「梨花ったら、遅いですわねぇ……」
食卓に肘をついた沙都子がぼやくのも無理はなかった。
勢いよく飛び出していった梨花は、まだ戻らない。
梨花の指示どおり、僕と美雪を助手にこれでもかと対侵入者用トラップを設置した上に、晩御飯の支度まで済んだというのに、何の連絡もなかった。
「やつは、じだいとしんじゅーしちまったのサ……」
ふっと渋くキメてみせる幼女の不吉な言い分については、この際無視することにしている賢明な僕たちだ。
「するーですか。いじめかっこわるい」
沙都子から聞いた圭一の様子から考えると、雛見沢症候群の発症を疑うのは当然だ。
梨花なら、誰から聞いたわけでもなくそれについて何かを知っているのはそう不思議なことではない。
オヤシロさまの生まれ変わりだといわれながらも何の力もない僕なんかよりも、あの子はいわゆる神通力に近い何かを持っていると思う。
圭一に関して難しい事態が起きているのは間違いがないだろうけど……鷹野や山狗ならともかく、梨花や魅音たちが何をしているのか、さっぱりわからない。
「なにか、置いてけぼりの気分ですわね……」
不服そうに口をへの字に曲げて呟く沙都子。
「あぅ……、僕もです。梨花たちが何を隠しているのか、僕にはわからないのです……」
「……きっと、三四さんにも関係があると思いますわ」
沙都子は、僕の目をまっすぐに見つめて言った。
その視線の圧力に、思わず目をそらしてしまう。
「羽入さんも……なにかご存知ですのね」
……聡い子だ。
診療所が行っている研究や山狗について、僕から沙都子に語るわけにはいかない。
守秘義務に反することでもあるし、雛見沢症候群のことを語れば沙都子が日に二回している注射についても無関係というわけにはいかなくなる。
入江が奇跡の賜物だと形容するほどに劇的に快方へ向かっている沙都子に、そんなことを話せるわけがない。
「……そんなにあぅあぅしなくて結構ですわ、羽入さん」
ふぅと小さく息をついて、呆れたように微笑む沙都子。
「羽入さんも梨花たちも、話せることならとっくに話してくださってるはずですものね。無理に話せとは申しませんから、ご安心なさいませ」
ほんとうに……沙都子は聡い。
梨花もそうだけれど、沙都子も年齢に見合わない強靭さを垣間見せることが珍しくない。
それが身に降りかかった不幸を乗り越えた境遇に拠るものだとすれば、なんと哀しい強さなのだろう。
「沙都子……、ごめんなさいです」
申し訳なさのあまりそう言って頭を下げたが、
「あら、謝るようなことですの?」
沙都子は面白がるように笑ってみせた。
「あまりいいことが起きてないのは、わたくしにも予想がつきましてよ。でも、きっと大丈夫ですわ!」
思わず首をかしげてしまう。
僕以上に事態が呑み込めていない沙都子が、いったい何を根拠に大丈夫だといえるのか。
その答えは、
「圭一さんなら、どうにかするに決まってますもの!」
途方もなくあやふやで、ある意味痛快なものだった。
「……あぅ。圭一を信じているのですね、沙都子は」
好きな人を褒められると、自分まで嬉しくなる。
沙都子はどこか得意満面、
「圭一さんはとんでもなく迷惑で無礼千万な方ですけど、ひとつだけ。誰にも負けない美点がありますわ」
指を一本立ててみせた。
「この世にある『最悪』、特にわたくしたち仲間にそれが起こったときは、絶対に打ち破ってくれる人ですわ」
なるほど、と頷くしかない。
沙都子は何度もそういう圭一を見てきている。
橋から身を投げようとした沙都子を止めた。
殺人を犯そうとする兄を止めた。
北条家をめぐる村の因縁を打ち破った。
殺される寸前だったレナを救い出した。
どれもこれも『最悪』の事態、ただの中学生の少年、いや大人だって不可能に近いことばかり。
なのに、圭一はそのたびに事態を打開、打破してみせた。
「ですから、きっと今回も。大丈夫に決まってますわ!」
いまここにある沙都子の笑顔は、まさしく圭一が起こしたいくたびもの奇跡の証明だ。
もしも、圭一がいなかったら……僕たちはきっと為す術もなく迫り来る『最悪』の前に屈していたに違いない。
だから沙都子が圭一を信じるのは必然。
……ならば、僕も信じよう。
圭一の弱さを許さなかったのは、他ならぬ古手羽入だ。
僕の圭一が、病魔などに屈するものか。
「……そうですね。きっと、大丈夫です」
沙都子に笑顔を返す。
「みゆき・はらへりんこふ」
と、いきなり美雪が不思議な自己紹介をした。
「どこのハーフですの!?」
……美雪の要求スタイルも正直どうかと思うのだけれど、赤坂家ではひょっとしたらこれが普通なのかもしれない。
なにしろ魅音が美雪のママらしいので、多少のアホな言動には目をつぶってあげることにしよう。
「アホのこをみるまなざしに、ぜんみゆきがないた」
「全国のみゆきさんに謝るがよいです」
「しょうじきすまんかった」
がっくりとうなだれて、そのままテーブルに突っ伏す。
無理もないのかもしれない。
前原家でもそろそろ普段なら夕食の時間だ。
美雪のような小さな子に、お預けはつらいところだろう。
「仕方ありませんわね……あら?」
沙都子が食事にしようかと提案しかけたところで、玄関のチャイムが鳴った。
「梨花かしら?」
梨花ならチャイムを鳴らさないとは思うけど……トラップを警戒してのことかもしれない。
僕は沙都子にこの場を任せて、玄関に向かった。
ぴんぽーんぴんぽーんぴんぽぽぽぽぽぽぉん。
「あぅあぅ、連打するなです下郎!」
このチャイムの押し方からして、梨花かそれに匹敵するアホ以外ありえない。
「チャ~イムれ~んだもためしてみたけど♪」
美雪の歌声もスルーしつつ、いくつかのトラップを解除しドアを開けてみたら……のぞっと巨体が入り込んできた。
「あぅ!?」
山狗が普段の行動時に使っている小此木造園の作業服。
僕からすれば見上げるような長身に、たくましい体つき。
「ども。メシご馳走になりに来ました」
帽子をくいっと上げて挨拶しつつ、さっさと作業用ブーツを玄関先で脱ぎはじめる。
ご馳走にって……何を言ってるんでしょうこの山狗は。
まさか突撃となりの晩御飯的ななにかで……?
「あら、十三さん!」
と、奥からこちらを覗いた沙都子が声をあげる。
「おうHOJO、メシ食いにきた!」
ああ、この人が沙都子や梨花の話していた山狗か。
沙都子に対する態度を見る限り、一応さっきのぞんざいな挨拶でもこの人なりに礼儀を尽くしていたらしい。
「それより、圭一さんはどうしたんですの!?」
ばたばたと寄ってきた沙都子が問う。
「え? あー、あいつか。いいやつだったんだが、漫画に憧れてシティハンターになるって大阪に出ていってからは音信不通だな。俺は止めたんだが……」
「誰ですのー!?」
頭を抱えて叫ぶ沙都子。
……この十三とやらもかなりのアホだと今、確信した。
「十三さんが蹴った人ですわ!」
「そう言われても、日に平均三人くらいは蹴ってるしな」
「近頃の造園業はバイオレンス過ぎますわ!?」
「いや仕事でじゃなく、同僚っつーか先輩っつーか」
「職場の方とは仲良くなさいませー!?」
「あいつらが喧嘩売ってくるんだからしゃーもねーべ」
「そこをぐっとこらえるのが大人ですわよ!」
「……沙都子、話が明後日のほうに爆走してるのです」
トラップを再設置している間に、なんだかDQNな亭主と心配性の妻みたいな会話になってきたのでツッコむ。
「はっ……こ、こほん。さっき十三さんが容赦なく蹴ったわたくしのお友達の、圭一さんのことですわ」
咳払いで取り繕いつつ再度尋ねる沙都子。
「おお、そいつか! そいつは確かに蹴った。弱かった」
「圭一は弱くないです」
むっとしてそう言ったら、
「弱かったは言い過ぎた。全然強くなかった」
……あまり変わらない。
「と、とりあえずそこはどうでもいいですわ。圭一さんはどうしましたの?」
「うむ、俺に恐れをなして逃げていきやがった。ダム現場のあたりまで追っかけたんだが……その、上司から連絡があってだな。止むを得ず追跡を打ち切ったというわけだ」
幾分しどろもどろになりながらそう説明する。
……この人はあまり特殊部隊向きの人材ではないと思うのです、小此木。
「はぁ……お仕事の連絡が入ったなら仕方ありませんわ。それでそちらの御用は終わりましたの?」
「おう! なんだかわからんがお前はもうあがっていいぞと言われたんでメシをたかりに来たわけだ」
「お仕事の内容がなんだかわからんのはまったく自慢にはならないと思いますけど、そういうことでしたら約束ですからご馳走しますわ。あがってくださいまし」
そこでちらりと僕のほうを見る。
「あぅ……僕は構わないのです、沙都子」
圭一がダム現場のほうに逃げたという手がかりが得られただけでも、収穫といえば収穫だ。
ご飯をご馳走するくらいは問題ないだろう。
量のほうも沙都子が、圭一や悟史が帰ってきて食べたとしてもまだ余るんじゃないかというくらい作っていたから、足りなくなるということはない。
「おう、メシだメシだ! がっつり食うぜ!」
満面の笑顔で食堂に向かう。
僕は十三が脱ぎ捨てたブーツを揃え、手を洗ってから台所で忙しく盛り付けている沙都子を手伝うことにした。
「パパのほうがつよい!」
「ガキんちょにはわかるまい。この俺の強さが!」
「いや……まだきんにくがあまい!」
「馬鹿な、貴様に筋肉の何がわかるというのだ!」
「ふ、きんにくかくめい、とだけいっておこう……」
「筋肉革命だと……そんな魅惑的な言葉が!?」
なにやら食卓では十三と美雪が楽しげに歓談していた。
ぶっきらぼうな口調のわりに子供好きなのだろうか。
「子供と同レベルなだけですわ……」
溜息まじりに言いながらも手は止めない沙都子は、主婦に向いているのかもしれない、などと余計なことを思う。
沙都子は僕の視線に気づくとふっと笑い、
「大丈夫ですわ、梨花もなにやら暗躍してますし」
「そうだといいのですが……あぅう」
暗躍とは言い得て妙かもしれない。
あの子はヘンなところで秘密主義だから、こういうときはこちらが困ってしまう。
「お待たせしましたわ~」
四人分のご飯をよそい終わった沙都子が宣言すると、
「よし肉だ。命がけで肉を食うぞ!」
「おー、おにくのためならしねる!」
「そんなことで死なれても困りますわ!?」
「お野菜も食べるべきなのです……あぅ」
前原家の人間が含まれてないのに前原家並みの息の合ったコントを展開するのだから恐ろしい子たちだった。
「あぅ、いただきますのです、沙都子」
「いただきますだぜ!」
「いただきますのだー!」
「はぁ……召し上がれ」
なんだか疲れ切った様子の沙都子を、心の中で応援する。
鷹野秘伝だというなかなかに手間暇のかかった沙都子の野菜炒めは、十三にも美雪にも好評だった。
「くぅ……やるじゃねぇか。この肉と、野菜と肉と、あと肉の絶妙なハーモニー!」
「そんなにお肉多めの比率ではありませんわっ!?」
「この味はそうそう出せるもんじゃないぜ……HOJO、俺に毎日、肉野菜肉肉炒めを作ってくれ!」
「毎日は塩分多すぎましてよ!? あと贅沢過ぎますわ!」
むしろ、肉野菜肉肉炒めという初めて耳にする言葉だけでお腹いっぱいになりそうですが……。
「へんたいはプロポーズにしっぱいしたようです」
美雪が僕の隣でもしゃもしゃとご飯を食べる合間にぼそっとそんなことを言うけど、あれはむしろ純粋に毎日肉野菜肉肉炒めを食べたいという意味にとれるのが恐ろしい。
「ふっ。はぬーは、だんじょのきびがわかっておらぬわ」
幼女に男女の機微とか教えてどうするつもりなのか、魅音を小一時間問い詰めたい僕だ。
「あぅ……さすがに、あの二人では歳が釣り合いませんのですよ。オヤシロさまでも結べぬ縁があるのです」
赤梨カップリングのお話ではもっと凄い年齢差を応援してる僕がいるような気もするけど、なんのことかわからないのできっと気のせいに違いない。
「くっくっく、パパならやりとげたね。にくにくにくにくいためをまいにちつくってくれ、といったね!」
「野菜炒めからついに野菜が絶滅してる件は見過ごせない僕なのです……あぅあぅあぅ」
確かに、美雪の言い分を鵜呑みにするならば、赤坂は魅音へのプロポーズを成功したということだろうから、沙都子と十三の年齢差は美雪にとって問題ではない、と。
でも、ともかく沙都子には早過ぎる話題の気がする。
といっても僕とはひとつしか違わないのだけれど……僕も圭一にプロポーズされるのだろうか、いつかは。
などと考えていたら、また玄関でチャイムが鳴った。
「今度こそ梨花でしょうか」
椅子から立ち上がると、
「三四さんかもしれませんわよ」
沙都子の予想も充分にありえるところだ。
ぱたぱたとスリッパを鳴らして玄関に出て、またトラップを解除してからドアを開けると……、
「羽入ちゃん。遅くなってごめんなさいね」
沙都子が大当たりだった。
やや疲れたような様子ながら、鷹野はいつもどおりに優しげな笑顔を浮かべていた。
「鷹野、お仕事おつかれさまです。先にごはんをいただいているのです」
「あら、羽入ちゃんが作ってくれたの?」
「今日は沙都子が腕をふるってくれたのですよ。僕はお手伝いをしただけです」
すこし意外そうに目を丸くして、でもすぐにふふっと小さな笑みをこぼした。
「沙都子ちゃんも頑張ってるものね。結構板についてると思わない?……あ、おじゃまします」
「あの上達っぷりは、見違えるようなのです!」
廊下を歩きながら目を細める鷹野はどこか得意げで、それはまるで賢い娘を自慢する母親のようだと思った。
「そうでしょう。……本当は、なに不自由なく暮らさせてあげたいんだけどね。私が忙しそうにしてるのを見かねて手伝ってくれて……保護者失格かしらね」
申し訳なさそうに目を伏せるけど、
「鷹野は沙都子のお薬のために頑張っているのですから、なにも恥じることはないのですよ」
鷹野がどれだけ沙都子のために心を砕き、時間を費やしているのかは、この一年でよくわかっていた。
「……そうだといいんだけど」
苦い笑み。そこにこめられた意味は読み取れない。
食堂の扉を開けると、
「いいや、聞けHOJO。あいつは俺に託した。言葉にはならないその声を俺は聞いた!」
十三が拳を固めて力説していた。
「男と男は拳を交えて語るもの。奴は『HOJOを頼む。報酬は俺の分の晩飯だ』と語り、俺は快くその願いを聞き入れた。だから、その肉野菜肉肉炒めは俺のものだッ!」
「圭一さんはHOJOなんて呼びませんことよ!? この野菜炒めは、圭一さんのぶんですのー!」
「奴だって作りたての美味いのを食いたいはずだ。だから俺が奴の分まで食ってやるんだ! よこせHOJOォ!」
なにやらラップをかけた野菜炒めの皿をはさんで、沙都子と一進一退の攻防を繰り広げていた。
ちなみにその間にテーブルの上の野菜炒めの山から美雪がひょいぱくひょいぱくとお肉を掠め取り、名前どおりの野菜炒めに近づいているのだが二人は気づいていない。
十三が生活になにやら困窮しているとは聞いていたが、この光景だけ見ているとただ食い意地の張った困った大人にしか見えないから不思議だった。
やれやれと思いつつ仲裁に入ろうとした瞬間、
すぱぁん☆
とレナぱんに似た音がその場に響き渡る。
十三の後頭部を、鷹野が手にしたスリッパで叩いたのだ。
鷹野は呆然とした様子で振り返る十三に微笑みかけ、
「ふふ、食事中はお静かに。……ね?」
まったくの優しい笑顔でありながら迫力を滲み出させるという、これまたレナが持っていそうなスキルを発動した。
「は、はぁ……どもッス」
いくぶん萎縮した様子で沙都子の前から離れて席に戻り、
「のわぁあーッ!? なんてこった、俺の肉野菜肉肉炒めがいつの間にか野菜炒めになっちまってやがるーッ!?」
結局騒々しいのは変わらないらしかった。
「……さ、最初から野菜炒めですわよ……」
沙都子は深々と溜息をつくと、お皿からラップを外して、テーブルの大皿に野菜炒めを加えた。
「うぉ、いいのか!?」
「今日はお野菜が安かったから、まだまだありますもの。圭一さんがお帰りのときはまた作りましてよ。……どうせでしたら作りたてを食べていただきたいですもの」
「おぉう、そうか! K、感謝するぜ……お前のものは俺のもの、俺のものも俺のものだッ!」
ジャイアニズム宣言は普通、感謝を意味しないのだけど。
そのやりとりの間にスリッパを履きなおして手を洗った鷹野が戻ってきて、
「まったくもう……申し遅れました。沙都子ちゃんの保護者で鷹野三四と申します。なんだか先日は、沙都子ちゃんがとっっってもお世話になりましたそうで……」
ぺこりと十三に頭を下げる。
指揮権を持つ責任者と山狗、面識くらいはあるはずだが、この場はあえて知らないふりをすることにしたらしい。
「いやあ、それほどでもあるッスけど!」
はっはっはと爽やかに笑う十三。
「お母さんに似て、生意気そうだけど実に可愛らしいお子さんッスね! 胸のあたりとか、今後似てくる気配が!」
「ち、血はつながってないんですけれどね……」
あぅあぅ……鷹野の強張った笑顔に、血管が浮き上がって見えるのは気のせいでしょうか……?
「な、なんてことを言ってますのーッ!? もうどこからツッコめばいいやらさっぱりですことよッ!」
顔を真っ赤にした沙都子がぎゃんぎゃんとがなりたてる。
「……お、そういやHOJO。これ返しとくな。さすがにあの変態どもに渡すには気がひけて死守してやったんだ。俺に感謝してますますなんか食わせるがいいぜ」
ポケットからひょいと取り出した白い布きれを投げ渡す。
「は?……ってこれ、わたくしのぱ、ぱぱ、ぱん……!」
あぅ、沙都子の顔の血色がひどいことになっています。
返すくらいなら最初から盗まなければいいものを、圭一もそうだけど男の人の考えることはわからない……。
というか、食事中に下着を取り出すのもどうかと……、
「うふふふふふふ……、雲雀さんと仰いましたかしら」
「ん? あ、はい。そーゆーことになってるッス」
「お仕事頑張ってくださいね。査定とか、これから厳しくなるんじゃないかしら……?」
「いやー、なぜか職場でよくそう言われるんスけど、アレッスかね。不景気ってやつなんスかねー!?」
十三は明るくそう言った。
山狗のお給料がどうなっているのかはよく知らないけど、鷹野の裁量でどうにかなる範囲でどうにかするという宣言に聞こえたのは僕だけだったのでしょうか……!?
「って、のぉおーッ!? また野菜炒めになってる!」
「だから最初から野菜炒めですわッ!?」
言い合う二人の横で、美雪がにやりと笑いながらおなかをさすっている。お肉ばっかり食べては身体に毒なのに。
「はぁ……」
期せずして僕と鷹野の溜息が重なり、目を合わせて苦笑するとそれぞれ食卓について、沙都子特製の野菜炒めをいただくことにした。
「……いただきます」
鷹野は手を合わせて、小さくそう呟いた。
食事が終わる頃になっても、梨花は戻ってこなかった。
圭一に続いて梨花まで行方不明になったのでは、とすこし心配になるが……昨年のことを思い出すまでもなく、梨花はこういうときにはたよりになる子だ。
きっと大丈夫。
「うまかったぜHOJO! またいつでも呼ぶがいいぜ、山ほど食ってやるからな!」
「できれば呼ばなくていいように、お食事はしっかり毎日とることをおすすめしますわ……」
「それがなぁ、最近先輩どもが外に食べにいくから、略奪が難しくなっていてな……やっぱ景気のせいか?」
「それは警戒されてるんだと思いますけど……というか、人様から奪うのを前提に食事のプランを立てるのはおやめなさいませ!?」
山狗というよりも山賊っぽい人生を満喫している十三だが……うちの玄関で、アホな会話を繰り広げないでほしい。
「まぁとにかく、なんかヤバいときは呼べ! たっぷりとご馳走させてやるからな!」
わしわしと圭一ばりの乱暴さで沙都子の頭を撫でて、十三は玄関を出て行った。
「もぉ~……乙女の髪が、ぐしゃぐしゃですわよ」
口では不平を言いながらも機嫌のよさそうな様子で沙都子がトラップを再設置していた。
「けぷ。……ハラァいっぱいだ」
ちなみに、状況が動かないので美雪はそのままだ。
とにかく梨花が帰ってこないことにはどうにもならない。
と思っていたら、階段の脇で鷹野が手招きしていた。
「……あぅ、なんですか?」
なにか診療所関係の話かもしれないと思ったので、すこし声を潜めてたずねる。すると鷹野も小声で、
「実は、知らせておかないといけないことがあって……」
心の臓がぎゅっと縮む感じがした。
「……け、圭一のことですか?」
思い切って尋ねたが、鷹野は嘆息して首を横に振る。
「彼が撒かれたあとも山狗に追わせたんだけど、ダム現場で見失ったらしいわ。あの場所は、圭一さんたちのホームグラウンドですもの、うまく隠れてるんでしょうね」
「あぅ……」
圭一とレナはあの場所を隅々まで知っている。
皮肉な話だ。
雛見沢の中で唯一あの場所だけは、雛見沢に来たばかりの二人しか完全に把握していないなんて。
「それと関係があるかどうかわからないけど、レナちゃんもさっき、診療所から脱走しちゃったのよ」
「レナが!?」
思わず大きな声をあげてしまった僕の口を、鷹野は片手で押さえてたしなめる。
「……沙都子ちゃんに余計な心配をさせたくないの。明日までは秘密にしておいて。そちらも捜索させてるから」
「そ……そう、ですか」
レナが診療所を脱走?
ほんの数時間前、お見舞いにいったときは普通だった。
いきなり発症して、疑心暗鬼に陥って診療所から逃げた?
おかしい。何かおかしい。胸騒ぎがする。
僕の知らないところで、勝手に事態が動き出している。
「心配ね……もしかしたらレナちゃんもダム現場かしら」
「かも……しれません。鷹野、僕が行ったほうが……」
そう申し出ようとしたけど、鷹野は先回りするように首を横に振ってみせる。
「ダメ。去年の沙都子ちゃんのときはいい結果に終わったといっても、また危険な目に遭うかもしれないのに、羽入ちゃんを行かせるわけにはいかないわ」
結局のところ、それが現実だった。
女王感染者がそばに行けば、発症者が必ずおとなしくなってくれる保証があるならともかく、去年の沙都子も、それにレナも、攻撃をやめなかった。
二人が発症しているなら僕にできるのは、山狗が圭一やレナを確保して、拘束してからということになるのだろう。
「それに、梨花ちゃんも出掛けたまま帰らないって言うし……何が起きているのかしらね」
鷹野は腕を組んで考えるそぶりをしたが、僕の視線に気づくと柔らかく微笑んだ。
「大丈夫よ、羽入ちゃん。こういうときのために、私たちが雛見沢にいるんだから」
そう、入江機関は研究のためだけにいるわけじゃない。
ただ病気を研究するだけならきっと、もっと安全な場所で構わないはずなのに、ここに研究所を作った。
山狗が配置されている目的は秘密を守るためだけではなく僕の護衛、そして発症者が凶行に及んだなら、周囲に危害を加える前に拘束、収容して治療にあたるためなのだ。
「……よろしくお願いしま、」
頭をさげてそういいかけたときだった。
ぴんぽーん。
……またもや、チャイムの音。今度こそ梨花だろうか?
期待をこめ、トラップを再設置しかけていた沙都子が玄関を開けるのを見つめる。
ドアが開いて顔を出したのは……、
「あ、あれ? 沙都子と羽入だけ? 梨花ちゃんは!?」
魅音だった。
外は雨なのか、濡れた傘を手にしている。
「あら?……おかしいですわね。梨花、魅音さんのところへ行ったんじゃありませんの?」
沙都子が首を傾げるが、
「ママだぁあーッ!」
騒がしい子がばたばたとダッシュして、魅音に真正面から飛びついていく。
「ふぇ、ママ!? いったい何……ぐふぉ!?」
胸の真ん中に飛び込んできた美雪を受け止めきれずに魅音が背後のドアに背中と後頭部を強打する。
ずるずるとそのまましりもちをつく魅音。
美雪はやりすぎたことを悟り、汗を一筋流しながら呟く。
「……いやな、じけんだったね」
「死んでなーいッ!?」
くわっと目を見開いて叫ぶので隣の沙都子はびくっと身をすくませたが、美雪はむしろきゃっきゃと喜んでいる。
「わぁい! ママいきてたぁー! おむねがくっしょんになってぶじだったんだねー!?」
「いやいや、それがクッションになったのはあんただけですから……っていうか、沙都子。この子、だれ?」
至近距離のやりとりについていけずに呆然としていた沙都子が、魅音に問われてようやく再起動する。
「え、あ、あの……赤坂さんの娘さんですわ」
「あの電話の? やけに元気な子だねぇ」
……?
沙都子の前だから隠してるのかとも思ったけど、魅音の様子は一見して演技しているようでもなかった。
まるで美雪を、知らない子のように扱っている……?
「ママ……みゆきのこと、わすれちゃったの?」
美雪がうるうると目を潤ませる。
「え? いや、だから、ママって……」
「わぁーんっ、ママがきおくそーしつだー! もういちどおなじショックあたえなきゃ!」
ばたばたと助走距離を稼ぐためにこちらに戻ってくる。
「ちょ、ちょちょ、待って待って!?」
「まてといわれてまたぬがみゆきのジャスティスッ!」
美雪が再び突っ込んでいく。
「なにこの親の顔が見たい梨花ちゃん級アホ幼女!?」
「それ、むすめにいうセリフじゃなーいっ!」
よけたら美雪が自爆するのでよけるわけにもいかず、再度ロケットアタックをその身に受けるはめになる魅音。
「誰が誰のむす……、おぶぅッ!?」
直撃だった。
なんという惨劇発生。
魅音の魂の安らぎをオヤシロさまに祈りつつ、ふと顔をあげると僕の隣で鷹野が目をぱちくりとさせていた。
「……え? えぇと……詩音ちゃんが魅音ちゃんで、美雪ちゃんのママが魅音ちゃんで、美雪ちゃんは赤坂刑事の娘さんで、なら去年から……そういう、ことなの……?」
鷹野は僕以上に混乱しているらしく、わけのわからないことをぶつぶつと呟いている。
「あぅあぅ……ちょっと止めてくるのです」
とりあえず鷹野をその場に残し、魅音に三度目のアタックを仕掛けようとする美雪を止めに走る僕だった。
<雑談>
いろんな意味で沙都子かわいそうです。
神楽舞完結後、次に読みたい作品は?
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神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
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ひぐらし短編集
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ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)