ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第121話 アホリカ、大地に立つ!

「ん……いないわね」

 

呟きながら横を通り過ぎる。

 

「あぅ? なんですか梨花」

 

横の羽入が首を傾げるが、

 

「夏の風物詩よ。さっきはそこにいたんだけど」

 

さきほど詩音の指示でレナの鉈やら着替えやらを届けようと一度家に帰ったときには、このあかさか☆ハウスの裏手に、あのにっくき雲雀の13番が吊られていたのだが。

 

さては買い物部隊の沙都子が見つけて助けたのか。

 

余計なことを……。

 

「夏の風物詩、ですか……あぅあぅ?」

 

見当がつかないという顔で首をかしげる羽入である。

 

百年の旅の無聊を慰めるべく我が親友沙都子の生態を研究し続けて久しいが、春から夏にかけての時期にもっとも活発にトラップを仕掛けて回る習性がある。

 

そのため、この時期にはこのあいだ私も境内でそうなったように、村の各所に沙都子のトラップが増殖し、吊られる村人や山狗が見られるようになる。これ豆知識な。

 

「そのうち沙都子学の権威を名乗れるようになるわね」

 

冗談めかしてそう言ったら羽入は目を輝かせて、

 

「妹が身の丈にあった夢を見るようになったのです!」

 

大空の誰か……たぶん両親に報告していた。

 

……あの、私の大好きなお姉さま。

 

それって『まともな職につくとか大それた夢みんな』って意味に聞こえなくもないからやめて。

 

『社会にはおめーの席ねーから』って言われてるみたいでとってもつらくなっちゃうから、ほんとやめておねがい。

 

「あぅ!? 梨花がどよんど効果を背負ってるのです!」

 

羽入は涙目の私をあわあわと撫でながら、

 

「だ、大丈夫です。梨花はバイオレンスだったりめんどうくさがるわりには家事もそつなくこなせますから、きっと警備員さんやお手伝いさんのお仕事が向いてるのですよ」

 

自宅警備員とか家事手伝いってことですかそうですか。

 

「っていうか、普通に主婦じゃだめなの!?」

 

家事手伝いするくらいなら、将来は圭一の嫁として前原家の専業主婦を名乗ったほうが対外的にいいと思うけど!

 

でも羽入はなぜか目をそらしながら、

 

「主婦は……圭一の正妻となる予定の僕が巫女のかたわらこなすことになると思うのですよ」

 

「ちょ、さらっと宣戦布告したわよね!?」

 

「大丈夫です。僕も圭一も、いっこうに働かないからって可愛い梨花を追い出したりしないのですよ? 梨花には、前原家のあいが……マスコットという立場があるのです」

 

「いま絶対、『愛玩動物』って言いかけたわねあんた!? しかもマスコットの時点でいい大人の立場じゃないし!」

 

村の連中はこいつを生き神様扱いしているが、これで意外と家族に対しては遠慮がないというか容赦のない女だ。

 

「梨花は僕を嫁にもらうともう一個ついてくる的な意味でとっても大切な妹なのですよ。そんなに落ち込まなくてもいいのです。あぅあぅ」

 

優しい瞳であぅあぅ言いながら妹を自分のおまけ扱いする非道な姉に、思わず戦慄せざるを得ない私である。

 

前原家の玄関前まで来て、羽入が鍵を開けるのを待つ間にアトリエの窓に視線を送る。

 

地味な色のカーテンがかけられたこの窓は、私にとってはそれなりに重宝する。その表面に反射する景色に、遠巻きにこの玄関を監視する山狗の姿が映るからだ。

 

ふん……やっぱり来てるわね。

 

圭一が発症してるかもしれないこの状況で、女王感染者の羽入に監視兼護衛がついているのは当然といえば当然だ。

 

用も無いのに(あちらの都合は知らん)監視しているのをみつけたときは前の世界で仲間と私を殺された鬱憤晴らしとばかりに攻撃する私だが、今日は見逃してやろう。

 

ちなみに攻撃といっても、隠れてる場所めがけていきなり椅子を投げつけみるとか火をつけた打ち上げ花火を片手に追い回してみるとかの、可愛い悪戯レベルである。

 

ゆめゆめ愛らしい私を凶暴だと誤解することなきように。

 

「あぅ? 鍵があいてるのです」

 

間違えて、玄関のドアに鍵をかけてしまった様子の羽入が首をかしげる。

 

防災倉庫にいた頃は鍵をかける習慣もなかったものだが、前原屋敷にきてからは各人が鍵を持っている。

 

「沙都子が先に帰ってきたんでしょ」

 

「そういえばそうでした」

 

診療所で面会時間ぎりぎりまで粘ったから、買い物担当の沙都子がここにいるのはまったく不思議ではなかった。

 

「ただいまですー」

 

「ただいま、沙都子」

 

ううむ、やっぱり沙都子が家にいるのはいいなぁ。

 

このままうやむやのうちに沙都子を前原屋敷に住ませれば私にとっての理想郷が完成するのだが……問題は沙都子と一緒に暮らしている鷹野と悟史か。

 

その場合、もともと沙都子のお世話をするために北条家に住み込みするようになった鷹野は当然ついてくるだろうしそうなれば悟史も一人で放り出すわけにはいかない。

 

となると、部活メンバー最後の一人である詩音も仲間外れはごめんだとばかりにいそいそやってくるに違いない。

 

Oh! なんて気が休まらない大家族の完成!?

 

幾多の世界で単に圭一の住まいとして、幾度かは終わってしまった惨劇の現場としての前原屋敷しか知らない私にはそれはどうにも不可思議な選択肢に思えてしまう。

 

でも鷹野のごはんも悪くなかったし、うまいこと五年目を越えられたときには考えてもいいかもしれないな。

 

「お……おかえりなさいませ、羽入さん、梨花……」

 

と、奥から出てきた沙都子はやたら疲れた様子だった。

 

そしてその沙都子を押しのけるようにして、どたどたと廊下をやってくる小さな姿。

 

「はぬーだ! ここであったがひゃくねんめぇー!」

 

「あぅ、みゆき!?」

 

なにやら羽入と顔見知りらしい幼女は助走をつけて我が姉めがけドロップキックをかましてきた。

 

「迎撃せよ羽入! 一千万パワーを見せてやれッ!」

 

とっさにどんと羽入の背中を押しやる。

 

「あぅっ!?」

 

べちゃ、と幼女の素足が羽入の顔面を直撃し、もろともに廊下に転がる。

 

羽入はあぅあぅと目を回して突っ伏し、背中から床に落ちた幼女は泣き出すかと思ったがむくりと身体を起こして、

 

「うぅ、おしりがわれるよーにいたい……」

 

けっこう余裕がありそうだった。

 

「そのネタはもういいですわ……美雪さん、いきなり人を攻撃するのはおやめなさいませ」

 

両手を腰にあてた沙都子がお姉さんよろしくめっと幼女を叱りつける。

 

「沙都子、このバイオレンス幼女はいったい何者よ?」

 

当然の疑問を発したら、沙都子は信じられないという目で私を見てからおもむろに幼女に向き直り、

 

「見てごらんなさい。よりにもよって梨花にバイオレンス幼女呼ばわりされてますわよ!?」

 

なんとも失礼極まりないたしなめ方をする。

 

「はんせーするです。みゆきはわるいこでありました」

 

……そこ、幼女。

 

なんでしおらしく正座して頭を下げますか。

 

「わかればよろしい。……梨花、こちらはそこの赤坂さんのところの娘さんで、赤坂美雪さんですわ。羽入さんとはなぜかお知り合いのようですけれど」

 

「赤坂の……娘だと……!?」

 

あの赤坂の娘にしてはなんというか……アホっぽい。

 

「あら、梨花は赤坂さんをよくご存知ですの?」

 

「昔、ちょっと話したことがあるのよ。儚い思い出というやつかしらね……ふふ、あの頃は若かったわ」

 

そう言って遠い目をしてみせたのだが、沙都子は限りなく胡散臭そうな目つきで私を見る。

 

「きっと村を見にいらした赤坂さんに突然ドロップキックでもかましたに違いありませんわ……」

 

「沙都子……どんな目で私を見てるのよ。知性と教養の古手梨花、知性と教養の古手梨花をよろしくお願いします」

 

「ハハッワロス」

 

美雪とやらに、なんともいえない顔で笑われた。

 

なんか……無性に殴りたくなるわねこの幼女。

 

「……それで、こいつはなんでここにいるのよ。もうすぐ日も沈むし、すぐそこなんだからさっさと帰らせて……」

 

そう言いかけたところで、沙都子が深刻そうな顔で首を横に振ってみせた。

 

「それがそうも行きませんの……詳しくお話しますわ」

 

居間に移動して、沙都子の話を聞くことになった。

 

「羽入、いつまで目を回してんのよ。いくわよ」

 

「あぅあぅあぅ……梨花が、梨花がもうひとり……」

 

あんな幼女と一緒にするなこんちきしょう。

 

 

 

 

「圭一が……!?」

 

思わず羽入と顔を見合わせてしまう。

 

沙都子の話は驚くべきものだった。

 

夏の風物詩、雲雀の13番を沙都子が幼女美雪の暴力行為から救出しているところに圭一が現れたという。

 

沙都子の語る圭一の様子を聞く限り……、私の予想どおりというべきか、いまの圭一は発症していると思われる。

 

13番が食い止めている間に沙都子は美雪を連れてここへ逃げ込み、圭一捜索を指揮している園崎家への電話連絡もすでに済ませたという。

 

私と羽入が帰ってきたときには圭一も13番もその場には見当たらなかったから、もう危険はないだろう。

 

よくて圭一が逃げ出して13番はそれを追いかけていったのか、悪くすれば……圭一がすでに山狗に捕まってしまったということになる。

 

「あぅあぅ……た、大変なのです」

 

羽入の言うとおり、かなり難しい事態だ。

 

圭一が捕まった可能性はこの際考えない。その場合、私にできることはなにもなくなってしまうからだ。

 

対策できないことの対策を論じても意味はない。

 

だからここは、圭一が逃げた場合を考えよう。

 

これなら私にもいくつかは手の打ちようがある。

 

ひとつは今すぐここを飛び出して圭一を探しにいき、どうにかしてその暴走を止めるということだ。

 

かつてレナを止めた圭一のようにうまくやれるかどうかは自信がないが、一年間も圭一と一緒に暮らしてきた実績があるからすこしは役に立つはずだ。

 

それに沙都子が鷹野から渡されている治療薬の注射キットをくすねていけば成功率は上がるはずだ。

 

この方法の問題点は……一番高い可能性として、私が圭一に殴り殺されておしまい、ということだ。

 

最近の世界で同じように詩音やレナのところに乗り込んでいっても毎回失敗してるから、当然考慮すべきだろう。

 

この世界は私にとってどうあがいても最後の世界だから、ちょっと慎重になってもいい。

 

それに、圭一ごときに殺されるなんて嫌だしね。

 

もうひとつ、詩音にまるっと投げてしまう手もある。

 

やつが魅音ほど冷静でないのが心配だが、この世界で魅音ポジションを一年間こなしてきてるのだから、短気を起こすこともなく適切な指示は下してくれると思う。

 

これが一応、もっとも無難といえば無難だろうか。

 

か弱い私があまり働かなくてよさそうなのも最高だ。

 

最後のひとつは……いまこの場で、この状況や他の部活メンバーからすっかり取り残されてきた羽入と沙都子に全てを告白し、二人の協力をとりつけることだ。

 

羽入は去年発症していた沙都子たちの症状を多少なりとも緩和した実績があるから、女王感染者としては間違いなく私よりも役に立つ。むかつくけど。

 

入江機関や雛見沢症候群に関する基礎知識はあるから、私の話を信じないということもないはずだ。たぶん。

 

この場合、悩みどころは沙都子だろう。

 

常に蚊帳の外に置かれてきた彼女にしてみればあまりにも唐突すぎる話だし、鷹野や13番が敵に回るかもしれないといわれて拒否反応を示す可能性は高い。

 

しかし、沙都子さえこちらについてくれればそのトラップ技術と知識は私たちの大きな助けになるだろうし、沙都子が何も知らないという私たちの最大のウィークポイントを潰せることにもなる。

 

逆に、いまの鷹野だったら沙都子がこちらの味方につけば寝返ってくれる目もあるのではないかと、希望的観測さえしてしまう私だ。……甘いかしらね?

 

「あぅあぅ、梨花のお脳がガリガリ音を立ててるのです。処理能力がとんでもなく低いのですから、あまり考えてはダメなのです梨花~!」

 

羽入にがくがくと揺さぶられて思考の海から浮上する。

 

「自分の妹つかまえてド失礼なこと言うなっ!?」

 

とりあえず姉を振りほどくと、3つ目の選択肢も含めて詩音に相談しようとわたしはリビングの電話に向かう途中でぴたりと足を止める。

 

待てよ……?

 

綿流し前で発症者とおぼしき圭一がいるこの状況、山狗がこの家の電話を盗聴していない理由はない。

 

詩音に電話で迂闊なことを言えば、それは山狗に筒抜けになってしまうじゃないか。

 

……ええい、厄介な。

 

危険がないとわかっている以上園崎家まで直接行くという手も有効だが……その場合、ここに事情を知らない羽入と沙都子(あと美雪)を残していくことになる。

 

それはいかにも賢くない。

 

いつでもここに出入りできる鷹野が、私が不在の間に山狗を使って二人を連れ出してしまえば……全部終わりだ。

 

いやいや、まだ綿流し前だから、羽入を捕まえてもすぐに殺すことはないと思うが……それでも保護の名で監禁されてしまえばもう手出しはできなくなる。

 

どうする、どうする、どうするんだ、古手梨花……!?

 

「頭を抱えてのたうちまわりはじめましたわ……強制的にシャットダウンしたほうがよろしくありませんこと!?」

 

「まかせな。このあほのどたまにでかいかざあなをあけてやるぜぇー。いいゆめみるんだなべいべー!」

 

くっくっくと笑いながらゲートボールスティックを構えて近寄ってくる幼女に素早く足払いをかけてやった。

 

「なぅっ!?」

 

こてんと苦もなく転がった美雪の手からスティックを取り上げて、じたばたする背中をぎゅっと踏みつけた。

 

「この古手梨花、小娘にやられるほど耄碌はしてないわ」

 

「の、のー! おねーちゃん、ぼーりょくはいくない!」

 

さっきまで自分が暴力のゴンゲーだったのを忘れたか。

 

美雪は踏まれながらも身体をぱたんとひっくり返し、両手両足を広げて無抵抗を表現した。

 

「むぼーびとしせんげん!」

 

なんか言ってる。

 

「ふふふ、むりょくなよーじょはこーげきできまいー」

 

「無力? 幼女? なんのことです?」

 

足の先でやわらかげなおなかをぐりぐりもにゅもにゅしてやると美雪はあひゃうひゃと笑い転げてのたうちまわり、数分後にはぜーぜーと息を切らして降参した。

 

「ひぃ……ひぃ……あくまめぇ……」

 

完全に体力を使い果たした様子だった。

 

「残念だったなぁ美雪ぃ~。この古手梨花、弱いヤツには微塵も容赦しねぇー!」

 

ぐったりした美雪を見下ろして北斗の拳の悪役っぽい口調でそう言ってやったら、なぜか羽入と沙都子が抱き合いながら怯えた視線を私に向けてきた。

 

「あぅあぅ、子供相手にも良心の呵責を一切感じないとは我が妹ながらなんと恐ろしい子……!」

 

「梨花、自慢にもならないことを胸を張って言ってのける鋼の精神はある意味立派ですわ……!」

 

ちなみに私は、自分が攻撃されるときは無力な幼女であることを最大限活用する。

 

この子に足りないのは、それが通じる相手かそうでないかを見分ける知恵と経験である。

 

「精進するがいい、若者よ……」

 

美雪を踏んだまま腕組みして、思考の海に舞い戻る。

 

やり直しのきかない世界でのるかそるかの大博打を打っていいものかどうか、判断には大いに迷うところだ。

 

だが、ここで手をこまねいて事態が勝手に動くのを待って流れに身を任せるのではダメだ。

 

それでは美雪を笑えない。

 

百年の長きに渡って勝負に負け続けた私が、今回だけ都合よく幸運に恵まれるなんて考えるな。

 

いつだって最悪を想定しろ。

 

無慈悲なサイコロが1の目を見せても知ったことかと蹴り返して、ひっくり返して6にしてしまうくらいでなければこの迷宮は壊せない。

 

甘えを捨てろ、古手梨花……!

 

「……よし! 私に任せろ!」

 

即断即決。とるべき行動を決めてしまえば躊躇は不要だ。

 

「ど、どうするのですか梨花!?」

 

「羽入と沙都子はここで美雪を守って。私は赤坂を呼んでくる……もしいなけりゃ園崎家まで行くけど、どっちでもすぐに戻ってくるから心配するな!」

 

「パパなら……パパならきっとなんとかしてくれぎゅ」

 

幼女の顔を素足で踏みつけ(特に意味はない)別の指示も出しておくことにした。

 

「沙都子はこの家に不審な輩が侵入できないよう、大至急トラップを仕掛けておいて。それから、たとえ鷹野の指示でも私が帰ってくるまでは絶対ここから動かないこと!」

 

「よくわかりませんわ……でも、必要なことですのね?」

 

沙都子の言葉に強く頷く。

 

「ならば、この北条沙都子。全力をもってこの家を雛見沢きっての要塞にしてみせますわよ!」

 

「梨花、ひとりで大丈夫なのですか?」

 

心配そうな羽入に、くわっと目を見開いて威嚇する。

 

「なめるな! トチ狂った圭一ごときが、この古手梨花をどうこうできると思ってか! 私はガンダムより強ぇ!」

 

豪語する私に、おおおお、と三人から歓声があがった。

 

「古手梨花、出るぞ!」

 

美雪のゲートボールスティックを片手にリビングを出て、玄関へと力強くダッシュする。

 

そう、この場で本当の危険を知っている私が動かなければ事態はやつらの思うつぼだ。

 

やつらというのが鷹野を含むのか含まないのか確証なんてまったくないが、私は鷹野とした約束を信じている。

 

それでいいじゃないか。

 

アホの子はアホの子らしく、一直線に突き進め!

 

靴を履いて玄関を出て、別荘地の入り口に立つあかさか☆ハウスめざして一直線に駆け抜ける。

 

「……ッ!?」

 

雲雀の13番が吊られていた角を曲がろうとしたところでいきなり横合いから出てきた自動車にはねられかけた。

 

わたしをかすめつつも急ブレーキを踏みながらハンドルを切ったその車は、路肩のドブにはまる寸前で急停止した。

 

白いワゴン車……!

 

どうみても山狗です本当にありがとうございました。

 

「どこ見て運転してのよこの駄犬!」

 

どがん、と私の蹴りがワゴンのどてっ腹に突き刺さる。

 

「ひぃっ、すんません!」

 

運転席の山狗は泣きそうな声で謝りながら帽子をくいっと脱いでみせ、すぐに車をスタートさせた。

 

「待てわりゃー! とりゃー! お前の上官でーべそ!」

 

ぶんぶんぶん、とスティックを振り回しながら喚き散らす私を置き去りにフルスロットルで離れていく山狗マシン。

 

どうでもいいが鷹野はでべそではないので(罰ゲーム時に確認済み)でべそなのは小此木ということにしておこう。

 

「ちっ、逃がしたか……、ん?」

 

あたりに視線を走らせた私は、ひとつのことに気づく。

 

監視の山狗が、見当たらない。

 

こう見えても私はもと女王感染者である。

 

プライバシーを名目に、どういう場所に護衛の山狗が潜伏しているかを詳しく教わったことはあるし、実際に彼らが隠れる様子を目の当たりにしてきた。

 

場所は防災倉庫と違っても、前原屋敷で暮らす間に隠れる場所にはだいたいあたりをつけている。

 

そもそもまだこの別荘地には前原屋敷とあかさか☆ハウスしかちゃんとした建物がないから、彼らが隠れられる場所には限りがあるのだ。

 

私にも監視の山狗が見つけられないということは、つまりここには山狗が残っていないことになる。

 

「……どういうこと?」

 

圭一が発症しているかもしれない状況で、女王感染者たる羽入の護衛まで引き上げるというのは考えにくい。

 

「……とにかく、赤坂よ!」

 

あかさか☆ハウスの表にまわり、玄関の呼び鈴を押す。

 

しばらく待って、気の短い私がそろそろイラッ☆とした頃にようやく玄関のロックを外す音がした。

 

「み、美雪ちゃん?」

 

そう言いながら、チェーン越しに顔をのぞかせたのはなんだかひどく見慣れた顔だった……あれ?

 

詩音……かと思ったが、あいつは園崎家にいるはずだ。

 

だとすれば百年見慣れたこの顔は、間違いようもなく、

 

「魅音っ!?」

 

「……う、梨花ちゃんか」

 

ぐぐ、と呻くような諦めるような微妙な表情をみせる。

 

「なんであんたが、あかさか☆ハウスにいるのよ!?」

 

「あかさか……はうす……?」

 

なにを言ってるんだおまえは、とでも言いたげなその顔が微妙にむかつくわ!

 

「叔母を殺して山狗に捕まって入江診療所の地下で入江にメイド服を着せられてベッドに拘束プレイをさせられてるはずなのにここにいる理由を三文字以内で説明せよ!」

 

「三文字!? 無理!」

 

とかいいながらも『無理!』なら三文字か。やるわね。

 

「……というか、梨花ちゃんキャラかわってない?」

 

「乙女は日進月歩なのよッ! それよりここを開けろ!」

 

「命令形!?」

 

じゃきっとグラーフアイゼンを両手で構える。

 

「さもないとぶち壊す! えらい人も言ってるわ、目の前に分厚い壁があってそれを突破しなければならないなら、迷わずにこの力を使うべきだって!」

 

「んなっ!?」

 

魅音があまりの私の進化っぷりにあっけにとられている。

 

「だいたいレナも甘いのよ! とりあえず鉈でチェーンをぶっちぎって有無を言わせず押し入って、圭一の口の中に重箱の中身を無理矢理ぶちこめば惨劇回避だったのに!」

 

「なんの話!? わ、わかったって! 今開けるから!」

 

うがーっと吠える私の勢いに圧されたのか、扉を閉めると素直にチェーンを外してくれる魅音である。

 

1年ぶりだが、相変わらず押しに弱い子だ。

 

「邪魔するわよ。なかなかいいお住まいね。匠の技ね」

 

玄関にずかすかと入り込み、きょろきょろと見回しながら靴を脱いで勝手に家の奥へ向かう。

 

「いや別に匠は……」

 

「社交辞令よ。気にしないで。それよりお茶とお茶菓子」

 

お茶の間のテーブル、お座布団の上にあぐらをかく。

 

「態度でかっ! やな客来たよ!?」

 

ぶーぶー文句言いながらもいったん台所に引っ込んで要求通りにお茶とお茶菓子を用意してきてくれる。

 

おお、けっこうおいしそうなお煎餅じゃない。

 

「魅音はいいやつねえ」

 

「そりゃどうも……」

 

「お世辞よ。気にしないで」

 

「………………」

 

もう魅音はなにも言わなかった。

 

お茶の上にお煎餅をかざしてやわらかくしてしている私を困った目つきでじっと見つめている。

 

「ってくつろいでる場合じゃないのよ! 赤坂は!?」

 

「ま、町に出かけてるよ……」

 

「町って興宮!? ったく、相変わらずいざってときには使えない温泉饅頭ね……公安で『温泉』ってニックネームで呼ばれてるんじゃないかしら。……あらおいし☆」

 

うむ、このお煎餅は絶品だ。今度遊びに来たら絶対ひと箱くすねよう。お茶もうちの安物とはひと味違うし……。

 

「絶対キャラ変わってるよね……」

 

「言ったでしょ、乙女はDO MY BESTなの!」

 

「さっきと違うッ!?」

 

「こまけぇことはいいんだよ!」

 

ひーん、と私の優雅さの前に圧倒されっぱなしで泣きそうになっている魅音がちょっと可愛いが……ほんとにこいつなんであかさか☆ハウスなんかにいるんだろう?

 

赤坂の娘である美雪の名前をさっき呼んだから、たまたま忍びこんでるとかではなくてここの住人ということか。

 

つまり、魅音はこの一年の間診療所の地下でメイドさんをしてたわけではなく東京の赤坂のところに逃げ込んでいたことになるのか……?

 

なにがどうなってそうなるのかさっぱりだが、魅音がここにいるというのはひょっとしてかなり有利な事実では?

 

「む……、これは勝つる」

 

「?」

 

最悪人質にされかねないから向こうの切り札になりうるかもと思っていたカードだが、実はこっちがそう思いこんでいただけで、むしろこっちの切り札として私たちの手の中に飛び込んできたということだ。

 

「魅音、頭脳労働担当だったわよね。状況を説明するからいますぐ私がどうすればいいか考えなさい」

 

「って、また命令形だし……おじさんは部長で、」

 

「あんたの答えひとつで、美雪がどうなることかしらね。最悪の場合『アタイ……よごれちゃった……』とか社会的に問題のあるギャグを繰り出すようになっちゃうかも!」

 

「やめてよー!? 言うこときくから!」

 

ま、私が手を下さなくてもそれくらい言いそうだけど。

 

「へっへ、最初から素直にそう言えばいいのよ」

 

「……どうしておじさんがこんな目に……」

 

私は手短に圭一が発症してるかもしれないこと、さきほど見かけた山狗の妙な行動などを説明していく。

 

それを聞いてしばらく正座したまま腕組みをして、難しい顔で考え込む魅音である。

 

それにしても……腕組みをするとツインキャノンが目の前で激しく自己主張するからなんかムカつくわね。

 

「もふってやる……」

 

「もふ?」

 

「こっちの話よ」

 

苛立ちを抑えながら煎餅の最後のひとかけらを呑み込む。

 

ずずっとお茶を啜ったあたりで、ようやく魅音がこちらに向き直ってまじめな顔で言った。

 

「それ……たぶんまずいよ。羽入に護衛を張り付けておく必要がなくなったってことはつまり、発症者が完全に捕捉できたってことだと思う」

 

「ってことは……圭一が捕まった?」

 

「いや、居場所が特定されたんじゃないかな。急いでたってことはつまり、包囲するのに人手がいるってことだよ」

 

なるほど。

 

軍隊のはしくれである以上、山狗の戦術は数を頼みにした集団戦・包囲戦だ。

 

個々の戦闘力は、普通の子供ならともかくおよそ規格外の部活メンバーなら太刀打ちできるレベルなのは前の世界で実証されてしまっている。

 

「入江機関の秘匿工作に必要な人員数は本来、それほどは多くない。私の予測では、山狗の総数はせいぜい数十人。予備戦力を残すならこの状況じゃいっぱいいっぱいだね」

 

さすが、部長の名は伊達じゃない。

 

私も正確な数は教えてもらっていないが、雛見沢と興宮にいる山狗の戦力はせいぜいそのくらいだと認識している。

 

「……ということは、圭一が危ないと」

 

「この上なくね」

 

さらりと言われてしまったが、慌てる必要はなかった。

 

クールになれ古手梨花、なんて言い出すまでもない。

 

だって、私が考える必要はないのだ。

 

目の前の立派なお胸の人が対策を立ててくれるはずだ。

 

「お胸は関係ないっしょ!?」

 

両手でいまいましい決戦兵器をガードしつつ口を尖らせるいぢられっ子ではあるが、実際考えてくれていたようだ。

 

「大丈夫、圭ちゃんを連れ出すくらいはどうにかなるよ」

 

にやりと自信ありげな笑みを浮かべる魅音。

 

「こっちの最強の手札が、いまこっちへ向かってる……。それまで時間を稼げるかどうかが勝負になるかな」

 

言われて私は興宮の方向を振り向き、

 

「大きな戦闘力がまっすぐこっちへ向かってくる……! 馬鹿な……、鉈を持ったレナ以上の戦闘力だと!?」

 

「スカウターつけてないじゃん!?」

 

「雛見沢の人間なら、気を読むくらいはできて当然よ」

 

「うぅ、私の知ってる雛見沢はどこ……?」

 

私の唐突なギャグについてこれずに悩む魅音だが、こんなのはちょっと考えればわかることだ。

 

春に何度か見かけた赤坂は、ダム戦争当時雛見沢に来た頃の貧弱なボウヤとは似ても似つかなくなっていた。

 

その上、魅音自らが最強のカードと言ったのだからこれが戦力としてあてにできないはずがない。

 

「赤坂ーっ、はやくきてくれーっ!」

 

そう喚きながら、私はどっこらと立ち上がっていた。

 

「ど……どうするの!?」

 

「圭一を助けにいくわ。赤坂が来るまでの時間稼ぎくらいだったら、私にもしてあげられる」

 

魅音に負けないくらいに不敵な笑みを返してやった。

 

「……圭一だって私だって、山狗の十人や二十人ごときでヘタレるほど、やわな一年は送っちゃいねーってのよ」

 

「り、梨花ちゃん……」

 

目を丸くしていた魅音だが、すぐにふっと笑い返した。

 

その表情は幾多の世界で私が見慣れていた園崎魅音。

 

無敵の部長が勝負に出るときにみせる顔だった。

 

「……そーゆーことなら、部長の私が見てるだけってわけにゃいかないね。だいたい梨花ちゃん、どこへ行けばいいかもわかってないでしょうが」

 

あんたはわかるのかよ、と言おうとした私に笑う魅音。

 

「ダム現場。ここ数日で調べた限りじゃ……、あの場所が最高の狩り場だよ。追う者にも、追われる者にもね!」




<雑談>

アホな娘と吐き捨てて、空気嫁と揶揄される。
あるぇ~な生き方否定され、幼女は笑いに包まれた。
しかし見よ、あれを見よ。
あれが魅音だ、アホ梨花だ。
その嫁、そのアホ、他にはいない。

神楽舞完結後、次に読みたい作品は?

  • 神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
  • ひぐらし短編集
  • ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)
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