ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第2話 前原圭一の憂鬱

終了の声がかかり、俺は最後にざっと解答用紙に目を通してから席を立った。

 

帰り支度をした生徒たちは裏にした解答用紙を教壇に置くと、無言のまま教室を出る。

 

特進コースの生徒達にとってそれはいつものことで、かく言う俺もその例に漏れない。

 

ライバルでしかないやつらとなにを話せばいいのかわからないし、くだらないことを話して時間を潰すくらいなら英単語のひとつでも覚えた方がよほど有意義だ。

 

廊下を歩いていると、一般クラスの教室には授業を終えた生徒たちが楽しそうにお喋りをしている。

 

……その中には、中学の同じクラスで見かける顔もあった。

 

俺は望むならこのまま開け放たれた扉をくぐって、そのお喋りの輪に入っていくこともできるだろうが、それはしない。そうしたいとさえ思わない。

 

もう何年もの間その可能性を黙殺しているのだから、いまさら苦痛でもなんでもない。

 

中学に入って約1ヶ月、俺の生活はランドセルを背負っていた頃と何も変わらない。

 

教室に挨拶やちょっとした言葉を交わす奴は何人かいるけど、それだけだ。

 

あいつらは友達でも仲間でもないし、向こうだって俺のことをなんとも思っちゃいないだろう。

 

ただのクラスメイト。

 

部活もやってないし、放課後はさっさと塾に向かう、顔に似合わないガリ勉野郎。

 

……ふん、まぁいいさ。

 

あいつらの見る目もテストが返ってくる頃には変わってくる。

 

学校のテストでいい点をとるなんて簡単なことだ。

 

特進クラスはほとんどの教科ですでに2年生の内容を進めている。

 

目指す場所が違うんだから、進み方も違って当然だ。

 

奴等も、なんでもないような顔をしながら学年で一桁台の順位を確認する俺を見て、俺が自分たちとは明らかに違う場所にいる人間だと悟るんだ。

 

小学校でもみんなそうだった。3,4年生頃まではよく一緒に遊んでいた、仲の良かった連中だってすこしずつ遠巻きに俺を見るようになっていった。

 

ただ人より勉強ができる、それだけのことで俺から離れていった。

 

そんな奴等は、仲間じゃない。

 

「今日は暑いな……」

 

舌打ちをしながら塾を出て、単語カードを片手でめくりながら駅前通りを歩く。

 

親父とお袋は今日も仕事で帰れるかどうかわからないようなことを言ってたから、いまから家に帰っても食事にはありつけないだろう。別に食べたくもないし、そういうときのために金はそれなりに渡されてるから、そこらですませてしまおう。

 

そう決めて、俺は昼下がりの喫茶店に入り奥のテーブルで参考書を広げると、やってきたウェイターに軽食を注文した。

 

問題用紙をチェックして、まずまずの出来であることを確認。解法や計算にミスがないかをもう一度念入りに洗ってみる。

 

と、斜め前の席にふうふう言いながら髪の長い小さな女の子が座るのが見えた。

 

手荷物というにはすこし大きなバッグを抱えているところから見て、旅行者だろうか?

 

こんな住宅街に旅行者っていうのも珍しいけど、考えてみれば世間ではちょうどゴールデンウィークに入ったところだから、このへんの知り合いの家にやってきた……とかならおかしくもない。でも、あのくらいの年の頃にしては保護者がいないのはすこし不自然か。

 

だいぶ疲れ気味なのか、いまにもテーブルに突っ伏しそうだ。

 

あの様子じゃ、よっぽど遠くから旅して来たんだろう。

 

……お疲れさん。

 

サンドイッチ片手に、ノートにペンを走らせながらときどきそちらの席に目をやる。

 

後ろ姿だから顔はわからないけど、注文で戸惑ったり、出てきた料理を興味深そうに眺めてる様子がありありとわかって、すこし和んだ。

 

俺も、あのくらいの頃は普通の子供だったな……なんてノスタルジックな気分に浸る。

 

それから練習問題を何ページかやり終えた頃には、さっきの女の子の姿はもう、その席になかった。

 

会計を済ませて、まだ家に帰るにはすこし早い時間だったので図書館に寄る。

 

試験に出そうな文学作品集を2冊ほど選んで借りることにした。ポイントになりそうなところしか読まないのはもったいない気がするけど、それもテクニックだと言われれば仕方ない。

 

帰り道、閉まる寸前のスーパーで夜食用のカップラーメンを1つ買うことにする。

 

たまには目先を変えようかと悩んだけど、悩む時間ももったいないので結局は定番の豚骨ショウガ味。

 

部屋に戻ると案の定、親父たちは帰っていなかった。

 

誰もいないのにただいまというのもばかばかしくて、無言のままさっさと自分の部屋に引っ込むと上着や鞄を放り出してベッドに倒れ込んだ。

 

……特別なことはなにもない、代わり映えのない休日。

 

体も心もちっとも休めた気はしないけど、そんなのは何年か先で構わない。

 

俺は特別なんだから。

 

他の奴等とは違うんだから。

 

そう言い聞かせて重い体を引きずり、机に向かう自分がどこかずれていることには気づいてる。気づいてるけど、ほかにどうしようもない。

 

親父もお袋も、成績がいいっていう一点でしか俺を評価してくれないし、学校の先生も、塾の講師も、まわりの連中もみんなそうだ。

 

ほかに俺には何一つ他人に誇れるものがない。

 

だから、それをするしかないんだ。

 

今日も。明日も。ずっと。

 

昨日やりかけだった問題集を開いて、シャーペンを握る。

 

退屈な問題文を一度頭の中で組み替えると、自然にわかりやすくまとまっていく。

 

あとはテクニックとして身につけた、一番効率のいいやり方で答えの辻褄を合わせる。

 

勉強なんて解き方がわかってしまえばパズルと一緒で、興奮なんて与えてくれない。

 

俺がどんなに面白い解き方を編み出しても、教科書のそれと違っていればよくて三角しかもらえない。

 

結局どいつもこいつも見るのは点数、結果だけなんだ。

 

こんな創造性のかけらもない、つまらないことばかりを積み上げていい学校に入って、そういう奴等がエリートになるんだから、そりゃあ世の中面白くなるはずがない。

 

だからといって俺がそれを変えてやるなんて大それた野望ももっちゃいないし、勉強が楽しくてやってるわけでもない。

 

ほかにすることがないから、してるだけ。

 

「……すこし、休むか」

 

シャーペンをノートの上に転がして、身体を軽く伸ばす。

 

ドアの向こうで物音がしてるからいつの間にか親父たちも帰ってきたらしい。

 

俺の勉強を邪魔したくないからと、いつからかただいまの声もかけなくなった。

 

だから俺もおかえりとは言わなくなった。

 

あとはせいぜい時間を見計らって風呂に入るようにとのお達しがあるくらいだろう。

 

親父もお袋も俺の成績以外には興味ないし、俺も話題にできるのはそれだけだから、普段の生活では干渉しあわないほうが楽なのだ。

 

家族なんていっても、そこには信頼関係なんてありゃしない。

 

しょせん、利害関係だけ。

 

子供である俺の価値なんて、どこの学校に入れるか、どこの会社に入れるかで決まる。

 

エリートと呼ばれるような職についたら、両親はきっと感激するんだろう。

 

ああ、自分たちの教育は間違っていなかったってな。

 

……それは全部、俺の努力なのに。

 

「はっ……」

 

子供じみた鬱屈を持てあまして、自分自身を鼻で笑う。

 

引き出しの奥から、エアガンを取り出してバルコニーに出る。

 

さすがにこの時間になると外気は頬に冷たかった。

 

トリガーに指をかけて、眠らない街の夜景を銃口でなぞっていく。

 

本当になにかを撃ちたいなんて思ったことはない。

 

空き缶を撃ってみたり、電線にとまってるカラスを狙ってみたりはしたこともあるけど、別に何かを壊さなくても満足できることを知ってからはご無沙汰だ。

 

……そう、むしろ実際には撃たないのが一番面白い。

 

たとえば、何も知らずに歩いている通行人に銃口を向ける。

 

狙った本人や、偶然外を見ていた誰かに気づかれれば、どんな騒ぎになるだろう。

 

そんな想像をしながら、弾が出るか出ないかぎりぎりまでトリガーを絞り込む。

 

それが一番、スリルのある遊び方だった。

 

もし力加減を間違えて誰かに当ててしまったら、警察に捕まるんだろうか?

 

ははは、親父やお袋もきっとあわてふためくだろうな。

 

自分たちの教育が間違っていたのだろうか、なんて悩むかもしれない。

 

ざまぁないな、それ。

 

くすくすと笑いながら、おぼつかない足取りで歩く小さな人影を銃口で追いかける。

 

……ふと、その人影が街灯の下で足を止めて、……顔を、上げた。

 

瞬間、十数メートルは先にいるだろうその子と目が合った気がした。

 

……ヤバイ、顔を、見られた!?

 

刹那の狼狽が、あやうい均衡で保たれていた指を押し込ませる。

 

あっと思ったときには、カシュンという軽い音とともにリアリティのない反動が手に伝わってきていた。

 

この距離だというのに、その子が発した小さな悲鳴はやけに鮮明に俺の耳に届いていた。

 

「……あ、当たった、のか!?」

 

そんな馬鹿な。

 

この距離で当たるわけがない。

 

そう思いはしても、事実さっきの人影は街灯の下でうずくまって、顔を押さえているのがわかる。

 

怪我、したのか……!?

 

心臓がうるさいくらいに騒ぎ立てる。

 

落ち着け、焦るな、クールになれ、前原圭一……!

 

当たったところで、この距離のBB弾じゃあとに残るような怪我にはなりゃしないさ。

 

……運悪く、目に当たったりでもしない限りは。

 

この距離だぞ、俺の顔なんかわかるもんか。しらばっくれてしまえばいい。

 

……いや、さっき、絶対に目が合った。

 

位置的に、このバルコニーだってばれればわかっちまう。

 

馬鹿、そんなこと問題じゃないだろ。

 

……そうだ、問題は。

 

俺はエアガンを投げ捨てると、バルコニーを越えて雨樋を掴みながら2階程度の高さまで滑り下り、壁を蹴って地面へと着地した。

 

衝撃で足に痺れがくるし、雨樋でひっかけた手も痛いけど、いまはそれどころじゃない。

 

そのままマンションの敷地から駆け出して、街灯の下へと向かった。

 

うずくまるのは、髪の長い少女。

 

どこかで見かけたような気がしたけど、とっさには思いつかない。

 

尻餅をついた姿勢のまま顔の右半分を両手で押さえて痛みに呻いている。

 

「だ、……大丈夫か!」

 

「っ……うっ、く……」

 

呼びかけたけど、少女は痛みに顔をしかめて無事なほうの目からぼろぼろと涙をこぼし、あえぐように苦しげな吐息を漏らすばかりで答えない。

 

「ご、ごめん! その、俺、わざとじゃ、なくて……ああそれより、救急車! 救急車、呼んでくる! ここじゃ危ないから、そっちに!」

 

それでも答えない少女を抱きかかえると、道の端に寄せて壁に寄りかからせる。

 

少女の手荷物らしいバッグも拾って、傍らに置いた。

 

「救急車、呼んでくるから! 待っててくれ!」

 

半ばパニックに陥りかけている自分を感じながら、マンションに駆け戻り3階に上がる。

 

自宅のチャイムを鳴らして、お袋が出るのをもどかしく待った。

 

「あら、圭一。あんた、いつの間に外に出たの?」

 

玄関を開けるなりのんきに聞いてくるお袋に、

 

「救急車呼んでくれ! マンションの前に! 女の子が、目を怪我したかもしれない!」

 

「え、ええ? どうしたの、いったい……」

 

慌てきった俺の言葉をうまく読みとれず、お袋は戸惑っているばかり。

 

「もういいよ!」

 

俺はお袋を押しのけると、電話に飛びついていた。  

 

 

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