ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第33話 ノーとしか言わない男!

それはまるで、あの奇跡の一夜の再現だった。

 

あのときは校舎の屋根の上、月を背負って圭一とレナが。

 

いまはキャストを変えて、圭一と悟史が。

 

ごうごうとこの場に逆巻く風さえも、二人の戦いには近づくことを躊躇っているかのようだ。

 

私たちはレナを止めたあと、まだ足取りのおぼつかない彼女に肩を貸して支えながらこの場所へとやってきた。圭一には全幅の信頼を置いているものの、なんといっても怪我人なのだから、押し切られる可能性がないとは言えない。

 

……でもそんな心配は、杞憂どころか全くの無駄だった。

 

この二人の戦いに割り込むなど、誰にもできるはずがない。

 

「はっはぁ! そんなやわな振りで、人が殺せるかってぇの!」

 

悟史が水平に振るった金属バットを、垂直に振り下ろしたバットで叩き返す圭一。

 

がぁんという景気のいい音とともに、反動で二人が離れる。

 

「圭一こそ息切れしてるよ? 都会育ちにはそろそろつらいのかな!」

 

言葉とともに地面を蹴ったのは悟史だった。

 

大上段から振り下ろすバットを横に逃れた圭一、それを追いかけるように途中から水平への動きに切り換えて叩きつける。

 

「っとお!」

 

あわや頭部へ直撃をもらいそうになった圭一はバットを立てて両手でそれを受け止め、ぎらついた笑みを浮かべながら横へと回り込んだ。

 

「どこで育とうが、関係あるかッ!」

 

圭一が振りかぶったバットを袈裟斬りに振るうが、今度は悟史がそれを両手で受ける。

 

でも圭一は止まらない、弾かれたバットを両手で握り直し、悟史の足元めがけて叩きつける!

 

「!」

 

「俺は雛見沢の前原圭一だっ!」

 

悟史は一瞬はやく地面を蹴って飛び、圭一の斜め後方へと着地。

 

互いが同時に動き、振り向きざまの一撃を相手に叩きつけようと金属バットを振るって……またも火花が乱れ飛び、鍔迫り合いの格好となった。

 

「そろそろ行かせてくれないかな、圭一。沙都子を救う方法はほかにないんだ」

 

「お断りだ、この殺人鬼。悟史がいなくなって、沙都子が救われるわけがねぇ」

 

ぎりぎりと渾身の力をこめながら、それでも笑い、睨み合う。

 

頬に雨粒があたり、私は我に返る。

 

……横を見ればレナと羽入も、魅入られたように二人の戦いに目を奪われている様子だ。

 

「二人とも、楽しそう……」

 

ぽつりと、レナが呟く。それは羨むような、それでいて楽しげな響き。

 

あぁ、そうでしょうよ。あなたと圭一の月下乱舞を、私がどれだけの希望と羨望をこめて見ていたかすこしは思い知ってほしい。

 

あんなに美しくて、楽しげで、胸躍る光景、もう二度と見られないと思っていた。

 

「あぅ……でも、このまま続けたらどちらかが……」

 

それを私と一緒に見つめたはずの羽入はなにかを思い出すそぶりもなく、わずかな不安を表情に滲ませていた。

 

そう、この戦いに決着がつくとき、そこに間違いが入り込む可能性がある。

 

もとから頭を怪我している圭一はもちろん、悟史だって金属バットの直撃を受ければただではすまないかもしれない。片方が鉈だったあのときよりは幾分マシだが、仲間として心配しないわけにはいかなかった。

 

「でも、止められない……決着は、あの二人にしかつけられない」

 

私が言うと、羽入もレナもうなずくほかなかった。

 

他人に止められての終わりなど、あの馬鹿二人が望んでいるわけがない。

 

「……なっ!?」

 

鍔迫り合いから悟史が不意にバットを引いて身体ごと横に避けるものだから、圭一はたまらずつんのめって前へと出てしまう。その無防備な背中めがけ、握り直したバットを振り下ろす!

 

ずどんという音がして、背中を打たれた圭一の膝が落ちかける。

 

「がぁ……!」

 

激痛に悶えながらも、圭一は手にしたバットを地面に突き立て、反動で自分の身体を横へと流す。そこへ悟史の第二撃が降ってきた。

 

「終わりだ、圭一ッ!」

 

「ちぃいっ!」

 

やむなく不安定な姿勢のまま、片手でバットを振るい身を守ろうとするが、その代償は高価なものとなった。

 

甲高い金属音とともに、圭一の手からもぎとられたバットが空を舞う。

 

その間にどうにか距離をとった圭一だが、悟史は冷静に地面を転がるバットと圭一の間に自分の身体を滑り込ませてしまう。

 

「勝負あったね、圭一」

 

静かに勝利宣言する悟史、地面に拳を打ちつける圭一。

 

誰がどう見たってこれは……悟史の、勝ちだった。

 

でも。

 

私が惚れて、たぶん隣にいる羽入やレナの心をも虜にしている前原圭一という男の真価が、こんなものであろうはずがない。

 

圭一は拳を地面に当てたまま、まるで牙を剥き出すような笑みを浮かべていた。

 

「……負けたのはお前だ、悟史」

 

「え?」

 

訝しそうに聞き返す。

 

「お前がいま弾き飛ばしたのは、妹のことで悩み苦しみながらも、あのバットに汗とか涙とかそんなもんを染みこませていた、雛見沢ファイターズの北条悟史。……俺はそいつの想いを背負って戦っていただけさ」

 

悟史が表情を歪める。

 

それでは、まるで自分自身と戦っていたようなものだ。

 

「そんな想いのかけらもない小汚ねぇバットで、小汚ねぇ叔父や叔母をぶち殺しに行こうとする殺人鬼野郎に負けたのは、悟史。……てめぇのほうなんだよッ!」

 

圭一が吠えた。

 

痛いところを突かれたのだろう、悟史のバットを持つ手が震えていた。

 

そう、いまこの場で……圭一は、気持ちの上ではまったく負けていないのだ。

 

満身創痍の上に丸腰で、四年目の祟りを引き起こそうとする殺人鬼・北条悟史と対峙していながら、その目は強い輝きをかけらも失っていない。

 

それが圭一。諦めるという選択肢を自分の中から捨て去った、無謀なる炎。

 

「……だからここからの相手は、俺だ」

 

圭一は地面に押し当てていた拳をぎりっと音がするくらいに握りしめ、悟史へ向ける。

 

「この俺、前原圭一の……仲間への想いってやつをこめたこの拳で、てめぇのその泣きっ面をぶっ飛ばすッ! 覚悟を決めろ、悟史ィッ!」

 

獰猛な笑みをたたえながら身を低くする。

 

もはや言ってることはめちゃくちゃなのだが、勢いは圭一にあった。

 

「く……、できるもんかっ!」

 

悟史もバットを握り直して、前に出る。

 

「おぉあっ!」

 

怒号とともに突き出す拳、でもそれが届く前にバットが圭一の肩を撃つ。

 

「ぎっ……!」

 

痛みに顔を歪めながらも拳を構え直す圭一、だがそこへさらに水平に振るった悟史のバットが襲いかかり、防ぐ手段のない圭一の脇腹へとめりこむ。

 

やはり、武器があるとないとではまったく違う。互角の戦いになどなるわけがない。

 

「……がぁあ……っ!」

 

「とどめだ……!」

 

よろめいた圭一めがけ、一歩さがった悟史が渾身の一撃を振り下ろした。

 

どうみても直撃する、その打撃は脳天を打ち砕く。それがわかっているのに……圭一は、避けるどころかそのバットをまるで諸悪の根元だとでも言うみたいに睨んでいた。

 

「っらぁぁあぁああッ!」

 

馬鹿な、とその場の誰もが、圭一以外の全員が思った。

 

圭一は自分めがけて振り下ろされるバットの、もっとも力の集中する真芯を、自らの拳で真正面から撃ち抜いていた。その瞬間にみしりという骨の軋む音がしたのは、きっと気のせいではないだろう。

 

「なっ……」

 

それはまるで剛速球をジャストミートしながらも、球威に負けて打ち返せなかった打者のようなもの。

 

悟史は両手に伝わってくる打撃にか、それとも心に撃ち込まれた打撃になのか、痺れて震える手の中からバットを取り落としていた。

 

がらん、がらん……という乾いた音が響き、圭一が、拳を軋ませて笑う。

 

「……俺の勝ちだ、殺人鬼」

 

拳でバットを打ち返すという、無茶もいいところのカウンターを決めた圭一だが、その表情に苦痛はなかった。いや……、苦痛があるとすれば、それは心の痛み。大好きな親友をこんな形で止めることしかできない自分への憤り。

 

それでも、拳を再度振りかぶる。

 

「顔ぉ洗って……出直しやがれッ!」

 

呆然とする悟史の頬に、たったいまバットに打ち砕かれたはずの拳を全力で叩きつける。

 

おそらくは、殴られた悟史よりも……圭一のほうが、何倍も痛い。

 

それでも悟史は立っていることができずに、弾かれたように吹き飛んで地面を転がった。

 

「け、圭一……」

 

それは、悟史の中にわだかまる殺意という名の過ちを叩き出すために必要な、儀式みたいなものだったのだろう。

 

倒れた悟史にはもう、自分の間違いを受け容れたような静かな瞳しかなかった。

 

「ぁ……」

 

羽入が声をあげて、空を仰ぐ。

 

いつの間にか、……雨が降っていた。

 

息詰まるような戦いに引き込まれていたせいか、すでに髪も巫女服もずいぶん濡れてしまっているというのに、まるで気づかなかった。

 

でも、その暴風雨のシャワーが、はた迷惑な熱い炎に焙られて火照った体には心地よい。

 

勝者の悲しみも、敗者の痛みも、この雨が洗い流してくれる気がした。

 

「あぅ……、け、圭一っ!」

 

「圭一くんっ!」

 

……などと思っていたのがよくなかったか、羽入とレナが我先に圭一のもとへと走り、いまにも倒れてしまいそうなその身体を支える。

 

で、……出遅れたか。

 

どこかの誰かさんと違って空気の読める私は、仕方なく悟史のほうへと歩み寄った。

 

「悟史……」

 

呼びかけると、悟史はまだ呆然としたままの目を私に向ける。

 

なにが起こったのかいまだに理解できない表情で、その瞳は私に全力で説明を求めていた。

 

……さて、何を言えばいいのだろう。

 

私自身、目の前で起こったこの逆転劇を、どう自分の中で整理したものかわからない。

 

だから、わかりきっている答え……誰がみたって明白なことだけを口にする。

 

「……あれが、圭一です」

 

シンプルなその答えに、悟史の頬が緩む。

 

ついで、爆笑した。

 

ここ何年も、いや私からすれば百年もの間見かけなかったくらいの、大爆笑だ。

 

殴られた頬が痛いだろうに、そんなものも構わずに、涙を流しながら悟史が笑っていた。

 

そこまで笑えるほどのことを言ったつもりもないのだが……まぁ、馬鹿馬鹿しくて笑うしかない気持ちはわからんでもない。

 

圭一のやることにいちいち真面目に付き合っていたら、神経がもたないのだから。

 

「…………ッ」

 

だが、私はすぐに顔を上げた。

 

ごうごうと荒れ狂う暴風雨、その向こうに、悟史のとは違う笑い声が聞こえた気がする。

 

それはもしかしたら、……祟り神の哄笑だった。

 

不吉な予感を覚えたのは私だけではなかったようで、羽入やレナも不安そうな目でこちらを見ていた。

 

「……行きましょう。ボクたちには、最後まで見届ける義務があるのです」

 

私の声に仲間たちは頷き、互いに助け合いながら小径の先、北条家のほうへと進んだ。

 

全てが私の思惑どおりに進んでいるならば、叔父と叔母のどちらかが死に、どちらかが消えているはずだ。そして沙都子の笑顔は、いつか取り戻す。圭一もレナも魅音も羽入も、私だって、それになによりも悟史がいてくれる。

 

悟史が昭和57年の袋小路を越えられたことはいままでもなかった。

 

沙都子の傷が深くても、みんなで力を合わせれば、きっともう一度笑ってくれる。

 

この嵐の夜の真ん中で、私たちは戦った。

 

同じ想い、仲間を助けたいという想いを胸に抱きながら、互いに譲ることのできない意地をぶつけ合った。

 

それは祟りの名で下される運命への抵抗であり、惨劇を超えてその先へと進もうとする確かな意志だった。

 

……なのに。

 

罪深い私たちを逃がすまいとして、運命の顎は大切なものをその牙にかけていった。

 

北条家から数十メートル、沢に面した林の小径で。

 

「うわぁぁあぁあぁん……!」

 

壊れたスクーターの車輪が、からからと糸車のように回っていた。

 

「うぅう、どうして、どうしてっ……!」

 

その近くで、沙都子の叔父が頭から血を流しながら倒れていた。

 

「こんなの、ありえない、ありえないのにっ……!」

 

すこし離れた地面で、膝をついた沙都子がわあわあと泣いていた。

 

「私は……、私、……うわぁぁあぁぁぁん!」

 

その足元では、ぐったりとした魅音が雨に打たれて横たわっていた。

 

……そして。

 

沢を覗き込めば、そこには叔母だったものが水の中に頭を突っ込んだまま突っ伏していた。

 

それが終わりの光景。

 

四年目の祟りという名の舞台の終幕だった。

 

惨劇が、嗤う。

 

私たちの努力など最初から無駄だったのだと言わんばかりに。

 

無力な者どもが右往左往するだけの不様な神楽舞に、絶望の彩りを添えてやったとばかりに。

 

この暴風と叩きつける雨の音が、まるでそいつらの歓喜の声のようだ。

 

魂を抜かれたように雨に打たれて立ち尽くす私たちの背後から、警官隊がやってくる。

 

「……なんてこった!」

 

その中には大石の姿もあって、どう見ても死んでいる叔母の引き上げと、怪我人を搬送するための車の手配を叫んでいた。

 

「あぅ、あぅう……僕たちの、したことは……」

 

……私の目的は、不完全に果たされた。

 

「どうして……、こんなことに……?」

 

悟史は、消えなかった。圭一によって、彼の心は救われた。

 

「いったい、誰が……こんな……」

 

レナも、凶行に走らなかった。彼女の優しさを取り戻せた。

 

「こんな、こんなの嫌ぁあぁあぁぁあ!」

 

沙都子も、心は壊れたままだが死んでもいないし消えてもいない。

 

「これが、祟りだっていうのかよ……!?」

 

どうやら魅音も、あとから駆けつけた救急隊の様子からしてそう怪我は酷くない。

 

そしてそれは……叔父、北条鉄平も同じだ。

 

殺意の吹き荒れたこの嵐の夜に、結局死んだのは叔母ひとり。

 

鷹野がどのように暗躍したのか、私に知るすべはない。

 

叔母を殺したのは山狗なのか、どうして叔父を連れ去り損ねたのか、鷹野に聞くわけにはいかない。だって私は次の祟りに怯える無力な小娘であって、鷹野の上司でもなければ女王感染者でもないのだから。

 

全ての謎は、箱の中。

 

どうか、この嵐の夜になにがあったのか教えてください。

 

箱の中の猫は、……生きているのか、死んでいるのか。

 

「認めねぇ……こんな終わり方、認めてたまるかよ……!」

 

圭一が呻き、私ははっとして顔を上げる。

 

全身ずぶ濡れで、額の傷が開いたのか顔を真っ赤に染めた彼の目は、まだ死んでいなかった。

 

そこに、私のような負け犬の目なんかなかった。

 

この痩せ犬に、尻尾をまいて逃げられるほどの知恵はない。

 

たとえ相手が狼であろうとも、立ち塞がる全てを噛み砕かんと牙を剥く。

 

「まだ終わってねぇ……、この俺が、俺たちが終わらせねぇっ!」

 

砕けた拳を握りしめ、血を吐くような声で叫ぶ。

 

そうだ……、弱気になっている場合じゃなかった。私たちの中心には、圭一がいる。奴等の振る賽の目なんか関係なく、7でも8でも100でも、望む未来を引き寄せる。

 

奇跡と波乱を呼ぶ嵐の申し子が。

 

だから……まだ諦めるものか。

 

真っ黒な空を仰ぐ。

 

この絶望の風景をどこかで見下ろして嗤っているであろう何者かへと、反逆の意志をこめた視線を投げる。

 

いつまでも、お前の思い通りになどさせるものか。

 

私たちは、この敗北に屈しない。

 

次の惨劇が、この先の未来で牙を研いで私たちを待っているとしても……。

 

 

 

絶対に……打ち砕く!

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