ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第140話 きみがしあわせであるように

魅音たちを見送ったあとも、楽ができるわけがなかった。

 

なにしろここは敵地なのだ。

 

駐車場の一隅に停めた車を降りて、葛西さんはライフルを取り出し正門付近に陣取った山狗たちと銃火を交わす。

 

防弾仕様の車体が巨大な盾になってくれるおかげで僕たちもなんとか無事でいられるけど、逆にここから動くことは難しいという状態だ。

 

「サニーはてっぽーうたないの?」

 

美雪ちゃんはむしろ自分が撃ちたそうな顔をしながら聞いてくる。なんて物騒な幼女だろう。

 

あと、どうして君が僕をサニーと呼ぶんだろう。

 

「僕は腕がこうだからね。遠慮しとくよ」

 

言い訳ではなく、実際に腕は折れている。

 

さらに橋の上でも我ながら無茶しやがったせいで、逃げている間もずっと痛くてたまらなかったわけで。

 

それに、僕のぶんの銃はない。

 

聞いてみたわけではないから、葛西さんに尋ねたりするとあっさり「こちらのどれでも好きな物をお使いください」とか言われてしまいそうなのであえて聞かない。

 

あったところで銃器を扱う訓練を受けていない僕になにができるのかは疑問でしかない。

 

「ったく、こうしてる間も可愛い妹が山狗どもをトラップ地獄でひぃひぃ言わせてるっていうのに、もっとガッツを見せなさいよ悟史も」

 

とか言ってくれちゃっているのは、まだ青白い顔をしてうずくまっている梨花ちゃんだ。

 

どうやらあの強引な強行突破のあたりで意識が浮上しかけていたらしく、車が停止したときには自分でよろよろと座席から這い出してきていた。

 

「人の妹を最終兵器みたいに言わないでほしい」

 

ボンネットに銃弾が弾け、慌てて首をひっこめる。

 

一歩間違えたら死んでしまう状況だというのに、僕たちはどこかのんき過ぎるような気がする。ちょっぴり。

 

「前から思ってたけど、沙都子はやれば出来る子よ。雛見沢症候群をもねじ伏せるあのタフさ、見習いたいわ」

 

「むぅ……ナイフでおなか刺されてもいまだに死ぬ気配のない子には言われたくないんじゃないかな……」

 

そう当てこすったら、梨花ちゃんはけたけたと乾いた笑い声をあげた。

 

「この程度の出血はレバニラがあれば一発よ。こんな最高に笑える世界で、そう簡単に退場しますかってーの」

 

あいかわらず素敵に不敵な笑顔だ。

 

そんなんだからキャラ崩壊しすぎとか言われるのに、本人は気に入っているのか全く改める気がないらしい。

 

「おぉう、レバニラすげぇな」

 

美雪ちゃんが深く感心していた。

 

「悟史さん、ちょっとお願いしてよろしいですか」

 

ひとりで応戦中の葛西さんに声をかけられる。

 

「あ、はい! なんですか?」

 

「お手元の、そうそう。そいつのピンを抜いて、あちらの植え込みに投げてくださると助かります」

 

「?……わかりました」

 

言われたとおり、丸っこいものに刺さっているピンを口で抜き、片腕ですこし離れた植え込みめがけて投げる。

 

ばぁん、となにかが弾けるような音がしたかと思ったら、植え込みがぼろぼろになって、その向こうで3人ほどの山狗が慌ててその場を離れていくのが見えてびっくりした。

 

……どうやら、別働隊がこの防弾車をまわりこんで攻撃しようとしてきたのに葛西さんが気づいて、僕に牽制させたというのが真相らしい。

 

「あ、危ないものなら事前に言ってくださいよ!」

 

いまの爆発にやられた山狗はいなかったようだけど、タイミングが違えばあやうく人殺しになるところだ。

 

いやいや、取り扱いを間違えて僕たちが吹き飛んでいた可能性だって決して低くないだろう。

 

「何事も経験です。将来役に立つかもしれません」

 

深みのある渋い声で言われるとなんだか納得してしまいそうな自分が嫌だけど、そんな経験が役に立つ将来も嫌だ。

 

「わたしも投げてみていい?」

 

「みゆきもみゆきもー!」

 

「お願いだからそれだけはやめて」

 

殺傷兵器に興味を示す幼女二人に土下座しつつ、弾薬箱をさっと遠ざける僕だった。

 

アホの子にこんな危険物を持たせたら、間違いなく命が危ない。主に僕の。

 

「く……ぅ。それにしても、なにもたもたしてんのよあの双子は。さっさと鷹野か入江拉致ってきなさいよ……」

 

傷が痛むのだろうか、梨花ちゃんが顔をしかめる。

 

「しっかりしろおねーちゃん! きずはふかいぞ!」

 

「知っとるわ!……あぅう」

 

美雪ちゃんを怒鳴りつけようとして腹筋を使ったのがよくないのか、さらに痛そうに身をよじる。

 

「葛西、とても痛い! 責任者を呼びなさい!」

 

「いましばらくお待ちを」

 

尊大な態度で理不尽な要求をする幼女に対して、屋上からこっちを狙っている山狗に撃ち返しながら平然と返答する葛西さん。……この人はかなりの大物だと思う。

 

僕もいつかはこういう渋い男になれるといいような、それはそれでどうかとも思うような。

 

「……まずいかもしれません」

 

その人が唐突にそんなことを言い出す。

 

サングラスをかけているから視線を追うということはできなかったけど、僕の耳にもその音は届いていた。

 

何台かの車が診療所に近づいてくるらしい音。

 

……まさか、残りの山狗たちがここへ帰ってきたのか!?

 

基本的に、時間はこちらの味方のはずだった。

 

いくらすぐ近くに人家がないとはいっても、ここまであからさまな銃撃戦だ。

 

鳴りやまない銃声を村人たちがおかしいと思うのは時間の問題で、いずれは通報を受けた警察、おそらくは大石さんたちがこの場にやってきてくれるだろうという計算は最初からあった。

 

だから長引けば長引くほど、山狗の不利になる。

 

僕は勝手にそう思っていたのだけど、敵に援軍が到着してしまうなんて、計算違いもいいところだ。

 

「ど、どうしよう……どうすれば!?」

 

「いや、困りました」

 

ちっとも困ってなさそうな返答だった。

 

「サニーvsおこのみフラグ。これはかつる!」

 

「ごめんそれもうやった」

 

「悟史自爆フラグ来たわ。無茶しやがって……」

 

「ぼくはとても生きたい」

 

沙都子……、美雪ちゃんも梨花ちゃんも怖いんだ。

 

誰か僕に優しくしてよ。

 

思わず涙目になっていたら、視界の隅で診療所の裏口が開くのが見えて、魅音たちかと思って振り返る。

 

「……違う?」

 

サブマシンガンを手にした人影が銃撃を警戒しながら低い姿勢で出てくる。

 

最初は服装から山狗かと思ったが、あれは……富竹さん?

 

どうして彼がここにいるんだろう。

 

その疑問は、続いて出てくるメンバーを見てさらに大きくなった。

 

監督に、鷹野さんに、羽入ちゃん……?

 

「あ! はぬーだ! いきていたのかはぬー!」

 

「ホント、無事だったのね。それに鷹野もいる!」

 

幼女二人が嬉しそうな声をあげる。

 

お願いだから僕の魂の兄弟であるトミーとイリーにもすこしでいいから言及してあげてくれないかな。

 

正門方面の山狗たちも彼らに気づいたらしく、裏口めがけいくらか発砲するのだが、富竹さんが短い連射で反撃するとたちまち一人が銃を弾き飛ばされ、もう一人が肩を押さえて倒れるのが見えた。

 

え、なに? トミーそれ、なに補正?

 

素人目にみても鮮やかな射撃はとてもフリーのカメラマンとは思えない。いや一応軍隊の人だとは知ってるけど。

 

「うぅむ、のびたくんてきななにかをかんじる……」

 

「富竹アウトー。端役が突然活躍するのは死亡フラグ」

 

いやいや、もうすこし暖かい目で見守ってあげようよ!?

 

トミーを端役とか言っちゃらめなのおっ!

 

富竹さんが的確な射撃で山狗たちを牽制するかたわらで、監督がタイミングをはかりながら駆け出す!

 

「援護が必要ですね」

 

葛西さんも富竹さんの間隙をフォローするかのように牽制の射撃を撃ちこむ。

 

その足元で一、二発銃弾が弾けて慌てふためきながらも、監督は無事にこっちの車の傍まで滑り込んできた。

 

「監督! 無事でよかったです!」

 

「ま、参りましたよ、まったく……いやはや、こんな事態になるとは。所長の面目丸つぶれです」

 

最近場面に登場することはあってもほとんど台詞がなかったりして影が薄かったのを取り返すみたいに、ずり落ちかけた眼鏡をくいくいと直しながら監督が語るけど、

 

「それより入江、圭一とレナは!?」

 

梨花ちゃんが身も蓋もなく本題に斬り込んだ。

 

「……前原さんとレナさんは北条家に潜んでいたのですが、鷹野さんが帰宅したため所在が山狗にバレまして……その場はなんとか切り抜けたようですが……」

 

監督は二人の負担を軽くするために単独で逃げたが、そのまま山狗に捕まって診療所に連行されてしまったらしい。

 

「また行方不明なの……!? ったくあのバカ、主人公の自覚あるのかしら。また誰が主人公かわかんないとか言われちゃうわよ……!?」

 

「そ、それより、どうしてその鷹野さんが一緒にいるんですか? 捕虜にしたとか?」

 

梨花ちゃんがまたメタなこと言い出したので、慌てて話をそらす僕だ。

 

「地下でいろいろあったんですが……どうも、山狗側から切り捨てられたようですね。それで羽入ちゃんを監禁場所から助け出してくれたようで……」

 

「……いずれそうなる気はしてたわ。その流れじゃ、黒幕には最初から沙都子を見逃す気もなかったみたいだしね」

 

梨花ちゃんは肩をすくめかけて、あいたたたとまたおなかを押さえている。

 

「おねーちゃんははらがよじれていたいそうです」

 

「片腹痛くて正露丸よ、鷹野ピエロ乙……うぅう」

 

誰も知らなさそうで意外にそれ知ってますと言われそうなネタを口にしながらも、梨花ちゃんの表情はどこか優しくてどこか嬉しそうなものだった。

 

それだけで、彼女が敵にまわっていた鷹野さんの命運にどれだけ心を痛めていたのかがわかる気がする。

 

「梨花さん、その傷は……! まさか、山狗に撃たれたか刺されたんですか!?」

 

ブラウスのおなかあたりが真っ赤に染まっているのを見て監督が呻く。

 

名目上とはいっても入江機関の責任者でありながら山狗の暴走を止められなかったことを悔やんでいるのがその表情からありありとわかった。

 

「……刺されるときに重要な器官は脇によけたから、この程度は平気よ。あとでホチキスで塞いでおくし」

 

それ寄生獣だっけ? あと第5部?

 

と元ネタを思い出せないながら裏口に目を転じると、次は羽入ちゃんがこちらに渡ろうと隙を窺っていた。

 

でも山狗のほうも監督を通してしまったあとだけに、今度は慎重に富竹さんや葛西さんに牽制を放ってくる。

 

運動神経がいまふたつくらいの羽入ちゃんだけに、すこし厳しい状況かもしれない……。

 

「山狗は、羽入ちゃんを撃てるんですか?」

 

気になっていたことを聞いてみる。

 

「……殺すことは、できないでしょうね。しかしこの状況なら、足を撃つ許可くらいは出ても不思議ではない」

 

確かに、それなら問題ない可能性はある。

 

いくら女王感染者といっても、フリーパスというわけにはいかないらしい。

 

「はってすすめばよくね?」

 

「それだ。美雪ナイス」

 

匍匐前進なら速度を気にしなければ羽入ちゃんでもできるだろうし、足を狙って撃つというのも難しくなる。

 

仮にそれで足を撃たれても、這ってここまでくることはできるかもしれないけど、でもなぁ……。

 

梨花ちゃんが、なにかびしびしとヘンなポーズをする。

 

「……なにそれ?」

 

「ブロックサイン。地面に這いつくばってここまでこい、この虫けらめ!って送ったの」

 

なんでそんな毒舌なサインなのか気になる。

 

ほら、羽入ちゃんが泣きそうな顔であぅあぅして……ん?

 

羽入ちゃんもなにやら怪しい動きをしていた。

 

「ぬ! 喧嘩売ってんのかしらあのオヤシロ!?」

 

「なんだって?」

 

「お胸が邪魔で這って進むのはとても無理ですこの下郎、とか返してきやがったわよ。……畜生、……畜生!」

 

えぐえぐと泣きながら言う梨花ちゃんだった。

 

あぁどんなときでも安定してアホだなぁと感心さえする。

 

「……あぁ、来ます!」

 

葛西さんと富竹さんの援護射撃の中、羽入ちゃんが緊張の面持ちで安全地帯から駆け出した。

 

「ツノだ、ツノではじきかえせはぬー!」

 

「こけるなよ! 絶対こけるなよ!?」

 

応援(?)する美雪ちゃんと梨花ちゃん。

 

僕たちは、固唾を呑んで見守ることしかできない。

 

でも、そこで意外な方向に事態が動いた。

 

正門側から、猛烈な勢いでワゴンが走りこんでくる。

 

「……まずい!」

 

葛西さんが唸り、ワゴンを撃とうと狙いを変えようとしたがそこへ正門の山狗から牽制の銃弾が放たれて頭を引っ込めるしかない。

 

富竹さんも状況は同じようだった。

 

ワゴンは見る間に、走る羽入ちゃんへと接近する。

 

「あ、あぅっ!?」

 

進路に割りこまれて、羽入ちゃんの足が止まる。

 

誰の助けもない中間地点で彼女を取り押さえて回収し、そのまま走り去ってしまうつもりなのだと、ようやく僕にもその意図がわかった。

 

誰も止めに入れない。

 

山狗による逆転劇が成立したかと思ったそのとき、

 

「当たりなさいっ!」

 

その叫びともに、ひときわ大きな破裂音が鳴り響く。

 

裏口の前からいつの間にか飛び出してきていた鷹野さんが手にした拳銃でワゴンのタイヤを撃ちぬいたのだ。

 

「くぅ……!?」

 

タイヤが破裂したといっても、映画のように即座にコントロールを失ってあさっての方向にコースアウト、激突して終わり、なんて都合のいいことはないらしい。

 

「う、うわ!」

 

それでもワゴンのバランスは崩れ、羽入ちゃんを捕らえるべく身を乗り出していた山狗たちが車中の壁に叩きつけられる程度の効果はあった。

 

「あぅあぅ……!」

 

羽入ちゃんも突然の出来事に一瞬立ち尽くしたものの、急ブレーキがかかったように減速するワゴンを迂回してこちらへ駆け出そうとする。

 

「に、逃がすな!」

 

「撃て、足を撃っちまえ!」

 

ワゴンの乗員たちが叫び、転がり出るように何人かが羽入ちゃんを追いかけようとする。

 

「しつこい男は嫌われるわよ……!」

 

彼らを牽制しようと、走りながら再び引き金を絞る鷹野さんだが、それを果たす前にがくんと膝が落ち、走っていた方向にごろごろと転がる。

 

その脚から点々と続く血痕を見て、どこかから山狗が鷹野さんを撃ったのだと気づく。

 

「く……ぅ……!」

 

転がる途中で銃は手放していたものの、鷹野さんはそれでも両手で身体を支えて、倒れこむような勢いのまま目的の方向へ向かう。

 

ふらつき、つまずきながらの前進。

 

それは追い詰められつつある羽入ちゃんの方向でもなく、仮初の安全地帯である僕たちのいる方向でもなかった。

 

彼女は走り出した最初から目指していたのだ、駐車場の片隅に置かれた、彼女自身の乗用車を。

 

「この、程度……っ、ピンチだなんて、認めないわ……、そう、……楽勝、なんだからっ……!」

 

脚を撃たれた彼女にとってとても重い数歩を、文字通りに血の滲むような努力と気丈さで踏破して『開錠』する。

 

 

それは言うなれば、パンドラの箱。

 

その場所に収められたなにかが、悲劇と惨劇をばら撒いた世界はきっと、数限りなくあったのだ。

 

ありとあらゆる呪いと不幸が、その箱から溢れ出した。

 

でも、その箱の底に最後に残るのは……『希望』なのだ。

 

その場に倒れ落ちながら、パンドラは叫ぶ。

 

「この賭けは、わたしの……勝ちよっ!」

 

それは高らかな勝利宣言。

 

 

勢いよく開かれた鷹野さんの車のトランクルームから、目にも留まらぬ勢いでなにかが飛び出してゆく。

 

駐車場の地面に降り立つと同時、獣のように疾駆する。

 

その影は、たちまちに羽入ちゃんに追いすがる山狗たちをその射程距離に捉えて、力強く地面を……蹴った!

 

 

「らぁあぁああッ!」

 

 

激突。

 

回転を交えたその拳の一撃は、驚きに動きの止まった山狗の顔面を見事に撃ち抜き、反対側の地面へと叩きつけた。

 

「なっ……!」

 

「こいつ、は……」

 

残る二人も、足を止めたのが運の尽きだ。

 

 

「はぁッ!」

 

 

月光を弾く銀の閃きがわずかに二度、疾り抜ける。

 

ただそれだけで、瞬時に膝と肩を砕かれて倒れ落ちた。

 

「……あぅ……!」

 

羽入ちゃんが目を見開き、目の前の光景を信じられないと首を横に振る。

 

 

……白、だった。

 

戦場のど真ん中に、舞い降りたのは白。

 

 

全ての希望を束ねて、そこに未来を斬り拓く絶対の白。

 

 

「ごめんね、待たせたね!」

 

 

絶望の黒を駆逐し、どんな未来をも自在に描き出す白。

 

 

「主役は遅れて登場だぜ!」

 

 

闇に映える白い体操着に身を包むレナ、そして白いシャツの眩しい、制服姿の圭一がいた。

 

そんな馬鹿な、と誰もが目を見張る。

 

どうしてそこにいるのかと、誰だって疑問に思う。

 

鷹野さんの車のトランクに二人が隠れているなんて、この場の誰だって想像さえつかない、大法螺だった。

 

 

……でも、僕には判る気がする。

 

かつて圭一に、心に決めた破滅を打ち砕かれた僕だから、自分を止めてくれる何かを求めた気持ちが理解できる。

 

鷹野さんは、本当は最初から迷っていた。

 

山狗側に与しながら、それでも逆転劇を望んでいた。

 

封じ込めてなお、いや、無理矢理に押さえつけていたからこそ、彼女が奇跡を願うその力は飛び抜けて強かった。

 

だから、……賭けたのだ。

 

奇跡の担い手に、その強さに託した。

 

圭一とレナを自分の車に匿い、取り逃がしたと報告した。

 

彼女は、山狗が決定的な勝利を手にすれば、躊躇なく圭一とレナを彼らに差し出すつもりだった。

 

それは賭けに負けたことを意味し、ならば正当な負け分として彼女が支払うべき犠牲に過ぎない。

 

でも、彼女が山狗を打ち破ることを望んだなら……二人は山狗を出し抜く、最高のタイミングで解き放たれる。

 

 

その配当が、今ここにある奇跡。

 

 

圭一とレナが望み、彼らもまた自らの全てを賭けた。

 

僕らや魅音たちが山狗の魔手をはねのけ、鷹野さんが部活メンバーの一人として舞い戻るという確率に。

 

全てを信じ、身動きできない暗闇に伏して待った。

 

その雌伏がここに結実した、これはそういう奇跡なのだ。

 

 

「圭一! レナぁっ!」

 

 

羽入ちゃんが泣きながら二人に、圭一の胸にまっすぐ飛びついていく。

 

「信じてたのです! 絶対絶対、圭一が、みんなが助けにきてくれるって思ってたのです! あぅあぅあぅあぅ!」

 

圭一は普段見せないくらいに優しい顔で羽入ちゃんを抱きしめて、その柔らかな髪をふわふわと撫でる。

 

「……遅くなって、ごめん」

 

耳元でそう告げたかと思うと、急に羽入ちゃんを抱え上げふわりと投げた。

 

「あぅっ!?」

 

レナが空中の彼女を抱きとめ、

 

「おもちかえりっ!」

 

恐ろしく素早い動きで、羽入ちゃんを抱えたままこちらに滑り込んでくる。

 

直後に、二人のいたあたりを、何発かの銃弾が襲った。

 

呆然としていた山狗たちが、自分のすべきことをようやく思い出したのだろう。

 

「くらいやがれぇえッ!」

 

その間に圭一は手にしていたものをまるで遠投のように投げつけ、駐車場の端から逆の端、正門付近に構えた山狗たちのまんなかに届かせていた。

 

「な、なんだっ!?」

 

「伏せろッ!」

 

山狗たちは慌てて散開、地面に身を投げる。

 

でも、彼らの真ん中に落ちたのは、一般的に車に備え付けられている……ただの発煙筒だった。

 

転がる音が、からからと虚しく響き渡る。

 

「……な、なな……」

 

ある意味で圭一らしい、時間稼ぎのただのハッタリ。

 

彼らが一時的に攻撃の機会を失ったその隙に、圭一は自分の車にもたれて息をつく鷹野さんの前に走っていた。

 

にかっと悪戯小僧の笑みとともに、手を差し出す。

 

「ほらな、賭けは『俺たち』の勝ちだったろ!?」

 

鷹野さんはその笑顔を眩しげに見上げて、くすりと笑う。

 

「……そうね。『わたしたち』の勝ちだったわね」

 

そしてとても大事そうに圭一の手をとり、引き上げられる勢いのままその首に両腕を回す。

 

「よっ!」

 

驚く様子もなく、圭一はそのまま鷹野さんを横抱きにして身を翻し、やはり僕たちのもとへと駆け寄ってくる。

 

その姿はまるで花嫁を抱くかのように見えたけど、悔しいからなにも言わないでおく。僕が言わなくても、

 

「遅れて登場もなにも、大遅刻よこんちくしょう!」

 

「あぅあぅ、焦らし過ぎのヒーローは落第なのです!」

 

古手姉妹には大不評のようだった。

 

「レナは全然構わないよ! 三四さんかぁいいもん☆」

 

まだ羽入ちゃんを抱きしめているせいか、レナだけは寛大なものだ。

 

「……な、なんで俺、非難されてんの?」

 

「さぁ。全然わからないなぁ」

 

「さぁ。全然わからないわね」

 

相変わらず鈍い圭一に、僕と鷹野さんがすっとぼける。

 

「うぉおお! り、理不尽だぁ!」

 

とりあえず鷹野さんを下ろしてから言おうよ圭一。

 

「……微笑ましいことです」

 

葛西さんが、自ら銃を撃ちつつこちらに駆けて来る富竹さんを適切に援護しながら、笑みを含んだ声で言う。

 

「いまの、メイド服でもう一度やってくれませんかね~」

 

イリーはなんというか、いつもどおり。

 

そして無事に滑り込んだ富竹さんが、どこからかいつもの帽子を取り出して、かぶりながら小さく笑う。

 

「……幸せな笑顔があるっていうのは、いいもんだね」

 

カメラを構えるような仕草をして、ウィンクする。

 

その視線の先で鷹野さんが振り向き、すこしはにかんで、でも柔らかく……桜色の笑顔をみせてくれた。

 

……その笑顔が、胸に落ちる。

 

悲壮な覚悟とともに山狗側に立ち、苦悩の色を滲ませながらも孤独に戦っていた鷹野さんも……とても綺麗だった。

 

でも、僕たちの仲間に帰ってきた鷹野さんは、とても自然で素直な笑顔を見せてくれる。

 

彼女が本来いるべき場所は、ここじゃないかもしれない。

 

けど、彼女が本当にいたい場所は、『ここ』なんだ。

 

富竹さんは眼鏡の奥で目を細めて、独白する。

 

「……僕は、いつだって君の味方だ。だから願うよ、」

 

帽子をぐっと被り直しながら小さく呟いた言葉の続きは、僕にはよく聞こえなかった。

 

ただ、その表情はまるで神聖な祈りのようだと思った。

 

「あとは魅音さんたちが揃えば、脱出できますね」

 

監督の言葉に、葛西さんはすこし難しい顔をする。

 

「全員乗れればいいのですが……」

 

ああ、そういえばそうか。

 

ここにいるだけでも、大人が4人に子どもが6人。

 

いくら広々とした高級車の室内だといっても、ギリギリに詰めなければ乗れない人数だ。

 

ここにさらに魅音、詩音、赤坂さんが乗り込むのは……、

 

「あぅ、潰れてしまうのですぅ!」

 

せっかくのシュークリームが潰れてしまったかのような切迫した表情で悲鳴をあげる羽入ちゃん。

 

「狭いな……俺とレナが、トランクに乗ってもいいぜ!」

 

「わわわ、レナはもういいよぅ……圭一くん、身動きできないからってあんな、あんな、……はぅ……☆」

 

ぽーっと真っ赤になるレナがいったい鷹野さんの車のトランクでなにをみたのか、とっても気になるところだ。

 

それって胸キュン?

 

「車を捨てて逃げるという手もあるにはあるけど……」

 

ここに車を残していくのは、当然避けたいだろう。

 

誰の名義になっているのかは知らないが、この車は園崎組のものとして警察が認知しているだろうから、この現場に残していけば厄介なことになりかねない。

 

「なら、俺やレナは徒歩で逃げるってのもアリだろ」

 

どうみても怪我人の圭一が言うことではないと思う。

 

「それなら……わたしの車を使う?」

 

その場合、何故か富竹さんをトランクに入れたくなるのが不思議といえば不思議だ。

 

「防弾なしとなると……、それなりに使える人間が乗り組む必要があるね」

 

富竹さんが、再開した山狗の攻撃に応戦しながら言った。

 

「僕が運転しよう。……あんまり自信はないけどね」

 

確かに、いまいる中で車の運転ができて葛西さん以外なら一番たよりになりそうなのは富竹さんだ。

 

あとは魅音、詩音、赤坂さんがそこに乗れば追っ手に対しても有効な反撃ができるだろう。

 

「……よし、そいつで行こう! そうと決まれば、さっさと魅音たちを迎えにいってやろうぜ!」

 

圭一の言葉に皆が頷き、急いで車に乗り込む。

 

富竹さんが鷹野さんの車に向かうのをフォローするように車体を山狗の射線にかぶせて細かく移動する葛西さん。

 

車内には窓ガラスやボディに当たる銃弾の音が響く。

 

「くっそ……好き放題撃ちやがって……」

 

銃撃戦とあってはなにもできない圭一が、悔しそうに山狗たちを睨みつけていた。

 

「……いいようです。突っ込みます」

 

富竹さんが運転席に滑り込み、エンジンをかけるのを見た葛西さんが、一発で方向転換する。

 

重厚なボディを震わせて、再びモンスターが猛り狂う。

 

甲高いスキール音をアスファルトに刻み、急発進。

 

「おおおお!」

 

「おぉおー!」

 

圭一と美雪ちゃんがすし詰めの車内で歓声をあげる。

 

まっすぐに山狗たちの中央を目指す。

 

フロントガラスに銃弾が突き刺さって火花が散り、細かい傷が加速度的に増える。

 

防弾だといったところで、無限に耐えられるわけではないのかもしれない。

 

「……く……!」

 

葛西さんが急減速をかけながら車体を横に向け、山狗たちがワゴンで作ったバリケードに突っ込む。

 

真横から激突!

 

後部座席のドアを素早く開いて、レナと圭一が飛び出す。

 

ここまで接近すれば、それは二人の得意距離だ。

 

こっちの車のボンネットからワゴンのルーフに軽々と飛び移ったレナが飛び降り、頭上から山狗たちに急襲。

 

「ちょっぴり痛いよ!」

 

鉈の強打で、山狗を次々と打ち倒す。

 

そしてその素早く動き回るレナを狙おうと銃口を向ける山狗の前に、ワゴンの陰からまわりこんだ圭一が現れ、不意打ちの拳を振るう。

 

「らぁあッ!」

 

その一発では倒れないが、よろめいている間に再びワゴンの陰に飛び込み、すぐに移動している。

 

「ぐっ……小僧……!」

 

よろめいた山狗が圭一を追いかけようとしたときには、

 

「あっはははは!」

 

どこからともなく現れたレナが、その眼前で鉈を振り下ろして昏倒させる。

 

「そっちだ! そっちに回ったぞ!」

 

「ちょこまかと跳ね回りやがって……!」

 

二人の絶妙のコンビネーションは、この場の山狗たちを引きつけるには充分な威力だった。

 

「落ち着け! 車を動かせば、隠れる場所はない!」

 

リーダーらしき山狗の指示で、運転席に飛び込んだ山狗たちが車を動かそうとするが、その途端にいくつもの破裂音が響き渡る。

 

銃声ではなく、どうやらタイヤが破裂したらしい。

 

それも四輪全てだ。

 

「な、なんだあ……!?」

 

予想外の事態に狼狽える山狗たちの背後に停まっていた別のワゴンのドアが横に開いて、高笑いが響く。

 

 

「をーっほっほっほ! あなたたちが銃撃戦にかまけている間に、すこしばかり細工をさせていただきましてよ!」

 

 

腕組みをしたその少女は、……どうみても僕の妹。

 

「沙都子!?」

 

「沙都子ちゃん!」

 

どうして山狗のワゴンの中に隠れていたのか知らないが、裏山で別れたはずの沙都子に間違いなかった。

 

「く……捕まえろ!」

 

手の空いていた山狗たちが沙都子に向かっていくものの、沙都子のいるワゴンの運転席から降り立った山狗がその前に立ち塞がる。

 

そいつは、同僚であるはずの山狗たちを見回しながら機嫌よさげに指を鳴らしていた。

 

「おら、ぶっ飛ばされたいヤツから前に出な!」

 

どうやら味方らしいが、なんでこれから殴り合いをしようというのにあんなにも楽しそうなのか理解できない。

 

「ひ……雲雀13!? 貴様、いったいなんの……」

 

「ど、どうしてここにいる!?」

 

「全車診療所に急行しろっつったのはテメーらだろーが。わざわざ来てやったんだ、さっさとかかって来いッ!」

 

沙都子たちはどうも村の各所からここに集合するワゴンに紛れてここまで来たらしい。

 

「ちなみに予備の弾薬やら銃器やらはこちらの車に移し替えておきましたわ。補給が必要な方がいらしたら、いつでもわたくしにお申し付けくださいませー!」

 

もちろん渡す気がまったくない沙都子が大笑いする。

 

「き、汚ねぇ……! 汚ねぇだろてめぇら!」

 

「卑怯卑劣は敗者の泣き言。むしろ褒め言葉ですわね!」

 

完全に部活のノリで笑い飛ばす。

 

「来ねぇんならこっちから行くぞおらぁ!」

 

そう叫びつつ手近な山狗に殴りかかる雲雀13。

 

強烈なフックをくらって一発で倒れかけた山狗の腕を掴み振り回すことで別の山狗にブチ当て、まとめてなぎ倒す。

 

完全に力任せの戦い方だった。

 

「こりゃいいぜ! 形勢逆転かぁ!?」

 

「あははは! 沙都子ちゃん、ナイスだよ!」

 

圭一とレナも加わり、山狗たちを撹乱する。

 

敵味方が入り乱れて乱戦となった場ではもはや銃も使うわけにいかず、圭一たちのペースになっていた。

 

「さ、参加したい……!」

 

僕と梨花ちゃんと、なぜか美雪ちゃんが窓に張り付いて涙を流していた。怪我が酷くなければ参加したかった……!

 

「参加しなくていいのです、デンジャラスなのです!」

 

あぅあぅと呆れているのは羽入ちゃんだ。

 

「沙都子ちゃんが無事だったのはいいけど、どうしてアレと一緒にいるのかしら……」

 

鷹野さんも銃が手元にあったら、沙都子を助けに飛び出していきたげな雰囲気を漂わせていた。

 

そんな乱戦も、そう長くは続かなかった。

 

「く……撤退、全班撤収命令だっ!」

 

リーダーの叫びに、山狗たちは倒れた仲間をひきずって正門のほうに逃げ出す。

 

そこにはまだ無事なワゴンが3台ほど停まっていた。

 

あそこに全部乗せたら、こっちの車以上にすし詰めになるだろう。しかも男ばっかりとか、酷い罰ゲームだ……。

 

彼らの背中に、圭一が叫ぶ。

 

 

「小此木に伝えろ! 最後の舞台で待ってるってな!」

 

 

決着まで、あとわずか。

 

圭一の横顔は、誰よりもそれを知っているようだった。




<雑談>

今……感じる感覚は……
僕は『白』の中にいるということだ……
山狗は『黒』!
圭一たちは『白』
『黒』と『白』がはっきり別れて感じられるよ!
傷ついた体でも勇気が湧いてくる
『正しいことの白』の中に僕はいるッ!

神楽舞完結後、次に読みたい作品は?

  • 神楽舞、お疲れ様会もやってほしい
  • ひぐらし短編集
  • ひぐらし連載、長編もの(圭羽、梨圭など)
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