ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第12話 怪奇!ポリバケツ男

……これでよし。

 

準備をすっかり終えた私は、すこし先にいる梨花に向かって声を上げた。

 

「梨花ぁあー、いいですわよ!」

 

すると、ぶんぶんと手を振った梨花が、

 

「了解ですー、メカにーにー、ゴーなのです!」

 

梨花がメカにーにーと呼ぶそれは、実際のところはちっともメカじゃなかった。

 

厚手のダンボールをぐるぐると巻いて、ロープでしっかりと固定した円筒状の物体のてっぺんに、底の抜けたポリバケツを接続、表面に羽入さんの妙に達筆な字で『兄』と大きく書かれているという代物で、にーにーの着なくなった古い雨合羽を着せられている。

 

メカにーにーの後方1メートルでしゃがみこんだ梨花が、物干し竿の先でメカにーにーの足元に張られている、草に隠れたロープをぐいと押した。

 

瞬間、木々の間をかすめるようにして2本の小振りな丸太が振り子の動きでメカにーにーの左右へと飛来する。その間に張られたロープが、動くことのできないメカにーにーを一瞬でなぎ倒した。

 

倒れる瞬間、木の上から落ちてきた網がメカにーにーに覆い被さった。

 

これが本当のにーにーなら、拘束から逃れようとじたばたもがいているところだろう。

 

そして、最後の仕上げ。

 

投石機の要領で周囲の草むらからいっせいに放たれた十数本の竹槍が、逃げ場のないメカにーにーを瞬く間に串刺しにする。完璧に決まれば致死率100%、芸術的なまでのデストラップ!

 

「やりましたわ、完璧ですわー!」

 

そう言ってガッツポーズをとるけど、梨花は浮かない顔をしていた。

 

せっかくの大成功なのに。

 

「みー、沙都子。これでは悟史が死んでしまうのですよ」

 

……あ、そういうことか。

 

「梨花、あくまでこれはテスト用ですわ。実際に仕掛けるのは、タライやバケツにするから心配ございませんことよ」

 

そう言ってやったら、ようやく笑顔を見せてくれた。

 

「それなら安心なのです、にぱ~☆」

 

まったくもう。

 

この私が間違ってもにーにーを殲滅するようなトラップなんて作るわけがないのに、梨花は変なところで心配性だから困る。……羽入さんほどじゃないけど。

 

「沙都子、すこし休憩にしましょうです」

 

梨花の提案に従って、トラップ製作の拠点である資材小屋に向かう。

 

もとは営林署の管理していた小屋だけど、伐採計画の中心が移って隣の山に新しいのが作られてからは使われていないので、ここには私と梨花がダム現場で拾ったり廃品回収でもらってきたトラップの材料がおさめられている。

 

いわば私という芸術家のアトリエのようなもの。

 

「ここも立派な秘密基地になったのです、にぱ~☆」

 

……この子はいまひとつ、トラップ製作という極めて創造的な趣味の高尚さを理解していないのが困りものだ。たまに私をもしのぐ悪知恵をみせてくれるから、助手としてはにーにーよりもずっと優秀なんだけど。

 

とりあえず小屋の前のベンチに並んで座り、一息つくことにする。

 

「沙都子は、今日は何時頃まで大丈夫なのですか?」

 

梨花が遊べる残り時間を聞いてくる。

 

「サイレンが鳴るまで平気ですわ。あの人は今日、興宮ですもの」

 

……叔母のことを思いだして、すこし暗い気持ちになってしまう。

 

興宮に出かけたときは、日が落ちるまでは帰ってこない。けちんぼのくせに、何が楽しいのかたまに駅前のパチンコに出かけるときがあって、たいていはお店の閉店間際まで粘るけど結局負けて帰ってくる。

 

そんなときは私やにーにーに溜め込んだ苛々をぶつけてくるから、いい迷惑だ。

 

「なら、今日は早めに切り上げませんか? 羽入と圭一が、シュークリームをおみやげに買ってきてくれる約束なのです」

 

梨花の提案に、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。

 

シュークリームといえば羽入さんの大好物。だからこそ、彼女が選んで買ってくるそれはとても甘くておいしい。

 

羽入さんほどではないにせよ、私も梨花も甘いお菓子が嫌いなわけがなかった。

 

……それに、どうせ着替えも梨花の家にある。

 

いつものお洋服を汚すとろくな目に遭わないので、トラップ作製のときの服装は体操着なのだ。付き合いのいい梨花も同じ格好をしてくれていた。

 

ここは着替えのついでに、梨花の家にお邪魔しておやつをいただくのも魅力的といえば魅力的な提案だった。

 

ろくに話したことのない圭一さんが一緒というのはちょっといただけないけれど、一応はクラスメイトだし梨花と羽入さんの家族なのだから、なるべく仲良くしたほうがいい。

 

「……仕方ありませんわね、それでは、さっきのナンバー108を仕掛け直したら今日はお開きにしますわ」

 

「それが良いのです☆」

 

そうと決まれば、のんびりしている場合じゃない。バケツやタライを引っ張り出そうと小屋の入り口へ向かったところで、遠くで甲高い音が響いた。

 

「これは……!」

 

……鳴子がわりに仕掛けてあるロケット花火だ!

 

「梨花、侵入者ですわ、この方向は……たぶん3番ですわね!」

 

「あいあいさーなのです!」

 

急いで侵入者がいると思われる地区へ向かう。

 

必要に応じて手で作動させるトラップもあるし、なにより引っかかった人の顔が見たい。

 

にーにーならたいていのことは「むぅ」って言いながらも笑って許してくれるし、羽入さんがあぅあぅ言いながら困っているのも傑作だ。クラスの子たちは……これはないな。もうほとんどの子は、裏山に踏み込むのがいかに危険なのか思い知っている。

 

全く関係のない村の人とかだったら……いい気味だ。

 

気づかれるわけにはいかないから、隠れて笑ってやろう。

 

私と梨花しか把握していない裏ルートを通って、沢から接触予想地点へとまわりこむ。

 

「むぅ……新しいトラップだね」

 

侵入者の一人、にーにーが腰に手を当てながら唸っていた。

 

「そうなのか……家から歩いて十分のところにこんな魔境があったとは」

 

もう一人、腕組みをしているのはさきほど話題に出た転校生の圭一さんだ。

 

「あぅあぅあぅ……感心してないで、はやく下ろしてほしいのです~!」

 

その二人が見上げているのは、片足をロープで絡め取られてぶらぶらと木の枝から揺れている最後の一人、羽入さんだった。

 

「そうは言うがな羽入。あの枝まで登るのはけっこう骨だぞ」

 

「そうだね。羽入ちゃん、なんとか自分で下りられないかな?」

 

二人は揺れる羽入さんに合わせて左右に身体を揺らしながら答える。

 

「あぅーっ! 頭に血が昇るのです、それに、それにす、すかーとがっ、あぅあぅ」

 

逆さ吊りの羽入さんはスカートを押さえるのに必死で、両手は完全に塞がっていた。

 

顔が真っ赤なのも、血が昇っているだけではないかもしれない。

 

「そうだな、いま登れる場所を探すから待ってろよー」

 

「うん、僕もうまい脱出方法がないか調べてみるよー」

 

妙に間延びした声で言いながら、羽入さんを見上げたままうろうろしはじめる二人。

 

「あぅあぅあぅあぅ、圭一と悟史の視線がやらしーのですよ!」

 

明らかに顔よりも上のほうに二人の視線が集中しているので、羽入さんの気のせいではなさそうだ。

 

「……むむ。にーにーまでがお下劣な。圭一さんに毒されてるんじゃありませんこと?」

 

「にぱ~☆ 羽入の白いあんよは、男子中学生には目の毒なのでしょうがないのです」

 

自分の姉が晒し者になっているというのに、寛容な梨花だった。

 

……というか、梨花自身嬉しそうなのは気のせいかしら?

 

まぁ、梨花が羽入さんをからかったり見捨てたり晒し者にして遊ぶのは今に始まったことではないのだけれど、……にーにーをちょくちょくトラップコンボの実験台にしている私としてはそれを非難できるような立場ではなかった。

 

「うわっ!?」

 

と、視線を戻せば。

 

そのにーにーが、上ばかり見ていたせいでわりと古参の落とし穴にはまっていた。

 

あれなら位置は覚えてるでしょうに、羽入さんの足に気をとられているからですわ!

 

「ど、どうした? お~い、悟史、大丈夫か?」

 

ようやく視線を下に向けた圭一さんが、落とし穴のにーにーに声をかける。

 

「むぅ……結構深いよ。それから圭一、近づかない方がいいよ?」

 

「へ?」

 

「アリジゴクで二次災害が……」

 

注意は時すでに遅く、のぞきこもうと穴の淵へ進んだ圭一さんの足元がずるりと崩れる。

 

「どぅわっ!?」

 

アリジゴクというのは、落とし穴の入り口付近をわざと脆く作っておいて、穴に落ちた犠牲者を助けようと近づいたものを引きずり込む、二重のトラップだ。

 

「……す、すまん悟史、思い切り足から落ちちまった」

 

「む、むぅ……踏まれる趣味はないんだけどなぁ」

 

それから二人は試行錯誤して、結局にーにーが下になって圭一さんが先に脱出し、羽入さんを助けたらそのロープでにーにーも助けようという案に落ち着いたらしい。

 

「あぅあぅ……ぼーっとしてきましたのですよ~」

 

羽入さんは揺れている間にすっかり目を回していて、しっかとスカートを押さえているのが奇跡的というか、涙ぐましい。

 

「おぅ、待ってろよ。マジで今、助けてやるから」

 

圭一さんがどうにか穴の上に這い上がったのと、ぐるぐると目を回す羽入さんがたまたまこちらに視線を向けるのは、まったく同時だった。

 

「あぅっ、圭一。梨花と沙都子です!」

 

びしっと指さされて、私は小さく舌打ちする。

 

圭一さんからはほぼ遮蔽されているこの場所も、宙づりの羽入さんからは見える位置だ。

 

今度はそのへんも気をつけて隠れないと……。

 

「沙都子、逃げるのです!」

 

「合点ですわー!」

 

慌てて立ち上がったけど、圭一さんはこっちへ突進してくる様子はなかった。

 

「は、羽入……隠せよ、さすがに」

 

「あぅーっ!?」

 

重力がある以上、指さしたらスカートがめくれてしまうのは当然の摂理だった。

 

「あぅあぅあぅ、圭一のばかー! お嫁にいけないのですー!」

 

「い、いや、すまん、悪かった!……向こうだな!」

 

心なしか赤くなりながら圭一さんがようやく目をそらし、こちらへと向かってくる。

 

一瞬立ち止まってしまっていた私と梨花は、あらかじめ決めておいたルートへと逃げ込む……ちらりと後ろを振り返ると、えっ!?

 

「うりゃっ!」

 

圭一さんは、私たちの隠れていた草むらの手前でジャンプ、近くの枝に飛びつき、その勢いを利用しながら飛び降りていた。

 

……チッ、監視場所にまっすぐ突っ込んでくればトラップがあるのに気がついたか。

 

さすがに頭が回る、でも!

 

「みー、セクハラ野郎を撃退なのですよ!」

 

追いつかれる前に梨花が素早く木の陰に隠してあったロープを掴んで引っ張った。

 

圭一さんの頭上から、落下したポリバケツが覆い被さる。

 

「なにぃ!?」

 

いきなり視界を塞がれ、上半身の身動きもとれず、圭一さんがバランスを崩した。

 

その先には、足元に張ったロープ!

 

「ば、ばかなぁーっ!」

 

ロープに足を引っかけて、そのまま怪人ポリバケツ男は沢に頭から突っ込んだ。

 

ばっしゃんと派手な水音があがる。

 

「ちべてっ!? こ、ここまでするかよ……北条沙都子、侮り難し!」

 

圭一さんの反応は、上々だった。

 

困るばかりのにーにーや羽入さんよりも面白いかもしれないくらいだ。

 

「をっほっほっほ、今頃思い知ったって遅いですわ! わたくしのトラップは108式まであるのですわよー!」

 

「だが、甘いな」

 

圭一さんがにやりと笑う。

 

……たぶん笑ってるんだと思う。ポリバケツの下で。

 

「甘い……ですって?」

 

「あぁ、今日のおやつの特製シュークリームより甘いぜ!」

 

いったい何を……はっ!

 

いやな予感がして、慌てて振り向いたら、

 

「みー☆ 捕まってしまったのですよ」

 

梨花が猫みたいに襟の後ろを掴まれて、ぶらーんとしていた。笑顔で。

 

「あははは、僕も脱出してたんだよ、沙都子」

 

捕まえているのはにーにーだった。

 

にーにーが手にしているのは愛用の金属バット。

 

もちろんそれは私を殴るためなんかじゃなくて、まるで忍者刀のように穴の壁に立てかけて足場がわりにしたものだろう。

 

そう、圭一さんは派手な突撃で私たちの注意を引きつけ、囮となったのだ!

 

「な……なかなかやりますわね、新参者の転校生にしては天晴れですわ!」

 

私は、梨花のとなりで首根っこぶらーんとされながら強がった。

 

「あはは、それじゃ今回は引き分けっていうことで……みんなでおやつにしようか」

 

「みー、賛成なのです☆」

 

「仕方ありませんわね……行きますわよ圭一さん、いつまでポリバケツをかぶってらっしゃるんですの!?」

 

「おまえらがやったんだろうがー! 悟史ぃ、とってくれー」

 

「あははは、でも似合うよ圭一☆」

 

「笑顔でサムズアップするんじゃねぇえー!」

 

「ぱちぱちぱち。見えてないのに言い当てたのです☆」

 

それはいつもの風景のはずなのに、一人加わっただけでずいぶんとにぎやかだった。

 

まるで、魅音さんの部活で遊んだときみたいな……ふわふわした、楽しい気分。

 

こんな時間が、いつまでも続けばいいのに……と思いかけたところで、

 

「あうぅ~、僕を忘れないでほしいのですぅ~!」

 

夕暮れの森に、ひときわ悲しげな泣き声が響き渡ったのだった。

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