ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第137話 S○Sならダイジョーブ

帰り着いた園崎家の私室で、ようやく息をついた。

 

「……なんとか、終わりましたね」

 

「うん。……やるだけやったよね」

 

お姉と私は、ぐったりと互いにもたれかかりながら互いの健闘を讃え合う。

 

圭ちゃんの託した切り札、無茶もいいところの頼みごとは途中から参加したお姉の全面的な協力もあって、なんとか形になるところまで漕ぎ着けていた。

 

なるほど、これは『園崎魅音』にしかできない仕事。

 

ほかの仲間に託すわけにはいかない。

 

でも正直を言えば、ダム現場で圭ちゃんと肩を並べて山狗と死闘を演じた、レナやお姉が羨ましかった。

 

もともと私に、こういう地味な作業は向いていないのだ。

 

もっとアグレッシブに、むしろ攻撃一辺倒が私好み。

 

「……やっぱ、そういうことなんだろうな」

 

「うん?」

 

以前から心のどこかで疑ってはいたのだ。

 

でもこの一年、『魅音』を演じてきて確信に辿り着いた。

 

『これ』はお姉の役割だ。

 

つまり、あの日の入れ替わり、私たち姉妹の不幸の原点は画策されたものだったという……わかりやすい真実。

 

時代は移り変わった。

 

ひと昔前までとは、なにもかもが違う。

 

荒っぽい解決を好む直情径行の私なんかが、変わっていく雛見沢のこれからを背負ってはいけなかった。

 

最後の転換点は、きっとあのダム戦争だったに違いない。

 

あれが最後の花道、園崎家が暗躍する最後の事件。

 

ダム計画の中止は園崎の暗闘の歴史をも終わらせたのだ。

 

だからそれは相応しい幕切れで、これからの園崎が担うべきはもっと明るい未来、優しくしたたかな雛見沢の母。

 

「……お姉にぴったりじゃないですか」

 

つまり、最初から婆っちゃやお母さんの意志に次の当主として求められていたのは、優しすぎるお姉のほうなのだ。

 

だから私たちは、押し付けたことを悔いる必要も、奪ったことを気に病む必要もなかったという、救われる事実。

 

「へいへい、だからなんの話さ~?」

 

ヘンな顔をするお姉がおかしくて、ころころと笑う。

 

「お姉にはぜんぜん関係ない話です」

 

そう、関係ないんだ。

 

次期当主の役目を再び背負うと決めて、こうして雛見沢にちゃんと帰ってきた魅音には、何の関係もない話。

 

ただ私が、余計な荷物を下ろすだけ。

 

「なにそれぇ!? どうみても私の話じゃん!」

 

「ん~、強いて言えばですね」

 

ちょっと考えるふりをしてみせる。

 

「美雪ちゃんのママやって、雛見沢で馬鹿みたいに笑ってるのが園崎魅音だってことですかね」

 

「えええ!?」

 

意味がわからないのが半分、恥ずかしげな表情が半分。

 

「……なーんか、詩音の考えてることがわかんないね」

 

釈然としない様子だった。

 

かつては『魅音』も『詩音』も、わたしたち双子にとってどちらも別人ではなかった。

 

でも、去年の綿流しからの離れ離れだった一年で、すくなくとも私にとってはまったく違うものになった。

 

「ふふふ、私もお姉のことはさっぱりわかりませんから、お相子じゃないですか」

 

服の上から、そっと首元に触れる。

 

金属の冷たい感触が肌に伝わって、胸の奥が温かくなる。

 

……私は『詩音』。

 

魅音のふりをしていたけれど、でも『詩音』だった。

 

悟史くんに恋をして、圭ちゃんに恋をして、どっちつかずの自業自得に苦しみながら、それでもたったひとつを選び出した、欲張りでおっちょこちょいの『詩音』。

 

それでいい。

 

そういう自分が好きで、何が悪い。

 

「私、お姉の妹でよかったと思います」

 

「……ん」

 

私の言葉をすこし考えて、お姉はふっと口元を緩めた。

 

「うん。私も、詩音の姉でよかったよ」

 

私が詩音を受け容れるように、お姉は魅音を受け容れる。

 

それが正しくて、ちょっと嬉しくて、すこし寂しい。

 

でも、それは誰もが通る道。

 

自分が何者かになるかを決めるのは、それ以外の可能性の先にいた別の自分と別れるということ。

 

もう、私が魅音を名乗ることはないだろう。

 

そして、お姉が詩音を名乗ることもない。

 

だって二人は別人だから。

 

いろいろあって別々に過ごして、別の人を好きになって、これからも違う生き方をしていくのだから。

 

「あ~、邪魔っけなのを返したら、やっと肩が軽くなりました。もう二度とこんなのはゴメンですからね、お姉」

 

「あっははは、ごめんごめん。でも学校を脱走して逃げてくるようなスチャラカさんの妹には、いい薬じゃない?」

 

軽口を叩いて笑い合う。

 

そう、これからどんなことがあっても、また離ればなれになってしまっても、二人の関係はきっと変わらない。

 

双子の、姉と妹。それでいいじゃない。

 

「あれ……?」

 

と、そこで気づいた。

 

「どしたの?」

 

「お姉が帰ってくるとここにいる私って、どうなっちゃうんでしたっけ……?」

 

「えーっと……?」

 

二人でちょっと頭を捻る。

 

「……一年前に聖ルチーアを脱走して、そのまま行方不明ってことでいいんじゃない? ほかに説明できないし」

 

「えぇえ!?」

 

酷い話だ。

 

去年の夏から園崎魅音として雛見沢分校に通い、圭ちゃんに教えてもらいながら、けっこう勉強も真面目に頑張ってたのに、その成績はみんなお姉のものになる。

 

で、詩音は行方不明だったから成績なし!?

 

「じゃあお姉は!? 赤坂さんはどうするんですか、結婚の約束してるんじゃないの!?」

 

「え? ど、どうって別に……どこかで知り合って、文通してたとか……そんなような言い訳を考えればさ……」

 

真っ赤になってなんだか時代錯誤なことを言い出すお姉ににやりと唇を歪めてみせる。

 

「考えが甘いですお姉。雛見沢の情報伝播速度をもうお忘れですか? 村の皆の認識では園崎魅音は古手姉妹やレナを敵に回して圭ちゃん争奪戦に参戦中なんですから!」

 

げっという顔になるお姉。

 

「文通する暇なんてナイナイ、ありえない!」

 

「うえぇえ!? そうなっちゃうわけぇ!?」

 

「せいぜいうまい言い訳を考えるんですね。私は2年生で雛見沢分校に転入して、圭ちゃんやレナと同学年になって思いっきり青春を謳歌しますので♪」

 

丸一年失踪していたのは私なんだから、出席日数が足りないと言って2年生からやりなおすのは……アリだろう。

 

うん。きっとアリだ。

 

「うわ、汚い! さすが詩音、汚い!」

 

「お姉は中学卒業したらさっそく主婦と頭首業を兼任ですかぁ~? 育児とかいろいろ、頑張ってください♪ あ、圭ちゃんやレナと修学旅行いって、お土産買ってきてあげますから、楽しみにしててくださいね☆」

 

「一緒に行こうよ! おじさん寂しいと死んじゃうよ!」

 

「あっはははは、だぁあめぇえ☆ですっ!」

 

ひとしきり、お姉をいじったりからかったりで過ごす。

 

一年ぶり、いや、私の潜伏時代にはあんまりゆっくり話せなかったからもう二年ぶりになるのか、姉妹の時間を楽しむことができた。

 

……でも、さすがにそれも長くは続かない。

 

なにしろいまの状況が状況だ。

 

「……連絡、遅いね」

 

「うん……。なにかあったのかもしれない」

 

定時連絡というわけではないけど、前原屋敷の面々には学校から帰ったから連絡するように言ってあった。

 

この局面だから山狗も当然電話は監視してるだろうけど、彼らがどう動くかわからない以上安否確認は必要だ。

 

「昼の話によれば、結構なりふり構わない手で圭ちゃんを捕まえようとしてるみたいだけど……」

 

例の用件でずっと走り回っていたから、その件を葛西から聞かされたのはついさっきのことだ。

 

もっとも、梨花ちゃんたち本人からの話がまだだから内容はひどく断片的で、あまり有用な判断材料にはならない。

 

「確かに、ダム現場の一件でやつらも余裕はなくしてる。でも、まだ強硬手段に出るのは早い……はずなんだけど」

 

お姉と赤坂さんからの公安情報と、梨花ちゃんの出所不明の情報を突きあわせた結果からの推定になるが、入江機関の本当の目的は羽入の拉致と殺害らしい。

 

なんでも女王感染者である羽入が死ぬと、村人全員が急性発症を起こして……よくわからないがエライコトになる、という話だ。

 

そんなエライコトを引き起こしたい理由は不明。

 

というよりも、雛見沢症候群を研究したい入江機関の当初の目的から考えると本末転倒というほかない。

 

それとも、研究はじゅうぶん出来たから最後にそんな事態を引き起こして観察するのが目的とか……?

 

「それはないと思うね。雛見沢がいくら過疎の寒村でも、小集落まで合わせれば2千人近くの人が住んでる。そんな事件、いくら国の組織でももみ消せるわけがないよ」

 

お姉の意見はもっともだけど『あるわけがない』『できるわけない』をあっさりひっくり返しちゃう人が身近にいる私としては、いまひとつ安心できない。

 

まぁそのエライコトを引き起こしたい理由はともかくとしても、情報はどちらもその最後の詰め……『実行』されるのが綿流し後であることを示していた。

 

「予定は未定っていうからね。これだけ事態が派手なことなってる以上、前倒しはありうる前提で考えてたけど」

 

それにしても、だ。

 

計画が大きければ大きいほど、その変更には膨大な手間が必要だと予想されるし、どんなに早くても数日はかかる、お姉の読みからすればそうなっていた。

 

でも……なんだろう、どこか腑におちない。

 

相手は、その『予定変更』さえも乗り切れるだけの材料をすでに用意しているのではないかという危惧がある。

 

「……となると、一番ありそうなのはシナリオに最初から『イレギュラー』を組み込んでいるってセンかな?」

 

あくまでも最悪を想定する私の意見に、お姉が腕を組んで頭の中で仮説を組み立てていく。

 

直観ならレナや圭ちゃんの得意分野だが、理屈を足元から組み立てていくという点ではお姉に一日の長がある。

 

「イレギュラーをシナリオに組み込むって、言葉の意味がそもそもおかしくないですか?」

 

「あ、違う違う。つまりね、自分たちがコントロールできない、できなくても仕方ないって理由をつけられる要素を計画に組み込むわけ。実際はコントロールするんだけど」

 

ややこしくてなんだかわからない。

 

「駄目なときの言い訳を準備してるってことですか?」

 

「そうそう。例えは悪いけど、遅刻しそうなときにバス会社に『バスに爆弾を仕掛けた』って電話するようなもん」

 

「むちゃくちゃ言いますね……」

 

私が言うのもなんだけど、その発想は自己中過ぎる。

 

「当然、バス会社がそれを本気にとれば大騒ぎになるし、バスに遅れがでることもあるよね。で、自分は悠々と遅刻して『すいません、バスが遅れたもので……』って言い訳するんだよ。これが状況をコントロールするってこと」

 

「例えは人間の屑レベルっていうかサイテーですけど理解できました」

 

つまりその例えでいけば『到着時刻』という予定が狂うことがわかっていても、『交通手段の遅延』を自ら引き起こすことで『遅刻の非を逃れる』ことができる、と。

 

「そのイレギュラーになりうる要素がやつらの計画にあるとすれば、計画の前倒しが見込みより早くなっても不思議にはあたらない、ということですね」

 

「うん……その要素がなにか、ってことになるけど」

 

まず、お姉の帰還や赤坂さんの助力は?

 

……いや、これは本当に計画外、イレギュラー要素。

 

わかっていて招き寄せたなら、それなりの手は打ってくるだろうけど、相手にそこまでの周到さは感じない。

 

次に考えられるのは、私たち部活メンバー……か。

 

確かに、入江機関も私たちの抵抗をある程度予測していたフシはある。というよりそれは、鷹野さんの予測か。

 

ダム現場での失態を見ればここまでの苛烈な抵抗になるとまで思っていなかったようだし、警察や消防の介入はその言い訳になりうる……かな?

 

いやいや、駄目だ。

 

ちょっと考えればわかるけど、仮にも自衛隊の工作部隊が秘密裏に進めている作戦で『地元の小中学生に計画を見抜かれてキリキリ舞いさせられてます』なんて、上司に報告したらそれだけで鷹野さんの首が飛びかねない。

 

ほんと駄目すぎる……鷹野さんの胃は大丈夫だろうか。

 

今度会ったら胃薬を差し入れようか。

 

ならそれ以外でイレギュラーな、それでいて実はコントロール可能な要素っていったいなんだろう……?

 

「あっ」

 

私とお姉が声をあげるのは同時だった。

 

イレギュラーといえば、あの人だ。

 

前原圭一。

 

彼の突然の失踪と発症が、仕組まれたものだったら?

 

「圭ちゃんが発症して、村の中を徘徊していれば……計画が狂っても仕方ない。そりゃ護衛の責任は問われるだろうけど、機関のトップは監督で、捨て石にするのが前提」

 

「女王感染者と同居してる発症者が狡猾に動き回って女王感染者をうまく騙して連れ出し、殺してしまった……って言い訳できるなら、計画の要所を変更できる!」

 

「梨花ちゃんが言ってた発症薬を投与すれば、圭ちゃんを急性発症させて失踪させることくらい山狗には簡単です」

 

「あらゆる責任を圭ちゃんと監督に押し付けて、女王感染者の殺害は自分たちでこっそり実行すればいい!」

 

そうだ、間違いない。

 

しかも私たちの中心的な立場にある圭ちゃんを失踪させることで、多少の抵抗が予想される私たちを少なからず動揺させることができると踏んだなら、一石二鳥にも三鳥にもなりうる策だ。

 

「……でも、ちょっと違和感がありますね」

 

「うん? そう?」

 

「なんていうか、鷹野さんらしくないんです。あの人ってもっとこう、素直っていうか直線的な手筋が多いから」

 

「そっか、部活メンバーやってたんだっけ。私の印象からすると、そういう陰険なことやってきそうなんだけどな」

 

お姉は去年までの不気味なオカルト看護婦の印象をもとにしているから、そういう結論がでても仕方ない。

 

でも付き合えば付き合うほどわかる。

 

彼女はとてもフェアな、ある意味子供みたいに純真無垢な性格をしているのだ。

 

世の中そう単純じゃないのに、『まっとうに積み重ねれば相応の報いがあるはず』だと信じている。

 

今回沙都子を救うために向こう側についたのだって、そういう『まっとうな努力』の一環なのだ。

 

そういうところは親しい人間にとってはとても可愛く思えるし、部活の場ではたびたびルールの枠外からの『騙し』にころっと引っかかってくれるいいカモにもなる。

 

でも本来優秀な頭脳の持ち主だから、ルールに則った戦いである限り多少の運不運に左右されない、圧倒的な強さを見せ付けることもある。

 

それが鷹野さんの、強さであり弱さだ。

 

今回の事態が彼女の決めたルールの中で進んでいる限りは私たちに勝ち目などない。だから裏技で攻める圭ちゃんの策はとんでもなく効果的な一手になりうる。

 

けど、圭ちゃんを発症させることで自分たちの負けの目を回避しようなんて思惑が見え透いた、こんな無様な搦め手は鷹野さんの思考の枠にないはずだ。

 

言い訳を準備するのは、最初からまっとうな勝利を放棄して負けたときに備えるということ。

 

彼女に限らず、

 

「負けたときのためにチャチな言い訳を用意するなんて、部活メンバーが考えるわけないです!」

 

相手を騙すのはいい。

 

それも駆け引きの一環だし、勝つための努力のひとつ。

 

そんなことを責める弱虫は部活メンバーにいない。

 

でも、自分を騙すのは駄目だ。

 

その点で、私は敵であっても鷹野さんを信じる。

 

彼女が立てた作戦なら、こんな小狡い逃げ道は『無い』。

 

鷹野さんが敗れるとすれば、それは予測外のことが起きて破滅するだけの、どうしようもない散り様になるはず。

 

「枝葉末節はともかく、圭ちゃんを発症させた作戦の根幹は鷹野さん以外の誰かが書いたシナリオです」

 

そう言い切ると、ぽかんとして私を見ていたお姉はふっと笑みを浮かべた。

 

「詩音、鷹野さんのこと好きなんだね」

 

「大好きに決まってます!」

 

断言する。

 

今回の件でたとえ最後まで彼女が敵としての立場を貫いたとしても……それをもって鷹野さんを断罪したり、嫌いになったりする私たちではない。

 

負けたときは罰ゲームを受けてもらって、それでご破算。

 

みんなで笑って、また一緒に遊ぼうって思える。

 

それが『園崎魅音』の部活じゃないか。

 

「……うん。やっぱりゲームはそうでなくっちゃね。初代部長として、詩音に部長代理を任せたのは正解だったよ」

 

柔らかく、静かに笑うお姉。

 

その表情の裏には後悔があった。

 

この一年、一緒にいられなかったことを悔やんでいる。

 

負けることを承知で無謀な賭けに出てしまった、一年前の自分を心から悔いている、そんな気持ちが顔に出ていた。

 

「当然です。代理であってもその間は『園崎魅音』だったわけですから、そこだけは譲れません」

 

大丈夫、まだ遅くないよ。

 

だって『園崎魅音』は確かにあの場にいたんだから。

 

どこまでも前向きな部活のルールは、みんなが笑ってるのを見るのが大好きな、お姉そのものだったんだから。

 

……でも、それを口に出すのはやめておく。

 

いまさら恥ずかしいし、いずれお姉にもわかることだ。

 

離れていても『魅音』は大切な、部活の一員だったって。

 

だってわたしたちの大好きな部活は、

 

 

 沙都子と

 

 大盛り上がりするための

 

 園崎魅音の部活

 

 

なんだからっ!

 

あ、あれ?

 

なんか、どっかで聞いたような聞かないような……?

 

「……でもそうなると、ルールを歪めて好き放題やってくれちゃったのは、鷹野さんの上にいる誰かってことだね」

 

「ええ。部活を舐めたらどういうことになるか、たっぷり味あわせてあげないといけませんね……」

 

容赦はしない。

 

するはずがない。

 

ゲームは対等の立場でやり合ってこそ華。

 

その前提をあっさりと踏みにじるなら、そいつはもう勝者でもなければ敗者でもない。

 

ただ大人ぶって余裕ぶってゲームにちょっかいかけてきた身の程知らずの部外者に、心底思い知らせてやるだけだ。

 

ゲームの怖さと、奥深さを。

 

そいつの知らない、驚天動地の結末を叩きつけてやる。

 

観劇の代償は、たかが自らの破滅だけ。

 

鬼を怒らせておいて、ただで済むと思うなよ……?

 

「しおーん。戻っておいでー」

 

「えっ?」

 

お姉の声で意識が浮上する。

 

「よくないよ、余計なものを勝手に背負うのは。そんなのに頼らなくても、私たちは勝つんだからね」

 

……お姉の言いたいことは、すぐに理解できた。

 

血の気の多い私は、とかく明白な敵を見つけると直情径行に陥る悪癖がある。

 

「雛見沢に手を出したことを後悔するのは、あちらさんに任せておけばいいの。そんなのは、『結果』だよ」

 

人を喰う鬼など、もういらない。

 

誰かが手を汚して、犠牲を払う必要などない。

 

だからソレはしまっておけと言いたいのだろう。

 

「私たちの仕事は、このゲームに勝つことだけ。完膚なきまでに完全な形で、最高の勝利をかっさらう」

 

「……ですね。ま、その結果ちょっかいかけてきたバカが失脚しようが責任をとらされようが、知ったこっちゃないですけどねー」

 

「くっくっく。そりゃトーゼン!」

 

情報が確かなら、これは千人単位の人間の命を奪う陰謀劇になる。へたをすれば国のトップレベルの責任問題に発展しかねない規模だということ。

 

それを画策し、主導し、奇策を弄した人間が……全てが成功裏に終わったならまだしも、シナリオを全て叩き潰されたときに自らは安全なままでいられるか?

 

答えはもちろんノーだ。

 

私たちが手を下すまでも無く、そいつは勝手に破滅する。

 

じゃあそいつを思いやって手を抜くか?

 

それもノー。

 

正面から戦って敗れた敗者ならともかく、自分勝手に首を突っ込んで引っ掻き回してくれた上から目線の部外者など罰ゲームを課す価値すらない。

 

私たちの相手は、鷹野さんと山狗だ、知ったことか。

 

そいつをどうにかするのはどこかの知らない大人の仕事。

 

その点において、私もお姉も同じ結論だった。

 

村ごと殺されかけておいて、ヒューマニズム全開でそいつに手を差し伸べてやるほど私たちはお人よしじゃない。

 

「とにかく、羽入が心配です。こっちから電話を……」

 

そう言って私が室内に引き込んであった電話機の受話器を取り上げようとした瞬間、電話が鳴り始めた。

 

「ん、来たかな?」

 

苦笑するお姉に頷きながら受話器を取り、

 

「園崎です」

 

短く告げると、スピーカーの向こうからは荒い呼吸音。

 

『し……、魅音? い、いま、商店街にいる……!』

 

切迫した、切れ切れの声。

 

「悟史くんっ?」

 

瞬時に理解する、これは当たり前の連絡ではない。

 

緊急事態だ。

 

お姉も私の顔からそれを読み取って、表情を厳しくする。

 

こういうときは、姉妹というのは便利なものだと思う。

 

いろいろ聞き出して時間を浪費するより、ここはスピード重視で駆けつけるのが得策か。

 

「商店街ですね。5分、いえ、3分でいきます!」

 

『う、うん……頼むよ……!』

 

その言葉を最後まで聞かず受話器を置いて立ち上がる。

 

「車、15秒で玄関に回して!」

 

すでに立ち上がっていたお姉が縁側に駆け出しながら庭の若い衆に指示を飛ばす。

 

山狗に細工をされないため、車は常に門の中で待機し運転手と見張りをつけさせていた。

 

当然門の周辺にも何人かの兵隊を置いて、妨害やトラップを警戒させている。

 

こういう丁寧な手回しの良さは、さすがお姉だと唸らざるを得ない。

 

「急ぐよ!」

 

私とお姉は縁側に用意していた靴を履くと、門に移動しながらドアを開けた車の後部座席へと一気に駆け込んだ。

 

頑丈なブーツや防弾チョッキを用意させてもよかったが、お姉の戦い方は投げや関節技重視だし、防御を固めてみても、こちらの武器であるスピードを殺しては意味が無い。

 

結局は動きやすい普段着を選んでいた。

 

「商店街のタバコ屋にお願い!」

 

「了解です。飛ばしますので、お気をつけを」

 

ハンドルを握る葛西は、私たちにシートベルトをしろとは言わなかった。

 

私たち姉妹はとっさのときに対衝撃姿勢をとる訓練は受けているし、車から脱出しなければいけない事態や車上からの銃撃戦になる可能性も考えれば邪魔になる。

 

昼の一件では監督の車が銃撃を受けて林の中に突っ込んでいるのが見つかったから、警戒はしておいたほうがいい。

 

「お姉、そっちの銃の動作確認をお願いします」

 

「オッケ。……アレの使用も視野に入れないとね」

 

舗装されていない雛見沢の道路を、黒塗りの高級車が砂利を蹴立てて駆け抜ける。

 

路面が粗いから道を曲がるたびに車の後部が横に流れて、乗っている私たちも大きく斜めに傾ぐ。

 

でもそんな中で、私たちは銃器やスタンガンのチェックを進めていた。

 

小さな頃は葛西のこういう運転を、ジェットコースターみたいだと面白がってはしゃいだものだけれど、いまはその余裕もないし慣れてもいる。

 

この分なら、電話での約束どおり3分でいけるはずだ。

 

盗聴の可能性を承知の上で悟史くんが自分たちの居場所を伝えてきた以上、それだけ進行中の事態が切迫しているということになる。

 

おそらくは、すでに山狗が所在を掴んでいるか……悪くすればこの時点で交戦中ということもありえる。

 

「でも、商店街なんて場所で仕掛けてきますかね?」

 

「店の閉まる時間になっちゃったからね。たしかに銃声はまずいだろうけど、家からのこのこ出てきた村人まで始末するつもりなら有り得る!」

 

お姉の推測は、私の想定した中でもほぼ最悪に近い可能性だった。

 

銃ほどではないが、テイザーだって射出音は多少ある。

 

格闘戦なら場合によっては静かにやれるかもしれないが、一方的な奇襲ならともかく悟史くんたちがそれに合わせてくれるわけもない。大声を上げればそれで発覚。

 

戦闘があれば、なにかしら周囲の家人の注意は引く。

 

それにいくら店が閉まっているといっても、普段の雛見沢では一番人通りの多い道だ、通行人や興宮からの帰宅者の車がふらっと通りかかっても不思議ではない。

 

それでも山狗は押し切ろうとしている。

 

悟史くんたちと、目撃した者全員を行方不明にするほうを選んだということだ。

 

「ったく、好き勝手やってくれちゃって……!」

 

「ええ。ちょっとキレそうなんで、お姉がメインの指示をお願いしますね」

 

「そうするよ。……ま、私もキレかねないけどさ」

 

そりゃそうだ。

 

興宮育ちでここ一年の思い入れしかない私より、雛見沢で暮らして仕切ってきたお姉のほうが、怒りは強いだろう。

 

村人を際限なく巻き込む一手。

 

これはおそらく鷹野さんのルールに反している。

 

隠密行動を主体とする山狗がそこまで強引に動けるのは、その規範を超える指示が出ているからだと解釈できる。

 

黒幕はやはり、私たちのルールを踏み越えてきたのだ。

 

「詩音じゃないけど、仁義ってヤツを叩きこんでやりたい気分だよ。こうも舐められちゃ、商売あがったりだし」

 

おー。さすが極道の跡取り娘は、貫禄が違うわ。

 

因果な家に生まれたことを日々嘆いている、しとやか乙女詩音さんでは、到底辿り着けない境地ですとも。

 

「……その顔やめて。気持ち悪い」

 

そう考えていたら、ずばっとお姉に切り捨てられた。

 

おんなじ顔してるくせに、気持ち悪いとは失礼な……。

 

「おふざけはここまでです、お姉。次の角ですよ」

 

「ちょ、悪いの私!? 相変わらず安心の黒さだよ!」

 

お姉の非難とともに車はブレーキングしながら商店街へと斜めに突っ込んだ。

 

すぐに見えたのは、公衆電話のあるタバコ屋のすぐ手前、道の脇の郵便ポストを盾にするように固まって隠れる悟史くんたちだった。

 

「あ、詩音、魅音!」

 

……?

 

それは前原屋敷への帰宅メンバーではなかった。

 

赤坂さんと美雪ちゃんがいるのも奇妙といえば奇妙だし、梨花ちゃんは意識がないのかぐったりとポストにもたれたまま身動きひとつしていない。

 

そして、……沙都子と羽入の姿は、どこにもない!

 

まさか、あの二人が山狗に捕まった?

 

作戦の中心と鷹野さんの執着を考えると、もっとも重要なその二人がこの場にいないのはそれだけで私たちにとって不吉な状況であることは言うまでもない。

 

葛西は車の速度を落としてポストの横につけた。

 

「悟史……、衛さん、どうしたの!?」

 

小銃を手に周囲の物陰を警戒しながら魅音が車を降りる。

 

極道御用達のオプション満載、拳銃弾くらいなら問題なく弾いてくれるこの車は安全地帯だけど、降りなければどうにもならない。

 

「……く。済まない、しくじった」

 

大きな身体を縮めてポストの遮蔽から周囲を警戒している様子だった赤坂さんが、肩を押さえて苦渋と苦痛をブレンドした表情を浮かべて魅音を見る。

 

どうやら彼も少なからず負傷しているようだ。

 

「前原屋敷の前で襲われたんだ。赤坂さんが来てくれて、なんとか逃げられたけど裏山に逃げ込もうとしたら沙都子のトラップが組み替えられてて……」

 

なんてことだ。

 

警察の警戒態勢もあるのだから前原屋敷の中にさえ入れば大丈夫だと考えていたが、そのわずかな隙を突いて玄関前で襲撃されるとは……こういう正攻法は鷹野さんらしい。

 

そして、痛恨のミス。

 

私は入江機関の存在を知った時点で鷹野さんを警戒対象に入れており、沙都子の裏山は有事の防衛拠点にならないと早いうちに判断を固めていた。

 

だからなにも知らない沙都子を巻き込む形で圭ちゃんたちの訓練場所だったダム現場の防備を固めたのだ。

 

でも、その懸念を悟史くんや沙都子に昨夜の時点で伝えるのを怠った。ほかにも伝えなければいけない情報が山ほどあったといっても、言い訳にはならないだろう。

 

「沙都子が囮になってくれてなんとか包囲から逃れたんだけど……分校で待ち伏せされたんだ。赤坂さんが小此木に殺されそうになったのを、今度は羽入ちゃんが……」

 

「……逃げる時間を稼いでくれたってわけだね」

 

最悪だ。

 

沙都子の囮はまだわかる。

 

いくらトラップを逆手にとられたといっても、あの裏山で沙都子を捕まえるのは並大抵のことではない。

 

あの子が人質になる確率はせいぜい半々か……いや、もうすこし沙都子に有利かもしれない。

 

そして本来ならこちらの最強のジョーカーとして活躍してもらうはずだった赤坂さんが負傷し、連中にとって確保すべき最大目標である羽入が敵の手に落ちた。

 

確かに、待ち伏せをされた時点で状況は相当に不利。

 

もっと悪い目が出れば、羽入は捕まった上に赤坂さん以下この場にいる全員が射殺されていたことも考えられる。

 

それを覆すために羽入は最小にして最大の代償を払った。

 

羽入が捕まった時点で、山狗の勝利条件はほぼ確定。

 

あとは情報隠蔽のために私たちを始末できれば御の字。

 

そういう窮地に陥った現状さえ、その場での最善をとった結果だと言われれば、それこそぐうの音も出ない。

 

でも、やっぱり……最悪だ。

 

ゲーム続行がかろうじて可能なだけで、この大勝負の局面は大きく山狗側に傾いてしまった。

 

致死ではないが、致命的な一撃。

 

「……ふん。向こうさんも甘いね」

 

でもお姉は、『園崎魅音』は不敵に笑う。

 

いくつものミスや不運、相手の会心の詰めが重なって迎えたこの苦しい局面にあってなお、園崎の次期頭首は余裕の笑みを浮かべるのだ。

 

「私が向こうの指揮をとってれば、とっくにゲームエンドだったよ。甘い甘い……くっくっく!」

 

どこから沸いてくるのかわからない、その底なしの自信。

 

……なんだ。

 

優しいから、普段はその顔を見せないだけで。

 

こいつもしっかり、園崎の鬼を棲ませているじゃないか。

 

私の中のそれと同じくらい、タチの悪いのを……!

 

「ここでオリるなんて野暮はないね。こっちの流儀でキッチリ落とし前つけてやろうじゃない……!」




※感想欄にあったように「圭魅」のタグが本編とそぐわないという指摘がありました。その通りです。削除しました。
タグの圭魅を入れてしまったのは、別に検索妨害をやるつもりでやったわけではなく、「ハーレム」タグを入れているので入れたほうがいいかなという、甘い考えでなんとなくで入れてしまいました。圭魅を待ち遠しく読んでくださったみなさん、本当にすみませんでした。

<雑談>(長いので飛ばしても構いません。)

個人の話ではありますが、知っての通り自分の新作のssを現在書いています。お詫びと言ってはなんですが、「圭魅」がしっかり入る作品にはなっていますので、興味のある方はそちらも読んでいただければ嬉しいです。(梨圭もあるよ、と今予告しときます(笑)まあもともと、梨圭を書くのが一番得意なんですがね。)昔はストックはちょっと作ってから投稿みたいなことをやってましたが、新作からはちゃんと全体を作ってから調整し、完成度を上げて投稿したいと思いです。前も話した通り、密度が濃いのでそういう作り方じゃないと途中で破綻が起きてしまいそうで...そのため、ちょっと時間かかってます。内容はある意味、本編全体を観なければいけないし、元祖に回帰するそういう雰囲気で作ってます。(※新鮮味も忘れずに入れてます)

もうとっくに遅い話題かもしれませんが、新作アニメの方来ましたね。久しぶりに作ってから思うのは、「正直、やることなくね?」ってところです。いや、ほんとに。ssでも自分の中でネタ切れしている部分があるし、読者の中では業卒でやりきれない思いの人もいることでしょう。自分もその一人です。それに加えて、竜ちゃん本人がずっと他作品やら、多分この新作のひぐらしを作ったりやらで、もうすでに約七年も放置されてる作品もありましたね(笑)(生放送中に「あれ?キコニアは?」と声を上げてしまうくらいには作者は待ってます)

そんなわけで期待と不安が同時に抱きながら、日々執筆してます。

……とはいえ、あまり期待値を上げすぎないでくださいね(笑)。
自分なりに「面白いものを作ろう」と頑張っている作品なので、気長に待っていただければ嬉しいです!

神楽舞完結後、次に読みたい作品は?

  • 神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
  • ひぐらし短編集
  • ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)
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