ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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そろそろこの神楽舞も終わりが見えて来た頃....ストックはあるけど、次は何を投稿しようかなと、悩み中。ハーメルンはアンケート機能あるからアンケートでも取るか! 


第120話 目指せ!ピンクのしおり

私は、朝から多忙だった。

 

圭ちゃんの捜索の指揮をとるかたわらで、圭ちゃんの頼みごとについても迅速に進める必要があった。

 

まさか圭ちゃんだって、頼んだ時点でここまですぐに事態が切迫するとは考えていなかったはずだ。

 

つまりこの策も、どういう意図があるかはわからないけどすぐに効果が出るようにしないとまずいだろう。

 

昨日は一割も進められなかったが、できれば今日中に三割は進めてしまいたい。

 

これは、まさに時間との戦いだ。

 

入江機関との決戦が近いことを、肌で感じざるを得ない。

 

「圭ちゃん……どこいっちゃったんですか、もう……」

 

捜索は、いくつかの手がかりを見つけるにとどまった。

 

木村さんとこの田んぼのかかしが蹴倒され、周囲のあぜ道に複数人の足跡が残されていたこと。

 

戸倉さんとこの釣り客用の貸しボートが行方不明になり、夕方になって興宮署から下流に流されているのが見つかったと連絡があったこと。

 

これらの情報が圭ちゃんの失踪に関係あるかどうか、確信などあろうはずもない。

 

確かに木村さんのとこの田んぼは圭ちゃんたちの通学路の脇だし、近くの沢をたどればボート乗り場に辿り着けるが……山狗に襲われたにしては範囲が広すぎる気がする。

 

圭ちゃんひとりの身柄を押さえるだけなら、もう少し手際よくできるはずだ。

 

仮に園崎がやるなら、ワゴン一台あれば登校中の圭ちゃんの横でドアを開けて引きずり込んで終わり。

 

もちろん圭ちゃんが彼らの予想以上に善戦、抵抗したからいったん逃がしてしまったという可能性もなくはないが、それ以上に敵の意図というものが不明だった。

 

「お姉かレナがいればなぁ……」

 

忙しさの合間に考えれば、ついつい弱音も出てしまう。

 

私よりもこうした思考のパズルを好むお姉ならなにかに気づくかもしれないし、レナだったら直感で急所を言い当てる気がする。

 

弱気になるのは、私らしくないなあ……。

 

「魅音、ちょっといいかな」

 

集会所にいったん戻ってきたところで、捜索隊に加わっていた悟史くんに声をかけられる。

 

「ん……いいよ、何?」

 

悟史くんについて本殿の裏、祭具殿の前に回ると……そこには、馴染みといえば馴染みの顔があった。

 

なるほど、ここで時間を作ってくれるとは……。

 

「やあ、魅音ちゃん。話っていうのは何だい?」

 

富竹ジロウ。

 

季節ごとに雛見沢に現れる野鳥専門のフリーカメラマン。

 

というのは真っ赤な嘘。

 

その正体は自衛官であり、入江機関の監査役として東京から派遣されている、調査部の人間だ。

 

個人的には、監査役が研究を主導している鷹野さんと懇ろになってどーするよと思わなくもないが、それだけ自分の公正さに自信があるのかもしれない。

 

そう、この場面で私たちが彼に期待するのは公正さだ。

 

個人の感情を排して、事実を受け止めてほしい、と。

 

「……富竹のおじさま。今からここでお話することは内緒にしていただけますか? もちろん鷹野さんにも」

 

私の言葉に、富竹さんは眼鏡のレンズを光らせる。

 

その向こうから、冷静な視線が私たちの意図を洞察せんと探るかのように絡みついてくる。

 

「そうか、わかったよ…………一枚百円でいいかい?」

 

何がだ。

 

「えっ、撮影会のお誘いじゃないのかい? お小遣いが足りなくなったからナース服を着る決心がついたとか……」

 

瞬間、私がスタンガンを取り出すよりも早く影が走る。

 

 

「トミーの大馬鹿野郎ぉおぉおおおっ!」

 

 

悟史くんの熱い拳を受けて富竹さんがよろめいた。

 

「な、なにを……!?」

 

愕然と頬を押さえる富竹さんに、悟史くんは涙さえ流してほとばしる何かを叩きつけた。

 

「僕たちソウルブラザーは、この魂と身命を崇高なる萌えに捧げると誓い合った戦士じゃないかよッ!」

 

へー。

 

そういう定義だったんだ。

 

「お金のために脱いだり着たりする女子に萌えるような、惰弱な同志をもった覚えはないよ、トミーッ!」

 

「そ、そうか……! 僕が間違っていたよ、サニー!」

 

富竹さんのほうも、はらはらと涙を流す。

 

「そうさ! ただしこの場合、モデルさんとかそれを職業として誇りをもって撮られる人はまた別格さ! そこには美に捧げられたプロフェッショナリズムがあるからね!」

 

えーと……そろそろ口挟んでもいい?

 

「そうだ……。この僕のカメラは、美と萌えを永遠に焼き付ける、そのためにある……忘れるところだったよ」

 

愛用のカメラを、高く天にかざして叫ぶ。

 

「僕が撮るものはただのエロ写真なんかじゃない。天使のような少女たちの輝く日常を切り取った入魂のスナップであるべきなんだぁああぁああッ!」

 

「そうさトミー! その声に導かれ君の指先が閃く一瞬、ときに神さえも凌駕する……それは世界の始まりの言葉。“光あれ”と、創造を叫ぶ資格が君にはある……ッ!」

 

「そうさサニー、理想郷はこの手で創る。君も一緒に!」

 

二人はいまや、背後に炎さえ背負っていた。

 

「激撮……ッ、富竹フラァアッシュ!」

 

声をそろえる二人と、くわっきぃいーん!という効果音。

 

……うん。

 

二人が何を言ってるのかさっぱりわからないけど、女の子の日常を勝手に富竹フラッシュするのは、たぶんそれ犯罪だから気をつけてね。

 

……幻滅するのが正しい反応なんだろうけど、富竹さんはともかく悟史くんはどうみても私の好きな人の影響なので逆に申し訳ないような気持ちになりました。

 

圭ちゃん……、罪な人☆

 

「それで、用件は何なんだい?」

 

いきなり素に戻るから、どっと疲れて帰りたくなってきたけど、そういうわけにもいかない。

 

咳払いをひとつ、気分を切り換える。

 

「短刀直入に言います」

 

「人を刺したい気持ちを漢字で表現するのはどうだろう」

 

悟史くん、妹をいたぶる拷問狂を見るような目で私を見るのはやめてくれませんか。

 

「富竹のおじさまは、今年の綿流しの夜に殺され……」

 

ん?

 

梨花ちゃんの予言をよく思い出してみると、ええと……?

 

あーなってこーなって……あ、そうか。

 

「……たりはしませんので、安心してくださいね」

 

「意味わかんないよ!?」

 

私のまばゆい笑顔で納得してくれればいいのに、もう。

 

「だってほら、鷹野さんの恋人が殺されるってことなら、自分はもう、安全圏だっていう気がしてきません?」

 

言われて、愕然と口を空けて私を見る。

 

「……へぇあ……」

 

見かねた悟史くんが慌てて、

 

「ちょ、やめなよ! まだトミーが首を掻き毟らないって決まったわけじゃないだろ!?」

 

「だって、なんか圭ちゃんがそれやりそうじゃない?」

 

「ダメだって! 大丈夫だよトミー、圭一なんかに時報の大役を張れるもんか! 君の輝く瞬間はきっとあるよ!」

 

必死で元気付けようとする悟史くんに腕を引かれ、すこし気弱な笑みを浮かべながらどうにか立ち上がる。

 

「は、はは……時報って言葉をこんなに愛しく感じたのは初めてのような気がするよ……」

 

うーん……まあ、考えてみれば富竹さんは調査部の人間だというから、崇りを起こすために不穏な工作をする山狗にとっては明らかに邪魔なわけだ。

 

殺される理由はむしろそっちという可能性も高い。

 

「……うん、まずは鷹野さんに殺される資格はあります」

 

「だから、意味わかんないよ!?」

 

仕方ないのできちんと説明することにした。

 

「まず、私たちの前提をお話します。私たちはこの一年、オヤシロさまの崇りの背後にいる者を調べて、入江診療所……入江機関と山狗の存在に辿り着きました」

 

「なっ……!?」

 

ようやくシリアスに驚いてくれたのでほっとする。

 

ここからは、真面目にいかせてもらおう。

 

「入江機関の目的は結構。疑心暗鬼と惨劇を誘発する奇病の治療法を確立してくれるなら、園崎としても文句はありません。心ばかりの援助もしたくなっちゃうくらいです」

 

「は、はは……。どうも僕らは、園崎家の情報収集能力を見誤ってたみたいだね……」

 

観念したように息をついて、キャップを脱ぐ。

 

文字通りの脱帽ということだろうか。

 

「ですがここの神主さん夫妻を謀殺した件については研究継続のためとはいえ感心できやしませんし、去年の崇りで姉が消えた件についても関与を疑っています」

 

「へっ? 神主夫妻に……姉、って?」

 

よくわからないという顔をする。

 

この人はそこまで知らされていないらしい。

 

「まず神主夫妻については簡単です。彼らが研究に協力していたことについては報告がいってるはずです。彼らの娘である羽入が女王感染者なんだから、当然ですよね」

 

「……ということは、羽入ちゃんが?」

 

おっと、勘違いされては困る。

 

「羽入はなにも喋ってませんよ。むしろ、あんたがたの裏事情には疎いほうですね。あのあぅあぅが、喋っておいて平気な顔をしてるとお思いですか?」

 

「……かもしれないね」

 

微苦笑して、先を促す。

 

これも羽入の人柄というものだろう。

 

公式にあぅあぅな人柄というのも、正直どうかと思うが。

 

「彼らが研究に非協力的な態度をとった事実が報告されているかどうかはわかりません。ま、報告はなかったでしょうね。あれば当然、調査部も山狗を疑うでしょう?」

 

「……確かに状況だけ見れば、山狗なら実行するのは容易だと思うよ。でも、入江所長と鷹野さんがそんな暴挙を見過ごすとは思えない」

 

彼がある可能性を薄々承知しながらも、それはありえないと心中で否定しているのが見え見えだった。

 

「そうですね。監督が事前に知ることができたなら、許可しなかったでしょうね」

 

そう告げて、彼の思考を追い詰める。

 

こちらがその可能性を口にすれば、彼は頭ごなしに否定するだろう。

 

富竹ジロウは決して愚鈍な男ではない。

 

ただ、不都合な推測から目をそらしているだけなのだ。

 

ならば……残酷だが、自分自身でその結論に辿り着くように誘導してやるしかない。

 

「……待ってよ。君たちだって、いや、僕以上に知ってるじゃないか。彼女は優しい人だ。沙都子ちゃんのことも、あんなに助けようとして……!」

 

哀しい否定だった。

 

それはその可能性があると、彼が考えてしまった証。

 

「もちろんです」

 

冷然と、頷いた。

 

「私たちは、鷹野さんがとても優しい人であることをよく知っている。でも……彼女自身はそのことを知らない」

 

ぐっ、と息を呑むのがわかった。

 

「恩師であり養父でもある高野一二三の研究を受け継いで入江機関立ち上げの中心となった彼女には、どうあっても研究を続けなければいけない理由があった」

 

淡々と、レナが組み上げた事実だけを告げる。

 

「彼女には、お飾りの所長でしかない監督にいちいち伺いを立てることなく独断で動かせる工作部隊があった」

 

それはいわば、冷たい方程式。

 

「女王感染者の協力を得られなくなれば研究は頓挫してしまうかもしれないという危機感もあった……」

 

「やめてくれ!」

 

叫びが、結論を限定していく私の言葉を押しとどめる。

 

「……君は、なんの証拠があってそんなことを言うんだ」

 

「証拠はないですね。そんな簡単な工作に証拠を残すほど山狗は無能なんですか?」

 

そう反論したが、彼の口調には怒気がにじんでいた。

 

「証拠もなく、人を疑うわけにはいかない。見損なったよ……親しい人を殺人者呼ばわりなんて」

 

吐き捨てるようにそう言って、手にしたキャップをぎゅっと握り締める。

 

「違うよ」

 

そこに横から口をはさんできたのは、悟史くんだった。

 

「僕は鷹野さんを信じてる。僕の大事な妹に限りない愛情を捧げてくれるいまの彼女が『本当』だと信じてる」

 

涼やかなまなざしだった。

 

家族である彼の言葉だからこそ説得力が宿るときもある。

 

「僕は鷹野さんが優しい人だと信じてるよ。でも、それは鷹野さんの過去も未来も全部が綺麗だと言ってるわけじゃない。いまの鷹野さんが素晴らしい人だって思うだけだ」

 

両の拳を握り締めて、挑むような視線を投げかける。

 

「彼女の過去に罪があったからって、そのことを悔やんでいまを懸命に生きている鷹野さんまで否定したいっていう人がいるなら、僕は鷹野さんのために全力で戦うよ」

 

いまにも殴りかかりそうなほどに……本気の言葉だった。

 

そう、人は聖人君子ではありえない。

 

誰にだって、悔やむべき過去はあっていい。

 

大切なのはその後悔を背負って、現在を生きること。

 

「……君たちは……」

 

現在の鷹野さんから勝手に逆算して、過去の全ての瞬間において彼女が正しくあったと決めつけるのは酷い話だ。

 

そんな理想を押しつけられても迷惑千万。

 

息苦しくて、すくなくとも私だったらお断りだ。

 

「あはは、こちとらスネに傷もつ子供の集まりですんで。鷹野さんが前科もちであろうがなかろうが、私たちの仲間には違いないんですよ」

 

そう言って肩をすくめてみせると、悟史くんも頷く。

 

悟史くんも、沙都子も、レナだって、あの嵐の夜に祟りを起こして人を殺そうと罪深い決意をしていた。

 

その暴力を暴力で止めた圭ちゃんや古手姉妹も、賢い方々に言わせりゃ軽はずみで後先考えない犯罪者予備軍か。

 

お姉なんか、ひょっとしたら真犯人かもしれない。

 

そして、お姉をそこまで追い詰めておきながら気づかないままその手を離してしまった私が、一番罪深いだろう。

 

認めよう。

 

私たちは正しくなかった。

 

でも、今だっていつだって正しくありたいと願い、懸命に正しくない世界に立ち向かっているつもりだ。

 

だから信じる。

 

いまは鷹野さんも、私たちと同じ道の途中にいる、と。

 

「……ごめん。すこし、一方的過ぎたね」

 

富竹さんは目を伏せて、硬い声で言った。

 

自分の言葉が何を意味するかに気づき、すぐに謝れるのは彼の誠実な人柄を示すものだろう。

 

大人になればなるほど、人は自分の過ちを素直に認められなくなる生き物だ。

 

沈黙で先を促すので、続けさせてもらうことにする。

 

「去年の祟りは不完全に終わったように見えますが、私の姉が消えました。……園崎魅音が」

 

「……?」

 

眉をひそめる。

 

やはり入江機関内部の情報は限定的にしか知らない立場にあるらしいと確信できた。

 

「いまここにいるのは双子の妹、園崎詩音です。去年の綿流し前に自ら姿を消した姉と入れ替わっていましたが、姉は結局祭の日以降も帰ってきませんでした」

 

私の言葉を頭の中で整理して、

 

「そういえば園崎の双子については、いつだったか鷹野さんに聞かされた気がする。習わしに従えば間引かれるはずだったけど、現頭首の慈悲で生かされた、とか……?」

 

「ええ、そうです。遠くの学校に押し込められてましたがこっちに戻ってるときにあの事件が起きまして。裏をとるならどうぞ。行方不明で休学扱いになってますから」

 

それはわかった、と頷いてくれた。

 

「姉、本物の魅音は失踪直前、悟史くんと沙都子の保護を町会に却下され、なかば自暴自棄になって……おそらくは去年の祟りで北条夫妻を消そうとしてました」

 

「あの魅音ちゃんがかい?……いや、まさか発症……?」

 

「ありえますね。だからこそ叔母を殺した姉の身柄を山狗がその場で拘束した、というのもあるかもしれません」

 

すこし難しい顔をして腕を組んだ。

 

「鷹野さんからは、沙都子ちゃんに発症の傾向があるから当日に監視をつけていたとは聞いている。叔母については彼女が沙都子ちゃんに襲いかかろうとしたので阻止した際に足を滑らせて転落した事故だと……」

 

それが本当ならばむしろ感謝すべきなのかもしれないが、あの夜にお姉が全く関わっていなかったとは思えない。

 

「そして今年、山狗は……おそらく羽入を殺害する計画を立てていると私たちは推測しています」

 

本当はその根拠は梨花ちゃんの予言だが、それを言っても信用されにくくなるだけだ。

 

「バカな……それこそありえないよ。一説には女王感染者が死ねば、感染者がいっせいにパニックを起こす可能性があるとも言われている。羽入ちゃんの護衛は、山狗の重要な任務でもあるんだ」

 

梨花ちゃんに同じことを聞かされたときは正直、私たちも半信半疑だったが……富竹さんの口から同じ推論が出ればやっぱり予言の信頼度もあがるというものだ。

 

しかし、羽入殺害の意図が不可解なのは私たちも同じだ。

 

「それが入江機関の意志としてありえないというのなら、意志は別のところにあるのかもしれないよ」

 

悟史くんの言葉に、富竹さんがはっと息を呑んだ。

 

「……いや、しかし……。そんなことが……」

 

言いよどむところをみると、心当たりはあるが私たちには口外できないような事情もあるのかもしれない。

 

それを無理に引き出すべきではないと思った。

 

「なにか気づいたことがあるなら、調べてみてください。もともとおじさまのお仕事は、入江機関がおかしな真似をしないように調べることなんでしょう?」

 

「……それは、そのとおりだ」

 

ぎゅっと口を引き結び、眼鏡の奥に強いまなざしが光る。

 

「何も出てこなければ、それでいいよ。出てきても、僕らに教えられないことなら教えなくていい。ただ、決めつけたりしないで……徹底的に、調べてほしいんだ」

 

悟史くんの言葉を噛みしめるように目を閉じ、握りしめていたキャップを被り直す。

 

「……教えられるようなことがあれば連絡するよ。報せてくれて、……感謝するべきなんだろうね」

 

苦い口調だった。

 

帽子を目深に引き下ろして立ち去ろうとする富竹さんの背中に、一応警告の声を投げる。

 

「調査部にも山狗側の内通者はいるかもしれません。嗅ぎ回っていることが山狗に知られたら、おじさまの身も危険です。監視されていることを前提に行動してください」

 

いまだって、この祭具殿の周囲は村の青年団に化けた組員を数人うろつかせて、山狗よけをしているくらいだ。

 

……どうみても社会奉仕中のちんぴらにしか見えないので村の人に見つかると逆に怪しいことこの上ないが。

 

「雛見沢でなにかあれば本家へ。興宮では園崎組に連絡をしてください。人をやるように言っておきます」

 

「……ありがたいね」

 

それだけ言って、富竹さんはその場を去った。

 

これですくなくとも彼は動いてくれるだろうが、これには賭けの要素もあるのだ。

 

山狗を調べて結果がクロなら、彼は東京上層部に働きかけ彼らの行動を阻止するように尽力してくれるだろう。

 

が、山狗の偽装が巧妙で、なにも出なかったら?

 

もしくは、途中で彼が山狗に始末されたりしたら?

 

そのときは……防衛庁の機密事項を調べ上げ、流布させかねない園崎家と雛見沢を危険視する結果にもなりうる。

 

「……大丈夫だよ、詩音」

 

振り返ると、悟史くんが自信ありげに微笑んでいた。

 

「僕らは、いつだって全力を尽くすんだ。笑っててほしい大切な誰かのためにね」

 

女の子は笑顔が一番だからね、と冗談めかして付け加える悟史くんをみて、わたしも自然に頬が緩んだ。

 

それはいかにも圭ちゃんが言いそうな理屈だった。

 

「雛見沢に名だたる変態どもに未来を託すしかないとは、やれやれ困ったもんですねぇ」

 

「むぅ……、ひどいな詩音」

 

軽く笑い合って、私たちは圭ちゃんの捜索に戻った。

 

 

 

 

『あれは間違いなく、……圭一さんでしたわ』

 

聞かされた内容の割に、沙都子の声は落ち着いていた。

 

圭ちゃんが前原屋敷付近に現れて、その牙を剥いた。

 

その場は沙都子の知り合いらしい『じゅうぞう』さんとかいう人物のおかげで事なきを得たというが、圭ちゃんの目は尋常なものではなかったらしい。

 

……事態は考えうる最悪の、一歩手前まで来ている。

 

いまの圭ちゃんが雛見沢症候群を発症しているのだとすれば山狗の行動は妥当なものにも思えるが……そこに違和感を感じるのは私だけではないだろう。

 

「わかった、沙都子。梨花ちゃんと羽入が帰宅するまで、そこを動かないようにして」

 

羽入はともかく、梨花ちゃんならとりあえず対処を間違うことはないはずだ。

 

自分で判断に迷い、途方に暮れるようなことがあれば私にすぐ連絡してくると思う。

 

『ええ……、あの、美雪さんはどうしましょう』

 

「赤坂さんとこの娘さんだっけ。外に出るのは危ないかもしれないから、親御さんに連絡しておいて。電話番号は、わかりそう?」

 

しばし電話口の向こうで、沙都子と幼い子供の声がなにかやりとりするのが聞こえる。

 

『美雪さん、おうちの電話番号はわかりませんの?』

 

『でんわにはだれもでんわ』

 

『どんなおうちですのー!?』

 

『テレフォンにもでんわ』

 

『選択肢増えてますわー!?』

 

なんだろ、沙都子の声が悲鳴のように聞こえる……。

 

沙都子って誰が相手でもツッコミストの宿命から逃れられないのかなあ……と考えていたら、

 

『……もしもし。ごめんなさい、わかりません。美雪さんに聞いたわたくしがおバカさんでしたわ』

 

『そ れ は ひ ど い』

 

「……あー、なんか漏れ聞こえるだけで梨花ちゃんと同じ匂いがプンプンしてるから、ちょっとわかるよ沙都子」

 

思わず声に同情をこめてしまう私だった。

 

『え、えぇ……おわかりいただけてなによりですわ』

 

「番号はこっちで調べて、また連絡するよ。……それじゃ気をつけてね、沙都子」

 

『ええ、大丈夫ですわ。お忙しいところを、本当に申し訳ありませんでしたわね』

 

「ううん、知らせてくれてありがと。またね」

 

受話器を置いて、重苦しい溜息をつく。

 

結局、圭ちゃんの頼みについては目標の三割には届かず、せいぜい二割弱というところだ。

 

一日駆けずりまわってみても、捜索の指揮もとらなければいけないのだからおのずと限界がある。

 

「身体がもうひとつ欲しいよ……お姉ぇ」

 

そう、お姉がいればもっと迅速に事を運べる。

 

園崎魅音が二人いれば、三日もあればこなせるはずだ。

 

とはいえ、診療所の地下で病魔と闘っている(推定)お姉にそんなことを頼むわけにもいかない。

 

「私は魅音をがんばる。お姉もがんばれ……」

 

へたりこみそうになる自分を励ましつつ、居間に広げてある情報をまとめた村の地図に付箋を貼り付ける。

 

ボートの盗まれた場所と前原屋敷の間は結構距離があるが比較的人家の少ない地域だ。

 

そちら側にあるのはレナの家ほか数軒と……ん?

 

ダム現場……か。

 

確かに、レナや悟史くんとよく訓練にいっていた場所でもあるから、圭ちゃんの行動範囲として真っ先に捜索した。

 

だが……圭ちゃんが発症して疑心暗鬼に駆られていたり、そうでなくとも村人に見つかってまずい事情があるのならゴミ山には隠れる場所は無数にある。

 

基本的に青年団は声をだして捜索するから、圭ちゃんの方に出てくる意志がなければ見つかるわけはなかった。

 

それに、一年の間に私や沙都子がレナたちに頼まれて訓練用にと仕掛けたトラップがごまんとあるから、あの広いダム現場の奥まで踏み込める人間は限られている。

 

「……!」

 

ひとつ、閃いたことがある。

 

圭ちゃんがここを単なる潜伏場所としてではなく、防御陣地として活用しているのだとすれば……?

 

先月、圭ちゃんが北条鉄平を倒したときだって、地の利を活かしての勝利だったと聞く。

 

無数のトラップやゴミの位置関係、その全容を知っているのは圭ちゃんとレナのみだ。

 

悟史くん、沙都子、私あたりでも全部は把握していない。

 

あそこは街灯もまったくないし四年前の殺人現場でもあるから夜間には誰も寄りつかないし、そもそも知らない人間が踏み込むのは危険すぎる。

 

これは……圭ちゃんとレナに限定すれば、理想的な要塞。

 

その考えをまとめてしまう前に、もしかしたらその裏付けになりそうな情報が飛び込んできていた。

 

「ダムの建設現場内で煙があがっていたそうです。青年団が様子を見に行ったところ、事務所に残っていた消火器で処理したあとがあったそうですが……」

 

詳しく話を聞いて、ますます確信が強くなる。

 

圭ちゃんには、考えがある。

 

雛見沢症候群を発症しているのだとしても、そうでないとしても、ちゃんと計算ずくで動いているのだ。

 

監視がいることが確実な前原屋敷の近くに現れてみせた。

 

それは山狗を、この陣地に引きずり込む意図がある。

 

山狗側がどう動いているにせよ、発症者ならば圭ちゃんを放置しておくわけにはいかない。

 

自分を囮にして山狗たちの注意を引きつけ、全体の戦局を有利にしようとしている。

 

そう、これは苦肉の策。

 

圭ちゃん自身は山狗と戦うことで危険に晒されるが、そのぶん私はずっと自由に動くことができるということ……!

 

「圭ちゃん……!」

 

自分自身の命を餌に見立てた、壮大な釣りだ。

 

あの馬鹿……!

 

涙と嗚咽がこぼれそうになるのを、必死で抑え込む。

 

彼の悲壮な覚悟に、応えられるのは私だけなのだ。

 

……いいだろう。

 

この考えで合っていると、信じよう。

 

圭ちゃんはいつか言ったとおりのことをしているだけ。

 

あの馬鹿は雛見沢を守る最初の一人であり、たとえ最後の一人になってもその道を譲らない。

 

でもね、圭ちゃん。

 

あなたを、一人で死なせるわけにはいかない。

 

だって、あなたと全く同じことを考えた馬鹿がいるんだ。

 

 

『私が発症者のふりをして脱走して、囮になる』

 

 

病室で他愛もない話で談笑しながら渡されたメモの文面を見たときは……絶句しそうになった。

 

圭ちゃんが消える前から、そう考えていた馬鹿がいた。

 

自分一人で山狗を引きつけて手玉にとり、その間に圭ちゃんや私が監督や富竹さんを味方にして状況を変えると信じてくれていたのだ。

 

発症者相手には交渉が通じないから、これなら地下にお姉がいてもその命が危険にさらされることはないはずだと。

 

やりすぎれば、山狗に殺されるかもしれない。

 

切迫すれば、山狗を殺さなければいけないかもしれない。

 

その可能性を呑み込んで、囮になると言い出したレナ。

 

反対だった。

 

親友にそんなことをさせられないと思った。

 

綿流しまで日数はないけど、レナを危険に晒してまでそれをしなくても戦えると思った。

 

 

なのに……レナは笑っていた。

 

 

くだらない話に、いつもどおりの笑顔で笑っていた。

 

だからわかってしまった、レナは自分が言い出さなくてもいつかは圭ちゃんが一番危ない役を引き受けるに決まっていると信じていたから、先手を打ったのだと。

 

だから、笑えるのだ。

 

「レナ……」

 

圭ちゃんは雛見沢全部を守る。

 

レナはその圭ちゃんを守る。

 

好きな人を守るために、自分の全部を惜しみなくテーブルに叩きつけられる、そういう覚悟を持つ彼女だからこそ『圭一くんのレナ』を名乗れるのだとはっきりと知った。

 

彼女を誇ると同時に、悔しいと思う自分に気づいた。

 

いつまでも宙ぶらりんのまま、未練を捨てきれない自分が本当に情けなくて……でも。

 

絶対に……、負けたくないと思った。

 

そして圭ちゃんが消えて、私たちに猶予が残されていないとわかったから、私は反対していたその提案に乗った。

 

梨花ちゃんに病室の隠しカメラの位置を伝え、レナの武器を届けるように言った。

 

家族の梨花ちゃんならほかの着替えと一緒に持ち込むのは容易だし、梨花ちゃんがカメラの前に立てば短時間で鉈を適当な場所に隠すのもレナにならできるはずだ。

 

私は鬼の末裔、園崎だ。

 

レナに、圭ちゃん。

 

大親友と、好きな人が鬼になると決めたなら。

 

私もこの心を鬼にして、勝利をもぎ取ってやる。

 

馬鹿な女を、馬鹿な男のところへ送り込むのだ。あの場所で最強なのは、あの二人なのだから。

 

「詩音、レナが玄関に……!」

 

駆け込んできた悟史くんの声に、はっと顔を上げる。

 

まさか、こんなに早く……!?

 

武器を届けたのは今日だ。どんなに早くても、レナが動くのは今日の深夜になると思いこんでいた。

 

その上に、山狗たちの監視もあるだろうこの場所に平気で現れるなんて予想外だ。

 

驚きと同時に、ある種の納得もある。

 

廊下を駆け出しながら……、唇が笑みを形作る。

 

 

やっぱりレナは、私の親友は凄い。

 

 

恋する乙女は無敵ってやつかもしれない。

 

よし、いいだろう。

 

彼女の役目が圭ちゃんを助けることだというのなら、私の役目は決まっている。

 

圭ちゃんの『頼みごと』を果たすこと。

 

それがどう役に立つのかは知らないが、この策が圭ちゃんの切り札だというのなら、絶対にかなえてみせる。

 

そして笑おう。

 

みんなで笑い合おう。

 

全部全部終わったとき、笑い合えると……私は信じる!

 

 

「レナ!」




<雑談>

トミーとの過去の罪に関する会話のくだり、
期せずして原作罪編と似た流れになってますね。
その場にいた人物はひとりもいないのに。

神楽舞完結後、次に読みたい作品は?

  • 神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
  • ひぐらし短編集
  • ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)
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