ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第23話 にぱ~☆は社会の潤滑油

鷹野三四と彼女の指揮する山狗は、すくなくとも3年目の祟りの執行者だと私は確信している。つまりは、私の両親を殺した犯人だ。

母が私を雛見沢症候群の研究に使い続けることに強硬に反対して鷹野と対立、父も同調しかけたあのタイミングで、それも都合良く綿流しの日に父が謎の急死を遂げ、診療所へ付き添った母が忽然と姿を消した。

 

これで鷹野を疑わない方がどうかしている。

 

もちろん私だって最初の頃はその運命に抗った。

 

両親を説得して、研究への協力に同意させようとしたことも、へたに動けば山狗に始末される危険を力説し、警戒させようとしたこともある。しかし10歳にも満たない子供の言葉に両親を動かすだけの力はなく、それどころか私にそれを吹き込んだとおぼしき入江たちへの不信感を煽るのみで、彼らの死を防ぐ試みはことごとく失敗に終わった。

 

それならばと入江や富竹に対して鷹野を告発したこともある。これも信じてもらえないことが多かったし、一応取り調べということで鷹野が一時東京に拘束されたこともあるが、両親が健在だったり鷹野が不在だったりすれば研究は思うように進まず、4年目の沙都子や悟史はますます酷い状態となり、……いま考えても身の毛のよだつ話だが、私が沙都子に疑心暗鬼を向けられ、最終的には彼女のトラップで死を迎えるという結末を辿ったことがある。

 

そうして試し続けるうちに私が至った結論は、私や沙都子が生きて昭和58年に辿り着くためには、3年目の祟りで両親が犠牲になることを見過ごすほかない、という残酷な現実だった。

 

彼らを見捨て続け、生きていた頃に戻れなくなった今となっては両親を愛していたなどと口が裂けても言えないが、こんな罪深い苦悩を背負わせた鷹野を恨まなかったと言えば嘘になる。それでも、沙都子を救うための研究の一員として、私を護衛する山狗の指揮官として、彼女とのある程度良好な関係は続けていかなければならなかったのだ。

 

彼女が5年目の祟りで焼死体として発見される運命を知っていたからこそ、ある種の憐れみも手伝ってその境遇を甘受してきた私だったが、前の世界でその死体がどうやら偽装であることがわかり、彼女こそが百年の間私を殺し続けた黒幕だと気づいたときには、驚きと同時にこの身が打ち震えるような歓喜を覚えてしまった。

 

両親と私、古手家を一人で滅ぼした鷹野こそが私を閉じこめる迷宮の支配者だというなら、生き残るために彼女を排除することにいささかの躊躇も必要ない。

 

この最後の世界で鷹野にのうのうと生を謳歌することを許すのは、あと1年の間だけだ。

 

本当はいますぐにでも嬲り殺して両親や前の世界の皆にあの世で懺悔させてやりたいが、沙都子の治療と羽入の護衛という点でこの女にはまだ利用価値がある。こいつが牙を剥く昭和58年6月までは生かしておかなければならない。そのときにはお望み通り祭具殿の拷問器具のフルコースで百年分の恨みつらみをたっぷりと味わわせてやるとして、とりあえず生かしている間は利用できるだけ利用すべきだ。

 

「……鷹野は、オヤシロ様に詳しいのですよね?」

 

富竹が来るまで手持ちぶさたな様子の鷹野にそう話しかける。

 

「ええ。雛見沢の郷土史研究は、私のライフワークだと言っても過言ではないわ。……うふふ。もっとも、オヤシロ様の巫女さんほどには詳しくないかもしれないけどね」

 

オカルト趣味に走ったスクラップ帳の存在を知る私にとっては郷土史研究が聞いて呆れるところだが、そんなことはおくびにも出さない。

 

「羽入は祭具殿に出入りできるので詳しいかもしれませんが、僕はあまりよく知らないのですよ……ぁ、村のみんなには、内緒にしてくださいです」

 

いかにも失言をしてしまったというように慌てて付け加える。

 

「くすくす、いいわよ。次女とはいえ、巫女ともあろうものが祭神をよく知らないだなんて、あまり格好のいい話じゃないものね。内緒にしてあげる」

 

いかにも子供相手に話を合わせてあげているという調子で、しーっと人差し指を唇にあててみせる。

 

この忌まわしい女とも百年の付き合いだ、こいつのあしらい方は心得ている。

 

鷹野の弱点は、優越感という感情。

 

相手が自分よりも知識がない、劣っているという意識を常に抱いていて、何が楽しいのか知らないが機会があれば薀蓄を披露し、それを証明したくなる悪癖がある。そして自分の優位性を確認したなら、相手を言葉巧みに翻弄し、内心で嘲笑しながら玩具として扱う。レナや詩音らをたびたび惑わせたあの悪趣味なスクラップ帳は、そのための遊び道具なのだ。

 

その感情は常に、恐るべき貪欲さで獲物を探している。

 

だから、私自身を餌にすることでこいつの優越感を釣り上げるのは簡単だった。

 

「みぃ……僕は、いけない巫女さんなのです。オヤシロ様を信じていますが、それでも、今年は誰に祟りがあるのかと……とても、怖いのです」

 

「そうね……。梨花ちゃんたちも、無関係ではないものね。くすくすくす!」

 

すこし苛立つ。

 

お前自身が両親を手にかけておきながら、親の死から1年も経っていない子供相手に失笑する無神経さ、いますぐにでも絞め殺してやりたいくらいだ。

 

「みぃ……」

 

目に涙をためて見つめてやると、ようやく自分の態度が非常識であるということに思い至ったらしい。

 

「いえ、ごめんなさい……でも、オヤシロ様はやさしい神様でしょう? 祟りなんて起こさないんじゃないかしら」

 

「でも……」

 

鷹野のいつもの手口はこうだ。

 

まずは何年か続いている連続怪死事件についての客観的事実と、オヤシロ様や鬼ヶ淵にまつわる血生臭い、こちらはやや偏った主観の入り混じった歴史的根拠を持ち出して、相手の心にそれらの事件や事実に相互の関連性があるという妄想をたっぷりと植えつける。

 

相手の理性や常識的思考が反発を覚えるのを見計らって、爆弾を投下する。

 

即ち、怪死事件は人の手による連続事件であるという『合理的説明』を提示するのだ。

 

この時点で鷹野の話術に絡めとられた者は、祟りという超自然的な力よりも雛見沢の闇に巣食う狂信が招いた見立て殺人であるという、一見納得できそうな推理のほうに傾いてしまう。こうなってしまうと、そもそも村の歴史もオヤシロ様もそれぞれの事件も、互いに関係がないのではないかという当たり前の地点まで発想を戻すことのできる人間はほとんどいない。

 

百年の魔女を自負する私に言わせれば、稚拙に過ぎる思考誘導だ。

 

「……誰が犯人なのかは、めったなことでは言えないわね。だって、もしも正解だったら私が今年の祟りの生贄に選ばれてしまうかもしれないもの! くすくす!」

 

「み、みぃ……」

 

本来なら、ひと癖もふた癖もあって柔軟な思考を持つ部活メンバーがこの程度の詐術に引っかかることはない。だが、自分が祟りに遭いかねないという理由が彼らに存在するときには思考回路は正常に働かず、鷹野のスクラップ帳の真贋入り混じった仮説の網に捕らわれ、妄想と疑心暗鬼に取り憑かれる。そして5年目の祟りで富竹が不気味な死に様を見せ、鷹野があたかも真実に近付き過ぎたために消されたかのような状況で姿を消せば、それはとどめとなる。

 

鷹野は愚かな犠牲者が凶行を起こすのを高みから見下ろして哄笑する、いつかの世界の圭一の言葉を借りるなら、まさに悪魔の脚本だと言っていい。

 

……が、今回ばかりは喧嘩を売った相手が悪い。

 

惨劇の舞台の裏側を見つめ続けてきた魔女の手にかかれば貴様ごとき赤子も同然、私が書いた今回の脚本で貴様に許されるのは、私の掌の上で踊り狂う役だけだ!

 

「それで、あなたは誰が今年の祟りに選ばれると思うのかしら……?」

 

鷹野の質問には、醜悪で残酷な意味がこめられていた。

 

彼女は暗にこう言っているのだ。

 

『自分が祟りに選ばれたくない、では誰が選ばれたら満足なのか?』

 

「それは……、い、いえ」

 

はっとしたように顔を上げて、すぐにふるふると首を左右に振る。

 

「ボクは、誰も祟りになんか、遭ってほしくないのです……」

 

「うふふ、そうよね! オヤシロ様の巫女ともあろう者が、誰かの不幸を願うだなんていけないことだものね……くすくすくす!」

 

瞳に罪悪感を滲ませながら、項垂れてみせた。

 

視界の端で、鷹野が残忍な笑みを形作るのがわかった。

 

「例えば、そう……梨花ちゃんのお友達をいじめるような悪い人だって、大事な村の一員ですものね……?」

 

かかった。

 

あっけなさすぎて欠伸が出そうになるのをこらえて、ぎゅっと拳を握り締め、小刻みに顔を震わせる。まるで自分の罪深さを見透かされた罪人のように。

 

「うふふ、大丈夫よ。祟りはきっと去年でおしまい。今年の綿流しは、素敵なお祭りになるわ……多分、ね」

 

鷹野のサディスティックな思考が描いたストーリーは明白。

 

友人の身を案じる無垢な少女が、思い浮かべてしまった祟りに選ばれるのに相応しい『誰か』。

 

その誰かが本当に今年の祟りで犠牲になってしまったなら、少女は恐れ、犠牲者の不幸を願ってしまった自分を悔いるだろう。

 

そして嘆きよりも深く刻まれるものは、恐怖。

 

来年、祟られるに相応しい罪人は……もう、自分しかいないのだと。

 

羽入の妹である私を、そんな滑稽な形で破滅させることを夢想する鷹野の愉悦はいかばかりか。

 

だから実行する。

 

この私の紡いだ糸に操られて、今年の祟りに北条夫妻を選ぶ。

 

雛見沢症候群の存在も、鷹野にそれが可能な山狗という手段があることも知らないはずの私を、絶望と疑心暗鬼の淵へと追いやるささやかなゲームのために、この女は再び執行者となる。

 

怯える私を好きなだけ嘲笑うがいい、ゲームに勝つのはこの私だ。

 

私も、愛する仲間たちも手を汚さない。

 

叔父と叔母だけが、貴様の血まみれの手でこの世界から消え去るのみ。

 

まさに、最高の脚本。

 

そして鷹野三四、最後には貴様の息の根をこの手で止めてやる。

 

百年分の怨嗟をこめて。

 

それは復讐の神楽舞、

 

祟り神に奉げる最後の奉納乱舞……!

 

「やあ、鷹野さん、待たせたね。……おや、梨花ちゃんとお話していたのかい?」

 

カメラを手にした富竹が、石段のほうから現れる。

 

「ジロウさん、遅かったじゃない。また道に迷っていたのかしら?」

 

鷹野がからかいの言葉を投げると、富竹は「まいったなぁ」と苦笑を浮かべる。

 

「富竹……」

 

怯えの表情を崩し、取り繕うように「にぱ~☆」と笑顔を浮かべる。

 

「鷹野が待ちぼうけで寂しそうだったので、かわいそかわいそしてあげてたのですよ」

 

「はっはは、それは悪かったね!……それじゃ、お礼になるかどうかはわからないけど」

 

富竹はカメラを縦に構えると、私と鷹野に向けた。

 

「二人の仲良しの記念に、一枚どうかな」

 

……複雑な思いが交錯する。

 

何も知らない、罪もない富竹の純粋な好意だとはいえ、最悪の仇との平和すぎるツーショットだなんて、洒落にもならない。

 

「お言葉に甘えましょうか、梨花ちゃん。……怖がらせて、ごめんなさいね」

 

にっこりと微笑んだ鷹野が、隣でかがんで私の両肩にふわりと手を添える。

 

その優しげな手の温かさと柔らかさは、遠い昔に母と撮った記念写真を思い出させる。

 

「おっ、和やかな雰囲気がいいね。はい、笑って~」

 

いま笑ったら、泣き笑いのようになってしまいそうで……うまく、表情が作れない。

 

「ほら、梨花ちゃん。……にぱ~☆」

 

「に……、にぱ~☆」

 

かしゃり、とシャッターが切られた。

 

「それじゃ、またお邪魔したときにでも持ってくるよ」

 

「ふふふ、楽しみね。さようなら、梨花ちゃん」

 

撮影を終えた二人は、カメラ談義に花を咲かせながら境内から立ち去った。

 

……く。

 

なんだ、この後味の悪さは。

 

私は間違っていない。

 

両親をあいつに殺された、生きたまま腹を割かれた、目の前で仲間を次々と射殺された、何百回も私自身を殺された!

 

「……うぅ」

 

でも、前の世界では。

 

警察のせいでできなかったとはいえ、山狗を使って沙都子を助けようとしてくれたんじゃなかったっけ?

 

そのことを気にして、相談所へのデモにも参加してくれたんじゃなかった?

 

……いいや、騙されるな、古手梨花。

 

鷹野三四は常軌を逸した殺人者、笑いながら人を撃ち殺せる狂った魔女なんだ。

 

私に利用し尽されて当然、殺されて当然の女なんだ!

 

「うぅぅぅ……!」

 

必死で言い聞かせているのに、これは何?

 

この頬を流れ落ちる、だらしのない痛みの欠片はいったい何?

 

まるで取り返しのつかない過ちを犯してしまったかのように、胸に開いた空虚な傷痕は、何なの?

 

クールになれ、古手梨花……!

 

「あれ、……梨花ちゃん?」

 

背後から、声。

 

まるで何かにすがるように、振り向いていた。

 

「え、……お、おい。泣いてるのか?」

 

圭一だった。

 

私の顔を見るなり、覿面に狼狽して駆け寄ってくる。

 

「ど、どうした。どっか痛いのか。それとも、いじめられたのか?」

 

まるで心配性の兄のような言葉をかけられて、思わず笑ってしまった。

 

なんて無様だ、魔女気取りの小娘め。

 

「圭一……っ」

 

たよりない声をあげながら、みっともないくらいに勢いよく抱きついた。

 

じわり、頬に、胸に、圭一のぬくもりが浸透する。

 

息が詰まるのもかまわずに、その背中に回した両腕にありったけの力をこめる。

 

深く深く、もっと深く。冷え切った身体の奥へ、圭一の熱を取り込まなければ。

 

……あぁ、ほんとうに、格好悪い。

 

圭一には、そんな私ばかり見せてしまっている気がする。

 

「梨花ちゃん……、よくわかんねーけど、その、さ」

 

どこかくすぐったそうな声で笑いながら、圭一は私を抱きしめた。

 

「取り戻せないものは、あるよ。取り返しのつかないことも、……ある」

 

思わず、息が止まりそうになった。

 

「でも、それでも。誰が許さなくても、俺が許すから」

 

違う……、圭一はただ、私の様子から、あてずっぽうで言っているだけ。

 

「だから、今は梨花ちゃんが自分自身を許せなくても、いいんだ。いつか許せるようになるまで、その後悔を忘れなければ……さ」

 

なのに……なんだってこう、普段は鈍感な癖に、一番重要な言葉だけははずさないのか。

 

「きっと、これからもずっと……そういうことの繰り返しなんだよ、俺たちは」

 

顔を上げると、自嘲と優しさの入り混じった、照れくさそうな笑顔。

 

圭一のくせに、生意気なんだってば……!

 

「だから、泣いてもいいぜ。泣きたくなったら、いつだって抱いてやるからさ」

 

眩し過ぎる光は、私の擦り切れてしまった内面には毒となる。

 

だから瞬間的に湧き上がった意地の悪い衝動を、私は押しとどめようともしなかった。

 

それはまさに、一瞬の略奪劇。

 

「……ッ、な、梨花ちゃんっ!?」

 

目を見開いて後ずさり、真っ赤になって慌てふためく前原圭一を、私は半眼で見つめ返しながら軽く舌なめずりをしてやった。

 

「圭一、ごちそうさまです。……にぱぁ~☆」

 

ざまあみろ、だ。

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