ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第3話 ドナドナが聞こえる

「……幸い、目蓋の端を浅くえぐっただけです。全治一週間ですね。あと1ミリずれていたら、危なかったでしょう」

 

病室の前の廊下で俺と両親が医師に告げられたのは、そんな言葉だった。

 

安堵した途端、全身の力が抜けてその場にへたりこむ。

 

片目とはいえ、失明……なんてことになったらどうしようと待っている間ずっと不安で仕方がなかった。それに、相手は女の子だ。目が片方潰れたりしたら、顔に傷が残るってやつじゃないか。そんな取り返しのつかないことになったら、きっと一生後悔する。

 

……よかった。本当に、よかった。

 

「圭一!」

 

いきなり、親父が俺を引き起こし、振りかぶった拳を思い切り叩きつけてきた。

 

骨と骨がぶつかる鈍い音が響いて、俺はリノリウムの床に転がる。

 

「なっ……!」

 

頬が痛かったけど、文句を言うべきか、それとも泣き出せばいいのかわからなくて、俺はがくがくと身を震わせながら起き上がろうとする。

 

そんな俺を見下ろしながら、親父は拳を震わせていた。

 

「怪我が軽かったとはいえ、お前は許されないことをしたんだ。それはわかるな」

 

こんな厳しい言葉を吐く親父は見たことがなかった。

 

わざとやったんじゃない、そんな醜い言い訳に過ぎない言葉が喉まで出かかったけど、必死で呑み込む。あんな小さな女の子を、たとえはずみであっても傷つけたことは、確かにそれだけで許されることじゃない。そう思ったから。

 

「どんな事情があっても理由があっても、悪いことは悪い。だから、きちんと謝ってきなさい。彼女が許してくれるまで、いや、許されなくてもだ。そうしなければならないだけのことをお前はしたんだ」

 

そう言い切ってから、親父は頭を下げた。深々と。

 

「……私もお前に謝る。どうしてこんなことになる前に話を聞いてやろうとしなかったのか、我ながら情けない限りだ。言い訳はしない、圭一。すまなかった……!」

 

「と、父さん……」

 

謝られても困る、としか思えなかった。

 

俺が親父たちと何も話さなかったのは、俺の意思でもあったから、お互い様じゃないか。悪いのは、あんなくだらないストレス解消をしていた俺だけなのだから。

 

……でも、結局なにも返す言葉が出てこなくて、俺はうなだれたままどうにか立ち上がると、今医者が出てきたばかりの病室に入った。

 

ベッドには、さきほどの女の子が身体を起こした姿勢で目を閉じていた。

 

長さをそろえた黒髪がよく似合う、清楚って言葉を形にしたような女の子だと思った。

 

そんな様子が可憐だからこそ、その目を覆う位置に包帯が巻かれているのが余計に痛々しくて、罪悪感を刺激する。

 

「……あの、さ」

 

勇気を振り絞って声をかけたら、女の子は痛そうに眉をしかめながら片目を開けてこちらを見た。その瞳には、不思議と怯えの色はなかった。

 

「圭一……」

 

医者が教えたのだろうか、なぜか俺の名前を口にする。

 

年下の女の子に呼び捨てられるのは違和感があったが、それよりも俺が気になったのは、彼女の呼び方がまるで俺の名前を呼び慣れているような、親しい人間へのそれに聞こえたからだ。

 

なんで、自分を撃って怪我をさせた憎むべき相手が入ってきたっていうのに、そんな安堵したような顔をするんだ?

 

最悪、泣き出されたり、取り乱して物を投げつけられることさえ覚悟していたのに。

 

その疑問が気にはなったが、とにかくするべきことはしよう。

 

俺は病室の床に膝まづいて、両手をついた。

 

そして、頭を下げる。

 

「ご……、ごめん! 悪かった、俺が悪かった。なんでもするから、許してくれ!」

 

額を床にこすりつけ、血を吐くような思いでそう言った。

 

親父の言うとおり許されなくてもしょうがない、そう思うけど、許してほしかった。

 

しばしの沈黙。

 

その重い沈黙に耐えられず、俺が顔を上げようとした矢先に少女が言った。

 

「……なんでも?」

 

なんだろう、幼い少女の声なのに……得体の知れない、ほくそ笑むかのような響きがそこにあって、背中に悪寒が走った。だから顔を上げて頷くのは、すこし躊躇したのだが……理性でそのよくわからない警戒心を抑えこむ。

 

「あ、……ああ」

 

すると少女はすこし考えるように視線をさまよわせたあとで、

 

「それなら……圭一。お願いが、あるのです」

 

彼女はまず両親をここに呼ぶように言った。

 

二人は病室の外の長椅子に座っていたので、すぐに言われたとおりにする。

 

それから、彼女は淡々とその、お願いとやらを口にした。

 

「ボクは古手梨花といいます。××県鹿骨市の、雛見沢という村から来ましたのです」

 

「雛見沢……?」

 

親父が反応する。その地名を知っているらしい。

 

「アトリエを作る話はしただろう。その候補地のひとつで、来週、別荘地見学会があるっていうんで下見に行く予定だったんだ」

 

そんな話を聞いたことがあっただろうか。

 

親との会話なんてここ何年も記憶にとどめていなかった。

 

それだけの価値がないと思っていたから。

 

梨花と名乗った少女はまるでそのことを知っていたかのように頷いて、

 

「圭一には、雛見沢に引っ越して来てほしいのです。できる限り早く。できれば今週中にでも、お願いしたいです」

 

さらりと、とんでもないことを口にした。

 

「ひ、引っ越すだって!?」

 

それも今週中?

 

そんなのできるわけがない。学校も塾もあるし、だいいち引っ越すったって家がない。

 

「圭一のお家は、伊知郎が建ててくれれば来年までには完成するはずなのです。それまでの間は、ボクのお家に居候させてあげますのです」

 

めちゃくちゃなことを言い出した。さすがに困惑しながら親父やお袋と顔を見合わせる。

 

だいたい、目的はなんなんだ?

 

自分を痛い目に遭わせた俺への嫌がらせか?

 

それにしては突拍子も無い提案で、どこにポイントがあるのかわからない。

 

親父が別荘みたいなアトリエを建てるっていうのはそれほど不思議じゃないし、候補地になってたくらいだから不都合もさほどないだろう。でも、そこに住むつもりがあったかといえば疑わしいところだし、親父の仕事の中心は東京だから不便にもなる。

 

それに、俺の進学はどうなる? 

 

都内の有名進学校を受ける予定で勉強をしているっていうのに、そんな遠くの田舎でちゃんと勉強ができるだろうか。

 

「……みぃ。これはあくまでも『お願い』ですので、圭一が本当に悪かったと思っていないのなら、無視してもらってもいいのですよ」

 

ひどく寂しげな、落胆したような調子でそんなことを言う梨花ちゃん。

 

……そ、それってある意味、脅迫じゃねぇのかよ!

 

ここでそのとんでもない条件を呑まなかったら、俺は彼女に怪我させたことをこれっぽっちも反省していない極悪人ということになってしまう。

 

「お願いを聞いてくれるなら、警察にも学校にも言わなくていいのです。ボクのお家の人にも、圭一がボクを撃ったことはないしょないしょにしてあげるのですよ。にぱ~☆」

 

なにそのいい笑顔!?

 

お願いを聞けば言わなくていいってことは、聞かないなら警察や学校に言うといってるのとおなじことだ。言われてもしょうがないけど、そんなことになれば当然内申書はボロボロで、どちらにせよ受験は失敗に終わりかねない。

 

要するに……俺に拒否権はないのだ。

 

一応家族で一晩相談したが、結論は最初から決まっていた。

 

俺は(脅迫されたことはともかく)彼女に本当に悪かったと思ってるし、こっちの生活にたいして未練があるわけでもない。とんでもない話だけど、親父たちや学校の都合さえつくなら、言うことを聞いてもいいと思っている。

 

そう伝えたら、二人もそれに同意してくれた。忙しさにかまけていたのと俺自身が望んでいると思っていたから勉強に没頭していくのを止めなかったが、俺が学校や友達の話題をまったく出さなくなっていたことや、家でも部屋にとじこもりっきりだったり、ろくな食事をしていないことなど……以前から、気にかけてはいたのだという。

 

その結論を伝えると、一晩で退院できた梨花ちゃんは至極嬉しそうに微笑んだ。

 

「圭一なら、そう言ってくれると思っていたのです。にぱ~☆」

 

脅迫さえされていなければ、天使のような笑顔だと思えたんだがなぁ……。

 

それからは忙しかった。

 

梨花ちゃんの家はあまり広くないというので俺の荷物は最小限しか持っていかないので、引越しの準備に追われるということはなかった。親父とお袋は連休の間の飛び石を利用して転校の手続きなどに走り回り、俺は事件から三日後には村に帰るという梨花ちゃんと一緒に雛見沢に向かうことになったのだった。

 

「それじゃ圭一、学校同士で連絡はしてくださったそうだから、向こうの先生にこの書類をお渡しするのよ」

 

「私たちも不動産関係で何度か顔を出すと思うから、しっかりやるんだぞ圭一」

 

「はいはい」

 

ホームで見送られて、手荷物と向こうで配ることになるお土産を持った俺は梨花ちゃんといっしょに新幹線に乗り、そこからさらに電車を乗り継いでとんでもない山奥までやってくることになった。

 

「雛見沢よ……私は帰ってきた!なのです」

 

最寄り駅だという興宮も、商店街はしょぼくれた様子だった。その上、雛見沢はここからさらに10キロ近く奥に入ったところにあるのだという。

 

「バスもないって……マジか」

 

「マジなのです。何年か前に廃線になったのですよ」

 

右目に白い眼帯をした梨花ちゃんがにぱ~☆と笑う。

 

これからの生活に激しく不安を覚えた俺だったが、梨花ちゃんが前の乗り換え駅で電話しておいてくれたおかげで、親戚のおじいさんだという人が車で迎えにきてくれたので、荷物を抱えたまま遠足はしなくてすんだ。

 

「いや~、梨花ちゃんから電話で聞いたよ。圭一くんは変な通り魔に撃たれた梨花ちゃんを抱えて病院まで走ってくれたんだって? いまどき実に感心な少年だって町会でも評判でねぇ!」

 

「そうなのです。圭一はボクの王子様なのですよ、にぱ~☆」

 

なんてデタラメを吹き込んでるんだ、この小悪魔……!

 

本当のことを知られたら、俺はいったいどんな仕打ちを受けるのだろう。

 

「そうそう、羽入様も心配していたよ、梨花ちゃん。あんまりお姉さんを心配させるもんじゃないよ?」

 

「みぃ……はいなのです。電話で羽入にもさんざん叱られましたのです」

 

「はははは、そりゃ怒るだろう! ご両親から預かった大事な妹が、突然ひとりで旅行に出かけたと思ったら旅先で通り魔に襲われて怪我をしたなんて、心配して当然だよ!」

 

がくがくぶるぶるにゃーにゃー。

 

やがて車は神社の石段の下で停まった。

 

厄払いにお参りでもしていくのかと思ったら、おじいさんがトランクから俺の荷物を出して渡してくれたので、どうやら目的地はこのあたりらしい。

 

とりあえずお土産をひとつ渡して、おじいさんとはその場で別れた。

 

「さ、圭一。ボクたちのお家にご案内するのです」

 

と言って、梨花ちゃんは自分の荷物を背負うとひょいひょいと石段を登り始める。

 

「って、この上にあるのか?」

 

「言いませんでしたか? ボクは古手神社の巫女さんなのです」

 

なんと、梨花ちゃんは神社の子だったのか……いわれてみれば、髪型とかちょっと巫女さんっぽいかもしれないな。重い荷物にひいこら言いながら苦労して石段を登りきると、思ったより立派な神社の境内だった。社務所かと思った建物は近寄ってみると集会所という看板がついていたので、どうも俺の住む場所はここではないらしい。

 

そのまま裏手に回る梨花ちゃんについていくと、背後を森に囲まれたおんぼろの倉庫みたいな建物の前に出た。

 

「なあ……まさか、これが……」

 

「はい、ボクのお家なのです。1階は地区の防災倉庫になっているのですよ」

 

す、住めるんだろうか……これ。

 

「そういえば、お父さんやお母さんはいないって言ってたけど……お姉さんは、やっぱり神主さんをしてるのか?」

 

女の神主さんがいるのかどうかは知らないけど、梨花ちゃんはお姉さんと二人暮らしだって言ってたから、その人が神社を継いでいるのだろうか。

 

「羽入はボクと同じ学校に通ってますですよ?」

 

……って、小学生かよ!?

 

しかも俺を含めて子供ばっかりで3人で暮らすのかよ!?

 

「羽入~、ただいまなのです!」

 

で、防災倉庫こと梨花ちゃんハウスに入ってみると、梨花ちゃんとそう背丈もかわらない女の子が顔を出した。目を引くのは、代わった光沢を持つ髪の毛……よりも、頭の横に立派な角があることだった。アクセサリー……にしては飾り気がない。

 

「梨花ぁ! もう、心配させすぎなのです!」

 

泣きそうな様子で梨花ちゃんを抱きしめる様子からは姉の威厳とかそういうものはあまり感じられなかったが、梨花ちゃんへの愛情だけは感じられて、微笑ましいやら申し訳ないやらで複雑な気持ちだった。

 

「え、えーと……前原圭一です、よろしく」

 

梨花ちゃんに言われて買っておいたシュークリームを渡すと、とろけそうな笑みをこぼして受け取ってくれた。間違いなく好物なのだとひと目でわかる反応だった。

 

「あぅ、ありがとうです! 僕は古手羽入なのです……妹が、梨花がお世話になりましたのです。狭い家ですけど、自分の家だと思ってくつろいでほしいのです」

 

ぺこりと頭を下げる。

 

どうやら羽入ちゃんも、梨花ちゃんのホラ話を吹き込まれているらしい。

 

……もっとも、そうでなければ梨花ちゃんを傷つけた犯人の俺と一緒に暮らそうなんて考えもしないだろうけど。そもそも、傷つけられた梨花ちゃん本人がどうしてそこまでして俺をこの村に引っ張り込みたいのかが最大の謎だ。

 

「圭一は美少女姉妹を両手に花なのです。三国一の幸せ者ですよ。にぱ~☆」

 

いや、自分で言うな。確かに男としてはロマンあふれる状況だけど……俺の人生は一発の銃弾、それもしょぼいBB弾でとんでもないことになってしまった気がするぞ!?

 

「みっみっみ♪」

 

ともかく、こうして俺の雛見沢での生活が始まったのだった。

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