ころを拾い上げ、スナップをかけて放つ。
「あなたたちが雛見沢の敵に回るつもりなら、……絶対に勝たなきゃいけない、『敵』の一人」
「うッ……!」
投じた石は屋上から上半身をのぞかせていた男の手の甲にめりこんで、狙撃用のライフルを取り落とさせた。
「銃声も、一発だけなら誤魔化せると思ったのかな?」
くすくす、と自然に笑みがこぼれる。
「でも、だめだめ。そんなんじゃ奇襲にならないよ」
そんなふぬけた殺意では、切れ味が鈍すぎる。
この人たちには、殺すその瞬間まで相手に気づかせない、鋭利な覚悟が圧倒的に足りない。
「……それじゃ、今後は鬼ごっこだね」
ひらひらと舞いながら、裏口で様子を窺っている後続の男たちを見て笑い声をあげる。
彼らは容易に出て来られない。
だって、格闘戦では私の動きを追いきれない。
私を囲める程度の人数では、この殺人鬼を制圧できないと正しく認識してしまった。
そしてこの場の状況では、銃も許可が下りないだろう。
「レナが『鬼』をしてあげてもいいけど、それだとすぐに全滅しちゃってつまんないよね?」
彼らにくるりと背中を向けてあげた。
「だから、特別ルール。そっち全員が『鬼』でいいよ」
つま先で軽快なリズムを刻む。
肩越しに振り向いて、そっと目を細める。
「あ、数えなくてもいいからね。……数えるのはレナ」
さあ、楽しい時間のはじまりはじまり。
どこまでついて来られるか、結構見物かもしれない。
「何人やっつけたかな、って。……あはははははは☆」
一直線に駆け出して、フェンスの前でふわりと跳ぶ。
ブーツの靴底でフェンスの上端を蹴ってさらに高く跳んで悠然と診療所の敷地を出た。
裏の山林、空中で鉈の先を太い枝に引っかけて一瞬速度を殺す。身体を振ると、幹を蹴って数メートル先へ着地。
ほんの2秒で、フェンスから十メートルは奥の林の中へと踏み込んでいた。これで敷地から直接の銃撃は不可能。
「鬼さ~ん、はやく来ないと怪我人がもっとふえるよ☆」
すぐに追ってくるものはいなかった。
実力差は思い知ったのだろう。
考えもなしに追いかけてくるようでは、被害が増えるだけだからそれは正しい選択だ。
一応は彼らも軍隊なのだから、うんと賢くこちらを追い詰めてくれなくては困る。
そう、これは戦争だ。
私と圭一くんが仕掛けた小さな戦争。
雛見沢を守る、たったふたりの軍隊の宣戦布告。
残りのみんなが戦いの準備を整えるまでの間は、私たちが彼らと楽しく遊んであげよう。
この一年間という時間、私と圭一くんが何を想定して何のために鍛えてきたか……たっぷりと教えてあげる。
山林を抜ける間、銃をもった敵が襲ってくるかと思ったがそんなことはなかった。
試したことはないけど、さすがに銃弾はかわせない。
沙都子ちゃんに頼んでダム現場にボウガンみたいなものを作ってもらったけど、あれも改良していった結果発射速度が並ではなくなってかわせなかったくらいだ。
ナイフとかの投擲や、さっきの電気銃程度の速度が限界。
つまり、数人が銃を装備して、こちらを殺すつもりで来た場合は……真正面からやりあっては勝ち目がない。
「殴り合いなら、そうそう負けないんだけどなぁ……」
年頃の女の子としてはちょっと悲しい特技だけど、いまの私は一年前とは比較にならないはずだ。
かつては、速度にまかせて殴りかかるだけだった。
だからあの北条鉄平さえねじ伏せられずに敗北した。
最初は圭一くんの練習相手をつとめているだけだったが、圭一くんが強くなるのに合わせて、その相手をしていた私も気がつけば以前よりも速く、鋭くなっていた。
いまの圭一くんは、大人に比べればまだ劣るだろうけど、同年代の男子中学生と喧嘩して負けることはないはず。
でも私は……素手でも普通の大人に負けない自信がある。
すくなくとも北条鉄平レベルなら、手加減しても一方的に地面を這わせるくらいは余裕なはずだ。
そして、一年間さんざん圭一くんを殴り続けた結果、鉈を使えるなら数人を相手にしても立ち回れる自信があった。
その自信はついさっき証明されてしまったわけで……。
「普通の女の子になりたいよぅ……」
しくしく、と泣き真似をしてみるが現実は変わらない。
ほかにも圭一くんが飛び道具対策にこだわったおかげで、石なら投げても蹴ってもほぼ百発百中だし、トラップ地帯を駆け抜ける練習のおかげでもともと速かった足は余計に速くなるし、アクロバットな動きも正確にこなせるようになってどんどん人間離れしていく自分が怖い。
……いいもん。
この件が全部終わったら、腹筋も腕立ても朝晩百回に減らしちゃうし、鉈の素振りだって一日三百に減らすよ!
わぁ、レナたるんじゃうかも!
絶対ぷにぷにのぽよぽよになるよ!?
「はぅう~……☆」
しばしぷにぷにぽよぽよな自分を想像して悦に入る。
圭一くんだってきっと、やぁらかい女の子が好きだよね☆
そんなことを考えている間にいつの間にか山林を抜けていて、普通の村道に出た。
おっと、いけないいけない。
あんまり気を張りすぎるのもよくないけど、抜きすぎてもいいことにならないのは明白だ。
そのままひと気のない道をたどって、園崎家に向かう。
「あれれ? もう来てる。先回りされちゃったかな」
園崎家の近く、門からは死角になる位置に小此木造園の白いワゴン車を見つけて首をかしげる。
でもよく見ると、後部座席には誰も乗っていないようだ。
運転席と助手席には一人ずつ。
「魅ぃちゃん家を監視中かな?」
そのままてくてくと近づいていったけど、普通の村人だと思ってるのか気づいていないのか、車内の二人はまったく反応がなかった。
「えい☆」
おもむろに、ばすん、とリアタイヤを鉈で割る。
さすがに助手席から一人が飛び出して、
「なんだ!?……って、竜宮レナ!」
わーい、レナ有名人☆と思いながらも片手で帽子を押さえながら瞬時に懐に飛び込んでおなかに鉈の峰を叩き込む。
「ぐは……!」
身体をくの字に曲げて苦しみながらも、意識は手放さなかったらしく両手を頭の上で固めて私の背中にうち下ろしてこようとするが、そのときには上半身をはね上げた私の左拳が鼻骨を直撃、ひるんで一瞬動きが止まったところでバックステップして拳の射程距離から外れていた。
「ぬぁあ……!」
タックルで押さえ込もうと飛び込んできたところへ、私も前に出てカウンターで膝を顔面に叩きこむ。
みしり、という音がしてずるずるとそのまま地面に突っ伏していった。
「な、な、なんだ……!? さっきの本部を襲ったって、こいつのことなのかよ……!?」
運転席のもう一人は慌てた様子で拳銃を構えようとする。
「あ」
私はそこで上を向きながら、鉈を放り投げた。
「え!?」
思わず視線がそちらに向いた瞬間、開いたドアの隙間に滑りこんで片足を助手席のシートにのせて拳をふりかぶる。
「な、わ、ひっ!?」
車の中に乗り込まれたことに慌てて逆の手で背後のドアを開けるけど、その顔の真ん中を私の拳が撃ち抜いた。
「おうわッ!」
身体ごとドアに叩きつけられて、そのはずみでドアが開いたらしく車外に転げ落ちた。同時に手がひっかかりでもしたのか、クラクションが闇の中に響き渡る。
これだと、監視してる皆さんが帰ってきちゃうかな?
「ぐ、ぎ、貴様……っ」
ふるふると、突きだした手の先の銃口が向けられる。
「……えっと、これだっけ?」
がこん、と確かサイドブレーキとかいうのを引いてみると
緩やかな坂道に車を制止させていたストッパーが外れて、ゆるゆると坂の方向へ下りはじめる。
「あッ、待ッ、ぎゃああああああああ!?」
ごりごりと足の下でいやな音がしたので、もう一度サイドブレーキを引いて固定する。
「大丈夫ですかー?」
ひょいと運転席のドアの下をのぞきこむと、タイヤに足を挟まれた人が、拳銃を手にしたまま白目を剥いていた。
「拳銃、いけないんだよ……警察呼んじゃうよ?」
とりあえず車のキーだけ抜かせてもらって、監視班の人が戻ってくる前に地面に刺さっていた鉈を回収しつつその場を離れると、小走りに園崎家の門の前に向かう。
「詩~ぃ~ちゃん! レナだよー☆」
呼び鈴を鳴らしたら、しばらくしてばたばたと詩ぃちゃんが玄関口に姿を現した。
「レナ!……ここにいるってことは」
「うん。『退院』してきちゃったよ」
自分で梨花ちゃんを通じて指示して、その上鉈や勝負服を届けてくれたのに、驚いたような呆れたような微妙な顔をするのはやめてほしい。
「いや~、いくらレナでも、まさかこんなあっさり抜けてくるとは思わなかったです……」
とりあえず立ち話もなんだからと、詩ぃちゃんは私を門の中に招き入れてくれる。
「あれれ? てっきり急ぎの用があるのかと思ってたからレナ、早めに退院してきたのに……」
そう言いながら、一歩先を歩く詩ぃちゃんの背中をどんと押しやって園崎邸の玄関の中へと突き飛ばす。
「ッ!」
ぶんっと突風のようなものが頭の横を突き抜けていったのを感じながら、身を沈めた反動で玄関へ飛び込んだ。
「……なんだろ、いまの?」
髪の先に熱のような圧力のようなものを感じたけど……。
「狙撃です。……レナ、暴れすぎたんじゃないですか? 連中、レナなら殺してもいいことになったのかも」
なるほど、あと二十センチもずれていたら、レナの頭ごともっていかれたかもしれなかったわけだ。
「はぅ……怖いね、狙撃って」
視界内なら殺気といえばいいのか、そういう攻撃の気配はなんとなく伝わってくる。
それは超能力でもなければ武術の奥義でもなくて、ただ単に相手が『これから殺すぞ』と緊張する、それが仕草とか息遣いに現れて察知できるだけのことだ。
だからさすがに姿が見えないような遠距離からでは、本当に勘だけの勝負になってしまう。
「普通は『怖いね』じゃすまないんですけど……」
どうして疲れたような顔になるのかな、かな?
「それより詩ぃちゃん、今、どうなってるの? それから圭一くんがどこにいるか、わからないかな?」
私がここに来た目的は、それだった。
入院している間に新しく入った情報の確認と、状況の推移……そしてなにより、圭一くんと合流したい。
「圭ちゃんは、無事です。ただ……、雛見沢症候群を発症してるかもしれないんです」
そう言って詩ぃちゃんは目を伏せた。
数時間前、沙都子ちゃんが圭一くんを見つけたらしい。
そのとき圭一くんは明らかに異常な様子で、沙都子ちゃんと一緒にいた人たちに襲いかかってきたそうだ。
その場からは逃れてどこかへいったらしいが、ダム現場のあたりで一時煙があがっていたので、そのあたりにいるかもしれない、と手がかりを教えてくれた。
それ以外の情報も確認したあとで、私は鉈を手にして立ち上がった。
「そっか。……わかった」
「どこ行くの?」
「ダム現場。圭一くんがいるなら……助けなくちゃ」
いま自由に動けるのは、たぶん私一人。
なにより、圭一くんがひとりぼっちでいるのなら、それを迎えにいくのはこの私でありたかった。
「でも……疑心暗鬼でどうにかなってるかもしれません」
詩ぃちゃんが言いたいのは、圭一くんが私に襲いかかってくるかもしれないということだろう。
「大丈夫。……きっと、届くよ。レナは信じてる」
それ以上の言葉なんか、必要なかった。
たぶん、詩ぃちゃんだって同じ想いだろうから。
「悔しいけどまだ私にはやるべきことがあります。だから……この場は、レナに譲ります。圭ちゃんをよろしくね」
本当に悔しそうに、でも微笑みを浮かべてそう言った。
「うん。まかせて」
踵を返そうとした私を、詩ぃちゃんが引き止める。
「待って、レナ。また狙撃されちゃかなわないです。ダム現場までは、葛西に送ってもらいましょう」
そう言って奥に引っ込んだ彼女が連れてきたのは、おなじみの葛西さんともうひとり。
金属バットを手にした悟史くんだった。
「僕も行くよ、レナ。妹に不埒な真似をしようとした親友を殴りに行かないといけないからね」
これからそいつを~♪と歌いながら素振りをする悟史くんはなんだか楽しそうだった。
監視してるだろう敵中を突破して、圭一くんを助けにいくっていうのに……彼は、それがわかっているのかどうか。
わかっているとは思う。
危機感はある。
ただ、深刻さに負けたくないだけだとわかってる。
でも……言うべきことは言っておこう。
「……悟史くん」
私はじっと彼の目を見つめて、大事なことを告げた。
「実妹ルートは、やめたほうがいいよ?」
「だから、狙ってないったら!?」
<雑談>
原作より時明しより強いレナ。
小此木ー!はやく来てくれー!
こちらの神楽舞とは関係がないですが、「夢閉ざし編(圭詩)」が完結しました!かなり短い内容ではあるので、是非そちらも読んでみてくださいね。
https://syosetu.org/novel/421583/