ひぐらしのなく頃に~神楽舞   作:晃晃

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第56話 古手姉妹を食べにいこう

「んふ♪」

 

窓辺にのんびり腰をおろして、月を肴にワイン風味のオレンジジュースをちびちび飲む、これが私の夜のお楽しみ。さすがに夏の名残の暑さも最近は抜けてきて、そろそろ肌寒いかなって思わなくもないけど。

 

ちなみにこのワインは、この前のメイドデーで古手本家の屋敷を掃除したときにこっそり何本か持ち出し、防災倉庫の隠し場所に移動させておいた代物だ。あのときは悟史と圭一のメイドストリームにまんまと巻き込まれてしまったけど、本来の用件を思い出す程度の理性は残っててよかったわ。

 

「……今宵もこの月と圭一に乾杯♪」

 

グラスを掲げて微妙な色の液体を月光に透かしてから口に含み、舌で転がすようにして楽しむ。

 

……うふん♪ これよこれ。

 

ほのかな酔いととろけてしまいそうな香り。

 

そしてとどめに、この目に焼き付けたあの日の圭一の勇姿を目を閉じて思い浮かべるだけで、何倍も味わい深く心地良い。

 

ぐっと表情を引き締めて、なるべく低い声を出す。

 

「この前原圭一が雛見沢を守る最初の一人だ! そして最後の一人になったってこの道を譲りゃあしねえから、ハラぁ括ってかかって来いッ!」

 

滑稽なくらいに似てない物真似だけど、全然構わなかった。

 

あのときの圭一の無意味に鋭い目つき、噛みつきそうに好戦的な表情、なけなしの意地で固めた拳、それになんといってもあの無駄に喧嘩を売りまくるばかりの、威勢良く吠える声だ。それを思い出すだけで身体がじわりと熱を帯び、ぞくぞくと震えが来る。

 

「んっくっく……、圭一、圭一ぃっ、くふふっ☆」

 

窓辺だというのにバランスも怪しくなりそうな浮遊感。うぅう、こんな緩みきった顔、圭一にも羽入にも絶対見せられないっ……!

 

「うぁぁ、かっこいー、かわいー、圭一最高、もーっ!」

 

脳にこもろうとする熱を放出すべく、後頭部をごんごんと背中を預けた窓枠にぶつける。あぁあ、痛いけどそれがまた気持ち良いッ!?

 

「く~~~~~……っ」

 

鼓動うるさい、しずまれしずまれと、冷たいグラスを胸の真ん中に押しつけて冷やし、その行為に何の意味もないと思い出すのにたっぷり一分くらいかかった。

 

……ふ、ぅ。

 

まずいでしょ、これ。私、脳内麻薬出過ぎ。絶対アルコールだけじゃない。

 

そりゃあ前の世界でだって圭一の格好良さはさんざん見ている。その前のだって、レナと抱き合っていたのはちょいムカつくけど、あれはあれで最高に熱かった。

 

でもやっぱり、この世界で彼を好きだってことを嫌というくらいに自覚して、その上であのヒーローさながらの場面を目にすれば感慨ってもんが違う。

 

惜しむらくは彼が私だけのヒーローではないことだけど、村の連中に私のヒーローである圭一をさんざんに見せつけてやったというこの小気味よさは半端じゃない。

 

どうよ、あれが私の男よ。私の選んだ最高の男よ。あんたらには全然わからないでしょうけど、私はあいつといられるだけで死ぬほど幸せなのよ。死なないけど!

 

取り留めもなく頭を巡る思考の渦にくらくらしつつ、あとからあとから沸き上がってくる幸福とか陶酔とか慕情とか発情とかを押し流そうといっきにグラスを傾ける。喉を通り抜けていく甘苦い液体にうっとりと目を細めつつ、おいおい発情ってなんだよこの幼女がと自分で自分にツッコミを入れておくのも忘れない。

 

一気に飲んじゃうのもそれはそれでもったいないんだけど、林の向こう、展望台のほうからぎゃーぎゃーと五月蠅い喚き合いというかじゃれ合いが聞こえてきてしまったから仕方ないのだ。もうすこし時間があれば、もっとちびちびとやりながらさらに圭一の台詞を回想しつついろいろと気分が盛り上がるところだったんだけどいたしかたない。

 

さっさと窓を閉めて台所にいき、グラスをさっと水で流して、流しの下から空の醤油瓶を用意すると玄関のドアの脇で身を低くして待つ。

 

なに、人の最高に幸せな時間を早々に終わらせてくれたちょっとしたお礼だ。

 

玄関のドアが開いて入ってきた二人のうち、背が高いほうに狙いを定めると私は醤油瓶を振り下ろしてとびきりのサプライズをプレゼントしてやった。

 

もんすたーさぷらいずどゆー!

 

ぱっかん。

 

という、ししおどしに通じるものがある和の心に満ちた音が響いて圭一がゆっくりと倒れ落ちていく。

 

「……あんたら、うるさい」

 

言い訳なんてものはどうでもいい、言ったもん勝ちだ。

 

素の私はときどき突拍子もない行動をしがちな気分屋という評価を得ているから、なにをやろうが説明の必要はない。

 

「てめぇら姉妹の……血の色は何色だぁぁぁ!?」

 

残った羽入を挑発しているうちに起き上がってきた圭一を巻き込んで時間無制限ルール無用のくすぐりデスマッチに突入した私たちはくんずほぐれつ、横隔膜が筋肉痛になりそうなくらいにたっぷりとその時間を堪能した。

 

もちろんこれは伏線というか、いつもお堅いことを言い出すモラリストぶった我が姉を衰弱させるために私が仕組んだことで、すっかり笑い疲れて抵抗力を奪ったところで圭一と二人、嫌がる羽入を風呂にひきずりこみ、隠し湯以来の『みんなでお風呂』を実現させることができて、とんでもなく満ち足りたひとときだった。

 

二人がかりでツノの付け根から足の指の間に至るまで満遍なく洗い尽くされた羽入はくすぐったさと恥ずかしさの波状攻撃の前にあえなく撃沈、いまは隣で枕に顔を埋めたままあぅーんあぅーんとうなされている。ふふふ、いい夢見なさいよ羽入。

 

「……シュークリーム、とびきりのやつを買ってきてやらねぇとな」

 

その様子を見つめてか、圭一がぼそりと言った。

 

圭一の両親と会うために東京へ行くという話、おそらく圭一は夜の散歩のときに羽入に持ちかけていたのだろう。……でも、羽入は普段の世界の私と同じく、近場ならともかく遠方での外泊許可は下りないから断ったはずだ。状況がもうすこし落ち着いているときならまだいいが、今は沙都子の症状が落ち着きかけた大事な時期だ。気持ちはよくわかるし不憫だとは思うものの、我慢してもらうしかないだろう。

 

「そうね。……羽入には悪いけど、私は圭一とふたりっきりで旅行なんて得した気分♪」

 

ぴとっと圭一の肩に頬をあてて目を閉じる。

 

そう言いつつも、最近はそれほどふたりっきりにこだわってはいない。もともとどの世界でもしょっちゅう羽入がそばにいた私はどうやら、羽入に限っては一緒にいても邪魔に思わない部分があるらしいと、例の隠し湯に一緒にいったときに気づいたからだ。

 

レナや詩音も別に邪険にするつもりはないが羽入とは比べられないし、さすがに一緒だと騒ぐならともかく甘い気分には浸るのは難しい……もっと仲良くしたほうがいいのかなとは思うけど、和やかにハーレム形成だなんて圭一を喜ばせるだけだから癪な気もするし。

 

ま、連中が圭一と会うのをあからさまに邪魔しない程度には許容してるんだから勘弁してもらおう。当然、いまの優位を譲る気はさらさらないけどね。

 

「でも、東京からこっちへ来るときだってふたりっきりだったろ?」

 

「……あのときと今じゃ、全っ然違うじゃない。それとも圭一にとっては同じなの?」

 

目を閉じたまま、すこしむくれた声を出してみる。

 

圭一はすこし考えてから、くつくつと含み笑いを漏らす。

 

「言われてみりゃ全然違うな。あのときは『怪我させちまったばかりに脅迫されてドナドナな境遇に俺を巻き込んだ謎の幼女』だったからなぁ」

 

……ちょっと抗議の気持ちをこめてこつんと頭突きで打撃を加えておく。

 

「じゃあ、……今は?」

 

ちょっぴりの勇気を出してそう聞いてみる。

 

まあ、圭一のことだから、甘~い答えは期待してないけど……。

 

圭一はまたすこし考えてから真剣な声音で言った。

 

「古手家秘伝、甘辛姉妹どんぶりにおける辛味成ぶぎょっ!?」

 

美しいアーチを描き私の裏拳が圭一の顔面に直撃した。

 

「……間違っちゃいないかもしれないけど、実際言われるとアタマに来るわ!」

 

「ですよねー」

 

鼻をさすりながら圭一が苦笑する。

 

の、脳内にいらない妄想が展開する……、く、間に合わない!

 

どんぶりを口にした圭一がなんとも微妙な表情になる。

 

「まっ、なかなか萌えるんじゃねーの~っ。でもなんかよくわかんねけーどよ……犯罪っぽいよ、この姉妹!」

 

「ちがうよ、ちがうよ。梨花ちゃんと羽入ちゃんは両方いっしょにお持ち帰りなんだよ! だよ!」

 

なぜか料理長はレナであった。妄想と言えばレナだからしょうがない(偏見)。

 

「なにィ~、両方いっしょにィ~? 田舎の萌えキャラはしょせんな~っ、たいてい東京もんと萌えポイントが違うんだよな~、こーゆーのはよぉ~っ」

 

そして食べた瞬間、目を見開いて立ち上がる。

 

「ンまぁぁあ~いッ! こっ、これはっ、この味わぁあ~!」

 

そのままいらんことを叫びはじめる圭一。

 

「天然でドジな姉に、アホで生意気な妹が絡みつくうまさだ! 甘さが辛さを! 辛さが甘さをひき立てるッ! 『ハーモニー』っつ~んですかあ~、『萌えの調和』っつ~んですかあ~っ、たとえるなら強気な魅音の目にも涙! 爽やかレナに対するエロコメシチュ! ミニスカナースに対するメイド服! つう感じだよなあ~っ!」

 

「あははは、圭一くんが喜んでくれて嬉しいよ! レナもね、やっぱり二人はセットでお持ち帰りが基本だと思うんだよ。だよ!」

 

正気に戻れ、お前ら。

 

……どちらにせよ犯罪なのは変わらないと思うんだけど。

 

ため息をつきたい気分になりつつ、妄想をんしょんしょと畳んでしまいこむ。

 

そんな私には気づかなかったのか、圭一は普通に言葉を続けていた。

 

「思うんだけどさ。なんつーか、人との関係って、深くなればなるほど一言じゃ言い表せなくなるだろ。面倒くさいやつは『友人』だとか『恋人』だとかわかったような肩書きひとつで終わりにするけどさ、俺はそーゆー単純なもんじゃないと思うんだ。まぁ梨花を語れといわれれば朝まで語ってやっても構わんが」

 

ふむ。……ま、圭一にしては考えた物言いかもしれない。なにか誤魔化されてるような気もしなくはないけど、それもありかなと思わされる。

 

「じゃ、試しにさわりだけお願い。なるべく不健全な方向にいかない範囲で」

 

「え、梨花は存在そのものが不健ぜ、うぉわッ!?」

 

セカンド裏拳をとっさに頭をずらしてかわす圭一だった。……チッ。

 

「……そだな。被害者にこう言うのはなんだが、まず俺にとっては恩人にあたるんだろうな。俺はあの出来事をきっかけに、梨花に無理やりこの雛見沢に連れてこられなかったらもっと追い詰められて、取り返しのつかないくらい腐った人間になってたかもしれない。だから感謝してるし、いつかお前に恩を返したいと思ってる。……ま、最初は脅迫で俺の人生設計めちゃくちゃにしやがって、なんて奴だと思ってたんだけどな」

 

あ……、そうか。

 

私にとってはあの事件を起こして雛見沢に圭一がやってくる展開はもう当たり前だったから、それを偶然とはいえ未然に防げたうえにさっさと雛見沢に連れてきたんだから感謝されてしかるべきだと思い込んでいたけど、圭一から見ればわけもわからぬまま転校させられ、雛見沢に来てみれば四年目の祟りなんてものに巻き込まれて……迷惑な話だと思われても仕方ない。

 

いまは感謝してるっていうのは……正直、ありがたい言葉だ。そうでなければ、すこしばかり自己嫌悪に陥ってしまったかもしれない。

 

「……ほかには?」

 

「ん、家族としてというか、女の子としてはこう、甘えんぼで可愛い奴……かな」

 

「ええええ!?」

 

最近は圭一に梨花ちゃまモードで接するのをやめたので、せいぜい小生意気な奴だと思われているだろうと思っていたのだけど……甘えんぼ? しかも素の私が可愛いってどういう冗談!?

 

「?……たぶん羽入もそう思ってると思うぜ。まぁ口は悪いし態度はでかいけどさ、子猫みたいにまとわりついてくるし、撫でたり抱きしめるとなんとも幸せそうな顔で笑うし。とにかくスキンシップが好きなんだよな。表情もころころ変わって子供っぽい。ちょっとしたことで不機嫌になったり泣きそうになったり、かと思えば次の瞬間には満面の笑顔だったりするし。構ってもらおうとして俺や羽入にたちの悪いイタズラ仕掛けてくるのがもうたまらん、甘噛みっぽくて可愛すぎる。そのくせ素直じゃなくて気まぐれっぽく振舞ったり、ちょっと大人ぶってみたりする背伸び感もグッジョブだな、うん。あと人のことは言えんが妄想が暴走したりどこをどう巡ればそういう結論になるのかってなアホな行動やらかすとこもいいよな。とっくにデレ期真っ盛りのくせに自分ではツン期のふりができてると思ってるとこなんか犯罪クラスの愛おしさだぜ。こりゃドジッ子萌えの次はアホの子萌えが来るぜ、いやっほぉーう、アホ梨花最高ぉーう!?」

 

がすん。

 

「……ぐぇふ」

 

私の放った抹殺のラスト裏拳が炸裂して、圭一が沈黙した。

 

な、なんという屈辱……。

 

百年の魔女たるこの私が、圭一ごときにまるでそのへんにいるアホなお子様キャラとして語られてしまうとは。しかもいちいち心当たりがあるものだから、思わず旅に出てしまいたくなるくらい恥ずかしかった。みぃぃぃぃ……。

 

このふつふつと湧き上がる怒りを、いったいどこにぶつければいいのよ~!?

 

「うわぁぁぁぁん、圭一のばかー!」

 

病室の窓から青空に吸い込まれていく私の切実な叫び。ばかーばかーとかすかにエコーがかかるのは、山に囲まれた雛見沢ならではだ。

 

で、私の親友沙都子は、ベッドの上でじとーっとした目を向けていた。

 

「……なんだかよくわかりませんけれど、お見舞いと称して惚気られている気がするのはわたくしの勘違いですの?」

 

「それは違うわ沙都子」

 

ぐっと両の拳を握り締めて沙都子を決然と振り返る。

 

「私はお見舞いの土産として惚気話を持参しただけよ!」

 

「もしも~し、どなたかこのアホを退室させてくださいませんこと~?」

 

容赦なく病室の外に呼びかける沙都子にすがりつく。

 

「ごめんなさいごめんなさい追い出さないで沙都子ッ!」

 

真摯な謝罪を汲み取ってくれたのか、沙都子ははあっとため息をついた。

 

「……と言いますか、梨花ってもとからそんなキャラでしたかしら?」

 

「み?」

 

……と言われてようやく、私が沙都子に対しても素で話してしまったことに気づいて愕然とする。

 

「なんのことなのですか沙都子。にぱ~☆」

 

「梨花、ひょっとしてわたくしを自分以上のアホの子だと思ってませんこと?」

 

しくしくしく……。

 

沙都子の中でもすっかり素の私はアホキャラに認定されてしまったらしい。

 

「こ、これはその、あれよ。ほら、羽入と区別できないと困るでしょ。ねぇ?」

 

大好きな親友の冷ややかな視線が胸に痛いです先生。

 

口調が同じだと書き分けできないよというどこかの誰かの技量の低さが悪いのであって、何が言いたいのかというと私は悪くないもん! ふわぁぁぁん!

 

「そこ、どさくさにまぎれてわたくしのキャラを取らないでくださいませ!?……まったく、にーにーといい梨花といい圭一さんが来てからというもの、つくづく世界はおもしろおかしい方向へひた走ってる気がしますわね……」

 

う……。否定できないリアリズムッ!?

 

「まぁ梨花がアホの子なのはもともとですけれど」

 

「さらっと何言った今!?」

 

ショックのあまり頭を抱えてじーざす!とあまり巫女らしくないことを言いたくなってしまってもやむを得ない。

 

「ふふ、沙都子……気がつけば今回の私ってばサンドバッグみたいにボコボコよ……ひぐらしきってのシリアスキャラであるこの私が、あんまりな運命だと思わない……?」

 

「いいから窓枠に座って花瓶のお水を飲もうとする得意のポーズをやめるのですわこのアップダウン幼女。見舞いにきたのかコントをしにきたのかはっきりなさいませ」

 

アップダウン幼女て……!?

 

そりゃ前の世界でめっさ調子乗ってバイクをえいえいってしたかと思えばすぐに挫けてダメっすもう立てないっす的にやさぐれて、最後は圭一に丸投げした挙句においしいとこだけご馳走様しちゃった私だけど、無二の親友であるところのあなたがそこまで言うことないじゃない!

 

「あぁもう、コントしに来たのよ、悪い!?」

 

「逆ギレですわー!?」

 

あぁいやいや、落ち着け古手梨花、クールになれ。

 

「ふふ……、安心したわ。圭一が取り戻してくれた沙都子の自然な笑顔が見たかったの」

 

「しかも取り繕いましたわー!?」

 

ぐ、さすが部活メンバーきってのツッコミ常識人。容赦を知らぬその切れ味、アホキャラ認定されてボケ街道をまっしぐらに転落中の私にはむしろ心地良いわ……!

 

くすん。

 

「……それで、どうするんですの? このままでは梨花、圭一さんと暮らせなくなってしまうのでしょう?」

 

あまりの話の進まなさにインド人もびっくりだったというのに、強引に話を物語のレールに引き戻す沙都子。……あぁ、やっぱりあなたは必要な人材だといま確信したわ!

 

「みぃ……東京に行って、正直にボクの気持ちを話そうと思うのです……」

 

「……そうですの。いまさらその口調に戻るのも正直どうよって思いますけど、それが一番かもしれませんわね。やっぱり、圭一さんと一緒にいたいから連れていかないで、ってダメでもともと、お願いするだけはしてみるべきだと思いますわ」

 

沙都子の言葉に私はうなずいた。

 

「正直に言うのです……、息子さんをボクにくださいって!」

 

「そ、それは意味が違うような……!」

 

「もちろんオモチャ的な意味で!」

 

「わたくしがせっかく戻した流れを無理やりコントに戻そうとするそのひん曲がった根性が気にいりませんわッ!?」

 

沙都子が手元の紐をぐいっと引いた瞬間、頭頂部にくわんっと洗面器の直撃を受けて沙都子のベッドに突っ伏す私。洗面器の底には『矯正』と意味ありげな文字が書かれていた。

 

さ、沙都子。トラップの許可、下りたのね……☆

 

目を回しながら頭の中に響くくわんくわんという反響に翻弄される私を静かに見つめて、沙都子は微笑んだ。

 

「でも、なんだか梨花が前より可愛く思えますわ。……大好きな人と一緒の毎日が、とても楽しそうで」

 

言われて納得してしまう。

 

……そっか、私。

 

いま、しあわせなんだ。

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