ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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彼女はとても優しかった

 だけど彼女がいないことに誰も気づかない

 

彼女はとても優しかった

 だけど彼女がいることに誰も気づかない

 

彼女はとても優しかった

 だけど彼女が優しいことに彼女だけが気づかない

 

             Frederica Bernkastel.


第2部:嵐の前の日常編
第35話 K1~闇に降り立った変態


「魅ぃちゃ~ん、おっはよぅ!」

 

いつもの待ち合わせ場所に行くと、もうレナが待っていた。

 

この子とは魅音が行方をくらませてからの付き合いだが、明るくて、優しくて、そのくせときどき凄まじい勘の冴えをみせる。魅音はまだ一月かそこらの付き合いで彼女を親友だと言ってのけたけど、どれくらい彼女の“底”に気づいていたんだろうか。

 

「おはよーレナ。遅れてごめんね!」

 

でも、底が見えないってことは尊敬できるということでもある。ルチーアのお嬢様方はたまに傑物がいないわけじゃないけど、ほとんどは底の浅い人間ばかりでうんざりしていたから、友人にするなら私は断然レナのほうだな。

 

「へぇ~。魅ぃちゃん、頑張ったね!」

 

レナは私を上から下までまじまじ見てから、にこっと笑顔になる。

 

「なっ、なによ、ただのイメチェンだよ! 別に圭ちゃんに言われたからとか、そんなんじゃ……」

 

綿流し前までは、周囲に不審に思われないように魅音のスタイルを忠実に守っていた私だけど、さすがにこれから先どれだけ長きに渡って“魅音”をしなければいけないかがわからなくなってしまった今、あまり無理をせずに本来の自分に近いスタイルをとっておいたほうがストレスにならないだろうと判断した。

 

その結果が、ポニーテールをやめて髪をおろし、ミニスカートに半袖ブラウス。ようは、自分だったらこっちを着たい!というスタイルを追及した結果なのだ。

 

「はぅ~、魅ぃちゃんツンデレ? ツンデレ?」

 

「ち、違うってばぁ!」

 

……そりゃ、その、まあ、なんだ。結果として、圭ちゃんが喜んでくれたり、似合うって言ってくれれば、嬉しくないとは言わないけど。

 

「魅ぃちゃ~ん、かぁいいねぇ~☆」

 

にんまりとしたレナの目が光る。そこにあからさまな危険臭を感じ取った私は、思わず後じさるのだが、レナはにじり寄ってくる。……ままま、まずい!

 

「さ、先に行くよっ!」

 

一目散にダッシュした私を、レナが誘導ミサイルみたいに正確に追撃してくる。

 

「魅ぃちゃぁぁぁぁん☆」

 

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

怖いから、あんた絶対怖いから!

 

こっちは全力疾走してるというのに、なにがどうしてスキップしながらじりじり差を詰めてくるんだあの女は!?

 

こ、これは……退院早々、学校へのコースレコードを記録してしまうかもしれない!

 

と思ったら、田んぼのひとつ向こうの道を古手姉妹+1が歩いてくるのを発見した。

 

「た、助かった!」

 

道の端の標識を掴んで直角にコーナリング、畦道の上を一瞬で駆け抜けて、古手姉妹へと跳躍する。

 

「あぅ、魅音なのですー」

 

私を見てのんきに感想をもらす羽入の目の前に着地、その後ろに回り込むと同時に肩をつかんで空へと投げ飛ばす。

 

「はにゅっ!?」

 

謎の奇声をあげながら吹っ飛んだ羽入めがけて、私を追いかけてきたレナが加速しながら空中へと跳躍、キャッチ……というか捕食した。

 

「おー。魅ぃの大技、羽入チャフが炸裂なのです」

 

姉が危険生物に食されているのに、ぱちぱちと手を叩く薄情な梨花ちゃんだった。

 

「退院するなりひどい奴だな……お、髪型と制服変えたんだな」

 

呆れながらこちらを見た圭ちゃんが、さっきのレナと同じくらいまじまじと私を見る。

 

ぅ……。な、なにか、言ってくれるかな……。

 

なにか圭ちゃんの妄想ゾーンでシャキン!シャキン!と不穏な効果音が鳴っている気がするけど……。

 

「うむ! 俺的にはバッチリだ。そっちのほうがよく似合うぜ、魅音!」

 

満面の笑顔になった圭ちゃんが、ぽふんと私の頭を撫ではじめる。

 

思わずうっとりとしてしまいかけたところに、悲しげな断末魔が聞こえてきた。

 

「あぅあぅあぅ……見捨てないでほしいのですぅ……」

 

一応首だけ振り向いてみると、羽入の襟首をくわえたレナがスキップで学校へと遠ざかっていくところだった。ごめん羽入、その危険生物から助けるのはちょっと無理。

 

圭ちゃんと梨花ちゃんもどうやら同意見らしく、それぞれが知らぬふりでなでなでと拍手を再開する。

 

「で、どうしたんだこれ」

 

「あ、あ、あの、暑くなってきたからね。それにほら、心機一転ってやつ!」

 

「……あれも心機一転でしょうか」

 

梨花ちゃんの声に首だけそちらを見てみると、メイド服(夏用)に身を包んだ悟史くんがしずしずと登校してくる光景だった。

 

「……あれは、罰ゲーム」

 

そういえば沙都子の病室でやった部活で、『メイド服で登校』の罰ゲームを引き当ててたっけ。悟史くん、かぁいい……。彼のことを吹っ切ったつもりでも、思わず見とれてしまうくらいは勘弁してほしい。

 

「しかしあれも似合うな……」

 

似合うという意見には同感なんだけど、なんだか同列に並べられてしまったような気がして気が気ではないわけで。……もう一度、見比べるみたいに悟史くんに目をやった。

 

と、ちょうど向こうも私たちに気づいたようで、さっと顔を赤らめつつ視線を斜め下へ。

 

軽く握った拳を口元にあてたりなんかしつつ、恥ずかしそうな声で……。

 

「……おはようございます、ご主人様」

 

上目遣いでわたしたちを見ながらぺこりと頭を下げ、ますます真っ赤になりつつぱたぱたとスカートをひるがえして下駄箱へと逃げ込んでしまう。

 

『……あぁ。あれなら同列でもしょうがないっかぁ』

 

『……だろっ』

 

私と圭ちゃんの至福のアイコンタクトがいま確かに通じたのを感じる。

 

下駄箱のほうからは危険生物に捕食されたとおぼしき悟史くんの悲鳴と、放置されたらしいあぅあぅの悲しげなすすり泣きが聞こえてくるけど……うん、やっぱ無理。ごめんね。何も出来ない私たちを許してね。

 

「……ま、それはともかくとして、魅音もちゃんと可愛いから安心しろ!」

 

視線を戻すなり圭ちゃんの笑顔が目に飛び込んできてこっちはこっちで胸がいっぱいになりそうだ。

 

……ごめんお姉。いまちょっと私、幸せなのかも。

 

「特に足がいいな。この優美な白い脚線を隠すのはもったいないだろ。いや、決していやらしい意味で言ってるんじゃないぞ。開放された膝からにじみ出る元気印こそが、魅音の新しい魅力。あえて隠さないことが健康的な年頃の乙女としての健気なアピールなのだといえよう!」

 

な、なにこのテンションの高い語り。

 

これが噂に聞く、というか監督で何度か見たことある、萌え状態ってやつ?

 

監督あたりだと冷めた目で見るのが関の山なんだけど、好きな男の子に、しかも自分を力強く語られてると思うとちょっぴりくすぐったいようなー!?

 

「みぃ……そろそろ行かないと遅れますですよー」

 

下駄箱の入り口から、梨花ちゃんがすこし不機嫌そうな様子で声をかけてくる。

 

しまった、委員長が遅れるわけにはいかない。圭ちゃんとのひとときを大切にしたいけどここはしょうがない、涙を呑んで教室に向かおう。

 

と、思ったら。

 

「おう、今いく!」

 

圭ちゃんが私の手をとって、引っ張って歩き始める。

 

ふぁ……きゅんきゅん☆

 

下駄箱までの数メートル、私は雲の上を歩くようなふわふわした気持ちを楽しむことができたのだった。圭ちゃんは絶対、なにか妙なフェロモンを出してるに違いない。もしくは全方位全自動フラグ発生装置内蔵タイプの変態。

 

「あ~ん、なのです☆」

 

……と、それはいいんだけど。

 

「あぅあぅ、あ~ん☆」

 

時間はあっという間に過ぎて、お昼。

 

「あ~ん、なのです☆」

 

目の前で繰り広げられる光景に、思わずマイお箸に亀裂が入りそうな気持ちです。

 

「あぅあぅ、あ~ん☆」

 

レナと悟史くんはもう慣れたのだろうか、苦笑程度だった。

 

「ちょい、あんたら……」

 

圭ちゃんの左右に座る古手姉妹に、怒りに震えながら声をかける。

 

「……毎日三食、それやってるわけ!?」

 

私の問いに、羽入はあぅあぅと多少頬に朱を交えながらも言い訳する。

 

「し、仕方ないのです。圭一は利き手を怪我してしまったので、お箸が使えないのです」

 

「なので、包帯がとれるまではボクたち姉妹が、圭一の右手のかわりをしているのです」

 

対して梨花ちゃんのほうは、なんとも小気味の良さそうなにぱ~☆を向けてくる。

 

右手のかわりって何よ! どういう意味よ!?

 

こいつは絶対わかってて言ってるぞ、たちの悪い小娘めぇ……!

 

「圭一くん、レナのアジフライもどうぞ。あ~ん☆」

 

レナまで真似しないっ!

 

「圭一、僕のエビシュウマイはどうかな。あ~ん☆」

 

悟史くんまで何やってますかっ!

 

……で、当人の圭ちゃんはといえば、腕組みをしたままもきゅもきゅと口の中のものを呑み込んでから、なんだか悟りきったような遠いまなざしをみせる。

 

「……どうしてだろうな。なんだか俺、最近自分が理想郷にいるような気がするんだ」

 

そりゃそうでしょうよ、こんな王様みたいな生活続けてたら。

 

可愛い姉妹に四六時中ご奉仕されたり、同い年の美少女や年上の美少年にご奉仕されたりそんな羨ま……いやいや、過ぎた幸せは人の手に余るのよ、圭ちゃん!

 

それに慣れると圭ちゃんがダメ人間になってしまいそうな気がする……ここはひとつ!

 

「圭ちゃん、私のイカリングも食べてね。あ~ん☆」

 

いまのうちに、私もこの状況を楽しんでおくべきだと判断したのだった。

 

……ダメ詩音とか呼ばないで、心のお姉。

 

みんなでレナが持参した食後のお茶を飲んでいるときだ。圭ちゃんが、

 

「……なあ、沙都子の様子はどうだ?」

 

その問いかけは、悟史くんと私に対するものだった。

 

監督が私に退院の許可を出したのは、やっぱりあの日のプレゼントが大きいようだ。

 

相変わらず一日の大半を薬で眠らされる生活が続いている沙都子ではあるのだが、目が覚めてもあのぬいぐるみを見つけるとそれに抱きついてすすり泣くくらいで、私や鷹野さんが宥めなければ泣き叫び続ける状態だった少し前までからすればずいぶん快方に向かっているといえる。

 

ぬいぐるみそのものも嬉しいのだろうが、それを贈られたあの日の記憶、みんなに祝ってもらえた優しい思い出こそが、いまの沙都子に信じる強さを与えているのだろう。

 

悟史くんと圭ちゃんが貴重な時間と労力を削って沙都子のためにと買った贈り物は、決して無駄ではなかったのだ。

 

私たちはきっと取り戻せる、あの惨劇に壊された沙都子の心を。

 

そしてそのためには、私たちがいつまでも塞ぎ込んでいてはダメなのだと、みんな直感的に気づいているのだろう。負けてしまった、お手上げだという顔をしていればどこかの誰かを喜ばせるだけだ。

 

だから私たちは、笑いながら毎日を過ごしていなければいけない。

 

沙都子が、そして魅音が、羨ましくなって自分から戻ってくるくらいに、楽しい毎日を過ごすことこそが、陰惨な祟りの爪痕に立ち向かう、たったひとつの方法。

 

なによりも、私たちの笑顔こそが沙都子の特効薬なのだと信じているから。

 

「さぁて、この部長、園崎魅音も復帰したことだし、今日は部活いってみようか~!」

 

放課後を待って私が宣言すると、みんなが嬉しそうに呼応する。

 

「おっしゃ、そうこなきゃな。燃えてきた!」

 

「あぅ、学校での部活は久しぶりなのですよ」

 

「今日はどんなゲームをするのかな、かな!」

 

「今日はどんな罰ゲームをしますのですか?」

 

「あはは、できれば穏便な罰ゲームがいいな」

 

今朝、村中にあの艶姿を見せつけながら登校してきた悟史くんがそう言うのは無理もないけど、あれはあれで似合っていたから村内に悟史くん萌えの村人が一人や二人は出てきてもおかしくない。まぁ町会の酒の肴にされるくらいは仕方ないけど、あそこまでぶっ飛んでるとどうしたって悪口にはしにくい。

 

『北条の息子、朝っぱらから女の格好をして歩きおって……ぶふっ』

 

『まったく、親父と違ってなよっとしてると思えば女装……ぶふっ』

 

てなかんじで、憎々しげに話すなんて不可能だとわかって、笑い話で流されるだろう。

 

悟史くん、これはあなたの才能なんだよ……!

 

「むぅ……なにか魅音から嫌なオーラが出てるんだけど」

 

あ、意外と鋭い。

 

「気のせいだ、悟史。だいたい、罰ゲームなんていくら酷くても気にすることはないぜ。なにしろ、勝てばいいんだからなぁ!」

 

「ほっほ~、圭ちゃんも言うね。それじゃ今日はこれでいこうか!」

 

といって魅音の部活ロッカーから取り出したのは、チアリーディングの衣装。

 

もちろん、圭ちゃんや悟史くんにだけつらい罰ゲームになってしまわないように、レナですら赤面するようなスカート丈に、胸元やら脇やらが大変なことになっているデザイン。

 

「もちろん、これで終わりじゃないよねぇ~。今度の日曜は、我が雛見沢ファイターズの練習試合で応援をしてもらう!」

 

しゅたっとすかさず悟史くんが手をあげた。質問らしい。

 

「あの、僕、選手として出る予定なんだけど……」

 

「この衣装でバッターボックスに立てば、相手のピッチャーも戦意喪失するかもしれないよ~? くっくっく!」

 

その姿を想像するだけで萌えるから困る。

 

「あぅう……魅音、恐ろしい子!なのです」

 

羽入が青ざめているが、その意見は却下する。ようするに負けなければいいのだ。

 

「待て、魅音!」

 

と、圭ちゃんがそこで口を挟んできた。

 

まさか、この期に及んで罰ゲームがキツすぎるとでも言うつもりだろうか?

 

圭ちゃんはたっぷりとためを作ってみんなの注目を集めてから、おもむろに口を開いた。

 

「チアが一人ってのは味気ないだろ。ここは、ビリから二人まで罰ゲームにしないか」

 

「ええっ!?」

 

その場の全員に電流走るっ……!

 

いま圭ちゃんが言ったのは、つまりこういうことだ。

 

「倍プッシュだ、魅音……っ!」

 

リスクをあえて2倍にすることで、勝ったときの目の保養を2倍にしようというこの覚悟……っ! 萌えに対する飽くなき執念……っ!

 

まさに生粋の勝負師にしかできない提案。

 

圭ちゃんは、いつだって私たちの血を熱く燃えたぎらせてくれる。

 

「いいね、燃えてきたよ! Wにーにーのチアはきっと艶やかだろうねぇ!」

 

「はん、言ってろ魅音。当日はめくるめく揺れっぷりを堪能してやるぁー!」

 

「はぅ、はぅ、はぅ~! レナは梨花ちゃんと羽入ちゃんも捨てがたいよ!」

 

「あぅあぅあぅ、大変なことになったのです梨花、ここは僕と同盟を……!」

 

「いいわよ羽入。この私に策があるわ、まさに必勝法と呼べるような策が!」

 

「……むぅ、よく考えると守備のほうがとんでもないことになりそうだよ!」

 

色めき、浮き足立ちながらも、部活メンバーの誰もが一歩もひかない。

 

ここからは真剣勝負、知恵の刃で切り結ぶ戦いの場。

 

私たちは没頭していく。

 

仲間たちとの熱い駆け引き、水面下で絡み合う思惑。

 

読み合い、機を量り、逆転の一手を探る。

 

それはまさに魂の会話、そこにある絆をより強固なものにするための儀式!

 

「それじゃ始めるよ、私たちのゲームを!」

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