ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第15話 暗黒空間とヴァニラ・アイス

昔の人は言いました、働かざる者食うべからず。

 

葛西が隠れ家用のマンションを手配してくれたから当面の住処には困らない私だけど、何から何までお世話になっているのも心苦しい。せめて食費くらいは自分で稼ごうと、魅音の名前を借りて昔から私たち姉妹を可愛がってくれている叔父さんのお店で働かせてもらっている。

 

店名はエンジェルモート。カテゴライズすればファミレスの一種になるんだろうけど、メインのメニューはケーキやパフェ他デザート全般。そのわりには女性客が少ないわけは、ウェイトレスの無駄に過激な衣装にあったりする。……叔父さんの趣味はよくわからない。

 

「ご注文おきまりでしょうか?」

 

ま、変なところで乙女な魅音だとこれを着るのにはかなりの勇気が必要なんだろうけど、これはこれで可愛いかも、なんて思う私は肌の露出がどうとか、全然気にしない。

 

……はずだった。

 

はずだったのに……!

 

「…………魅音、だよな?」

 

「ふぇ……」

 

な、なんでここにいるのよ、コイツは……ッ!?

 

ぽかんとしながらも私の顔と、過激な衣装と、衣装に覆われていない素肌の部分を圭ちゃんの視線が浮遊する。

 

こいつの眼球には怪光線の発振装置でも内蔵されてるんじゃないかと思うくらい、視線の触れた部分がぽっと熱を帯びていき、しまいには全身及び顔面が発熱していた。

 

さっきまでなんともなかったこの格好が、いまは死ぬほど恥ずかしい……ッ!

 

「魅音……、どうしてこんなところで働いてるんだよ?」

 

見ないで、お願い見ないで、うぅうぅぅ……!

 

トレーで必死に身体を隠すんだけど、面積がまったく足りません先生!

 

陸戦型ガンダムのシールドくらいに役に立たないです!

 

「あ、あの、……お、叔父さんのお店の手伝い……」

 

加熱されすぎてシチューになりかかった脳を必死で回転させてやっとそれだけ答えると、圭ちゃんは納得したようにうなずいた。

 

「あぁ、そういえばこの前紹介してもらったバイトも親戚のとこだって言ってたっけ……そうか、なるほどな……」

 

必要以上に感心した様子で、まじまじと私を見る圭ちゃん。

 

「は、恥ずかしいんだから、その、あまり見ないでください……」

 

「いやいや、学校じゃことあるごとに嫌味たっぷりな委員長さんも、意外にそういう服、似合うなと思ってさ」

 

に、似合ってるなんて言われても嬉しくない!

 

これが悟史くんだったら嬉しいかもしれないけど、悟史くんにもこの格好は見られたくないなぁってそんなこと考えたら余計に混乱してきた!?

 

「わ、私だって、好きでこんな格好してるわけじゃ……」

 

「……って、泣きそうな顔するなよ。別にいじめようってわけじゃないんだから」

 

「ふ、ふぇ……?」

 

圭ちゃんはそう言うと苦笑ぎみに視線をそらした。

 

……意外だった。

 

普段いがみあっている魅音の弱みを見つけたとばかり調子に乗って、あれやこれやと悪戯されそうな気がしていたのに……。

 

「お前にはいろいろ世話にもなってるしな。他の奴には秘密にしておくよ。レナなんか、聞いたその日に吶喊して来かねない」

 

くすくす笑いながら、さりげなくメニューに視線を落とす。

 

やだ……、圭ちゃんやさしぃっ……!?

 

その手の優しさとか微笑みとかそーゆーのは、悟史くんの専売特許でしょうが!

 

圭ちゃんごときが私に優しくするな、そこになおれ、もっと皮肉とか織り交ぜて下心丸出しでいじめてくれないと、こっちの悩みの総重量が増大しちゃうでしょ、この!

 

いやいやいや、クールになれクールになれ園崎詩音。

 

別にいじめられたいわけじゃないんだ。うん。

 

「おや、圭一。知り合いなのか?」

 

と、お手洗いにでも行っていたのか、ちょうど席に戻ってきた中年のおじ様が圭ちゃんの向かいの席に腰を下ろしながら話しかける。

 

「あ、父さん。うん、学校で同じクラスの……って言っても、1クラスしかないんだけどさ。1学年上の……」

 

「そそそ、園崎、し、魅音ですっ!」

 

不覚。

 

……目の前の相手が圭ちゃんのお父様だと気づいた途端に、思わず深々とお辞儀をしてしまった。そんな必要全然ないばかりか、この衣装でこんな角度のお辞儀をしたらっ……!

 

「うそだ……」

 

圭ちゃんのお父様ががたっと席を立ち上がって叫ぶ。

 

「圭一の……、一学年上だなどと……、ウソをつくなあああああーッ!!」

 

「父さん、落ち着け。かがんだ胸元に暗黒空間を見てしまったからといって、ポルナレフになってしまう気持ちはわからんでもないが、公共の場でそれはまずいぞ。素数とか数えて落ち着くんだ」

 

脂汗を流しながら異常に呼吸を乱していたお父様は、息子になだめられて放心したように腰を下ろす。

 

「な……なぁ。圭一の一学年上って中2だよな……、これが、その、現代のいわゆる標準サイズなのか?」

 

「何を言いたいのかさっぱりわからんが、魅音は特別だと言っておくぜ」

 

圭ちゃんの言葉を聞いて、残念と安心の入り交じった顔でうなずき微笑む。

 

「……取り乱してすまなかったねお嬢さん。圭一の父です、日頃息子がお世話になっています。……いや、園崎さんと言ったかな」

 

突然礼儀正しくなるおじ様。……なにこの変態紳士。

 

「確か、土地を売ってくれたのも園崎さんだったような……不動産屋さんも、園崎不動産だったし。このへんには多い名字なのかい?」

 

「はい、特にこの興宮界隈には親戚がたくさんいますので……」

 

政治家から暴力団まで、なんでも揃うのが自慢の園崎家。

 

……それにしても、土地を買ったということは。

 

「圭ちゃん、興宮に引っ越してくるんですか?」

 

そう尋ねたら、

 

「いや、雛見沢のほうだよ。親父はこう見えても画家でさ、もともとアトリエを作る予定だったんだ。ついでにそこに住むことにしたんで、今日は下見やら手続きやらに来たんだってさ」

 

朝から電話がかかってきて、その案内を頼まれたせいでせっかくのバイトのない休日を潰してしまったとぼやいていた。

 

なるほど、それじゃ圭ちゃんはもともと雛見沢に来る予定だった……と。それで、噂に聞く梨花ちゃんの事件のとき、梨花ちゃんが雛見沢の子だとわかって何かの事情で圭ちゃんだけ先にこっちへ引っ越してきた……のかな?

 

「へー、画家さんですか……素敵ですね」

 

「ははは、そんなたいそうなもんじゃないがね。今日一日見てまわったが、雛見沢はいいところだよ、創作意欲が沸いてきたよ」

 

圭ちゃんが芸術家の息子さんか……なにかぴんと来ない。

 

「む……、黒もいいが、むしろ白のほうが陰影が際だつと思わないか圭一!」

 

「何の話かさっぱりわからんが、創作意欲の方向性に疑問を感じるのは俺だけか?」

 

なにか親子で高尚な会話をしているらしかった。

 

おじさまの注文は、ヴァニラアイスだった。

 

それから圭ちゃんたちが食事をすませるのと私のあがりがたまたま一緒だったので、ついでだからと駅まで圭ちゃんのお父様を見送ることになった。

 

「それで、こちらにはいつ引っ越して来られるんですか?」

 

なんとなく気になって聞いてみた。

 

……いや、別に、圭ちゃんが羽入や梨花ちゃんの家を出る時期が知りたいとか、ぜんぜんそんなんじゃないんだけど。

 

「これから東京の設計士の友人と話を詰めて……早ければ今年の初冬、間に合わないようなら春からになるだろうね。不動産屋さんの話だと、ここいらはずいぶん雪が積もるようだから」

 

「へえ、そうなのか? 標高が高いのかな」

 

雪が楽しみだという顔をする圭ちゃん。

 

「雛見沢の冬をなめちゃいけませんよ、圭ちゃん。へたすると、羽入の家は窓から出入りするはめになるんだから」

 

「げっ、マジかよ!?」

 

想像がつかないという様子だった。

 

「東京ってそんなに雪が降らないんですか?」

 

「そうだね。何cmっていえるほど積もると、電車は止まるし人は転ぶし大騒ぎだよ」

 

……私も1年余りを外の土地で過ごしたものの、それなりには降る場所だったのでそちらのほうが信じられない。

 

「むむ、これは耐雪設計に力を入れた方がいいかもな……」

 

そんなことを話しながら、駅のホームまで送る。

 

「それでは園崎さん、なにかとご迷惑をおかけするかもしれませんが圭一をよろしくお願いします」

 

「あ、いえいえ。こちらこそ圭ちゃんにはいろいろと助けてもらっちゃってますから」

 

ぺこぺこと頭を下げあって、圭ちゃんのお父様は電車に乗り込んで東京へ帰っていった。

 

電車がすっかり見えなくなってから、圭ちゃんは肩をすくめた。

 

「今日は悪かったな、魅音」

 

「え?……別にいいですよ、どうせ暇ですし」

 

そう答えたら、なにか釈然としない表情になる。

 

「……なんです?」

 

不思議に思ってそう言いながら歩き出した私の隣に並び、なにげなく聞いた。

 

「お前、……ほんとに魅音か?」

 

「ッ!?」

 

思わず心臓が止まるかと思った。

 

な、なんで、圭ちゃんが気づくの……!?

 

私と魅音の違いなんて、親だってそうそう気づかないのに……!

 

その上、私の存在だって知ってるはずがないのに……!?

 

「……いや、親父にならともかく俺にまで丁寧に喋らなくていいんだぞ?」

 

「ぁ」

 

……なんたる間抜け。

 

どうも私は、心の準備ができていないと、魅音を名乗っているのに魅音モードの喋り方を忘れてしまうことがあるらしい。もともとの詩音が小さな頃は控えめな喋り方をしていたのを真似たのと、1年ちょっととはいえ躾の厳しいお嬢様学校にいた経験の合わせ技で、デフォルトの口調がそうなってしまっているのだ。悟史くんの前に出たときとか、ついつい素になってしまう。

 

……だ、だからといって、圭ちゃんを悟史くんと同レベルに見ているというわけではなくて、今日はうっかり忘れていただけだ。

 

いや、ほんとに。信じて。

 

「あ、あはははは。ほら、客商売なんかしてるとね、バイト終わってもなかなか切り換えができなくってさぁ!」

 

これなら、ちゃんと魅音に聞こえるはず!

 

……と自信たっぷりの私だったんだけど、圭ちゃんはまじまじと私を見たあとでふっと笑みを浮かべて、ひょいっと私の頭に手を伸ばしてきた。

 

「ぇ、ひゃ!?」

 

わしわしと乱暴に撫でられて、思わずその場で硬直してしまう。

 

悟史くんのふわふわした優しい撫でかたとは全然違う、のに……。

 

ぽぅっと身体が暖かくなって、胸の奥がじわりと満たされる感じがする。

 

「……ん」

 

いつのまにか目を閉じてその心地良い温度を堪能していたのに、圭ちゃんは不意に手を離してまた歩き出してしまう。

 

目を開けたら、顔半分だけこちらを振り返ってへらへらと笑っていた。

 

「……もう、いきなり何すんのさー」

 

物足りなくて不満な気分を、本音とは正反対の言葉でぶつけてやる。

 

そんな私を見て楽しそうに笑いながら、圭ちゃんはすこし照れたように頬を掻いた。

 

「いや、なんか……可愛いとこもあるんだな、お前」

 

直撃だった。

 

野戦用のヘルメットごと小銃弾にブチ抜かれた感じ。

 

どこからか「衛生兵! 衛生兵ッ!」という戦友の叫びまで聞こえてきそうなくらい。

 

容赦のない一撃で、私はとことんまでうちのめされてしまった。

 

「うぁぁぁぁぁぁん……!」

 

『ちょ、ど、どしたの詩音!?』

 

その夜の魅音との電話も、私はベッドに突っ伏しながらだった。

 

「お姉……、私、もうだめだ……。ばかになっちゃったぁ……ぐすっ、ひぐっ」

 

自己嫌悪に押し潰されそうになりつつも、胸の真ん中でずきんずきんと痛いくらいに鼓動がおさまらない。

 

『な、なになに、どういうことぉ? それに、なんか聞いたような聞かないような……』

 

怪訝そうな魅音の声もろくに頭に入ってこない。

 

「うぅぅぅうぅ……、お姉にゃわかるまい、この気持ち……」

 

駄目だ、私……最低だ。

 

もう、何をどう取り繕っても認めざるをえない。

 

私は……圭ちゃんを、前原圭一を、好きになってしまっている。

 

タイプは正反対だけど、たぶん二人とも私が好きになれる男の子だったんだろう。

 

どちらかと先に会っていればここまで複雑なことにはならなかったのに、私はあのとき、二人にほぼ同時に出会ってしまった。

 

悟史くんの、どこまでも安心させてくれるひなたの匂いがする笑顔も。

 

圭ちゃんの、危なっかしくてそのくせどきどきさせられる不敵な笑みも。

 

深く深く、この胸に刻みつけられてしまった。

 

重ねられた刻印のどちらかを切り捨てることなんてできるのだろうか。

 

私は、もっと一途な女だと思ってたんだけどなぁ……。

 

『しーおーんー?』

 

魅音の声に、ようやく顔を上げる。

 

「……お姉。絶対、助けようね」

 

『へ?……あ、うん。悟史と沙都子のことだよね』

 

「あったりまえでしょ!」

 

いいだろう、開き直ってやる。圭ちゃんのことも好きなのは認めるけど、それはそれ、これはこれだ。

 

私は悟史くんのためだけに動くわけじゃない、沙都子だってもう放ってはおけないくらい大切に思っている。

 

結論を出すのは、この問題に決着をつけてからでも遅くはない。

 

園崎詩音は欲張りなんだ、欲しいもの全部、大切なもの全部、守ってみせる。

 

それが私の誓い。

 

さあ、アンビバレンツな恋を一対の翼に変えて、嵐の空へ飛びたとう。

 

逆巻く風も激しい雨も、この決意をくじけはしない。

 

怖れない、怯まない、揺るがない。

 

どこまでも力強く、まっすぐに羽ばたくだけ……!

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