ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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完結まで残り20話ちょっとになってきました!最後までお楽しみください!


第125話 山狗と踊れ

残された時間は、わずかだった。

 

この『戦場』の終わりは、二重の意味で近づいている。

 

ひとつは、レナたちが仕掛けたこのトラップ。

 

レナたちに地の利があり、なおかつ多数の罠が仕掛けられたこの場所であってもなお覆せないほどの人員・装備が投入されたときにはじめて発動させる切り札。

 

自分に不利な場なら全て押し流してしまえ、という乱暴で攻撃的な発想から生まれているのが、なんともレナや詩音の仕掛けらしいなあと思うのは私だけではないはずだ。

 

ただでさえ入り組んだゴミ山が、炎に行く手をふさがれることでさらに複雑な迷路となり、元の姿を知らない人間には容易に脱出ルートを見出すことができなくなる。

 

炎は煙を生み、視界を制限することで飛び道具の使用を困難にし、格闘戦というレナや圭ちゃんの得意距離に相手を引きずりこむ効果もあるだろう。

 

さらに相手が夜間戦用の装備を持っていても、ここまで昼間のように明るくなればそれも意味をなさない。

 

人数がいるなら長期戦は相手の望むところだろうが、燃え広がる火災は有毒ガスを生み、村人の注意も引きつけるから短期決戦に持ち込み、人目につきたくない山狗に撤退を強いる効果も期待できる。

 

レナや圭ちゃんにしてみれば、混乱している適当な数の山狗を各個撃破した上で、不利になる前に自分たちは承知済みの撤退ルートから消えてしまえばいい。

 

これをダム現場に仕掛けたのも絶妙だ。

 

沙都子の裏山なら山火事に発展しかねないが、川辺のダム現場ではせいぜい現場事務所と取り残された建設機器が全焼する程度で終わりだ。

 

不法投棄のダンプが来られる場所だから、興宮の消防車も入れるだろうし、このあたりは人家もまばらなので延焼のおそれは考えなくていいだろう。

 

よく考えたと褒めていいのか、もうちょっと加減とか考えようと叱ればいいのか……まったく嫌なほうに見事な手際だ。

 

そしてもうひとつ。

 

我が家の監視に気づいた時点で興宮へと向かった衛さんは前もって連絡場所として決めてあった雀荘で大石と合流、裏口から出て車を乗り換え、こちらに向かっている。

 

不審人物として大石が山狗を何人かしょっぴけばこちらの有利は明白だったが、こうなれば効果はそれ以上だ。

 

梨花ちゃんと一緒にここに向かうことはメモとして残してきたから、すぐこの場所に駆けつけてくれるだろう。

 

炎の中から山狗が全員逃げ切れるかどうかは微妙だし、発砲の弾痕はレナたちを始末したあとにゴミごと処理するつもりだったのだろうが、この状況ではそれもできまい。

 

弾痕は火災現場に動かぬ証拠として残り、現場検証には消防も立ち会うから警察内部の圧力だけではもみ消せない。

 

証拠固めにいくばくかの時間はとられるかもしれないが、園崎が証拠や証言をいくつか捏造してやれば入江診療所や小此木造園の家宅捜索の令状を請求することも可能だ。

 

同時に、公安のルートを通じ入江機関の上層部にこちらの状況をリークして、事実上の脅迫を行う。

 

このまま現地の県警の手で違法なプロジェクトや研究を白日の下に曝されたくなければ……というわけ。

 

それが私が立てた、勝利へのプランのひとつだ。

 

詩音やレナたちの準備と苦闘、衛さんとのつながりや大石の執念、全てが噛み合うことで雛見沢で暗躍する入江機関を完膚無きまでに叩き潰す、園崎流の戦略。

 

だが……そのために必要なことがひとつ。

 

まず、いまのこの状況をどうにかする、ということ。

 

「へっへ……、まさかこの国で本気になれる、なんてことがあるとはなぁ……笑うしかねぇな!」

 

この男。

 

小此木造園の社長ということになっている、山狗部隊の指揮官。こいつが厄介だった。

 

「尻尾まいて逃げたほうがいいんじゃない? 煙に巻かれて死ぬんじゃ、野良犬の皆さんも浮かばれないっしょ?」

 

できれば撤退させたいので水を向けてみるのだが、小此木は楽しくてしょうがないというかのように言った。

 

「生憎だがなぁ、お嬢。あとあと厄介なヤツは、なるべく潰していくのが俺の流儀でね」

 

片目をつぶって、獰猛な笑みをみせる。

 

こいつ、やっぱり気づいてやがる。

 

本来失踪していて、かわりに詩音がいるからこの世に存在していないも同然の私。

 

さっきの話だと診療所から抜けだしているレナ。

 

もともと行方不明扱いで村中が捜索中だった圭ちゃん。

 

悟史と梨花ちゃんの立ち位置は微妙だが、最悪の場合この火災に巻き込まれて死体が見つかっても構わない面子だ。

 

女王感染者の羽入、園崎家として村の中心にいる詩音。

 

そして鷹野さんが個人的に重要視している沙都子。

 

彼らにとっていなくなって困るキーパーソンが含まれてはいないのだから……この場でタイムアウト前に私たちを始末できれば、天秤は向こうに傾くだろう。

 

全員を仕留められれば、ここで起きたことは『ダム現場で謎の大火災』で終了。ほぼ向こうの勝利だ。

 

また、一人二人であっても戦力を削れば……もともと手札が少ない私たちが次の打つ手に窮するのは間違いない。

 

つまり小此木にとってはこの場に出来る限りとどまって、一人でも多く部活メンバーの息の根を止めるのが最善手。

 

そんなぎりぎりの駆け引きの中で……先に動いたのは山狗たちのほうだった。

 

悟史と梨花ちゃんにそれぞれ一人が、レナと圭ちゃんには二人ずつが襲いかかる。そして私には……小此木本人!

 

「魅ぃちゃん!」

 

が、おとなしく相手の思惑に乗るレナではなかった。

 

私も頷いて、一瞬で交差して私がレナを追ってきた二人を押さえにまわり、レナは鉈を手に小此木を迎撃する。

 

「ちぃっ!」

 

小此木の振るった警棒を鉈で弾き、横に回り込もうとするレナだが、小此木は低い蹴りでレナの進路を阻む。

 

「く!」

 

地面を蹴って空中に逃れ、小此木の後頭部を狙って一撃。

 

それをあっさりと警棒で弾き、小此木はレナから離れて私のほうへと向かう。

 

私はといえば、二人のうち一人が振り下ろしてきた警棒の内側へと踏み込み襟元を引き込みながら鳩尾に肘を一撃、同時に足を刈ってもう一人めがけて投げ飛ばした直後。

 

体勢を立て直すヒマもなく、小此木の鋭くコンパクトな回し蹴りが中段を襲う。

 

「ぐう……っ!」

 

両腕を固めて受けたものの、私の身体が立った姿勢のまま横へ1メートル近くも跳ね飛ぶほどの重さだった。

 

腕が砕けなかったのが不思議なくらい。

 

「ははぁっ!」

 

小此木は笑いながら、背後から振り抜かれたレナの鉈を頭を低くしてやり過ごし、あまつさえ後方への足払いでレナをあっさりと転倒させた。

 

「なッ!」

 

が、そこからがレナの真骨頂。

 

完全に体勢を崩して転んだにもかかわらず、地面に片手をついて自分の体重を支え、下半身を回転させて逆立ちした状態のまま変則的な蹴りを叩きつける。

 

「グ……!」

 

さすがにこれは予想できなかったか、まともに腹に受けて後退するが、威力はまるで足りてない。

 

舌打ちしながら軽業のように足を振り回して着地するレナを仕留めようと、さっき私に向かってきた山狗の一人が警棒を振り回すが……遅い。

 

レナは瞬時に振り返ってその手首を鉈で叩いて砕き、さらにその腕で肘を喉に突きこんで山狗を沈めた。

 

「部長としては……負けてられないね!」

 

その間に私は小此木へと向かい、跳び蹴りを放つ。

 

「はッ!」

 

片手でガードしてみせる小此木だが、まだだ……!

 

最初から二段蹴りのつもりだった私は逆の足で小此木の顔面を蹴りにいくが、息を呑むことになった。

 

小此木はいつの間にか私の足首を掴んでいて、空中のそれを捻るように投げたのだ。

 

「……ッ!」

 

私自身の体重で足首をねじ切られる直前、蹴りが入る。

 

顔面に直撃だ。

 

それで手を放してくれればという期待もしたが、小此木は顔の真ん中を蹴られてなお笑っていた。

 

同時に足首を折りにきたものの、私は蹴った反動で身体をねじられる方向にひねっていた。

 

「!」

 

なんとか折られることは回避したものの、小此木は逆の手に握った警棒を空中の私の顔面めがけて叩き込む。

 

……まだ足首を掴まれたままだから、かわせないっ!

 

「ぐっ!?」

 

が、その手が不意に緩んだ。

 

私の足首を掴んだ手を、対峙していた山狗の隙をついて駆け寄ってきた悟史のバットが、思い切り叩いたのだ。

 

鼻先をかすめていく警棒、私は両手を伸ばしてなんとか頭から地面に叩きつけられるのを避けて転がったが……、

 

「悟史ッ!」

 

「うわぁあっ!?」

 

小此木は振り返りざまの拳の一撃で悟史を突き飛ばし、すでに限界近かった悟史はなすすべもなく吹き飛んでいた。

 

「よくもっ!」

 

そこに踏み込んだレナが鉈を走らせる。

 

「へっ!」

 

歯を剥き出してその一撃を警棒で受け止め、身体ごとレナのほうに踏み込むなり警棒を素早く振り下ろす。

 

脳天を割りかねない一撃。

 

「……ふぅっ!」

 

レナが軽く息を吸い込むと同時に、その警棒の先端はレナを擦り抜けたように見えた。

 

「な……!?」

 

違う。

 

レナは踏み込みを一瞬だけ遅らせ、紙一重で避けたのだ。

 

彼女の脳天を叩き割るはずだった小此木の警棒は、前髪をかすめて頬にうっすらと赤い痕を残し、首元のリボンを揺らして乳房の間を抜けて下へ抜けてしまったのだ。

 

その証拠に、白いワンピースの胸が上から下へ一直線に引き裂かれ、細い破れ目からはかすかに肌が覗いていた。

 

布一枚の差でかわす、神業的な見切りだった。

 

レナは、警棒を振り抜いて一瞬立ち尽くす小此木の脇腹めがけて深い打撃を放つが……、しかし、それも小此木の腕によって止められた。

 

「ぎっ……! 紙一重たあ、どこの達人さまだよ!?」

 

「そんな……っ!?」

 

バットや棒なんかとはワケが違う、充分にスピードの乗った鉈の峰を腕で受け止めるという暴挙に、さすがのレナも驚きに動きを止めてしまっていた。

 

「寝てなっ!」

 

その隙を逃すことなくレナの視界の外から蹴りを放ち、横倒しに地面へと叩きつける。

 

「が……は……!」

 

撃たれた脇腹を地面に叩きつけられて、転がりながら苦悶の表情を浮かべるレナ。

 

小此木の腕には、鉈の痕がくっきりと残っているが……、拳をいったん開いてもう一度固める様子からすれば、衝撃は骨まで達してはいないようだった。

 

レナもそうだけど、こいつも充分にバケモノらしい。

 

「惜しい、惜しいな。お前らが女でも子供でもなければ、押し切れる相手でもなかったろうになぁ!」

 

と、視界の隅で山狗がひとり顔から血を撒き散らしながら倒れるのが見えた。

 

悟史が小此木に倒されたおかげで手があいて、梨花ちゃんに向かっていったヤツだ。

 

梨花ちゃんは血まみれの鉄パイプを両手で振り回し、最初からやり合っている山狗の警棒による打撃をパイプの表面を滑らせるようにして受け流す。

 

「どっせい!」

 

片手を離してもう片手で振り上げた鉄パイプが顔の近くをかすめていき山狗は押し殺した悲鳴をあげるが、さすがに幼女相手に逃げるわけにもいかない。

 

鉄パイプそのものが回転する力を利用して手元に引き戻した梨花ちゃんは自身が長い髪をひるがえしながらくるりと反転して、次の山狗の打撃をかわす。

 

そして地面をかすめながら円の軌道を描いた鉄パイプが、山狗のスネを真正面から直撃した。

 

「ぎゃあっ……!?」

 

打撃の威力そのものは高くない。

 

ただでさえ筋力にすぐれない梨花ちゃんに鉄パイプは重いから、腕力ではなく鉄パイプの重さと遠心力しかダメージには加わっていないのだ。

 

でも、顔やら喉やらスネやら、打たれたくない場所ばかり的確に狙う梨花ちゃんの技術は相当のものだった。

 

「……とどめよ!」

 

反動で返ってきた鉄パイプを今度は槍のように構え、鳩尾を狙って突き出す。

 

「こ、このっ、ガキがッ……!」

 

が、スネを押さえて座り込みそうだった山狗が意地を見せたのだろうか、警棒をでたらめに振り回す。

 

「!」

 

がつん、と鈍い音がして、梨花ちゃんの頭が揺れた。

 

長い髪が顔にかかり、ぐらりとよろめいて……その口元でぐぃっと歯を食いしばって踏みとどまる。

 

「う、うあああ! 倒れろ! ガキが! 死ねよ!」

 

さらに二度、三度と警棒を叩きつける山狗。

 

それはいずれも梨花ちゃんの小さな頭に当たったが、それでも……梨花ちゃんは倒れず、顔を上げた。

 

ぎらりと、真っ赤に血塗れた幼い顔の中で憤怒を宿した大きな瞳が山狗を見上げる。

 

「気安く……」

 

地の底から響くような声。

 

「美少女の頭を殴ってんじゃないわよこの若造がッ!」

 

髪を振り乱した咆哮に萎縮したのが命取り。

 

やり投げのように片手で構えた鉄パイプをオーバースローで山狗の口の中に突っ込み、そのまま地面に突き倒す。

 

「が、ぐぇ……!」

 

言葉にならない命乞いをする山狗を凄絶な表情で見下ろした梨花ちゃんは地獄の鬼もかくやという声音で、

 

「この古手梨花をガキ呼ばわりなんざ百年早いわッ、上等こいてんじゃねーわよ青二才ッ!」

 

叫びとともに、なんの容赦も加減もない踵を倒れた山狗の鳩尾に叩きこみ、山狗は鉄パイプを突っ込まれたままの口からがふっと胃液を逆流させながら意識を失う。

 

「……くそ……、血が足りないわ……」

 

倒れこそしないものの、真っ赤になった頭を抱えてふらふらしているので、これ以上の戦闘は無理だろう。

 

「はっはははははッ! 一年結構鍛えたつもりだったが、雛見沢の鬼どもとじゃ分が悪いか、ああッ!?」

 

部下が次々倒れているのに、大笑いする小此木の神経が理解できない。

 

もはや残っているのは、小此木自身と、圭ちゃんと一進一退の攻防を続ける二人のみ。

 

……もっとも、こっちも似たようなものだ。

 

悟史と梨花ちゃんは戦闘不能だし、レナも脇腹を押さえながらどうにか立ち上がろうとしてはいるものの、あの様子じゃいままでの半分の動きもできないだろう。

 

圭ちゃんも満身創痍だけど、山狗二人は本気で圭ちゃんを倒すような攻撃を仕掛けていないのは明らかだ。

 

なにか理由があって、まだ泳がせたい……そういう命令が出ているということなのだろう。

 

となれば、この場は小此木が退く気になるまで、なんとかこいつを追い詰めなければいけないってことだ。

 

……よし。ひとつ、策はある。

 

「行くよ!」

 

自分から仕掛けた私に、小此木は小さく口笛を吹いた。

 

私がこの場で時間稼ぎをしたいのはバレているのだろう。

 

「蛮勇だなぁ、お嬢ッ!」

 

迎撃の構えをとりながら叫ぶ小此木。

 

どっちが来る……蹴りか、拳か!?

 

間合いに飛び込みながら、小此木の体重が前にかかるのを見て拳だと瞬間的に判断する。

 

わずかに踏み込みをずらし、首を可能なだけ捻る。

 

ゴッ、と突風が私の肩の上、三つ編みを突き抜けていく。

 

かわせた!

 

その拳に手を添えて引き込みながら足を刈ろうともう一歩踏み込むが、ぞくりと背中が総毛立つのを感じた。

 

この至近距離で、腰の横に構えられていた逆の拳が霞むほどの速度で打ち出される!

 

「ふあッ!」

 

咄嗟に攻撃を中断して横に避けなければ……おそらくは、肋骨を半分はもっていかれた。

 

わたしの脇腹をえぐったショートアッパーは、かすめただけで痣をつくるほどの威力だった。

 

「よくかわしたッ!」

 

私のような投げ技、関節技主体の相手を懐に飛び込ませれば打撃技中心の小此木にはほとんど打つ手がない。

 

だからこそそのレンジ、ほぼ零距離で使える拳打を磨いているのだと気づけなかったら……死んでいたかも。

 

死の予感を噛み殺しながら飛びはなれて構えたが、小此木は私を休ませてはくれなかった。

 

「おぉおッ!」

 

瞬時に助走し、踏み切って……前蹴り。

 

かろうじて反応できた。

 

上体を反らして足が吹き抜けるのを待ち……、このまま踏み込んで、足を極めて地面に突き倒す!

 

「!?」

 

その予定は、脆くも崩れた。

 

吹き抜けた足は踵落としとなって、踏み込もうとした私を痛烈に急襲したのだ。

 

足をとるためにかざしていた両手で頭をかばおうとしたが勢いを減ずるにはまるで足りなくて、頭と肩に重い打撃が突き抜けて……瞬時に膝が崩れ、地面に叩きつけられる。

 

「ぐあ……!」

 

一瞬、本当に一瞬だけ朦朧とする。

 

「はっはははぁ! そら、足掻いてみせな!」

 

ぐらぐらと揺れる視界、脳天に小此木の笑い声が突き抜けたのを合図に、横になんとか転がった。

 

一瞬前まで頭のあった場所に小此木の足が落ちてくる。

 

右に左に、必死で転がるたびに、振り下ろされた足が耳元でまるで爆撃のような轟音を発していた。

 

「く……ッ、うく……!」

 

まるで鍛冶屋の鉄床の上にいるようだ。

 

振り下ろされる鎚は、瞬時に私の頭を打ち砕くだろう。

 

「魅ぃちゃんから、離れろッ!」

 

一瞬レナのブーツが見えたと思ったら、レナは私を飛び越えるようにして小此木めがけて鉈を振るっていた。

 

「緩いッ!」

 

片手の警棒で、当たり前のようにそれを受け止め……あろうことか、空中にいるレナの全体重ごと押し返す。

 

「く……!?」

 

思わぬ形で着地したレナに立ち上がる時間も与えず、踏み込んでの回し蹴りが襲いかかる!

 

頭を吹き飛ばされかねなかったその一撃を止めたのは、死力を振り絞って立ち上がり、割って入った悟史だ。

 

「う、ぁ……!」

 

ガードとしてかざした腕、それが軋むほどの威力。

 

悟史の腕の骨に、間違いなく亀裂くらいは入っただろう。

 

「ちぃ!」

 

追い打ちの拳で完全に意識を奪おうとする小此木だが、その前に立ち上がった私が軸足を横から蹴っていた。

 

「ぬぅっ……!」

 

信じられないことにそれでも踏みとどまり、逆の拳で猛烈な勢いの裏拳を放ってくる。

 

身をすくめて逃れたものの、その手がぱっと開いたかと思うと目つぶしとばかりに砂が撒き散らされる。

 

「!?」

 

それで目を閉じてしまったのがよくなかった。

 

小此木の速い蹴りが腹部を撃ち、咄嗟に後ろへ跳んだぶん威力は減殺できたが身体は大きく跳ねとんだ。

 

「うおっ!?」

 

背中に衝撃が走ると同時に、驚きの叫びをあげたのは私ではなかった。

 

私は、山狗の一人を巻き込む形で倒れたのだ。

 

「なんだっ!?……ぐぅっ!」

 

そう、圭ちゃんと戦っていた二人の一人を。

 

突然の乱入者に驚いて隙だらけになったもう一人が圭ちゃんの拳を喰らってよろめいている間に立ち上がり、

 

「圭ちゃん、レナをお願いッ!」

 

私がそう叫んだ瞬間、圭ちゃんは駆け出していた。

 

「レナぁああッ!」

 

そう、これが私の策。

 

小此木自身の攻撃で私が吹き飛ばされ、圭ちゃんと山狗の戦いのパワーバランスを崩すことで、圭ちゃんと私の相手をスイッチする。

 

圭ちゃんに小此木の相手を任せて、山狗二人を私が倒せれば、戦局は変わる……!

 

「そんな単純特攻が、当たるかッ!」

 

地を駆けて瞬時に間合いを詰める圭ちゃんだけど、小此木は冷静にそれを蹴りで迎え撃つ。

 

「させるかッ!」

 

片腕はもう使い物にならないのに、小此木の足にしがみついて止めようとする悟史。

 

「ち……邪魔だッ!」

 

強引に蹴りを放って片腕の悟史を引き剥がすが、その間に圭ちゃんは拳を振りかぶっていた。

 

「らぁあああぁあッ!」

 

鉄拳を、すんでのところで腕を立ててガードする小此木。

 

「ぐッ……!?」

 

レナの鉈を喰らった上からさらに鉄拳を受けて、さすがの小此木の顔にも苦痛の色が浮かぶ。

 

「この程度でッ!」

 

もう片腕の警棒が振り下ろされるけど、圭ちゃんはそれをかわそうともせずに第二撃を放っていた。

 

「何……!」

 

真正面から圭ちゃんの顔面に叩きつけられる警棒、直撃の寸前に圭ちゃんの逆の拳が、小此木の顔面を撃っていた。

 

それで威力が何分の一かに減じたとはいえ、警棒の一撃は圭ちゃんの額を割っていた。

 

「ぐ……!」

 

「ぎ……!」

 

これは痛み分け。

 

互いに額と口元から血を散らしながら、両者が後退する。

 

「ち……特攻バカが。威力だけはマシだがな」

 

小此木は一撃目を喰らった腕を軽く振って顔をしかめる。

 

レナの天才じみた体さばきや私の技術とは違い、直線的に過ぎる圭ちゃんの打撃は小此木のお気に召さないらしい。

 

いまのような邪魔さえ入らなければ、回避も迎撃も容易だという意識があるからこそ、問題視していないのだろう。

 

そう、本来……ただの中学生など、この男の前ではなんの障害にもなりはしないはずなのだ。

 

だけど、何故だろう?

 

「……くっくっく……」

 

私は、手を止めてしまっている。

 

山狗も、まだ動けるはずなのに襲ってくる気配がない。

 

圭ちゃんが、いや、前原圭一の存在が、この場にいる者の視線を吸い寄せているのを感じる。

 

「特攻バカで結構ッ! 真っ先に突っ込むのが、お祭りの醍醐味ってヤツだからなあ……!」

 

その視線と燃え広がる炎を、一身に背負いながら……。

 

 

圭ちゃんは、笑っていた。

 

 

さっきまでとは、どこか違う瞳の輝き。

 

ギラついているという意味では同じだけど、まるで自分の立つべき場所を思い出したかのような熱量があった。

 

「ほぉ……」

 

小此木もまた、笑みを浮かべる。

 

ゆっくりと、手にしていた特殊警棒を腰に戻して……拳法めいた構えをとる。

 

「……屋上で会ったときよりゃあ、いい眼をしてやがる。とっくにL5かと思ったが、踏みとどまったか?」

 

「はッ!」

 

圭ちゃんは笑止とばかりに鼻を鳴らす。

 

「雛見沢症候群だかなんだか知らねぇが……前原圭一様は病気知らずの皆勤賞が自慢なんだ。守りたい奴がいるのにトチ狂ってられるほどヒマじゃねぇんでな!」

 

どうみてもさっきまで異常な様子だった人間の言葉だとは思えないけど、ついつい騙されてしまいそうになるほどに気持ちのいい啖呵がぽんぽんと飛び出してくる。

 

「あんたはどうだ? あんたら一応、自衛隊なんだろ?」

 

低く笑いながらの問いに、小此木は眉をひそめただけ。

 

「誰かを守りたくて、戦うことを決めたんだよな? その背中の後ろには、守りたい奴等がいるんだよな?」

 

ぶつけられる言葉に、わずかに不快の色を見せる。

 

「…………ガキが。だったらなんだ」

 

牙を剥く獣を思わせる口調にも、圭ちゃんは怯まない。

 

「でも、譲らねぇ」

 

静かに告げた。

 

その場には燃えさかる炎の起こす風の音と、舞い散る火の粉だけがざわめいている。

 

「あんたの背中の後ろに何万、何十万がいようと、往く道は譲らねぇ。たとえ雛見沢の人間を皆殺しにしなきゃその何十万が死ぬんだとしても俺は、こっち側だ」

 

こっち側、というところで圭ちゃんは、力強く自分の胸を親指でさして見せた。

 

「雛見沢にはレナがいる。梨花がいる。羽入がいる。詩音がいる。沙都子も悟史も鷹野さんも、魅音だっている」

 

自分の名前まで挙がるとは思っていなかった私は、すこし眼を見開いてしまった。

 

「監督も赤坂さんも、詩音のばーちゃんも村長も、知恵先生も岡村くんや富田くんも……みんないるんだ。俺はこの一年、この村で暮らして、みんなに何度も助けられた」

 

圭ちゃんの構えた拳が、まっすぐに小此木に向けられる。

 

「雛見沢に住んでるみんなの顔を、俺は一人残らず思い出せる。誰一人だって失いたくない、仲間なんだ」

 

ぎりぎりと弓を引き絞るように、骨の軋む音が響く。

 

「そいつらが笑っていてくれるなら、笑って暮らしているのなら……そこが俺の居場所だ。帰りたい場所なんだ」

 

一瞬、ひどく優しい眼をしながらも……すぐに挑戦的な色を取り戻して、小此木に叩きつける。

 

「あんたはどうだよ? どれだけの笑顔を思い出せる?」

 

「………………」

 

小此木は答えない。

 

「俺の背中の後ろにはあいつらの笑顔がある。だったら、退けるわけがねぇ……だから俺は、バカでいい!」

 

圭ちゃんの言葉の強さに、その場の空気が打ち震える。

 

「てめぇも守りたい場所があるなら覚悟を決めろ……!」

 

炎でさえ、圭ちゃんの前に道をあけるように揺らいだ。

 

それらは全部、錯覚かもしれない。

 

単なるほら吹きの、途方もない妄言かもしれない。

 

でも、それでも。

 

「立ち塞がるなら……真正面から、ブチ貫くッ!」

 

誰もが信じたくなるような、そんな強さを持つ嘘だった。

 

ロケットのように加速した圭ちゃんが、地面を蹴る。

 

「通じるかッ!」

 

小此木はそれを迎え撃つべく、蹴りを放つ。

 

空中の圭ちゃんをたたき落とすべく、渾身の回し蹴りを。

 

打撃音。

 

一瞬、止まった。

 

圭ちゃんの身体が、その突進が空中で止まり、ぐらり、と地面に落ちていくのがわかる。

 

強烈な蹴りは拳を振りかぶった脇腹に決まり、骨の一本や二本くらいは折れているのではないかと思わせた。

 

小此木の顔に笑みが戻る。

 

が。

 

着地と同時。

 

まだ小此木が蹴り足を地面につけるかつけないかというタイミングで、突進は再開された。

 

「!?」

 

「ブチ貫けぇえッ!」

 

たったの二歩、蹴りで体勢の崩れた小此木にはかろうじて腕でガードするのが精一杯の距離だ。

 

限界を超えて振りかぶられた拳が、全身の力を集中して、たった一発の弾丸のように叩きつけられる。

 

「ごおっ!?」

 

今度は、ガードしたその腕が小此木の顔面を撃った。

 

そのまま深く踏み込みながら拳は振り抜かれ、小此木の身体が一瞬宙を泳いだ。

 

「……く、ぅ……っ!」

 

どうにか着地しながらも、膝をがくんと落とす。

 

小此木の常識ならば……あそこは止まるはずだった。

 

あばらを折られてなお、全力で拳を叩きつけられるなど、常識外でしかない。

 

激突の瞬間、同じだけの衝撃が拳を伝わって自分の身体に返ってくるのだから……ありえないはずだった。

 

なのに。

 

「一発で駄目なら二発! 二発で駄目なら何発でもッ!」

 

圭ちゃんは血まみれで笑いながら、再び拳を突き出す構えをとっていた。

 

もう一撃やる気だ、と誰もが息を呑んだ。

 

いや、この男は……殺されるか、あるいは小此木が完全に潰れるまで、このバカだと言われた特攻を続ける気だ。

 

そう確信させるほどの……途方もない、バカだ。

 

小此木はぎりっと音を立てて歯噛みしながら立つ。

 

「いっくぜぇええぇえええ!?」

 

止める暇すらない。

 

走るたびに、靴が地面を噛むたびに全身を衝撃が貫いているだろう苦痛の表情を浮かべながらも……止まらない。

 

「……そんなに死にたきゃあ……」

 

小此木はゆらりと構えながら、後ろ手に腰を探る。

 

「らぁあああぁあああッ!」

 

圭ちゃんが吠えながら跳んだ瞬間、左手で小此木がベルトから抜き放ったのは……テイザーだった。

 

「死ねぇ坊主ッ!」

 

電極が射出される瞬間、あっと悲鳴をあげそうになった。

 

圭ちゃんと小此木の間に飛び込んだのは、白い人影。

 

 

レナだった。

 

 

胸にテイザーの電極を喰らって、一瞬その身体が光ったように見えた。

 

「……ぅ……」

 

「な……に!?」

 

あまりに予想外のことに、小此木の防御が遅れた。

 

くずおれるレナの陰から飛び出すように現れた圭ちゃんの拳が、小此木の顔面を直撃する。

 

「がっ!?」

 

今度こそ、何の言い訳もなく小此木は吹き飛んでいた。

 

真後ろのスクラップに背中から叩きつけられ、はね返って地面に突っ伏すところまで、受け身のひとつもできない。

 

「レナぁあ!」

 

一方圭ちゃんは、足元のレナを抱き起こして揺さぶる。

 

「レナ! レナ! おい、レナぁ!」

 

何度もレナの名前を呼ぶけど、レナは答えない。

 

反応を返さない。

 

私たちも駆け寄ろうとしたとき、倒れたはずの小此木が身を起こして、口元をぐいと拭ってから笑う。

 

「……へっへ。どうやらここまでだな」

 

その笑みに、はっと息を呑んで振り返ると……山狗の一隊がかろうじて炎に包まれていないゴミ山の向こうから数人姿を現すところだった。

 

いまの私たちであの数は……と思った瞬間、轟音。

 

「破ぁあッ!」

 

一番後ろを走っていた山狗が背中から弾かれるように吹き飛んで、前を走っていた山狗たちを巻き込んで転がる。

 

「うわぁああーっ!?」

 

「ひ、ひぃい、人間じゃねぇ!」

 

悲鳴をあげて、どうにか軽傷で済んだ者たちも恐慌状態に陥っているのがわかる。

 

彼らの後ろから現れたのは……、

 

「衛さん!」

 

「赤坂ッ!?」

 

私と梨花ちゃんの声が重なった。

 

「おやぁ~、私もいるんですがねぇ~」

 

のっそり現れるのは苦笑気味の大石。

 

どうやら、衛さんたちがここまでたどりついたらしい。

 

「魅音! 無事だったかい」

 

駆け寄ってくる衛さんに安堵を覚えながらも、

 

「あんまり無事とはいえないけど……それより!」

 

レナが、と言いかけたところで、

 

「危ない!」

 

衛さんが私を抱えてその場を逃れる。

 

炎に包まれたスクラップがゴミ山を転げ落ちてきたのだ。

 

……どうやらこの場所も限界のようだ。

 

「脱出しよう。みんなも、ついてきて!」

 

「廃材やスクラップを強引にどかして道を造りながらここまで来ちゃうんですから、この人無茶苦茶ですよねぇ。んっふっふ」

 

私と梨花ちゃんの手を引いた衛さんと、悟史に肩を貸した大石が先導しようとするが、

 

「待って! 圭一とレナは!?」

 

言われて炎に包まれたその場所を見渡すが、いつの間にかレナと圭ちゃんの姿は見あたらなくなっていた。

 

小此木も、山狗たちもだ。

 

煙が辺りに充満しはじめているから見つけられないのか、それともすでに逃げてしまったのか、判断がつかない。

 

「私、圭一たちを捜してくる!」

 

梨花ちゃんが衛さんの手を振りほどこうとするけど、衛さんはそれを許さなかった。

 

「無茶だ、そんな怪我で!」

 

「離して! 離しなさいッ!」

 

私は梨花ちゃんの肩を掴み、

 

「レナと圭ちゃんなら大丈夫。これはあの子たちの作った仕掛けでしょ!? あいつらが、自分の脱出ルートくらい用意してないわけがない!」

 

「で、でも……!」

 

梨花ちゃんはまだ納得いかないという様子だったが、

 

「僕も、圭一を信じるよ……。あの圭一が、こんなことで死ぬわけない。梨花ちゃんだって、そう思うだろ?」

 

大石の肩を借りながら、悟史がそう言った。

 

「だって……あれは、圭一なんだからさ」

 

悟史のその言葉で梨花ちゃんはすこし躊躇いながらも……ぐっ、と頷いて衛さんに引かれるまま歩き出した。

 

「……大丈夫。絶対に大丈夫」

 

呪文のように唱えながら、炎の海の中に刻まれた瓦礫の道をひた走る。

 

私たちの頭上ではすでに月が隠れ、暗く厚い雲が星空を覆い隠し……かすかな雷鳴が響いていた。

 

 

レナ。

 

圭ちゃん。

 

 

今宵の舞台は、ここで一旦幕を引くけど。

 

まだ、二人の出番が終わったわけじゃない。

 

 

だから絶対、最終幕には戻ってきてよね……。




<雑談>

ダム現場の死闘、終了です。

<コメレス>



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神楽舞完結後、次に読みたい作品は?

  • 神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
  • ひぐらし短編集
  • ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)
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