ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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本日、三話連続投稿です。


第133話 たった一発の銃弾

取りまとめられた昨夜の報告を読めば読むほどに、

 

「あの子たち、本当に勝つかもしれないわね……」

 

そう思わざるを得なかった。

 

ダム現場での待ち伏せと包囲を、悟史くんの援護だけで切り抜けたレナちゃんに対して出された発砲許可。

 

優位に立って一時は追い詰めたようだが、圭一さんの出現とともに発動されたトラップによる火災で夜間戦装備は無力化され、一気に現場の指揮系統は混乱に陥った。

 

その渦中でもあの子たちは、戦闘態勢にあった山狗を次々と打ち倒し、小此木さえも負傷は避けられなかった。

 

さらに魅音ちゃんが呼んだと思われる援軍、赤坂・大石の参戦により負傷者は倍増し。

 

監視下にあった興宮の雀荘からいつの間にか彼らが抜け出して駆けつけたのは、明らかな監視体制の不手際だ。

 

……結果、あれだけの大騒ぎに発展しながらもその場では一人として捕らえることもできず、逃げられている。

 

子どもたちを少なからず負傷させたのが唯一の戦果というべきだが、こちらはその何倍もの負傷者を出している。

 

『雛見沢はどこの硫黄島ですか!? まったく貴女と山狗がこれほどまでに無能だと読みきれなかった自分の不明を恥じるばかりです……!』

 

電話口で、報告を受けた郭公が噛みついてくる。

 

「えぇ全く。返す言葉もありませんわ」

 

心からの同情をこめてそう返したのだが、彼女はそれもお気に召さなかったらしく、耳から離した受話器のスピーカーからはきーきーと甲高い声が響く。

 

モニタ室の隊員たちがその様子を見て苦笑を浮かべるが、不謹慎だと注意した上で紅茶を用意させた。

 

郭公の声がすこしばかり静かになったのを待って受話器を耳にあてると、

 

「全隊員に代わり、今回の不始末はお詫び申し上げます。次の指し手をご指示いただければ、我が隊の全力をもって応えさせていただきます」

 

『……そうですね。いささか興奮し過ぎたようです。田舎の小中学生に翻弄される貴女たちの全力ではたかが知れていますが、すでに賽は投げられているのも事実』

 

そう、どんなに雲行きが怪しくてもここまで事態が進んでいる以上、作戦中止は不可能だった。

 

ダム現場の検証結果が出揃う前に雛見沢地区を封鎖すれば、まだ警察内部の工作で証拠隠滅をはかれる可能性が残る。

 

『……上との調整は進めています。一週間以上スケジュールを早めなければならないのは大きな痛手ですが、悠長に構えていてはそれこそ致命傷になりかねない』

 

綿密な計算のもとに計画に組み入れられた“決行期日”を前倒しするには多大な犠牲が必要だが、不可能ではない。

 

期日までに女王感染者を捕らえられなかった場合に備えて予備日が設定されているくらいだ、最大の効果をあげられなくなることを承知の上ならばありえない話ではない。

 

まして、警察に不利な証拠を掴まれかねない今の状況ではなりふり構わずに動くのも当然か……。

 

『そちらに求めるのは、早急な女王感染者の確保。妨害者は排除……いえ、殺して構いません。もちろん死体を回収するのは忘れないように』

 

排除という曖昧な言い方ではなく、殺せという指示。

 

滑稽なことに、それはこの局面における彼女の敗北を意味しているといっていい。

 

遥か天上から俯瞰して全てを操り、全てを愚弄するつもりでこのゲームを始めた彼女は、神を気取ってでもいたのだろうが……思い通りにいかない駒が、盤上にいくつもあることにここでようやく気づいた。

 

操りきれない駒をつまみ出せ、というのは……もはや彼女がこの盤上をコントロールできていないことの証明。

 

無能な神の虚飾は無残に剥がされ、いまや彼らに翻弄されていることを認めたも同然であることをこの浅はかな女は本当にわかっているのだろうか?

 

「警察の動きも不明です。調査部もこうなってはこちらの報告を鵜呑みにはしないでしょう。動きすぎれば自分の首を絞める結果になるかもしれません」

 

一応現場の指揮官として抗弁しておく。

 

既に圭一さんとレナちゃんの失踪は村で噂になっている。

 

ここでさらに羽入ちゃんやその他の何人かが消えるようなことがあれば、村をあげての非常事態だ。

 

当然、普段は非協力的な村から公に要請があったとなれば、警察も雛見沢に相応の人員を投入してくるに違いない。

 

そうなれば、滅菌作戦の実行はますます困難になる。

 

『そうですね……調査部の方はこちらで押さえます。警察は工作員を使って時間稼ぎを。遅くも深夜までには決行期日を取りまとめますので……指示を実行なさい』

 

最後の一節には、冷徹な意志がこめられていた。

 

『私も貴女との約束は守りたいのです。約束の履行には、互いの信頼が不可欠…………ですよねぇ?』

 

かすかに奥歯を噛み締める。

 

要するに脅迫。

 

速やかに指示を実行しなければ、現場に直接沙都子ちゃんを殺すように命令するという圧力。

 

この女は、すでに私の泣きどころを知っている。

 

そもそも沙都子ちゃんを助けるという交換条件をほのめかしてきたのは、この女のほうだった。

 

その取引を持ちかける以上、かなりの部分まで私の弱点を知り尽くしているということ……。

 

「……ええ。信頼を得られるように努力します」

 

それだけ告げると、郭公のほうももう用はないとばかりに電話を切った。

 

ツーツーという無機質な電子音が、まるで地面を叩く雨音のように耳を刺した。

 

「………………」

 

のろのろと受話器を置きながら、喉の奥に痞えたものを嚥下しようと試みる……が、うまくいかない。

 

「……三佐」

 

そこで隊員が机上に紅茶を置いてくれる。

 

「ん、ありがと……」

 

カップをつまんで、その香りで鼻腔を満たす。

 

……磨耗したものを埋めることはできなくとも、ささくれてしまった断面の痛みを和らげる程度の効果はある。

 

「……ふぅ」

 

そうして休ませるべき思考を、いまだ巡らせている自分に気がついて苦笑した。

 

彼女の意のままに動くなら、考えることはそう多くない。

 

なのに考えることをやめないもう一人の私は、きっと部活メンバーの一員としての私なのだろう。

 

ここに至ってなお、この壮大かつ緻密な陰謀をどうやって覆すか、どうすればあの自分だけが有能だと思いこんでいる女狐を出し抜けるのかを思い巡らせている。

 

何故?……そんなのは決まっている。

 

 

その方が“痛快”だから。

 

 

子どもじみたこの感情で、大人ぶった駆け引きをぶち壊してしまいたくて、……たまらない。

 

「相当に……毒されてるわね。わたしも」

 

くすくすと笑いながら、自分でもそれが嘘だと知っていた。

 

毒と言うなら、大人の知恵こそが人の善性を蝕む毒。

 

わたしは自分でも気づかぬまま、その毒を抜かれた。

 

……癒されていたのだ、彼らに。

 

でも、重ねた時間は元に戻せない。

 

重ねてきた罪は、……なかったことにはできない。

 

それが大人であり、人の世の無情な理だ。

 

昼の学校襲撃の一件では圭一さんと所長にまんまと逃げられたらしいが、だからこそここで畳み掛ける必要がある。

 

乾いた唇を紅茶で潤すと、わたしは次の一手を指す。

 

「前原屋敷で待ち伏せなさい。女王感染者と北条沙都子、それに赤坂刑事の娘の身柄を確保。抵抗が激しい場合や予定外の人物が現れた場合、Rと員数外は殺してもいいわ」

 

「はっ。北条悟史はどうします?」

 

「園崎姉妹や赤坂へのメッセンジャーとして残しなさい。昨夜見たところでは、彼の負傷はほぼ戦闘不能といっていいわ。どうせ何もできない」

 

あくまでも冷徹に、まずは古手梨花を切り捨てる。

 

彼女は確かに予言者であり、魔女なのかもしれない。

 

けれど、甘過ぎる。

 

昨日、あの場で私の身柄を確保して帰さなければ、この手は生まれなかった。

 

「バックアップは通常の配置で?」

 

「いえ、確保に失敗した場合に備えて各分隊を逃走ルート上に配置するわ。特に赤坂の動きには注意しなさい」

 

これが貴女の甘さの代価ではないと言うのなら……、覆してみせなさい、古手梨花!

 

 

 

仮眠を終えた小此木に指揮を引き継ぎ、わたしは診療所を出ることにした。

 

「入江先生はまだお帰りにならないので?」

 

「さぁ……分校のあとは往診にいかれたのでは?」

 

ロッカールームを出たところで待っていた研究員の問いに、小さく肩をすくめてみせる。

 

彼らに進行中の作戦の詳細を知る権限はない。

 

ならば、これはあくまでも診療所の医療スタッフとしての問いでしかないのだから、一介の看護婦に過ぎないわたしが答えられるのはこれだけだった。

 

「……なら、残りの診察はこちらで済ませます」

 

不承不承引き下がるが、あくまで研究のカモフラージュでしかない医療スタッフの立場で老人たちの相手をさせられるのは、彼にしてみれば本意ではないのだろう。

 

そんなことに費やす時間があるなら研究をさせろ、と。

 

そういう不満の声を承知した上で、入江所長は自分が率先して開業医の真似事をしてきたのだ。

 

だからこそ研究員は所長に病院業務のほとんどを押し付けて、自分たちは申し訳程度に追従してみせるだけ。

 

……入江京介もまた、甘い。

 

自分がお飾りの責任者であることを半ば承知で、それなりの野望も描きながらこの地に赴任したというのに、役割に徹しきれず、僻地に暮らす老人たちを見捨てられない。

 

その挙げ句が、いまのこの状況。

 

……もっとも、彼の心は老人たちに伝わっているのだ。

 

入江の先生と慕われる彼が留守だということも承知の上なのか、今日の来院者は数える程度。

 

レナちゃんの騒ぎもあったし、頻繁にならざるを得ない山狗の出入りに気づかれないように入院患者も検査の名目で、午前のうちには興宮の病院に移送している。

 

所長本人が銃もて追われた今日の午後も、彼の愛する診療所には平和そのものの穏やかさがあった。

 

「皮肉ね。自らの両手に余る祝福と喜びは、身を滅ぼすのが世の定め……というところかしら」

 

「は?」

 

「いえ、なんでも」

 

それは決して所長に限った話ではない。

 

わたしも同じだ。

 

この一年で、多くのものを取り戻した。

 

そのひとつひとつが大切で、かけがえのない幸福だというのに……守りきれないものを、自分の手で切り捨てなければいけない事態に追い込まれている。

 

生涯を賭けた研究を捨て、信じてくれる暖かな仲間たちを捨て、ただなにより大切な娘だけを守るしかない。

 

わたしを救うものがあるとすれば、それは何?

 

神の奇跡か、それとも……悪魔との契約か。

 

「奇跡……か」

 

不安定な試薬によるものだったとはいえ、レベル5の淵を見てなお、現実へと帰り咲いた英雄が存在する。

 

それは私たちの研究を無為へと帰する絶望の使者か。

 

あるいは、雛見沢症候群という不治の病を駆逐する可能性を示す、希望の福音なのか。

 

「……ん」

 

着替えを済ませて自分の車に乗ったところで、ハンドルにかけた手がわずかに汗ばんでいることを自覚する。

 

キーを回しながら、笑いがこみあげてくるのをこらえた。

 

手に汗握るとはこのことか。

 

戦闘屋に過ぎない小此木や事態を俯瞰している郭公には、彼が復活したことの重大さは理解できまい。

 

H132に打ち勝った時点で、……前原圭一は、既にある局面における勝者なのだ。

 

私はいま、彼に追い詰められている。

 

彼という切り札を封じたはずの不破の錠前を、前原圭一は自らの手で打ち砕き、その拳に無理を握りしめて山狗の勝利という絶対の道理を叩き壊しにやってくる。

 

それは紛れもない恐怖であり……、歓喜でもあった。

 

止められるものなら止めてみなさい。

 

私が切り捨て、負けるほうに賭けた部活メンバーが、逆転するというのならしてみせなさい。

 

全力で勝ちにいく私を、見事に突き崩しなさい……ッ!

 

矛盾する感情。

 

それがむしろ愛おしいと思える、今の自分。

 

正直に言えば……、それが心地良い。

 

「あ……、まずいわね」

 

村道をたどって前原屋敷に向かおうとして、はたと横道にそれる。

 

さきほどの情報によれば、もうじき分校は下校時間になるはずだ。そうなれば、山狗が待ち伏せを行うのに私の存在は邪魔になりかねない。

 

連日の疲れもたまっているし、シャワーも浴びておきたいから……ここは北条家に向かうことにしよう。

 

興宮のマンションを引き払ったので、私の荷物や着替えはほとんどあの家に置いてある。

 

すでにその場所はわたしにとって生活の中心であり、一人きりのマンションがただ寝に帰るだけの場所であったのと比べると雲泥の差だといえる。

 

「おお愛しき我が家よ、ってところかしら」

 

いまは無人となっているので、沙都子ちゃんや悟史くんが迎えてくれないことだけが不満だ。

 

ただいまの声におかえりと言ってくれる家族の声があれば、それだけで心身の疲れが半分くらい分解されるのに。

 

そんなことを考えながら車を降りて、溜息まじりに我が家の玄関をくぐる。

 

「ただいま……」

 

いつもの習慣でそうかけた声に、

 

「あ、おかえりなさい」

 

と返答があったことに驚いて顔を上げる。

 

棒アイスをかじりながら台所から出てきたのは、悟史くんでも沙都子ちゃんでもなく、……圭一さんだった。

 

悟史くんのものだろうか、学校の制服を身につけている。

 

「ども、アイスいただいてます。暑いっすね」

 

ぽかんと目を丸くするわたしの表情をどう解釈したのか、びっと手を上げてそう付け加える。

 

「……いえ、それは。あの」

 

「ああ、監督なら、いまレナを診てくれてます。診療所も忙しいのに引き止めちゃってすんません」

 

うまく言葉を紡げないわたしに、まったく動じたそぶりを見せずにそう言った。

 

「こ、ここに……隠れてたの?」

 

ようやく言えたのは、その問いだった。

 

山狗たちから逃走した圭一さんと入江所長の行方は不明とされていた。

 

所長につけていた発信機は白衣ごと車の運転席に置き去りだったし、園崎絡みの潜伏場所を洗う作業は始めていたがまさかわたしの住居に逃げ込んでいるとは……。

 

「はい、昨夜から。悟史たちはうちにいるみたいだし、鷹野さんは診療所に詰めてるから、ちょっと無断で入らせてもらっちゃいました」

 

灯台もと暗し、とはこのことか。

 

大胆不敵というべきか、こうしてわたしが気まぐれに帰宅するリスクを承知で、圭一さんは一夜の宿としてこの場所を選んだわけだ。

 

「……レナちゃんの具合はどうなの?」

 

「おかげさまで、いまは落ち着いてますよ。監督によればもうすこし弱い心臓の持ち主だったら死んでたそうで」

 

小此木からの報告ではかなり出力を高く設定したテイザーが胸に直撃したそうで、すでに死亡している可能性ももちろん想定されていた。

 

……もっとも、わたしは信じていたとは言い難い。

 

レナちゃんに限らず部活メンバーのしぶとさは折り紙付きなのだ、その程度であっけなく死ぬはずがない。

 

今後も敵戦力として数えるように厳命したほどだ。

 

この子たちを相手にするならば、用心してし過ぎるということはない。小此木はそのあたりを理解していないのだ。

 

「いま半脱ぎ状態だから部屋に入れてもらえないんです。ちくしょおぉおぅッ、イリー、俺と代われッ!」

 

「代わってどうするのよ……」

 

「……そうして俺は、医の道を志したのさ……」

 

遠い目をしないの。

 

恐ろしいほどに、いつもどおりの圭一さんだった。

 

打ち身や擦り傷は全身至るところにあり、薄着のあちこちから所長が施したと思われる包帯が露出している。

 

首にもそれが巻かれていることからみて……どう考えても昨日、単独行動していたときの圭一さんが発症状態だったことは間違いがないのだけれど。

 

沙都子ちゃんに何かあったときのための緊急用に、分校の保健室やこの家に確保してある治療薬を所長が投与したのかもしれないが……それにしても、まったく。

 

逡巡し、後悔し、心配した自分が馬鹿馬鹿しくなる。

 

「……あの。ごめんなさい、わたし」

 

いまの行動を選んだことそのものは謝るつもりはない。

 

でも、……仲間として、信じてくれた彼に嘘をついたことだけは謝るべきだと思った。

 

予防薬と偽り、H132を投与したその事実だけは。

 

俯くわたしの頭に、ぽんと手が置かれる感触。

 

「……ぇ?」

 

そのまま、わしわしと乱暴に撫でられる。

 

ひとしきりそうしたあとでわたしを解放すると、圭一さんは無邪気といっていい笑みを向けた。

 

「気にすんな!」

 

あっけらんと、これだ。

 

まるでほんとに部活で騙されたときにみせるような反応。

 

「でも……」

 

「じゃあ、このアイスでチャラ。それでいーです」

 

食べ終わったアイスの棒をひらひら振ってみせる。

 

一本五十円の氷菓子でチャラになるとは、安い命もあったものだと思う。

 

 

……うそつき。

 

 

本当は、怖かったくせに。

 

裏切られて、山狗に追い詰められて、仲間でさえ信じられなくなるほどに、心を引き裂かれたくせに。

 

彼はそれでも、泣き言を言わない。

 

つらいこと、苦しいこと、泣きたいことを全部抱え込んで、笑顔でそれをご破算にしてしまう。

 

冷たい現実や、心を蝕む苦悩を嘘に変えてしまう。

 

そして、彼の望んだ嘘のほうが、……真実に変わる。

 

努力という名の真実を積み重ねることで自分の望みを絶対の真実へと昇華させようとしてきたわたしとは、根本的に違う……『奇跡を捏造する』というやり口。

 

まさに壮大なペテンだ。

 

でも、これほどに優しくて美しい詐術が、この世のどこにあるだろう……?

 

「ん、そろそろいいかな。うっひょう、身体が勝手にレナのいる部屋へ……!」

 

うっひょう言わない。

 

あと劇場のもぎりネタは何度も使わないの。

 

圭一さんが奥の部屋にいくのを見届けて、わたしは玄関口に置いてある電話の受話器を手にとった。

 

しばらく待つと、電話は地下につながる。

 

「鷹野よ。至急、北条家に人員を配置。バックアップと合わせて三台は回しなさい」

 

『……はっ』

 

どうせわたしの服のどこかについている盗聴器で圭一さんの声は拾っていたのだろう、ろくに事情も聞かずに応答してくる。

 

昨夜はいつの間にか盗聴器も発信機も消えてしまっていたらしく(おそらく魅音ちゃんか葛西さんあたりがわたしの隙をみて外してしまったのだろう)わたしが自分で外したのではないかと疑われたが、この分なら今日は大丈夫。

 

そっと受話器を置いて、山狗がこの家を取り囲むまでの数分にできることはないかとすこし考える。

 

おなかをすかせているだろうから食事を出してあげたいけどこの時間では食べている暇はないか……と、この状況で平和なことを考えてしまっている自分に気づく。

 

自分のこめかみを自分で小突き、めっと叱っておく。

 

もっと緊張感緊張感。

 

……べ、別に久しぶりに圭一さんの元気そうな顔が見れてほっとしちゃってるワケじゃないんだからねっ!

 

いまから包囲して殺そうとしている相手に和んでいる場合ではないのだ。もとから軍人してないと、こういうときにダメよね、もー☆

 

……こほん。

 

なにを浮かれているのかわからないけどとりあえず、

 

「汗っぽいし、着替えておきましょうか」

 

 

 

 

「さぁ、チェックメイトよ……! この状況、逃げられるものなら逃げてみなさいっ!」

 

腕組みをして、にやりと笑いながら言ってみる。

 

姿見に映る自分は、まるで悪の女幹部だった。

 

診療所の地下に置いてある制服がないのが惜しい。

 

「……こ、これじゃ逃げろって言ってるみたいね。残念ながら、どうやらここでお別れのようね……のほうが」

 

などとキメの台詞を考えていたら、窓の外でエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。

 

「早いわね。……そろそろ出ておいたほうがいいかしら」

 

ハンドバッグからそっと取り出した拳銃を手に、圭一さんたちがいるはずの奥の部屋に向かう。

 

軽くノックして、

 

「レナちゃん、入ってもいいかしら……?」

 

そう声をかけると中から、

 

「三四さん? す、すこし待ってくださーい……」

 

意外と張りのある少女の声が返ってきた。

 

やはりレナちゃんも完全とはいかないまでもしっかり復活しているらしい。本当にしぶとい子たちだ。

 

「ごめんなさい、あまり時間がないのよ」

 

強引にそう言ってふすまを開けた。

 

「……え」

 

布団の敷かれた見慣れた一室。

 

しかし、その布団には誰も横たわっていなかった。

 

本来そこに寝ているはずのレナちゃんはちょうど窓枠に足をかけていて、その向こうで待っている圭一さんがその身体を支えていた。

 

入江所長もとっくに裏庭であたりを見回している。

 

とりあえずレナちゃんが体操着姿なのは謎だけど、学校で回収してきたのかもしれないと無理矢理納得する。

 

いま重要なのは、包囲が完成する前に三人が裏から逃げようとしていることで……、

 

「う、動かないで!」

 

後ろ手に隠していた拳銃を構えるが、それを見た途端レナちゃんが素早く窓枠を蹴った。

 

「うぉわ!」

 

バランスを崩して圧し掛かられた圭一さんの悲鳴。

 

二人がもつれて倒れたのか、すごい音がした。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫……?」

 

銃を構えて窓に近寄りながら声をかけると、

 

「きゅう」

 

圭一さんの呻き声?が聞こえて、

 

「ご、ごめんね圭一くん。重いかな、かな?」

 

「羽より軽いから鉈をつきつけて聞くのはやめてくれ」

 

レナちゃんが立ち上がったところだった。

 

……わたしが言うのもなんだけど、緊張感が足りないわねこの子たちは……。

 

と、家の裏にまわりこんでくる複数の足音。

 

わたしの制止も、一時の時間稼ぎにはなったらしい。

 

「監督、走って!」

 

「……わかりました。ご無事で!」

 

レナちゃんの叫びに、わずかな躊躇いの後入江所長が林の中へと駆け出すのが見える。

 

そしてレナちゃんに助け起こされた圭一さんが、緩めていた右腕のバンテージをきつく締め直して、器用に歯と片手で固定する。

 

レナちゃんも鉈の分厚い刃をぎらりと光らせた。

 

「ワゴンは2台、こっちにまわってくるのは6~7人ってところか」

 

「だとすると、バックアップが1台いるね。増援4人くらいまでは覚悟しておいて」

 

二人の子どもは一瞬にして、山狗の正確な戦力を弾き出す。

 

「キツいな」

 

「余裕だよ」

 

くすりと笑い合い、こちらにも一瞬だけ笑みを投げる。

 

その笑顔があまりにも晴れやかなものだったから……引き金に指をかけるのも忘れて、唖然としてしまう。

 

……彼らは、わたしが考えている以上に用心深かった。

 

圭一さんはわたしが帰ってきた時点で、盗聴器によるものにせよわたし自身の連絡によるものにせよ、山狗の襲撃があることを予期していた。

 

わたしが着替えている数分の間に脱出の手はずを整えて、不意打ちの効果を打ち消した。

 

あんなふうに笑いながら、ふざけ合っているように見えて戦いの思考を一瞬たりとも失っていないのだ。

 

これが部活メンバー。

 

勝つためにあらゆる努力を尽くす、最強の子どもたち。

 

「いたぞ!」

 

声と同時、山狗たちの一方めがけて二人が走る。

 

囲まれてしまう前に片方を破ろうというのだろう。

 

わたしは窓から顔を出し、逆のほうからやってくる部下に

 

「所長が向こうに逃げたわ! 二人回して確保なさい!」

 

ここで戦力を割かなければいけないのは痛いが、入江所長が園崎家にでも逃げ込むのは避けたい。

 

……というより、そう判断させて包囲してくる戦力を減らすためのレナちゃんによる一手だったと見ていい。

 

いやなところで頭の回る子ね……!

 

「射殺を許可します! 接近戦に持ち込ませないで!」

 

なんでもありの戦いで圭一さんとレナちゃんが得意とするのは格闘のできる距離。

 

ならば、近付かれる前に撃てばいい。

 

……と、いうのは机上の空論だ。

 

数メートルたらずの距離など、一瞬で加速するスピードが身上のレナちゃんの前には2秒もかからない。

 

私が指示を言い終わるかそうでないかのうちに彼女は鉈の峰でひとりの隊員を殴り倒していた。

 

「まずひとりっ!」

 

「貴様ッ!」

 

白い体操着の背中めがけて警棒が振り下ろされるが、

 

がきんという鈍い金属音。

 

「やらせるかって!」

 

一瞬遅れてその場に到達した圭一さんの腕が、警棒を受けとめていた。どうやら、包帯の下には鉄棒かなにかを仕込んであるらしい。

 

「くっ!」

 

別の山狗が動きの止まった圭一さんにタックルしようと動くものの、即座にその間に入ったレナちゃんが鉈を大きく振るってきて、近づけなかった。

 

もう一人はわたしの指示で拳銃を手にしたものの、乱戦の中に撃つわけにもいかず慌てているだけ。

 

私自身、それなりに射撃訓練はこなしているものの敵味方が入り乱れる格闘戦の中に撃つ訳にもいかず、かといって加勢する意味もなく、結局は観戦するだけの役立たず。

 

「らぁっ!」

 

圭一さんが叫びとともに残った拳を振りかぶり、

 

「ぎっ!?」

 

彼を警棒に乗せた体重で押しつぶそうとしていた山狗の、警棒を握る指に叩きつけた。

 

その手痛い一撃に、たまらず後退する。

 

「こ、こいつっ!」

 

拳銃を諦めた山狗が、位置を入れ替えるように前に出て、圭一さんの正面から金的を蹴りにいく。

 

普通の格闘技にはない、軍隊式の格闘術だからこその技。

 

が、圭一さんは素早く足を入れて防御していた。

 

「見え見えだぜ!」

 

完全に正対し油断しているならともかくも、面と向かって戦っている相手にそうそう決まるわけもない。

 

目の前にいる子どもたちもまた、ルールのない実戦を想定して訓練を重ねているのだ。

 

「おぉおっ!」

 

気迫とともにガードの上から拳を叩きつけ、相手を一歩さがらせると同時に次の相手に向かう。

 

が、それを追いかけようとしたときには舞うような動きで踏み込んだレナちゃんの鉈が襲い掛かってくる。

 

「ダメダメ、レナが相手だよ!」

 

多勢に無勢。

 

それさえも、想定済み。

 

互いが互いをフォローし、絶妙のタイミングで位置を入れ替わることで押し切らせない。

 

圭一さんが牽制と防御、レナちゃんが威嚇と攻撃。

 

それぞれの役割を的確にこなし、微塵も隙を見せない。

 

生半可な修練ではできないそれを、この二人はまるで一つの生き物であるかのように完璧な呼吸と間合いでこなす。

 

「あっはははは、楽しいね!」

 

「ああ、笑いが止まらねぇ!」

 

互いに笑いながら、レナちゃんの振るう鉈が一際鋭い軌跡を空に描くたび、一人の山狗が地に伏していく。 

 

もう一方から来た残りの山狗が加勢に加わっても、状況はあまり変わらなかった。

 

「くそっ、こいつら……!」

 

人間ひとりを包囲すれば、抑えこむのはたやすい。

 

それは二人でも、そう変わるまい。

 

でもそれが互いの死角を補い合い、絶えず位置を入れ替える二人だったら?

 

片方が、充分に速くて重い武器を手にしていたなら?

 

つまり想定外。

 

山狗の訓練してきたセオリーにはあてはまらない。

 

逆にこの二人は、まさに二人で多人数を相手にすることを考えてこの動きを練ってきたのだ。

 

この差は大きい。

 

もともと相性のいい二人とはいえ……たった一年、訓練を重ねただけでこうまで見事なコンビネーションができるものだろうか。

 

ありえない、と断ずることはたやすい。

 

でも、目の前でそれが現実となっている以上……圭一さんとレナちゃんの間には、ありえないはずのことを可能とするだけのなにかがあるのだ。

 

すこし……羨ましい。

 

「フィニッシュ!」

 

見る間に残りひとりとなった山狗を、前後から二人がかりの攻撃が襲う。

 

「ひ……!」

 

振るわれた鉈をよけようと頭を下げたところへ、圭一さんの拳が顔面に叩きつけられた。

 

「……っ、ぐぅ……」

 

白目を剥いて、力なく倒れていく。

 

レナちゃんが一人でも強いのは知っていた。

 

圭一さんが一人で策を尽くして山狗とわたりあったのも報告は受けていた。

 

でも一人一人ならば、この局面では勝てた勝負。

 

二人とも負傷が激しいし、数で力負けして当然の場面。

 

でも彼らは二人になった途端、まったく別の顔を見せた。

 

「いぇーいっ☆」

 

笑顔でハイタッチする二人だが、すぐに視線を転じる。

 

そこには、バックアップの山狗がやってきていた。

 

あまりにも動きがないので投入されたのだろうが、目前の打ち倒された隊員たちを目にして呆然としている。

 

「ば、馬鹿な……なんだよこりゃあ……」

 

「ガキに、これだけの数が倒されるわけ……」

 

二人は笑いながら、鉈と拳を構えて山狗と相対する。

 

「残念だけど、夢でも嘘でもないよ」

 

「信じられないなら、かかってきな」

 

バックアップの戦力は、たったの三人。

 

さっきの動きを二人がまだ見せられるなら、半分の時間もかけずに叩き伏せられる数だった。

 

二人が一歩踏み込んだだけで、三人は銃を抜いた。

 

でも、撃てない。

 

二人の背後には、すでに隊員たちが倒れている。

 

外せば、彼らに流れ弾が当たる可能性は高い。

 

たぶんそれも……二人の計算済み。

 

「こ、こっちはまがりなりにも軍隊だぞ……もう発砲許可だって出てるんだ……わからねぇのかッ!?」

 

これ見よがしに銃器を振り回しながら、圧倒的に有利な立場にあるはずの山狗が追い詰められたかのように叫ぶ。

 

「てめぇらガキどもに、勝ち目なんかあるかッ! いいかげんに諦めろッ!」

 

……が、圭一さんもレナちゃんもまったく動じない。

 

のんきな顔で互いに顔を見合わせ、

 

「なぁレナ、あきらめるってなんのことだ?」

 

「え~、レナも知らないよ。聞いたことない」

 

そんなことを言い合っている。

 

しまいには声を揃えて、

 

「「日本語でおk」」

 

ここまで来たら、普通は呆れる。

 

「てっ……てめぇら……」

 

閉口し、あるいは天を仰ぐしかない。

 

圭一さんもレナちゃんも……まるで恐れすらどこかに置き忘れてきたかのように、限りなく不敵に笑う。

 

……桁が、違いすぎる。

 

「俺たち馬鹿だからさ。知らねぇんだ、ソレ」

 

「うん。馬鹿だからね。遠回りとか苦手なの」

 

「たとえばさ、いま、目の前に壁があるとするだろ?」

 

まるで友人と話すみたいに、軽やかに笑う。

 

「その壁が絶対に越えられないって言われたら……ね」

 

「ああ。決まってんだろ……そんときゃ、」

 

拳を、鉈を、まっすぐに構える。

 

 

「衝き進むッ!」

 

「斬り拓くッ!」

 

 

……完全に桁違いの、どうしようもない大馬鹿が2匹。

 

 

行く手に待つのは艱難辛苦、惨劇悲劇のてんこ盛り。

 

賭けられたのは自分の命、あるいは大事な誰かの未来。

 

そんなとき、深刻ぶってシリアスに立ち向かうのはきっと正しい物語の、とても正しい主人公たちだろう。

 

涙も怒りも絶望も殺意も……、狂気さえもが正しい。

 

そう……。

 

きっと最初は、わたしたちもそんな物語の一つだった。

 

無力を嘆き、失意の涙に溺れ、悲劇の輪廻に踊り狂う。

 

でも。

 

積み重ねれば積み重ねるほどに、物語は歪み捻れる。

 

取り返しのつかないくらいにねじれまくったこの雛見沢で繰り広げられるこの物語は、きっとその典型。

 

正道には目もくれずに邪道を貫く、最悪なまでに破天荒な登場人物しか、この物語にはもう残っていないのだ。

 

だから……笑いながら、惨劇を殴り飛ばす。

 

悲劇に翻弄されるどころか、悲劇のほうを翻弄する。

 

相手が軍隊だろうが運命だろうが、彼らの答えはひとつ。

 

 

楽しんで、勝つだけ。

 

 

わたしは引き金を引くのも忘れて、運命さえも超越した二人の決闘者が踊る、鋼刃の舞いを見つめるしかなかった。

 

 

 

 

いつかどこかで、聞いた気がする。

 

死の間際にありながら、屈しなかった誰かの声を。

 

 

“鷹野さん、これで俺たちが負けたと思うなよ”

 

 

世界をも超えて突きつけられた、反逆の布告。

 

それはきっと、たった一発の銃弾。

 

彼を撃ち倒したわたしの胸をえぐる、最悪の凶弾だった。




<雑談>

圭一とレナの決め台詞はスクライドの名台詞からです。
皆殺し編の圭一の最後のあの台詞、
祭囃しで圭一記憶継承の伏線と読んだわけですが。
別にそんなことはなかったぜ!(残念
というわけで、二次創作でちょっと引用してみます。

神楽舞完結後、次に読みたい作品は?

  • 神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
  • ひぐらし短編集
  • ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)
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