「はっはっは、殴り合いの喧嘩だなんていまどきの子にしちゃ珍しいと思ったが、園崎さんとこの若い衆かね!」
興宮連町の会長さんだというおじさんが大笑いする。
「あはは、お恥ずかしい限りですけど、組の者じゃあないんです。これが実はクラスメイトでして……」
私たちはあの大立ち回りのあと、救護係のテントに連れてこられて手当を受けていた……といっても、実際怪我をしたのは矢面に立った圭一くんだけ、それも打ち身にあざをひとつずつこさえた程度だった。魅ぃちゃんに関節をはずされたり私の拳で鼻血を流したりして逃げていった酔っぱらいたちのほうがはるかに重傷なのは間違いのないところだ。
「へえ、それじゃあカタギかい。そりゃますます面白い、昔で言えば雛見沢っ子世にはばかるって奴だなぁ!」
雛見沢という土地はかつて差別と嫌悪の対象で、里に下りてくれば必ずといっていいくらい地元の人間と一悶着起こす暴れ者が多かったそうだ。だからこそそんな言葉も残っているんだろうけど、ここではむしろいい意味なのはその笑顔からも明らかだ。興宮の街はもう園崎家なしでは成立しないから、仲良くやっていこうという気持ちもあるのだろう。
「そうですねぇ、こいつの名前は覚えといたほうがいいかもしれないです。いまに雛見沢を背負って立つようになるかもしれないんで」
「ほう、そりゃあそりゃあ!……ええと、前原くんだっけ?」
すると顔に小さく切った湿布を貼った圭一くんが立ち上がって深々と頭を下げる。
「雛見沢の前原圭一です、よろしくお願いします。ご迷惑おかけしました」
それから顔を上げてにやりとして、
「責任とって今夜は盛り上げさせていただきますんで、今後ともよしなに!」
ぽかんとして圭一くんを見ていた会長さんは、すぐに呵々大笑した。
「わっはっは、こりゃ確かに大した人物だ! こちらこそ今後もよろしくお願いします、今夜は楽しんでいってくださいよ、圭一さん!」
圭一くんが凄いのはこういうところだ。ほんのすこしの遣り取りで、敵なら頭に血を昇らせ、そうでなければ味方につけてしまう。一挙手一投足が人の耳目を集め、人の記憶にその顔と名前を刻みつける何かを発している。
「あぅ、いったい何があったのですか?」
さすがに噂が届いたのだろうか、羽入ちゃんと梨花ちゃんも神主さんらしき人と一緒にテントに駆けつけてきた。
「あはは、ちょっとね。変な人たちに絡まれちゃったから遊んであげただけだよ~☆」
しゅっしゅっと軽くジャブを振ってみせる。
「みぃ、ボクたちのいないときに楽しそうなことをするのは反則なのです」
梨花ちゃんがとんでもないことをさらりと言ってる。
「あぅ……圭一は、喧嘩っ早いのが玉に瑕なのです」
ため息をつきながらも圭一くんのそばにいって、怪我の具合をみるのは羽入ちゃん。
「はは、君が二人のところに居候してるっていう圭一くんかね」
神主さんも興味深そうに圭一くんのところにやってくる。
「あ、はい。いつも羽入たちがお世話になってます。まだまだ未熟ですんで、これからも力をお借りする機会があると思いますが、面倒みてやってください」
そう言って頭を下げたら、神主さんが面白がるような顔になった。
「そうだね、喜んで力を貸そう。……どうも君とは長い付き合いになるような気がしてきたよ。なかなかご挨拶にも伺えないが、先代ご夫妻によろしくお伝えください」
そこでひとつ咳払いして、梨花ちゃんの頭を撫でながら笑う。
「こちらからも、二人のことはよろしく頼むよ?」
……羽入ちゃんや梨花ちゃんが、圭一くんのことをどう伝えたのか、わかるような気がしてしまう。直接的なことは言っていなくても、人の内心に触れるのも宗教者のお仕事のひとつだから二人の圭一くんに対する好意は読みとっているんだろう。
「はい、まかせといてください!」
その含意に気づいているやらいないやら、胸を叩いて請け合う圭一くんだった。
……うーん。やっぱり、来るのかな。圭一くんが誰かの隣にいる未来。ちょっとだけ胸がちくちくする。魅ぃちゃんの『雛見沢を背負って立つ』っていう言葉も、よく考えればアレだし……。
「ほらレナ、行くよ~?」
当の魅ぃちゃんが考え込んでしまった私の手をとってテントから出る。
「さてさて、ちょっとしたトラブルはあったけど、予定通り行くよ、部活の出張版!」
「六凶爆闘遠征編なのです、みー☆」
「あっははは、梨花ちゃん、なにそのセンス!?」
それからはもう、いつもの大騒ぎ。圭一くんは最初の宣言通り、綿流しで一緒に暴れられなかったのを取り返すみたいなはしゃぎっぷりで、種目が何であろうが全力だった。
さらにその口車の本領発揮となったのは屋台の盛り上げ。どんなおいしくなそうな屋台でも圭一くんがおいしそうに食べて口上を並べたてるだけで行列ができて、しかも買ったお客さんたちは一様に満足そうな顔をしてそれを食べているのだから不思議でならない。
「いや~、こりゃちょいとやりすぎちゃったかもしれないね~」
魅ぃちゃんがそう言うのも無理はない。
だって私たちが通り抜けたあとには、行列ができたあげくに材料がなくなって売り切れか景品を根こそぎ奪われたかで店じまいの夜店が大半だった。
「そうだね、売り切れはともかく、さすがにこっちはかわいそうだね」
悟史くんの意見で、もう一周して沙都子ちゃんへのお土産や自分たちの記念にする一品以外の収奪品は返して回ることになった。途中、売り切れでほくほくしながら店を片づけている店主さんたちが圭一くんに気持ちだといって金一封を押しつけてきて、我も我もとばかりにそれが殺到してしまい、圭一くんの手元には結構なお金が残ってしまう。
「参ったなぁ、別に儲けたくてやったわけじゃないのに。……よし!」
圭一くんは私たちを引っ張ってちょっとしたアクセサリなんかを売ってる夜店に連れていくと、自分で似合いそうだと思うものをひとつひとつ選んで私たちに買ってくれた。
魅ぃちゃんはおしゃれな感じのペンダントで、私にはかぁいい感じのブレスレット。
「へ、へぇ……圭ちゃん意外とセンスいいね、ぱっと見じゃ安物には見えないよ」
「はぅ~、レナのもかぁいいよ~☆」
羽入ちゃんと梨花ちゃんには、姉妹で色違いの小さな石がついた指輪だった。
「あぅ、きらきらして綺麗なのです!」
「ふぅん……圭一、当然薬指にはめてくれるのよね?」
からかうつもりで梨花ちゃんがそう言ったんだろうけど、全然意味がわかってないらしい圭一くんは「ん? ああいいぜ」とか言ってさらっと梨花ちゃんの左手の薬指にはめてあげたりするものだから、梨花ちゃんのほうが真っ赤になってしまって倒れそうだった。……弱々の梨花ちゃんもかぁいいよ~☆
やっぱり圭一くんって、天然ジゴロの素質があるのかもしれない。
「むぅ……圭一、こっちは沙都子の分なのはわかるけど、こっちは?」
「お前のに決まってるぜ、悟史!」
可愛いカチューシャのほかにネコミミを渡された悟史くんがなんだか複雑そうだった。
「そろそろ花火みたいだね! 行こう!」
ちょうど人の流れが動き始めたので、私たちもその流れに乗って移動する。
来年の綿流しは、こんなふうに大盛り上がりできるのかな。沙都子ちゃんも一緒に、大騒ぎできたらいいな。
でも、不完全に終わったとはいえ四年目の祟りは起きているから来年も油断はできない。悟史くん、沙都子ちゃんは相変わらず祟りの最有力候補だし、ご両親が犠牲になった羽入ちゃん、梨花ちゃんだって、町会と敵対した魅ぃちゃんだって危ないかも知れない。
……あれ? 余所者という意味では私と圭一くんも……。
よく考えてみたら、来年の祟りの候補はそれこそ私たちの中の誰かになってしまう。
これはある意味、傑作かもしれない。祟りに遭う可能性の高い私たちが手を取り合って、一度は敗れた惨劇に立ち向かおうだなんて……まるで三文芝居かハリウッド映画みたいに陳腐で安っぽいストーリー。
すこし不安はあるけれど、さっき買ってもらったばかりのブレスレットが光る手首を見ただけで……じん、と胸が熱くなるのを感じる。
だってハリウッドのアクションスターだってかなわない、とびっきりの主人公がまたスクリーン狭しと大暴れをして、今度こそは痛快なハッピーエンドに私たちを導いてくれるに違いない。私にはそう確信できるんだもの。ちょっぴりヒロインが多いのは問題かもしれないけど、それも主人公がでたらめなくらいに格好いいから仕方ない。
どん、とおなかに響く音がして、私は足を止めた。
「……わぁ」
見上げた夜空にばらばらと音を立てて、大輪の花火が広がる。
私が思わずあげてしまったのと同じように、その場のあちこちから歓声が漏れた。続けていくつもの花火が上がり、人々の楽しそうな顔、幸せそうな顔を映し出す。
「……あ、あれ?」
見回した私は、そこでようやく、自分が見知らぬ人々に囲まれていることに気づいた。
「みんな……?」
手をつないだ恋人同士、肩車をした親子連れ、笑顔を交わす友人の輪。
その中に……私は、ひとりぼっち。
いつの間に、はぐれてしまったんだろう。いつの間に、置いていかれちゃったんだろう。
「魅ぃちゃん……、悟史くん?」
急に不安が押し寄せてくる。みんながいない。仲間がいない。私の家族がいない。
「梨花ちゃん、羽入ちゃん……!?」
ひとりぼっちになってしまった。誰も私を見ていない。
……そんなことない、あるはずない。
私は人と人の間をすり抜けて、ぶつかりながら、よろめきながら、みんなの姿を捜す。
だって、みんなは絶対いなくなったりしない。お母さんやお父さんとは違う。
私を見捨てたり、置いていったりしない。
信じてる、私はみんなを信じてる!
「レナ!」
ぐっ、と手首を掴まれて振り向くと……そこに、圭一くんがいた。
「ったく、いきなりいなくなるから心配したぞ」
とっても優しい顔で笑う圭一くん。
その顔を見たら、さっきまでの不安な気持ちが嘘のように消えていった。
見つけてくれた。
圭一くんは、私を見つけてくれた。
「おい、レナ……え、泣いてるのか?」
「な、……泣いてない、泣いてないよ!」
ごしごしと目元をぬぐって、圭一くんの胸の中に飛び込んだ。
子供みたいにしがみつく私を、圭一くんは戸惑いながらも抱き返してくれる。
「でも、良かった……えへへ、ちょっとだけ不安だった」
「そっか。……くっくっく!」
圭一くんが可笑しそうに笑うので、ちょっとむくれながら顔を上げる。
「いや、悪い。さっきの、レナに殴られて鼻血出してた連中がいまのレナを見たらどんな顔するかな……って想像したらさ、笑えて……」
う……。
たしかにそれは、想像しただけでちょっと恥ずかしいような……。
「む~……ふぁ!?」
機嫌を損ねたところへ、いきなり優しく撫でられてどんな顔をしたらいいかわからなくなる。こういうところ、圭一くんはずるいような気がする。
……やっぱり天然ジゴロ!
「あのさ、レナ」
ぎゅっと私を抱きしめて、花火が彩る夏の夜空を見上げながら圭一くんはとても優しい声で囁く。
「俺たちは、レナといつでも一緒にいられるわけじゃない。でも、そこにいなくたってレナの支えになりたいと思ってることだけは忘れないでくれ」
「え、圭一くん……?」
まるでさっきまでの不安を見透かされたみたいだった。
そんなに顔に出てしまっていたんだろうか?
圭一くんはもう一度私に笑顔を見せるとゆっくりと身体を離して、私の手をきゅっと握りしめた。
「行こうぜ、みんな心配してる」
「う、うん……」
ホントはもうすこしだけ、こうしていたい。圭一くんを、独占していたい。
でも、彼が私を、私の家族のところへ連れ戻そうとしてくれることが嬉しくて、それだけで胸がいっぱいになってしまう。
本当に……どこまで、この人は救世主を気取るつもりなんだろ。
超人的なタフネスも、戦場仕込みの戦闘技術もないけれど、口先三寸と意地と度胸だけでこの世を渡る、粋で鯔背なスーパーヒーロー。と、そこまで思って、そういえば圭一くんは江戸っ子だっけ、と思いついて今度は私の方が噴き出してしまう。
「……? なんだよ」
つないだ手からその気配が伝わってしまったのか、圭一くんが振り返って不思議そうな顔で私を見る。花火の音、人々のざわめく声、そんなものがあっても関係なかった。こんなに近くにいるから、私は彼の顔を見れば彼が何を考えて、何を言っているかわかる。
圭一くんも、そうだといいなと考えながら……自分にしか聞こえない声で言ってみた。
「圭一くんが、レナのお父さんだったらよかったのに」
彼はきょとんとしていたけど、首をひょいっとすくめてから呟くように言った。
「俺は、レナが娘でなくてよかったよ」
伝わった。否定的なことを言われたけど、圭一くんの表情を見ただけでわかる。私みたいな娘はいらないって言いたいんじゃなく、彼が言いたいのはもっと別のこと。
「娘にこんなどきどきしてたんじゃ、人としてマズイだろ」
口の中でもごもご言いながら向き直って、私を強引に引っ張っていく。
……あまり正直にそういうことを言わないで欲しい。こっちだって、どきどきして来ちゃうんだから。みんなの待つベンチ前にやってきたときには、揃って真っ赤になっていた。
羽入ちゃんや魅ぃちゃん、悟史くんはほっとした顔をして……梨花ちゃんも一瞬は同じ表情を見せたけど、私たちの顔を見比べてすぐにむっとしたような表情になる。
……鋭い子だなぁ。
「見つかったぜレナ! いや~、人いきれでとんでもない暑さだったぜ。なあ!」
取り出した扇子でぱたぱたと自分を扇ぎながらごまかそうとする圭一くん。
「……圭一くん、ひどいよ」
真っ赤な顔をしたまま、私は涙目でそう言って顔を覆う。
「へ?」
目を丸くしてこちらを見る。
「人混みの中だからって、あんなこと……レナ、すっごく恥ずかしかったんだよ!?」
しゃきん、というなにやら金属的な効果音とともに梨花ちゃんと魅ぃちゃんの顔に鋭利な感情が舞い降りるのがわかった。
「へぇ~、どんなことをしたのか詳しく聞かせて欲しいわね」
「私も聞きたいなぁ~……圭ちゃん、ちょ~っと取り調べしてもいい?」
二人が舌なめずりをしながらにじり寄ってくる。
「え、え……ちょっと待て、あんなことっていうのは」
恥ずかしいことを言ったのは本当で、なおかつそれは言い訳であっても口に出すようなことじゃなくて。圭一くんはあたふたと狼狽える。
「あぅあぅ、圭一。まさかあんなことって、この前みたいなことをしたんじゃ……!?」
「け、圭一。それは羨ましすぎるよ、ちゃんと僕に詳細を報告してくれないとっ!?」
羽入ちゃんと悟史くんもなにやら不穏な発言をしている。
「ま、待て、誤解だ。なぁレナ、やましいことはしてないよな。な!?」
「ホントはね、圭一くん……」
私は彼に、おずおずと告げた。
「……レナ、ちょっぴり泣いちゃった」
「待てぇぇぇぇ!? 今このタイミングでなにを言ってるんだレナっ!?」
絶叫するものの、圭一くんは抵抗虚しく魅ぃちゃんと梨花ちゃんに捕まって林の中へと引っ立てられていく。……あれはひょっとして、お持ち帰りっていうのかな。
「あはは……とにかく無事でよかったよ、レナ」
悟史くんがそう言ってくれて、私も頷いて微笑む。
やっぱりみんなの顔が見えるとほっとする。圭一くんが言うのももっともだ、もうすこし私は精神的に安定するように努力しないと。
……と、羽入ちゃんが私の手をそっと握ってくれた。
「レナ、寂しいときは泣いてもいいのです。でも、一人で泣くんじゃなくて……僕たち、仲間のところに戻ってから泣いてくれたほうが嬉しいです」
年下の羽入ちゃんが、まるでお姉さんかお母さんみたいに見えてしまう。
……その場合、私たちが家族だとするとお母さんのポジションは魅ぃちゃんや私よりも羽入ちゃんが適任なんだろうか。それはそれでちょっと悔しいな……。
と思いながら花火をしばらく眺めていたら、林の中から梨花ちゃんと、さめざめと泣く圭一くんの首根っこを引きずった魅ぃちゃんが戻ってくる。
「いや~、圭ちゃんの隠し持ってた凶器、ありゃ~危険だね!」
……魅ぃちゃん、なんで心なしか顔が赤いんだろ。
「明らかに有罪でした。あの味は『嘘をついている味』だったのです」
……梨花ちゃんも、どうしてにんまりしながら口元をぬぐっているのかな。かな?
レナぱんで修正しておくべきかとも思ったけど、よくよく考えてみると今回煽ったのは私だったりするわけで……ええと、ごめんね圭一くん。
「圭一、圭一ぃ! 死ぬな、圭一! 何があったのか僕に報告してからじゃないと死んじゃ駄目だ、圭一ぃぃぃ!」
悟史くんに浴衣の胸ぐらを掴まれてがくがくと揺さぶられた圭一くんは虚ろな目で、
「どうかこの事件の真相を暴いてください、それだけが私の願いです……前原圭一」
と呟くと……真っ白に燃え尽きて、その場にがくりと沈んでいった。
「圭一ぃぃぃぃぃ!?」
……ちょっと、かぁいいかもしれなかった。はぅ☆