ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第32話 スタンガンをぶっ放せ☆

悟史が帰ってからほどなくして、祭りの中止が決まった。

 

風も強くなってきたし、雨が降り出すのも時間の問題だ。意地を張って強行し、怪我人でも出た日には雛見沢のイメージダウンが止まらないから、妥当な判断だろう。

 

私個人の希望としてはできればもうすこしの間、皆をこの祭りの場に貼り付けておいて欲しかったのだが、天候が理由ではやむを得まい。

 

屋台が店じまいをはじめ、祭り客が境内を離れていく中で、私たちも解散した。

 

「それじゃ、沙都子は私が送っていくよ」

 

魅音が申し出てくれる。この世界の魅音は、本当に沙都子のために尽力してくれている。結果として彼女の力が足りなかったからといって、責める理由などどこにもない。

 

抜け殻のような反応しか返さない沙都子に根気よく明るい声をかけながら、魅音はその手を引いて石段を降りていった。

 

私と羽入は、揃いも揃って景気の悪い顔をして二人の背中を見送るしかなかった。

 

「私も帰るね。お父さん出掛けちゃってるし、家の戸締り心配だから!」

 

レナが風に飛ばされないように片手で帽子を押さえながら、軽い足取りで裏山のほうへと駆けていく。裏山を抜けてダム現場に出れば、レナの家はそう遠くない。

 

でも、それがただの近道だとは思っていなかった。

 

「あぅ、梨花ぁ……」

 

「……大丈夫、悟史は圭一が止めてくれる。沙都子には魅音がついてる」

 

いま、私たちにできることは、たったひとつ。

 

私と沙都子しか知らない裏山の近道を抜けて、一秒でも早くその場に辿り着くこと。

 

「あぅあぅ、待ってください!」

 

「置いていくわよ、羽入!」

 

羽入の手を引きながら、トラップだらけの斜面を走る。我が姉ながらどんくさい羽入は正直言ってお荷物だが、どうしても必要なお荷物なので仕方ない。

 

というのは、羽入がこの世界における女王感染者だからだ。

 

私の女王感染者としての力は、正直いつも物足りない程度のものだった。

 

数多の世界でどんなに頑張っても詩音やレナの暴走を止められなかった。せいぜいが平時の村人の関心を集めることができる程度で、制限が多いわりに役に立たないという印象しかない。

 

でも、羽入のそれはどうやら私よりも上だったらしい。

 

話を聞く限りでは、発症しかけた悟史、圭一、沙都子らの症状を実際に緩和したのは間違いない。

 

それが元オヤシロ様でもあるせいなのか、それとも設定どおりにオヤシロ様の生まれ変わりとしての特性なのかはわからないが、とにかく悟史や沙都子たちがこの祟りの夜に惨劇を引き起こそうとするとき、それを圭一や魅音が止め切れなかった場合や裏をかかれた場合には、羽入がいるといないとでは大違いになる可能性が高いのだ。

 

……そして、悟史と沙都子以外にもう一人。

 

「あれれ……梨花ちゃん、羽入ちゃん。どうしてこんなところにいるのかな?」

 

止めなければいけない人間がいることを、知っていた。

 

「レナこそ、どうして嵐になりそうなこんな夜に、鉈を持って歩いているのですか?」

 

私が見てきたいくつかの世界で、竜宮レナは自分の家庭の事情以外の理由、すなわち昭和58年の世界における北条鉄平の帰還に対して、沙都子を救うために凶行を起こすことがあった。

 

「あはは……宝探しだよ。とってもかぁいいの見つけたんだ。ゴミに埋まっちゃってね、レナじゃ取り出せないの。だから……ね☆」

 

ぎらりと鉈の刃を輝かせながら笑う。

 

レナが昭和57年の世界でこの暴挙に出たことはないが、今回彼女がそれを選ぶであろう事を私は最初から予測していた。

 

鉄平に殴りかかって返り討ちになった事件は私にさらなる確信を与えはしたが、それがなくてもわかりきっていたことだ。

 

「そのゴミを叩き割って、かぁいいのをお持ち帰りしたいのですね?」

 

私の言葉に、くすくすくすと不気味な笑い声を響かせるレナ。

 

林を走り抜けただけで疲労困憊、息も絶え絶えだった羽入があぅあぅと身をすくめる。

 

「そうだよそうだよ! レナが助けてあげるんだ、オヤシロ様なんかあてにならない! 沙都子ちゃんと悟史くんは、この私が絶対に助けてみせるッ!」

 

やれやれだ。

 

ここまで予想どおりでは、大当たりだったと笑う気にもならない。

 

……思い出してほしい。

 

竜宮礼奈は、茨城にいる頃に自傷行為で死にかけた人間だ。

 

なのにL2以下の状態になって雛見沢に帰ってきて、昭和58年に何らかの殺意を抱く対象が現れない限り、常に仲間たちを思いやる優しいレナでいてくれるその最大の理由。

 

それは羽入、いやオヤシロ様という名の無力な神様の、数少ない功績なのだ。

 

レナ自身に、限定的ながら羽入とコンタクトする素質があったらしいのも影響しているのだろう。瀕死のレナは羽入の声を聞き、オヤシロ様という救い主を信じることで雛見沢症候群の末期症状から生還することができた。

 

羽入が最初から生身の人間として存在し、レナを救いに駆けつけなかったこの世界になぜかレナが存在した時点で私は、彼女がいまだ『発症中』ではないかと疑っていた。

 

バスルームにおける自殺同然の奇行。発見が早かったのか、かろうじて一命を取り留めた彼女は、おそらく父親がオヤシロ様に関する伝説を思い出したおかげで、医師の勧めに従ってこの雛見沢に帰ってくることができた。

 

だから、いまの彼女にオヤシロ様という無力な神への信仰はない。支えるものがない彼女は、沙都子が暴力を受けているのを目の当たりにしたときに……深く静かに暴走した。

 

恐ろしいほどに強靭なその精神力で表面上はいままでどおりに振る舞いながら、叔父夫妻を確実に抹殺できる機会を虎視眈々と窺っていたのだ。

 

それが、今日。

 

他の発症者もその多くが利用することを考える、綿流しの夜だ。

 

だからすこし無茶なルートを使ってでも、彼女の北条家への進行を止める必要があった。

 

なにしろ彼女の個人としての戦力は部活メンバー最強、本気にさせたら進行どころか侵攻と言っても過言ではないほどに苛烈を極める惨劇を引き起こしかねない。

 

「……レナ、ここは通しませんのです。沙都子の叔父や叔母は、本当にくだらない人間です……気高いあなたが、手を汚す価値もないほどに」

 

言っても無駄だとわかっていることをわざわざ言ってしまう私は、どうやら相当に圭一の思考に毒されているらしい。あいつは妙なウィルスでも持っているんじゃないかしらね。……粘膜感染だったら、ちょっと嫌だなって思わなくもない。

 

「通さないって、どうするつもり?……もしかして、レナと戦うつもりなのかな?」

 

今宵、この私が用意した最高の布陣。

 

悟史を圭一が食い止め、沙都子を魅音が止める。そして私がここで、レナを止める。

 

大切な彼らが手を下す必要なんかない。

 

ただ黙って見ていれば、私の操る最強の駒、鷹野三四が叔父夫妻を排除してくれるのだから、その悪意ある厚意に甘えてやればいいのだ。

 

そう、今年の、そして最後の祟りを引き起こすのは、悟史でも沙都子でもなければレナでもない。

 

この私、古手梨花という名の死を紡ぐ魔女だ……!

 

だから私は、モップの柄をくるりと振り回して、地面をかすめながら脇にたばさんで構えをとる。私の体格と筋力には、この貧弱な武器の長さと軽さがちょうどいいのだ。……そして、そろそろ言い飽きてきた台詞を口にした。

 

「遊んであげるわ。……おいで、鉈女!」

 

それを聞いてレナは、笑みとともに鉈を振りかざす。

 

「ならしょうがないね、ちょっと痛い目に遭ってもらっちゃおうかな。あははは……、峰打ちで、勘弁してあげるよぉぉぉっ!」

 

ありがたいことに、今回のレナは私を敵だとみなしていないらしい。

 

せいぜいが大事を邪魔する、小さな障害のひとつというところか。

 

レナとまともにやりあって勝てるとは思っていない私にとって、その手加減がどれほどありがたいことか!

 

大上段から、おそらくは殺してしまわないための配慮か、私の肩をめがけて刃を返した鉈が撃ち込まれる。

 

だが……、甘い!

 

私は両手でモップの柄を回転させながら頭上へかざし、鉈の軌道に対して斜めにぶつけてその攻撃を受け流す。止めるのではなく、力の方向をそらすことで相手の動きに隙を作り出す、“崩し”の技術。百年の旅の間、レナや詩音との実戦を繰り返してきた私の経験値を、甘く見てもらっては困る。

 

「ッ!?」

 

たかが十歳の巫女服幼女がそんな棒捌きを見せるとは思っていなかったのだろう、レナは狙いを外されてかすかによろめき、私が突き出した棒の先端を片手で払いながらも鉈を引き戻していったん距離をとった。

 

「梨花ちゃん……あなた、本当に梨花ちゃんなの?」

 

「もちろんですよ、にぱ~☆」

 

わざとらしく笑いかけてやったら、レナはこらえきれないというように笑い出した。

 

「あっははは、梨花ちゃんがこんな底を隠してたなんて思わなかったな! 部活のみんなは、本当の本当に面白い子ばっかりだねッ!」

 

鉈が、うなりをあげて私に襲いかかる。

 

刃をこちらに向けていないとはいえ、分厚い金属の塊がまともに当たればこの華奢な古手梨花の身体では簡単に骨まで砕かれてしまうだろう。

 

そして、リーチで勝るとはいえレナを昏倒させるような腕力も武器も持ち合わせない私に、攻勢に出られる余裕があるはずもない。ひたすら意識を集中しながらレナの鉈を見切り、かすり、受け流すだけだった。

 

「あっははははは! 梨花ちゃん、動きが鈍くなってきたんじゃないのかな!」

 

見抜かれて、すこし歯噛みする。

 

二つ前の世界でもレナとやりあったが、そのときよりも限界が早い。

 

一年ほど遡ったこの世界において、私の身体はより小さくより細い。レナとて条件は同じだが、体格そのものの成長という意味では女性の場合、中学に上がる頃から格段に鈍くなる。実際、目の前の彼女も身長では13歳のレナとあまり変わらないのだ。

 

つまり、小学生の一年と中学生の一年では、大きな差があるということ。

 

それにこの場所もよくない。あのときは室内での乱闘だったから、動きが小振りになる分だけレナの鉈にかかる力も小さくてすんだが、この広い野外においては、レナは好きなだけ大振りして、鉈を叩きつけることができるのだ。

 

疲労が私の体の自由を奪い、速度を衰えさせるのは当然の成り行きだった。

 

「……ッ!」

 

受け損ねた、と頭が理解するよりも早く私は地を蹴って後ろへと飛んでいた。

 

レナの鉈は脆弱なモップの柄をついに叩き折り、私はかろうじてその攻撃範囲から逃れたものの、軽い身体はころころと地面を転がってしまう。

 

「あはははは、これで終わりぃっ!」

 

懸命に手でブレーキをかけ、地面にしがみつくような姿勢になるが、レナは立ち上がる余裕を与えてはくれなかった。一瞬で追いついて、私めがけて愛用の鉈を振り下ろす!

 

「あぅう、レナ!」

 

レナが勝ち誇って深追いをしてくるその瞬間を、羽入は見逃さなかった。

 

事前の私の指示通り、魅音に手配してもらっていたスタンガンをレナの背中へと突き立てる。

 

「……そろそろ来ると思ってたよ!」

 

え……!?

 

全ては、羽入にレナを無力化させるための作戦だった。

 

私にレナの注意をひきつけ、羽入は背後から忍び寄る。羽入にスタンガンという切り札があることを知らないレナは、たとえ羽入に気づいたとしてもそう注意は払わない。

 

そのはずだったのに……竜宮レナ、この女の辞書に油断の文字はないのか!?

 

「あぅ……!?」

 

レナの背後への低い蹴りで、羽入が足を刈り払われるように地面に落ちる。

 

その手から、スタンガンが転がった。

 

まずい……!

 

「あははは、便利そう! 二人にはちょっとの間眠ってもらおうかな!」

 

当然……、その絶好の無力化兵器にレナが手を伸ばさないわけはなかった。

 

いまのレナに私たちを殺す理由はない。

 

気絶させて、その間に叔父と叔母の脳天を叩き割りにいければそれがベストなのだから。

 

羽入も必死に起き上がってスタンガンへ向かうのだが、レナのほうが……速い!

 

レナの白い手が、無骨な形状のスタンガンをつかむ。

 

バチッ、と青白い火花が散って……地面に、ゆっくりと倒れていく。

 

「……へ?」

 

私は呆然と、顔から地面に突っ伏したレナを見つめていた。

 

「あぅあぅ、落としたときに備えて予備をもらっておいてよかったのですよ」

 

安堵した様子で、レナの背中に押し付けたスタンガンのスイッチを切りながら羽入が言った。どうやらこいつ、一つ目のスタンガンを囮にしてレナを騙したらしい。

 

……あぅあぅ言ってる割りに、ほんのときたま年の功かと思えるような手際のよさを見せるからこいつを侮るのは危険なのだ。

 

いや、いまの羽入は記憶の上ではあくまで小学生にすぎないんだけど。

 

「……や、やるね。羽入ちゃん、に、裏をかかれ、るとは……、思わなかった、よ」

 

出力が弱かったのか、レナは情けなさそうな顔をしながら痺れていた。

 

「危険物は没収なのです。あぅ!」

 

機嫌よさげに、スタンガンと鉈をレナの手から遠ざけてしまう羽入。

 

「ひ、ひやひやさせないでよ……!」

 

と文句を言ったら、羽入は珍しく意地の悪い顔をして、

 

「梨花、負けたーって思って涙目だったのです。可愛いかったのですよ~、あぅあぅ♪」

 

うわ、なに、このムカつく神様!?

 

……落ち着け、クールになれ。

 

いまは、レナを落ち着かせることが重要なんだから。

 

「レナ……、ボクたちの勝ちなのです」

 

「そう、みたい……だね」

 

さすがのレナも手足が痺れた状態では元気に跳ね回ることなどできないとみえて、どうにか寝返りを打って身体を起こそうともがくのがせいいっぱいだ。

 

「また、沙都子ちゃんを……助けて、あげられない。レナは……やっぱり、いらない、子なのかな。おかしいな……いらないの“い”は、もう捨てたはずなのに……」

 

ようやく半身を起こし、自分の無力を嘆くように俯いたレナの瞳に、涙が溢れた。

 

どう声をかけるべきか迷っていたら、羽入が私よりも先に膝をついた。

 

「……ぇ」

 

ぎゅっ、とレナの頭を抱きしめる。

 

「レナ……、僕たちにとってここにいるレナはレナなのです。でも、それは礼奈のなにかを捨てたから“レナ”なんじゃない。圭一が言ったはずです、レナ」

 

「圭一くん、が……?」

 

そっと腕をほどくと、羽入はとても優しい、まるで母親のような柔らかい微笑みでレナの顔を覗き込んだ。

 

「……レナが、レナって呼んでほしいと言ったから。だからあなたは、圭一にとっても僕たちにとっても、礼奈でもなければただの竜宮さんでもない」

 

レナの目が見開かれる。

 

「レナ。あなたはあなたの呼びたいように呼ばれ、なりたいものになれるのです。誰があなたを“いらない”などと否定しようが関係ない。あなたがレナを名乗り、あなたをレナと呼ぶ僕たちがいる限り、誰に恥じることもなく……僕たちの大切な仲間の“レナ”なのですよ!」

 

それは……、何も知らぬ者から見れば、ただの禅問答のような、それとも単なる言葉遊びのような、意味不明の遣り取りだったかも知れない。

 

でも、それこそがまさにレナの求めていた言葉。

 

それを羽入が気づいていたのかはわからない。

 

レナは、多分……精神科に入院していたときか、いつなのかはわからないが、疲れ果てた父親のふと漏らしてしまった呟きを聞いてしまったのだろう。“いらない”とか、“あんな娘は引き取るんじゃなかった”とか……それをレナの父が本気で言ったかどうかは関係ない。母に捨てられ、今度は父に捨てられるのかとレナが衝撃を受けたことが重要だ。

 

レナはもう誰にも捨てられまいとして、良い子になろうと考えた。

 

雛見沢症候群のもたらす死の恐怖や疑心暗鬼にさえ背を向けて、表面を飾り立て、取り繕って、明るくて元気な女の子のレナ、誰にでも必要とされるレナを作り出した。

 

その奥底で、いつか誰かにまた“お前なんかいらない”と言われることを恐れながら。

 

「羽入ちゃんっ……!」

 

そしてここ、父の薦めに従順に従って帰ってきた雛見沢の地で、彼女はようやく出会う。

 

自分をまっすぐに見つめてくれる前原圭一、そして茨城では出会えなかったオヤシロ様……いま目の前にいる、古手羽入という少女。

 

二人の救い主に。

 

泣きながら羽入を見つめるいまのレナの瞳に、さきほどまでの狂気の色はなかった。

 

もう、彼女は怯えなくてもいいのだ。悟史や沙都子を救えずに、仲間だと思っていたみんなに“いらない”と言われる日など、絶対に来ないのだから。

 

この夜を境に、きっとレナは取り戻せるだろう。

 

私が百年の旅で何度も支えられてきた、竜宮レナという少女がもつ素敵な笑顔を。

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