「こうして悟史たちは人が通る可能性のある商店街に追い詰められ、ここから移動できなくなった。人目のない場所に出れば、逃げ切れない可能性があるから」
教え子に講釈する教師みたいな気分でそう説明する。
「う、うん」
「対して山狗は、ここに追い詰めながらも襲ってこない。それどころか、悟史が私たちに電話で助けを呼ぶことを許してしまった……ここから、どういうことがわかる?」
「え? えぇと……」
悟史はすこし考えて、
「僕たちの戦力はもうほとんどないけど、それでも抵抗はするはず。そうすると、村人に露見する可能性がある」
「なら悟史たちは、どうしてここで、村人に大声で助けを求めなかったの? 私たちに電話するよりずっと早い」
言われて、すこし言葉に詰まる。
でも、私は悟史を責めているわけじゃない。
「……村の人たちを不必要に巻き込みたくないから。巻き込めば、山狗は村人を容赦なく撃つかもしれない」
躊躇いながら答えるが、まさにそれが正解だ。
「そうだね。だからここに膠着状態が生まれた。……でもあの三下、小此木だっけ。あいつがそこまで甘いかな?」
「それは……、っ……」
そう、そんなはずはないのだ。
確かにあいつは軍人にしては遊びが過ぎる。
昨夜のダム現場でも私やレナを相手に、ギリギリの戦いを楽しんでいるような印象を受けていた。
しかし、手を下すべきときにはちゃんと下す。
羽入も沙都子もいないいまの状況で、悟史たちは問答無用で殺してもいい人間なんだから。
「つまり、小此木は追撃者たちの中にはいない。あいつの指揮があれば、こんな膠着状態はいつでも下せるはず」
「……なるほど。お姉の言いたいことがわかりました」
詩音もそれで合点がいったらしい。
要するに、小此木は急いで別の部隊を呼びにいっている。
手に入れた羽入を診療所に運ぶ必要もあるだろうが、監視だけ残してこの場所を包囲し、完璧な詰めにかかる準備を始めているのだ。
負傷した衛さんの戦力を舐めることなく、逃走経路を潰すため雛見沢の各所に配していた部隊を包囲に回している。
それはもはや絶望的に見えるけど、違う。
「ポイントは山狗って連中がろくに実戦経験もない、指示待ち人間ばかりだってことですね」
「そーゆーこと。残ってる中でまともに指揮ができるのは小此木以外でせいぜい2~3人なんだろうさ。そうでなけりゃ、無線で一声かければ勝手に状況を理解してこの場所にすっ飛んでくるはずだよ」
圭ちゃんとレナの行方はいまだ知れず、沙都子も単独で姿を消したとはいえ、この場で悟史たちを確保できればもう部活メンバーの戦力はいっきに半減してしまう。
勝負が決まる寸前で、全体の指揮官自らが指示に追われているのは明らかな練度不足の露呈だといっていい。
命令以外のことをする兵隊も厄介極まりないが、戦場では現場の判断で対応すべき状況だってある。
ここが詰めだと感じたなら命令を待つよりも、勢いのままに押し切るのが正解なことだってあるのだ。
山狗には、それを嗅ぎ分けるセンスがない。
なら、私と詩音の結論はもう決まってる。
「強行突破!ですね」
「そのとおりっ!」
そうと決まれば話は早い。
悟史たちに車の後部座席に乗り込んでもらい、私と詩音も準備していたライフルを手に左右の窓際へと陣取る。
山狗たちの姿はまだ見えないが、さすがにこの場所を離れようとすれば阻止してくるだろう。
その判断の遅さが、今度は連中にこそ致命的!
「出して!」
「はい」
葛西さんの冷静な声とともにエンジンが重低音を轟かせ、猛烈な勢いで商店街をバックで飛び出す。
そして後ろ向きのまま、目にも留まらぬ速さでターンするしてもとの道にまっすぐ向いた状態でぴたりと静止、瞬時に再ダッシュ!
狭い村道を、制限速度の倍の速度で走り出す。
「お見事です。良い腕をお持ちですね」
「……これはどうも」
現職の刑事が堂々たる逆走やスピード違反を褒めるのもどうかと思うけど、衛さんだってここでそんなことを言い出すほど空気が読めないわけでもない。
「はん、……来たね」
後方から、ウィンドウ越しにヘッドライトが迫る。
慌てて追ってきた監視の山狗だろう。
そして前方。別の一台が支線から、こっちの市道を塞ごうと飛び出してくるのが見えた。
どうみても脇を抜けるのには間に合いそうに無い。
ここで止まれば、挟撃を受けるのは明らか。
「ど、どうするの、魅音……!?」
悟史の声に、ちょっと肩をすくめて応える。
「だから言ってんでしょ。強行突破だってね」
「え、ってまさか……!?」
私と詩音は、揃って葛西さんに親指を立てた。
笑いながらくるりとその指を真下へ向けてみせる。
「「ブチ破れ!」」
期せずして唱和する。
「お任せを」
わずかな笑いを含んだ声とともに、葛西さんは加速した。
減速するどころか、情け無用の急加速だ。
「ややややっぱりぃいいッ!?」
悟史が泣きそうな顔をして頭を抱える。
「くっくっく! 吶喊! 吶喊! 吶喊! 吶喊ッ!」
ワゴンの乗員達の慌てる顔が見えなかったのが残念なくらいの勢いで、私たちの乗る車はまっすぐにワゴンの横腹に思い切り激突する。
衝突音、いやこれは破壊音というのが正しい。
「……ッッ!」
もちろんこっちにも相応の衝撃があった。
同乗してる怪我人の皆さんには、ちょっとばかりつらいかもしれないというくらいの、激震。
「たたた……」
「……く、ぅ」
でも予想していたからこそ、各自それなりに衝撃に耐える姿勢をとっており、そこまで深刻な被害はない。
衛さんに抱えられた梨花ちゃんと美雪ちゃんはダメージがなかったようだし、悟史も頭と足がひっくり返ってるだけで済んだらしい。
折れてる腕が痛むのか、さめざめと泣いてはいるが。
「……もうやだこの姉妹……」
そして被害甚大なのは、もちろんワゴンのほうだった。
ワンボックスカーというのは、要するにただの箱。
普通の車の場合は車体の前後にエンジンルームやトランクルームがあって、衝突時にはそれがある程度クッションになってくれることも少なくない。
でもワンボックスは構造的にはただの箱、しかも横からぶつけられたのでは、ひとたまりもなかった。
加えてこちらは要人警護用の高級車。
防弾装備や肉厚のボディや強固なフレームと、頑丈なのが取り柄のクルマだ。
薄い壁ならブチ抜いてもまだ走り続けられるくらいの強度をもったこの車とワゴンでは、お話にならない。
実際、こっちも前部が多少歪んでるらしいけど、走るのにまったく問題はなさそうだった。
「舌を噛まないように願います」
葛西さんはいまごろそんなことを言いながら、平静な表情を崩さぬままギアをバックに入れる。
……ってちょっと!?
タイヤが甲高い悲鳴をあげ、砂利を蹴立ててまたも逆走。
それも惚れ惚れするような大逆走だ。
「わわわ!」
リアウィンドウいっぱいに迫る後方のワゴンを見て、悟史が悲鳴をあげるが、いきなりの逆Gではこっちもさすがに悲鳴が出そうだ。
その暇もなく、またも激震が車内を襲う。
「うっひょう!」
我が娘が、悲鳴だか歓声だかよくわからない声をあげる。
この子ってば、なにか特殊な感性の持ち主っ!?
「……うわ、これは悲惨な」
詩音の声で振り向くと、リアウィンドウの向こうのひどい光景が目に飛び込んでくる。
回避する余裕も与えられなかった山狗ワゴンは、いきなりバックしてきたこっちの車の後部に突っ込んで見事なまでに運転席と助手席が粉砕されていた。
……かろうじて死んではいなさそうだが、運転席の山狗が血まみれでハンドルに突っ伏して、ワゴンのクラクションが鳴りっぱなしになっている。
葛西さん、ちょっとやりすぎ……。
「……後ろはこんなものですか」
と、バックミラーを見て戦果を確認したらしい葛西さんがそう言いながら、またも神速のシフトチェンジ。
「ってまたなの!?」
今度はさすがに悟史だけじゃなく、私と詩音まで心からの悲鳴をあげた。
「またです」
場違いなほどに冷静な答えが返ってくるからたまらない。
「どっひゃーッ!?」
ゼロヨンでも始めるのかという勢いで猛加速した車が前方の山狗ワゴン、よろよろと乗員が降りようとしているその横っ腹めがけてもう一度ロケットのように突っ込んでいく。
……な、なんぞこれ……!?
と目を剥くのも刹那のことで、またもどかんと一発。
とびきりの轟音とともに、またまたキツい衝撃が来る。
「ひぎぃっ!?」
悟史がマジ泣きです。もうやめてあげてください。
もう、こっちの車の中もさすがにもみくちゃになった。
でも道を塞いだほうのワゴンはさらに悲惨なありさまで、もとが自動車だったのかクズ鉄だったのかよくわからないくらいにひしゃげたなんだかわからない塊になって、脇の田んぼに横倒しに転げ落ちていった。
「ど、怒涛の押し出しですね……」
詩音がひきつった笑みで感想を述べる。
あまりのことにワゴンを降りて脱出した山狗たちがへたりこみ、泣きそうな顔をしているのが窓越しに見えた。
……うん、なんかごめん。マジごめん。
「上首尾です」
満足げにサングラスの下で目元を緩ませる葛西さん。
意外にこーゆー派手めなことが好きなのだ、この人は。
「すごいすごい! がしゃんどーんぐしゃー!」
「まったく、お上手です。良い仕事をする」
どこぞの親子も、あまり堪えていないような反応だった。
おじさん、素敵な家庭の予感に涙が出そうです。
「……商売柄です、お恥ずかしい」
ワゴンの残骸をよけて車をスタートさせながら葛西さん。
……いや、そこは恥じらうとこじゃないでしょ。
「軍隊と極道って、どっちが強いのかな詩音……」
私の不毛な質問に詩音は乱れた髪を整えながら、ひょいと肩をすくめてみせた。
「山狗の敗因は、装甲車を持ち込まなかったことですね」
それは正論だけど、さすがに山狗に同情しちゃうよ……。
山狗たちを置き去りに走り出した車は、さきほどまでよりは緩やかに加速していく。
「園崎家で、よろしいですか?」
「……ちょっとみんなの手当てがしたいね」
私がそう答えると、葛西さんはおやと眉をひそめる。
向かいにいる詩音はすぐに私の意図に気づいて、私と同じ種類の笑みを私と同じ顔に浮かべてみせる。
まったく、双子というのはいらないところも似るらしい。
「……そうですね。いい考えですよ、お姉」
「て、手当てって……?」
悟史が苦労して座席に座り直しつつ、おそるおそる問う。
「あっははは。手当ては手当てですよ、悟史くん。怪我の手当て以外に、どんな意味があるんです?」
「そうだよ。怪我したら手当するに決まってるでしょ? 誰だってそーする私もそーする。……ね?」
美人姉妹に笑いかけられているのに、まるで雛見沢症候群の重度発症者であるかのように怯えた目をする悟史だ。
疑心暗鬼は身体に悪いよ~?
「なるほど……、気は進みませんが」
止めても無駄だとわかっているのだろう、葛西さんは私と詩音の考えを止めるつもりはないらしい。
「なになに? ママ、なにするの?」
美雪ちゃんが目を輝かせてワクテカしながら聞いてくる。
その頭を撫でながら、私はにっこり笑って宣言する。
「手当てしてもらうんだよ。……お医者さんにねッ!」
そう、怪我したら医者に診せる。
ごく当たり前の常識だ。
だからこの車の目的地は、園崎家じゃない。
「むぅ……、地獄の一丁目かな……」
いま悟史がうまいこと言いました。
当然、この雛見沢で医者といえばひとつしかない。
入江診療所。
「駄目駄目、甘い甘い、甘過ぎです。鷹野さんってば相変わらずのドジっ娘っぷりで、ほんとかぁいい人ですよ!」
「園崎姉妹を敵に回しておいて悟史たち相手に詰め将棋とは……少ない駒を分散して、本陣の守りはどうしたのさ」
敵の守りが薄いこの瞬間、敵中を突破して本陣に迫るのはスマートに勝ちを狙うならばむしろ常道。
こっちの立場は気楽なもので、本陣強襲だからといって別にこれで勝ちを決めなくてもいい。山狗を何人か打ち倒して戦力をさらに減らすだけでも充分なのだ。
重要なのは、それが相手の動きをさらに縛ることだ。
本陣を開ければ、そこが狙われる。
常に守りのために、戦力を残さなければならない。
そうして攻撃に回せる兵が少なくなれば、衛さんや私たち姉妹なら数人単位の山狗ならば余裕で各個撃破できる。
さらに、あわよくばの戦果だっていろいろ考えられる。
今頃診療所の地下に移送されたであろう、羽入の身柄も取り戻せれば詰みかかっていたのが一気に覆せる。
研究資料や治療器具の奪取、その場にいれば監督や鷹野さんを誘拐して本当に手当てさせるのもありだし、研究施設や通信機器を破壊するのも嫌がらせになるだろう。
そして全部済ませて脱出したなら、電話してやればいい。
どこにって決まってる。診療所が謎の武装集団に襲われたらしいって、自分で警察に通報するのだ。
当然、診療所にはパトカーが殺到することだろう!
「くっくっく……あの三下の、慌てる顔が見ものだね!」
「くっくっく……鷹野さんのラブリーな狼狽っぷりも!」
勝利を確信して、車内でげてげてと笑う私たちだった。
「お、鬼だ……鬼が二匹いる……」
悟史が妙に怯えた目で私たちを見るけど、
「さすがママとにせママ、とてもべんきょーになる!」
美雪ちゃんはなにやら感心しているようだった。
できれば悟史や梨花ちゃんともども安全な園崎本家に置いて来たかったが、いま重要なのはタイミングだ。
包囲を強引に突破した私たちが園崎家に逃げ込まず、そのまま診療所を襲撃するからこそ奇襲になる。
まぁ、将来に備えての社会勉強ということで、天国の雪絵さんには納得してもらうことにしよう。
「魅音さん、見えました。どうしますか?」
そんなことを考えている間にも、診療所が見えるところに出たようだ。車は走り続けているから、考えるのに使える時間はほんの数秒しかない。
「……入り口から、裏の駐車場へ直行。あぁそれから詩音は例のアレを用意しといて。いくらこの車でも、防げない攻撃ってやつはあるからね」
「りょ~かいです」
軽い調子で頷いた詩音が悟史をどかせて後部座席のシートを押し上げ、そこに隠されていたスペースからごついトランクを引っ張り出す。
「迎撃はあるだろうから、当たるんじゃないよ」
「あっはは、妹の幸運を祈っててくださいな♪」
そのリスクだけはどうしようもない。
「それは私がやろうか?」
衛さんが気を遣って申し出てくれるけど、さすがに扱い方を知らないだろうし、怪我人に任せるわけにもいかない。
「現職の刑事さんが違法な火器を扱っちゃまずいっしょ。目をつぶってくれればそれで充分だよ」
「……そうか。わかった、君を信じる」
もう、まったく嬉しいことを言ってくれる。
この場面で、コレを見てなお私を信じてくれるのだから。
「おあついことで。ひゅーひゅー♪」
「ひゅーひゅー♪」
詩音と美雪ちゃんが冷やかすけど、悟史はソレを見て不安そうにするばかりだった。……それが普通の反応だ。
「……迎撃です。一応、頭を低くしてください」
フロントガラスやボディに弾ける金属音。
いよいよ拳銃の類での迎撃は許可されたのだろうが、この車の防弾性能を侮ってもらっては困る。
私は後部座席で腕組みをしたままその銃火の先、診療所の入り口で銃器を構える山狗たちを見る。
「こうしてみると……ホント、派手にやってくれるね」
平和な村で拳銃を持ち出して弾の飛ぶ先も考慮せずに水平射撃してくれるなんて、頭に来る限りだ。
……あ、サブマシンガンも持ってきたか。
でもそこまでなら耐えられる。
小銃弾だとそう何発も耐えられないが、しょせん9mmパラかそのへんの拳銃弾、装甲まかせで乗り切れる……!
「……チッ」
私と詩音の舌打ちが重なる。
できれば冒したくなかったリスクが目の前にあった。
銃を構えた山狗たちの背後に、二人がかりで準備される対戦車用のロケットランチャー。
さすがにあれが直撃すればひとたまりもない。
「どうやら園崎パワーを見せないと駄目ですか」
「抗争でも使ったことないんだけどねぇ、コレ」
相手が準備を終える前に決めるしかない。
「詩音、やって! 衛さんは詩音の腰を支えてあげて!」
後部座席の窓を開け放ち、素早く身を乗り出す詩音。
「わかった!」
箱乗りに近いが不安定な形だ、両手での操作を必要とする以上、誰かが詩音を支えなければならない。
銃弾の飛び交う車外に身を乗り出した詩音はそれでも慌てず騒がず、両手で切り札のソレを構える。
「撃たせませんよ~、コレでもくらえっ!」
ソレは、グレネードランチャーだった。
手榴弾を撃ち出す、紛争地帯でもなければなかなかお目にかかれない園崎家の決戦兵器だ。
視界の山狗たちが、それを眼にして慌てるのが見えた。
診療所入り口付近の狭い空間に展開した山狗を、一掃しかねない代物であることを見てとったのだろう。
慌てて銃撃を詩音の乗り出しているほうへ集中させようとするのだが、
「おっそ~い♪」
舌なめずりとともにトリガーを引いて、射出。
グレネードが勢いよく飛んでいくのを見計らって、詩音はランチャー本体を諦めよく手放し、衛さんに引っ張られて車内へと逃げ込む。
「ッ痛ぅ……一発かすめましたか」
脇腹を押さえて口をとがらせる詩音。
「この服、けっこうお気に入りだったのに……」
頭や胸を撃ち抜かれなかっただけ幸運というものだろう。
そうする間にも弾体は弧を描いて飛び、悲鳴をあげて散り散りに逃げる山狗たちの真ん中へと着弾した。
爆発!
ただしそれは、本来の破片が炸裂するものではない。
その場にたちまち拡散するのはもうもうたる白煙。
「な、なんだっ!?」
「撃つな、味方に当たる!」
山狗たちに叩き込んだのは、目くらまし用の煙幕弾だ。
驚きと混乱の真っ只中にある山狗たちを後目に車は診療所の入り口を突破、車とは思えないような方向へ滑りながら裏の職員用駐車場へと飛び込んでいく。
「なるほど煙幕か、穏当だ」
衛さんがにやりとする。
本物のグレネードだったらそれこそ人死には避けられないだろうが、撃つのを見逃してくれた以上衛さんは私たちを信じてくれたということだ。
最初から、私たちが非殺傷兵器を使うと予測していた。
信頼というのはありがたいものだと、本気で思う。
「連中の購入した装備はほとんど調査済みだったからね。対策として、一応アレを載せておいてよかったよ」
開いた口がふさがらないという顔をしている悟史に、一応解説したがもはやのんびりしている暇はなかった。
「止まります、ご注意を」
葛西さんが忙しくハンドルをさばきながら告げる。
瞬間的に身体にかかるGの方向が切り替わるが、車内の誰もがもうそれに慣れていた。
「きゃっほう!」
美雪ちゃんの歓声を聞きつつとっさに対衝撃姿勢をとる。
窓の外で駐車場待機組らしい山狗が二人ばかり、慌てふためきながらもサブマシンガンの銃口を向けてくるが、急旋回した車のテールがその二人を瞬く間に撥ね飛ばす。
……葛西さん、恐ろしい子!
一度ゲーセンにご招待して、ロードブラスターをやらせてみたいねこの人には。
「美雪ちゃん、パパとママはちょっと用事を済ませてくるからここでいい子にしててね」
「うん、はやくかえってきてね!」
いいお返事だ。
私は美雪ちゃんの頭をひと撫でして、表情を引き締める。
「葛西さんはできれば山狗の車を潰しておいて! 私たちは羽入を助け出してくる!」
私と詩音、衛さんがドアを蹴破るような勢いで飛び出す。
裏口までのたった数メートルが異様に遠く感じるが、身を低くしながら全速力で駆け抜ける。
ここで撃たれればキツいが、裏口までいけば半端ではあるが遮蔽はとれる!
「野郎っ、ふざけやがって!」
入り口の煙幕から立ち直ったらしい山狗たちが銃撃してくるものの、そのときにはもう私たちは診療所の裏口へ滑りこんでいた。
「お姉!」
「わかってる!」
裏口の脇、窓ガラスをライフルのストックで破る。
この状況だ、裏口は遠隔操作でロックすることも考えられるし、開いているならいるでどんなトラップが仕掛けられているかもわからない。
わざわざ危険な賭けに出る理由は何も無く、私たちは窓から診療所の廊下へと飛び込んでいた。
着地と同時に左右の通路に警戒の視線を走らせ、柱の陰に背中から飛び込んで遮蔽を確保。
続く詩音と衛さんも窓枠を跳び越えて、すぐに安全なポジションへと駆け込む。
訓練された私たちと遜色の無い、おそらくは危険な捜査現場での経験によって鍛えられた動きだ。
「やるねぇ衛さん。刑事やめても、うちの組の荒事担当で食べていけるんじゃない!?」
「大事な妻子のいる身だ。こんな軍隊を相手にするような物騒な職場なら、力いっぱい遠慮させてもらうよ」
「あっはは、違いないです!」
詩音は笑い転げつつも背後をしっかり警戒している。
雛見沢に帰ってくる前は、山狗と戦うなら正直なところ、もっとキツくて地味な対決になると思っていた。
少なくとも、こんなふうに笑いながらピンチに立ち向かうような戦いは想定していなかったのだ。
「圭ちゃんをはじめとして、部活メンバーはどいつもこいつも派手好きですからね。地味に行ってないってことはつまり、こっちのペースだってことです!」
私の考えを読んだかのように詩音がそう言った。
なるほどそれはそうだ。
山狗の本分は隠密行動、こんなアクション映画ばりの銃撃戦やらはそれがそのまま作戦の不出来を意味している。
つまり、事態が派手になればなるほど、お祭り騒ぎと大盛り上がりが大好きな部活メンバーのペースに山狗の連中が引きずられているということ。
「……くっくっく! いいねぇ、血が滾るよ! この調子で敵の本陣を思う存分、引っ掻き回していこうかね!」
その私の叫びが終わるか終わらないか、廊下の角の向こうから山狗が二人飛び出してくる。
ちょうど、遮蔽のあまり有効でない角度だ。
「魅音!」
衛さんの叫びを背に、私は瞬時に銃身で空を切る。
音もなく静止した銃口は、山狗たちの足元を捉えていた。
「!」
山狗のほうも私の胸へ向けてサブマシンガンを構えようとするが、……ワンテンポ遅い!
静かな気持ちでトリガーを撫でると、軽い連射音が走り抜けて、山狗の足を払うようになぎ倒す。
「ぐがッ!」
「くそ……っ!?」
続く一人が私を狙って引き金をひくものの、そこにはもう私の姿はなかった。
とっくに床に身を投げて、伏せた姿勢からライフルの狙いをつけている。
「全員再訓練、だね!」
衝撃に胸を撃ち抜かれて、背後の壁に激突した山狗がそのまま床にくずおれる。
「改造銃の類か。本物かと思ってたよ」
音と威力から見抜いたのだろう、衛さんが拍子抜けしたような顔をしていた。
立ち上がり、足を撃たれてのたうちまわっている山狗の胸にも一連射を浴びせて気絶させてから、軽く笑って構え直してみせる。
「どっかに本物もあるかもしれないけどね~? コイツは見てのとおりのオモチャだよ」
私と詩音の手にしているライフルはエアガンの威力を上げただけのまがい物だ。グレーゾーンは飛び越えるくらいの改造だから、表沙汰にできるものでもないけど。
大の男でもまともに喰らえばアバラくらいは折れかねない威力なので、さっきのような距離のある状況では逆に使いにくい。
顔面にでも当たれば、失明したり死にかねないからだ。
その分、実銃よりもすこし軽いのと反動も少ないので、私たちのようなかよわい女の子には逆に取り回しやすくて、こうしたインドアの接近戦では悪くない。
ホントは連射性能を残したままサブマシンガン程度のサイズになると嬉しいので、小型化がこれからの課題だったりもする。
実銃そっくりのオモチャが作れる平和の国バンザイ。
「どっちも充分違法なので、見せびらかさないでくれ」
……衛さんの常識的な意見も、ごもっとも。
「お姉ってばこーゆーの好きですもんね。私ゃもーすこしスマートなほうが好みなんですけど」
「象でも殺せるようなスタンガンがスマートって……」
詩音の感覚がよくわからない。
「まぁいいや、とにかく先に進むよ。悟史の話じゃ、あの階段の奥なんだよね?」
大石にも簡単に話は聞いたが、ここの施設の本体部分が地下にあるのは間違いないようだった。
「はい。降りたすぐ横が会議室で、その奥がたぶん研究用の機密ブロックじゃないかと」
マガジンを予備と入れ替えて、廊下に面したドアに山狗が潜んでいないかを確認しながら進む。
「……トラップ、あると思う?」
「いや、ないと思うな」
詩音に聞いたつもりだったけど、衛さんが答えた。
「地下区画への入り口はそう多くないはずだ。ここ以外にもうひとつあればいいほうだろう。普段自分たちが利用する通路やドアに罠は仕掛けない。……経験上ね」
なるほど、理にかなっている。
緊急事態で飛び出さなければいけないことも考えるなら、出入り口に罠を仕掛けるのは愚の骨頂だ。
「ただ、待ち伏せはありうる。気をつけてくれ」
「へーい、任せて。……詩音」
詩音が察して、車から持ち出してきた音響手榴弾を手渡してくれる。地下への入り口からこれを投げ込んで、廊下で待ち構えてる連中がいるなら一時的に無力化する。
そこで突入してスタンガンと改造銃で打ち倒してしまえばそう危険はないだろうという判断だった。
でも、それを投げ込む前に事態は急変した。
「っ!」
身を低くするのがすこしでも遅れていたら、危なかった。
表の、一般用駐車場に面した窓ガラスが次々と破砕されて私たちの頭上、壁や柱に弾痕が走り抜ける。
見ればそちら側から、白いワゴン車が数台入って来るのが見えた。
「……案外早かったね」
「ええ。そこまで甘くはなかったですか」
おそらくは、小此木。
包囲を進めている最中に私たちの強行突破を聞き、すぐに狙いが診療所にあると気づいてそのまま手勢を従えてここに戻ってきたのだろう。
そうでなければ、説明のつかない時間だ。
「となると……もうひと暴れしなきゃ駄目みたいだね!」
私たちは頷き合い、低い姿勢で廊下を駆ける。
さぁ、狩りの時間だ。
どちらが獲物なのか、教えてあげるよ……!
神楽舞完結後、次に読みたい作品は?
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神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
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ひぐらし短編集
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ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)