ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

15 / 15
第14話 アイドル伝説みおん

「……沙都子、お前、張ってるだろ」

 

圭ちゃんの口から発せられたその言葉には、火薬みたいに危険な匂いが漂っていた。

 

「羽入の捨てたカードを見もしなかった……最初から眼中にもないみたいにな」

 

どうやら圭ちゃんも気づいたか。沙都子は、私からあがることで1位の奪取を目論んでいる。放っておいても罰ゲームは避けられるのに、あくまでも狙うのは1位のみ。

 

くっくっく……天晴れなちびっ子め!

 

推理がそこまで辿り着けば、沙都子のそれが単なるポカミスではなく、私を食って1位に躍り出るための必勝の罠が張り巡らされていることにも気づいて当然……!

 

「な、なんのことでございますかしら!」

 

「ふん……、まぁいいさ。俺もリーチだ!」

 

そして、圭ちゃんも天晴れというべきか。

 

それ以上沙都子の手の内を追及しようとせず、戦う姿勢を崩さない。

 

強気の源は、言うまでもない。

 

沙都子がそうであるように、私も沙都子からあがることを予定しているからビリの圭ちゃんはセーフティで勝ちを狙えるという自信だ。

 

いいね、最後の詰めまで油断のできない大勝負……この、堪えられない高揚感!

 

続いて梨花ちゃんの捨てたカードは3人とも目的外。

 

さぁ、鮮やかに部長・園崎魅音の初フィニッシュを飾ろうか……!

 

私は山札に手を伸ばし、隠し持っていたあがり札を沙都子の引く順番に滑り込ませる。

 

そして一番上のカードを引いてくる……もちろん、それは上がり札ではなかった。

 

「さすがに一発では出ないね……ま、安全なトコを引いたからよしとしますか」

 

ここまでは計算どおり。

 

「ま、そろそろ出るでしょ……沙都子あたりから」

 

揺さぶるためにそう言ってやったら、沙都子の表情に戦慄が走ったのがわかる。

 

……さすがに勘がいい。こちらの仕掛けの内容までは気づかずとも、すでに仕込まれていることには気づいたらしい。でも、もう遅いけどね……!

 

「……いいや、終わりだな」

 

横から、圭ちゃんがそう告げる。

 

「へ?」

 

計算外の事態に、私の思考が凍りついた。

 

「それで上がりだ。リーチに一発が乗って、8枚。ボーナスで2倍乗って、16枚いただきだぜ!」

 

「……なっ!?」

 

やられた……!

 

羽入が捨てた瞬間に言うのではなく、レナの手番が終わるのを待って沙都子への台詞で皆の思考を場の流れへと集中させ、その隙に私と同じイカサマで私があがり札を引くように仕込まれていたのだ。にわか仕掛けの不自然さを、口先の技術でカバーするとは……。

 

圭ちゃんはにやりとして私を見る。どうやら、私の狙いまで見抜かれているらしい。……猫耳首輪こそ逆だけれど、トップとビリが私と沙都子の組み合わせになるのは一緒だから文句のつけようがない。

 

みんなと解散して、猫耳と首輪をつけた私は沙都子の小さなランドセルを抱えて二人きりで帰ることになった。

 

「圭ちゃんもなかなかやるよね。最後のアレ、仕込みだよ」

 

そう教えてあげたら、沙都子は目を丸くして驚いていた。

 

「えっ、そうでしたの!?」

 

「……うん。私が使ってたイカサマだからね、あそこでバラすわけにいかなかったんだ」

 

手口を説明すると、沙都子はしきりに感心していた。

 

「結構面白い奴だよね、圭ちゃんも。……それに沙都子も!」

 

そう言って笑いながら沙都子の手をとったら、突然のことに目を白黒させる。

 

「な、な、なにを……!?」

 

とても小さな手だった。それがわざわざセッティングしたこの場で、私の知りたいことの全てを物語っているかのように。

 

そう、知りたかったのはたったひとつ。

 

彼女、北条沙都子が『加害者』なのか、それとも『被害者』なのか、だ。

 

もしも彼女が、自分のとるべき手をとらずに全てを悟史くんに依存することで結果的に彼を追い詰めている加害者の一人だというのなら、彼女は私にとって敵でしかない。

 

でも、さっきのゲームでもわかったように、この子は決して馬鹿じゃない。

 

打てるものならとうに手は打っている。

 

ただ、沙都子の小さな手にはこの厄介な事態が余り過ぎているだけのこと。

 

魅音が悟史くん以上にこの子のことを気にかけているのも根拠のないことではなかった。

 

「たまにはいいじゃない。あんたのにーにーほどは一緒にいられないけどさ、これでも姉貴分のつもりだよ?」

 

この子は、悟史くんと同じ被害者に過ぎない。

 

それなら……守ってあげたい。この事態が魅音の手にさえ余るというならなおさらだ。

 

本来園崎家を継ぐべきだった私、本物の『魅音』が、不出来だけれど優しい妹に押し付けてしまった責任を果たさなければならない。

 

「あ……」

 

北条の娘と手をつないで帰る、なんてことは臆病なあの子にはできそうもない。

 

どんなに本人がそうしたくても、周囲を気遣ってしまうあの性格がそうさせない。

 

でも、それじゃダメだ。

 

園崎魅音は、北条沙都子の味方なのだと示す必要がある。北条家は敵だとしても、沙都子や悟史は魅音個人の友人なのだから手は出させないのだと、はっきりしておくべきだ。

 

このことで魅音が鬼婆や長老連中から査問にかけられるようなら、私が代わってあげればそれでいい。許しが得られるならそれでよし、許されないというなら……それは詩音、私が独断でしたことだと言うだけの話だ。

 

「あっ……ありがとう、ございっ、……」

 

感極まったように感謝の言葉を口に出そうとする沙都子の唇に、そっと人差し指をあてて止めた。園崎が沙都子に謝るならともかく、沙都子に礼を言わせるのは筋が違う。

 

「ほら……笑ってよ、沙都子。あんたが泣いたら、まるで私がいじめてるみたいじゃん」

 

それに、沙都子は園崎魅音と、笑って手をつなげる関係でなければいけないんだから。

 

涙目でこくこくとうなずいてみせる沙都子が、可愛く思えてしまう。

 

林の小道を抜けて、北条の家の前にでる。

 

……正直、気の短い私としてはこのまま家に乗り込んで意地悪叔母とやらを怒鳴りつけてやりたいくらいなのだけれど、さすがに魅音の名前を借りている状態のままでそれをやれば姉妹共倒れになりかねないからここは自重しよう。

 

見上げてくる沙都子に、ランドセルを渡す。

 

悟史くんもいないこの家に一人で帰っていかなければならないこの子の不安や怯えはいかばかりだろう。軽々しく理解したふりをするつもりもないが、この細い肩には重過ぎる覚悟が必要なことは想像がつく。

 

……だから、そうせずにはいられなかった。

 

「沙都子。……ごめんね。きっと、何とかするから」

 

ほんの一瞬、沙都子の小さな身体を抱きしめた。

 

なんの保証も確信もない、あやふやな約束なのに、どこか安らかな表情で私を見つめる沙都子の表情に、あの頃の大好きな妹の面影が重なってみえてくすぐったい気持ちになる。

 

「あはは、それじゃ、また明日!」

 

沙都子に手を振って、その場を駆け出した。

 

明日会う『魅音』は私じゃないけど、沙都子たちを助けたいと思う気持ちは一緒なのだからこのくらいの嘘は許してもらおう。

 

どこか穏やかな気持ちで村人たちの視線を受け流して、原付を隠した水車小屋まで戻った私はヘルメットを被る段になって、ようやく気づいた。

 

あああああああああああああ!?

 

どうも沙都子と別れたあともみんな見てると思ったら、猫耳と首輪つけっぱなしだったぁあああああああ!?

 

教えてよ沙都子ぉおおおおおお!?

 

……ま、いっか。

 

とりあえず、素敵な猫耳デビューを飾って村のアイドルになるのは私じゃないし。うん。

 

『ええええええええええええ!?……なんてことしてくれんの、詩音! 明日、どーゆー顔して登校すればいいのさ~!』

 

夜になって、魅音に電話したら情けない声を出す。

 

『その上沙都子を抱きしめるとか……おじさん、ごっつ恥ずかしいよ!?』

 

「いいじゃない、お姉だって沙都子を可愛い妹分だと思ってるのは一緒でしょ?」

 

『そりゃそうだけどさぁ……』

 

「ぐずぐず言わない! 優柔不断なお姉から『動かない』っていう選択肢を奪ってやっただけのことですよ~」

 

わざと意地悪な声を出してそう言ってやった。

 

そう、魅音と私の決定的な差はたぶんそこなのだ。

 

優しすぎる魅音には、決断力が不足している。覚悟が足りないといってもいい。

 

誰かが事態を動かしてくれるのを待つ、あるいはその場しのぎの解決策に逃げる。

 

双子の片割れとしては甘ったれと叱りつけてやりたくなることもしばしばだけど、それは結局、幼少期の人格形成ってやつに起因するのだろう。

 

私たちが物心ついた頃から、『魅音』と『詩音』は常に別格扱いをされていた。私はいつだって妹に『魅音』を貸し出す立場で、妹は『魅音』を借りるだけ。立場を借りているだけの人間に、決断力など必要ない。

 

この馬鹿はたぶん、いまでも自分の『魅音』が借り物だと思って遠慮しているのだ。

 

『そりゃ、私だってなんとかしたいとは思うけどさ。婆っちゃの取次ぎしかできない私にどうやって悟史や沙都子の力になれっていうのさ』

 

はぁ、とわざとらしくため息ひとつ。

 

「自分で考えろ……って言いたいとこですけど、私ももう黙って見てる気はないから他人事じゃないね。一緒に考えよう、お姉」

 

『うん……、そうだね』

 

まず、私たちにとって確実に味方になってくれそうなのは誰か。

 

これは言うまでもない、部活メンバーだ。

 

まずは古手姉妹、彼女たちの持っている手札は羽入の『古手家頭首』という肩書き。場合によっては『オヤシロさまのお告げ』も使えるかもしれない。

 

レナと圭ちゃんの転校生コンビはどうだろう。

 

二人には村にコネクションがないが、逆にしがらみが少ないことが武器になる。

 

ダム戦争の間に定着してしまった、北条家を忌避する空気を無視することができるのだ。

 

『あ……、そういえば、圭ちゃんが悟史と同じところでバイトしたいって言ってきたよ』

 

「バイト?」

 

『うん。なんか悟史は最初遠慮してたみたいだったけど、圭ちゃんの口車で押し切られたみたい……会話の内容まではわかんないなぁ』

 

ふむ。確かに今日の件を見てても、最初に会ったときよりも二人がずいぶんと親しくなっているのはわかった。一緒にバイトをしたいというのも不自然さはないけど……悟史くんが遠慮してたところからみて、お金が必要なのは悟史くん。そこに、圭ちゃんが協力する形だと思って間違いないだろう。

 

「悟史くんにお金が必要そうな事情って、なにかわからない?」

 

『バイトの目標額が10万円くらいで、買いたいものがある、としか聞いてないんだけど……う~ん』

 

悟史くんが買いたいもので、圭ちゃんが協力を申し出るようなもの。

 

『でも、圭ちゃんが協力するって言うなら、私はすこし安心かな』

 

「っていうと?」

 

『うん。額が大きいからさ、仕事もそれなりにキツいし、ただでさえ悟史は疲れ気味でしょ。倒れちゃうんじゃないかって心配してたんだ。圭ちゃんが一緒なら無理はしないだろうし、単純に考えれば収入が倍になるわけだからね。沙都子のそばにいられる時間も増やせるんじゃないかな』

 

優しさなら一級品の魅音らしい視点だ。

 

二人の目標はわからないけど、圭ちゃんがすでに動きだしているというのは心強い。悟史くんや沙都子を助けるためという自覚が本人にあるかどうかはともかく、身近な男友達が相談に乗ってくれているのは悟史くんの心身の負担を減らしてくれるだろう。

 

「悟史くんはそれでよし、と。沙都子についてはどう?」

 

『そうだね、一番沙都子が気を許してるのは……やっぱり梨花ちゃんじゃないかな。部活のないときとか、いつも沙都子と遊んでくれてるし』

 

同い年の親友だからこそ、ということか。

 

……でも、たぶん沙都子についてはそれだけでは足りないと思う。

 

私が沙都子の味方だと立場を表明しただけで泣きそうになっていたのはその証拠だ。梨花ちゃんの存在は救いにはなっていても、それだけで気が晴れるほど簡単な状況でもない。

 

「やっぱりお姉やレナさんも、もっと沙都子を支えてあげるのがいいと思うよ」

 

『うん……。えっと、村の皆からの目っていうかさ、冷たいあしらいも沙都子を傷つけてると思うんだ。レナがね、前に商店街で沙都子を見かけたことがあって……買いたいものを言ってるのになかなか取り合ってくれなかったりとか、意地悪して酷いって怒ってたよ。そのときはレナが助けたみたいだけどさ……』

 

「そっか……、家の中でも外でもそんな状態なんだね」

 

やはり、という思いが拭えない。

 

沙都子はとっくに壊れていてもおかしくない日々の中にいる。

 

だからこそ、魅音が味方になってくれることがあれほど彼女を喜ばせた。

 

……気づけてよかった、と心から思う。魅音と違って優柔不断でない分だけ早とちりで動いてしまうことの多い私だから、下手をすれば沙都子を悟史くんを追い詰める敵として憎んでしまっていたかもしれない。

 

いや、私の中に迷う気持ちさえなければ……そうなっていておかしくなかった。

 

『レナや羽入と交替でさ、沙都子の買い物の時間に合わせてみるよ。私たちがそばにいれば、沙都子がつらい目にあうのは防げるかもしれない』

 

「うん、そっちは任せる」

 

それからいくつか打ち合わせをすませて受話器を置いた。

 

すこしずつでも、悟史くんと沙都子の助けになれればいい。

 

「……同情とか、そんなんじゃない」

 

そう、信じたいのだ。

 

私、園崎詩音は……北条悟史くんが純粋に好きなのだと、信じたい。

 

なりふりも構わず、確執のある園崎の娘を助けにきてくれた優しい彼に恋している、だから彼を、彼の妹を助けたいのだと……必死で自分に言い聞かせている。

 

でも……彼を想うとき、必ず浮かんでくる余計な顔が、もうひとつ。

 

単に面白い奴と割り切れればどれほど楽になれるかわからないのに、羽入とふざけあっていたときの楽しそうな様子、悟史くんと盛り上がってるときの笑顔、今日の部活で窮地に立たされながらも浮かべた不敵な表情、そのひとつひとつが頭から離れない。

 

油断ひとつで、好きだと自覚したはずの人よりも大きな存在になってしまいそうなあの男が正直、疎ましい。

 

圭ちゃんに出会わなければ……こんな気持ちに、ならなかったのに。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。