キラリ、陽光を反射いて高く舞い上がる金属バット。
それが地面に落ちるのと同時に俺は叫んでいた。
「悟史ぃぃぃぃぃぃっ!」
目の前の光景は……ある意味では、ごく当然とも言うべき成り行き。レナの鉈さばきはやはり超一流、悟史は武器をその手からもぎ取られ、レナの膝で組み伏せられてしまっていた。
あとは高々と振り上げたあの鉈を叩きつければ、……勝負は決まる。
「……圭一」
絶体絶命の悟史は静かな笑みを俺に向ける。
それは絶望でもなければ、後悔でもなく……やり遂げた男の笑みだった。
「この角度からだとよくわかるよ、やっぱりレナは……隠れ巨」
がすっと鉈が悟史の顔の真横の地面へと突き立てられる……レナさん、それ峰打ちじゃないっす!
「あははは、ちょっと狙いがそれちゃったね☆」
「ひぃぃぃぃ、助けてKぇぇぃ!」
余計なこと言うからだ……。とはいえ、魂の兄弟たるサニーをここで見捨てていくわけには行くまい!
「圭一くん、魅ぃちゃんをやっつけてきちゃったんだね。凄いね☆」
「レナ……。俺からもひとつ言わせてくれ」
ぐっと拳を握りしめて、俺は……その言葉を放った。
「マウントポジションするならこの俺にしてくれッ!?」
言われていまの体勢にようやく気づいたのか、レナは慌てて悟史の上から立ち上がってあたふたと言い訳をはじめる。
「あ、あのね、圭一くん。これは、違うんだよ。だよ!? け、圭一くんがしてほしいならレナ、してあげる……ううん、レナがマウントポジションされてもいいから、だから……!」
「いまだ、圭一ッ!」
悟史が腹筋だけで起きあがり、レナの腰に素早くしがみついて動きを封じる!
「おう!」
俺はその機を逃さず走った。一直線に間合いを詰め、地面を蹴る。
「……おぶぁッ!?」
美しい角度で俺の膝蹴りが悟史の顔面に決まり、地面を転がっていく悟史。
それを見ながら俺は、両手を握りしめて涙を流すしかなかった。
「すまんサニー! 理由はどうあれ、レナに抱きつくのはなんか許せん!」
地に伏し、かすかに震えながら……悟史は白い歯を光らせて、笑ってみせた。
「いいんだよ圭一……それが、男ってもんさ!」
なんて奴だよ、サニー。お前のような親友がいて俺は幸せだよ……!
その幸福に報いるためにも、いま俺が為すべき事はただ一つ。
俺は振り向きざまに叫んだ。
「さぁレナ、俺にマウントポジションをッ……!?」
隣にいたはずのレナの姿はすでにその場になく、鉈を放り出して校舎の向こうへと逃げていた。
そして振り返ると、体操着の裾を両手で押し下げてブルマを隠しながら頬を染めて俺を見る。
「あのねあのね、圭一くん……レナが、心からマウントポジションしたいのは、いつだって圭一くんだけだよ。……信じてほしいな、ほしいな☆」
はぅっ……、も、萌え死にそうになったじゃねぇか、レナ!
どこまでかぁいいんだよ、お前って奴はさ……。
「えっと、悟史くんもごめんね!」
そのまま校舎の陰に姿を消していくレナを見送り、俺はその場に座り込んだ。まだ昼前だったので心の夕陽を眺めて、俺の失ったものと得たものの大きさを噛みしめる。
「け、圭一……」
「……なんだ、悟史」
心は通じ合っていた。
本当は、俺たちの間に言葉なんていらないのかもしれなかった。
それでも……我らの敵を、褒め称えずにはいられなかった。
「強烈だったね……レナの、対思春期少年用石化魔法」
「ああ……これほど効果的な時間稼ぎも他にないな☆」
レナの愛らしさで心を満たしつつ、素数を数えて再び立ち上がる力を取り戻そうとする俺。やはりレナこそは、最大の難敵か……!
その一見華奢な肉体に秘めた無限の実力、かぁいいものを追い求めながらも本人が一番かぁいいという矛盾した存在……それが我が宿敵、竜宮レナ。
「881、883、887、907、911……よしっ!」
ようやく石化解除に成功し立ち上がる。時間は大幅に使ってしまったが、まだここで諦めるわけにはいかない。
悟史のほうは満ち足りた顔ですでに意識を彼方へと飛びたたせていた。
惜しい奴を亡くしてしまったな。
俺は転がっていたホットおしるこを悟史の手に握らせてやった。
「知恵先生によろしくな、悟史。……お前の仇は、必ず討つ」
とどめを刺したのが俺だということは忘れよう、戦いの最後はいつも独りなのさ。
歩み去る俺の背後で、低学年の女子たちが不思議そうに悟史を取り囲んでつついていたが、俺は意識がなくてよかったなと思ってやるのがせいいっぱいだった。
さて、レナは神出鬼没だから捜しても意味はない……あいつの不意打ちを警戒しながらいま捜すべきはトラップマスター代理たる梨花ちゃんのほうだ。彼女が潜むとしたら沙都子直伝のトラップを仕掛けやすい校舎内、自分に有利な屋内戦闘を選ぶのは間違いない!
ならば俺が選ぶ道などただひとつ、相手の有利なフィールドに乗り込んだ上で完膚無きまでにその罠を、真正面からブチ破るッ!
「……行くぜ、梨花ちゃん! 沙都子の名に恥じないトラップを見せてみな!」
下駄箱の扉を開けようとした俺は……、ぴたりと手を止めた。
可愛らしいキャラクタ物のメモ用紙が貼り付けられ、そこに意外と乱筆な梨花ちゃんの字でメッセージが書かれていた。
『遊んであげるわ、口先男』
これだけならばひどく挑発的な、挑戦状とでも言うべき内容だったが……。下のほうに小さく、たよりなさげな字で書き添えられた言葉。
『 やさしくしてね りか 』
……やるじゃねぇか。名前までひらがななのが狙ってる感じだ。さっきまでの俺ならば容易く骨抜きにされていただろうが、しかし!
俺の後ろには、この戦いで奮戦虚しく倒れていった者たちの屍があるのだ。
羽入、詩音、岡村くん、富田くん、そして悟史……!
微妙に脱落したのとは違ったり、巻き込まれただけの奴もいるがそれはどうでもいい。
「くふふふ……、遊ぼうぜ~☆優しくするする!」
幼女の誘惑を敢然と振り切った俺は校舎内に入ろうとして、はっとして頭上を見た。
扉がすこし開いていたからだ。
頭上を見れば……まるでそれが当然であるかのように、黒板消しがはさまっている。なるほど、こいつは沙都子も使うトラップの基本……だが梨花ちゃんらしさが光っているのは、その黒板消しの表面にテープで貼り付けられた画鋲が何列もずらっと並んで剣山のようになっていることだった。
「恐ろしいぜ……そりゃ実際のダメージはたいしたことないかもしれないが、心理的ダメージは数倍となる!」
俺は取っ手にもなにか仕掛けられていることを警戒して、扉の表面に手を当ててぐっと力をこめた。これで黒板消しは地面に落ちて無効になるはず……何ッ!?
黒板消しは落ちてこなかった。
「……んぎゃッ!?」
その事実を認識すると同時、俺は足に激痛を覚えていた。
足元、すねの高さに先生が黒板に当ててつかう巨大な三角定規がつり下げられていた。
……くぅぅぅ、なるほどな。
これは接着剤かなにかで貼り付けて落ちてこない黒板消しに注視させておいて、注意がおろそかになった足元を狙う凶悪なトラップ。しかもいわゆる弁慶の泣きどころを強打する形で仕掛けられた、極めて悪質なやり口……くそ、まるでここにはいないはずの『奴』の幻影と戦っているかのようだ。
俺はその痛みがひくまでの間行動不能とされ、そうしている間にも残り時間は少なくなっていく。
「せんぱい、へーき? 痛そうだよ?」
「あぁ、平気さ。男にはな、なすべきことをなすために、乗り越えなければいけない痛みがあるのさ……だから止めないでくれ!」
「……せ、せんぱいっ☆」
通りすがりの幼女との心温まる会話に癒されつつ、俺は再び立ち上がった。
足でドアをこじ開けて下駄箱に踏み込んだ俺は、いつもの習慣で上履きを引っ張り出そうとして……それが、ずっしりと手に重いのに気づく。
「お、おいおい……これは仕掛けすぎだろうに」
俺の靴の中には、あふれてこぼれそうなくらいに大量の画鋲が入っていた。
2個や3個なら気づかず履いていたかもしれないが、これだけ入ってて効果があるとでも思ったのかよ?
梨花ちゃんのアホさに感心しながら靴を取り出し、画鋲をどこかに捨てようとかがんだ瞬間、頭上を矢のようなものがかすめていった。
「……げ」
見れば柱に刺さっていたのは注射器……梨花ちゃんを象徴するアイテムのひとつだ。
もう一度よく下駄箱を調べてみると、俺の靴入れの底板部分がトラップのスイッチになっていた。つまり、画鋲が大量に入った靴の重しをどけた時点で注射器が放たれる仕組みだったのだ。……アホな画鋲を先に見せて油断させ、絡め取ろうという意図が見え隠れする。
や、やはり……いまの梨花ちゃんは危険だ。
トラップだらけの危険地帯と化した校舎のどこからか、あの沙都子の高笑いが聞こえてきそうなくらいに……!
「くそ……、羽入は無事なのか?」
上靴に履き替えて慎重に廊下に上がった俺だが、すぐにひとつの異常に気がついた。
タライだ。
教室へ続く廊下、天井すれすれの高さに大きな金タライがつり下げられている。
どこにあれが落下してくるスイッチがあるかは知らないが、ただのタライと侮っては痛い目にあいかねない。なにしろ、そこに水でも入っていればひっくり返ってずぶ濡れになってしまうし、石などを仕込んで重くしてあればぶつかったときのダメージが並みではなくなる。
そして、いま沙都子の凶悪なトラップ脳をトレースしつつある梨花ちゃんが、それをしない理由などまったく見あたらない!
ここは、タライを避けて廊下の端を歩くべきか?……いや、それこそが狙いかもしれない。タライはフェイクで、真の罠はそこに仕掛けられているということだってありえる。だからといって真ん中を歩いていってタライが本当の罠だったら被害甚大……最悪、あえてあのタライを見せることでこちらの動きを封じ、時間稼ぎをするのが真の狙いかもしれないじゃないか!?
ならば、容赦するな前原圭一。微塵の躊躇も必要ない、ここは駆け抜けるんだ。
敵の想像を超えることこそが、トラップの計算を狂わせるための第一歩!
……が、まだまだ俺は甘く見ていたらしい。
ダッシュで廊下を駆け抜けた瞬間、廊下に塗りつけられていたロウに足をとられて身体が宙に浮いていた。
「うぉぉおおぉお!?」
読んでいた……、俺が走ってここを切り抜けようとすることを……!
なら、本命は……ここだッ!
「オラァッ!」
教室の扉に激突する寸前、空中で拳を振るって扉へと思い切り叩きつけた!
俺自身の身体は扉を殴った反動でかろうじてストップしたが、扉はほとんど抵抗なく向こう側へ倒れていき……、直後、扉もろとも教室に雪崩れ込んでいれば俺が倒れていたであろう位置にバケツややかんなどが大量に降り注ぎ、瞬く間に山と積み上がってしまう。
「ななな……、なんじゃこりゃあ!?」
しかもどうやらそれらには重しがたっぷりと仕込んであるらしく、こんなもんをまともに喰らった日には生き埋めになって気絶してしまうこと間違いなしだ。
本気だ……、ヤツは本気で俺を潰そうとしてやがる!
思わず背筋を寒いものが走るのだが、俺はここで退くわけにはいかなかった。
なぜなら……、
「あぅあぅ、圭一! 教室に入ってきては駄目なのです!」
教室の奥、積み重なった机に縛り付けられた羽入の姿が見えてしまったからだ。
明らかに、罠。
人質でもなんでもない、罠だらけの教室内へと俺を誘い込むためだけに用意された餌だ。
梨花ちゃんはそれでも俺が見捨てないと踏んでいる。
この前原圭一ならば、羽入を助けるために、見え透いた罠の中に絶対に踏み込むと。
「羽入……いま行くから、待ってろ」
俺は立ち上がって、ゆらりと教室の入り口へと向かう。
「駄目です圭一、僕のことはいいから、梨花を捜すのです!」
「そうはいくかよ……俺は、羽入に責任をとるって決めてるんだぜ?」
「あぅ?……あ、あぅあぅあぅ、責任って!」
羽入がいきなり真っ赤になって喚き出す。
「だってそうだろ? 羽入にあんなことまでして、見捨てられるわけがないよな?」
「あぅあぅ、それ以上言っちゃ駄目です圭一!」
がたがたと机を揺らしてもがく羽入。
「思い出せよ、羽入。この俺の甘々フルコース、最初はシュークリームを……」
「あぅうーッ!」
ばらりと羽入を縛っていた縄跳びがほどけて、真っ赤になりながら俺の口を塞ぐべく突進してきた羽入めがけ……教室内に仕掛けられていたありとあらゆるトラップが発動した。
とんでもない轟音。
まさに嵐。
……俺の前に辿り着く頃には、羽入はがんじがらめのぼろぼろになって転がっていた。
「あぅあぅ……不覚なのです」
バケツをかぶって無念そうにぼやく羽入だった。
「梨花ちゃんに買収されたろ、羽入……」
教室の扉の時点で警告の声を発しなかったから、おかしいとは思ったのだ。
つまり、羽入は俺と別れたあとで梨花ちゃんに取り込まれて、俺を潰すための囮になることを買って出たということ。
「だってしょうがないのです、断ったら死刑執行、うまくいったらエンジェルモートのデザートフェスタをご馳走してくれるというので……」
脅迫と買収の二段構えか……やるな、梨花ちゃん。俺の得意技まで使ってくるとは。
「俺のハーレム王国に忠誠を誓うと言っておきながら、土壇場で裏切るとは……羽入よ。お前にはやはり罰が必要だな」
「……あぅ。け、圭一。できればお手柔らかにお願いしますのです」
えへ、とばかり可愛く小首を傾げるのだが、バケツかぶってる時点で可愛くないぞ。
……いやある意味それはそれで可愛いか?
「なに、安心しろ。例のフルコースをもう一度、じっくりたっぷりとしてやるだけだ!」
瞬時に赤くなったり青くなったりした羽入が、あぅあぅそれだけはご勘弁をと喚きながらモ○ラのようにどっすんばったんともがくのを無視して……俺は廊下の掃除用具入れからモップを取り出した。そして羽入の頭からとったバケツをその先にかぶせる。
「さて、どうやら同じお仕置きを梨花ちゃんにもしてあげないといけないらしいな」
もちろん、返事があるとは思っていない。
俺は、モップをぐっと両手で握ると思い切り真上に突きだした!
ごわぁん、と銅鑼みたいに景気のいい音が鳴り響く。
モップの先のバケツと、天井につり下がっていたタライの激突して立てる音である。
タライはぐわんぐわんとしばらく震えていたが、そのまま俺の足元へと落下してくる。
「……みみみみみ~☆」
大音響でぐるぐると目を回した梨花ちゃんが、手足を折り畳んで中に入っていた。
沙都子もそうだが、トラップを仕掛けたヤツというのは往々にしてそれに相手が引っかかるところに立ち会いたがるものだ。だから絶対に、俺を仕留めたときにそれをかぶりつきで見られる場所に隠れると確信していた。
そう、沙都子のトラップ脳を完璧にトレースしたが故の敗北……!
俺はひょいと猫のように梨花ちゃんを抱き上げると、羽入の隣にポイ捨てする。
そして憐れむような目で見下ろしてやった。
「……姉妹揃って前原圭一の甘々フルコースを受けることになるとはな……どうやら、今度隠し湯で泣きわめくのは、お前たち二人になりそうだぜ……くははははは!」
「あぅあぅあぅ……!」
「みぃぃぃぃぃ……!」
自分たちの悲惨な未来を想像し、身を震わせて悲鳴をあげる古手姉妹だった。
……さぁて、残るはレナ一人。
だが、こいつが一番難敵なのも確かだ。それに教室の時計を見れば、授業終了まであと数分しかない……もう、時間切れは目の前。罠でひどい有様になっている教室にレナが隠れていないかとしばし物色したが、どうやら梨花ちゃんたちと手を組んだわけではなさそうだ。……ま、あいつに限っては小細工も必要ないか。
「レナぁ、出てこい! かくれんぼはおしまいだ、決着をつけようじゃねぇか!」
叫びをあげると、ややあって頭上から笑い声が響いた。
「……そこかよ」
俺は階段を駆け上がり、2階の窓から屋根の上に出た。
そこに……レナは、立っていた。
「圭一くん、遅かったね。もうじき体育の時間は終わりだよ。だよ?」
小首をかしげるレナの髪がふわりと揺れる。
この場にそぐわない柔らかな笑顔は、背景の澄んだ青空に負けないくらい眩しくて……思わず見とれてしまう。
「ああ、終わりだな……俺の勝利を告げる鐘がもうすぐ鳴るってわけだ」
不敵に笑ってみせると、レナもそれに応じるように強気の笑みを浮かべる。
「あはは、それは無理なんじゃないかな。圭一くんは、……レナに『さわれない』もん」
手首を猫みたいに内側に曲げた独特のファイティングポーズをとるレナ。
……そう、鉈がなくともレナは部活最強。
こいつには電光石火のレナぱんがある。レナが俺に触れるのはルール上問題ないから、俺のさわろうとした手を瞬時にレナぱんで弾き飛ばせばタッチできない。
その自信があるからこそ、レナはまだ時間がいくらか残っているのにこの場所に俺を招いたのだ。
「いいや、レナ。お前はまだ俺を甘く見ている……この前原圭一の本気をな!」
「……あはは、嬉しいな。この上まだ、惚れ直させてくれるんならレナは大歓迎だよ☆」
しゅっしゅっと見えないジャブを軽く放ちながらじりっと間合いを詰めてくるレナ。
俺はその間に隠し持っていたもの、さきほど教室で手に入れてきたものを広げる。
「悪いが、思い通りにはならないぜ!」
「……は、はぅ!? それって!」
じゃーん、とばかりに俺がかざしたのは、レナのセーラー服だった。
「うはははは、さすがにぬくもりまでは残ってないけど、レナの匂いは残ってるよなぁ! なぁなぁ、吸ってもいいか!?」
笑顔で言う俺に、レナは赤くなってむくれる。
「け、圭一くんのそういうヘンなとこ、レナはどうかと思うよ!」
「そうかぁ? だったらレナ、俺のワイシャツ今度貸してやろう。やっぱり嗅ぎたくなるんじゃないかぁ~?」
「は、ぅ……レ、レナはそんな変態さんじゃないよ!」
いま一瞬心が揺れただろ。
「くっくっく……悪いが、変態かどうかはともかくとして、俺はレナが思う以上にレナをよ~く知っているんだぜ?」
セーラー服の胸のあたりを顔に押しつけて『わぁ、ふぁふぁ~☆』とか言ってみる。
「……やや、やめてよぅ! そ、そんなのでレナを動揺させようなんて、圭一くんやり方が汚いと思うなっ!」
恥ずかしさで泣きそうな顔になるレナが可愛い。
「汚いとは酷いぜ、レナ。俺のこ~んなに純粋な気持ちをよぉ!」
レナはこれを心理作戦だと誤解しているらしいが、こいつはレナを動揺させるためにもってきたんじゃない。……正しくは、俺自身を高揚させるために持ってきたのだ。
「俺はレナを知ってる。レナのいろんな表情を知ってる。レナの優しさを知ってる。レナの可愛さを知ってる。レナの柔らかさを知ってる。レナの匂いを知ってる」
胸いっぱいに、レナの匂いを吸い込む。
そう、同時に頭の中をレナでいっぱいにして……俺自身のモチベーションを、最高に引き上げる。
「け、け、圭一くん……っ!?」
俺の言葉が届くたびに、レナの肌は深い桜色へと染まっていき、その温度があがっているのが傍目にもわかるほどだった。
「あぁそうさ、レナがどれほど俺を好きかだって知ってる。心は覗けやしないけど、レナをこんなにも好きな俺が言うんだから、絶対間違ってねぇな!」
「は、はぅぅぅぅぅぅ……、ずるいずるいずるいぃ! 圭一くん、甘い言葉で撹乱したってダメだよ! 勝つのはレナなんだから!」
ぶんぶんと腕を振り回しながらわめき散らすレナに、もはやいつもの冷静さなどすこしも残っていない。
階下で、職員室の扉が開く音。
校内でどんな騒ぎが起きようとも、微塵も慌てずに予定通りの時刻に鐘を鳴らすのが校長という漢だ。そこに間違いは決して入り込まない。
「さぁて、そろそろ時間も押し迫ってきたところだし……終わりにさせてもらうぜ!」
俺はそう叫ぶと、セーラーをぎゅっと握りしめたままレナめがけて駆け出した。
はっとして表情を引き締めたレナが、拳を構え直す。
長々とやり合う時間はない、勝負は一瞬。俺は俺のレナ萌えを最大限度まで引き上げ、レナに触れるだけ。そしてレナは俺にそれをさせず、レナぱんではじき飛ばせばそれで勝利となる。なんともシンプルな、たった一瞬の勝負。
校庭ではクラスの子たちや詩音、それに羽入と梨花ちゃんも俺たちの決着を見守っている。
「レナのレナぱんが勝つか、この俺のレナ萌えが勝つか……、勝負ッ!」
「こ、……来ないでッ!」
屋根の上を駆け抜けてまっすぐに突っ込む俺、身を守るために迎撃の拳を放つレナ。
「レナぁぁぁ、お持ち帰りだぜぇぇぇえッ!」
腕に、顔に、身体に、閃光のごときレナぱんが食い込む。
3発、……7発、……12発だとぉ!?
レナの脇を駆け抜けたところで、がくんと膝が落ちた。
「12発のレナぱんを……一瞬で……、し、信じられん……!」
レナぱんの速度を甘く見すぎた、まさか、これほどのダメージを喰らうとは……!?
授業終了の鐘が鳴るのを聞きながら、俺は前のめりに倒れていった。
「レ、レナの勝ち……あ、圭一くん!」
振り向いたレナが悲鳴に近い声をあげて、駆け寄ってくるのがわかる。
そう、ここは屋根の上だ。
倒れればもうそこに受け止めてくれる足場はなく、地面へとまっさかさまに落ちるだけ……!
しかしいまの一瞬に受けたダメージが重すぎたのと、……寝不足がたたったのか、身体は動いてくれなかった。ああそうか、眠くてどっかイラついていたから……俺はあのくらいのことでみんなに勝負を挑んだんだな。
落ちる。
……と、思った瞬間に身体があたたかいものに包まれて、暗い井戸の底から引き上げられるみたいに意識が明瞭になった。
「け、圭一くん、起きてよ……レナだけじゃ、支えられない……ッ!」
レナだった。
さすがと言うべきか、あの一瞬で追いついて、俺を抱きとめていたのだ。とはいえ体重の軽い女の子の力だけで俺を支えきれるわけがない。
だから踏みとどまる、四肢に残された力を振り絞る。だってこのまま落ちれば、決して俺を離さないレナまで一緒に落ちてしまうだろう。
そんなのは御免だ。
屋根の端ぎりぎりで俺は身体をひねり、レナのほうへと倒れ込んだ。
「はぅ……!」
レナは尻餅をつくような形でどうにか俺を抱き留めてくれた。校庭からはみんなの安堵の声も聞こえた。
朦朧とするが、レナの胸に抱かれたまま笑う。レナもそんな俺を見て、しょうがないなぁというように笑ってくれた。
「レナ、実はあまり寝てなくてさ……ちっと、日曜の前払いだ。このままご主人様の枕になることを命じるぜ。しばらくこのままでいてくれ」
ふかふかのレナの胸に包まれながらそう言うと、レナは妙な顔をした。
「な、なに言ってるの? レナの勝ちだよ。圭一くんがレナにさわれたのは、授業が終わってからだもん」
「へぇえ~、そうかぁ……?」
気づいてないようだから、俺はだるいのをこらえて右手を高々と天に掲げてやった。
「……ふぇっ……、えええええええ!?」
俺の手の中にあるのは、白いブラ。
レナぱんの乱舞をくらいながら駆け抜けたあの一瞬で俺は背中のホックを外し、体操着の襟元からこいつを抜き去っていたのだ。
ほかの誰にわからなくとも、それがいつ抜き取られたのかは、レナ自身なら思い返せばわかるはず……!
「け、圭一くん、時々信じられないことするよねッ!?」
真っ赤になったレナが俺の手から下着を取り戻しながら朝と同じ叫びをあげた。
「へへ……だから言ったろ。おもちかえり……ってさ」
その顔に満足した俺は、体操着越しの柔らかさを満喫しながら目を閉じる。
「……~~~~ッ」
しばらくむくれていた気配が頭の上でしたものの、どうやら観念したのだろう、レナは小さく息をついて俺をぎゅっと抱きしめてくれた。
至福の中で、意識だけが転がり落ちていく。ただ、レナの独り言だけが鮮明に聞こえた。
「やっぱり圭一くんは、変態さんだよね……」
ゆりかごみたいに平凡で退屈で単調で無難な日常。
「……でも、そういうところも全部。だいすき、だよ☆」
けれどその日々の中で、俺たちは変わり続けていくんだ……ゆっくりと。
いつか目覚めて、立ち向かうべき嵐があると知っているから。