「待たんかー、わりゃー!」
私の叫びを無視して土煙とともに走り去る山狗ワゴン。
「梨花、お下品ですわよ……」
ワゴンから投げ出された私を抱き留めてくれた沙都子が、鋭い指摘をしつつ溜息ひとつ。
あとには私たちと、沙都子の仕掛けでワゴンに激突したもののあまりダメージを与えられなかった旧式の郵便ポストががらがらと転がっていた。
「……これ、どっから持ってきたのよ」
「ダム現場に捨ててあったのですわ。ミサイルにぴったりの形状でしたので、つい☆」
つい、でこんな重量物を持ってきてしまう沙都子の情熱に感服すればいいのか呆れればいいのか。
「あぅあぅ……梨花、沙都子、大丈夫なのですか」
羽入がてれてれとやってきて私たちの身を案じる。
我が姉は荒事においては基本的に役に立たないスペックの持ち主なので、迂闊に前に出てこられるよりは助かる。
まさにクイーンオブ役立たず。女王感染者だけに。
「ええ、なんとか……羽入さんも、ご無事でして?」
「あぅ……僕は平気ですが」
気遣わしげに私を見る。
無理もない。
昨夜のダム現場でさんざんに殴られた私は、頭の包帯の下でまだ傷口が塞がっていない、怪我人に属する状態だ。
いまのでまた、擦り傷打ち身が増えたかもしれない。
「包帯少女属性をゲットしてみたわ!」
明るく進化の言葉を叫ぶものの、
「時代が古いやら新しいやら、よくわかりませんわ」
沙都子に、もっともなツッコミをいれられてしまう。
「……ま、圭一よりは軽傷よ。あのバカがじたばたしてるうちは、私がヘタレるわけにはいかないでしょ」
なにしろあのバカを雛見沢に連れてきたのはこの私だ。
その圭一が、あれだけの覚悟を背負って山狗と戦っているというのに……張本人の私が、弱音を吐けるものか。
「漢気もいいかげんにしないと、いつか大怪我をしてしまうのですよ……梨花も、圭一も」
心配をかけているのは百も承知。
だけど、もうこの戦いは大詰めまで来ている。
決着はあと数日のうちに、否応なくつくだろう。
まぁ、最後に笑うのは私たちだけどね。
「あら……何をしてますの、にーにー?」
教室のほうへ戻りかけたところで、悟史が教室の窓の外で顔面から地面に突っ込んでいる姿があった。
えーと……五体投地のやりそこない?
もしくは顔面スライディングとかいう新技開発中?
「北条先輩、自分も参戦するって聞かなくて……」
「バット持ったまま窓を乗り越えようとしてこんな姿に」
岡村と富田が憐れむような声で説明してくれる。
悟史は片手を包帯で吊ってる状態で、とても参戦できるような状態ではなかった。
「悟史、ゴッドスピード……」
「無茶しやがって、なのです」
動かない悟史に敬礼する私たちだが、
「いやいや、まだ生きてるから……いだだっ」
慌てて起きあがろうとして激痛に顔を歪める。
どうやら地面に突っ込むときに、反射的に折れた腕でかばおうとして痛みのあまり気を失っていたらしい。
「クライマックス前にこの怪我じゃ、ヒーローは張れそうにないよ……むぅ」
泣きそうだった。
いやまぁ、一応ヒーロー役は圭一なんだし、悟史はダム現場決戦で実力以上に頑張ってくれたと思うので無理すんなと言ってやりたいのはやまやまだが……。
「かくなるうえは、無茶しやがってといわれるくらい無茶するしかないよね!?」
「笑顔でお空に浮かぶのはまだ早過ぎましてよ!?」
縁起でもない決意を固める兄を、沙都子が怒鳴りつける。
まさにその台詞をさっき羽入に言われてたけどね。
「そんときゃ僕がスーパーヒーローさっ♪」
思わず友達を地平線の彼方まで蹴り飛ばしたくなるから、そのフレーズは自重すべき。
「あなたたち……!」
と、岡村と富田を押しのけるようにして窓の前に現れたのは我らが担任、知恵だった。
「いったい、何をやってるんです!?」
シンプルに問う。
なにを隠そう、それがいちばん困る私たちだ。
「あぅう……それは、その……」
一夜あけたら怪我人と無断欠席が複数。
さらに刃物を持った男子生徒が白昼堂々校医を脅して拉致したり、不審な大人たちと校門前で数人が乱闘騒ぎ。
担任教師としては当然、疑問だらけだろう。
……どう説明したものか。
ちらりと羽入たちを見たものの、うまい言い訳が浮かんだ様子はまったくない。
沈黙する子どもたちに、知恵は苛立つ。
「まさか説明できないようなことをしてるんじゃ……」
だから私は、
「そのとおりよ」
やぶれかぶれとばかりに声をあげた。
「知恵には説明できないし、たぶん理解もできないわ。心配かけて悪いけど、もうしばらく黙っててくれる?」
「な……!」
正直言えば、身体能力の高い知恵や海江田には味方になってもらいたいくらいだけど……彼らには、教育者としての立場というものがある。
知恵を巻き込むことは即ち、この分校の子供たち全部を巻き込むことにもつながるからだ。
わたしたちと山狗の戦いには、明確とは言えないけど線が引かれている。
無関係な、何も知らない村人を巻き込まない。
山狗のそれは秘密保持のための制限であり、私たちが力を借りた相手や、たまたま山狗の正体を知る立場になった者はすぐに攻撃対象に切り替わる。
だから、言えない。
そういう思いをこめて、まっすぐに知恵を見る。
「…………」
知恵のほうも簡単には引き下がれないとばかりその視線を受け止め、さらに言い募ろうとするが、
「待ちなさい、知恵先生」
その知恵の後からのそりと現れたのは、海江田だった。
「校長先生……!?」
「古手君たちをよく見たまえ。傷つき疲れながらも、その目は闘志を失わず、その口は泣き言を吐くでもない。彼女らの道を阻むなら、我々にも相応の覚悟が必要である」
重々しい海江田の言葉に、知恵ははっと息を呑んで私たちを見る。
……そう。
教育者なら、いやまともな大人なら誰だって、子供が危険なことをしようとするのを止めるだろう。
でもそれは、子供というものが危険に対して鈍感だったり危険の意味を理解していないから。
あるいは実際に迫る危険に対して無力で、抵抗できないからなのだ。
ならば、その認識をもって私たちを止めようとするのはあさはかなばかりでなく、私たちの誇りを大きく傷つける。
何故なら、わたしたちは危険の存在を知り、危険の大きさを誰よりも理解している。
そして危険が迫ったとき、抗うための覚悟も決めている。
戦う覚悟を決めた人間は、それが何者であろうとももはや女子供とは呼ばれないし、呼ばせない。
「海江田、あなたが聞きたいことはひとつでしょ」
わたしをまっすぐに見下ろす、まるで山そのもののように巨大な海江田の目を見返して……一歩も退かない。
海江田はぐっと口を引き結び、私の次の言葉を待つ。
彼が聞きたいのは、私が語るべきは、ただひとつ。
「……私たちは、勝つわ」
相手がどんなに強大でも、危険であっても……勝つ。
そのためにくぐる危険など、屁でもない。
止めても邪魔をしても無駄だ、だから引っ込んでいろ。
それらすべてをこめて、勝つと言い切った。
「ふ……。ならばひとつだけ、この言葉を贈ろう」
にやりと唇を歪めて、海江田は目蓋を閉じた。
「……『生きて還れ』。以上である!」
本当にたったそれだけで、海江田はぐるりと背を向けると教室をあとにしていった。
止めていた呼気を吐きだし、その背中に深く一礼した。
いつも海江田の贈る言葉は『漢であれ』だった。
でも今は、『生きて還れ』と言ってくれた。
それはいつもの言葉がもう私たちには必要なかったからなのか、それとも……勝てなくてもみっともなくても、這いずってでもいいから還ってこいとだけ伝えたかったのか。
どちらにせよ……海江田は、認めてくれた。
いろいろと言いたいこともあったろうに、貸せるものなら自分の力を貸したいだろうに、涙を呑んで私たちに任せてくれた。
それはきっと……信頼だ。
「……人に、譲れないことがあるのは私にもわかります」
顔を上げると、知恵が難しい顔をしていた。
「私も若い頃にはいろいろと無茶をしたものです。後悔も数え切れないほどあります。だから……あなたたちに好きにしなさいとは言いたくありませんし、言えません」
その揺れる視線で、知恵もまた……いくつもの言葉を呑み込んでいるのがよくわかる。
「だから、私は……逃げ道を与えます。どうしても苦しいときやつらいとき、もうダメって思ったときは、まわりの大人にたよりなさい。助けてって言ってください」
そのときは必ず力になるから、と。
……無謀な戦いに挑む自分たちを心配し、大切に思ってくれている誰かがいることがこんなにも心強いとは。
羽入、沙都子、悟史……と視線を交わし、頷き合う。
私たちは、私たちだけで戦っているんじゃない。
突っ走る圭一に、私たち部活メンバーがいるように。
私たちには、雛見沢の皆がついている。
たとえ、戦場にその手が届かなくとも……その祈りと願いは私たちに、何度でも立ち上がる力を与えてくれる。
「わたしたちは、勝つわ……絶対に!」
事情がわからないなりに、知恵や海江田は圭一の無茶な行動からその意図を察してくれたのだろう。
刃物を手にした少年が校舎内に侵入し、教室の窓ガラスを破損して逃走したと興宮署に通報。
30分と待たずに営林署に数台の警察車両が駆けつけ、児童生徒をいくつかのグループに分けてそれぞれの自宅へ送り届けてくれることになった。
「お家に帰ったら、学校に連絡をするんですよ」
「はぁ~い」
一応年長組の私たちは、学校を出るのが最後になった。
地味なワゴンに乗り込む。
「ちっ、パトカーじゃないのね……羽入に上着をかけて連行したかったのに」
「いったい僕がどんな罪を犯したというのですか!?」
「洋菓子店襲撃犯、前代未聞のシュークリーム強盗」
「……………………」
黙り込む羽入だった。
「……『ちょっといいかも』とか思ってませんこと!?」
「いえ全然。悔いのない生き様という遠大なテーマについてちょっぴり思考の海をただよっていた僕なのです」
語るに落ちるとはこのことか。
姉の将来を慮って涙している間に、ワゴン車は分譲地の入り口へやってきていた。
「あ、ここでいいです」
「そうかい? それじゃ、気をつけて。戸締まりはしっかりとするんだよ」
熊谷といったか、大石の後輩らしい刑事に礼を言って警察車両を降りる。
「あ、はぬーだ!」
そこに元気のいい声がかかる。
あのチビガキの声というだけで身構えてしまう私だが、
「……なにやってんのよ、アンタは」
赤坂美雪は……吊られていた。
自宅の庭先でその身を、雛見沢が誇る夏の風物詩へと変えていたのだ。
先日の雲雀13と同じく、ぶらーんと沙都子のトラップで逆さまになりつつも、何故か嬉しそうだった。
「うむ、しゅぎょーである」
腕組みでドヤ顔の逆さ吊り幼女。
どうでもいいが、ちったぁ恥じらえ幼女。
悟史もお約束のジェスチャーをしつつ『ここに圭一がいればなあ』という表情を隠さない。
……あれ?
なんだか既視感というか、自分が吊られる立場だったことがあるような気もしてくるけど……きっと気のせいだ。
ここは大人の対応を。
「そう。修行がんばんなさい」
涼やかな笑顔でスルーしようとしたのだが、
「いやいやいや、まつよろし!」
相変わらず怪しい言葉遣いをする幼女だった。
こいつも、初登場時はまだマシだったはずだけど……時間の流れというのは残酷なものだなあ。
「そろそろおやつのじかんなので、しゅぎょーをやめるのもやぶへびなみゆきです」
「やぶさかではない、なのです」
羽入がツッコミというか訂正を入れてくれた。
知能にそぐわない言葉をつかうんじゃありません。
「おやつでくじけるとか、修行の意味なくない?」
「ふはは。はじめからいみなどないわ!」
うん、胸を張って言うことではないと思う。
「へるぷみーなの……」
いきなり涙目になるのもどうかと。
見ていて飽きない幼女ではあるのだが、不思議といつも見ているような気がするから困る。主に鏡の中とかで。
「沙都子、どうするの? 罠にかかった獲物の生殺与奪は貴女が握っているのよ……?」
ザ・仕掛け人にそう促すのだが、ジト目が返ってきた。
「そんな大仰に言わなくても……それに梨花、これはわたくしが作ったトラップではありませんわ」
「へ? あぁ、あれでしょ。無意識のうちに作ったから全然記憶に残らないとかそんな感じで……」
「……わたくしをなんだと思ってますの」
不満もあらわにジト目で私をみる沙都子だ。
「身体が無限の罠でできている英霊」
「稀少なツッコミ常識人なのです」
「ゆめみるおとめじゅんじょーけー」
「将来が楽しみな僕のツンデレ妹」
順に私、羽入、美雪、悟史のコメントである。
沙都子がとほほな様子で頭を抱えるが、
「悟史、実妹ルートはやめなさいね」
聞き捨てならないので、一応そこはツッコんでおく。
「へんたいvsきちくあにのしゅらばはまだですか」
吊られた幼女(ハングドロリ)はまだ余裕がありそうだ。
いっそこのまま吊っておくべきではないだろうか?
「だから狙ってないってば……沙都子、支えてあげて」
悟史はそう言いながら、ひょいと背伸びをして片手で木の枝にひっかかっているロープを外してやった。
「これがたたかいにまけるとゆーことだーっ!」
意味不明のことを喚きつつ、下で支えていた沙都子の腕のなかにぼすんと落下してくる美雪だった。
「また、いきのびちまったか……」
……ほんと余裕のある人生送ってるなこいつは。
ある意味羨ましい。
「美雪ちゃん、魅音は?」
「ママはおしごとー!」
悟史の問いに、大きくバンザイで答える。
無駄にリアクションが大きいのは幼児の特徴である。
……いや、こいつは一般的な幼児の範疇に入らないが。
おしごとというのは美雪に理解できないからそう言ってるだけで、要するに詩音の手伝いにいったまま戻らない、ということだろう。
なにやってんのかは、正直なところ私も知らないけど。
「そっか……いろいろ話したかったんだけどな」
「ママをねらってるならむだだぜ、しょーねん。ママにゃもう、こころにきめちまったパパがいるのだぜ」
「やっぱりそうなんだ……僕の最後の希望が……」
いまさらショックを受けている悟史である。
「どこでなくしてしまったんだろう、僕のフラグ……」
しょっぱい青春の味がする発言だ。
悟史にはもうすこし塩分控えめな生き様を期待したい。
とはいっても、最有力候補であった双子のフラグを叩き折られ、実妹ルートさえもどこぞのチョイ役が脅かしている今、悟史の胸に去来するのは絶望か殺意か……。
「だから実妹ルートは狙ってないったら」
「どこぞのチョイ役ってどなたですの?」
そしらぬ顔ですっとぼける北条兄妹だ。ハハハこやつめ。
「それより美雪、もしかしてお家でひとりなのですか?」
「うん。パパはもうすぐかえってくるって」
赤坂も魅音も、無用心なことだ。
美雪ひとりで放っておいたら、山狗が人質にしようと狙ってくるかもしれないのに……。
「たぶんこれは、魅音さんが仕掛けたトラップですわね。仕掛け方にクセが出てますわ」
なるほど、侵入者対策としてトラップを仕掛けてあるから完全に無防備なわけではなかったと……。
「ディフェンスにていひょーのあるママなのさ!」
ぐっと親指を立てる美雪。
いや、そのディフェンス用のトラップに、守るべきあんたが引っかかってたら意味ないでしょうが。
「でぃーふぇんす! でぃーふぇんす!」
「……つまり美雪さんは、不用意にお家を出たら入れなくなったのですわね」
「しかたなかった。とだなにおやつがあるからねってママがいってたのをおもいだしたのがよくなかった……」
しょぼーんとする美雪。
中から外へは出られても、外から中には入れない。
そういう指向性をもったトラップが張り巡らされているということらしい。
「そもそもなんで外に出たのさ」
呆れる悟史に、フッと肩をすくめて笑う。
「たいくつをブッとばすのに、りゆうがいるのかい?」
そこ、カッコつけるとこじゃないから。
年長者として嗜めるのが義務だろうか……。
「美雪……。ちゃんとママの言うこときかない子は、ねじられちゃうわよ……?」
「なにを!? どこをッ!?」
格段にうろたえる様子は、やはりまだまだ子供であった。
「いえ梨花、それは普通に怖いですわ……『ねじる』っていったいなんのことですの?」
「あぅ、『ねじる』のは古手家の伝統的な躾なのですよ」
にこにこと私を弁護してくれる姉だった。
沙都子はなぜかうすら寒そうな顔をしているが。
「とにかく、家に入れないんじゃ危ないよね。赤坂さんが帰ってくるまで、またこっちにおいでよ」
悟史はいつもの癖で美雪をなでくりしつつ提案した。
「パパが帰るまでは、僕が守ってあげるよ」
どこをねじられるのかとがくぶるしていた幼女だが、それを聞いてムッハーと鼻息も荒く、俄然張り切りだす。
「おぉう。しょーねん、みゆきにママのおもかげをみつけちまったのかい!? あたいにふれるとヤケドするゼ☆」
お前魅音と血つながってねーだろと言いたい私である。
でもツッコんだら負けのような気もする。
「むぅ。僕は大艦巨砲主義者だから、十年後に出直してくれたら考えるよ」
さすがに先物取引はしないらしい。
おかげで親友の兄を大石に通報しなくて済む……とか胸を撫で下ろしていたら羽入と沙都子もほっとした様子だったのがなんだか哀しかった。
「あ、梨花ちゃんも十年後なら需要はあるかもよ?」
「五歳児とカテゴリーいっしょなの私ッ!?」
そこはせめて五年後にしてほしかった……。
「悟史、気を遣ってくれたのはわかりますが、人には伸びしろというものがあるのです。梨花のそれは、もう……」
「そうですわにーにー。発育には個人差がありますし梨花には圭一さんという守備範囲の広い人がいますもの!」
うわ。
姉と親友が、擁護するふりをしながら私の希望とプライドを打ち砕きにくるんだけどナニコレ? 新手のイジメ?
「えっと……せまいところをとおりやすいよ!?」
幼女までが微妙なメリットを主張してフォローしてくるんですが、私の未来ってそこまで残念なんでしょうか!?
どんよりと影を背負いながら前原家の玄関までやってきたところで、沙都子が玄関前にしゃがみこんでトラップ解除の作業に入る。
「……あら? ひとつ作動して……」
小さく呟いた瞬間だった。
空気を切る音がして、横合いから飛来したなにかが沙都子の脇腹へ突き刺さる。
「きゃうッ!?」
短い悲鳴とともに、沙都子が横倒しに転がった。
「沙都子!」
悟史が駆け寄ると同時、鋭い飛来音が複数。
「んなっ……!」
慌てて玄関横の柱に飛び込むと同時、わたしがいたあたりの地面に妙なものが突き刺さる。
それはたったいま沙都子を打ち倒したのと同じ、ワイヤー付きの電極だった。
飛んできた方向を見れば、作業着姿の男が3人。
「山狗ッ!」
幸い命中しなかったようだが、羽入は美雪をかばいながらその場にしゃがみこんでしまっているし、悟史も倒れた沙都子を抱き起こすのがせいいっぱいのようだ。
くそ……いきなり飛び道具とは、本気にもほどがある。
こっちの用意している武器はモップの柄に痴漢撃退用催涙スプレー、いずれも接近戦用の装備だ。
沙都子なら改造ロケット花火ほか中~遠距離をカバーする仕掛けのひとつやふたつ用意していそうだが、不意打ちで早々に倒されてしまってはどうにもならない。
ええい、沙都子にばっかり任せないで、私も打ち上げ花火の一本くらいは持っておくんだった!
「悟史! 沙都子は無事!?」
「意識はあるけど、身体がうまく動かないみたいだ!」
呼びかけると、悟史の焦った声が返ってきた。
鷹野が言い含めたものか、即死する電圧ではなかったようだが、いきなりの沙都子脱落は痛い……。
悟史は片腕が死んでるし、羽入と美雪に戦闘は無理だ。
この場でどうにか戦えるのは私だけ、か……。
遠くから狙撃を受けなかっただけマシと思っておこう。
「羽入、美雪をつれてガレージに回りなさい!」
叫びながらモップの柄を振り回し、飛び出す。
山狗どもは予備の電気銃を構えるが、ちょこまかと進路を変えながら動くこちらに、すぐには撃ってこなかった。
「あぅあぅ! 梨花、あぶないのですよ!」
「当たらなければどうということはない!」
問題は、これだと相手に近づけないということだ。
進行方向を山狗のほうに向ければ、それだけ正面から見たわたしの動きは小さくなる。
そうなれば仮にも戦闘訓練を積んだ自衛官、いくら私という標的が小さいとはいっても、当ててくる可能性は高い。
「うわ!」
しまった、と思った。
彼らが先に狙ったのは、片手で沙都子を抱えてどうにか逃げようと動いた悟史のほうだった。
振り向きながらとっさに身体を壁にぶつけたものの、それでは避けきれずに肩に電極を受けて悟史がよろける。
まずい……!
「悟史、沙都子っ!」
二人のもとへダッシュする私を、二人目の電気銃が狙う。
直線的な動きならば、容易に撃ち落せるという判断か!
「ええい、当たるものか!」
両手で構えた棒の先端を勢いよく地面に突き立て、棒高跳びの要領で空中へと逃れる。
「何ぃ!?」
放たれた電極は、足の下を突き抜けていった。
だが。
「そこだっ!」
もうひとりが私の着地を狙ってくる。
これはさすがにかわしようがない……!?
と、引き金を引く直前にその顔面にばちんと音を立ててなにかがぶつかる。
「がっ!?」
なんのことはない、それはただのゴムボールだった。
「みゆきをわすれてもらっちゃこまるぜ」
渋くキメる背後の声を無視し、私は着地と同時に横薙ぎに棒を振り回して最後のひとりの手を打った。
「ぐ……!」
それでも電気銃を手放さず、構えなおそうとする顔面に鋭い突きを放つ。
「クソガキがッ!」
しかし果たせない。
撃ち終わった電気銃を手放した別の男が前に出て、蹴りを放ったのだ。
さほど強い当たりではなかったものの、わたしの軽すぎる身体はあっさりと吹き飛び、棒も手放してしまう。
「梨花ぁ!」
羽入の悲鳴が聞こえるものの、応える余裕はない。
地面を転がりながら相手との距離をはかり、立ち上がる隙をうかがう……が、現実は非常にキビシイ。
「ちょろちょろするな!」
さらに別の一人が回りこんでいて、横からわたしのおなかをサッカーボールかなにかのように蹴り上げた。
「あぐ……っ!」
今度こそ受身もとれず、なすすべもなく地を舐める。
百年の旅路で培った技術の蓄積があるとはいっても、やはりこの身は幼い少女に過ぎない。
大の男に本気で蹴られれば、その苦痛と衝撃は重く、はかりしれない……!
「……がぁあっ……!」
でも、それが何?
そんなことは最初から知っている。
わかった上で、私は私の勝ちに賭け続けている。
コインが百万回裏を示しても、次に弾かれるコインはどっちも表になるように一年前から小細工を弄してきた。
この程度のピンチで、いまさら挫けるほど、やわな決意はしていない……!
「ぁあぁあああ……ッ!」
力の入らない両手を突っ張って身を起こし、地面に膝を立ててクラウチングスタートの姿勢を作る。
敵は三人、まともにやっても勝てやしないが……急所攻撃とスプレーの残りで、なんとか二人は潰してやる……!
気力を振り絞って顔をあげた瞬間。
「あ……」
水平に払われた蹴りが、こめかみに直撃する。
痺れるような衝撃が頭蓋を突き抜け、首から上が弾け飛びそうな錯覚に襲われる。
でたらめな方向に落下するような一瞬の浮遊感のあと、私は地面に力なく転がっている自分を発見する。
「……ッ」
額やこめかみが熱い。
耳にぬるりとした感覚、どうやら昨夜の傷口から出血しているらしい。頭の中は回転しているのに、身体はずきずきと痛みを伝達してくるばかりでぴくりとも動かない。
地面ががんがんと揺れるから何事かと思えば、私をノックアウトした男たちが悟史と沙都子のほうに殺到する足音のようだった。
眼球だけを動かして見れば、ガレージのほうにも伏兵がいたらしく、羽入と美雪も男に抱きかかえられ、必死の抵抗も虚しく引きずられていくところだった。
「ぁ……く……」
……まずいわね。
羽入が人質にとられたら、負けが決まってしまう。
喉の奥にひりついていた血の塊をごくりと飲み込み、自分の義務を果たすべく全身に力をこめる。
この世界に来てから一年以上の付き合いになるというのに私の身体はやけに反抗的で、痛いから動きたくないとだだをこねてくるが、全身全霊をこめて却下。
いまここに圭一はいない。
だから私が、圭一のかわりにみんなを助けなきゃ。
がくがくと震える膝を叱りつけ、まるで生まれたてのゾンビみたいに緩慢な動作で立ち上がる。
武器はないかと棒を探して視線をめぐらせるけど、視界が歪み、朱が滲んでいてうまく見つけられない。
……まぁいいわ。
この百年の魔女にかかれば、山狗の雑魚ごとき素手で相手をしてもおつりがくる……。
自分でもいやになるほど小さな拳を握り、指にほとんど握力が残っていないことに気づいてびっくりする。
弱りすぎでしょ、古手梨花。
あの程度のダメージで、挫けるわけないでしょうが。
笑い飛ばそうと思ったが、肺がずきんと痛んで気の抜けた溜め息が切れた唇から漏れただけで終わった。
「く……、そ……」
あさっての方向に逃げようとする地面を足裏でつかまえて、一歩、二歩……。
そこで、急に視界が暗くなった。
なんだろうと訝しく思いながら視線をあげると、さっきの山狗が立っていた。
「いいかげんに寝てろ!」
苛立ちの声とともに、ゆらりと身体が浮いた気がした。
あ、れ……?
足元を確認しようとちらりと視線を落としたら、制服のブラウスが真っ赤に染まっているのが見えた。
その真ん中に、冗談みたいに頑丈そうな分厚い刃をもった軍用のナイフが突き立っている。
「ぇ……?」
なにこれシュール、と思う間もない。
がくんと膝が地面に落ちた瞬間、おなかから背骨、脳内を瞬間的に激痛が走り抜けて目の前がフラッシュする。
そして、ばちんとブレーカーを落とすみたいに……目の前の世界がまっくらになった。
<雑談>
くけけけけけけけけけ!
書けた!ぜんぶ書けた!これで私の書きたい話は全部!
褒めてよ悟史く~ん!……というわけで、こんな雑談を昔してました(笑)
こんなにたくさんの人に見てもらえて嬉しいです。ほんと感謝してもしきれないほどです。
神楽舞完結後、次に読みたい作品は?
-
神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
-
ひぐらし短編集
-
ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)